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赤目の使い魔-12


揺れる。目が、頭が、体が、景色が揺れる。
首筋を貫いた衝撃は、振動となってギーシュの心身を揺さぶる。
足の動きが止まり、そのまま地面に倒れ伏した。
「う……ぁ……」
熱い。首に焼きごてを押し付けられたようだ。
熱が喉を締め付け、思うように声を出せない。
――……声?
激しい痛みを主張する脳髄の中で、わずかな当惑が生まれた。
――僕は……生きてるのか?
剣は自分の首筋を貫いたのではなかったのか。
確かめるため声を上げようとするが、口から出るのは乱れ気味な呼吸のみ。
その時、胸元へまたも衝撃が襲ってきた。
「がッ……!」
蹴り上げられ、激しく息を吐き出すと共にギーシュの体が仰向けになる。
  その胸元を、何かが踏み付けた。

「ハハハ、死んだと思った?」
声の主――クリストファーはさも愉快というように笑いながら、ギーシュを見下す。
ギーシュが逃げ出した瞬間、彼は剣の刃ではなく、柄の方で彼の首筋を殴りつけたのだ。
勿論死ぬ筈も無く、かと言って無事で居られる事も無く、ギーシュはそのまま倒れた。
「馬鹿だよ、君。馬鹿も馬鹿。馬鹿が馬鹿して馬鹿にされる、馬鹿の三乗だ」
クリストファーはそのまま足に力を入れる。ギーシュの口から呻き声が漏れた。
「友達を侮辱した人間を、そんな簡単に殺すわけ無いだろう?」
あまりにも横暴な理屈だが、クリストファーの目にみなぎる殺気は紛れも無く本物。
戸惑いが浮かんでいたギーシュの表情が、再び恐怖に染まる。
「もしかしてさぁ、助かったと思ってた? 殺すといってて止めたんだから、もう殺されないとでも? それとも、たかがそんな理由で人を殺すわけが無いとか?」
見透かしたように言葉を投げかけながら、クリストファーは剣を手にとり、ギ-シュの首すぐ横に剣を突き立てる。
「だったら宣言しとくよ。僕は君を殺す。手を切り足を切り目を抉って鼻を潰して皮を剥いで内臓掻き回して、生きてたらそれをもう一回繰り返す。死んだらバラバラにして、塔のてっぺんに吊るして晒す」
笑顔のまま、残酷な言葉を並び立てる。悦に入っている表情ではないが、それが一層恐怖を煽り立てる。
「恐いかい? 苦しいかい? 死にたくないかい? そんな時は歌うといいよ。ほら、一緒に……ラララ ララ♪」
軽やかな歌声を響かせながら、クリストファーはゆっくりと剣を引き抜いた。切っ先を動かし、ギーシュの手首の真上に固定する。彼の目が恐怖に見開いた。
剣を握る手に力を込め、そのまま手首に突き刺そうとし――

「――だ、駄目ッ!」

そのまま、動きを止めた。
聞こえたのは、可愛らしい柔らかさを含みながらも喧騒の中でも通る声。今朝から何度も聴いていたものだ。
見回せば――目立つ桃色の髪が、目に入った。


     ・ ・ ・


ルイズの視界に入ったのは、クリストファーがギーシュを踏み付けている姿だった。
「え……?」
完全に予想外な絵面に、驚愕が口をついて出る。
見回せば、あちこちにゴーレムと思われる残骸が転がっている。ワルキューレ、ギーシュお得意の魔法だ。
状況から鑑みるに、クリストファーがやったと見てまず間違いはないだろう。
「あいつ……こんなに強かったの?」
ルイズは拍子抜けしていた。思わず溜息が出る。クリストファーの身が心配で駆けつけたのに実際はこんなに圧勝だったのだから、無理も無いだろう。
しかし――ふと、広場が異様な雰囲気に包まれていることに気付いた。
平民の勝利という予想外の結果に驚いているからかもしれないが、それにしても反応がおかしい。広場の誰もが恐怖感を滲ませ、中には失神しているものも居る。
その時、クリストファーが突然歌いだした。軽快に、満面の笑顔で歌っている。だが、ギーシュの顔は対照的に恐怖で染められている。
クリストファーが剣を握り締めた。嫌な予感が、ルイズの背筋を走る。
切っ先がギーシュの手首の真上に定まった。クリストファーは、有無を言わさず振り下ろそうとする。

「――だ、駄目ッ!」

考えるよりも先に、ルイズは叫んでいた。
クリストファーの腕が止まり、周囲を見回す。やがてルイズと目が合った。
切っ先は固定したまま、彼は嬉しそうに声を上げた。
「やぁ、ルイズ! 少しは、気が落ちついたかい?」
ルイズの体を、混乱にも似た恐怖感が包んだ。
『人に剣を突き刺そうとしている』という非日常的な状況であるのに――彼の笑顔は、声は昨日や今朝のものと全く変わっていなかったからだ。
夜中に気が付いた時に見せたものとも、
朝食に向かう時に見せたものとも、
そして、あの爆発の後に見せたものとも――寸分も違わない。
怯える気持ちを必死に押さえ、声を絞り出す。
「な、何やってるのよ! どう見ても勝敗は付いてるじゃない! これ以上続ける必要は……」
「駄ー目」
彼は尚も、コロコロと笑いながら言葉を返す。
「これは決闘だよ。どちらかが死ぬまで続ける、そんな条件だったよねぇ、君」
正確に言えば、クリストファーが提案し、ギーシュが冗談交じりに受け入れた条件なのだが、彼はクリストファーに胸を踏み付けられ満足に言葉も話せず、否定することができない。
ルイズは一瞬怯むが、引き下がらずに声を上げる。
「何言ってるのよ! たかが侮辱されたぐらいで、そんな――」
「そうだ、君とシエスタを侮辱された。“だから殺さなきゃ”!」

広場が、今度こそ静まり返った。
笑顔のまま、信じられない言葉を放った彼にルイズのみならず、誰もが呆気に取られる。
そんな雰囲気を愉しむかのように、クリストファー明るく声を上げた。
「解るよ。君たちの気持ちはすっごく解る。『そんな理由で殺すはずが無い』とか、そんな事を考えてるんだろう?」
言って、クリストファーは牙を剥き出しにして笑う。
溢れんばかりの狂気を感じ、ルイズは思わずあとずさった。
「でもね、僕は殺せるんだ。友達を侮辱されても殺せるし、肩がぶつかったとか、そんな理由でも殺せる。更に言えば、理由が無くても殺せる。そんな奴なんだよ」
 クリストファーは再びギーシュと目を合わせた。顔が引きつり、瞳孔が縮むのを嬉しげに眺める。
「運が悪かったね。君はそんな奴に喧嘩を売ったんだ。さようなら。残念無念また来世だ」
 言葉を最後に、クリストファーは剣を押し込んだ。広場のあちこちで悲鳴が上がる。

 その時、クリストファーのわずかに横で地面が爆ぜた。

 パラパラと舞い散る土の欠片を浴びながら、クリストファーは顔面から笑顔を消した。
 剣をあげ、ギーシュから目を逸らして、ある一点を見詰める。

 視線の先で、ルイズが腕を震わせながら杖を突きつけていた。


      ・ ・ ・


 杖を掲げながら、ルイズは必死で頭を働かせた。
 これと言って腹案がある訳ではない。気付いた時には体が動いていたのだ。
 とはいえ、クリストファーの凶行を阻止することは出来た。あくまでも一時的に、だが。
「……剣を下げて。次は、当てるわ」
 勿論、ハッタリだ。彼女に出来るのは爆発だけで、それを操作することは出来ない。
 授業での一件でクリストファーにそれが見破られているかもしれないが、可能性は五分だ。
 そのクリストファーは無表情でこちらを見ている。ルイズは、震える足を必死で押さえつけた。

対するクリストファーは――有り体に言うと、困っていた。
 料理の際、自分好みにアレンジを加えたつもりが、出来上がってみるととても口に入れられぬ代物になっていた、そんな心境に近い。
 彼としては、ルイズを困らせるつもりなど全く無かった。むしろ、友達と彼女を馬鹿にされた仕返しを――歪んではいたが――しようとしただけなのだ。
 だが、結果としてこの有様だ。このまま続けたら、ルイズは喜ぶどころか更に疎遠にするかもしれない。
かといって、何も無しでギーシュを許す気にもなれない。 
 どうしたものか、と彼にしては珍しく、困った顔で押し黙っていた


広場を、何度目かの沈黙が包む。
 群集の誰もが、固唾を呑んで様子を見守っていた。
 その時、聴きなれぬ音が彼らの鼓膜を揺らした。
「……鐘?」
 群衆の一人が呟く。
 体全体に響く荘厳な音に、彼は困惑に顔を染め――そのまま地面に倒れた。
 一人だけではない。広場に居る誰もが、声を上げるまもなく体を揺らし、倒れ伏す。
 クリストファーは呆気に取られてその光景を見詰めていたが、やがて自分も頭が重くなってきていることに気付いた。

――ね……眠気?

 何故こんな時に、そんな疑問を感じる余裕も無い。必死に足を踏ん張り耐えようとするが、限界はすぐに訪れた。
 同じように倒れるルイズが視界に入ったところで、彼の意識は闇に包まれた。


        ・ ・ ・


オスマンとコルベールは同時に息を吐いた。緊迫した空気が、一気に霧散する。
ルイズがクリストファーの杖を突きつけたのを見て、オスマンはすぐ『眠りの金』を使用するよう指示したのだ。
ルイズに関しては、無論学院長であるオスマンの耳にも届いている。状況が状況だけに、単なる喧嘩では終わらないだろう。
それに、彼女に魔法を使わせては、クリストファーはおろか野次馬にまで危険が及びかねなかった。
「ま、少なくとも普通の平民ではないというのが、今の時点での結論かの」
「ええ、あの様子では……」
 決闘はクリストファーの圧勝に終わった。それゆえに、今の戦いがガンダールヴの力によるものか、クリストファー本人の力なのか、判断することが出来なかったのだ。
オスマンは椅子に背を預けた。水煙草を咥え、沈黙する。
コルベールは、鏡を見詰めた。広場の中心付近に、目立つピンクの髪の少女と黒い服の青年が横たわっている。
「これで、良かったのでしょうか。我々が介入せずとも、彼らなら自力で解決できたのでは……」
「気持ちはわかるがの、コルベール君。これ以上自体を大きくしては、王宮にまで話が行かないとも限らん。ただでさえ、ここにはトリステイン中の貴族の子弟があつまっているんじゃからのう」
「しかし……」
「忘れたかの、コルベール君」
 オスマンの口調が強くなった。コルベールは、鏡から執務机へと視線を移す。
 水煙草の煙の先から、オスマンの有無を言わさぬ声が聞こえた。
「ワシらはもう一つ、ガンダールヴ以上の厄介事を抱えておるではないか」
 その言葉を聞いた瞬間、コルベールが息を詰まらせた。瞳が当ても無く宙を泳ぐ。
「……そうでしたな。すっかり失念しておりました」
 オスマンが頷く。何かを思い出すように、虚空を見詰めた。
「あれが世に出れば、戦争どころかハルキゲニア全土が血に染まることにもなりかねん。本当は破棄してしまうのが一番良いのじゃろうが、あれが複数ある可能性だってある。迂闊に手放すわけにもいかん」
 呟いて、再び水煙草を咥える。溜息とともに、煙が吐き出された。

「――『不死の酒』とは、まったく厄介な代物じゃて」


 目が覚め、まずクリストファーの目に飛び込んできたのは無骨な板作りの天井だった。
「……なんかデジャヴ」
 呟き、ゆっくりと身を起こす。前回と違って、痛むところは無い。間接が強張っているが、恐らく寝ていたせいだろう。 
「目が覚めましたか?」
 横からの声に、クリストファーは顔を向けた。艶やかな黒髪が、彼の瞳に移る。
「……やぁシエスタ。おはよう――いや、こんばんはかな?」
 視界の端に移った夜空に、彼は言葉を訂正する。
 シエスタは首肯した。微笑んではいるものの、どこかぎこちない
 部屋は、ルイズのではないようだった。調度品が殆ど置かれておらず、ベッドなど最低限の家具しかない。
「八時間ほど眠っていました。流石は秘宝、凄い効果でしたよ。広場にいた方たち全員を運ぶのは骨が折れました」
「秘宝?」
 聞きなれない言葉にクリストファーは首をかしげた。
 シエスタは表情を崩さないまま答える。
「『眠りの鐘』というものです。音を聴いた生き物は例外なく眠りに落ちる強力なマジックアイテムで、ずっと使用されてなかったそうですよ。マルトーさんも、使われたのは初めてだって言ってましたから」
 クリストファーは納得した。それと同時に、余計なことを、と言う思いも感じた。
 あの状況を打開できたかどうかは、彼自身にもわからない。だが、どこか水を差されたかのような感情は捨て切れなかった。
 そこで彼は、シエスタがためいがちに口を開くのを目にした。
「……その、聞きました。広場でのこと」
「あー……」
 クリストファーは思わず苦笑いをした。広場での事とは、クリストファーが広場で言った言葉の事だろう。
 それだけではない。彼は食堂を出る直前、殺し合いがどうという話もしている。
 クリストファーは小さく溜息をつくと、口を開いた。
「僕さ、殺し屋やってたんだ」
「……え?」
 躊躇無く放たれた言葉に、シエスタは一瞬呆気に取られる。
 クリストファーは畳み掛けるように言葉を続けた。
「何十人、何百人だって殺してきた。いい人も悪い人も男も女も大人も子供も、分け隔てなく平等にね」
 やっと、シエスタの思考が状況に追いついたらしい。顔からさっと血の気が引く。
 クリストファーはそんな彼女ににこりと笑いかけた。
「知ってる? 人ってそう簡単には死なないんだよ。銃で頭を打ち抜いても死なない時には死なないし、ナイフなんかだとなおさらだ。
だから、何回も打ったり突き刺したりしなきゃいけない。そうやっているとさ、なんか妙な高揚感みたいなのを感じるんだよね。返り血浴びたりしているうちに、こうゾクゾクと――」
「――やめてください!」
 シエスタが悲鳴のような声を上げた。クリストファーは口を閉じ、自嘲気味に笑う。
「……とまぁ、僕ってこんな奴なんだよ」
 そう締めくくり、顔を背けた。
 シエスタは何も言わない。真っ青な顔をうつむけたまま、唇を噛み締めている。
「恐いかい? なら僕とはあまり関わらない方がいい。いつ寝首をかかれるか、怯えながら暮らしたくないだろう?」
 顔を背けたまま、クリストファーが言う。シエスタは返事も返さず、ただ目を伏せていた。

 ――これでいい。
 このまま友人関係を続けられるなんて、彼も思ってはいない。それでもクリストファーと関係を持ち続けられるのは、『吸血鬼(ラミア)』の連中ぐらいしかいないだろう。
よそよそしく接せられるぐらいなら、突き放したほうが幾分ましだ。
 それでも――この異世界でせっかく出来た友達がいなくなるのは、少々残念ではあったが。
両者を、重苦しい沈黙が包む。
 だが、それも長くは続かなかった。少し躊躇う素振りを見せた後、シエスタが唇をきっと結び顔を上げる。
「……それでも」

「――それでも、私はクリスさんを恐いとは思いません」

 クリストファーが振り向いた。
 爛々と輝く赤眼が彼女を見詰めるが、シエスタは揺るがなかった。
「……何で?」
 首をかしげ、問いかける。顔こそいつもの様に笑っているが、視線が何処までも冷たい。
 大の大人でも逃げ出したくなるような光景だったが、シエスタは落ち着いて言葉を続ける。
「方法はどうあれ、クリスさんは私を助けようとしてくれました。だからです」
 クリストファーの口から笑いが漏れた。嘲笑だ。
「単に、人を殺したかっただけかもしれないよ?」
 口元を不気味に歪ませながら恐ろしい言葉を囁くクリストファーだが、シエスタは目を逸らさずに彼を見続けた。
「それでも、です。それに――」
 シエスタは頬を緩めた。
「クリスさんがミスタ・グラモンを投げ飛ばした時、貴方は本気で怒っていました。ミス・ヴァリエールを侮辱された時だってそうです。それくらいのことはわかりますよ」
シエスタは、クリストファーの眼を見つめたまま、話を続ける。
「私は、クリスさんの過去なんて気にしません。恐がりもしませんし、軽蔑もしません。クリスさんがどんな人でも、今朝のあの時から、貴方は私の友達です」
 クリストファーは、眼を逸らした。気まずげに頬を掻く。ギーシュの件に関しては実際図星だった。
 どうも、この少女には調子を狂わせられる。いつもは相手を脅し、怯えさせることなど容易いのに、彼女にはどうも本気になれない。
 そもそも、こう真正面から受け入れられ事など今まで無かった。彼にしては珍しく、反応に困る。
暫く逡巡していたが、やがてクリストファーは両手を挙げた。
「参った、投了だ。帽子を脱いで匙も投げよう。確かに怒ってました、嘘を吐きましたよ」
 半ば投げやりな言葉に、シエスタの顔が綻ぶ。それに応じて、クリストファーも苦笑した。
「……変わってるね、君。『詩人』とかレイルとかとは別種の変人だ」
「……『詩人』? レイル?」
「いや、こっちの話」
懐かしい顔が浮かんできたが、すぐに振り払う。どうせもう逢えない奴等だ。
 すると、シエスタの顔から笑みが消えた。真摯な表情でクリストファーを見つめる。
「ただ、一つだけ言わせてください」
 シエスタの様子にクリストファーも笑みを消す。
 彼女は、まっすぐに彼を見詰めて口を開いた。
「――もう二度と、貴族の方に向かって殺すなんていわないでください」

「……それは、中々引っかかるね。まるで、貴族には逆らうなって言ってるみたいじゃないか」
「ええ、強ち外れてはいません」
 シエスタの言葉にクリストファーは眉をひそめたが、彼女のあくまで真摯な表情を見て、口を挟むのは慎んだ。
「クリスさんは、此方に来たばかりだから解っていないのです。貴族の人たちは、この国のほぼ全ての権力を握っているんです。決闘だからって、相手を殺して終わりと言うわけではないんですよ」
 それについては、クリストファーもうすうす感じ取ってはいた。学内の生徒や使用人の格差、ルイズの言動からそのくらいのことは読み取れる。
「特に、平民が貴族を殺したとなればその親族が黙っていません。どんな理由があっても、家をあげて相手に復讐を仕掛けます。
名のあるメイジ達が束になってやって来れば、クリストファーさんでも太刀打ちできません。ミスタ・グラモンよりも、何倍も強いのですよ? こういってはなんですが、その、ミスタ・グラモンは最下級の『ドット』ですし……」
 最後の言葉はやや躊躇いがちに話す。クリストファーがニヤニヤしているのを見て、シエスタは小さく咳払いをした。

「……とにかく、出来る限り物騒なことはしないでほしいのです。これはミス・ヴァリエールだけでなくあなたの為でもあるのですから」
 クリストファーは釈然としない顔をしていたが、やがて渋々頷いた。
「解ったよ。もうしない、約束する」
 子どものように不貞腐れた声で言うクリストファーに、シエスタは微笑む
「何も、絶対に逆らうなと言っているんじゃありません。多分、今度の決闘を見てクリスさんにちょっかいを出す人も出てくると思います。
そういう時は、程ほどにやり込めてほしいのです。平民に負けたなんて恥は、よっぽどのことも無い限り身内に晒したがる人はいないでしょうから」
 シエスタは悪戯小僧のように笑った。クリストファーも、つい頬が緩む。
「それに、貴族の方たちがみんな悪い人というわけではないんです。生徒の人たちの中にも、私たち使用人に優しく接してくれる方もいますし、学院長のオスマン様だって、身分差に関係なく平等に扱ってくれます。そして――ミス・ヴァリエールも」
 言い終えると、シエスタはクリストファーの横を指し示す。
 振り向くと――いた。
 ふわりとした桃色の髪に、まだ幼さの残る容姿。
 気の強さは人一倍だが、内面はひどく壊れやすい少女。
 ルイズが、クリストファーに寄り添うように寝息を立てていた。
「ミス・ヴァリエールは、貴方よりも前にお目覚めになりました。精神的な疲労が大きくて、
まだ休むように言ったのですが、クリスさんの傍にいると言って聞かなくて……。でも、やっぱり疲れのせいかすぐに落ちてしまわれましたけどね」
 精神的な疲労。
 教室での一件が、クリストファーの心にのしかかる。
「ミスは、貴方に杖を向けたことをひどく後悔していました。私のことを思ってくれたのに、それを裏切った――と」
「裏切ったなんて……」
 裏切ったなんて――思うはずが無い。
 あれは、ひどく普通の行為だったのだから。
 自分には到底出来ない――『自然』な行為だったのだから。
「……どうやら、僕は君との約束を守れなかったみたいだね」
 ルイズを、決して悲しませないこと。
 使い魔として当然な、『自然』な行為。
 笑わせる。
 『不自然』な自分が――今更、自然なことをしようなんて。
 こんなちぐはぐで、ぎくしゃくして、歪んで、捻じ曲がった――狂った結果しかもたらさないのに。
「……仕方ありませんよ」
 シエスタが言う。
「クリスさんが、ミス・ヴァリエールを思ってやったのなら仕方ありません。結果なんて、もう終わってしまったことなんて考える必要はありません」
 そう言って、シエスタは席を立った。
「クリスさんと彼女に何があったのか。私は聞きません。貴方たちの問題には、他の誰も介入できないのですから。だけど、一つだけ言わせてください」
 腰を折って深々と一礼する。
「ちゃんと、仲直りしてくださいね」
 そういって、彼女は踵を返し、部屋から出て行った。

 硬質的な足音が遠ざかるのを聞きながら――クリストファーは、ルイズの寝顔を見詰める。
 ――仲直り。
 それは、自分にとってどれほど縁遠い言葉だろうか。
 破壊することの容易さは、彼は身をもって――壊す側、そして“壊される側”としても――よく知っている。
 壊す事しか出来ない奴に、その言葉はどれだけ重いだろうか。
「――仲、ねぇ」
 思い出す。
 唯一、仲間らしい仲間だった『吸血鬼(ラミア)』の集団を。
 『詩人』なら、今の状態をどんな狂った言葉で表現しただろうか。
 シックルなら、あの男勝りな態度が少しは崩れるだろうか。
 チーなら、いつもみたいに苦りきった顔で対処するのだろうか。
 アデルなら、しどろもどろでも何とかするのだろうか
 レイルとフランクなら……フランクがおろおろして、レイルが何かを爆発させて終わりだろう。
 リーザは……恐い結末になりそうなので止めた。
 彼らとともに、今までの出来事が頭の中に浮かぶ。
 殺して、殺して、殺し続けた半生。
 他人の命を壊しながら生きてきた自分に――直すなんて事が本当に出来るのか。

 そんな考えが浮かんだ瞬間――彼は、思わず噴出していた
 口を手で塞ぎ、ルイズを起こさぬよう必死で声を押し殺す。だが、喉の奥の感情はどうやっても抑えがたかった。つい、笑い声が漏れてしまう。
 高笑いが部屋中に響き渡った。彼にとって久々の心からの笑いだった。
「……あー、やっぱり駄目だ」
 クリストファーは苦笑しながら、言葉を紡ぎだす。
「僕にはやっぱり、こういうセンチメンタルな考えは向いてないや」
 自棄になったわけではない。こんな似つかわしくないことを考えている自分が、ただ純粋に滑稽に思われたのだ。
そして――思い出した。
 『吸血鬼(ラミア)』にいた頃の自分を。
 何も考えずに生きていた、馬鹿な自分を。
 馬鹿が知恵を絞ったところで、裏目にしか出まい。
 ならば自分らしく、単純に行こう
 あたって砕けろ。駄目で元々。
 元の自分が駄目なのだから――それもアリだろう。

ルイズの顔に向き合う。
 手を伸ばし――彼女の頬を摘んだ。
「……はへ?」
 気の抜けた声とともに、ルイズが目を覚ます。
 焦点が合ってない瞳を動かしているうち、クリストファーと目が合った。
 クリストファーは明るく挨拶をした。
「ハーイ♪」
 暫くの沈黙の後、ルイズの目が大きく開かれた。
 クリストファーの手を払い、ベッドの上を後ずさり、
「いッ!?」
 壁に頭を打ち付けた。
「……うおう」
 ――まさかとは思ったけど、三回も同じ事となるとは……
 流石に笑顔も引っ込んだ。改めて、彼女が筋金入りのドジだと言うことを認識する。
 「ぅぅぅ……」
頭を抑えてうめくルイズ。クリストファーは彼女の傍に近づく。
 音を聞きつけ、ルイズがはじかれたように顔を上げた。
「あ、あんた……」
「――ごめん」
「…………へ?」
 唐突に放たれた言葉にルイズの目が丸くなった。クリストファーはそのまま言葉を続ける。
「決闘のこと、君に随分と迷惑かけちゃったみたいで……本当にごめん」
「め、迷惑って……」
 ルイズの困惑が、表情から見て取れる。
 さっきまで完全にマイペースだった彼がこんなにしおらしくなったのだから、無理も無いだろう。
「でも、君のためにやったっていうのは本当なんだ。そこだけは信じてほしい」
 クリストファーの言葉にルイズは暫く口を噤んでいたが、やがて怒ったようにそっぽを向いていった。
「ふん! たかがあんなことで私が迷惑なんて思ってるわけ無いでしょ! こっちは貴族なのよ、主なのよ。使い魔の失態の一つや二つ、許容する器ぐらい持ち合わせてるわ! ……そ、それに、こっちもちょっと落ち度があると思うし……」
 最後の言葉はぼそぼそと小さい声で言う。クリストファーは苦笑した。
 そして、彼はやや真剣な表情で口を開いた。
「あと、教室でのことなんだけどさ」
 その言葉を聞いた瞬間、ルイズの顔が強張った。
 そしてクリストファーは、ゆっくりと口を開く。

「――あれ、取り消すよ」

「…………え?」
 予想外な言葉に、またもルイズは目を丸くする。
「僕と似た感じがしたから、ついあんな事を言っちゃったんだけど……多分、君はまだ違う。君は今、分岐点にいるんだと思う」
 一言一言、噛み砕くようにクリストファーは話す。
「こっちの、壊れた側に来るのか――それとも、あっちの普通の側に行くのか、決めるのは多分、君じゃないといけない。僕が自分の勝手で手を引いちゃいけないんだ」
 クリストファーは、そこで嬉しそうに笑った。
「幸い、君の周りは君が思っているより恵まれている。あっち側に行っても、無事にやっていけると思う」
――僕と違ってね。
最後の言葉だけは自分の心にとどめ、クリストファーは一区切りをつけた。
そして、再び口を開く。
「でもね、いつか必ずどちらか選ばなきゃいけない時が来る。それだけは忘れちゃ駄目だ。そこで君がこっち側に来たいなら、僕はいくらでも手を引いてあげる。だけど、あっち側に残りたいって言うなら、その時は君の周りの人間が手を引いてくれるさ」
ルイズは、呆けたように話に聞き入っていたが――やがて、怒ったようにクリストファーから目を逸らした。
「な、何よ、あっちとかこっちとか、訳のわかんない事ばっかり言って……そんなの、私は私よ。決まってるじゃない」
「……うん、それでいい。君がそう思うならね」
 クリストファーの言葉に、ルイズは更に不貞腐れる。そして、不機嫌な声で言った。
「……教えなさいよ。アンタのこと」
「え?」
 ルイズはぼそぼそと、小さな声で続ける。
「さっきから私のことばっかり、解ったように言って……、私、アンタのこと何にも知らないのに、そんなの不公平じゃない。主が使い魔のこと知らないなんて……あり得ないわよ、そんなの」 
 クリストファーは、ぽかんとした顔でルイズを見詰めていたが、すぐに嬉しそうな顔で笑った。
 それは、やはり普段のものとは違う――心からの笑顔だった


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