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ルイズと夜闇の魔法使い-18


「さて、それでは本題に入るとしようか」
 正面の椅子に座りなおした柊を見やりながらフール=ムールは何事もなかったかのように切り出した。
 ちなみに今までその席に座っていたルイズは――卒倒したシエスタと共にベッドに身を横たえ、涙で枕を濡らしている。
 ……そっとしておいた方がよさそうだ。
「ん~……本題っつってもなあ」
 フール=ムールの言葉に柊は困ったように眉根を寄せて頭をかく。
 何しろ今までのやりとりで事実上ここにきた目的は果たしてしまったと言ってもいいぐらいなのだ。
「とりあえず確認しとくが、お前はこの世界で物騒な事をする気はないんだな?」
「世界をどうこうするつもりは毛頭ないよ。無銘の神として少しばかりの信仰を受けつつのんびり暮らせればそれでいい」
「……本当だな?」
「私は百年前にこの世界に召喚され、そして今こうしてハルケギニアが存在している。……それでは証にならないかね?」
 フール=ムールは柊の視線を真正面から受け止めてそう返した。
 口元に薄い笑みを浮かべたままではあるが、その二色の瞳は揺らぎもせずに柊の眼を捉えている。
 しばしの沈黙の後、視線を先に外したのは柊だった。
「……わかった。お前はタルブ村の『護神様』だ」
「ありがとう」
 嘆息しながら呟いた柊に彼女は眼を細めて微笑を漏らした。
 これで完全にタルブ村を訪れた目的は完全に遂げられた。
 シエスタにとっても、この世界にとってもまあ悪くはない結末だろう。
 まあそれはそれとして、こういう事になったのなら柊には色々と彼女に聞きたい事もできてくる。
「せっかくだから聞きたい事が――あー。その前にもう一つ確認してもいいか?」
「構わないよ。見逃してくれた礼……という訳ではないが、可能な限りは協力しよう」
 言われて柊は一つ頷き、表情を引き締めた。
 そして目の前にいる魔王に向けて、尋ねる。
「――この世界にお前以外の魔王はいるのか?」
「……、」
 フール=ムールの眼が細まり、僅かに微笑みが剣呑さを帯びた。
 今までの好々爺とした表情ではなく、魔王と呼ぶに相応しい不敵さを思わせる顔で彼女は目の前のウィザードを見つめる。
「……流石に抜け目がないね、柊 蓮司」
「当たり前だろ。お前みたいなのはいいにしても、ベルあたりが来てたら洒落にならねえ」
 刺すような視線でフール=ムールをねめつけながら柊が言うと、彼女はふと笑いを零して小さく頷いた。
「では断言しておこう。少なくとも今現在においてハルケギニアに存在している魔王は私ただ一柱のみだ。魔王級だけでなく、それ未満の侵魔達もこの世界には存在しない」
「そっか。わかった」
 フール=ムールの返答に柊は安堵の息を漏らした。
 この先魔王が召喚されるかもしれないという可能性はあるにしても、とりあえず現在の危険性が払拭されたのは大きい。
 柊は気を取り直して彼女に向かい直った。
 ウィザードとしての確認は終わったので、彼個人の本題に入るのだ。
「んじゃ、本題なんだけどさ。お前、ファー・ジ・アースに繋がるゲートって創れるか?」
「ん? 次元回廊かね? できるよ」
「マジかっ!」
 柊は思わず叫んで身を乗り出してしまった。
 全うに探そうとしたら一体どれだけ労力と時間が必要になるかわからない命題が一瞬にして解決してしまったのだ。
 流石は魔王、流石は古代神である。
 彼女を召喚してくれたサロウォンに感謝してもいいぐらいだった。
「だ、だったらよ」
「だが断る」
「おぉい!? 協力してくれるんじゃなかったのかよ!?」
 テーブルを叩いて抗議する柊だったが、フール=ムールは涼しい顔でそれをやりすごすと、口角を歪めて彼を見据えて口を開く。
「『ここにいる私』としてはそれに協力するのもやぶさかではない。だが、『裏界にいる私』としてはキミのようなウィザードをファー・ジ・アースへ戻すのはあまり気が進まない。
 ……勘違いしてはいけないな。私はキミ達の『敵』なのだよ」
 今柊の目の前にいる『フール=ムール』は『現身』と呼ばれる“彼女であって彼女でない”存在だ。
 彼女等のような魔王級の侵魔は本来裏界の奥底に封印されており、そこから出ることは敵わない。
 故に魔王達は己の魔力を分けて己の分身――現身を作り上げ、それによって封印をすり抜けてファー・ジ・アースへと侵攻するのだ。
 百年前のハルケギニアに召喚され、以降今までそこで生きているフール=ムールが柊の事を知っているのも、裏界にある本体を通じてファー・ジ・アースの事も知っているためなのである。
「よって私はキミをファー・ジ・アースへ帰す手伝いはしない。その代わり、キミが自分で方法を探して帰る分には、邪魔もしない。……こんな所で手打ちにしてくれないかね」
「……」
 柊は顔を歪めて舌打ちすると、椅子に腰を下ろした。
 降って沸いた解決法がなくなってしまったのは痛いが、そんな事を簡単にできるような相手に帰るのを邪魔されると本気で帰れそうもない。
 妥当な取引と思うしかなかった。
 しかしこうなると本格的にもう用事はない。強いて気になる事があるとすれば、
「なら……ファー・ジ・アースは今どうなってる? それぐらいは教えてくれるよな?」
「ああ、それは構わないよ」
 頬杖をついてフール=ムールをねめつけながら尋ねると、彼女は指を額に当て眼を瞑った。
 少しばかりの沈黙の後、彼女は薄く眼を開いて言う。
「結論から言えば、何も変わっていない。キミがいなくなった程度で揺らいでしまうほどかの世界は脆弱ではない」
「……そりゃわかってるよ」
 ぶっきらぼうに答えながらも柊の表情は心なし得意気だった。
 柊が信頼を寄せる仲間達は勿論、ファー・ジ・アースを守るウィザード達は数多く存在している。
 なので彼がそれを聞いたのは心配からではなくなんとなく気になった程度のことでしかないのだ。
 しかしフール=ムールはそんな柊を見据えたまま、更に言葉を続けた。
「ただ、情勢自体は変わらないがウィザードの陣営で動きがあるね。アンゼロットがファー・ジ・アースを離れた」
「……は!?」
 柊は思わず呻いて目を剥いた。
 アンゼロットは神より『世界の守護者』の役目を与えられウィザード達の陣頭に立って指揮している人物だ。
 彼女は七徳の宝玉にまつわる一連の事件の際、事実上その神から離反するに近しい行動を取ったのだが――その辺りに起因するものなのだろうか。
 柊は僅かに身を乗り出しかけたが、フール=ムールはそれを制するように手をかざすと、重ねて言葉を紡ぐ。
「彼女の故郷の世界の情勢が芳しくないそうでね、その救済のためにそちらに向かったそうだ。
 今は代行の人間の下で侵魔達との戦いにあたっている……つまり現在のファー・ジ・アースの守護者はキミ等人間自身というわけだ」
 侵魔――つまり彼女からすれば敵対する相手の事を語っているにも拘らず、フール=ムールは何故か嬉しそうに口の端を歪めた。
 世界にとってはあまり好ましい事態ではないのだろうが、柊個人としてはそういう事情で彼女が世界を離れるのなら否応などない。
 それに、彼女がいなくなってなお情勢が変わっていないという事はその代行による指揮もそれなりに上手く回ってはいるのだろう。
「アイツの代わりができるなんざ、その代行ってのは大したもんだな」
「……ふ」
 するとフール=ムールは唐突に噴き出し、可笑しそうにくすくすと息を漏らした。
 怪訝そうに柊が睨みつけると、彼女は明らかに笑いを堪えながら口を開く。
「……いや、すまない。守護者代行が聞けばさぞ喜んだろうと思ってね」
「なんだよ、俺が知ってる奴なのか?」
「まあそんな所かな。とにかく、急な体制移行などで慌しくやっているので捜索の方はほとんど出来ていないのが現状と言ったところだよ」
「捜索……?」
 言われて柊は首を捻った。
 心当たりがいまいち浮かばないので柊は少し考え込み、そしてはたと思い至って声を上げた。
「もしかして俺達の?」
 実の所、エリスはどうだかわからないが柊はアンゼロット側からの捜索には全く期待していなかったのだ。
 というのも、アンゼロットは公私の別を厳然とつける主義であるので、たかだか人間が一人二人異世界に迷い込んだところでいちいち捜索したりはしない。
 正義の宝玉の時のように何か特別な事情があるというならまだしも、現状においてエリスはもはやただの一般人であり、柊は数多いるウィザードの中の一人でしかないのだ。
「まあ見つけてくれりゃ儲けもんって所か……」
「そうだね。もっとも――」
 言ってフール=ムールは柊から視線を外した。
 いつも浮かべている余裕を含んだ微笑を収めて、バルコニーから広がるタルブ村の草原――その果てまでもを見通すかのように彼女は眼を細めた。
「――見つけたところで喚ばれぬ限り“辿り着く”ことはできまいがね」
「……? どういうことだ」
「ここは『ハルケギニア』だという事さ。
 キミ達――彼の世界の者達にも、此の世界の者達にももはや関係のない……現実(イグジスタンセア)を追われた幻想(ハルケギニア)の物語だよ」
「……どういう事なんだよ」
「言ったはずだ。私はキミが帰るのを邪魔はしないし、協力もしない……とね」
 誰に言うでもなく彼女は語り、口を閉ざした。
 ファー・ジ・アースへ帰還したい柊としては問い詰めておきたいところだが、彼女の表情はそれを語るのを拒絶している。
 彼女の言を信じるならば、今語った事は元の世界に帰る手がかりとしては何ら影響がないことなのだろう。
 柊は肩を落として溜息をつくと、頭をかいた。
「……お前らはほんとそういう婉曲的な物言いが好きだよな」
「長く生きていると無意味に語りたくなるものなのだよ。年寄りの話好きという奴だね」
 元の超然とした態度に戻ってフール=ムールは小さく笑った。
「さて、他に聞きたいことはあるのかな?」
「んー……」
 言われて柊は椅子に背を深く預けて額を指で掻いた。
 タルブ村に召喚された魔王が無害だというのは確認できた。
 帰る方法に関して情報を得られなかったのは残念ではあるが、それは元より期待していた訳ではないしファー・ジ・アースの現状も知る事ができたので十分な収穫だったというべきだろう。
 現状においては特に知りたい事もないのでもうこの場所に用は――とぼんやり考えながら視線を巡らせると、部屋のベッドで横になっているルイズが目に入った。
「……おい、フール=ムール。お前、百年この世界に居たなら、ハルケギニアの事も結構知ってるのか?」
「まあね。大体のことは把握しているが……世界滅亡の危惧でもしているのかね?」
「ちげーよ。ファー・ジ・アースじゃあるまいし、そんなホイホイ世界の危機が起こってたまるかってんだ」
 揶揄するように語ったフール=ムールに吐き捨てるようにして返すと、柊は立ち上がって部屋の中へ戻っていく。
 ベッドで横になっているルイズに歩み寄ると、彼女はもぞりと身を起こして胡乱気な表情で柊をねめつけた。
「……なに、話は終わったの? だったら早く帰りましょう。この村は危険だわ……」
「俺の話は終わったけど……ちょっと来てくれ」
「……?」
 ルイズは僅かに小首を傾げた後、不承不承といった感じでベッドから身体を下ろした。
 ちなみに隣で眠っているシエスタはまだ気を失ったままだ。
 まあ彼女は少しばかり縁のある一般人でしかないので、帰るときに起こせば問題はないだろう。
 柊はルイズと連れ立ってバルコニーへと戻ると、フール=ムールの前に座らせる。
 そして彼は状況を把握できずに怪訝な視線を送るルイズの肩を軽く叩くと、フール=ムールに向かって言った。
「コイツ、メイジなのに魔法が使えねえんだ。なんで使えないのか理由とかわかるか?」
「!?」
 途端今までの倦怠感が総て吹き飛び、ルイズの瞳が驚愕に染まる。
 愕然と柊を見上げると、彼は口の端を歪めてルイズの薄桃の頭に軽く手を載せた。
「今まで何やってもダメだったんだろ? せっかくだから聞いとけよ……文字通りの神頼みって奴だな」
「え、あ……あり、がと」
 普段なら不遜だと手を払うところなのだが、ルイズは半ば呆けたように頭を叩かれながらおずおずと言った。
 そんな彼女を見て柊はふと笑うと、改めてフール=ムールを見やる。
「で、どうだ? 何かわかるか?」
 問われた彼女は二色の瞳でルイズをじっと見つめた。
 そして静かに答える。
「――わかるよ」
「……っ」
 その声にルイズは思わず息を呑みフール=ムールを凝視する。
 いつも微笑を称えている彼女はいつの間にかその笑顔を潜め、僅かな寒気を覚えるほどの鋭さでルイズを見返していた。
「だったら教えてやってくれねえか。今までそれで色々大変だったみたいだし……」
「……まあいいだろう。ただ、これは彼女のプライバシーに関わる事ゆえ、キミは退席してほしい。――少なくとも今は聞くべき時ではない」
「またよくわかんねえ言い回ししやがって……まあいいけど」
 フール=ムールの言葉に嘆息交じりに答えると、呆然としたままのルイズの肩を軽く叩いて柊はその場を後にした。
 シエスタを起こすために部屋に戻ろうとしたところに、フール=ムールの声が響く。
「彼女はそのままにしておいていいよ。せっかくの里帰りだしね……夜になったら私が直接学院に送り届けよう」
「そうか? そりゃすまねえな……ってぇっ!?」
 言われて柊はフール=ムールを振り返り――そしてぎょっと眼を剥いた。
 いつの間にか彼女の脇には、そこから伸びているのか紐が垂れ下がっていたのだ。
「お、おい、お前……! それは……!?」
「柊 蓮司を送り出すときにはこうするのが慣例だと思っていたのだが、違うのかね?」
「違ぇーよ!? 勝手に慣例とかにしてんじゃねえよ!!」
 柊は顔を青くして叫ぶが、フール=ムールは委細構わずに極上の笑みを浮かべた。
 美少女然としたアンゼロットのような(見た目)可憐なものとは違う、たおやかな大人の女が放つ笑顔だった。
 ……まあどちらだろうと、柊にとってはその表情の意味するところは同じである。
 柊は渾身の力で地を蹴ってその場から逃げ出した。
 ――逃げ出そうとした瞬間フール=ムールが紐を引き、蹴るべき床がぱかっと割れて柊の体が消えていった。
「くっそぉおおおぉおお覚えてやがれぇぇええぇぇぇ!!!」
 搾り出すような悲鳴が段々と遠ざかり、そしてかすれて消えた。


 ――後に柊はこう語ったという。
『ハルケギニアも青かった』


※ ※ ※


 そんな柊とフール=ムールとのやりとりの間も、ルイズは強張った顔で固まったままだった。
 まるで彼女だけ時間を切り取ったかのように微動だにせず、椅子に腰を下ろしたままじっとフール=ムールの顔を窺っている。
 柊が消え去った後フール=ムールはルイズに向き直り、小さく息を吐いて瞑目した。
 そしてゆっくりと眼を開く。
 その二色の瞳が称える表情は今までの遊びのようなソレとは違い、酷く怜悧で心の奥底まで見透かすような輝きが込められている。
「さて、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。キミが魔法を使えない理由だったね」
「……!」
 その言葉に、ルイズの肩がびくんと震えた。
 いくらかの期待と多分の不安を乗せた鳶色の視線をフール=ムールに向けながら、彼女は覚悟を決めるかのように唾を飲み込んだ。
「確認しておくが、キミは今も全く魔法が使えないのかね?」
「え……あ、っ」
 言われてルイズは思い出した。
 魔法が使えない、というのは大筋で正しいが、ごく最近になって厳密には少し異なるようになったのである。
「コモンマジックは最近使えるようになったわ。……なんで使えるようになったのかわからないけど」
「だろうね。おそらく『彼女』のせいだろう」
 まるでそれを知っていたかのような物言いにルイズは僅かに眉を潜める。
 しかも、フール=ムールは『彼女』と言った。
 コモンマジックが使えるようになった最近で心当たりのある『彼女』は使い魔になった志宝エリス以外にいない。
 だが、彼女の『せい』とはどういう事なのだろうか。
 それで魔法が使えるようになったのなら彼女の『おかげ』というべきではないのか。
「ど、どういうこと?」
「まあ順を追って話すとしよう。その前にもう一つ確認する事がある」
 ルイズの疑問を遮るようにしてフール=ムールは言うと、真っ直ぐにルイズを見つめたまま言った。
「脱ぎたまえ」
「………………はい?」
 ルイズはぽかんと口を開いたまま首だけを捻った。
 しかしフール=ムールは一切表情を変える事なく、重ねるように口を開く。
「服を脱げと言った。勿論下着もだよ。キミのカラダを私に見せてくれ」
「ええぇぇぇっ!?」
 思わずルイズは叫び、椅子を蹴倒して立ち上がると後ずさった。
 彼女のように整いすぎた美人は異性よりもむしろ同性に興味を持つという聞きかじりの四方山話を思い出した。
 何となく貞操の危機を感じてフール=ムールを見やったが、ルイズは小さく息を呑んでしまった。
 じっと自分を見つめてくる二色の瞳はまったく揺らがない。
 ルイズが懸念しているような下世話なモノなど微塵も感じられなかった。
 その視線を受けてルイズは覚悟を決め、服に手をかけて脱ぎ始める。
 下着も脱いで一糸纏わぬ姿になると、シミひとつない真白の肢体を手で隠そうともせずにフール=ムールの前に晒した。
 促されて振り向き、後姿も彼女に見せる。
 しばしの沈黙の後、フール=ムールは深く頷いた。
「わかった。もういいよ」
「……一体何なの?」
「ちょっとした確認だよ」
 服を身に纏いながら尋ねたルイズに、ほんの少しだけ遊び心を含ませた笑みを浮かべてフール=ムールは答えた。
 なんとなくはぐらかされたような気がしてルイズは小さく口を尖らせたが、自身を宥めるように桃髪を手で梳いたあと再び席に座る。
 それを見計らってフール=ムールは静かに言葉を紡いだ。
「それでは本題に入ろう……と言いたい所だが、重要な事を聞くのを忘れていた」
「重要なこと?」
「ああ」
 フール=ムールは頷くと僅かに身を傾がせ、覗き込むようにしてルイズの鳶色の瞳を捉えたまま言葉を投げかけた。
「キミは一体何を知りたいのか。キミは一体何を希んでいるのか。キミは何故それを望むのか。まだそれをキミの口から聞いていない」
「……!」
「願いは己の口から紡いでこそ意味があるものだ。――キミの言の葉を聞かせてくれ」
 心の芯を刺すような言葉にルイズは僅かに瞳を揺らがせた。
 だがここまできたのならもはや皿までだろうといってしまわねば収まりが悪い。
 それに、この舞台を用意してくれた柊にも申し訳がたたないだろう。
 ルイズは一つ大きく深呼吸すると、静かに語り始めた。
 大貴族たるヴァリエールの家に生まれ極めて優秀なメイジの血を継ぎながらも魔法が使えなかったこと。
 家族からも半ば見放され周囲の者達からゼロと蔑まれていること。
 彼等を見返したい……というほどではないが、せめて彼等に認められ自分を誇れるような貴族になりたいこと。
 そのために魔法を使えるようになろうとして……どんな努力も全く結実しなかったこと。
 普通の人間とは明らかに異なる気配をもつフール=ムールを相手に語っているからだろう、彼女は感情に流されることなく坦々と自分の思いを連ねた。
「わたしは魔法が使えるようになりたい。使えさえすればいいって訳じゃないのはわかってるの。でもそこからじゃないと何も始まらないの。だから……何か知っているなら、教えてちょうだい」
「……わかった。ならばキミの問いに答えよう、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」
 フール=ムールの返答にルイズははっとして顔を上げた。
 思わず身を乗り出すようにしてフール=ムールを覗き込む。
 彼女は怜悧な表情を一切崩す事なく、告げた。
「キミが系統魔法を使えない理由。それは至って簡単……器が小さすぎるからだ」
「な、っ」
 頭を鈍器で殴られたような気がした。
 それは言葉の表現が違うだけで、彼女がこれまでにさんざん言われ続けてきた台詞と同じ内容だったからだ。
 ここまで来て、この相手からにさえ、そう言われてしまった。
 掴もうとした糸が途切れてしまったような失望感が一気にのしかかった。
「そ、それ、って……やっぱり、わたしに、才能がない……ってこと……?」
 震える声で尋ねる。
 するとフール=ムールは瞑目し――首を左右に振った。
「違う。逆だよ……キミが系統魔法を使うに値しないのではない。系統魔法の方こそが、キミが使うに値しないのだ」
「……へ?」
 言っている意味がいまいち理解できなかった。
 しかしフール=ムールはそんなルイズの動揺をよそに更に言葉を続ける。
「普通のメイジの場合は魔法の構築に失敗して爆発がおこる正真正銘の『失敗』だが、キミの場合は構築に成功していても爆発が起きる。系統魔法の成否は関係ないのだよ」
 魔法に失敗して爆発が起こる――という現象はルイズに限らずどのメイジにでも起こり得る事だ。
 例えばドットメイジがラインスペルを使うなどという風に扱いきれない魔法を行使しようとしたり、集中を欠いた状態で魔法を使ったり。
 そんな風に不相応な魔法を行使しようとした場合魔法は失敗し何も起こらない……あるいは、爆発が起こる。
 もっとも爆発と言ってもそれは風船が弾けて割れるといった程度のもので、ルイズのような大規模な爆発は起こらない。
 そして修練を積んで力量をわきまえられるようになればそもそも失敗自体が滅多に起こるものではなくなる。
 ゆえにルイズはいくら修練を積んでも魔法を使えない劣等生――『ゼロ』の烙印を押されているのだ。
 しかし目の前の彼女はまるで教師のようにルイズに言う。
「簡単に言ってしまえば、キミが扱う『力』は四大系統の魔法では収まりきれないのだ。
 結果キミが力を使えば術式の方が耐えられず規格が崩壊――つまりは『爆発』してしまう、という訳だ」
「な……に、それ……」
 そんな話聞いた事がない。
 というか、魔法の方が耐えられないなんて事が起こりうるのか。
 稀代のメイジと呼ばれた彼女の両親でさえ爆発するなんて事は起こらないというのに。
「なんなの、それ……わたしの力って……?」
 体と声の震えが止まらない。
 これ以上言葉を投げかけられる事に恐ろしさを覚えながらも、ルイズは問うことを止められなかった。
 フール=ムールは僅かに眼を細め、瞳を揺らす彼女を見据えたまま言った。
「予想はつくのではないかね? 消去法は些か短絡だが、この場合は正しい。キミは土水火風いずれの系統にも属さない。ならば残る系統はただ一つ」
「ちょっ……」

「――四にあらざれば零。然り、キミの系統はキミ達が『虚無』と呼んでいるモノだ。
 キミはかつて始祖が神より賜ったとされる大いなる力――その『欠片』の『担い手』なのだよ」

「……」
 フール=ムールの言葉にルイズは言葉を発することができなかった。
 呆然としたまま力なく椅子に背を預け、僅かに身体を傾がせる。
 冗談と笑おうとして僅かに片頬を持ち上げたが、引きつった微笑にしかならなかった。
 かつて始祖ブリミルが用いたという伝説の系統、『虚無』。
 異世界だのなんだのと言ったおとぎ話めいた事を語る柊達を胡乱気に受け止めていた自分自身が、同じようにおとぎ話めいた『伝説』を受け継ぐなど笑えもしない冗談だ。
 そう、まったく笑えない。
 しかもそれは冗談ではない。
 真っ直ぐに見つめてくるフール=ムールの二色の瞳が否応なくルイズにそれが事実だと告げていた。
 そんなルイズを宥めるようにフール=ムールは口を開いた。
「だが、実の所『担い手』であること自体はさほど問題ではないのだよ」
「……へ」
「虚無を継いだ担い手達は歴史上少なからず生まれている。そしてキミのように覚醒に至った者もゼロではない」
「か、覚醒? わたしが? その……虚無に?」
「そう。コモンマジックを使えるようになったのがその証左だよ。同時にそれこそが――」
「ま、待って……待って!!」
 思わずルイズは叫んでフール=ムールの言葉を遮った。
 ただでさえ途方もない話だというのに、投げかけられる言葉が重すぎて頭がついていかない。
 それは投げかけたフール=ムールもわかっているのだろう、彼女は瞑目すると席から立ち、ルイズを置いてその場から歩き去った。
 ルイズはフール=ムールが離れたことを気にするでもなく俯いてじっとテーブルを凝視し続ける。
 ふと視界の端に風に揺られた桃髪が掠め、彼女はソレを追う様に顔を上げて視線を外へと向けた。
 その先に広がるのはタルブの丘陵。どこまでも続く草原と向こうに聳える山々。
 その草原の只中に立ち、天を抱くようにして手をかざす護神。
 穏やかな風が駆け抜けてルイズの桃色の髪と、フール=ムールの翡翠の髪を揺らした。
 その風は魔法か何かだったのだろうか、それともその情景が幻想的だったからか、ルイズの心がいくらか平静を取り戻してきた。
「……整理できたかね?」
 しばしの間風を躍らせた後、ルイズの下に戻ってきたフール=ムールが尋ねると彼女は小さく頷いた。
 それを見てフール=ムールが応えるように頷いて席に着くのを見届けた後、ルイズは確認するように口を開いた。
「……わたしは『虚無』の系統のメイジなの? 始祖ブリミルが使ってたっていう、伝説の」
「その通り」
「……そしてわたしは、その虚無に覚醒している」
「そうだね。危険な兆候だ」
「き、危険? 虚無が?」
「“キミが”だ」
 息を呑むルイズにフール=ムールは僅かに眼を細めた。
 射すくめるような彼女の視線がルイズを貫き、そして放つ言葉がルイズを打つ。
「……本来、担い手は『しかるべき手順』を経て虚無に覚醒するものだ。しかしキミはその手順を無視して覚醒してしまっている。
 いわゆる“ずる(チート)”という奴だな。おそらく『彼女』にひきずられているのだろうが――」
『彼女』。
 先程も出てきたフレーズである。
 フール=ムールの話によるなら自分が虚無とやらに覚醒したのも危険な兆候とやらになっているのもその『彼女』が要因のようだ。
 ルイズはおずおずと尋ねた。
「その『彼女』って……エリスのことなの?」
「……」
 フール=ムールは答えない。
 しかしこの状況で『彼女』という言葉が当てはまるのはエリスの他にいなかった。
「エリスは……あの子は何なの? ヒイラギの後輩で、元ウィザード……」
 フーケによる襲撃があったその夜、ルイズはエリスの事をそれなりに聞いてはいた。
 身寄りがなく孤児院で育ったこと。
 最近になってヒイラギの通う学校(ファー・ジ・アースでは彼女くらいの子はほぼ全員学校に通うのだという)に転入したこと。
 そこでウィザードとなって、『七徳の宝玉』というマジックアイテムを巡る事件に関わったこと。
 その事件の解決と共にエリスはウィザードとしての力を失ってしまったこと。
 詳しい顛末については尋ねても苦笑を浮かべて言葉を濁すだけだったのだが、その辺りに何かがあるのだろうか。
「志宝エリス。彼女は……そうだね、例えて言うなら『姉の落し物を拾った妹』と言ったところかな」
「姉……あの子にお姉さんなんていたの?」
「ただの例えだよ。厳密に言うなら姉妹どころの話ではないが――まあ、あの子に関しては何ら問題はない。元々彼女はそういう存在なのだし、それゆえの『四番目』なのだから」
「……??」
「問題はキミだけだ、という事だよ」
「……っ、そんな事言われても、ワケわかんないわよっ!」
 ついに堪えられなくなってルイズは叫んでしまった。
 虚無の担い手であるという事でさえ処理能力を越えているというのに、そこから更に問題があるといわれても正直どうすればいいのか全くわからないのだ。
「問題だの危険だのって! わたしにどうしろっていうのよ!!」
 テーブルを荒々しく叩いて訴えるルイズに、しかしフール=ムールは些かも動揺する事なく、小さく溜息をついてから答えた。
「すまないが、それには明確な答えは返せない。なにしろキミのケースは今まで前例がない。強いて妥協案を出すとするなら、正規の手順を踏むことくらいだ」
「正規の、手順……!?」
「そう。始祖のルビーを手に始祖の秘宝と接触する。これが担い手として覚醒する正規の手順だ。……ただ、今更その手順を踏んで“戻れる”保障はないが」
 始祖のルビーに始祖の秘宝。
 いずれも王家に伝わるという国宝だ。
 当然ながらそんなもの、話には聞いたことがあっても眼にした事などない。
 それに接触するなど、それこそ王家の人間でもなければ不可能だ。
「そんなの無理よ……! 王宮に行って貸してくれるよう頼めとでもいうの!?」
「ならばキミができる範囲で私ができる忠告はただ一つ」
 怒気をはらませて睨みつけてくる鳶色の瞳を冷たく見据えたまま、フール=ムールは静かに告げた。
「――何もしない事。眼を瞑り、耳を塞ぎ、口を噤む事。巡り合せがよければ始祖の遺産に辿り着くこともあるだろう。
 その時まで心静かに暮らしたまえ。志宝エリスと共にあるというのなら、殊更にね」

 ――これ以上彼女に付き合っていると、取り返しがつかなくなってしまうよ。

「――っ!!」
 いっそ威圧感すら感じるようなフール=ムールの宣告に、しかしルイズは怒りに顔を紅潮させた。
 彼女は椅子を蹴倒して立ち上がると、身を乗り出して叫ぶ。
「神様だかなんだか知らないけど、部外者にとやかく言われる筋合いなんてないわ! わたしはあの子と一緒に歩いていくって決めたんだから!」
 そう契約し、そう誓約し、そう約束した。
 それを違うことなど彼女の矜持が許さない。
 ルイズが灼くような視線でフール=ムールを睨みつけると、彼女はどこか満足そうに微笑んでから瞑目した。
「……世界の真実がそれを識る者にとっての真実とは限らない。キミは私に問い、私はキミに応えた。それを識ってどうするのかは、キミの自由だ」
「……なら、勝手にさせてもらうわ……!」
 吐き捨ててルイズは踵を返し、荒々しくその場を離れた。
 頭の片隅で本当ならもっと色々と聞くべき事があるとは思いもしたが、誓いと誇りを侮辱した彼女とはもう話したくもない。
 入ってきた扉に手をかけて乱暴に開け放ち真っ直ぐに続く回廊に足を踏み入れたとき、ルイズは不意に足を止めた。
 ――もう話したくはなかったが、最後に一つだけ、どうしても聞いておきたい事がある。
「……わたしが虚無の担い手なんだとしたら。……わたしは、普通の系統魔法を使うことはできないの?」
 振り返らないまま、背中越しにそう問うた。
 それは独り言に近い囁き声だったが、フール=ムールは僅かな沈黙の後答えた。
「……理屈の上では使えるようになる可能性はある。だがそのためには手掴みで正確に分量を量れるような、そんな緻密な制御能力が必要だ。
 知らぬこととはいえ、これまで修練を重ねて僅かなりとも実感が得られていないのなら……そちらに関しては本当に才能がないのだろう」
「……」
 フール=ムールの声にルイズは何も声を返さず、僅かに頭を俯ける。
 そして異界の神に見送られながら、彼女は後ろ手に扉を閉ざした。


※ ※ ※


 薄暗い回廊を俯いたまま歩きながら、ルイズは手で目元に浮いた雫を必死で拭った。
 出口が近づくに連れて明るくなっていく回廊を感じながら、彼女は一度立ち止まって顔を上げ、大きく深呼吸をする。
 両の手で顔を軽く叩いて気合を入れて、努めて強気な表情を浮かべて外へと踏み出した。
 降り注ぐ陽光にルイズは眼を細める。
 一瞬だけ白く染まった視界が元に戻ると、そこには――
「おう、お帰り」
 なぜかぼろぼろになり、そしてげんなりとした柊が待っていた。
 そして更に。
「あ、お帰りなさい」
 お仕着せを纏ったエリスがそこにいて、ぺこりと頭を下げた。
「……っ」
 膝から力が抜けてルイズは地面に崩れ落ちた。
「ルイズさん!?」
 慌ててエリスがルイズに駆け寄る。
 そう、今眼の間にいるエリスは幻でもなんでもない、正真正銘の志宝エリスだ。
 だが彼女が『ここ』にいるのは別段おかしいことではない。
 むしろおかしいのはルイズや柊が『ここ』にいることだ。
 なぜならここはトリステインの魔法学院だからである。
 最後の最後でフール=ムールがやってくれたようだ。
 ルイズは柊の表情の意味を理解した。そしてたぶん自分も同じような表情をしているだろう。
「大丈夫ですか?」
「……平気。平気だから……」
 肩に当てられた手を握り返し、ルイズはよろよろと立ち上がったエリスを見た。
 心配そうにこちらを窺うエリスの姿を見て、彼女は重要な事を聞き忘れていたことを思い出した。
 結局『彼女』――エリスの事を何も聞いていない。

 フール=ムールはルイズを虚無の担い手だと言った。
 そしてルイズを覚醒させたのはエリスだと。
 ……正規の手順とやらを無視して覚醒させた、とも。

 ルイズは背後を振り返るが、今しがた通ってきたはずの回廊は既に姿を消していた。
 目の前に広がるのは何の変哲もないただの学院の広場である。
 柊の箒で再びタルブ村に行き、改めて聞きなおすべきなのだろうか。
「……で、ちゃんと理由は聞けたのか?」
 柊の声でルイズは我に返り、彼を振り返った。
 怪訝そうに見つめてくる柊に向かって、ルイズは口を閉ざしたまま小さく頷く。
 すると目の前のエリスが喜色を称えて彼女の手を強く握りしめた。
「じゃあ、魔法が使えるようになるんですね……!」
 柊から話を聞いていたのだろう、エリスは我が事のように喜んでルイズに笑顔を向けた。
 そんな彼女の顔を見て、ルイズは僅かに視線を彷徨わせた後――ふと微笑を漏らした。
「……そう、ね。そうかも。まだこれからだけど……」
 濁して言いながら、ルイズはタルブ村に戻って聞きなおすのをやめることにした。
 例え彼女が何者であろうと関係ない。
 自分が虚無の担い手だという事も、それに覚醒しているというのもいまいち実感することはできないが、少なくともエリスや柊が来てから色々と回り始めたのは間違いないのだ。
 歩き始めた以上、もう立ち止まりたくはなかった。
 それが彼女のおかげだというのなら、なおさら繋がれたこの手を離す訳にはいかない。
 ルイズはエリスの両の手を自分のそれを重ね、強く握った。




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