あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

memory-13 「岩の道」



 朝もやの中、エツィオは学院の隅にある伝書鳩小屋へと赴いていた。
これから数日学院を空けることになる為、マチルダからの手紙があるか確認の為である。

 小屋の引き戸を開け、中の鳩を捕まえ、筒の中身を確認する。
すると中から一枚の紙片が転がり落ちた。果たしてそれはマチルダからの手紙であった。

「流石だな、仕事が早い」

 エツィオは早速手紙を開き、中身に目を通す。

「アルビオン……反乱、レコ……なんだ? えぇと……参加……」

 たどたどしく手紙を読みながらエツィオは首を傾げた。
そんな彼に背中のデルフリンガーが声をかけた。

「おい相棒、なにが書いてあるんだ?」
「うーん、彼女が件の反乱勢力に参加した、ってのはわかったが……、何かを掴んだらしい。
丁度いい、もしかしたらマチルダにも会えるかもしれないな、報告はその時、ついでに聞けばいいか」

 エツィオはそう呟くと、手紙を細かく破き空へ投げる。

「しかし、文字が読めないと言うのがこんなにも不便だとはな……単語程度だけの習得じゃ、この先キツいかもしれないな」

 一人ごちながら、鳩を持っていた筒の中に入れる、するとそれを見たデルフリンガーが背中でカチカチと音を立てた。

「おい、その鳩どうすんだよ?」
「一応持ってくよ、会えるかは分からないけど、マチルダに渡さないと」
「空に放しゃいいだろが」
「何言ってるんだ? 放したら意味がないだろう、この小屋に戻ってしまう」

 エツィオは鳩小屋を指さす、伝書鳩と言うものは鳩本来の帰巣本能を利用したものである。
ならばこの鳩の戻る巣はこの小屋と言うことになる。しかしデルフリンガーは呆れたように言った。

「お前こそ何言ってるんだ? その鳩は主人の元に戻る様になってるぞ」
「は?」
「そう言うもんだろ? 伝書鳩ってのは、手紙を届けたら主人の元に戻る、じゃないと不便だろうが」
「……そうなのか? 随分便利なんだな、こっちの伝書鳩は」

 その言葉を聞き、エツィオは感心したように呟いた。
確かに、別れ際マチルダは『連絡が取りたければその鳩を使え』と言っていた、
ならばマチルダへの連絡はこの鳩を通じて行えると言うことになる。
そう言うことならと、エツィオは鳩を放つべく、筒に手をかけたが、すぐにその手を止める。

「いや、放すのは後にしよう、現地で彼女の協力が得られるかもしれない」

 そう呟くと、エツィオはその筒を手荷物の中に大事にしまい込んだ。

 手紙を確認し終えたエツィオは、ルイズ達のいる馬留めへと向かう。
そこではルイズとギーシュが馬に鞍をつけていた。

「すまない、待たせたな」
「やぁエツィオ、どこに行ってたんだ?」
「なに、ちょっと野暮用でな」
「どうせくだらない用でしょ? さっさと準備しなさいよ、あんたの馬、まだ鞍がついてないわよ」

 戻ってきたエツィオにルイズが口をとがらせる。
ルイズはいつもの制服姿であったが、乗馬用のブーツを履いている。どうやら結構な距離を馬で移動するらしい。
エツィオもすぐに馬に鞍をつける準備に取り掛かる、そうしていると、ギーシュが、困ったように言った。

「なぁエツィオ、お願いがあるんだが……」
「どうした? そんな畏まって」

 エツィオは馬の鞍に荷物を括りつけながら首を傾げる。

「ぼくの使い魔を連れていきたいんだ」
「なんだ、そんな事か、連れていけばいいだろう? そう言えば、お前の使い魔は何だ? 見たことがないよな」

 エツィオとルイズは顔を見合わせ、ギーシュの方を向いた。

「あぁ、紹介がまだだったね、もうここにいるよ」

 ギーシュは澄ました顔で地面を指さした。

「いないじゃないの」

 ルイズの言葉に、ギーシュはにやっと笑い、足で地面を叩く。すると、土がモコモコと盛り上がり、茶色の大きな生き物が顔を出した。

「うわっ!」
「ヴェルダンデ! ああ! 僕の可愛いヴェルダンデ!」

 驚くエツィオを尻目にギーシュはすさっ! と膝を突くと、その生き物を抱きしめた。

「なんだそれ」
「なんだそれとは酷いな、ぼくの可愛い使い魔のヴェルダンデだ」
「あんたの使い魔ってジャイアントモールだったの?」

 ジャイアントモール、有り体にいえば巨大なモグラである。大きさは小さいクマほどもある。

「そうだ。ああ、ヴェルダンデ、君はいつ見ても可愛いね。ぼくはもう困ってしまうよ! たくさんどばどばみみずを食べてきたかい?」

 モグモグモグ、とうれしそうに巨大モグラが鼻をひくつかせる。

「そうか! それはよかった!」

 ギーシュは巨大モグラに頬をすりよせている。

「まぁ……、そうだな、可愛いって言えば、可愛い……かな?」

 エツィオは苦笑しながら呟いた。

「ねぇギーシュ、ダメよ。そのモグラ、地面を進むんでしょ? わたしたちは馬で行くのよ」
「心配無用さ、結構、地面を掘って進むのが早いんだぜ? なぁヴェルダンデ」

 巨大モグラは、うんうんと頷いた。

「行先忘れたの? アルビオンよ、地面を掘って進む生き物は連れて行けないわ」

 ルイズがそう言うと、ギーシュは地面に膝をついた。

「お別れなんて、つらいよ、つらすぎる! 胸が締め付けられるようだよ……ヴェルダンデ……!」

 その時、巨大モグラが鼻をひくつかせた。くんかくんかとルイズにすり寄る。

「な、なによこのモグラ、ちょ、ちょっと!」

 巨大モグラはいきなりルイズを押し倒すと、鼻で体をまさぐり始めた。

「や! どこ触ってるのよ!」 

 体を鼻でつつきまわされ、地面をのたうちまわる。
スカートが乱れ、派手に下着をさらけ出し、ルイズは暴れた。

「おい、ズルイぞギーシュ。俺だってこんなことしたことないのに。これはモグラに先を越されたな!」
「そうなのか?」
「彼女はガードが硬くてね、なに、その方が燃えてくる」
「バカなこと言ってないでさっさと助けなさいよ! きゃあ!」

 巨大モグラは、ルイズの右手の薬指に光るルビーを見つけると、そこに鼻をこすりつけた。

「この! 無礼なモグラね! 姫さまの指輪よ! 離れなさいって!」

 ギーシュが頷きながら呟いた。

「なるほど、指輪か、ヴェルダンデは宝石が好きなんだよ」
「へぇ」
「貴重な宝石や原石、それに鉱物を僕の為に見つけて来てくれるんだ、『土』系統のメイジであるぼくにとっては、この上ない最高のパートナーさ」
「なるほど……見かけにはよらないってことか」

 そんな風にルイズが暴れていると……。
エツィオが目にもとまらぬ速さで腰の剣に手をかける。
突然のエツィオの行動にギーシュが驚いていると、一陣の風が舞いあがり、ルイズに抱きつくモグラを吹き飛ばした。

「誰だッ!」

 激昂したギーシュは、薔薇の造花を掲げてわめいた。
すると朝もやの中から、一人の長身の貴族が現れた。羽帽子を被っている。
エツィオは剣に手をかけたまま、観察するようにその貴族を見つめた。

「貴様! ぼくのヴェルダンデに何をするんだ!」

 ギーシュは薔薇の造花を突きつける、すると一瞬早く、羽帽子の貴族が杖を引き抜き、薔薇の造花を吹き飛ばした。

「僕は敵じゃない。昨夜、姫殿下より君達に同行することを命じられてね。君達だけではやはり心もとないらしい。
しかし、お忍びの任務であるため、一部隊をつけるわけにもいかぬ。そこで僕が指名されたってワケだ」

 長身の貴族は帽子を取ると一礼した。

「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」

 文句を言おうと口を開こうとしていたギーシュは、相手が悪いと知って項垂れた。
魔法衛士隊は全貴族の憧れである。ギーシュも例外ではない。
 ワルドはそんなギーシュの様子を見て首を振った。

「すまない。婚約者が巨大なモグラに襲われているのを見て見ぬふりはできなくてね」
「婚約者だって?」

 エツィオは少し驚いた表情でルイズを見た。
なるほど、子爵か、それも聞けば女王陛下直属の魔法衛士隊の隊長。
公爵家三女の婚約者としては妥当なところ、と言ったところだろう。
婚約者と聞き少々驚いたものの、そう考えれば納得できた。

「ワルドさま……」

 立ちあがったルイズが、震える声で言った。

「久しぶりだな! ルイズ! 僕のルイズ!」

 ワルドは人懐こい笑顔を浮かべ、ルイズに駆け寄り抱きあげた。

「お久しぶりでございます」

 ルイズは頬を染めて、ワルドに抱きかかえられている。

「相変わらず軽いな君は! まるで羽根のようだね!」
「……お恥ずかしいですわ」
「彼らを、紹介してくれたまえ」

 ワルドはルイズを地面に下ろすと、再び帽子を目深に被って言った。

「あ、あの……、ギーシュ・ド・グラモンと、使い魔のエツィオ・アウディトーレです」

 ルイズは交互に指さして言った。ギーシュとエツィオは深々と頭を下げた。

「君がルイズの使い魔かい? 人とは思わなかったな」

 ワルドは気さくな感じでエツィオに近寄った。

「初めまして、子爵殿」
「僕の婚約者がお世話になっているよ」
「いえ、とんでもない。こちらこそ彼女にはお世話になりっぱなしですよ」

 エツィオも気さくな笑顔を浮かべ、答える。

「いやまさか、貴方の様な立派な方が婚約者とは、少々驚きましたよ、シニョーレ」

 そう言いながらエツィオは、なにやら得心したかのように傍に立つルイズに話しかける。 

「なるほど、だから君は昨夜、あんなに落ち着きがなかったのか」
「エツィオ!」
「落ち着きがない……とは?」
「えぇ、彼女、昨夜は一晩中ソワソワしていたので、何かと思っていましたが、なるほど、理由はどうやら貴方のようだ」
「ばっ、馬鹿! な、何言って……!」

 首を傾げるワルドに、いらぬことまでペラペラと喋るエツィオにルイズは顔を真っ赤にして反論する。
しかしエツィオは、ニヤリと笑うと、ワルドに耳打ちするように言った。

「お気を付けください、シニョーレ、彼女はかなり嫉妬深い。使い魔である私でさえ、女の子とお話しすることを快く思っていないようですから」
「そうなのか? ははは、安心したまえ、僕のルイズ、僕は浮気なんてしないよ」

 顔を真っ赤にするルイズを見て、ワルドはあっはっはと豪傑笑いをした。

「いやまったく、君とは気が合いそうだな」
「私もそう思っていたところです、子爵殿」

 ワルドはそう言うと、エツィオに右手を差し出す、エツィオもそれに答え、二人は硬く握手を交わした。

 ワルドが口笛を吹くと、朝もやの中からグリフォンが現れた。鷲の頭と上半身に、獅子の下半身がついた幻獣である。立派な羽も生えている
 ワルドはひらりとグリフォンに跨ると、ルイズに手招きした。

「おいで、ルイズ」

 ルイズは少しためらう様にして、俯いた。その仕草が、なんだかやたらと恋する少女のように見えて。
普段とのあまりの差にエツィオは思わず吹き出してしまった。
ルイズはしばらくもじもじしていたが、ワルドに抱きかかえられ、グリフォンに跨った。
ワルドは手綱を握り、杖を掲げて叫んだ。

「では諸君! 出撃だ!」

 グリフォンが駆けだす、ギーシュも感動した面持ちで、後に続く。
エツィオもフードを目深に被ると、馬に拍車を入れ、後に続いた。



 アンリエッタは出発する一行を学院長室の窓から見つめながら、祈っていた。

「彼女たちに加護をお与えください。始祖ブリミルよ……」

 隣ではオスマン氏が鼻毛を抜いている。
アンリエッタは振り向き、オスマン氏に向き直った

「見送らないのですか? オールド・オスマン」

「ほほ、姫、見ての通り、この老いぼれは鼻毛を抜いておりますでな」

 アンリエッタは首を横に振った。
そのとき、扉がどんどんと叩かれた。「入りなさい」とオスマン氏が呟くと、慌てた様子のコルベールが飛び込んできた。

「いいいい、一大事ですぞ! オールド・オスマン!」
「またかね、君はいつも一大事ではないか、どうも君はあわてんぼでいかん」
「慌てますよ! 城からの知らせです! なんと! チェルノボーグの監獄から、フーケが脱走したそうです!」
「ほう……」

 オスマン氏は口髭をひねりながら唸った。

「門番の話では、さる貴族を名乗る怪しい人物に『風』の魔法で気絶させられたそうです、
魔法衛士隊が留守の隙をつき、何者かが脱獄の手引きをしたのですぞ!
つまり城下に裏切り者がいると言うことです! それだけではありません、その時、見回りをしていた兵士数人が殺害されたそうです!」

 アンリエッタの顔が蒼白になった。

「あぁ……なんと、なんということ……! 貴族派の仕業に違いありませんわ!」
「ふむ……その見回りの兵士はどうやって殺されたのじゃ?」
「は、それが、検分によりますと、鋭い刃物によって急所を一突きに……あ……!」

 そこまで言ったコルベールが思わず言葉を失う。
オスマン氏は手を振り、コルベールに退出を促した。

「よい、ミスタ、後ほど話を聞こう」

コルベールがいなくなると、アンリエッタは机に手をついてため息をついた。

「やはり城下に裏切り者が……、アルビオン貴族の暗躍ですわ!」
「そうかもしれないし、そうではないかもしれませんぞ?」
「え?」
「……なるほど、彼なりに考えての行動か、ならば何も言うまいよ、どこにも『真実』などないのだからな」
「あの、何をおっしゃって……」
「む、あぁ、これは失礼、年寄りの戯言ですじゃ、あいだっ!」

 オスマン氏は鼻毛を抜きながら言った。その様子をアンリエッタは呆れ顔で見つめた。

「トリステインの未来がかかっているのですよ? 何故そのような余裕の態度を……」
「すでに杖は振られたのです。我々にできることは待つことだけ。違いますかな」
「そうですが……」
「ご安心くだされ、姫の人選は正しい、彼ならば、道中どんな困難があろうともやってくれますでな」
「彼とは? あのギーシュが? それともワルド子爵が?」

 オスマン氏は首を振った。

「ならば、あのルイズの使い魔が? まさか! 彼はただの平民ではないですか!」
「そう、平民ですな、しかし、あの若き大鷲を侮ってはなりませぬぞ。
何せ彼はロマリアの聖堂騎士隊や、エルフ達すら震えあがらせた……」
「……エルフ達? ロマリア?」

 なぜ今、その単語が出てくるのだろうか、疑問に首を傾げるアンリエッタに、
オスマンは思わず口を滑らせてしまったことに気が付いた。

「あーいや、その、そう、あの伝説の使い魔、『ガンダールヴ』並みに使える男だと私は思っておりますでな」
「『ガンダールヴ』……伝説の使い魔ですか」
「あくまで、"並み"に使えると、そういうことですな。ただ、彼は異世界から来た男なのです」
「異世界?」
「そうですじゃ、ここではないどこか。そこからやってきた彼ならば、やってくれるとこの老いぼれは信じておりますからな。
余裕の態度もそこからなのですじゃ」
「そのような世界があるのですか……」

 アンリエッタは、遠くを見るような目になり、やがてほほ笑んだ。

「ならば祈りましょう、異世界より舞い降りし大鷲に」


 魔法学院を出発して以来、ワルドはグリフォンを疾駆させっぱなしであった。
エツィオとギーシュは、途中の駅で二回、馬を交換したが、ワルドのグリフォンはタフで、まるで疲れを見せていなかった。

「ちょっと、ペースが早くない?」

 抱かれるような格好で、ワルドの前に跨がったルイズが言った。
雑談を交わすうち、ルイズの喋りかたは昔のような丁寧なものから、今の口調に変わっていた。
ワルドがそうしてくれと頼んだせいもある。

「なんだかへばってるみたいだけど」

 ワルドは後ろを向いた。後ろを走る二頭のうち、一頭の方に跨るギーシュが半ば倒れるような格好で馬にしがみついている。
一方のエツィオは、速度を落とさずについてきてはいるものの、余裕があるとは言えない状況であった。

「ラ・ロシェールの港町まで、止まらずに行きたいんだが……」
「無理よ。普通は馬で二日かかる距離なのよ」
「へばったら、置いていけばいい」
「そう言うわけにはいかないわ」
「どうして?」

 ルイズは、困ったように言った。

「だって、仲間じゃない。それに……、使い魔を置いていくなんて、メイジのすることじゃないわ」
「やけにあの二人の肩を持つね。どちらかがきみの恋人かい?」

 ワルドは笑いながら言った。

「こ、恋人なんかじゃないわ」

 ルイズは顔を赤らめた。

「そうか。ならよかった。婚約者に恋人がいるなんて知ったら、ショックで死んでしまうからね」

 そう言いながらもワルドの顔は笑っている。

「お、親が決めたことじゃない」 
「おや? ルイズ! 僕の小さなルイズ! 君は僕のことが嫌いになったのかい?」

 昔と同じ、おどけた口調でワルドが言った。

「も、もう小さくないもの。失礼ね」

 ルイズは頬を膨らませる。

「僕にとっては、まだ小さな女の子だよ」

 ルイズは先日見た夢を思い出した。生まれ故郷のラ・ヴァリエールの屋敷の中庭。
忘れ去られた池に浮かぶ、小さな小舟……。
幼い頃、そこで拗ねていると、いつもワルドが迎えにきてくれた。夢ではなぜかアイツに取って代わられたが……。
親同士が決めた結婚……。
幼い日の約束。婚約者。こんやくしゃ。
あの頃は、その意味がよく分からなかったけど……、今ならはっきりと分かる。結婚するのだ。

「嫌いなわけないじゃない」

 ルイズは、ちょっと照れたように言った。

「よかった、それじゃあ好きなんだね」

 ワルドは手綱を握った手で、ルイズの肩を抱いた。

「僕は君を忘れたことはなかったよ。父と母が亡くなって……、領地を相続してからすぐに、僕は魔法衛士隊に入った。
立派な貴族になりたかったんだ、家を出るときに決めていたことがあったからね」
「決めていたこと?」
「立派な貴族になって、きみを迎えにいくってことさ」

 ワルドは笑って、ルイズの顔を見た。

「でもワルド、あなた、モテるでしょ? 何も、わたしみたいなちっぽけな婚約者のことなんか相手にしなくても……」

 ワルドのことは、夢に見るまでずっと忘れていた。 現実の婚約者というよりは、遠い思い出の中の憧れ人だった。
婚約の話しも、とっくの昔に反故になったと思っていた。
戯れに、二人の父によって交わされた、あてのない約束……。そのくらいにしか思っていなかった。
十年前に別れて以来、ワルドとは、会うこともなくなっていたし、その記憶も遠く離れていた。
だから先日ワルドを見かけ、今日こうして目の前に現れた時、ルイズは激しく動揺したのだ。
思い出が不意に現実となってやってきて、どうすればよいかわからなかったのであった。

「旅はいい機会だ」

 ワルドは落ち着いた声で言った。

「いっしょに旅を続ければ、またあの懐かしい気持ちになるさ」

 ルイズは思った、自分は本当にワルドの事を好きなのだろうか?
そりゃ嫌いではない、確かにあこがれていた。それは間違いのない事実だ、しかし、それは思い出の中の話。
それがいきなり、婚約者だ、結婚だ、なんて言われても……、ずっと離れていた分、本当に好きなのかどうか、まだよく分からない。

 ルイズは後ろを向いた、馬に跨ったエツィオと目があったような気がした。
とはいえ、フードを目深に被っているためそうであったかは定かではないが……。
そう言えばアイツ、ワルドが現れても、ちょっと驚いただけで、すぐにいつもの調子に戻っていた。
女の子を見れば口説くような男が、何も言わずに身を引いたような。
やはり自分も、エツィオにとってはただの主人なのだろうか。
そう思うと、今まで近くにいたエツィオが、急に遠くに感じられ、胸の奥に冷たい風が吹き抜けるような、そんな寂しさを感じた。



「おい、大丈夫か? ギーシュ」
「も、もうダメかもしれない……、まったく、もう半日以上走りっぱなしだ。どうなってるんだ?
魔法衛士隊の連中は化け物か」

 ぐったりと倒れ込むように上半身を馬に預けているギーシュにエツィオが声をかける。

「君も化け物だな、エツィオ。まるで疲れを知らないようだよ」
「いや、俺もそろそろキツくなってきたところだ、にしても少し、急ぎすぎじゃないか?」

 そう言いながら、エツィオは前を飛ぶグリフォンを見る、するとルイズがこちらを見たような気がした。

「いやしかし、驚いたよな」
「ん? 何がだ?」

 そんな風に馬を走らせていると、疲れを紛らわせるためかギーシュが話しかけてきた。
エツィオは何の事だかわからないと首を傾げる。

「何がって、ルイズさ、まさか婚約者がいたなんてね、それも魔法衛士隊の隊長だ」
「そんなにすごいのか? その、魔法衛士隊ってのは」
「もちろん! 君は知らないだろうが、全貴族の憧れだよ」
「なるほどね……」

 納得したかのように呟くエツィオにギーシュが肩を竦める。

「あんまり驚いているようには見えないね?」
「うーん、彼女は公爵家の三女だろ? 婚約者がいても別に不思議じゃないな。
俺のとこの話しだが、ミラノ公国って国があってな、そこの領主の娘であるカテリーナ・スフォルツァは十四歳でフォルリの領主に嫁いでる。
今回の姫殿下の政略結婚含め、そんなに珍しいことじゃないさ」

 淡々と言ってのけるエツィオにギーシュは少し驚いたように言った。

「それだけかい? 君、意外とドライだな」
「そうか? これでも彼女のことを第一に考えてるんだぜ? まぁ、心配事が一つ減ったかな」
「心配事?」
「彼女に嫁の貰い手がいたってことだよ。もしかしたら俺がもらうハメになるのかと思って、少しヒヤヒヤしてたところさ」

 エツィオはおどけた口調でそう言うと、もう一度グリフォンに跨るルイズを見つめた。


 馬を何度も替え、飛ばしてきたので、エツィオ達はその日の夜中には、ラ・ロシェールの入口に辿りついた。

「なんだ? ここがそうなのか?」

 エツィオは怪訝そうに辺りを見回した。
港町と聞いていたが、ここはどうみても山道である。海が近いなら潮の香りもするだろうがそれも感じなかった。
月夜に浮かぶ険しい岩山の中を縫うように進むと、峡谷に挟まれるようにして街が見えた。
街道沿いに、岩を穿って造られた建物が見える。

「港町って聞いてたんだが……」

 エツィオがそう言うと、ギーシュが呆れたように言った。

「君、アルビオンを知らないのか?」
「生憎、この辺の地理には疎くてね」

 そんなギーシュにエツィオが肩を竦めた、そのときだ。

「――待て! ギーシュ!」

 エツィオがはっと、顔を上げ、崖の上を見る。
その瞬間、エツィオ達の跨った馬目がけて、崖の上から松明が何本も投げ込まれた。
 松明は赤々と燃え、エツィオ達が馬を進める峡谷を照らす。

「なっ! なんだ!」

 いきなり飛んできた松明の炎に、戦の訓練を受けていない馬が驚き、前足を高々と上げたので、
ギーシュが馬から放り出される。
そこを狙って、何本もの矢が夜風を裂いて飛んでくる。

「奇襲か!」
「ギーシュ! 掴まれ!」

 矢が刺さるかというその瞬間、かろうじて馬を諌めて落馬を免れたエツィオが、馬上からギーシュをすくい上げる。
スカッ! と軽い音を立て、矢がギーシュのいた地面に突き刺さった。

「な、何なんだ一体!」
「……俺達に死んでもらいたいそうだ」 

 矢が飛んできた崖上を睨みつけながらエツィオが呟く。
ギーシュを自分の前に跨らせたその時、ひゅんひゅんと二の矢が飛んでくる。
無数の矢がエツィオとギーシュに降り注ぐ。

「くそっ!」

 思わず目を瞑ったそのとき……。
一陣の風が舞い上がり、小型の竜巻が巻き起こる。
竜巻は飛んできた矢を巻き込むと、あさっての方向へ弾きとばす。
グリフォンに跨ったワルドが、杖を掲げている。

「大丈夫か!」ワルドの声がエツィオに飛ぶ。
「かたじけない! 子爵殿!」

 エツィオはすぐさま馬から飛び降り、崖の上を見つめた。今度は矢が飛んでこない。

「夜盗か山賊の類か?」ワルドが呟いた。
「子爵殿、ここはお任せを、ルイズ達を頼みます」
「どうする気だね」
「奴らを始末してきます、なに、すぐに戻ります」
「ちょ、ちょっとエツィオ!」

 ルイズの制止を聞かず、エツィオは崖へ向け一気に走りだした。
そして岩場のとっかかりに手をかけ、崖の上へと向け驚くほどの身の軽さでよじ登っていく。
あっという間に崖を登り終えたエツィオは、その上で待ちかまえていた男達の前に踊り出た。

「こっ、こいつ! 登ってきやがった!」
「馬鹿な野郎だ! やれ! やっちまえ!」

 突然自分たちの前に現れたフードを目深に被った男に、男達はそれぞれの得物を構え襲いかかる。
エツィオはマントの下でアサシンブレードを引き出す、すると、ふらりと前に歩き、
剣を振りかぶり襲ってきた男にそのまま右肩をぶつけて、アサシンブレードを男の鳩尾に滑り込ませた。
 右腕で男を払い倒しながらアサシブレードを引き抜き、続いて丁度切りかかってきていた男の首を薙ぐ。
ぱっくりと開いた傷口から血が盛大に噴き出し、エツィオに降りかかった。
その姿に怖気づいたもう一人の男に向かい、エツィオが一足飛びで飛びかかる、
地面に叩きつけるのと同時に、彼の喉元目がけ、アサシンブレードを叩きこんだ。

「ててっ、てめぇ!」

 一瞬で三人の仲間が殺され、立ちつくしていた男の一人がそう叫んだ。
その直後、その言葉は遺言になった。
喉には深々と投げナイフが突き刺さり、それ以上声を出すことができなくなった男は喉をかきむしりながら崩れ落ちた。

 一人の男が剣を振りかぶり、エツィオに斬りかかる。
エツィオは待ちかまえたかのように、振り下ろされた男の剣を握る手を掴み攻撃を受け止めると、即座に股間を蹴りあげる。

「うぐっ!?」

 股間に走る激痛に思わず剣を握る手の力が緩む、その隙を逃がさずエツィオは剣を奪い取る。
「ま、まって――」男の言葉を最後まで聞かず、エツィオは胴を袈裟掛けに薙ぎ、返す刃で剣を心臓に突き刺した。
エツィオは突き刺さった剣を引き抜くと、男の胸倉をつかむと、不意に一歩下がった。
その時、風を切る音と共に、一本の矢が男の頭に突き刺さる。
少し引っ張っただけで盾となってくれた男の死体を、矢が飛んできた方向へ突きとばした。
男の死体は、やくざな人形のようによたよたとその方向へ歩き、やがてばたりと崩れ落ちた。
矢を放った傭兵が、慌てて二の矢を番えたその時、彼の頭に一本の剣が深々と突き刺さった。

「ひゅう、やるねえ相棒、でも俺も使ってくれよ」
「……」

 一部始終を見ていた背中のデルフリンガーが感心したように呟く。
エツィオは無言のまま、生き残りの男達に視線を送り、背中の魔剣の柄に手を伸ばした。


「すごいな彼は……あの崖をあんなに早く登り切るなんて……」

 崖をよじ登り、襲撃者の待ち受ける崖上へ乗り込んでいったエツィオを見てワルドが感心したように呟く。
いかにエリートである魔法衛士隊の隊長であるワルドでさえ、杖もなしにあの崖を登りきることはできないようだ。

「ね、ねぇ、エツィオは大丈夫なの?」
「そ、そうです、子爵、敵の数も未知数です、いくら彼でも厳しいかと……」

 ルイズとギーシュが、心配そうにワルドを見る。
ワルドは少し考えると、すぐにグリフォンに跨った。

「ふむ……わかった、彼の援護に行く、ギーシュ、ここは任せられるかな?」
「はい! お任せを!」
「安心したまえ、ルイズ、すぐに戻ってくるよ」

 ワルドはルイズに優しく笑いかけると、グリフォンを駆り、崖の上へと飛び立って行った。


「ひっ……ひぃっ……!」
「た、助けてくれ! か、金はやる! 頼む! み、見逃してくれ!」

 崖の上では、たった二人を残し、襲撃者達を全滅させたエツィオが、最後の生き残りに尋問をしていた。
両手のアサシンブレードを引き出したままに、二人の男の胸倉をつかみ、刃を喉に押し当てながら、エツィオは静かに口を開いた。

「お前達に聞きたいことがある」
「ヒィッ……!?」
「お前達は何だ、答えろ」
「お、俺達はただの物取りだ!」

 男の一人が絞り出すように答える、エツィオはその男をじっと見つめると、やがて首を傾げる。

「こんな町の近くで物取りか……、なるほど、それで俺達が最初に通りかかった獲物、と言うことか」
「そ、そうだ、お前達が最初だ! ほ、本当だって! 信じてくれよ!」
「そうか……」

 エツィオは小さく息を付くと、その男に突きつけていたアサシンブレードを収納した。
男がほっとしたように、安堵の表情を浮かべた、その時だった。
胸倉を掴んでいた手が、首根っこを捕らえ、再びアサシンブレードが勢いよく飛び出した。

「かっ……はっ……!」
「ひっ……! ひぃっ!?」

 そのまま喉を貫かれ、苦悶の呻き声を上げながら、男が絶命する。
それを横で見ていた男が、情けない悲鳴を上げた。
エツィオは、物言わぬ死体となり果てた男の身体を、地面に投げ捨てると、残った男に視線を送った。
その射抜くような鋭い目に、男が震えあがる。
そんな男に、エツィオは再び静かな口調で尋ねた。

「さて、お前達は何だ? 本当のことを言わねば、お前もこうなるぞ」
「もっ! 物取りだって言っただろ! し、信じろって!」
「俺達は最初の獲物だろう? なら何故こんなに金を持っている、これ以上人を襲う必要がないくらいにだ。拷問は趣味じゃない、素直に答えろ」

 喚くように叫ぶ男に、エツィオは皮の袋を目の前に突きつけた。
それは先ほど殺した男から奪っていた皮の財布であった。
袋の中身は金貨でパンパンに膨らんでおり、ずっしりと重い。

「わ、わかった! 答える! や、雇われたんだ! き、貴族派を名乗る男と女の二人に! その金は前金として受け取ったんだ!」
「……どんな奴だ」
「女は緑色の長い髪をしたメイジの女だった、へ、へへ、美人だったぜ……」

 その言葉にエツィオの眉が動く、緑色の髪をしたメイジの女……、マチルダだろうか? そう言えば手紙に反乱勢力に潜入したとあった。
おそらく、傭兵を雇い自分達に嗾けるのが彼女の任務なのだろう、手段は問わない、と言っているため、彼女を責めるつもりはエツィオにはなかった。
それよりも、問題はもう一人の男である。

「男はどんな奴だ」
「お、男は知らねぇ! 白い仮面を被ってる不気味な奴だった。そ、それしかしらねぇ、ほ、本当だ!」
「そうか……わかった」

 エツィオは呟くように言うと、小さく息をついた。
すると、男が震えるような声でエツィオに尋ねる。

「へ、へへ……、す、素直に話したんだ。た、助けてくれるんだろ?」
「いや、ダメだ」

 その言葉と共に、冷たい刃が男の鳩尾に埋まる。
腹からこみ上げる血と泡を口からこぼしながら、男が絞り出すように口を開く。

「が……ぁ……な、なん……で……」
「生かして帰せば、その男に報告するだろう?」

 エツィオは冷たく言い放ち、アサシンブレードを男の鳩尾から引き抜く。
ふらふらと立ちつくす男の肩を、エツィオは優しく、とんっ、と押す、
するとバランスを失った男の身体は、直立不動のまま、ばたりと地面に横たわった。

「相棒……お前、結構えげつねぇな……」
「……」

 死体に突き刺さったまま、尋問の一部始終を見ていたデルフリンガーが呟く。
エツィオは黙ったまま、簡単に返り血を拭きとった後、傭兵の死体からデルフリンガーを引き抜いた。
その時、ばっさばっさと何かが羽ばたく音が聞こえてきた。
エツィオがその方向へ視線を送ると、グリフォンに跨ったワルドが崖の上に降りたとうとしていた。

「これはっ……!」

 崖の上の惨状にワルドが思わず言葉を失う。
崖の上には十人ほど傭兵の死体が転がっており、そのいずれもが急所を鋭い刃物で切り裂かれ、或いは貫かれている。
その中心にはルイズの使い魔の男が、血のついた錆剣を片手に立ちつくしていたのだ。

「……無事かね?」
「えぇ子爵殿、ご心配をおかけしました」

 ワルドは動揺を隠しつつ、地面に降り立ち、エツィオに尋ねる。

「……全員君が?」
「はい、目的も聞き出せました、彼らは貴族派の連中に雇われたそうです」
「そうか……どこからか情報が漏れているのか……しかしどこから?」

 エツィオが一礼し、一通り報告すると、ワルドは険しい表情で傭兵達の死体を睨みながら呟いた。
するとエツィオは、少し言いにくそうに口を開いた。

「子爵殿、失礼ですが、この任務、姫殿下から命じられたのはいつですか?」
「……昨夜だ、姫殿下の話では君達に依頼した後、と言っていたな」
「そうですか……」
「何かな? 僕を疑っているのかね?」

 考え込むエツィオに、ワルドが不快だと言わんばかりに鋭い目で睨む。
エツィオは慌てて両手を振った。

「いえ! とんでもない! そう感じたのであればお詫びいたします! 
……この任務、姫殿下が思いついたのは一体いつの時点だったのか、それが知りたかっただけです。
誤解を生み、申し訳ない……」
「いや、こちらこそすまない、僕も少し神経質になってしまっていたようだ、身内は疑いたくないものだな。
さぁ、ルイズ達が待っている、行こう」

 ワルドは小さく首を振ると、エツィオにそう告げる。
するとエツィオは傭兵達の死体に視線を送ると、首を振った。

「いえ、少し調べたいことがあるので、先にルイズの所へ行ってください、すぐに戻ります」
「そうか、では先に行っている、すぐに戻ってきたまえ、ラ・ロシェールはすぐそこだ、今日はそこで一拍しよう」

 グリフォンに跨ったワルドは、崖の下で待つルイズ達の元へ戻っていく。
それを見送ったエツィオは、傭兵達の死体をじっと見つめた。


「おや?」

 エツィオが崖から降り、ルイズ達の元へ戻ると、そこにはルイズとワルド、ギーシュの他に、
見慣れた風竜にまだがった、二人の少女がいることに気が付いた。
そんなエツィオに気が付いたのか、赤い髪をした少女が、風竜からぴょんと飛び降り、駆け寄ってきた。

「ダーリン!」
「キュルケ! タバサ! どうしてここに?」
「朝に出発するところを見られてたのよ」

 エツィオが尋ねると、ルイズがおもしろくなさそうに答える。
キュルケは自慢の赤い髪をかき上げるとエツィオに歩み寄る。

「そうよ、朝方ダーリン達が馬に出て行くところをね、だからタバサを叩き起こして後をつけてきたのよ」

 そう言うとキュルケは風竜の上のタバサを指さした。どうやら就寝中だったらしく、パジャマ姿であった。
それでもタバサは気にした様子もなく、本のページをめくっている。

「なるほど……しかしこれはお忍びの任務なんだぞ」
「ごめんなさいね、でもあたし、貴方のことが心配で心配で……!」
「ははっ、まったく、楽しい旅になりそうだな」

 言葉とは裏腹に、エツィオは優しくほほ笑むと、キュルケの顎を持った。
キュルケはうっとりした顔でエツィオの胸にしなだれかかった。

 それを見たルイズは唇をかんだ後、怒鳴ろうとした。
ツェルプストーの女に使い魔を取られるのは我慢ならない、それにあの馬鹿の事だ、自ら進んでキュルケを手籠にしかねない。
 そっとワルドがそんなルイズに肩に手を置いた。

「ワルド……」

 ワルドはルイズをみて、にっこりとほほ笑むと、グリフォンに跨り、ルイズを抱きかかえた。

「では諸君、今日はラ・ロシェールに一泊し、明日の朝一番にアルビオンに渡ろう」

 ワルドは一行にそう告げた。
 キュルケはエツィオの馬の後ろにまたがり、楽しそうにきゃあきゃあ騒いでいる。
ギーシュも馬に跨り、風竜の上のタバサは相変わらず本を読んでいた。
ラ・ロシェールへ向け、馬を走らせようとしたエツィオが、何かを思い出したのか、先ほど傭兵から奪った財布を取り出した。
そして中から一枚金貨を取り出し、キュルケに尋ねた。

「……なぁキュルケ、このエキューっていうのは、どこの国でも使えるのか?」
「もちろん、ゲルマニアでも使えるわよ、アルビオンでもね」
「鋳造は? 各国で差異が出たりはするのか?」

 キュルケに持っていた金貨を見せる。
ピカピカに光る、見るからに真新しい鋳造されたばかりの金貨であった。

「えぇ、今持っているそれは、トリステインで鋳造されたエキューね、新金貨だわ」
「新金貨?」
「そうよ、最近流通し始めたの、旧金貨とは違って、三枚で二エキューよ」
「なるほど……アルビオンの物とは違う……ってことか」

 エツィオは少し考えるようにその金貨をじっと見つめた。

「貴族派……か、どうやらこの国の中枢にも根は及んでいるみたいだな」

 小さく呟き、馬を走らせる、道の向こうに、両脇を峡谷に挟まれた、ラ・ロシェールの街の灯りが怪しく輝いていた。



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