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十七話 邪悪へのレクイエム


十七話
邪悪へのレクイエム
UFO怪獣 アブドラールス 登場!

 ミシェルが目を覚ましたとき、そこはどこかの大部屋のベッドの上であった。
 薄く目を開くと、白い天井と、白い壁でできた清潔な部屋の様子がうっすらと見えてきた。あたりでは、銃士隊の制服を着た女性たちのほかに、白衣をまとった男性や、同じように看護婦たちがたくさんのベッドの周りを駆け回っている。
 まるで、ベロクロン戦のときにトリスタニアのあちこちに建てられた野戦病院のようだと思い、ミシェルは顔をあげた。
「う……」
「あ! 副長、気がつかれましたか。おーいみんな、副長が目を覚ましたぞ!」
 かたわらで傷病者の額にかける濡れタオルをしぼっていた隊員が、ミシェルが目を覚ましたことに気がついて叫ぶと、部屋中からわっと隊員たちが押しかけてきた。
「副長が目を覚ましたって?」
「よかった! もうだめかと思ったもの」
「ちょっとあなたたちどきなさいよ。副長の顔が見えないじゃない」
「お前たち……」
 あっという間にミシェルのベッドは銃士隊の隊員たちによって取り囲まれてしまった。
 どの顔も、ミシェルにとってはよく見慣れた懐かしい戦友だ。
 そう、あのときまでは……今では、違う。
 しかし、周りを囲んだ隊員たちには殺気は一切感じられない。また、体を起こしてみたらあちこちに包帯がきちんと巻いてあって、ミシェルはこれは夢の続きかなと思って聞いてみた。
「ここは……どこだ?」
「トリステイン大病院の大部屋です。覚えてらっしゃいませんか? 副長、隊長といっしょにリッシュモン卿と戦って傷を負って、ここに運び込まれたんです」
「! そうか……だんだん思い出してきたよ」
 やはりこれは夢ではなかった。自分はチクトンネ街でごろつきどもに襲われたところを銃士隊員たちによって助けられ、ここまで運ばれてきたのか。
 ぼんやりした頭を部屋の照明で覚まして見渡すと、部屋の中には作戦中に負傷したのか、ほかの隊員たちもベッドに寝かされているのが見える。誰もよく眠っており、致命的な傷を受けた者はいないようだ。
 ミシェルは、仲間たちがあの激戦を無事にくぐりぬけたことにほっとすると、まずは一番気にかかっていたことを尋ねた。
「隊長は……?」
「大丈夫です。今、王女殿下のお計らいで、最高の水のメイジに手術を受けてます」
 ミシェルの問いに答えたのは、一人の濃い緑色の髪をした隊員だった。ミシェルの記憶では、確か名前はアメリーといったか。彼女は、ミシェル副長の不在のあいだ副長代理を預かってまいりましたと名乗り、アニエスの容態が峠を越したことを報告した。
 それを聞き、ミシェルはそうか……と、安堵した。治療さえ受けることができたら、アニエスならば心配はいらないはずだ。それに手術中ということは、自分はそんなに長く寝ていたわけではないだろう。
 でも、アニエスは当たり前として、自分が当然のようにここに寝かされているわけは、ミシェルにはわからなかった。隊の皆には、あのアルビオンでの戦いで、自分は裏切りのあげくに死んだと知らされているはずなのに。
 ふと、ミシェルは隊員の一人が手渡してくれたティーカップの水面に映った自分の顔を見て、それに向かって恐る恐る尋ねてみた。
「なあ、みんな……わたしは……」
「わかってますよ。もうみんな知ってます」
「え……?」
 急に不安が心をよぎった。みんなとはどういうことか? いや、すでに裏切りの事実は知られているはず、ということは……皆のこの笑顔は仮面で、その内側には……
 逃げようにも、逃げ出すことのできない状況に、ミシェルの握り締めた手が小刻みに震えた。
 アメリーはベッドの傍らの椅子に腰掛け、言葉を続ける。
「知ってますよ。副長が、元は貴族だったということも、元レコン・キスタの一員だったことも、私たちをだましていたことも、全部」
「う……」
 罪悪感と、皆の顔を見ることのできない恐怖がミシェルの心を覆った。けれども……隊員たちからミシェルに贈られたのは弾劾の言葉ではなく、優しい呼びかけであった。

「でも……同時に長いあいだ一人で苦しんでいたことも、本当は私たちを大切に思ってくれていたことも、みんな知ってます。そして……強がっていても、本当はとても優しい人だということもね」

 はっとして顔を上げると、そこにはどこか照れくさそうにしている隊員たちの姿があった。そして、ミシェルがとまどっていると、アメリーはいたずらっぽく笑った。
「実はね。サイトのやつが教えてくれたんですよ。あなたが生きているって」
「サイトが!?」
「はい。掃討作戦も終わりかけてたときに、あいつがいきなり本部のほうに押しかけてきたときはびっくりしましたよ。それで言ったんです。「アニエスさんとミシェルさんを助けに行きたいけど、どこにいるのかわからないから力を貸してくれ」ってね」
 ミシェルはそこで、あのとき別れてからすぐに才人も飛び出してきたことを知った。いらないと言ったのに、本当にあいつという奴は……
「多分あいつは、隊長と副長が互いのためなら死を選ぶであろうってことに気づいてたんでしょうね。ともかく、それからは事後処理にまわっていた隊員たちも全員集まってきて、もう隊中大騒ぎですよ。隊長が一人でリッシュモン卿の逮捕に乗り出したことは計画の内でしたが、まさかあなたが生きていて隊長に協力していたとは……」
「みんな、わたしは……!」
 本当のことを告白しようとミシェルが口を開くと、アメリーは静かに首を横に振った。
「何も言わないでいいです。わたしたちは尋問をしているわけではありません。ただ、わたしたちは全員寄る辺もなかったり、家から逃げ出してきたような世間のはずれものだったところをアニエス隊長に拾われたおかげで、女だてらに剣士などになれた者たちです。隊長がいなければ、野垂れ死にせずに何人が今でも生きていられたことか……だから、アニエス隊長の判断を、私たちも信じます」
「しかし、それではお前たちの気持ちはどうなんだ! わたしは、わたしは隊の名前に泥を塗り、いままで逃げ隠れしてきた卑怯者だ」
「はい……確かに隊を裏切って敵と内通していた副長を恨む声も、隊内には根強くありました。それは間違いありません」
「じゃあ……」
 また、ミシェルはおびえたように肩をすくめた。でも、アメリーも隊員たちも、そんなそぶりは欠片も見せずに、話を続けた。
「サイトの言葉で、あなたが生きているとわかったあとは、隊は真っ二つに分かれて押し問答になりました。隊長もいるからすぐに助けにいこうというものと、裏切り者を助けるいわれはないというものたちの……でもね。そうしてついに剣が抜かれかけたとき、サイトの奴があなたを恨むものたちの前で突然土下座して言ったんです。『お願いですからミシェルさんを許してあげてください。あの人は、決して悪い人じゃありませんから』って」
「サイト……あいつ、そこまで……」
「でも、いきりたった者たちはそう簡単に止まらず、サイトにあらゆる罵声を浴びせかけました。それをあいつは全部正面から受け止めて、あなたがリッシュモンのせいで両親を失い、さらにだまされて利用されていたことも説明して、何度も頼んだんです」
 ミシェルは、その中でも才人が自分が奴隷だったことは話していないことに気がついた。あいつは、向こう見ずでも、忌まわしい秘密だけは守り通してくれたのだ。
「しかし、あなたの境遇には同情しても、隊の規律や、裏切られたという感情は簡単にはぬぐえませんでした……けど、あいつは頼むのをやめない……それで、一人が怒鳴ったんです。『我々には王国の剣としての誇りがある。その誇りを汚したものを許すことはできない。いったい、我々の誇りに勝るものが裏切り者を救うことにあるのか、言ってみろ!』ってね。するとサイトの奴、いったいどう答えたと思います?」
 アメリーの問いに、ミシェルは見当もつかないとばかりに首を横に振った。すると、アメリーは周りの隊員たちを見渡した後で、愉快そうに笑って告げた。

「そうしたら、また仲良くなれるじゃないですか」

 アメリーはそう言うのと同時に、おかしさが抑えきれないように腹を抱えて笑い出し、ついで周りの隊員たちもそれぞれの方法で、声を出して笑った。
「あっははは! おかしいでしょう。真顔でそんなことを言うなんて誰が予想するでしょう……そのときも、意表を突かれてみんな大爆笑でしたよ」
「サイト……ふふ……あいつらしいな」
「ですね。でも、おかげで自分たちの本当の気持ちに気づかされました。みんな、心の中では副長、あなたが好きだったんです。隊長と副長がいつでも前にいてくれたから、ひよっこの私たちでも安心して危険に身をさらすことができた。あなたたちの後姿は、わたしたちに勇気をいつもくれました」
「いや、わたしは……わたしの目的のために、皆を利用していたに過ぎないんだ……」
「いいえ、副長はちゃんと私たちを守ってきてくださいました。それは誰もが知ってますし、そう思ってます。そうだからこそ、裏切られたときにあなたを憎みもしたんです。好きだった
相手に裏切られたからこそ、憎しみがあったんです」
 人の心には表と裏があり、それらは決して切り離すことはできない。好きだからこそ憎んでしまう、それもまた人の心のありようなのだ。しかし、裏を知ることで表の心の強さを知ることもできる。
 ミシェルは、銃士隊の中で自分がどれだけ大きな存在だったかを初めて知った。一人だったと思っていたのは、勝手な思い込みだった。
 アメリーは、ぐっと涙をこらえているミシェルに、皆の心を代表して語った。
「隊長と副長を助けに行こう。全員でそう決めました……考えてみたら、断罪なんかするより、仲直りするほうがいいに決まってる。大人が子供に口をすっぱくして言うことを、いい大人の私たちはさっぱりできていませんでした。でもそのおかげで自分たちがどれだけちっぽけな”誇り”というものにしがみついていたか、思い知りました。いきがったところで、我々はトリステインに星の数ほどある部隊の一つに過ぎないのに、いったい何様のつもりだったのか」
 思い上がりを反省するようにアメリーがつぶやくと、皆も同様にうなずいた。
「サイトの奴はたいしたものですね。私たちがどれだけ苦労して銃士隊を盛り立ててきたか知りもしないくせに、いつの間にかつまらない建前に曇ってた私たちの目を覚まさせてくれました」
「ああ、すごい奴さ。あいつはな」
 誇らしげにミシェルは言った。才人には、特別な知恵や力があるわけではない。彼にあるのは、むしろ誰もが持っている力……誰かをかわいそうだと思い、手を差し伸べる心、純粋な優しさだ。でも、それがあるからこそ、くだらないしきたりや体裁にこだわらずに人を救うことができるのだ。
 そして最後に、アメリーは立ち上がってミシェルに向かって敬礼をとった。
「副長、我々の気持ちは一つです。帰ってきてください、お願いします!」
 すると隊員たちも口々に述べた。
「副長。副長あってこその銃士隊です。帰ってきてください」
「私たちには副長が必要なんです」
「副長! 副長には私たちは剣の振り方を教わりましたが、私たちは副長になにも教えられてません。恋人の一人も作らずに逝くなんて悲しすぎますよ」
「もう一度いっしょに戦ってください」
「お願いします!」
 ここで泣かずにいられたら人間じゃあない。ミシェルは歯を食いしばり、大粒の涙をこぼしている。
「副長、これ以上はもう余計な言葉は必要ありません。我々は、もう皆副長を許しています。あとは、副長自身が、自分を許してあげてください」
 この瞬間、ミシェルと隊員たちとのあいだにあった壁は、すべて砕けて消え去った。
 裏切り者という重荷を下ろすことができ、長く、遠く回り道をしてしまったけれど、ようやくミシェルは帰るべき場所にたどり着くことができた。

 そうして、アメリーは急遽作戦を変更してアニエスとミシェルの救援に乗り出した後のことを説明した。
 才人とアメリーを含む一隊でリッシュモン邸を強襲したけれど、邸はすでにアニエスとミシェルに破壊されていた。地下通路の入り口は見つけたものの、その先を地図もなしに追跡したら遭難するばかりと思われた。
 そのため、彼女たちは一計を案じた。追いかけるのではなく、先回りしようとしたのだ。
 これがリッシュモンの逃げ道とすれば、必ずどこかに出口がある。そのため、全員が街中に散り、トリスタニア中に網を張った。その一人が下水道の出口から出てきたワルドを発見し、全員を呼び集めたのだった。

「なるほど、それでみんながあんなところに突然現れられたのか……それで、ワルドとリッシュモンは?」
「残念ながらワルドは取り逃してしまいましたが、すぐに国中に指名手配が出るでしょう。リッシュモンのほうは、申し訳ありませんがまだ発見できていません。街道には検問が張ってありますから、トリスタニアの外にはまだ出ていないはずですが」
「そうか……」
 仕方がない。自分も隊長も動けない今となっては、これ以上は官憲の手にまかせるほかはないだろう。自分たちの手で始末をつけられないのは残念だが、アニエスの命にはかえられなかった。それに、どうせ奴は国家反逆罪で死刑だ。ミシェルはそうして自分を納得させた。
「わかった……そういえば、わたしたちを助けるために全部隊を使ってしまって、作戦のほうはよかったのか?」
「ええ、そのときすでに大半の標的は確保していましたので、支障はほとんどありませんでした。ただ、数人トリスタニアを逃げ出そうとしていましたので、サイトにも手を貸してもらって捕らえました。もっとも、副長たちを助けた時点で体力を使い果たしてたみたいで、途中でのびて今は隣室で寝てますがね」
「!? サイト! サイトがここにいるのか!?」
「ええ、呼びましょうか?」
 ミシェルは一も二も無く頼むのと同時に、急に胸が高鳴ってくるのを感じた。
 サイトが来る……ただそれだけなのに……ミシェルの瞳に、ごろつきたちに捕まりそうになったときに颯爽と助けに来てくれた才人の姿がありありと蘇ってきた。
「ミシェルさん、元気になったんだって!」
 病室のドアを開けて才人が喜び勇んで駆け込んでくる。その顔が人やベッドの隙間をくぐって近づいてくるごとに、心音が抑えようもないくらいに大きくなって、目の前にやってきたときには鼓動が耳で聞こえるのではないかと思うくらいになっていた。
「よかった、一時は面会謝絶なんて言われたから心配してましたよ」
「サイト……」
 ミシェルは言う言葉を探したけれど、結局彼の名前を口にするのが精一杯だった。
 才人はあのときとまったく変わらない笑顔で、率直に傷の心配をしてくれた。彼もまた雨の中を駆け回ったのがすぐわかる、よれて泥がついた服や髪をしていて、みっともないことこの上なかったが、ミシェルは見た目などではなくそのまっすぐな言葉に救われた気がした。
「すみません。来るなって言われてたのに、余計なことしちゃいまして」
「ばか……」
 謝られたって、叱れるわけなんかなかった。才人が来なければ、自分もアニエスも確実に死んでいた。それに、仮に生き残ったとしても仲間たちとの不和は残ったままだったろう。ミシェルは、言葉よりもまず才人に手を伸ばし、才人はその手をとった。あのときと同じ、温かさがミシェルの手のひらに伝わってくる。
「ありがとう……あのときのサイト、かっこよかったよ」
「あ……はいっ」
 つらつらと長く言葉をもらうより、その一言で才人は全部が報われたような思いを感じた。人のために働いたとき、ありがとうの一言に勝る報酬はない。才人はうれしくなって、颯爽と駆けつけたときとは似ても似つかないほど、顔をだらしなくにやけさせた。でも、そうした無邪気な笑顔と、握った手から直接伝わってくる体温が、ミシェルになにも恐れることのない安らぎを与えてくれた。
「本当に、あったかいなサイトの手は」
「いえ、今はミシェルさんの手のほうが熱いですよ。それに、えーっと、その……」
「なに?」
「すごく、可愛い顔になってます」
「えっ……」
 言ってみて、才人は「うわーっ、なんてこと言っちゃったんだ」と内心で汗をかいた。女の子に向かってそんなことを言うのに、普通に慣れていないのである。
 ミシェルのほうも、そんな言葉をかけられるとは予想だにせずに、思わず呆けてしまった。
 けれども、才人はうそやおせじを言った気はなく、今のミシェルには本気で鏡を見せてあげたかった。今のミシェルの顔は、コルベールの研究室で見たときとは比べ物にならないくらいに多くのもので満たされ、輝いている。それは、孤独という牢獄に囚われた人間には、決して見せることの出来ないものだ。でも、人から「可愛い」などと言われたことのないミシェルは、それが才人からだったのも合わせて一気に顔を赤らめた。
「ば、ばか! 人前でなんてこと言うんだ。み、見損なったぞ、お前がそんな軽薄な言葉を使うなんて!」
「いっ!? す、すいません! そ、そんなつもりじゃ」
 才人は、やっぱり余計なことを言うべきじゃなかったと後悔した。
「そんなもこんなも……う……」
「ミ、ミシェルさん!?」
 突然顔を伏せてしまったミシェルに、才人は傷が開いたのではないかと慌てて近寄って顔を覗き込んだ。けれど、ミシェルは顔を覗こうとするとそっぽを向いてしまって、才人に顔を見せてくれない。
「あの、ミシェルさん……すいません。怒ってますか?」
「怒ってない……けど、そんな顔を近づけるな……は、恥ずかしいだろ」
 それっきり、ミシェルは毛布を頭からかぶって寝込んでしまった。才人は、思いもよらずに拒絶されて、どうしたらいいのかわからずに立ち尽くしている。
 その一方で、銃士隊の面々は全員例外なく仰天していた。
 あの副長が、恥ずかしい!? あの、真面目一徹で、因縁をつけてきた魔法衛士隊の男を半殺しにして眉一つ動かさず、隊員たちの恋愛談義を冷笑するだけだった、あの副長が!?
 隊員たちは顔を見合わせてひそひそと話し合い、やがて一人の隊員がわざとミシェルに聞こえるように才人に言った。
「なあサイト、副長があんな様子だし、向こうで食事でもおごらせてくれないか?」
「えっ、でも……」
「いいだろ? 副長も疲れてるんだろうしさ。それに、あとでイ・イ・コ・ト、してあげるからさぁ」
 なまめかしく艶のある声でその隊員が才人にささやくと、思わずその先を想像してしまった才人は初心に赤面した。だが、それ以上に激しい反応を見せたのはミシェルだった。
「だめだーっ!」
 毛布をふっとばし、鬼気迫る表情で跳ね上がったミシェルに隊員たちは気おされて、親の仇のように睨まれたその隊員は「冗談ですよ」と慌てて首をふった。
 しかし、同時に隊員たち全員は確信した。
”これは……本物だ!”
 そうとわかれば勇名とどろく銃士隊の隊員たちだって、二十やそこらの年頃の女性たちである。興味関心は自然とそっちの方面に向くし、堅物一本で来たアニエスやミシェルと違って、みんな経験や知識も豊富だ。
 言葉など必要とせずに、目と目で会話し、全員の総会を経て決議は一瞬にして決まった。

 副長の初恋、応援させてもらいます!

「サイト」
「え……えっ?」
 肩を叩かれて振り返った才人は、そこにいる隊員たちの表情が変わっているのに気づいた。
 なにか……なんとは言えないが、やけに全員ニコニコしてこっちを見ている。
 嫌な予感がする……と、ルイズやキュルケとか、女性で痛い目を見てきた才人は直感した。
「サイト、この部屋なんだか寒いと思わないか?」
「えっ? ま、まあ少し」
「そうだろう。でもさ、副長毛布ふっ飛ばしちゃって汚れてしまったなあ。それに、今負傷者が多くて毛布に余裕がない。サイト、お前代わりに副長をあっためてやってくれ」
「は!?」
 言われたことの意味がわからず才人は絶句した。が、その隊員は逃がさないぞと才人の肩をがっちりと掴んで、耳元でそっとささやいた。
「だからさ、副長と添い寝してあたためてあげてくれ」
「いっ! ええーっ!?」
「お、お前たち!?」
 才人とミシェルはそろって仰天した。みんな何を言い出すんだ!? しかし、才人は銃士隊のみんなのいたずらを思いついた子供のような笑みに、これは本気だと感じた。
 まずい……この雰囲気は! 例えるなら、友達の好きな子を知ったときの女子グループと同じ。
 だが逃げようとしたときにはすでに遅く、才人は両腕をつかまれて、まわりの隊員たちも喜んで
「添ーい寝! 添ーい寝!」とはやし立てている。ミシェルは、才人を捕まえた皆に向かって、「みんな、わたしはそういうつもりじゃ!」と抗議するものの、今度はアメリーはミシェルの味方だが味方ではなかった。
「副長、自分のお気持ちに素直になってください。副長は、サイトのことが好きなんでしょう?」
「う……で、でもサイトにはミス・ヴァリエールがいる」
「それがなんです! それで引き下がって副長は満足なんですか? サイトといっしょにいたいと思うならそうすればいいでしょう。そうやって目の前の幸せから身を引いて、本当に副長は後悔しないんですか?」
 もっと貪欲に幸せを求めてくれというアメリーの言葉に、ミシェルはどう答えていいかわからずに押し黙った。
「しょうがありませんね。おいサイト」
「あっ、はいっ!」
「ミス・ヴァリエールを裏切れとは言わんし、すぐに答えを出せとも言わん。でもな、今副長の気持ちを受け止めてやれる男はお前しかいないんだ。わかるな」
 そのときのアメリーの表情には上付いたものはなく、純粋にミシェルの幸せを願う思いが声に込められていたので、才人も黙ってうなずいた。
「よし、やはりお前はいい奴だな。ようし、それじゃみんな、やれ」
「えっ! ちょっとおれはそういう気で言ったんじゃあ!」
 躊躇する暇もありはせず、才人の力では銃士隊に敵うわけがなく、あっという間に持ち上げられる。
 そして、ベッドの上に放り投げられた才人の顔と、赤くなって恥らうミシェルの顔に近づく……
 が……調子に乗ったのもそこまでだった。

「はいそこまで! 病室でなに破廉恥なことしてんのあんたたちは!」

 それまで生来気が短いのを、ミシェルの人生にも関わるからと必死で才人の行動を黙認してきたルイズの堪忍袋の尾も、こんなもの見せられたら切れるに決まっている。
 並み居る銃士を小柄な体のどこから発揮されるのかわからないパワーで押しのけ、正確に才人の耳たぶを捕まえて、ルイズは彼を病室の外へと引っ張っていく。
「いててて! ルイズ、ちょっとやめ! タンマ!」
「却下! さっさと来なさいこの馬鹿! また犬に落とすわよ」
「わかった! わかったって! ともかくミシェルさん、お大事にねーっ!」
 入り口のドアが乱暴に閉められ、才人の声がエコーを残して消えていった。
 ミシェルや隊員たちは、あまりのルイズの早業にしばし呆然としていたが、やがて腹を抱えて笑った。
「あはは! まったく、今ひとつのところでかっこうのつかないやつだな」
「あれが本当に、隊長や副長、ひいては我々銃士隊を救った男なんですかね? しかし、あれはまた嫉妬深そうな娘だ。副長、負けてはいられませんよ」
 楽しそうに笑っている隊員たちに混ざっているうちに、ミシェルは帰ってきたのだという安心感に包まれて、共に話に加わっていった。


 一方、部屋から引きずり出された才人は、廊下に出されるとやっと離してもらえた耳をなでた。
「いってぇなあ……お前、ここまですることないだろ」
「うるっさい! あんなところにあんたを一人で置いておけるはずはないでしょう。少しはわたしの気持ちも考えなさいよねまったく……で、これで気は済んだの?」
「ああ、まあ大体は」
 苦笑しながら答えた才人に、むしろルイズのほうがほっとした。
 人助けはいい。その点については、非のつけようはない。だが、たとえ危険が待っていようとも救いの手を差し伸べることに迷いがないのは、美点には違いなくても見ている自分からしてみれば気の休まるものではない。今回だって、たった一人でごろつきの群れに飛び込んでいって、下手をすればどうなっていたことか。
 しかし、ルイズとて感情の激するところはあっても、決して狭量の人ではない。
「一応、結果がよかったから今回はもう何も言わないわ。ただし、次からはわたしに相談して、もっと計画的に行動しなさいよね」
「はーい」
 全然信用はできないけれど、一応の答えは得れたのでルイズはうなずいた。
 室内からは、まだミシェルや銃士隊員たちの楽しそうな笑い声が響いてくる。その声を耳にして、ルイズはふと思いついたことを才人に尋ねてみた。
「ねえサイト……もし、もしもよ。もしわたしがあなたを裏切って、あなたに杖を向けて殺そうとしたらどうする?」
「なに? なんだよおい。藪から棒に、縁起でもない」
「いいから、万が一そんなことになったらどうするかって、答えなさいよ!」
 才人はルイズの唐突な問いかけにとまどった様子だったが、やがてあごに手を当てて四・五秒ほど考えると口を開いた。
「そうだな。とりあえずは、ふん捕まえてぶん殴るな」
「は?」
「だって、お前が本心からおれを殺すなんてあるはずないだろ。だから、はっ倒して正気に戻してやる」
「もし、本心で裏切ってたら?」
「そのときも殴る。殴って反省させて、そして許す。おれにできるのはそれくらいさ」
 手を横に広げて、自分の限界を示した才人に、ルイズはため息をついて呆れた様子を見せた。
「あんたってほんとにバカね。殴ることと許すことしかできないの?」
「できないよ。おれは神父やカウンセラーじゃない。こんこんと教えを説いて人を救済するなんてできっこねえよ。ただ……」
「ただ?」
「どんなに人から裏切られても、誰かを助けたいっていう、その心だけは失いたくないって思ってるだけさ」
 才人の心に、幼い頃父から聞かされた一つの言葉が蘇ってきた。

 それは、才人の父が子供の頃、ウルトラマンAが地球を去るときに言い残したという言葉。

”優しさを失わないでくれ。
 弱いものをいたわり、互いに助け合い、
 どこの国の人たちとも、友達になろうとする気持ちを失わないでくれ。
 たとえその気持ちが、何百回裏切られようと。”

 エースの残した心の遺産。それをルイズが知るはずもなくても、ルイズは才人の横顔を見ているだけで、才人だったらどんなときでも助けてくれるだろうと、安心した。
「しかし、やむ気配がないな。この雨は」
 廊下の窓から外を眺めた才人はぽつりとつぶやいた。すでに日付は変わり、時刻は地球でいうなら午前三時あたりの深夜を過ぎているのに、いまだにこの雨はやむ気配を見せない。

 だが、異変は突如としてなんの前触れもなく訪れた。

「うわっ! 地震かっ!」
 いきなり床が左右に振れ動き出し、窓ガラスが揺さぶられてきしんだ音を立てる。
 地震、それも並ではなく大きい。
 病院の中は、慌てる患者や医療器具をばらまいてしまった看護婦の悲鳴で早くもパニック状態に陥って、倒れたランプから漏れた油の炎を消しとめようと何人かが着ていた服を叩きつけている。
 そんな中で、才人とルイズは廊下の手すりに掴まり、なんとか揺れに耐えながらいたけれど、地震が始まったショックから覚めると、揺れの不自然さに気づいていた。
「サイト! この揺れ方って」
「まさか……」
 感覚、何度もそれを経験した感覚が、この揺れが普通の地震のそれではないことを二人に教えていた。かつてザラガスが出現したときと同じ、地底から巨大なものが浮き上がってくるときに地面を押し上げて起こる、特徴のある揺れ方。
 二人は雨粒が叩きつける窓からトリスタニアを見渡し、漆黒に包まれた市街地の中から、闇を拒否するような輝きを放つ巨大な宇宙円盤が浮上してくるのを見た。
「な、なにあれ!?」
「UFOだって! しかも、あの形はっ!」
 土や家の破片を振り払い、地上三〇〇メートルほどに浮き上がったUFOの形を見て才人は息を呑んだ。平たい円盤型をして、全体が蛍光灯でできているかのように光り輝いているあのUFOはまさか……目の前にあるものと、才人の取り出したGUYSメモリーディスプレイに登録されている、ドキュメントUGMに記録されたあるものとが完全に一致した。
 才人とルイズは、人でごった返し始めた廊下から、銃士隊のつめている大部屋に移って、ミシェルたちと共に窓からUFOを見上げた。光り輝く円盤は、漆黒の闇の中でもはっきりと目立つ姿を誇示しながらトリスタニアの街の上空を浮遊している。その昼が来たような明るさに、眠りをむさぼっていた街の人々も起きだして、家々に灯りが灯り始める。
 そして、トリステイン王宮を見下ろすような位置で停止したUFOから、突如として人々をあざ笑うような声が響いてきた。

『ヌゥッハッハハハ! やあ、親愛なるトリステイン国民の諸君。そしてアンリエッタ姫、お元気かな』

 惰眠から、一気に街全体を悪夢に引き込むようなおどろおどろしい声。その声の主はミシェルにとっても、そして王宮のテラスから円盤を見上げていたアンリエッタにとっても、決して忘れられないあの男のものだった。
「リッシュモン! あなた、その円盤に乗っているのですか!」
『ヌフフフ、そのとおり。私は今、この輝く神の玉座の中にいるのだ。見るがいい、この神々しき姿を!』
「神の……玉座ですって?」
『そうだ、これこそ数千年に渡ってこのトリスタニアの地下に眠っていた、真の王の証よ!』
 憎憎しげにUFOを見上げているアンリエッタに、UFOからのリッシュモンの笑い声が降りかかる。
 これこそ、リッシュモンのこの反乱計画においての本当の切り札であった。
 彼は万一の際の逃亡手段として整備していた地下通路の拡張中、偶然このUFOが安置されている空洞を発見した。
 むろん、リッシュモンにはUFOの正体などはわからなかった。しかしUFOが安置されていた空洞には、以前このUFOに関わったと思われる人たちの記録が遺跡のような形で残されていた。それによるとこの円盤は飛行機械であり、強力な兵器であると記されており、ここを発見したものはただちにここを封印しなおすようにと警告してあった。
 しかし当然リッシュモンはこのUFOを自分のものにしようとした。けれど、ハルケギニアの人間の人知を超えた代物であるUFOの使い方がわからず、もてあましていたところに、ガリアから反乱計画の資金援助の交渉などの目的でやってきたシェフィールドがこれを解析してくれた。
「これはすごいものです。原型が何かはわかりませんが、恐ろしいほど高度な魔法技術を持つ何者かによって改造されて、魔力を受けることによって操縦できるようになっています」
 少なくとも数千年も前に、この円盤を改造して封印したものが誰であるかはもうわからない。しかし、UFOの持つ強大な力に魅せられたリッシュモンにとっては、そんなことはどうでもいいことだった。
『アンリエッタよ。死力を尽くしての羽虫退治、ご苦労だったな。しかし、私にとっては不平貴族の反乱計画など余興に過ぎなかったのだよ。あんなゴミどもなどいなくても、この神の玉座があればすべてのことがかなう。その威力を見せてやろう!』
 その瞬間、上空のUFOから怪光線が放たれ、街のあちこちに着弾して火の手をあげた。
「リッシュモン! なんてことを!」
 騒然としてUFOを見上げていた人々は、突然のUFOからの攻撃に驚いて、慌てて逃げ惑い始めた。しかし、リッシュモンは逃げ惑う人々にも向かって、無差別に怪光線を降らせていく。
『フワッハッハハ! 見たか、この破壊力を。しかしこんなものは序の口だ。これが本気を出せばトリスタニアを瞬時に壊滅させることもできるのだ』
 リッシュモンの言葉ははったりではなかった。いや、その気になったら一機でハルケギニアを崩壊させることもできるほどの威力をこのUFOは持っている。GUYSのドキュメントUGMに記された記録によれば、このUFOの同型機はかつてスカンジナビア半島に大被害を与えた後に、メルボルンの街の地底を地震を起こしながら移動して、壊滅させるという惨事を引き起こしているのだ。しかも、当時の防衛チームUGMは必死の捜索にもかかわらず、空間移動を多用する神出鬼没のUFOに終始翻弄され続けてしまった。
 まして、レーダーもないこの世界では、このUFOが本格的に暴れだしたら止める手立てはない。リッシュモンはさらに数件の家を怪光線で焼き払うと、勝ち誇ってアンリエッタに告げた。
『さあ、これで私の力はわかってもらえたかなアンリエッタよ。街をこれ以上壊されたくなければ、城を捨てて降伏するがいい』
「くっ! 無辜の民を人質にとろうというのですか、なんと卑劣な!」
 自分の命が狙われるなら誇りにかけて降伏などしない。けれど、トリスタニアの何万という民の命が引き換えといわれては、選択を迷わざるを得ない。
 ミシェルは空の上から暴虐を繰り広げるUFOを見上げてつぶやいた。
「リッシュモン……やはり貴様は人間じゃない」
 UFOは飛び立った竜騎士やマンティコアなどを相手にもせず、悠然と空の上から街を攻撃し続けている。そのあまりの機動性の高さに、幻獣でもついていけないのだ。
 アンリエッタは雨中に身を晒しながら街の惨状を見つめていたが、ついに耐えられなくなって叫んだ。
「やめなさいリッシュモン! お前の敵はこのわたしのはず、これ以上民を傷つけてはなりません!」
『よかろうアンリエッタよ。私は心優しい男だ。五分間の猶予をやろう、その間に城を捨てて出てきたまえ。さもなくば、今度はお前ごと城を木っ端微塵にしてくれるぞ』
「そんなことをしたら、お前はこの城を手に入れられなくなります。王になれなくなりますよ」
『そんな城、この神の玉座に比べたらおもちゃのようなものよ。今日からこの神の玉座こそがトリステインの新たなシンボルとなるのだ』
「ならば、なぜ城を欲しがるのですか?」
 怒りをあらわにしたアンリエッタに、リッシュモンは今度は一転して憎しみを込めた声で答えた。
『お前をひざまずかせたいからだ。私は先王のころより王家に使えてきた。毎日毎日、作り笑いを浮かべて媚を売る日々、その屈辱が貴様にわかるか? 私は貴様ら王家を屈服させることを夢見てこれまで生きてきたのだ!』
「悲しいほど卑小な人ですわね、あなたは……たとえこの国の玉座を奪ったところで、あなたなど砂の城の王の器ですらありません」
『なんとでも言うがいい。私はこの神の玉座に選ばれたのだ。貴様もトリステインも、私に歯向かうすべてのものは滅びさるだろう!』
 完全に力に溺れたリッシュモンに、アンリエッタもひるむことは許されない。
「それはどうでしょう。力など、所詮ひとつの道具でしかありません。正義を欠いたあなたなど、遅かれ速かれ滅びさるでしょう」
『フハハハ! 私の足元からいくらでも負け惜しみを言うがいい。よかろう、どうしても降伏しないというのであれば、望みどおり城ごと吹き飛ばしてくれる!』
 勝ち誇ったリッシュモンの声がトリスタニア中に高らかに響く。あの怪光線が放たれれば王宮とてひとたまりもない。街中の人々は王宮がやられると、息を呑んでUFOを見上げた。
 だが、リッシュモンがUFOに怪光線を放たせようとした、その瞬間。
『死ね、アンリエッタ! ぬ? なぜ反応しない……うわっ!? なんだこれは、うわぁぁっ!』
「リッシュモン? どうしたのですか!」
 突然UFOが静止したかと思うと、リッシュモンの声が乱れて悲鳴に変わった。
 アンリエッタや街の人たちは、ただ呆然として見守るしかない。
 やがて悲鳴がか細くなり、断末魔のうめきへと変わった後で、UFOからの声は完全に途絶えた。
「リッシュモン……」
 沈黙した円盤を見つめて、アンリエッタやミシェルはつぶやいた。今のは演技などではなく、絶対に死に瀕した人間の断末魔だ。しかし……リッシュモンは死んだのか……?
 そのとき、空中に静止していたUFOが突然動き出し、街の中央部に遷移すると、底部からリング状の光線を放射し、光の中から全身緑色の表皮に覆われた異形の怪獣が現れた。
「怪獣!?」
「アブドラールス……やっぱり来たか!」
 才人は、その爛々と輝く黄色い目と、イソギンチャクのような触手を体から生やした怪獣を見て叫んだ。
 UFO怪獣アブドラールス……かつて地球でも、あれと同じ型のUFOから現れて、ウルトラマン80を苦しめた怪獣だ。
 UFOはアブドラールスから離れると、まるで見守るように離れた場所に静止した。
 出現したアブドラールスは、口のあたりに明滅している発光機関から叫び声をあげると足元にある家を踏み壊し、やぐらをへし折って暴れ始めた。
 UFOを攻撃できずにいた竜騎士やマンティコアは、ここぞとばかりにアブドラールスに攻撃を仕掛けるが、まるで効いた様子はない。それどころか、奴は竜騎士やマンティコアの存在をそもそも無視しているかのように街を破壊し続ける。
 アンリエッタは、UFOからの攻撃とは比べ物にならない勢いで街を破壊していくアブドラールスを見て、UFOに向かって「リッシュモン! いえ、その円盤を操っている何者か、交渉があるならわたしにしなさい。街の人たちは関係ありません」と叫ぶが、UFOからはなんの反応もなかった。
 街は逃げ惑う人々でパニックと化し、しかも、アブドラールスの行く手には病院があった。
「まずい! 全員、一人でも多くの患者を抱えて退避しろ!」
 アメリーは隊員全員に命令し、隊員たちは動けない患者を背負って次々と病院を飛び出していく。これなら、なんとか怪獣がやってくる前に全員が避難できるかもしれない、そうアメリーが安堵しかけたときだった。
「大変です! 手術中の隊長が、さっきの地震で縫合中に傷口が開いて、今動かしたら危ないそうです!」
「なんだって!?」
 想定外の事態に、アメリーやミシェルは顔色をなくした。ハルケギニアの医療は地球と比べて魔法というアドバンテージがあるために、外傷の治療に関しては大きくしのぐものの、限界はある。あれほどの傷だ、手術を途中でやめたらアニエスは確実に死ぬ。しかし、どうすることもできない。
 ミシェルは、アメリーに残りの全員をまとめて病院から去るように告げた。むろん、アメリーは副長はどうするのですかと尋ね返すけれど、ミシェルは強く言った。
「わたしは副長だ。最後まで隊長を補佐するのが任務だ。さあ行け、隊長はわたしが最後まで守り抜く」
「副長……」
 アメリーの目に見えるミシェルは、もう弱弱しい少女ではなく、かつてのような凛々しく精悍な副長のそれに戻っていた。
 反論を封じ、ミシェルは窓外を見つめた。アブドラールスはもはや眼前にまで迫ってきている。しかし、今のミシェルには恐れはなかった。なぜなら、今は才人がいる、仲間たちがいる。守るべき人がいるから逃げることはできない。
 だから、決してあきらめない。最後の最後まで奇跡が起こることを信じて。
 そして、アブドラールスの目から黄色の破壊光線が病院に向かって放たれた瞬間、空に輝く一つの星に思いが届いて奇跡は起こった。病院の屋上から飛び立った光がアブドラールスの前に降り立ち、光線を跳ね返して巨人の姿を現す。
「デヤァッ!」
 闇の中にもまばゆく輝く銀色の巨体を雄雄しく立たせ、真のヒーローが登場する!
 拳の先に凶悪怪獣を向かえ、その背の奥には守るべき人をかばう。
 その頼もしき勇姿を見るとき、人は必ず彼の名を呼ぶ!
「ウルトラマンA……」
 今、人の邪悪な心が生んだ悲しい戦いは、その幕を引く時を迎えようとしていた。

続く


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