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萌え萌えゼロ大戦(略)-30



 ラ・ヴァリエール城に逗留する最後の夜。そろそろ眠ろうと思っていた
シエスタのところに、予期せぬ来客が現れた。
「……奥様!?」
 シエスタは驚きに目を丸くする。そこにいたのは公爵夫人。カリーヌは
シエスタが傅こうとするのを制止し、部屋にある唯一の椅子に腰掛ける。
シエスタは、床に座るのも失礼になりそうだったので、やむなくベッドに
腰掛けた。
「久しいですね。シエスタ。あなたが魔法学院に奉公に出てから一度も
顔を見ることがありませんでしたから、心配していましたよ」
 シエスタがカリーヌと最後に会ったのは、もう一年以上も前のこと。
カリーヌはカトレアの薬としてシエスタの育ての曾祖母が調合した特製の
ミジュアメを譲り受けるため、毎月タルブの村を訪れていた。
なお、曾祖母が眠りについてからもその調合はシエスタの母へと受け継がれ、
今に至っている。
 カリーヌはシエスタの顔を見る。世代を重ねてやや薄くなっているが
黄色い肌に黒い瞳、黒い髪。かつて翼を並べたタケオ譲りのそれらに、
カリーヌはタケオや、同じくともに翼を並べた戦士たちの顔を思い浮かべた。
「今日のことで、つい昔を思い出してしまいました。本来ならばワインでも
持ってくるところですが……シエスタ、あなたは昔からお酒に弱いですからね」
 カリーヌに言われ、シエスタは苦笑する。
「そうそう。先日、宮廷でアニエスに会いました。シュヴァリエとして、
立派に務めを果たしていましたよ」
「アニエス姉さんが……そうですか」
 嬉しそうにはにかむシエスタを、カリーヌは我が娘を見るかのような
視線を向けた。

 アニエスは宮廷で『粉挽き屋の女』とそしられることがある。
だが、彼女はそれを気に病むどころか誇りとすら思っている。
それはミジュアメを製造するために大きな水車小屋も持っている育ての
親に敬意を表してのこと。それを知らぬ宮廷の者は彼女を影で蔑むが、
理由を知るカリーヌは社交界でも決して彼女にそのような目を向けた
ことはない。

「アニエスとあなたは血がつながらないけれど、幼いあなたはアニエスの
後ろをついて回っていましたものね。
 ……アニエスもあなたたちと一緒に暮らして、少しは家族の暖かさを
思い出せたかと思っていましたが……」
 孤児院から脱走したアニエスを引き取ったのは、シエスタの曾祖父母だ。
シエスタが生まれて間もない頃の出来事のため、幼い頃のシエスタは
アニエスを本当の姉だと思っていた。そして、それがどのような運命の
巡り合わせであったのかを、カリーヌはよく知っていた。

 そう。彼女は知っていた。アニエスがその胸の奥に宿す熾火が何であるかを――


 その頃。タルブの村の門の前に馬を引いて立つ四人の男女の姿があった。
一人は頭が寂しくなった中年の男性、それ以外はまだ十代の少年少女。
コルベールと、彼に引率されたキュルケ、ギーシュ、モンモランシーたちだった。
「ミスタ・コルベールのおかげで助かったわ。これで単位がもらえるなんて夢みたい」
 三日馬を走らせたにもかかわらず、キュルケの声は明るい。
それもそのはず。本来なら彼女がトリスタニアの雑貨屋で見つけてきた
インチキな宝の地図を頼りに宝探し――のはずが、たまたまその様子を
目にしたコルベールのおかげで、一変して彼が引率するフィールドワークに
なったのだから。もとよりコルベールの授業をまともに聞いてない
彼らにとって、目的地が同じでしかも単位がもらえるとなれば、
それに乗らない手はなかった。
「だけど、これまでは全部偽物だったからね。タルブにある『竜の羽衣』は
本物だと思うけど……譲ってもらえるかな?」
 ギーシュの声には自信のなさがにじみ出ている。実際問題、ここに来るまでに
立ち寄った『宝物』は、どれも偽物ばかり。そして彼自身、このタルブの村に
来たことがあるのだが、そのときも『竜の羽衣』は見せてもらえただけ。
それが地図に書かれているように風竜よりも速く飛ぶなどというのは、
未だに信じられなかった。
「でも……ずいぶんと物々しい村ね。城壁まではないけど、深い堀に
囲まれて銃士隊が警邏しているなんて。あの明るいところが『ミジュアメ』の
製造所かしら?」
 モンモランシーが嘆息する。村の門の前には、村全体を囲む幅十メイルほどの
堀が横たわり、村には木製の跳ね橋を渡らなければ入れないようになっている。
さすがに夜半だけあり村のほとんどは眠りについているが、村外れの一角だけは
煌々と明かりが灯っている。大きな水車小屋が連なった煉瓦造りの建物だが、
それなりに離れているにもかかわらず明かりに照らされその存在が嫌でも
目についた。

 その四人の前に、二人の銃士が現れた。年の頃は十代後半。平民とはいえ
日頃の鍛錬で鍛えられたその顔はキュルケたちよりも少し年上に見える。
だが、二人とも手にしたマスケット銃には弾が込められており、貴族である
コルベールたちを前にして礼を失しないようにはしているものの、
警戒されていることは明白だった。
「……失礼ですが、こんな時間にどのような御用でしょうか?」
 四人の前に立って敬礼した銃士の一人が問う。それに答えたのはコルベール。
彼はできるだけ銃士たちを刺激しないように、言葉を選ぶ。
「私はトリステイン魔法学院の教師、ジャン・コルベールです。後ろの
彼らは私の生徒。
 フィールドワークの一環として、この村に安置されている『竜の羽衣』を
お譲りいただきたいと思い、こうしてやって来たところです。
 到着が夜になってしまったのは、少々無理をしても野宿を避けたいと
思ったからですが、何かあったのですか?」
 コルベールの言葉に、銃士たちは顔を見合わせる。そして、再び直立不動の
姿勢を取ると、彼らに敬礼した。
「失礼致しました。ようこそ、タルブへ。村長の館までご案内させて
いただきます」
 銃士はそう言ってコルベールたちを案内し始めた。跳ね橋の上で堀を
興味深そうに見下ろすキュルケに、銃士は声をかける。
「気をつけて下さい。その堀の深さは五メイルあります。魔法が使える
貴族の方であれば大丈夫でしょうが……」
「五メイル!?そんなに深い堀をどうして……?」
 キュルケが驚きの声を上げる。堀の水位は岸まで一メイル程度の位置
まである。そんな堀がこのタルブの村を囲み、また堀から分かれた水路が
まるで道路のように村の至る所に走っている。水道としても使われている
そうだが、水路は幅こそ堀の半分程度なものの深さは変わらないらしい。
キュルケの問いに、銃士は困った顔をする。
「……さあ?この堀は六十年前に作られたそうです。堀を造ったメイジ、
ミス・エンタープライズはご存命ですから、明日お話を聞いてみるのも
良いかと」
 それを聞いて、キュルケは思わず「え?ミス?」と聞き返そうとしたが、
それは叶わなかった。

 村長の館は村の正面に位置していた。門から中央広場を挟んでそれなりに
大きな館の玄関で、初老の夫婦がコルベールたちを迎える。夜半の突然の
来客にもかかわらず、村長は一家総出で歓迎の意を表していた。
「いやはや。今日は貴族の方々が次々とこの村へ来られますな。
あなた方も、『竜の羽衣』をご覧になりたいと?」
 開口一番。村長の言葉にコルベールたちは顔を見合わせる。
「私たち以外にも、『竜の羽衣』を?」
 コルベールの問いかけに村長は大きく頷いた。
「はい。若奥様でいらっしゃいます。わたくしどもの館にお泊まり
いただくように申し上げたのですが、宿屋でいいとのことで」
 タルブの村はワインの名産地としても知られる。そのため、収穫期である
秋には多くの貴族がワインの買い付けに訪れる。村の宿屋もそのために
開かれており、他の村のような平民の旅人向けの宿とは部屋の趣が大きく
異なっていた。時季外れの来客のため、村長も宿屋ではなく自分の館で
もてなそうとしたのだろうと、コルベールたちは考えた。
「だったら、わたしたちも宿屋でいいわ。せっかくだし、どんな人なのか
会ってみたいわ」
 キュルケがそう提案する。ギーシュもそれに賛成し、結局彼らも村長の
館ではなく村の宿屋に泊まることにした。

 そして――先客がいるという宿屋に到着すると……そこにいた『先客』に、
一同あんぐりと口を開けることになった。
「……タ、タバサ?あなた、どうしてここに?」
 そう。一階の食堂でこの村の名物料理『ヨシェナヴェ』を夜食として
つついていたのは、宝探しへの同行を断ったはずのタバサだった――

 迂闊。こんなに早く来るなんて――それがタバサの正直な感想。
タバサがキュルケの誘いを断ったのは、本国からの任務が舞い込んだため。
トリステイン魔法学院の留学生タバサの裏の顔、ガリア王国北花壇騎士団と
しての任務が、まだ少女の域を出ないタバサを鎖のように縛り付けていた。
 タバサの任務とは、この村で製造されているらしい新型銃を奪取し、
可能であればその製造施設を破壊すること。これは別の北花壇騎士が
担当していたのだが、彼はこの村で消息を絶った。
昼間に村を散策したときにはそれらしき形跡が残っておらず、村人の噂で
一人のまだ若い優秀な銃士が野良猫を見てショック死したという噂が
聞けたくらい。行方不明の北花壇騎士とその銃士との関連は不明だが、
タバサはその銃士を仲介、あるいは脅迫して新型銃を入手しようとしたの
だろうと推測していた。

(この村で探していない場所は、墓地の森とミジュアメ製造所、それに
『竜の羽衣』が安置されている『イェンタイ』と呼ばれる奇妙な施設と、
その横にある『オヤシロ』と呼ばれる場所。『イェンタイ』は明日見せて
もらえるけど、『オヤシロ』は許可が下りなかった……)

 タバサは考える。新型銃の製造が行われる場所として一番怪しいのは
ミジュアメ製造所だ。しかし、ここは今は亡き先王の命令で常時銃士が
警備していて侵入は難しい。終日明かりが絶えないのも、上空からの
侵入者を警戒してのことらしい。ギーシュの使い魔のような地中からの
侵入も、施設を囲む深さ五メイルの水路に阻まれる。ここは後回しに
するとして、それ以外では『イェンタイ』か……ここは警備が薄いが、
その代わり戦列艦の砲撃でもびくともしないという継ぎ目のない砂を
固めたような構造がそれ自体を守っている。『竜の羽衣』を見せて欲しいと
言って即日にそれが行われなかったのが、何かを隠している予感がする。
少なくとも、ある程度の地位にある銃士ならば持ち出せる場所のはず
なのだから。
 そんなタバサの思考は、唐突に中断された。いつの間にかタバサと
同じテーブルを囲んでいたキュルケが話しかけてきたからだ。自分が
思考の海に潜っている間に注文したのか、ヨシェナヴェの鍋に具が
増えていた。
「ところでタバサ。どうしてこんなところに?
どうせならミスタ・コルベールのフィールドワークに一緒に参加すれば
良かったのに」
「『竜の羽衣』を見に来たら、明日じゃないとダメだと言われたから」
「へ?僕が前に来たときには見たいと言えばすぐ見せてもらえたけどね。
村外れの『竜の道』の側にある『イェンタイ』の中に安置されてるから」
 そう言ったのはギーシュ。そういえば、彼は以前モンモランシー以外の
女の子と一緒にこの村に来たことがあると聞いた気がする。
 ギーシュの疑問に答えたのはキュルケだ。
「それはたぶんアレね。タバサがトリステインの人間じゃないから。
あたしが同じこと言ってもたぶん待たされたわね」
「え?それはどういう……」
「バカね。今トリステインはアルビオン貴族派が攻めてくるって噂で
持ちきりじゃない。さっきの銃士が妙にぴりぴりしてたのも、アルビオンが
攻めてきたらここに陣を張るから、部外者をあまり入れたくないのよ」
 キュルケは武門の出だ。そして、そう言われて同じく武門の出である
ギーシュもぽんと手を打つ。
アルビオンが攻めてくるとしたらラ・ロシェールから。そうなると、
このタルブの村は位置的に最前線となるのだ。しかも、ここでしか生産
されない秘薬『ミジュアメ』の製造所もある。ここはトリステイン王国に
とって重要な拠点なのだ。
「確かに、時期的に緊張が高まっていることを考慮しておくべきでしたね。
これでは『竜の羽衣』を譲って欲しいというのは難しいかもしれません。
 とはいえ、良い機会です。滅多に見られるものではありませんから、
しっかりと覚えておきましょう」
 コルベールのその言葉で、この話はそこまでとなった。全員で遅い
夕食を食べた後、それぞれあてがわれた個室に入っていく。繁盛期に
訪れる貴族をもてなせるよう、この宿にはそれなりの格を保った部屋が
多くあった。

 そして皆が寝静まった頃――タバサは動き出す。
 巡回する銃士の目を盗み、闇に紛れて村外れの墓地の森へ。墓地には
ハルケギニアでは見慣れない奇妙な形の墓石も見受けられたが、今は
それにかまっている余裕はない。そうして森の中に入ってしばらくすると、
タバサは風に紛れるある種かぎ慣れたにおいに気づいた。
 それは死臭。墓地のそれとは違い、かすかだがまだ新しいそのにおいを
追いかけると……やがて最近埋め直されたらしい木の根元にたどり着いた。
 『念力』の魔法で慎重に土を掘り進むと、そこには干からびた男の骸が
埋まっていた。身元を明らかにするようなものは身につけておらず、
見覚えはないが、おそらく、彼が消息を絶った北花壇騎士だろう。
「……いったい、どういうこと?」
 そのあり得ない死に方に、タバサは思わずそう漏らした。いったい
どんな魔法を使えば人間一人がこんなに干からびてしまうのか。
『水』系統の魔法では不可能だ。そうなれば……
「……吸血鬼……?」
 タバサは自らの言葉を、あり得ないと否定する。体液を吸い取る怪物と
いえば吸血鬼――だがそんなものがこんな場所にいればタルブの村が
平穏無事なわけがない。しかし、それ以外では説明がつかないことは
事実だった。
 タバサは骸を埋め戻し、その場を後にしようとする。
そこに、聞き慣れぬ年老いた男の声がした。
「そこで何をしている?」
 タバサが声のした方に振り向くと、そこには以前見た、そう、鋼の乙女
ルーデルが着ていたようなかっちりとした異国の軍服に身を包んだ、
ゲルマニア風の男がいた。男は漆黒の軍帽をかぶり直し、タバサを射貫く
ような視線で、もう一度問う。
「もう一度聞く。そこで何をしている?」
 気づかなかった――タバサはこの距離に近づかれるまで気配を感じ
られなかった己の未熟を恥じた。見たところ男は武装していない。
魔法で一気に突破するか……タバサがそう考えたとき、今度は反対方向から
別の年老いた男の声がする。
「ブリゥショウ中将。相手はまだ子供じゃ。それに、ずいぶんと鋭い牙を
持っているようじゃぞ」
 驚いた表情でタバサが振り向く。そこには、真っ白い軍服に身を包んだ
肌の黄色い老人がいる。白い軍帽に隠れて表情は見えず、軍服の金ボタンが
月光に映え、老人の姿が幻のように思える。タバサは杖を握る手に力を
込める。
「武内少将……」
 ブリゥショウ中将と呼ばれた男がタケウチ少将に声をかける。一瞬の
隙にタバサが逃げだそうとするが……
「どこに行くつもりだ?」
 もう一人。カーキ色の上下がつながった奇妙な服を着た、桃色の何かの
果物を象った紋章をつけた革の兜をかぶり顔の下半分を白いマフラーで
覆った若い男。いつの間にそこにいたのか、逃げ出そうとするタバサに、
見たこともない短銃の冷たい銃口を向けていた。

(誰も気づけなかった……。相手は三人。二人は老人だけど……)

 タバサは内心歯がみする。北花壇騎士として数々の視線をくぐり抜けて
きたのに、この三人の軍人の誰も、近づいたことにすら気づけなかった。
 どうする?――タバサの腋に冷たい汗が伝う。短銃に火縄の気配はない。
だが、タバサはそれにふがくが持っている機関短銃と同じ危険なにおいを
感じ取った。あれも火縄など使わない。こんなものを持っているなんて、
彼らはどこの軍人だろうか……もしや、これがこの村で製造されていると
いう新型銃?いや、そんなことはどうでもいい。今のこの事態を
どう切り抜けるか、今のタバサの頭にはそれしかなかった。
「う……うわあああっ!!」
 タバサは唐突に叫び声を上げて目の前の若い男に体当たりをする。
呪文を唱えている間に銃で撃たれる――そう判断してのことだが、
手応えがない。避けられた……のか……?だが、今のタバサにそんなことを
考えている余裕などない。突破口が開けたのを見逃さず、そのまま森から
走り出す――男たちは、追ってこなかった……

「……叫び声?」
「何事だ!?」
「森の方からよ!」

 タバサの叫びを聞きつけたタルブ守備を担う銃士隊の行動は速かった。
即座に村の入り口が封鎖され、村長の館、ミジュアメ製造所といった
重要拠点の防備が固められる。宿屋にも銃士が入り、泊まっている人間の
所在を確認した。
「……タバサがいない?」
「それじゃ、叫び声って……」
 キュルケとモンモランシーが慌てた様子を隠さない。タバサの使い魔、
風竜のシルフィードは、宿屋に備え付けられた竜房で眠っているところを
確保されたらしい。そこにコルベールとギーシュがやってくる。
「先生!」
「……ミス・タバサが部屋を出たことに気づいた者は?」
 キュルケとモンモランシーが首を振る。銃士の中でも、タバサを見た者は
いないという。タバサが何かに巻き込まれたのではないか……そう考えた
キュルケの顔は蒼白だ。
「わたしたちも手分けして捜しましょう。ですが、二人一組で。決して
一人にならないこと。いいですね?」
 コルベールがそう念押しする。そうして、彼らも銃士たちとともに
タバサを捜し始めた……

 キュルケたちがタバサを捜し始めたその頃――タバサは墓地の中で
見慣れぬ墓石に身を隠していた。ハルケギニアで、いや、ブリミル教で
一般的な白い石でできた幅広の墓石と異なり、黒い大きな石を直方体に
切り出したような墓石。そこには墓碑銘が彫られているが、それはタバサの
知らない文字。『リードランゲージ』の魔法を使おうとしたその手を、
誰かが掴んだ。冷たい手だった。
「……こっちだ。身を屈めて、そっと、な」
 そう言ってタバサの手を引くのは、人懐こい笑みを浮かべた黄色い肌の
初老の男。気配がしない、冷たい手。それなのに、どこか暖かいとタバサは
感じていた。
「ったく。桃山飛曹長も何もいきなり拳銃向けるこたあねえだろうに。
……よっと。橋は封鎖されてるか……しゃあない。水路を渡って、お社に
でも隠れるか……」
 男はそう言ってタバサをミジュアメ製造所の裏手、大きな水車の影に
呼ぶ。地下水道を通じて近くの山から水を運んでいるらしいこの堀は、
下手からまた水道を通じて川に流れる。水車があるのは上手の水道そば。
巨大な水車を動かすだけの水流があり、危険だということで村人も
あまり近づかない場所だとタバサは聞いていた。訓練された軍人のように
洗練された動きで監視の銃士たちの目を欺いたこの男はそこを渡るらしい。
服を脱いで頭の上にくくりつけ、見たこともない白い布を腰と股間に
巻き付けただけの下着姿になって音もなく堀に飛び込んだ男の後ろを、
タバサは『レビテーション』で低く浮かんで堀を渡る。
「さすが。メイジは違うね。っと」
 男はそう言って堀から出る。初老の域に達しているのに、月明かりに
照らされる男の肉体は鍛えられたそれだった。その姿に思わず憎い仇を
重ねたタバサの視線に気づいていないのか、男は素早く服を着ると、
タバサを広くまっすぐな『竜の道』の側にある木造の異国の建築物、
『オヤシロ』の裏手に誘う。『竜の道』に併設されている櫓から松明を
掲げた銃士が監視していたが、見つからなかったようだ。
「…………、入るぞ。お嬢ちゃん、靴は脱いでくれよ」
 聞き取れない誰かに断るように、男は『オヤシロ』の裏手から人一人が
通れる小さな引き戸を引いてそっと中に入る。鍵はかかっていないらしい。
奇妙な風習だが、それがここのならいだろう。タバサも脱いだ靴を持って
それに続いた。

 『オヤシロ』の中は暗かった。月明かりだけが頼りの中、男は入ってきた
場所から脇に出る。タバサもそれに続いて、ようやく自分たちが入ってきた
場所が祭壇の裏だと知った。祭壇にはガラスの棺が安置されており、
そこに誰かが眠っているようだった。
「ここならしばらく誰も来ねえ。入ってくるとしても俺の子供や孫たち
くらいだからな」
 男はそう言うと、どかっと磨かれた木の床に腰を下ろす。緊張して
周囲に気を配るタバサも、男の勧めで床に腰を下ろした。ひやりとした
感触がタバサにこれが現実だと知らせる。そして、男に問う。
「……どうして、助けてくれたの?」
 まっすぐ見つめるタバサの視線から目をそらさず、男は言う。
「アイツだったら、絶対助けると思ったからな。
 今の俺たちはこの村を守る鬼――とはいえ、よほどのことでなけりゃ、
手を出さないようにしていたがな。若い連中の不始末は、若い連中で
片をつけるに越したこたあねえ」
「アイツ?」
 タバサの言葉に、男は視線を祭壇に向けた。ガラスの棺――タバサが
視線をそちらに向けた一瞬の隙に、男の姿が消える。タバサの耳に、
男の声が木霊する。

 ――ま、細かいこたあ聞かねえが、ほどほどにな――

 タバサはその声に背を向ける。そして、祭壇に向けて歩き出す。
「……細かいことなんかじゃ、ない……」
 いつしか、タバサの口からそんな言葉がこぼれていた。



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