あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

memory-11 「真夜中の逢瀬」



 ルイズは自分のベッドの上で、夢を見ていた。
 夢の舞台は、トリステイン魔法学院から馬で三日ほどの距離にある、生まれ故郷であるラ・ヴァリエール領地内の、住み慣れた屋敷であった。
 夢の中の幼いルイズは、屋敷の中庭を逃げ回っていた。迷宮のような植え込みの陰に隠れ、追っ手をやり過ごす。

「ルイズ、ルイズ! どこに行ったの? ルイズ! まだお説教は終わっていませんよ!」

 そう言って騒ぐのは、母であった。夢の中でルイズは、できのいい姉たちと魔法の成績を比べられ、物覚えが悪いと叱られていたのであった。
隠れた植え込みの下から、誰かの靴が見えた。

「ルイズお嬢様は難儀だねえ」
「まったくだ。上の二人のお嬢様は、あんなに魔法がおできになるっていうのに……」

 ルイズは悲しくて、悔しくて、歯噛みをした。すると召使たちはがさごそと植え込みの中を探し始める、
このままでは見つかると、すぐにそこから逃げ出した。

 そして……彼女自身が、『秘密の場所』と呼んでいる、中庭の池に向かう。
そこは、ルイズにとって唯一安心できる場所であった。あまり人の寄りつかない、うらぶれた中庭……。
池の周りには季節の花が咲き乱れ、小鳥が集う石のアーチとベンチがあった。
池の真ん中には小さな島があり、そこには白い石で造られた東屋が建っている。
島のほとりに小船が一艘浮いていた。船遊びを楽しむ為の小船も、今は使われない。姉たちもそれぞれ成長し、母も、父もとうに興味を失っている。
そんなわけで、この忘れられた中庭の島のほとりにある小船を気に留めるのはルイズ以外誰もいない。ルイズは叱られると、毎回この中に隠れていたのだ。
夢の中の幼いルイズは小舟の中に忍び込み、用意してあった毛布に潜り込む、そんな風にしていると……。
 中庭の島にかかる霧の中から、一人のマントを羽織った立派な貴族が現れた。
年のころは十六歳くらいだろうか? 夢の中のルイズは六歳ぐらいの背格好だから、十ばかり年上に見える。

「泣いているのかい? ルイズ」

 つばの広い、羽根付き帽子に隠れて顔が見えない。
しかし、ルイズには彼が誰だかすぐに分かった。
子爵だ。最近近所の領地を相続した、年上の貴族。
夢の中のルイズは、ほんのりと胸を熱くした。憧れの子爵。晩餐会をよく共にした。
そして、父と彼との間で交わされた約束……。

「子爵さま、いらしてたの?」

 幼いルイズはあわてて顔を隠した。憧れの人に、みっともない所を見られてしまったので恥ずかしかった。

「今日はきみのお父様に呼ばれたのさ。あのお話のことでね」
「まあ!」

 ルイズは頬を染めて、俯いた。

「いけない人ですわ。子爵さまは……」
「ルイズ。ぼくの小さなルイズ。きみはぼくのことが嫌いかい?」

 おどけた調子で言う子爵に、夢の中のルイズは首を振った。

「いえ、そんなことはありませんわ。でも、わたし、まだ小さいし……、よくわかりませんわ」

 ルイズははにかんで言った。帽子の下の顔が、にっこりと笑った。そして、手をそっと差し伸べてくる。

「子爵さま……」
「ミ・レイディ。手を貸してあげよう。ほら、掴まって。もうじき晩餐会が始まるよ」
「でも……」
「また怒られたんだね? 安心しなさい。ぼくからお父上にとりなしてあげよう」

 島の岸辺から小舟に向かって手が差し伸べられる、大きな手、憧れの手。
ルイズは頷いて、立ちあがり、その手を握ろうとした。
その時、風が吹いて貴族の帽子が飛んだ。

「あ」

 現れた顔を見て、ルイズは思わず当惑の声をあげた。
夢の中なので、いつの間にかルイズは、六歳から十六歳の姿へと変わっていた。

「な、なによあんた」

 帽子の下から現れた顔は、憧れの子爵などではなく、使い魔のエツィオであった。

「さ、お手を……シニョリーナ」
「お手を、じゃないわよ。なんであんたがここにいるのよ」
「なんだよ、折角こんな格好までして君を迎えに来たって言うのに、お気に召さなかったか?」

 憧れの子爵の格好をしたエツィオは不敵な笑みを浮かべると、身に着けていたマントを脱ぎ棄てる、
そうすることにより現れた彼の姿は、いつも身につけている白いローブの姿に早変わりしていた。

「あ、あたりまえじゃない! なんであんたがここにいるのよ」
「なんでって、そんな事、君が一番よく知ってるんじゃないか? 俺に惚れてるからだ、そうだろ?」

 エツィオは勝ち誇った調子で言った。
なんだか自信たっぷりなエツィオである、いや、普段から自信たっぷりな男なのだが……。

「ばかじゃないの! ちょっと踊ってあげたぐらいでいい気にならないで!」
「おや? てことは俺の勘違いか?」
「あたりまえじゃない! このばか! 誰があんたなんかに惚れるもんですか!」
「ふーん……ま、いいか、俺には他の女の子もいるし」
「え?」

 エツィオはニヤリと笑うと、踵を返し、すたすたと去っていく。
ルイズがエツィオの意外な行動に戸惑っていると、中庭にかかる霧の中から聞きなれた声が聞こえてきた。

「ダーリーンっ!」
「キ、キュルケッ! なんであんたが!」

 その声と共に現れたのは、ルイズにとって不倶戴天の敵であるキュルケであった。

「やぁキュルケ、今日もまた一段と美しいな」
「やだ、ダーリンったら……んっ……」

 エツィオはそんなキュルケを抱きとめると、二人はまるでルイズに見せつけるかのようにキスをした。

「な、なにやって……!」

 人目も憚らない突然の出来事にルイズは目を白黒させる、だがエツィオは何が問題なのかと言わんばかりに首を傾げた。

「なにって言われてもな、君には関係ないんじゃないか?」
「そうよルイズ、あなた、エツィオに惚れてないんでしょ? あたしは別、もう彼に夢中よ!」

 キュルケはそう言うと、エツィオと腕をからめて彼の頬に口づけをする。
それを見たルイズは思わず眉を吊り上げた。

「そ、そう言う問題じゃないでしょ! エツィオ! あんたこの間言ったことも忘れたの! キュルケはダメだって何度言えばいいのよ!」
「おっと、そう言えばそうだったな、それじゃ……」

 そんなルイズの言葉にエツィオは笑いながら肩を竦めると、後ろを振り返った。

「シエスタ!」
「はいっ! お呼びでしょうか、ご主人様!」
「ご、ごしゅじんさまぁ!?」

 エツィオが呼ぶと、一人のメイドの格好をした少女が駆け寄ってきた。
ルイズはその姿に見覚えがあった。あれはこの間エツィオと話していたメイドだ。
確かエツィオにたらし込まれたとかなんとかという噂のメイドである。そう言えば最近エツィオの手伝いをしているのをよく見る気がする。
 シエスタ、と呼ばれたメイドは、エツィオの傍で立ち止まるとペコリとお辞儀をする。
エツィオは優しくほほ笑むと、シエスタの顎を手でしゃくって見せた。

「やぁシエスタ……いけない子だな、ルイズの前では名前で呼ぶように言ってるだろ? ……後でおしおきだな」
「も、申し訳ございません!」

 その言葉とは裏腹にシエスタの顔は紅潮している、エツィオは満足そうに頷くと、キュルケと同じようにシエスタを抱き寄せた。

「あ……あの……や、優しくしてくださいね……」
「あぁ、もちろんだ……」
「なななな! 何言ってんのよあんたたち! そ、そそそ、そんなこと、ダ、ダメにきまってんでしょうが!」

 ルイズは杖を抜き放ち、エツィオ達につきつける。
なんだか、彼の様子を見ていたらムカムカと胸がむかついてきたのだ。
エツィオが他の女の子を口説き、手を出そうとしている、その行動が無性に腹立たしく、恨めしく感じた。
エツィオの事なんてなんとも思っていない、コイツはただの使い魔だ、嫉妬なんて冗談じゃない! 
そう頭の中で自分に言い聞かせるも、胸の奥からふつふつと沸き起こる怒りが、さらに夢の中のルイズを苛立たせるのであった。


 エツィオは自分の寝床の中でパチリと目を開ける。
そこはルイズの部屋の隅に積み上げられたクッションの山である。
窓の外には二つの月が光り、室内を煌々と照らしている。
ベッドの中から、う~んう~んとルイズのうなり声が聞こえてくる。どうやら悪い夢を見ているようだった。
 そのまま寝ててくれよ、と思いながら、エツィオはむくりと起き上がると、寝床から起き出し、ベッドへと近づき中を覗き込んだ。
ゆっくりと、足音を立てぬよう慎重にルイズが寝息を立てているベッドに近づいた。
壁に立てかけたデルフリンガーがそんなエツィオの様子に気づき、声をかけた。

「眠れねえのか? 相棒」

 エツィオは振り向くとニヤリと笑い、口の先に指を立てた。

「黙ってろってか? なんでだ?」

 エツィオは頷くと、なにやらごそごそと身なりを整え始める。

「おい、相棒、何する気なんだよ、そんなつれねぇ仕打ちは許せねぇね。
寂しいのはごめんなんだ、相棒がこんな夜中に起き出したワケを言わねぇってんなら、俺は怒鳴る、悲しいからね」

 少々大きめのボリュームでデルフリンガーが言うと、ピリピリと震えた。
本気で怒鳴るらしい、困った剣である。
 剣の声に反応したのか、ルイズがうーんとうなって寝がえりをうった。
その目がパチリと開いた。エツィオがびくっと硬直する。
ルイズは上半身を起こすと、エツィオの方を向いて怒鳴り始めた。

「このぉ! ばか使い魔! あんたのなんて使いモノにならなくなったほうが世の女のためよ!」

 エツィオは、まるで『硬質』の呪文をかけられたかのように固まった。
しかし、ルイズはそれだけ怒鳴り散らすと、またベッドにばたりと横になり。寝息を立て始めた。
寝ぼけていただけのようだ。

「ひでえ……、どんな夢見てんだよ……」
「なぁ……俺は彼女になにか悪い事でもしたか?」
「……寝言で言われるくらいだ、相当恨み買ってるんじゃないか?」
「冗談だろ? まだここにきてまだ一人も手を出してないぞ」

 エツィオが少々顔を青くしながらデルフリンガーに尋ねた。
デルフリンガーは同情するように呟いた。

「でよ、相棒、なんでこんな夜中に起き出したんだ?」
「さて、何だと思う?」

 どうやらこの剣は好奇心が強いらしい、エツィオが夜中に起き出した理由をどうしても知りたいらしい。
そんなデルフリンガーにエツィオは茶化す様に両手を上に広げて言った。

「そうだなぁ、さては相棒、これからこの娘っ子を手籠にする気だね?」
「それもいいな、だけど、ハズレだ」

 エツィオはそう言うと、掛けてあったアサシンのローブを羽織り、
机に置いてあった投げナイフや短剣等の装具類を点検し始めた。

「なんだ? 出かけるのか?」

 デルフリンガーの質問に答えぬまま、エツィオは手早くそれらを装着し、最後にアサシンブレードの動作を確認した。

「よし……行くか」
「相棒、そろそろ教えてくれよ、どこ行くんだよ」

 フードを目深に被り、準備万端といった様子のエツィオに、しびれを切らしたデルフリンガーが尋ねる。
するとエツィオは軽くウィンクしながら、デルフリンガーに向き直った。

「美女の部屋だ、お前も来るか?」


 遠く離れたトリステインの城下町の一角にあるチェルノボーグ監獄で、土くれのフーケはぼんやりとベッドに寝転んで壁を見つめていた。
彼女は先日『真理の書』の一件でエツィオ達に捕まった後、魔法衛士隊に引き渡された後、すぐに城下で一番監視と防備が厳重なここ、
チェルノボーグの監獄にぶちこまれたのであった。
 裁判は来週に行われるらしいが、今まで散々貴族相手に盗みを働いてきたのだから、軽い刑でおさまるとは思えない。
多分縛り首、よくて島流しである。どの道、このハルケギニアの大地に二度と立つことはできないだろう。
脱獄を考えたが、フーケはすぐにあきらめた。監獄の中には、粗末なベッドと木の机だけ、これではなにもできないだろう。
 得意の『錬金』の魔法で壁や鉄格子を土に変えようにも。強力な魔法の障壁が張られているため通用しないだろう。
それ以前の問題として、杖がなくなっているため魔法は使えないのだが……。全く、杖のないメイジ程無力な存在は無い。

「まったく、かよわい女一人を閉じ込めるのにこの物々しさはどうなのかしらね」

 苦々しげに呟く。
 それからフーケは自分を捕まえた青年の事を思い出した。

「ふん! たいしたもんじゃないのさ、あいつは!」

 いきなり馬車で口説いてきた時は、ただの軽い男なのだと思っていた。
ゴーレムに乗りこんできたのは考えなしの行動だったのだと。
ところがその男に、『真理の書』の強奪を阻止されるわ、
揚句に完全に不意を打たれ、何もできないまま捕縛されてしまうわで散々な目に遭った。
トリステインにその名を轟かせる『土くれ』のフーケがこうも簡単に手玉に取られたことが、なにより悔しかった。
 一体あの男は何者なのだろうか? そんな事を考えながら、目を瞑る、すると、フーケの瞼の裏にあの男の顔が浮かんできた。

「くっ、何を思い出してるんだい! 私は!」

 フーケは頭振って、思考を振り払う。
実際、顔はフーケの好みではあった、正直、馬車で口説かれた時は悪い気はしなかったのだ。
 しかし、今となっては彼に会うことはないだろう、もう自分には関係のない事である。
 とりあえず寝ようと思い……フーケは目を瞑ったが、すぐにぱちりと開いた。

 フーケが投獄された監獄が並んだ階の上から、誰かが降りてくる足音がする。
フーケがちらと廊下を見やると、ランプを手に持った人影が階段から降りてくるのが見えた。どうやら見回りらしい。
なんだ、とフーケはため息をつき、もう一度横になった。その時。

「ぅおっ……!」

 ランプを持った人影に、何かが飛びかかる、くぐもったうめき声とともに人が倒れる音が聞こえた。
ただ事ではない様子にフーケは驚いて身を起こす。すると、鉄格子の向こうに長身の黒マントを纏った人物が現れた。
目深に被ったフードに、仮面をつけているせいで顔が見えなかった。
 フーケは鼻を鳴らした。

「おや! こんな夜更けにお客さんなんて、珍しいわね」

 マントの人物は鉄格子の向こうに立ったまま、フーケをじっと見つめていた。
フーケはすぐに、おそらく自分を殺しに来た暗殺者であろうと当たりをつけた。
これでもかなりの数のお宝を盗んできた。中には公になってはならない宝物を盗んだ事もある。
そんな貴族にとっては、来週ではなく今すぐに死んで欲しいと思っている者も少なくは無いはず。
つまり口封じというわけだ。
 その時、黒マントの男が口を開いた。年若く、力強い声だった。

「『土くれ』……だな」
「誰がつけたかは知らないけど、確かにそう呼ばれてるわ。……あんたは? 私を消しに来たのかい?」
「……そうだ、と言ったら?」

 男の声が低くなる、フーケは身構えた。その時だった。

「……なんてな!」

 男は急に明るい声で笑うと、フードを外し、つけていた仮面を取り外した。
その下から現われた顔を見て、フーケは思わず声をあげた。

「あっ! あんたはっ!」
「やぁミス・ロングビル! ……入ってよろしいかな?」

 なんと、黒マントの男は、誰であろうフーケを捕まえた張本人である、エツィオ・アウディトーレその人であった。

「な、なんであんたがここにいるんだい!」
「君にどうしても会いたくなってね……これがなんだかわかるかな?」

 驚いているフーケに、エツィオは悪戯ぽく笑うと、懐から牢獄の鍵と、フーケの杖を取り出した。
それを見たフーケが益々目を丸くする。

「あんたっ……どうして……! てか、どうやって! 警備の兵たちは?」
「彼らは仕事のしすぎでね、倒れるまで働くなんて、勤勉な連中さ、フィレンツェじゃ考えられないな」

 どうやって見抜いたのか、エツィオは鍵束の中から正解の鍵を選び出すと、
鉄格子を開け、何食わぬ顔でフーケの牢獄の中に入っていった。

「どうして、って質問だったな」

 エツィオは鍵を投げ捨てると、フーケの顎に優しく手を添え、優しくほほ笑む。
普段のフーケならば彼に金的の一つでもくれてやるところであったが、今回ばかりはどういうわけか出来なかった。
フーケはまるで魅了されたかのようにエツィオの瞳に釘づけになっていた。

「言っただろう、俺は君に心を奪われたんだ、取り返すためにここまで来た、そういうことさ」
「そ……それだけ?」
「理由としては十分だ。ところで、ミス、ここから出たくないか?」

 自分で鉄格子を開けておいてエツィオは尋ねる、するとフーケはこくこくと頷いた。

「そ、そりゃ出たいさ、話を聞く限りだとあんたはそのために来たんでしょ?」
「もちろん、だけど、俺もただ君とお話に来たってワケじゃない、お願いがあってきたんだ」

 エツィオがそう言うと、やっぱりな、と言わんばかりにフーケがため息をついた。

「やっぱりね、無償の善意ほど気味の悪い物は無いからね、なんだい? お願いってのは」
「君の名前を教えてくれるかな」
「え? な、名前?」

 意外な言葉にフーケは一瞬困ったような表情を見せる。
そんな彼女の腰にエツィオは優しく腕を回すと、抱きよせほほ笑んだ。

「ロングビル……それじゃだめ?」

 しかしエツィオは小さく首を振る。
それを見たフーケは諦めたように肩をすくめた。

「ふぅ、わかったよ、マチルダ、マチルダ・オブ・サウスゴータ。もう捨てた名前だけどね」
「マチルダか、素敵な名前だ」

 そうさらりと言ってのけたエツィオをフーケ……、マチルダはジト目で見つめる。

「あんた、それほかの女にも言ってないだろうね?」
「とんでもない! ここまで心奪われたのは君が初めてさ……」
「どうも信用ならないね……」

 その様子をみたマチルダはエツィオをじっと見つめ、考える。
この男は生まれついての女たらしだ、間違ってもあの子には会わせられない。

「ん? どうかしたのか?」
「な、なんでもないよ! さて、ここから出してくれるんだろう? 脱出できる算段はあるんだろうね?」

 気を取り直したマチルダは、開いた鉄格子から、顔を出し周囲を見渡す、あたりには静寂に包まれている。
どうやらまだ騒ぎにはなっていないようだ、脱出をするなら今をおいて他にないだろう。

「あぁ、一週間、君にどうやったら会えるのかずっと考えてたからな。これを、こっちだ、ついてきてくれ」
「おっと、ちょっと待ちな」

 エツィオはマチルダに杖を返すと、彼女に後を着いてくるように指示を出す。
するとマチルダは、呪文を詠唱し、二人の周りに『サイレント』の呪文をかけた。
二人の周りが静寂に包まれ、足音が消える。

「おっと、これは便利だな」
「盗みの技って奴さ、でも、あんたは大丈夫かい? 脱走に手を貸しただなんて知れたらタダじゃ済まされないよ?」
「いつものことさ、女性の部屋から出るときはいつも衛兵に追いかけられる、一晩中な」

 エツィオは軽くウィンクすると、懐から先ほどつけていた仮面を取り出し、顔につけた。

「こいつは……あんたがやったのかい?」
「あぁ、弔いなら済ませた」

 マチルダが先ほどエツィオが倒した見回りの番兵を見て呟く、
番兵の喉は鋭い刃で一突きにされており、一瞬で絶命させられたことがうかがえた。
人を殺したと言うのに、エツィオは別段変わらぬ口調で番兵の死体を一瞥する。

「うーん、でもこのままじゃマズイか」

 エツィオはそう呟くと、番兵の死体を担ぎ、先ほどまでマチルダが収監されていた牢獄のベッドに死体を寝かせ、鉄格子を閉める。

「これで多少は時間は稼げるかな? さぁ、行こう。そろそろ番兵たちの交替が完了する時間だ」
「ちょっと……、私を捕まえた時といい、ここまで忍び込むといい……あんた、一体何者?」
「その答えは……、脱出してからだ」

 マチルダの唇に人差し指を当て追及を中断させる、そして脱出を開始すべく、通路を歩きだした。


「くぁ……」

 気の抜けた大欠伸をした番兵の背後を、二つの影が駆け抜ける。
エツィオの言った通り、今は番兵たちの交替が行われる時間帯のようだ、
つまり、最も番兵たちが油断する時間帯でもあった。
そのおかげか、特に大きな問題もなく、二人は監獄の物見塔へと辿りついていた。

「な、なんだおま――……!」

 物見塔に立っていた見張りが、突然目の前に現れた男に驚いた次の瞬間、彼の鳩尾に冷たい刃が埋まる。
物見塔に立っていた見張りを手早く始末したエツィオは、隠れていたマチルダを呼び寄せた。

「で、ここからどうするんだい?」
「飛び降りる」
「ええっ! こ、ここから?」
「いいから、俺を信じろって」

 そう言うや、エツィオはマチルダの身体を抱き抱えた、俗に言うお姫様だっこの格好である。

「ちょ、ちょっと! どのくらい高さがあると思ってんだい! 今『フライ』を唱えるから待って――」

 マチルダの抗議を最後まで聞かずに、エツィオは物見塔から大きく身を投げる。
重力に従い、二人の身体は急速に落下し……ぼすんっ! と高く積まれた干し草の山へと落下していった。

「……やれやれ、うまくいったな」
「し、死んだかと思ったよっ!」

 干し草の中でマチルダを抱きかかえたままのエツィオが笑う。
干し草にまみれながらマチルダが抗議の声をあげ、外へ出ようとじたばたともがき始めた。

「まったく! 『フライ』を唱えようとしてたのに!」
「あぁマチルダ、もう少し君とこうしていたいんだが……」
「馬鹿言ってんじゃないよ! 早く逃げるよ!」
「やれやれ……」

 マチルダに促されエツィオも渋々外へと飛び出す。
そしてマントと仮面を脱ぎ捨てると、マチルダと共に夜の闇へと消えて行った。

 エツィオとマチルダが脱出してしばらくして……。
かつてマチルダが収監されていた牢獄の通路を何者かが歩いていた。
先ほどのエツィオと同じような、黒いマントに仮面を被った、メイジの男である。
かつ、こつ、という足音の中に、ガシャガシャと拍車の音が牢獄の中に木霊する。
マントの人物は、マチルダのいた牢屋の鉄格子の前で止まった。
そしてその鉄格子の中を覗き込み、ベッドの上で寝ている人物に声をかけた。

「『土くれ』……だな、お前に話がある、起きろ」


 黒ローブの男が、物言わぬ死体に話しかけていた、その頃……。
外で待機させていた馬に相乗りになっていたエツィオとマチルダは夜の闇の中を駆け抜けていた。

「ここらでいいかな……」

 しばらく馬を走らせていたエツィオはそう呟くと馬を宥め、お互いの身を隠すために森の中へと入っていった。

「さ、これで君は自由だ、マチルダ」
「はぁ、まったく、捕まえた相手を逃がしに来るだなんて、どうかしてるよ……、でも、おかげで処刑されずに済んだんだし、礼を言っとくよ」
「気にすることは無いさ、俺は困ってる女性には弱くてね」

 エツィオはそう言うと、マチルダの身体を抱き寄せる。
マチルダは一瞬顔を赤くして視線を逸らしたが、やがて、エツィオの唇にある古傷を指でなぞると、フードの中を覗き込んだ。

「でもね、あんたのおかげで捕まってから酷い目にあったんだよ?」
「それは済まなかった、俺も本当は君を捕まえたくなかったんだけどね……」
「これはちょっと仕返ししないとね、エツィオ……どんなことされたか……知りたいでしょ……?」
「一つ……お手柔らかに頼むよ」

 エツィオがほほ笑むと、マチルダは少々強引にエツィオの唇を奪う。
エツィオもそれに答えると、彼女の身体を草むらに優しく押し倒した。


 夜も更け、空が白み始める頃……。
エツィオの胸で抱かれていたマチルダが尋ねた。

「……で? 本当の目的はなんなの? まさか本当に私の名前を聞きに来ただけ、ってことはないだろう?」
「あぁそう言えば、もう一つ君にお願いがあったんだ」
「そう来ると思っていたよ、でなければこんなことはしないだろうしね」
「迷惑かい?」
「そんなことはないよ、でも、一つだけ条件」

 マチルダは人差し指を立てると、エツィオに尋ねた。

「あんたって何者? さっきから気になってたんだ、いい加減教えてくれたっていいでしょ?」

 マチルダは甘えるように尋ねる、するとエツィオは優しく体を抱きよせ、呟くように話を始めた。

「俺は……君と同じさ」
「どういうこと?」
「俺の家も貴族だったんだ」
「……」
「二年前のことだ、父上、兄上、そして弟が、無実の罪を着せられ……処刑された。
そしてアウディトーレ家は貴族の地位を剥奪され、街を追放されたんだ。
生き残った俺は、父上の遺志を継ぐために、アサシンになった」
「アサシン? あんた……暗殺者だったのかい!」
「そう、アウディトーレ家は、三百年続くアサシンの家系だ、先祖がそうであったように父上もまたアサシンだったんだ。
父上は、イタリア全土を巻き込んだ陰謀を阻止するために動いていた、その途中、陰謀を企んでいた連中の罠にかかり、処刑された。
だから俺は、奴らに復讐を誓ったんだ。家族を陥れた『テンプル騎士団』に」
「……もういいよ、エツィオ、つらいことを言わせて悪かったよ」

 マチルダはそう言うと、エツィオの胸に頭をうずめる。
そんな彼女を優しく抱き寄せると、額に軽くキスをした。

「わかったよ、私にできる事なら、なんでも言っておくれ」
「ありがとう……マチルダ。君は盗賊として各地で暴れまわっていたようだけど、その中で『エデンの果実』という言葉を耳にしたことはあるか?
『果実』、『リンゴ』なんでもいい、それに類するような言葉だな」

 マチルダは首を傾げ、しばらく考えるも、該当する答えは無かったのか、静かに首を振った。

「『エデンの果実』……? いや、ないね……」
「ない、か、でもこの言葉を覚えておいてくれ、どんな些細なことでもいい、その情報を集めてほしいんだ」
「わかった、『エデンの果実』だね」
「手段は問わない、だけど、捕まらないでくれよ?」
「見くびらないでおくれ、簡単に捕まりゃしないよ」
「君だけが頼りだ、頼んだよ」
「……まったく、あんたにゃ手玉に取られっぱなしだね。でも、さ、もしあんたを裏切ったらどうする?」
「そうだな、マチルダ、その時はもう一度君を捕まえて、じっくりとお仕置きする事にするさ」
「ふふっ、それも悪くないかもね」

 マチルダは苦笑しながら呟くと、脱ぎ捨てられた衣服を手に取り、身につけ始めた。

「報告には手紙を出すことにするよ、学院の隅に伝書鳩の小屋があるから、そこを見るんだね」
「手紙か……俺としては直接会いたいとこだけどな」
「ふん、どうしても会いたいってんなら、あんたもその鳩を使うんだね、お互い連絡が取れるはずさ」
「わかった、そうしよう」
「それじゃ、もう行くよ、あんたも戻った方がいいんじゃないかい?」
「おっと、そうだった、可愛いご主人が待ってるんだった」

 白み始めた空を見上げて、エツィオが立ち上がり、もう一度キスをする。
そして自嘲気味に肩をすくめた。

「聞いてくれよ、あの子、俺の事男として見てくれないんだぜ? 歳だってそんなに離れてないってのに」

 そうエツィオが言ったその時だった、マチルダの動きがピタっと止まった。
そして顔を赤くしながらエツィオの顔をじっと見つめ始める。

「ちょ、ちょっと待って、そう言えば、あんた幾つだい?」
「ん? 今年で十九歳だな」
「じゅっ、十九!?」

 その数字を聞いてマチルダは青くなった。十九歳と言われ、急にこの男の顔が年相応の顔に見えてきたのだ。
しゃがみ込み、頭を抱える彼女を見て、エツィオは首を傾げた。

「どうしたんだ? マチルダ」
「まっ、マチルダ言うなっ! あぁ……嘘でしょ……年下の男にあぁまでされるなんて! ううっ……!」
「なんだよ突然、年齢なんて関係ないだろう? 君、あんなに――」
「それ以上言うんじゃないよっ! ゴーレムで押しつぶすよっ! と、とにかく、もう私は行くからね!」

 マチルダは顔を真っ赤にしながら立ち上がると、足早にその場を去っていく。
そんな彼女の後姿を見送りながら、エツィオは背中のデルフリンガーに尋ねた。

「なぁデルフ、彼女っていくつなんだろうな?」
「さぁな……。一つだけ言えるのは、お前はとんでもない女たらしってことだよ」
「照れるな、そんな褒めるなよ」
「あーあ、あん時、娘っ子の魔法で爆発しちまえば世の女の為だったのかも知れんね……」

 悪びれもせずに言ったエツィオに、デルフリンガーは吐き捨てるように呟いた。



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