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虚無の王-29


「久しぶりだねえ」
「大丈夫だったかい?」
「一体、何が起きたんだい?」
「心配していたんだよ」

 夜の部屋に、気遣いの言葉が転び落ちた。
 本心では無かった。
 本当に優しい性根による物ならば、言葉の度に、ベッドの上で跳ね上がる柳の腰を、どう説明すればいいだろう。
 幼い肢体から、灼けた吐息と蒸気が浮いた。
 しなる杖先が、硬さを残した体に不可視の傷を刻んでいた。
 神経弾。非殺傷とは言え、慈悲深さとは無縁の水魔法だ。
 対象の神経に直接作用、激痛と快楽を交互にねじ込み、その精神を掻き毟る。
 蒼いドレスの上で、弧月の歯並びが釣り上がった。
 イザベラは自身の創意と嗜虐心から生まれたオリジナルスペルを大層気に入っている。
 この小さな魔法は、少ない精神力の損耗で、いつまでもいつまでも相手を嬲る事が出来る。
 王女らしからぬ趣味と言うべきだろうか。
 だが、武門の娘が冷酷であってはならない理由は無い。
 汚れ仕事を専門とする影の騎士団を統べる長が、冷酷でなくとも良い理由など有る訳が無い。

「どうも、お前は自分の立場が判っていない様だねえ」

 涙の向こうで鎖が鳴った時、タバサの細い首は呼吸を忘れた。
 背筋が悲鳴を上げ、冷たい革の感触が喉を絞る。
 二つの吐息が鼻先で絡み合った。
 裸眼の視野が、よく知っている目に吸い込まれた。
 慈愛、寛厚、柔和、典雅。その美しさを除いては、そうした姫君らしさと無縁の目。
 ガリアの第一王女は、そうした人物だった。

「お前は私の物なんだよ。勝手に捕まってるんじゃないよ、愚図」

 首輪から伸びる鎖が、幼い体をベッドの上に放り出した。
 月明かりが石床を掃いた。
 小さなテーブルも、整理の行き届いた書棚も、簡素なベッドも、夜の部屋は全てが冷たかった。

「全く、いいザマじゃないか」

 夜の様に冷たい声が、貝殻の耳朶を舐め上げた。

「そうだ、いい考えが浮かんだよ。この格好でリュティスの中央通りを散歩したら、素敵だと思わないかい?」

 答えよりも早く杖が撓り、波打つベッドに汗が落ちた。
 小さな唇が、シーツの中に苦鳴をそっと吐き出した。
 イザベラは喉の奥で笑った。端々に、侮蔑と苛立ちとが溶けた笑みだ。
 事実、その胸中には絶えず憎悪と軽蔑が渦を巻いている。
 誰に対して?
 プチトロワの外に出た、全てに対してだ。
 北花壇騎士が、自身がガリアの貴族共にどう評されているのかを知らない程、彼女は鈍くは無い。
 全く、呆れた話ではないか。
 奴等が名誉だ騎士道だと、三門芝居に興じていられるのは何故か。連中の代わりに手を汚し、泥を被る者が居るからではないか。
 その程度にも知恵の回らない手合いだから、宮廷の裏の裏にまで踏み込む汚れ仕事が、我が儘な王女のお遊びで片が付くと思いこむ。
 自身、無能王と蔑む相手が、絶対の忠誠と、時として無条件の犠牲すら要求される地位に娘を据えた理由を考えようともしない。
 小さな背中が、眼下で上下する。汗に透ける白い肌には、力の無い手足がぶら下がってる。
 杖先で、シーツに埋もれた細い顎を掘り起こした。現れたのは人形の目だ。
 イザベラが最も忌み嫌う目だ。
 この娘はこの有様でも、自分が御綺麗なままだと信じている。
 無反応、無関心を貫けば、本当の自分は穢れの無いままでいられる夢でも見ているのだろう。


「そうそう。行き掛けに厩舎を覗いて来たよ」

 まあ、いい――――イザベラは杖を引いた。無反応は苛立たしいが、無抵抗は憂さ晴らしに都合が良い。
 ここは一つ、その平たい体と同様に、幼稚な精神も犯してやるとしよう。

「お前の使い魔。可哀相に。痛い、痛い、と泣いていたね」

 幼い頬が、初めて引きつった。
 それとない発音の違いに下僕が見せた反応は、イザベラを大きく満足させた。
 無反応を装いながら、このお人形はいつでも自分の一挙一投足、一言一句に深く注意を払っている。
 天敵を前にした時、草食の小動物がどうして無関心でいられるだろう。

「お前、私に隠し事をしていたね」

 タバサの使い魔シルフィードは韻竜と呼ばれる種族だ。
 高度な知性を持ち、言葉と先住魔法を操り、人間への擬態すら可能とする。
 報告では単なる風竜となっていた。
 深い意味はあるまい。
 自分だけの特別を、この年頃の小娘らしく隠したがった。それだけだ。
 だが、周りがどう解釈するかとなれば話が違う。
 それに考えが及ぶ程度には、この小娘も小賢しい。
 薄い体が跳ね起きた。本人はそのつもりだった。
 だが、身体の奥にまで深刻な故障を抱えた騎士の動きは、実戦を事としないイザベラにとってさえ、鋭い物では無かった。
 鎖が鳴った。
 白い太股がドレスを割り、固い感触が幼い下腹を貫いた時、ベビードールが風を孕んで床へ叩き付けられた。
 衝撃が体の奥底を割り、細い鼻梁が鉄の味に潰れた。
 この時、タバサの鈍った感覚は、初めてイザベラの背後に立つ騎士の存在を捉えた。
 杖へと伸びた手が掴んだのは、鉄の格子だけだ。

「ハウス・マイペット」

 鋼鉄の響きが、背後の空間を断ち落とした。
 現れたのはタバサがよく知っている世界だ。
 間隔が開いた格子の隙間からは、何もかもがよく見える。
 そして、何もかもに手が届かない。
 騎士が杖を一振りすると、堅固な鉄檻は重さを忘れて浮き上がった。
 握りしめた小さな掌には、単純な鋼鉄の感触が返って来た。
 獣用の檻だ。魔法を妨害する様な措置は全く施されていない。
 その必要は無いのだ。
 世界の向こうで、蒼いドレスの袖がクルークを弄ぶ。
 手にすべき者の手に渡れば、岩を断ち、空を裂く凶器は、ドットメイジにとって、先が潰れた羽根ペンほどの危険も持っていない。
 例え、それが囚人の手に渡ったとしても同じ事なのだ。
 檻の中の小動物が、決して自分の手を咬みはしない事を、ガリアの姫君はよく知っている。



 開け放たれたドアが、三つの影を呑み込んだ。
 石組みの廊下には、うっすらと光が積もっていた。赤と青の月明かりが、一つの支柱を二つの影に割って床に貼り付けた。

「誰?何をしているの?」

 誰何の声は、廊下に出るのと同時だった。
 一人、石床を踏む令嬢は、学院が半壊する惨事を目にして尚、勇気と正義感とを忘れずにいる様だった。
 潔い愚かさに同情するよりも早く、歴戦の北花壇騎士にとっては聞き慣れた声が上がった。
 獣に良く似た声だった。
 亜人からも聞いたし、どこかの平民や貴族とも似通っている。多分、自分とも、どこか似ているのだろう。
 限度を超えた苦痛に強い人間など、そうは居ない。

「下手な考えを起こすんじゃないよ。この黒いタクトが物言うよ」

 品の良い身のこなしと、顔つきとが同時に崩れ落ちた。
 立ち込める湯気に、アンモニアが臭った。
 薄い唇が笑みを作った。
 地位、名誉、誇り。層の深さと厚みはともあれ、虚飾を剥ぎ取ってやった時、栄えある貴族がその下に隠している本性は、獣と変わる所が無い。
 それがなんとも、おかしかった。
 先を進むイザベラの足取りは、放心の令嬢にいかなる価値も認めてはいなかった。
 一瞥すら与える事が無かった。その口元は、さも退屈そうに結ばれている。
 さて、哀れな貴族の娘を笑ったのは誰だろう。
 同じ世界の住人が似ているからと言って、何の不思議も無い。
 それは、従姉妹同士が似ているのと同じくらい、当然の事だ。
 タバサは抵抗を忘れ、自分の役割を思い出した。魔法人形は命令が無い限りは動かない物だ。
 塔の門扉が閉じ、風竜が羽ばたく。
 夜が明ける頃には、国境を越えるだろう。
 学院生活の夢は醒め、いつもの仕事、いつもの毎日がやって来る。
 石の様に冷たい心が、夢の舞台を見下ろした。
 そこには巨人の鎌で切り取られ、抉られた無惨な廃墟しか見つからなかった。





 暴風族〈ストームライダー〉は夜の住人だ。
 時速80㎞のスピードに、人間の脚力が許す程度のブレーキとなれば、人出も自動車も邪魔になる。
 公道を走る遊具に形ばかりの注意を払う警官も、原動機付きとなれば目つきが変わる。
 火線が石壁を嘗めた。
 一本、二本。
 三本目までには間が有った。
 短いスカートが風を孕み、星明かりの最中にしなやかな影が蒼く浮かぶ。
 キュルケが夜間の練習に勤しむ理由も、日本と似た様な物だ。
 城壁の隙間に窒息する学園は、二つの塔を失って尚、決して広くは無い。
 貴族の子弟を形ばかりの礼節で囲う騎士共の目線もまた、日本の警官ほど柔和な物では無い。
 王政府はいつまで学生を軟禁しているつもりだろう。
 いつまで、事態を壊れた城壁の中に隠しておけるつもりなのだろう。
 その優柔不断を嗤いはすまい。
 寄る辺を失った人の心は弱い。容易く熟慮と先送りを錯誤する。
 やがて、彼等は真実に直面するだろう。
 不安と猜疑と絶え間無く交換される噂話の末に、事実とはかけ離れた所に産み落とされる類の真実だ。
 後輪のサスが三角屋根の天辺を捉えた。
 月影に潜んで降り立った風竜の一群は、いかなる紋章も掲げてはいなかった。
 ガリアから来た蒼髪の留学生と王家との尋常ならざる関係を知る身としては、その正体を知るのは容易い事だ。
 ウィールを転がしながら、闇夜に佇立する塔を見守った。
 事の深刻大小は別として、魔法学院に通う貴族ともなれば、誰しもそれなりに複雑な事情を抱えている。
 大抵の場合、そうした事情は余人の介入を許さない。
 恋と情熱に生きる少女は、それ故に割り切りが出来ている。
 風竜の一団が、月の中に現れた。
 キュルケは目を瞠った。
 呑み込む唾は石の硬さを帯びていた。
 石塔を離れ、しなやかな肢体が風に舞う。
 手出しをする必要は無い。その筈だ。
 追う必要は無い。その筈だ。
 だが、連れ去られようとしている友人が、ベビードール一枚、檻に捕らわれているとあっては話が変わる。
 いかなる事情、いかなる罪が有るとは知れないが、これは到底、貴族を遇する道では無い。
 ウィールが地面を捉える。モーターが唸る。奥歯と王璽で炎が爆ぜる。
 赤い光が城壁を越えて帯を曳いた。


 ――――To be continued



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