あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ルイズと夜闇の魔法使い-19


 明けてユルの曜日、柊はルイズと共に学院の教室にいた。
 言うまでもなく、魔法学院の授業を受けるためである。
 召喚された翌日の授業以来顔を見せていない柊の姿を認めて生徒達は少しだけ興味深そうな顔をし、すぐに興味を失って席に着く。
 立場上柊はルイズの使い魔……もとい、ゲボクであるため、講義の際にそれらを伴う事は別段珍しくないからだ。
 ちなみにエリスは例によって給仕の仕事を手伝っているため、ここにはいない。
 そして本来なら、柊もここに来るつもりはなかったのである。
 彼はいかにも面倒くさそうな顔をして後ろの卓に背を預け、ぼんやりと正面の黒板を見つめていた。
 隣に座っているルイズが言葉もなく読み終わった本を柊に差し出すと、彼は嘆息してそれを受け取って月衣(かぐや)の中に放り込む。
 次いで別の本を取り出して彼女に手渡すと、再びうんざりした調子で溜息をついた。
「俺の月衣を本棚代わりにすんなよ……」

 先日タルブ村から帰還したルイズは、フール=ムールから話を聞いて手がかりを得たのだろう、真っ先に図書室へと足を運んだ。
 そして次から次へと本を取り出し、貪るようにそれを読み始めたのだ。
 ちょっと覗き込んでみると、それは始祖ブリミルと伝説の系統と呼ばれる虚無に関する本だった。
 フール=ムールから自身の魔法に関して話を聞いた後に調べ始めた……となれば柊ならずとも彼女の行動の意図を推測するのは容易だろう。
「もしかして虚無ってのがお前の系統なのか?」
 と尋ねれば、
「わかんない」
 と要領を得ない答えが返ってきた。
 まあそういう風に話に聞いてもそれを実感できるかどうかは別物という事なのだろう。
 だからこそ彼女はこうしてブリミルや虚無の事を調べているのだろうし。
 柊としてはルイズがその伝説の虚無を使うメイジであったとしても別に驚きもしないし呆れもしない。
 何故ならファー・ジ・アースではそういった類のモノは珍しくはあっても有り得ないという程ではないからだ。
 例えば神や英雄の生まれ変わりである『転生者』や神に類する上位存在に仕える『使徒』。
 更には(厳密には少し違うが)神そのものである『大いなる者』といったウィザードも少なからず存在している。
 だから、伝説の虚無とやらが実在していたとしても柊達にとってはさほど驚愕するような事態ではないのだ。
 ともかくそんな訳でルイズはそれらを調べ始めた訳だが、対象がこの世界で神と同等に信仰されている存在なだけあって資料は膨大だった。
 ある程度信憑性のありそうなものからなさそうなもの、異説や逸話や御伽話なども含めれば枚挙に暇がない。
 その日だけで総てを調べつくすなどできようはずもなく、ルイズは自室にそれらを持ち込んでまで本を読みふけり、それは翌日の今現在でも変わりはなかった。
 そしてそんな彼女の行動にうってつけだったのが柊の月衣なのである。
 何しろ月衣に収納していれば大量の本の持ち運びが極めて容易な上に場所も一切取らない。
 お陰様で柊はルイズの本棚として常に傍に侍る栄誉を賜りこうして受ける意味もない講義にまで付き合わされる羽目になったのである。
 無論、今でも月衣の中には数十冊の本が収納されている。重量がなくなる訳ではないので肩が凝ることこの上ない。
 講義をまともに受ける気はなくともサボるつもりはない、というのが優等生の矜持というものなのだろうか。
 柊は新しい本を読み始めたルイズを横目で見やった後、三度溜息をついた。

 そんなこんなで柊が辟易しきっていると、入り口から教師が入ってくるのが見えた。
 その姿を認めて柊は小さく眉を顰めて心中で呻く。
 黒い長髪に黒いローブ、対照的に青白い肌の教師――ギトーだった。
 柊の視線に気付いたのかあるいは偶然か、眼がばっちり合ってしまったが、ギトーは僅かに眉を寄せただけですぐに眼を切り教壇へと向かった。
 初めてのギーシュの決闘の際に柊と因縁ができたギトーだったが、彼の柊への対応は極めて大人だった。
 要するに、何もしなかったのだ。
 学院内で鉢合うような事があっても完全に無視。
 生徒達からあの時の事を尋ねられても黙殺し、揶揄や陰口に対しても委細相手にしなかった。
 当事者を除いて事情を知るのはタバサとキュルケであったが、タバサも全く語ろうとはせずキュルケも話の種にするほどギトーに興味はなかったのですぐに忘れてしまっていた。
 徹底して沈黙していたことが功を奏したのだろう、ギトーと柊の因縁はあっという間に風化して生徒達の話題に上ることはなくなっていた。
 ともあれ、ギトーの授業は何事もなく始まった。
 系統魔法に関する優劣を些か偏った主観から滔々と語り続け、最強の系統とは何か、という話題に流れていった。
 そんな講義をぼんやりと聴きながら、柊はふと思い立って机の下で月衣からデルフリンガーを取り出した。
『んあ? どうした?』
「いや、ちょっと暇だったんでな。……最強の系統って何だ?」
『最強? 虚無だろ?』
「おとぎ話じゃなくて現実的な話らしいぞ」
『だから……虚無だろ?』
「……悪かったよ、伝説の魔剣」
 嘆息交じりに返した後、柊は最強らしい推定虚無のルイズをちらりと見た。
 彼女は我関せずといった感じで手にした始祖ブリミルの伝説を黙々と読みふけっている。
「四大系統で最強なのはどれだって話だってよ」
『そんなの決まってんじゃねえか』
 デルフリンガーはいっそ眠たそうな声で返した。
 別段示し合わせた訳でもないだろうが、デルフリンガーと同時にギトーに尋ねられたキュルケが答えた。

「火ですわ」『火だよ』

 壇上ではギトーがキュルケ達に向かって風系統の優秀さを滔々と語っている。
 一方で机の下のデルフリンガーも柊に向かって語りかけていた。
『確かに風は優秀だな。色々と使い勝手もいいし、他の系統との相性も良い。一番“優秀”な系統っつったら風だろうさ。けど“最強”を冠するのなら『火』以外にはありえねえよ』
「……へえ」
 ぼんやりと応える柊の目の前ではちょっとした修羅場が展開されていた。
 安い挑発に乗った格好でキュルケが火系統の魔法をギトーに向けて撃ち出し、それをギトーが風で弾き返して逆にキュルケを打ち負かしたのだ。
 火が風に敗北するのを目の当たりにしていると、デルフリンガーが小さく笑った。
『こんな“オベンキョウ”の場所で覚える魔法も使う魔法も火遊びみてえなモンさ。あの赤髪の姉ちゃんも見た感じ火遊びの達人って感じだしな。
 この前やりあった土メイジみたいな実戦を潜り抜けてる奴は桁が違うぜ。火系統のメイジならトライアングルでも他の系統のスクエアに匹敵するね』
「そんなもんか……」
 暇つぶしに聞いてみただけなのでさほど感心した様子もなく柊は小さく呟く。
 いささか大人気なく生徒をやり込めたギトーは心持得意げな様子で風の優秀さを大いに語り、更に最強たる所以を見せると詠唱を始めた。
 それを聞いたデルフリンガーが『おっ』と小さく声を上げたので興味に駆られて尋ねようとすると、それら一切を遮るようにして教室の扉が開かれた。
 現れたのは異常に仰々しいカツラを被り、着るというよりは着られているといった表現が相応しいほどに飾り立てた服を纏ったコルベールだった。
 彼が今日の講義が総て中止になった事を伝えると、生徒達が一斉に沸きあがる。
 その歓声に応えるようにコルベールが胸を反らせた瞬間、カツラが取れて床に落ちた。
 柊とタバサが同時に呟いた。
「「滑りやすい」」
 教室の中が一瞬にして笑いに包まれた。


※ ※ ※


 夜が深まる頃合になって、ようやく学院の喧騒が収まりつつある。
 その喧騒の正体は今日の講義が中止になった原因――トリステインの王女であるアンリエッタの魔法学院に行幸した事だ。
 始祖ブリミルの降臨祭とやらと並ぶ慶事であるらしいその行幸に生徒達は大いに沸きあがり、急な訪問にも関わらず歓迎式典は盛大に執り行われた。
 立場上柊は式典に参加できようはずもないので蚊帳の外からちらりと様子を眺めるだけだったが、生徒達の波間から僅かに覗いた王女殿下の顔は確かにタルブ村で見たあの少女だった。
 あれやこれやの式典からアルヴィーズの食堂での会食を経て落ち着きを取り戻し始めたのがもう日付が変わろうかという時間。
 エリスがルイズの部屋に戻ってきたのはそんな時だった。
「……お疲れさん」
 開かれたドアの音で柊は本から顔を上げ、エリスを見やってねぎらうように声をかけた。
 見習い程度の給仕であったが散々に動き回ったのだろう、疲労の色を顔に浮かべているエリスはしかしどこか照れたように微苦笑を浮かべて見せる。
 エリスは立場上ルイズのお世話が優先されるためこうして抜けられたのだが、シエスタ等のような学院に雇われている正式な給仕たちは今でも後片付けに追われているのだ。
「柊先輩もお疲れ様です。……お勉強ですか?」
 少し悪戯っぽく微笑してエリスが言うと、柊は顔を顰めてから手にしていた本をテーブルに放り出す。
 表題は『始祖ブリミルの偉大なる足跡』。
 ブリミルが行なったと言われる偉業を記した本で、端的に言うと御伽噺の説話集である。
 こうしてルイズの部屋にまで本棚として拘束されているので暇に飽かせて読んでみただけだ。
 柊は本日十何回目の溜息を吐き出すと、エリスの帰宅を意にも介さぬ様子で読書に没入しているルイズに眼をやった。
 ルイズはアンリエッタ王女の行幸に際しても一度遠目から彼女の御姿を確認しただけで、以降はやはりこうして本を延々と読み耽っていたのだ(さすがに会食の時はそれはしなかっただろうが)。
 その姿を見たキュルケなどは嘆息交じりに「タバサに弟子入りでもしたの?」と首を傾げていたほどだ。
 見ればルイズは速読術の心得でもあるのかといわんばかりに次々と項をめくり続けている。
 見かねて柊が声をかけた。
「……んで、そんだけ読みまくって何か収穫はあったのかよ」
 するとルイズは項をめくる手をぴたりと止め、眉を潜めて嘆息し首を左右に振った。
 始祖ブリミルに関することだけあってその類の書物はとにかく膨大だったが、実になるようなものはほとんどといっていいほど存在しないのだ。
 曰く、始祖ブリミルは虚無の力で以って小さな太陽を創り上げた。
 曰く、始祖ブリミルは虚無の力で以ってアルビオンを空に浮かせた。
 曰く、始祖ブリミルは虚無の力で以って生命をも操った。
 要するに、始祖ブリミルは神の如き者であり虚無は奇跡の御業だということらしい。
 具体的にそれがどんなものなのか、どうすれば使えるのか、系統魔法のように詠唱やスペルがあるのか、そういった類のことは何一つ記されてはいない。
「……まあ、図書室にあるような本でそんなのがわかるなら奇跡だの伝説だの言われる訳ないんだけど」
 結局のところ具体的なモノに関してはフール=ムールが語っていた『始祖のルビーを手に始祖の秘宝に接触する』という情報だけだ。
 あとは有象無象の眉唾物の言い伝えだけ。
 やはりロマリアなどの蔵書ぐらいでなければ実のある情報は入りそうにない。
「虚無なあ……そうだ」
 柊は朝の授業のことを思い出してデルフリンガーを月衣から取り出した。
『今日はやけに出番が多いな。いきなり出番が増えるのは死亡フラグって昔の人が言ってたが、大丈夫か?』
「なにが死亡フラグだ、俺に寄生して妙な言葉ばっか覚えるんじゃねえ。それよりお前、授業の時に虚無が最強って言ってたよな。虚無のこと何か知ってんのか?」
 柊の言葉にルイズが眼を見開き、僅かに身を乗り出した。
「なにか知ってるの?」
『凄かったのは覚えちゃいるが、具体的にどうってのは覚えてねえし、知らねえよ。俺が使ってたって訳でもねえしさ』
 どこか面倒くさそうに語ったデリフリンガーにルイズはこれ見よがしに溜息をついてみせると、テーブルに頬杖をついて再び尋ねた。
「じゃあ、エリスの事知ってる? エリスっていうか、胸にルーンのある使い魔」
「えっ」
 急に話題を振られてエリスは瞬いてルイズを見やった。
 その視線を受けてルイズはテーブルに置いた本をパラパラとめくりながら語る。
 虚無を使う始祖ブリミルを守るために選んだという使い魔。
 現代に連なる使い魔達の原点とも言うべき存在だ。
 ルイズが伝説の虚無の担い手だというなら、その使い魔であるエリスはやはり伝説の使い魔ということになるのだろう。
 実際彼女に刻まれているルーンは普通の使い魔とは違うものだったので、一緒に調べてみたのだ。
 その結果は、虚無と同様よくわからなかった。
 記されていないのでわからなかった――のではなく、『多すぎて』わからなかった。
 ブリミルが用いたという使い魔の数は書物によってまちまちだった。
 一体だけだった時もあれば二体の時もある。四体や七体の時もあるし、酷いものでは七十七体なんてものもあった。
 そんな使い魔達の中でもっとも登場する頻度が高いのが『神の左手』と呼ばれるガンダールヴ。
 次いで多いのが『神の頭脳』ミョズニトニルンと『神の右手』ヴィンダールヴ。
 登場する書物の多さからこの三つはかなり信憑性が高いことが窺えた。
 だが残りのものは名前もルーンの場所も千差万別で枚挙に暇がないほどに存在する。
 胸にルーンが刻まれるものも少なからず存在しており、アルスィオーヴ、スヴィーウル、ラーズスヴィズ、フレーヴァング等々伝承に任せて著者や編者が好き勝手に語り継いでいるのだ。
 最初の三つに関してはルーンの図柄も記されているのに対し、これらは図柄もほとんどなく更に書物によっては一致しないので正直あてにはできそうもなかった。
 そしてエリスに刻まれたルーンは、造形こそ似ているもののあらゆる書物にも合致しなかった。
「……で、どう? 知ってる?」
『……』
 ルイズの言葉にエリスも一緒にデルフリンガーを覗き込んでみるが、当のデルフリンガーは何故か言葉を失ったように沈黙している。
 普段はわからないだの知らないだの覚えてないだの言う彼(?)にしては珍しいその反応に柊も訝しげに首を傾げた。
「おい、デルフ」
 問いかけようと口を開きかけると、デルフリンガーが心なし低い声でぼそりと呟いた。
『……リーヴスラシル』
「リーヴスラシル?」
『ああ。胸にルーンのある使い魔はリーヴスラシルだ。男だったらリーヴってんだけど』
「『リーヴスラシル』……そんなのあったかしら」
 首を捻ってルイズはテーブルの本を再びパラパラと眺め始めた。
 その脇でエリスが勢い込むようにデルフリンガーに詰め寄る。
「あの、デルフさん。そのリーヴスラシルっていうの、どういうものなんですか?」
 するとデルフリンガーがまるでエリスを観察するかのように沈黙した後、どこか申し訳なさそうに言った。
『……。俺も名前だけしか覚えてねえ。ガンダールヴならちっとは知ってるけどな……使われてた事もあるし』
「まじかよ……お前、本当に伝説の魔剣なのか?」
『まあね。そういやそんな事もあったな、ってぐれえだけど』
「……?」
 デルフリンガーの返答に柊は小さく首を傾げてしまった。
 いつものデルフリンガーならここぞとばかりに妄言を吐き散らかすかと思ったのだが、何故か今は軽く受け応えただけで特に何も語らない。
 ……いや、それはそれで柊としてはイチイチ突っ込む必要がないので望むところではあるのだが。
「まあいいや。とりあえず、他に何か思い出したことあるか?」
『いや、これくらいだ。何しろ六千年生きてっからなあ、どうでもいい事はワリと思い出すんだが具体的なことになるとどうにも』
 ふぅん、と息を吐いて柊はルイズを見やる。
 再び本を読み始めた彼女が軽く手を振ったので柊はデルフリンガーを月衣に収納し、軽く首を回した。
「そんじゃ、俺はそろそろ帰るぞ。エリスも着替えたいだろうし」
「いいわよ。明日朝一で図書室に行くから、ちゃんと来なさいよ」
「お前な……」
 あまりにもぞんざいな扱いに柊が唸るように漏らすと、エリスがくすくすと笑いを零した。
 いたたまれなくなって柊は席を立つと、ドアに向かって足早に歩き出す。
「あ、おやすみなさい」
「おう、おやすみ」
 手をひらひらと振って応えながら柊が扉を開けた。
 瞬間、ゴッ、と鈍い音と衝撃がして、更に
「あ゛う゛っ!?」
 とくぐもった悲鳴が扉の向こうから響いた。
「!?」
 柊は慌てて半開きで止まった扉の隙間から首を出し廊下を覗く。
 そこには全身をすっぽりとローブで包んだ人物が倒れていた。
「わ、悪ぃ! 大丈夫か!?」
「~~っ、~~~っっ」
 よほど強く鼻っ柱を打ち付けてしまったのだろう、その人物は手で顔を覆って悶絶している。
 手から覗く顔を見ると、どうやらそれはルイズと同年代の少女のようだった。
「柊先輩、どうしたんですか?」
「いや、外に人がいたみたいでよ……」
 部屋の中から届くエリスの声に答えながら、柊は廊下に出て屈みこみ様子を見る。
 どうやら起き上がる事もできないようで、柊は小さく息を吐いた後彼女を抱き上げた。
 はうっ、と戸惑った声を漏らした少女を委細構わずに柊はルイズの部屋に戻ると、疑問符を頭に浮かべているエリスの視線を受けながらベッドへと移した。
 彼女を運びながら柊の中で小さな疑念がわく。
 先程少し覗いた少女の顔や、ローブから覗く栗色の髪。
 その下に纏っているのは純白の衣装。ちらりと見ただけでもかなり高価そうなものだとわかる。
 ……どこかで見たような気がする。それも一度ではないような。
「……もう、何よ一体。誰なの?」
 面倒くさそうに言いながらルイズが本を閉じて席から立ち上がった。
 寮の廊下は十分な幅があるので普通に歩いていてドアにぶつかるなどという事は起こらない。
 それが起こったという事は、相手は部屋のドアの前にいた――つまり、部屋の主であるルイズに何らかの用がある人間という事だ。
 形ばかりとはいえ就寝時間を過ぎ日付も変わろうかというこの時間に尋ねてくる客などろくなものではない。
 ルイズは不審そうにその少女を覗き込み――ひっと小さく悲鳴を上げて固まった。
 どこかで見た彼女の仕草に柊は眉をひそめ、そしてそれを思い出して目を見開きベッドの少女を見やる。
 唯一事情を知らないエリスが不思議そうに首を傾げ、はっとして眼を丸くした。
 少女はフードを払って顔を露にすると、目尻の涙を拭ってルイズ達に向かい合う。
「お久しぶり……というほどでもないかもしれないわね、ルイズ・フランソワーズ」
 つい先日タルブ村で出会い、そして今日の昼間に垣間見たあの少女――アンリエッタは凝固した三人にそう言って笑った。
 ぶつけた鼻頭がほんの少し赤いのが惜しかったが、それでも彼女の微笑みは国の至宝と謳われるに相応しいものだった。


※ ※ ※


「……申し訳ありません」
 ベッドに座するアンリエッタの御前で、ルイズは平伏したまま切り出した。
 その隣には同様に柊がルイズに頭を押さえつけられて平伏している。
 自らも額を床に擦りつけながら、彼女はアンエッタに向かって更に言葉を紡いだ。
「ゲボクの不始末は主たるわたくしの責任。罰はいかようにも……」
「構いません。約束も取り付けず、しかもこのような時間に尋ねる非礼を働いたのはこちらなのですからむしろ謝るのはこちらです」
 言ってアンリエッタはルイズの元に歩み寄り、膝を折って彼女の身を起こして顔を上げさせる。
「それより、そんな他人行儀な態度はやめてちょうだい。ここは王宮ではないのだから」
「そういう訳にはまいりません。姫殿下ともあろう方がこのような下賎な場所においでになるなど――」
「やめて! ただでさえ枢機卿や欲の皮の張った宮廷貴族達に心無いおべっかを使われているというのに、昔馴染みの貴女にまでそんな事をされたらわたくし悲しくて死んでしまいますわ! わたくしと貴女はおともだちでしょう!?」
 感極まった様子で抱きついてくるアンリエッタに、ルイズは困ったような表情でされるがままになってしまった。
 頭を押さえつけられた腕が外れて自由を取り戻した柊は、半ば呆れたように二人の様子を見ながら引き下がり部屋の端にいたエリスの元へと逃げ出した。
「あ、あの……ルイズさん、王女様とお知り合いなんですか?」
「そうらしいな。タルブ村であった時もなんか知ってる風だったし……」
「タルブ村?」
「あー、ちょっとあってな」
 タルブ村での一件はフール=ムールが居た事やファー・ジ・アースの現状に関しては話したが、アンリエッタ王女を呼び出したという話まではしていない。
 エリスに軽く説明をしている間にもアンリエッタは大仰な身振り手振りを加えてルイズと旧交を温めている。
 そんな彼女の様子にいくらかほだされたのか、ルイズも最初の時のようなかしこまった表情は薄れ始めていた。
 そして雰囲気が落ち着くとアンリエッタは次いで脇に控えていた柊とエリスに眼を向ける。
 アンリエッタの視線に気付いたルイズが説明しようと口を開くより早く、アンリエッタは小首を傾げて言葉を紡いだ。
「……貴方がヒイラギ殿ですね? ルイズに召喚されたという」
「え?」
 問われた柊は驚いて肩を揺らした。
 それはエリスやルイズも同様だったようで、特にルイズは驚愕と言っていいほどの表情を浮かべている。
「なんで俺の事を……」
 タルブ村では状況が状況だけにほぼ認識されていないに等しかったし、勿論名乗ってもいない。
 言うまでもなく今日の式典には顔を出してすらいなかった。
「フール=ムール様に伺いましたわ。たしか、あの時ルイズと一緒にいましたわよね?」
「……あいつか」
 柊は苦々しげに呻いた。
 そういえばあの時アンリエッタはフール=ムールに相談があると言っていて、後ほど話を聞くと言っていた。
 その時に話を聞いたのだろう。
 アンリエッタは何故か嬉しそうに胸の前で手を組み、柊に語りかける。
「何でもフール=ムール様の故国にて名を馳せた英雄だとか! 星降る災厄を退け、異国の奈落に潜む者を討ち倒し……ルイズに召喚された際には青き衣を纏いて金色の野に降り立ち、臀部からは七つの尾が生えていたと!
 尻尾はどうしたのです? 今は隠しておられるのですか?」
「全っ然違ぇ!? 尻尾とかねえよ! っていうか尾ひれがつきまくってんじゃねえか!!」
「こらぁあ!!」
「ごふっ!?」
 反射的に突っ込んでしまった柊のどてっぱらにルイズの正拳が叩き込まれた。
 彼女は身を折って崩れ落ちた柊を更に蹴りつける。
「ゲボクの、分際で、姫様に、なんて、口を、聞くのよ!!」
「ルイズさん落ち着いて下さいっ!?」
 息を荒らげるルイズにエリスが慌てて縋りつく。
 見かねたアンリエッタも宥めるように言った。
「そうですわ。いくら恋人とはいえ、そのような無体をするものではありません」
「こイっ!?」
「びとっ!?」
 アンリエッタとしては何気なく言ったつもりなのだろうが、ルイズとエリスは同時に裏返った声を上げて固まってしまった。
 愕然と凝視してくる二人に、アンリエッタは不思議そうに首を傾げた。
「あら、違うの? こんな時間まで貴女の部屋にいる殿方なのだから、てっきりそうなのだとばかり……」
「ち、ちが」
「そんなんじゃないです。柊先輩はルイズさんのゲボクです。それだけです」
「……」
 間髪いれずにエリスが答え、遮られた格好になるルイズは頬を引きつらせた。
 勿論エリスの言うとおり柊は彼女のゲボクであり、それ以上でもそれ以下でもない。
 が、自分でそう言うならまだしも他人に、しかもそこまで断言されてしまうと何故かムカつく。
 何故かよくわからないが、とにかくむかつくのだ。
「……?」
 と、アンリエッタが小さく首を傾げてそのエリスを見やった。
 観察するようにまじまじと見やった後、ルイズに向き直って口を開く。
「ルイズ、こちらは? 貴女、専用のメイドを付けているの?」
「え、あ……この子、エリスはわたしの使い魔です」
 今になってようやく存在に気付いたといったアンリエッタにルイズは言い、エリスがはたと気付いて恭しく頭を垂れた。
 まあエリスは給仕のお仕着せを纏っていたので、王女であるアンリエッタが気付かなくとも無理はない。
 するとアンリエッタは不思議そうに更に頭を捻った。
「貴女が召喚したのはヒイラギ殿ではなかったのですか?」
「ヒイラギもですが、エリスもわたしが召喚しました」
「……それは召喚の儀を二回行なった、という事なの?」
「……いえ、一回です。二人が一緒に召喚されてしまったのです。それで、エリスを使い魔として契約をしました」
「人間を召喚した上二人もだなんて……あなたってどこか変わっていたけど、相変わらずなのね」
 呆れた、というよりはいっそ感嘆したといった風に漏らすアンリエッタに、ルイズは何となくいたたまれなくなって俯いてしまった。
 と、そこでふとあることに気付いた。
(……あれ? エリスの事は聞いてないの?)
 態度を見る限り、柊の事はフール=ムールから聞いているようだったが、エリスの事は一切聞いていないようだ。
 確かにタルブ村にはエリスを連れて行っていないが、エリスが召喚され共にいることはフール=ムールも知っていたはず。
 何故柊の事だけが話題に出たという事なのだろうか。
 タルブ村で顔を合わせたことがあるにはあるが、行きずりに等しいあの状況で単なる平民である柊を気に留めるなんてありえない――実際今の今までエリスに気を留めなかった――のに。
「……あのー」
 そんな事を考え込んでいると、柊がよろよろと立ち上がりながら声を上げた。
 少女達の視線が集まると柊はどことなく居心地が悪そうに頭をかくと、アンリエッタを見やって言葉を続ける。
「それで、姫さ……あー、えー……姫殿下? はなんでこんな時間にここに来たんですか?」
 日常生活における上下関係レベルならともかく、貴族階級だのの社交礼儀など全く知らない柊がしどろもどろになって言うと、ルイズの眼が一気に釣り上がった。
 とはいえ、柊の言う事も確かに気になる所ではある。
 アンリエッタとの関係は隠していたわけではないし隠すような事でもない。
 忘れられているとは思っていたが、彼女が覚えていたというのなら使者でも立てて呼び出してくれればすぐにでも顔を出しただろう。
 にも関わらずわざわざこんな所に御身自らが足を運ぶなど尋常の事ではない。
 するとアンリエッタは途端に表情を曇らせ視線を彷徨わせ始めた。
 首を傾げる三人を前に彼女は悩む表情を見せた後、ゆっくりと話し始めた。
「……ルイズ・フランソワーズ。貴女に個人的に頼みたいことがあるのです」
「わたしに……ですか?」
「ええ。といっても貴女に何かをして欲しい、という訳ではなくて、」
 言ってアンリエッタは柊に視線を移し、青色の瞳で彼を真っ直ぐに見据える。
「ヒイラギ殿をお貸し頂きたいのです」
「ヒイ……はい?」「……は?」「……え?」
 三者三様、しかし異句同音に疑問の声が上がった。


※ ※ ※


「これから話すことは誰にも口外してはなりません」
 ディテクトマジックで魔法による聞き耳がない事を確認した後、アンリエッタは静かに切り出した。
「わたくしは今重大な問題を抱えています。国家の行く末に関わる問題であると同時にわたくし個人にも深く関わることゆえ、いたずらに相談することもできませんでした。そんな折に先日フール=ムール様にお会いすることができまして――」
「……あいつ、そんな凄い奴なのか?」
 柊は眉を潜めてぽつりと呟いた。
 凄い存在だというのは知っている(何しろ神様だ)が、王家の人間に相談されるほど深い縁があるとは思えなかったのだ。
 するとアンリエッタは深く頷いて応えた。
「ルイズは知っていると思いますが、トリステインは代々水の精霊と盟約を交わしております。フール=ムール様は百年ほど前に水の精霊と盟約を交わし、かの精霊の盟主となられたとか。同じ盟約を交わす間柄として当時の王と詮議したのが縁の馴れ初めだそうです」
「やりたい放題だな……」
 この世界の精霊とやらの頂点に座るなど“風雷神”の二つ名は伊達ではないらしい。
 まあ当人には何かをしでかすつもりはないようなので危険というわけではないだろうが。
「ともかく、フール=ムール様とはそのような縁で懇意にしてもらっていましたので思い切って相談してみたのです。するとあの方は『柊 蓮司に頼めばよい』と」
「あの女……っ」
 柊は思わず忌々しげに呻いてしまった。
 要するにたらい回しにしたという事だろう。
 柊の事もその時に聞いた、という訳だ。
「フール=ムール様の推挙を受けるほどの者が昔なじみであるルイズの世話になっている……話を伺ったとき、運命を感じましたわ。始祖ブリミルはトリステインとわたくしをお見捨てになってはいないのだと……!」
 感極まっているのか、アンリエッタは大仰な仕草で天を仰ぎ祈るように両の手を組む。
 やたらと芝居じみたその動作に柊は半分鼻白んでしまった。
 ちらりと目線をやれば、エリスも少し困ったように視線をさ迷わせている。
 どうやらそう感じたのは自分だけではないらしいことに柊は少し安心した。
 一方でルイズは特にアンリエッタを訝しむでもなく、恭しく頭を下げて口を開いた。
「そのような事情でしたら、わざわざこのような場所にお越しにならずともお呼び下さればこちらから参りましたものを……」
 するとアンリエッタは嬉しそうに頬を緩ませた後、しかし静かに頭を左右に振った。
「ヒイラギ殿は身分に囚われず人を見る、と。その信を得られれば万の災禍が降りかかろうと決して折れぬ刃になろう――あの方はそう言っておられました。であればやはり、トリステイン王女としてではなくアンリエッタ個人として貴女達を訪ねるのが筋というものでしょう」
「っく……」
 やはり芝居じみたアンリエッタの台詞を聞いて柊は小さく歯を噛んだ。
 持ち上げ方も大概なものだが、そのような言い方をされてしまっては頼みとやらを断る訳にはいかないではないか。
 きたない、さすが魔王きたない。
 アンゼロットのようなごり押しで任務を引き受けさせるやり方ではないが、搦め手で攻めてくる辺りが相当に悪辣だ。
 一緒に聞いているエリスもさぞ微妙な表情をしているだろうと柊は再び彼女に目をやったが、何故か彼女は誇らしげな顔をしていた。
 よくわからないが激しく居心地が悪かった。
「あー、まあ話はわかった。それで姫さんは」
「王女! 殿下!! よ!!」
「ごふっ!?」
 誤魔化すために反射的に口をついて出てしまったため口にルイズが再び正拳を叩き込む。
 それを見たアンリエッタは可笑しそうに頬を緩めると、
「構いませんよ。今は王女としてここにいるわけではないのですから」
「いえ、これは最低限の礼儀ですから。……あんたはちょっと黙ってなさい」
「へいへい……」
 ルイズにねめつけられて柊は殴られた腹をさすりながら引き下がった。
 隣で小さく苦笑を漏らしたエリスを見て小さく嘆息すると、柊は再びルイズを見やる。
 彼女は満足そうに鼻を鳴らすと、アンリエッタに問いかける。
「それで、わたし共に頼みたいこととは一体何なのでしょう」
 本題に入るとアンリエッタは表情を引き締め、しかし口を閉ざしてしまった。
 言葉を選んでいるのだろうか、それとも話すことを逡巡しているのか、彼女は沈黙したまましばし瞑目していた。
 ややあって、彼女はぽつりと漏らした。
「……実はわたくし、結婚することになりましたの」
「……」
 その言葉にルイズ達は一様に驚きを露にする。
 もっともそれは結婚するという事に驚いたというよりも、その言葉の内容とそれを語る彼女の表情がかけ離れていたためだ。
 どこか諦観に近い彼女の微笑を見ればルイズやエリスは勿論、柊でも流石に気付く。
「それは……おめでとうございます」
 自然ルイズの返した言葉も硬くなってしまった。
 アンリエッタは僅かに顔を傾け、その顔に僅かに憂いを深めさせて言った。
「いいのよ。この身を自覚したときから覚悟はしていました。……好きな相手と結ばれるなど叶わぬことは」
「……、」
 誰に言うでもなく呟くような声にルイズは何も返せなかった。
 だが、その声色と表情でルイズの裡にはふとある疑念がわく。
 ちらりと視線を向けてエリスと目が合うと、彼女もまた同様の疑念を持ったのだろう、同じような視線を送り返していた。
 ちなみに柊は……言うまでもないようで単純に反応に窮した表情をしているだけだったが。
「それで、わたくしの嫁ぐ先はゲルマニアの皇帝なのですが……」
「ゲ、ゲルマニア!? なんで姫様があんな野蛮な成り上がりの国に!?」
 そんな状態から不意打ちのようにアンリエッタから言葉を投げかけられ、ルイズは思わず上擦った悲鳴を上げてしまった。
 アンリエッタはルイズを宥めるように手をかざすと、ゆっくりと顛末を話し始めた。
 アルビオンの一部貴族が『レコン・キスタ』と名乗り反乱を起こしたこと。
 この内乱に王家側――王党派は事実上敗北し明日にも倒れるだろうこと。
 そして次に標的となるのはトリステインであり、一国ではこれに抗し得ないだろうこと。
 それゆえトリステインは恥辱を呑んでゲルマニアとの同盟を打診し、その『見返り』としてアンリエッタをゲルマニアに嫁がせるということ。
「そんな……ガリアはどうしたのです? 偉大なる始祖の血を継ぐ三王家の一柱、いわば兄弟の危機でしょうに!」
「ガリアは傍観……というより、干渉する余裕がないのだそうです。アルビオンほど大規模ではありませんが各地で散発的な内乱が起こっているようで。彼の王は、その、……ですから」
「あっ……」
 アンリエッタはその“兄弟”であるガリア王家のことだけに言葉を濁したが、ルイズもガリア王の噂は聞き及んでいた。
 才に乏しく、御位に就いて後も国政をないがしろにして遊び呆ける『無能王』。
 詳しくは知らないがアンリエッタの言の通りの情勢であればその噂も遠くはないといった所だろう。
「しかし、だからといってゲルマニアなどにおもねるなんて……」
「仕方がないことなのです。罪科を問うのならば一国でレコン・キスタと闘う力を保ち得なかったわたくし達の咎と言うべきでしょう」
「でしたらなおのこと危険ではありませんか! そのような状態であの野蛮な国の干渉を許せば……!」
「ええ、それもわかっております。おそらく――」


※ ※ ※


 ゲルマニアと同盟を結んだトリステイン。
 しかし自国を守る力すら持ち得ないトリステインに、ゲルマニアの専横を止める手立てがあるはずもなかった。
 由緒ある三王家の一柱であるこの国はレコン・キスタよりも先に礼節をわきまえぬ野蛮な帝国に蹂躙されるのであった。

「ヒャッハー、水だァー!!」
 馬に乗ったモヒカンヘッドの貴族が雄叫びを上げて湖になだれ込む。
 彼等はそのまま馬から飛び降りて湖に飛び込むと、頭から思う存分に水を浴びて歓喜の声を上げた。
「おうおう、さすがはトリステインの名勝と呼ばれるラグドリアン湖だぜぇ! 底が見えるほど透き通ってやがる!」
 湖の静謐を暴虐のままに穢しつくすゲルマニア貴族達に続くように、至る所に角をつけた巨大な馬車が姿を現した。
 ゆっくりと扉が開かれ、そこから姿を現したのは巨大な体躯の貴族。
 目線を悟らせぬためか黒色の色眼鏡をかけたその貴族は剃り上げた頭を爛々と輝かせて湖を眺めやり、ゆっくりと手を上げた。
「我々のオアシスが見つかった! ただ今よりラグドリアンは優等人種にして超イカすゲルマニア大貴族であるこの私、オーリ・エステル・フォン・アルガロード・タナカッテン伯爵の領土とするゥゥ!!」
「女と食料を差し出せぇ~い!!!」
 伯の宣言と同時に部下の貴族達が奇声を上げて動き出し、住民達を追い回す。
 眼も覆わんばかりの惨劇の中、一人の老人が伯の前に駆けつけ額を地面にこすりつけた。
「お、お許しください! これ以上人と食料がなくなれば私達は生きていけません! どうかこれで……!」
「ぬぅ……!?」
 老人が差し出した皮袋に伯は眼を見開きそれをもぎ取る。
 開いてみればその中には溢れんばかりのエキュー金貨が詰まっていた。
「こ、これだけでなく村中からかき集めたものがまだあります。ですからどうか……」
 老人の訴えを聞いているのかいないのか、伯はしばしその金貨を見つめ続け――それを叩きつけるように地面にぶちまけた。
「馬鹿かテメェッ!? トリステインがゲルマニアの属国になった今、エキュー金貨なんざケツを拭くコインにもなりゃしねえんだよぉ!!」
「はあっ……!!」
 裏返った伯の怒声に老人の表情が絶望に染まった……。


※ ※ ※


「――と、このような地獄が繰り広げられるでしょう」
「な、なんてこと……しかし野蛮なゲルマニアの連中ならやりかねませんわ……わなわな」
「わなわなじゃねぇっ! 明らかに世界観が違うだろっ!?」
 思わず叫んだ柊に、しかしルイズとアンリエッタの二人はそれを無視して互いに手を取り合う。
「姫様、ゲルマニアとの同盟などおやめください!」
「いいえ、それはできないのです。賊徒共に滅ぼされるぐらいならば、形だけでもこの国を残しておかなければ……たとえわたくしの身を捧げても」
「姫様……!」
「所詮わたくしは籠の鳥のようなもの。今度はゲルマニアという檻に入れられ望みもしない詩を囀るしかないのです。
 (低い声になって)『アンリエッタよ、俺を愛していると言ってみろ』
 (弱くか細い声で)『あ、愛しています、アルブレヒト陛下……』
 (低い声になって)『なぁに~~? 聞こえんな~~ぁ!!』
 (弱くか細い声で)『貴方を愛しています!! 一生どこへでもついていきます!!』
 ……あおぅっ、なんという恥辱! もう死んでしまいたい!」
「なんとおいたわしい……!」
 両手で顔を覆いわっと泣き出すアンリエッタにルイズは抱きついてうっすらと涙を浮かべる。
「お前等いい加減に現実に戻って来いやーっ!?」
 ぽかんとしたままのエリスの脇で、柊の悲痛な叫びが響き渡った。




新着情報

取得中です。