あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロのメイジと赤の女王‐06


「よいしょ、っと…」

 軽く声を掛けて、陽子は黒焦げになった机を持ち上げた。
 爆発から二時間後、ようやく目を覚ましたシュヴールズは、ルイズに教室の後片付けを命じた。その際に魔法の不使用を言い渡されたが、彼女の場合、それにあまり意味はないようだ。
 しかし「失敗を恐れずに」とか云っときながら罰を与えるとは。教職に向いているとはとても思えない女性の言動にやや呆れながら、陽子は壊れた机や窓ガラスを片付け、雑巾をかける。
ルイズは徹頭徹尾仏頂面で、申し訳程度に煤のこびりついた机を拭っていた。
 眉間にしわを寄せ、だんまりを決め込んでいるルイズに触るのは得策ではないだろうと、陽子も何も言わずに黙々と掃除を続ける。
重苦しい沈黙の中、聞こえるのはただ作業する物音だけだった。

「…なんか、言いたいこと、あるんじゃないの?」

 ふいに、ルイズが口を開いた。
 え、と陽子が振り返ると、ルイズは俯いたまま、小さな唇を戦慄かせていた。
「……なにか、って?」
 ルイズの意図がわからず首を傾げる。しかしルイズはそれを嫌味か何かととったようで、途端に溜め込んでいた感情を爆発させた。
「言わせる気?!何よ、あ、あんただって、私が無能だって思ってるんでしょう?!今のでわかったでしょ、私が『ゼロ』だって!
私が魔法を使えないから、私の使い魔になるのが嫌だったんでしょ!
魔法が使えないなんて、そんなの貴族じゃないってい、言いたいんでしょ!」
「え…ちょ、」
 落ち着いて、慌ててなだめにかかるが、ルイズはもう陽子のことなど目に入っていないようだった。
せっかく呼び出すことが出来た使い魔の前でまで、無様な姿をさらしてしまった。召喚も、契約も、ただの人間とはいえ成功した、だから今度こそ。
ちっぽけな期待は打ち砕かれ、今までのどんな失敗よりも鋭くルイズの胸を打った。みっともない、こどものようだと思考の隅で思いながらも、鬱屈を吐き出すようにルイズは叫ぶ。
「知識なら同じ学年の誰にも負けないわ!それだけのことはしてきたもの!ううん、実技だって誰にも負けないくらい練習した!どんな詠唱も発音まで完璧に言えるのよ!
それなのに、いっつも失敗するの!ゼロ!ゼロ!ゼロ!私は、き、貴族なのよ!?誉れ高いヴァリエール!なのに魔法が使えない!だから私は貴族じゃないって、みんな言うのよ!
私は、…私は!き、貴族なのに!お母様たちのように立派な貴族になれるようにって、ず、ずっとそう思ってきたのに!そうあるよう、ずっと頑張ってきたのに!」

 言ってしまった。
 熱い頬と裏腹に、ひんやりと冷えている思考の隅で、ルイズは後悔した。
 こどものような癇癪を起こしてしまった。ただでさえ『ゼロ』などという不名誉な称号を与えられているというのに、こんな振る舞いをしては、もう本当にただの子供ではないか。
 この少年も、きっと大多数のように馬鹿にした目でルイズを見るのだ。
ほら、魔法も使えない貴族になど使われたくないと、冷めた目をして、そのくせ口ではお追従を吐いて。
それとも、変に遠慮のない彼なら声にして言うだろうか。ああ、もしかしたら、そのほうがマシなのかもしれない――――。


 …罵声は、聞こえない。侮蔑の眼差しも、嘲笑も、哀れみすら。

 断罪を待つようにうなだれていたルイズは、沈黙に耐え切れず少しだけ顔を上げる。おのが使い魔の顔に、失望を見るのが怖かったけれど、仕方がない。
魔法を使えないのはルイズの不徳で、彼にはふがいない主人を責める程度の権利はある。
 けれど、彼は何も言わなかった。赤毛の少年はぽかんとしてルイズを見ていたが、その瞳に映る色は、感嘆、だった。
「……なによ」
 その瞳が不可解で睨みつければ、彼は特に不快に思ったふうもなくゆるりと首を振る。
「いや…。ルイズはすごいなって」
「何よそれ、皮肉?!」
 間髪入れずに噛み付くルイズに、落ち着いて、と静かに苦笑する。
「いいや。本心だよ。ルイズは、戦おうとしているだろう?わたしは逃げていたから。云いたいことは全部飲み込んで、必死で良い子の振りをして。
…結局、だから、わたしには何にも残らなかった」
 以前剣が見せた幻を思い出し、陽子は自嘲げに笑んだ。
教師も、友人も、両親でさえ、陽子のことを得体が知れないと言い、そして、故国に陽子の居場所はどこにもなかった。
出来ることならもう一度、彼らとちゃんとした関係を築けるよう、努力したかった。そのチャンスを与えられたかった。
それを許されなかった後悔は、いまだやわらかな傷跡として、ふとした折に痛みを生じさせる。春の美しい国、その中に小さく故郷を見るたびに、陽子の胸は切なく鳴いた。
この痛みがただ穏やかなぬくもりをなすまでには、まだまだ時間がかかるだろう。

 陽子の顔に影が差したのを見て取り、口ごもったルイズに、陽子はやわらかな瞳を向ける。

「努力はあなたを裏切らないよ、ルイズ。あなたが頑張っていることは、わたしが知ってる。きっと他にも知っている人がいるよ。
…そしてね、ルイズ。生まれとか、血筋とか、そういうものは、きっとあんまり関係ないんだ。あなたは貴族たろうと努力しているね。多分それが、貴族として一番大事なことで。
だからあなたは、立派な貴族なんだと思うよ」

 きれいごとだ、とルイズは思った。口先だけの、下手な慰めだと。
 けれど、少年の言葉はすんなりルイズの心に沁みた。彼は「自分は逃げていたから」と言ったが、多分、そんなことはないのだ。彼もまた戦っている。
だから、ルイズと同じように、何かを目指して頑張っている者の言葉だから、頑なになっていたルイズの胸の奥まで、こんなにもあっさりと届いた。

「………平民風情が、生意気言わないで」
 ルイズはきつく少年を睨んだ。けれど、おそらく彼にはわかっているのだろう。微笑ましそうな碧の瞳には、耳を真っ赤に染めた少女が映っている。

 さあ、と陽子はルイズに笑いかける。
「あとはわたしがやっておくよ。ルイズは顔を洗って、着替えておいで。そうしたら丁度お昼の時間だ」

 *


 ようやく片付けも終わり、陽子が食堂に向かった頃には、既に食事が始まっていた。
「…この中に入っていくのも、なんだか気がひけるな」
 用事で遅れて、ひとり授業が始まっている教室へ入っていくあの感覚だ。数十対の目がぐるんと陽子を指す。
あれいやなんだよな、と思いつつ、少ない朝食で重労働をしたため鳴き出している腹を押さえる。最後の手段として宝珠があるが、それはまだちょっと遠慮したい。
さてどうするか、と陽子が考え込んでいると、そこに救いの神が現れた。
「あら、ヨウシさん?」
「シエスタ」
 空のトレイをささげた黒髪の少女は、食堂の入り口で固まっている陽子にきょとんとする。
「どうされたんですか、こんなところで?ミス・ヴァリエールはもう中で食事をされてらっしゃいますよ?」
「ああ…。ちょっと、わたしは用事があって、遅れてしまって」
 今から入るのもいかがなものかと思ってね、と苦笑すれば、まあ、とシエスタは口許に手をやった。
「では、ヨウシさん、厨房へいらっしゃいません?」
「え?」
「わたしたちの賄いでよろしければ、お出しできると思いますわ」
 確かにおひとりでこの中には入りづらいですね、笑うシエスタに陽子も笑う。
「…じゃあ、すまないけれど、お言葉に甘えようかな」
「はい、どうぞ」
 微笑んだ少女は、楽しそうにトレイを胸に抱いた。

 賄いと言って出されたシチューの味は、かなりのものだった。聞けば貴族に出す食材の余りを使っているらしいので、それは豪華なものだと感心する。
 そういえば洋食を食べるのはどれくらいぶりだろう、シチューくらいなら慶でも作れるかもしれないな。
嬉々として協力してくれそうな顔と、渋い顔で嗜める顔を思い描き、どうやって石頭を言いくるめようかと考える間にも、口と手は止まらない。あっという間に完食して手を合わせる陽子に、シエスタは嬉しそうに笑う。
「本当にお腹がすいてらっしゃったんですね。おかわりもありますよ?」
「いや、もうお腹いっぱいだ。ありがとう、すごく美味しかった」
 よかった、目を細めるシエスタが重そうなトレイを持っているのをみて、陽子も席を立つ。
「手伝うよ、シエスタ。昼食のお礼に」
「まあ。…それじゃあ、デザートを配るのを手伝って頂けますか?」
「わかった」
 彼女の手からトレイを取り上げ、ふたり連れ立って食堂へ向かう。陽子がケーキの乗ったトレイを持ち、シエスタがそれをひとつずつ配膳する。
 傍では巻いた金髪の少年が、友人らしき少年たちとなにやら賑やかに騒いでいた。

「なあギーシュ、今は誰とつきあっているんだ?」
 冷やかすような調子の声に、ギーシュと呼ばれた少年は傲慢に笑う。
「つきあう?僕にそのような特定の女性はいないよ。薔薇は多くの人を喜ばせるために咲くものだろう?」

 そんな会話を聞くともなしに聞いていた陽子は苦笑した。なんとも気障な台詞である。ま
るでミュージカルやオペラに出てくる色男のようだ、と少年をみていると、彼のポケットから何かが転がり落ちた。あ、と陽子が声を出すと、それに気づいたらしいシエスタがトングを陽子の持つトレイに置いた。
「ちょっと行って参りますわ」
 液体が入った小瓶を拾い上げるシエスタに頷き、陽子は配膳を再開する。トレイの上のケーキは既に四分の三ほど配り終えており、これならひとりでも配ってしまえる。
 慣れない手つきでなんとか配り終えて、さてシエスタは、と食堂を見回した途端、少女の甲高い声が響いた。
「嘘つき!」
 見れば金髪の少年が、頭からワインを滴らせ、去っていく少女を唖然と見送っているところだった。
(…痴話喧嘩かな) 
 金髪の少年は、先程自分を薔薇とたとえた少年だった。あれならそうであってもおかしくないな、と目を逸らしシエスタを探すが、申し訳ありません、と蚊の鳴くような声にはっとする。
 そちらに視線をやれば、泣きそうな顔をしたシエスタが、少年に頭を下げていた。
「君が香水瓶を拾ったおかげで、二人のレディの名誉が傷ついた。いったいどうしてくれるんだね?」
「も、申し訳ありません…!」
「僕は君に声をかけられたとき、知らない振りをしたじゃないか。話を合わせるくらいの機転をきかせてもよかっただろう?」
「…申し訳ありません…」

 ひたすら恐縮して縮こまるシエスタの姿に、怒りが沸いた。
 何を言っているのだ、こいつは。

 地位と権力を持って立場の弱いものをいたぶる、それは陽子の最も嫌うものだった。ずかずかと間に割って入り、シエスタを背に庇う。主上、呆れたような溜め息は聞かなかったことにした。
「…なんだね、君は?」
「ヨウシさん…」
 胡散臭そうな少年の視線と、縋るようなシエスタの眼差しを受けて、陽子は少年を睨みつける。
「…見事な責任転嫁だが、そもそもの原因は二股をかけたお前にあるんじゃないのか?」
 どっ、と周囲から笑いが沸く。
「そのとおりだ!ギーシュ、お前が悪い!」
 ギーシュの頬に赤みが差した。怒りを取り繕うかのかのように薄ら笑いを浮かべ、鼻を鳴らす。
「…ああ、君はゼロのルイズが呼び出した平民君だったか。さすがはゼロだな、貴族に対する礼儀すら知らない輩を呼び出すとは」
「貴族を名乗るのならば、まずはそれ相応の振る舞いを身に着けろ。お前の今の言動はただの我が侭な子供の八つ当たりにしか見えなかったが」
 冷ややかな眼差しに刺され、ギーシュはぎりと歯を噛んだ。平民とはいえ女性を傷つけるつもりはなかったが、これなら存分に気を晴らすことが出来る。よかろう、ギーシュは胸に刺していた薔薇を抜き取った。
「君に礼儀というものを教えてやろうじゃないか。丁度いい腹ごなしだ」
「…なるほど」
 酷薄に笑んだ陽子にギーシュはくるりと背を向ける。
「場所はヴェストリの広場だ。準備が出来たらきたまえ」
 取り巻きを引き連れ食堂を出て行く少年に、どこまでも気障な、と鼻を鳴らし、陽子はシエスタへ振り向いた。彼女はがたがたと震え、真っ青な顔をしていた。
「シエスタ?もう大丈夫だよ」
 あいつは行っちゃったから、肩をぽんぽんと叩いても、彼女の震えはおさまらない。
「…あ、あなた、殺されちゃう…。貴族に逆らったりなんかしたら…」
「え?」
 堪え切れなかったかのように、シエスタは脱兎のごとく逃げ出してしまった。…そこまで、平民に貴族の恐怖は根付いている。
 やれやれ、と頭をかいたところで、目下一番の問題が陽子の背をどついた。
「何やってんのよあんた!見てたわよ!」
「ああ、ルイズ」
「ああ、じゃないの!あんた何勝手なことしてんのよ!決闘?馬鹿じゃないの!」
「えっと…」
 やっぱり怒られるだろうな、とは思っていたので、苦笑しきりだ。ルイズは陽子をじろりとねめ上げる。
「謝ってきなさい。今なら許してくれるかもしれないわ」
「それは嫌だ」
 即答する陽子に、予想はしていたのかルイズは大きな溜め息を吐く。
「あのね?怪我だけじゃすまないのかもしれないのよ。いいから謝っちゃいなさい。…平民は、絶対にメイジに勝てないのよ」
「…だれがそんなことを決めたの?」
「…え」
 冷えた声に、ルイズは目を見張る。陽子は、静かに怒っていた。
 ここ一日で大分この世界のものの考え方もわかってきた。民主主義の世で育ってきた陽子には、それが滑稽にさえ思えることも。

 何故貴族であるのか――――それをわかっていない連中が多く思えるのは、ここにはこどもしかいないからなのか。

「上に立つものの、その力は何のためにある?――――民のためでなければならないはずだ」
「………」
 何も言えずに口を噤むルイズに背を向ける。
「ヴェストリの広場って?」
「こっちだ、平民」 
 遠ざかる背中に、ルイズは吐き捨てる。

「…使い魔のくせに。なによ、平民のくせに」

 それなのに、上に立つものの責任を説いた少年の眼差しは、まるで王者のようだった。



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