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ゼロの魔王伝-24


ゼロの魔王伝――24


 月明かりはその輝き以上に激しく燃えたぎる月下の炎によって遮られていた。
 青と赤の双子月の光は、人が悪意によって生みだした炎に飲まれて消える悲しみを嘆いていたかもしれない。
 火矢を射かけられ炎に包まれ始めた宿屋の一階では、ナイトキャップを青い髪の上に乗せたパジャマ姿のタバサ、豊満な肢体を惜しげもなく晒す魔法学院の制服姿であるキュルケ、秘密の任務という事を考慮し裕福な平民といった装いのギーシュの三名が残っていた。
 宿を取り巻く傭兵達はそれなりに魔法の飛び交う戦場を戦い抜いてきたようで、こちらの三名が行使する魔法の射程を見極めると、隊列を組んで絶え間ない矢の連射に戦法を切り替えてきていた。
 飛得物である矢に関しては風系統の魔法による防護がもっとも頼りになるが、アルビオンに向かう一行で最も風系統に秀でたワルド子爵は既に小さな婚約者であるルイズと共に船のもやわれている桟橋に向かっている。
 ギーシュ達が襲撃者達に対する囮の役目をになっているわけだが、タバサやキュルケ達からすれば、さっさとこの襲撃者達を返り討ちにしてからルイズ達を追う心づもりだ。
 とはいえ物語の中の英雄のように、大勢を相手に勇猛果敢に飛び出そうにも、現実は厳しいようで戦い慣れた傭兵達は間断なく矢を放ってくる。
 今は床と一体になっているテーブルの足をへし折って盾代わりにしているが、雨のように降り注ぎ、顔どころか腕一つ出すのも難しい状況だ。自暴自棄の突撃ひとつしようにも、これでは顔を出したとたんに矢襖で無駄死に以外のなにものでもない。

「そろそろ二階の方も焼け落ちそうねぇ。早く脱出しないと押し潰されちゃうんじゃないかしら?」

 まるで焦った様子のないキュルケは右手の杖を弄ぶように振り回し、辺りに漂い始めた火の粉や黒煙に魔法で干渉して、小さな渦を作っていた。火の系統魔法の本質は『破壊』という自論の持ち主だけに、外で群れなす傭兵どもを火達磨にしたくて体の奥底が疼いて仕方がないのだ。
 キュルケ達が宿をとった『女神の杵』亭は貴族を相手にする最高級の宿という事もあり、他にも貴族の客達がそれなりにいるのだが、どいつもこいつも突然の傭兵達の夜襲を前にして震えあがり、メイジにとって命にも等しい杖を握りしめて蹲る役立たずばかり。
 小さな肉の小山となって怯えている彼らが戦闘の意思を示していてくれたら、キュルケ達もずいぶんと楽に戦う事が出来たはずだが、まあ、ない物ねだりをしても仕方がない。
 たった三人のメイジとはいえ、キュルケ、タバサともにトライアングル、ギーシュもこと戦闘に関してはラインレベルのドット・メイジだ。数はともかくとして質ならそれなりの者が揃っている。
 タバサの使い魔である幼い風竜シルフィードは上空で待機しているが、まだ幼いとはいえ竜種である彼女は、下手な傭兵やメイジよりも戦力として数える事が出来る。

「とにもかくにもこの場を脱出しないとなんにもできないなあ。こんな時、Dがいたら簡単に突破してくれそうな気がするよ」

 ルイズがいなくなった事もあり、ギーシュはルイズの前では禁句となっていたDの名前を出した。これこそないものねだりだが、ギーシュ達の常識のはるか遠くに生きているあの青年ならば、傭兵の百人や二百人くらいは皆殺しにしてもなんらおかしくはないと、心底ギーシュは思っていた。

「十も数えない間に血の海の出来上がりね。ちょっと見てみたいかも」

 ちらりと髪の色と同じ舌を出し、妖艶極まりない仕草でキュルケは唇を舐めあげる。思わず背筋に妖しい電流が流れるような、いかにもキュルケらしい艶めいた仕草であったが、場所を考えて欲しいと痛切にギーシュは思う。

「いない人の事を言っても仕方がない」

 タバサの一言はあくまで現実を見たもので、キュルケとギーシュはそれもそうかと戸口の外で何重にも隊列を組んで重なって見える傭兵連中に視線を向け直す。
 剣傷、槍傷、矢傷は言うに及ばず魔法によるものだろう焦げ跡や激しい凹凸だらけの全身鎧や鉄兜、プレートメイルになめし革と装備もばらばらな連中だ。
 髭まみれ、垢まみれ、汗まみれ、傷まみれ、と野卑粗暴野蛮の三拍子が見事に揃った顔がぞろりと並んでいて、小奇麗な貴族の子弟とばかり顔を突き合わせているギーシュ達には、見ていて楽しい顔ぶれではない。


「さあさ、そろそろメイジの恐ろしさというものをた~っぷりと教えてあげないといけないわね。メイジの本領が戦いってことを骨身を焼け焦がして教えてあげるわ。ふふふ」

「まあ、やる気を出すのは悪い事ではないけれど、ゴーレムを囮にして戸口あたりのをとりあえず片づけないと出るにも出れないね。傭兵全部を相手にするのは割に合わないし、派手にやって尻ごみさせるのが吉かな」

「あら、らしくないことを言うのね」

 ギーシュの事だから及び腰になりながらも勇敢に突撃し、正面から平民傭兵どもを蹴散らす、という安直な発想を提示するとキュルケは思っていたようだ。

「元帥ん所の四男坊だよ、ぼくは。傭兵を使うときの注意事項くらいは教授されているさ。、見た所、大きな傭兵団というわけでもないし、個人かせいぜい5,6人くらいのグループの集まりが手を組んだ連中みたいだ。
そういう手合いの欲しいのはお金だからね。別に傭兵の仁義とか信用はお腹を膨らましてはくれないし、名誉なんてなおさら気にしない奴らなら、お金よりも命と思わせるくらいに派手にやればいいさ。そうすれば勝手に仕事に見切りをつけて自分の足で逃げ出すからね」

「ますますあたしが適任ね」

 まったくだよ、とギーシュは肩をすくめて、楽しげな事極まりないキュルケの意見に賛同する。

「さくっとおっ始めて、ぼわっと燃やして焼き尽くして、ぱぱっとルイズ達を追いかけましょうか。てなわけで、ギーシュ、厨房の奥の鍋を取ってきてくれる?」

「もう少し知的な物言いを心がけた方が魅力的だと思うよ、キュルケ。ええと鍋って揚げ物用でいいかい?」

 キュルケのしようとしている事を大体の所で察っし、テーブルの陰で愛用の増加のバラを一振りし、青銅のゴーレム“ワルキューレ”を一体作り上げる。常と変わらぬ戦乙女を模したゴーレムの造作が依り細かく、ギーシュの美意識を克明に反映させた美しいものに代わっている。

「あら、結構人に見せられるデザインになっているじゃない」

「地道な努力の成果だよ。運命の女性に贈るプレゼントはいつか自分の手で作ると決めていたし、こういう技術も身につけておく必要があったのさ」

 軍人の家系として戦闘の技術を磨く目的ではなく、あくまで惚れた女性の為という動機が、いかにもギーシュらしく、キュルケはうっすらと紅を刷いた唇の端を吊り上げた。二十歳にもならぬうちに男と女の関係の酸いも甘いも味わった艶を醸す彼女にしては、不思議と少女のようにあどけない笑みだった。
 キュルケとギーシュが話し合う間もワルキューレは倒れたテーブルや外れた矢で散らかった宿屋の中を小走りで動き回り、幾本かの矢を受けながらも創造主の命を果たすべく前進する。
 各関節をより人体に近づけて動きを柔軟かつ滑らかにしたワルキューレの動作は、以前に比べて格段に素早いものになっていたが、柔らかな青銅製であることには変わりなく、鋼鉄の鏃を受けるごとに、がく、がく、と揺れ動く。

「それじゃあ、あの鍋を入口の所に投げてくださる?」

「了解って、君、こんな時に化粧をするのかい?」

 呆れるギーシュの視線の先では、どこからか手鏡を取り出しているキュルケの姿があった。いやはや、本格的な戦場というわけではないにせよ、下手をすれば命を失いかねないこの状況で大した度胸だ。

「こんな時って、今宵限りの歌劇がこれから始まるのよ? それなのに主演女優がすっぴんじゃあ……」

 ワルキューレが勢いよく放り投げた鍋の中から、いまだ熱せられたままの油がぶちまけられる。

「しまらないじゃない!」

 喜々として鬼気を孕む笑みを浮かべたキュルケが杖の先端を、空中で油をまき散らす鍋に向けるや、灯されたキュルケの魔法火が鍋の油へと引火し、降り注ぐ油はそのまま火炎と変わり宿の入口を固めていた傭兵達を飲み込んで人型の松明に変える。
 たちまちのうちに野太い男どもの悲鳴が溢れかえり、炎の引火を恐れて入口を固めていた傭兵達の壁にいくらかの隙間が生まれる。
 キュルケは人に燃え移った自身の炎をさらに操作し、次々と傭兵どもを炎の餌食に変え、『微熱』の二つ名を上回る灼熱の熱量で鎧ごと傭兵達の皮膚を焼き、血を蒸発させ、肉を焦がす。
 ぷん、と立ちこめる肉の焼ける香ばしい匂いと目の前で踊り狂う人型の炎に、流石に歴戦の傭兵達も怯んだ様子で、数瞬の間、矢の雨が降る事を忘れる。
 黒煙と悲鳴と香ばしい匂いの漂う空気を掻きわけるように、キュルケは彼女の言葉通り主演女優に相応しい優雅さと大胆不敵さで、悠然と傭兵達めがけて歩き出す。
 炎の熱にたなびくマントと灼熱色の髪が揺れるたび、長く伸びた影もまた同じように揺れ、影の国の住人たちも傭兵達が焼かれて挙げる悲鳴をいまかいまかと待っているかのよう。
 煙の中に浮かび上がるキュルケの影に気付き、即座に対応した何人かの傭兵達が再び矢を射かけ始めるが、タバサが杖を振るって起こした風がキュルケに降り注ぐ矢をすべてそらす。
 親友のサポートに、キュルケは一度だけテーブルの盾を振り返り、どこまでも陽性なウィンクを一つし、無言でありがとうと告げる。助演女優の苦労に気付かない主演女優ではないようだ。

「素敵な素敵な傭兵の皆様方、あなた方がどうしてあたし達を襲うのか、まるっきり、さっぱり、ええ、全くこちとら存じませんけども」

 と、ここでキュルケは一度言葉を区切り、空いている左手で腰まで届く髪を優雅に描き上げる。うっすらと汗の浮かぶ褐色のうなじやいくつもボタンが開けられた胸元の乳肉が揺れ、場所が場所ならば傭兵どもはたちまちのうちに股間を盛り上げていたことだろう。
 もっとも言葉では襲われる理由が分からないとは言うものの、十中八九ルイズとグリフォン隊の隊長であるワルド子爵のコンビが理由だろう、とキュルケは頭の片隅で確信していた。
 深く考えるまでもない。アルビオンで王党派と貴族派で争っているご時世に、王室の守護を第一とすべき魔法衛士の隊長格が公爵家の三女とはいえ、魔法学院の生徒と共に行動を共にしてアルビオンに向かうなど、何かありますと言っているようなものだ。

「味方をも焼き払うと恐れられたツェルプストーの炎。この『微熱』のキュルケがたっぷりと皆様の体と心に味あわせて差し上げます。慎ましく、ではなく大胆に相手をさせていただきますわ」

 いまやキュルケの全身から吹き付ける闘争の気配は、いつそのすべてが炎に変じてもなんらおかしくはなかった。

 織りなす傭兵達の後方で、頭からつま先までを覆うマントに白い仮面という異形の装束の男が、苛立たしげに宿の戸口で燃え盛る炎を見つめていた。轟々と炎の蛇が悶え苦しむかのように滾る炎に飲まれ、傭兵達が次々と恐怖に襲われて持ち場を離れてゆく。
 もともと酒場で腐っていた傭兵どもの集団である。秩序だった動きなどできるはずもないし、雇い主の形勢が不利と見れば即座に戦場から離脱することを恥とも思わぬ連中ばかりであるから、火傷で済まぬ炎を手足のように扱うメイジの出現に、早々と見切りをつける者が見かけられる。
 逃げたら殺す、と仮面の男は傭兵達を雇う際に脅してはいたが、実際にそのような七面倒な事を言葉通りにするつもりはない。無論、見せしめとして数人は殺すつもりではあったが、下手に退路を塞げば逆上してこちらに切りかかってきそうな勢いだ。

「……ふん、役目は果たした以上、見逃してやってもかまわんがな」

 それは逃げ出し始めている傭兵達に対してか、それとも宿屋で奮闘しているキュルケ達に対してだったか。キュルケ達が囮役を果たしているように、仮面の男が雇った傭兵達にもなにがしかの役目があったということだろう。
 さてどうするか、とさして深刻でもなさそうに仮面の男が思案するように仮面の顎に手を当てて考えるそぶりを見せると、その両脇から平民以外の何物でもない姿の男達がのそりのそりと前に出る。
 今回の任務を与えられてからしばらくした後、仮面の男に宛がわれた正体不明素性不明の怪しい事極まりない二人である。


 しかし仮面の男の見る限り杖を帯びた様子もないし、歩き方から体の動かし方に至るまでどうみても、戦うことと無縁の人生を過ごしてきた農夫と言った所だ。
 犯してもかまわん、食ってもかまわんと男達に告げた仮面の男であったが、邪悪という言葉を体現した笑みを浮かべた二人が、どこかうすら寒い雰囲気を漂わせたまま宿へ向かって歩き出すのを見送ると、我知らず背筋の凍るような悪寒に襲われた。

(聖地奪還を謳うクロムウェルが妖魔と結託するようなことはあるまいし、またしようもない。しかしなんなのだ、あいつらは?)

 平民でも貴族でもない。いや、ひょっとしたら、人間でさえないのかもしれない。二人の農夫たちが漂わせる雰囲気は、かつて仮面の男が幾度か討伐した事のある妖魔に最も似ていた。
 のそりのそり、と牛の歩みを続ける農夫たちは、やがてキュルケの哄笑と傭兵達の怒号と悲鳴の響き渡る騒乱の坩堝と化した宿の入口へと着実に近づいてゆく。
 女神の杵亭を朱に染める炎に勢いを得たことで精神を高揚させ、さらに炎の火勢を強めて傭兵達を火の海に飲み込むキュルケの楽しくて仕方がないという笑い声にも負けず、いまだ包囲を崩さぬ傭兵達の最後尾の列の中へ、二人の農夫たちは水が岩と岩の隙間ともいえぬ隙間に沁み込むように体を押し込み、押し分けながら徐々に包囲の輪のもっとも内側へと進んでゆく。
 なにかそれが、途方もない間違いを放置した様な、あるいは繋いだ鎖から解き放ってはいけないナニカを自由にしてしまった様な気分になり、仮面の男は得体の知れぬ黒々とした感情を胸の内に抱いていた。
 自分が感じたそれを無視するように、仮面の男はもう用はないとばかりに背を向けて、背後の炎の柱に煌々と照らされるラ・ロシェールの夜闇の中へと消えて行った。
 農夫たちが、美しく邪悪な魔人“浪蘭幻十”に人間性と引き換えに与えられた異能を目にする機会を、自分から不意にしたと仮面の男が知るのはずいぶんと後の事である。
 もしこの場に留まって人から人でないものに変えられた哀れな農夫たちの異常を目の当たりにし、それらを用意だてクロムウェルなる人物への強い畏怖を抱いただろう。

「おほ、おほ、おほほほほほほ!! ほらほら、あたしの微熱に焼かれたい殿方だけ前に出てきなさいな! 骨の髄の髄までツェルプストーの炎で愛撫して差し上げてよ!! おっほっほっほ!!!」

 魔女の姿を取った炎の化身と、詩人が歌いそうなほど自在に炎を操り、喜悦の笑い声を振りまくキュルケの姿に、背後のギーシュとタバサは若干引きながらも、彼らなりにきちんとサポートはしていた。
 まだ戦意を残す傭兵達の一部から放たれる矢は、タバサの風の魔法がきっちりとそらしてキュルケの柔肌に触れる事はなく、まだキュルケの魔法の発動の隙を見計らって多少の火傷を覚悟で吶喊を図る者たちは、ギーシュが彼らの足元に発動させたアースハンドの魔法で足首を掴んで転ばせて動きを止める。
 自分自身の内側から燃え上がる情熱と衝動に任せて猛り艶を増すキュルケの姿が、タバサ達に冷静である事を強いていたのかもしれないが、この場合、キュルケの興奮した姿は二人に良い意味での効果を及ぼしていた。
 連続しての魔法使用にいい加減精神力を疲弊させるか、という傭兵達の期待を裏切るキュルケの猛烈なまでの火炎に、流石に歴戦の傭兵達もいい加減戦意を鈍らせ始め、徐々に包囲の輪を緩いものに変えて、逃げ出す様子を見せ始めている。
 多少時間はかかったが、まさか本当にここまで傭兵達を蹴散らす事が出来るとは思っていなかったギーシュは、心の中でワルキューレ達に正面から突撃させて尻ごみしている傭兵達を蹴散らしたい衝動がむくむくと大きくなるのを感じていた。
 基本的にこの少年メイジは典型的な英雄願望の持ち主であり、人並み以上に目立ちたがる気性の主である。傭兵達相手の立ち回りでここまで自重していた事は、むしろギーシュの性格を考慮すれば褒めるべき忍耐力の発露であった。
 いつでも魔法を行使できるように右手に握って造花の薔薇の形をした杖を握る手は、白く山が盛り上がるほどに力がこめられ、今にも叫ぶように名乗りを上げながら突撃しようという自身の心と葛藤している事が分かる。

「よ、ようし、ここは我が美しく強い戦乙女たちの活躍を君達に披露する時だな、うん!」

「待った」

 今にも七体のワルキューレ達を呼び出さんとしたギーシュの出鼻を挫いたのは、眼鏡の奥の無感情な瞳で冷徹なまでに戦況の把握に努めていたタバサの短い一言だった。
 なんだね!? と普段のギーシュなら苛立ちと共に問いただす所だが、タバサの声音に含まれた剣呑な響きを聞き取り、真剣な表情で聞き返した。

「なにか見つけたのかい?」



 探知・索敵においてもっとも有用な系統魔法は風である。シュヴァリエの称号を持ち、命がけの戦闘を幾度もこなしたと分かる雰囲気を纏うタバサが、緊張を孕んだ声を出した事実を、ギーシュはけして軽んじる事なく受け止めたようだった。
 地獄の蓋が開き地上に溢れかえった魔物のごとく周囲で燃え盛る炎に陶器のように滑らかで白い肌と、澄んだ湖畔を思わせる髪を赤々と照らされながら、タバサは視線を前方に固定したままギーシュに答える。
 場違いながら、炎の赤の色に塗れたタバサを、ギーシュはまるで血の海から生まれたようだと、おぞましくも美しいと感嘆し我知らず見入っていた。

「後ろの傭兵達の様子がおかしい」

「何人か逃げ出していたようだけれど、それとは違う意味でかい?」

 赤いフレームの眼鏡の奥の瞳は、警戒の色を強く浮かべながら包囲網の後方の傭兵達の異変をつぶさに見つめている。その異変が、自分達の生死につながるのだという事を、タバサのこれまでの経験と直感が理解していたからだ。

「……仲間割れ?」

 タバサの感じた異常を傭兵達も気づいたようで、徐々に背後を振り返って異常を理解しだして、キュルケの炎に対する恐怖や焦燥ではなく未知への恐怖一色に彩られはじめる。
 後方の傭兵達は異世界の聖者が海を割ったように左右に分かれ始めていたが、それは唐突に複数の人間が途方もなく巨大な力に吹き飛ばされる打撃音と共に変わった。
 それこそ何メイルもあるゴーレムが巨腕を振るったように、クソ重たいプレートメイルを纏い、グレートアクスやポールハンマーを握っている傭兵達が、子供が思い切り泥や雪玉を投げるような勢いではるか彼方へと飛んでゆく。
 放物線どころかほとんどまっすぐの線を描きながら飛翔していった傭兵達は、家屋の壁や地面に頭から激突し、ぽっきりと枯れ枝が折れるようにして首が折れ四肢があらぬ方に向かって折れ曲がり、血だまりが夜闇にもはっきりと広がってゆく。
 火炎地獄と化した劇場の主演女優たるキュルケも、助演女優であったタバサ、ギーシュ、そして周囲の傭兵達も、背後に突如生じた異変の塊に嫌が応にも耳目を奪われていた。
 その異変の塊とはむろんワルドが伴ってきたあの見た目だけならば何の変哲もない農夫たちである。しかし、その肉体に、精神の奥深くに幻十の魔手が伸びている以上、彼らがただの人間であるはずもない。
 見よ、それを証明するかのように二人の農夫たちの瞳は月光の紗幕を貫く苛烈な赤に輝き、厭らしい笑みを形作った口からは白濁した涎が滴り落ちている。
 犯してもかまわない、食ってしまってもかまわない。彼らを突き動かすのは、より忌まわしき後者の欲望であった。
 異分子の出現と暴虐に色めき立つ傭兵達の首筋を、黒い何かがヒュン、と風切る音と手を結びながら過ぎり、次の瞬間、幾人かの傭兵達の首筋に横一線の朱線が浮かび上がるや、それらは一斉に血の筋を噴き出して自分自身を赤色に染め上げはじめる。
 突然の出来事に理解が追い付かず、噴き出す血潮を浴びて上半身を赤く染める傭兵達に、先ほどの黒い何かが次々と襲いかかると、それに伴って傭兵達の首や胴、手足が鋼鉄の鎧ごと斬り飛ばされて次々と赤い噴水と大輪の血の花が咲き乱れる。
 Dがこの場に居たなら、とギーシュが口にした時、キュルケは十も数えない間に血の海ができると言ったが、今、彼女たちの目の前には十も数えぬうちに血の花畑が広がっていた。
 それまでの興奮をどこかに、キュルケは茫然と喜劇のように首や手足の舞う光景に我を忘れ、ギーシュはもちろん凄惨な場面にもっとも慣れているはずのタバサでさえ目を見開いて思考を凍らせる。
 いや、タバサにとっては既知感を覚える光景であった。ガリア辺境の村に吸血鬼討伐のために派遣された夜、吸血鬼を炙り出すためだけに斬殺された村人たちの惨状、目の前で繰り広げられた幼い吸血鬼少女の解体劇。
 美しいという言葉が虚しさと同義になるほど美しい青年が、自ら望んで引き起こした惨劇が、タバサの脳裏に鮮明に蘇り途方もない恐怖が体の芯から全身へと広がってゆく。
 傭兵達を突如惨殺し始めたあの農夫たちもまた、幻十の手のものではないのか!?
 これは到底自分達の手に負えぬ妖魔の出現かと、たちまちのうちに恐慌に飲まれた傭兵達は我先にと逃げ出し、尋常な姿にたっぷりと異常を詰め込んだ農夫二人はそれらを追う事はせずに、宿屋の軒先で杖を構えるキュルケ達に濁った赤い瞳を据える。
 茶髪にそばかすだらけの顔、吊り目の二十代前半の男と、やや小太りで糸のように細い目をした十代後半の男の組み合わせである。どちらも野暮とか田舎くさいという言葉が骨の髄まで沁み込んで、一生かけても拭い去ることはできないだろう。



「お、おれはバルカン。こっちは、あ、ある、アルケン」

 多少は知性が残っているのか、おぼつかない調子でバルカンと名乗った茶髪の青年は名乗り、隣の小太りの名前も告げる。アルケンの方には言葉を話すだけの知性がないのか、あるいは言葉を失っているのかもしれない。
 べろり、とアルケンは言葉の代わりに分厚い唇からぬらぬらと涎に塗れて汚らしく光る舌を出した。異様なのはじゅるりじゅるりと水音を出しながら零れる舌の長さであった。
 分厚いステーキの様な舌はアルケンの二重顎に届き、胸に届き、腹に届き、膝に届き、地面に着く直前で弧を描いて鎌首を持ちあげる蛇のように舌先が持ち上がる。人間の持つ舌という肉体器官ではまずあるまい。
 息を呑むキュルケ達の様子が愉快なのか、バルカンは耳にこびりついて離れない気色の悪い声を上げる。対峙する者への悪意と嘲侮を隠そうともしない卑しい笑い。

「け、けけっけっけけけけぇ。お前、らはうう、美味そうだ。女は特に、美味いいいからあ、も、もう我慢できねえ。くくく、食ってえぇえぇやるやるやるうううう」

 無言でいたアルケンが、にんまりと唇と瞳を歪める。言葉を操らずともバルカンの意見に同意であると、キュルケ達にははっきりと分かる醜い表情だ。
 バルカンとアルケン。二人の異様さが理解できたのか、あるいは生存本能の鳴らす警鐘の音に突き動かされたか、傭兵達は二人の『元』農夫達に殺意を向けるよりも早く、逃亡の一手を選択している。
 取り囲んだはずのメイジ達は予想を上回る手強さを示してこちらに手痛い被害を与え、後方から姿を見せた異様な農夫は、気色の悪さとそれ以上の危険さが不可視の霧となって噴き出している。
 アルケンとバルカンの両者は逃げ出す傭兵達には何の興味も見せず、獲物と見定めたキュルケ、タバサに視線を固定している。ギーシュは視界の外である。

「アルケン、おれはああっちの肉付きのいいおお、お女だ。食いながら犯してやる。犯しながら食って、殺してからまた犯して、そんで骨まで残さずくく、食ってやるんだ。小さい奴は、お前が、好き、きにしな」

 バルカンに対し、アルケンは舌を伸ばしたままこくりと頷き返した。両者の間での意思疎通には何の問題もないようだった。
 農夫としか見えない二人の突然の凶行を前にして動けずにいた三人も、バルカン達の言動に、はっきりと自分達の敵を認識し、即座に戦闘行動へと意識を振り向けた。二人から放たれる身の毛もよだつような悪意に全身を打たれた所為もある。
 火の粉が爆ぜる音にまぎれて再びあの黒いナニカが虚空をよぎり、それはまっすぐタバサの首筋を目指していた。その黒い筋にタバサが反応できたのは、瞬く間も惜しんでアルケンらの動きを注視していた事と、半分は幸運といっていい。
 身の丈ほどもある杖の先から発した風の刃が、タバサの首を狙ったナニカを弾き飛ばし、ナニカはそれを伸ばしたアルケンの元へと、襲い来た時と同じ速度で戻る。
 咄嗟に風の刃で防いだタバサであったが、ほとんど反射的な動きであったために、自身でも何を防いだのか、何が自分を狙ったのか正確には認識してはいなかった。
 だが、速度を落としてじゅるりじゅるりと音を立てながらアルゲンの元へと戻ったそれの正体をはっきりと認識した時、タバサ達の瞳は改めて驚きに見張られる。
 アルゲンの使った武器、それはタバサ達にも確かに存在する器官であり、よもやそれを武器にするとは思わなかったからだ。
 傭兵達の喉元を割き、骨ごと首を斬り飛ばし、血の花畑を辺り一面に咲かせたのはアルゲンの異様に長い舌だったのだ。まるで舌がそのまま蛇に変わったかのように自在に動き回り、また金属製の鎧をものともせぬ切断力と絞殺力を持って死神と化す。
 それが幻十から与えられたアルケンの異能なのだ。しかもその舌はトライアングルクラスのメイジであるタバサのウィンドカッターを受けてもなお、切断されぬほどの柔軟性と剛性を併せ持っている。
 タバサほどの達人級のメイジの目をしてもはっきりとは認識できぬほどの高速で自在に伸びるそれは、下手な魔法などよりもよほど脅威となるのは、険しいものが浮かぶタバサの顔が証明している。
 ウィンドカッターを受けた個所を左手の指でなぞり、アルケンはぐふ、ぐふ、と蛙の鳴き声に酷似した笑い声を零す。お前の攻撃はおれには通用しないぞ、と言葉なく語っているのだろう。

「散開!」


 タバサの声にキュルケとギーシュは反射のレベルで答え、その場から即座に飛びずさる。ハルケギニアの魔法に身体強化の類はないが、それを考慮すれば見事といえる三人の動作であった。
 キュルケが前方の飛びこむように転がった直後、頭上から跳躍したバルカンが先ほどまでキュルケのいた場所に着地し、不利かぶっていた右拳を叩きつけ、直径六メイルに及ぶ大穴が出来上がっていた。
 ぶくり、とバルカンの咽喉が膨れ上がり、次いで頬が栗鼠よろしく膨れ上がると凄まじい吐息と共に緑色をした液体がバルカンの細められた唇から放たれる。
 キュルケは転がり起きた姿勢から咄嗟に杖を振り上げて、自分の腹をめがけて放たれた液体にファイアーボールをぶつける。紅蓮の色に燃え盛る火炎弾は液体と接触した途端、白煙に変わり瞬き一つする間もなく消失してしまう。

「嘘、あたしの炎を“溶かした”の!?」

 キュルケが驚愕に身を浸す暇はほぼなかった。溶解された火炎弾の煙を貫いてさらに二条、三条と溶解液が矢のごとく降り注ぎ、それを躱す作業に勤しむ事を強要されたからだ。

「こんの!」

 マントやブーツ、自慢の髪の毛を泥やほこりで汚しながら、キュルケは反撃のファイアーボールを立て続けに放つが、あろうことかそれは、顎の関節が外れるほど大きく開かれたバルカンの口に齧り付かれ、咀嚼され、呆気なく飲み下される。

「ま、まあ、まあだな」

 火の粉と一緒にげっぷをひとつし、バルカンは満足げに鼻を鳴らす。渾身の炎を溶解されたのみならず食べられた事に、キュルケは驚愕の心理の折に囚われる。
 バルカンに与えられたのは鉄を噛み千切る咬筋力と強靭な歯、そしてあらゆるものを溶かす胃液とそれに耐える常人を凌駕した肉体なのだろう。おそらくは口腔内部を満たす唾液にも胃液と同様の効果があるに違いない。

「もっと、もっとと、ほのお、炎を撃つがいいい、いささ。ぜんぶ、ぜんぶうくく、食ってやるぅううううっ」

「キュルケ、の方も、いろいろと大変、みたい、だね!」

 と、短く言葉を区切りながら喋るのは無論ギーシュである。変幻自在の鞭のごとく周囲を走る肉鞭をかわすのに必死だというのに、口を開く余裕を無理矢理絞り出しているあたり、この少年も良い根性をしている。
 タバサと自分用の護衛にワルキューレを二体造り出し、それぞれに持たせた傾斜のつけた盾でなんとか肉鞭を防いでいるが、一撃受けるたびに大きく青銅製の盾やボディが大きく凹まされ、削られている。
 ギーシュが防御を担当する間、タバサが隙を見てはウィンドカッター、ウィンディ・アイシクルと持てる水と風の系統魔法を駆使して――必殺の心構えで――いるというのに、アルケンの肉鞭と素早い身のこなしは、風の刃と氷の槍が触れる事を許さない。
 蛙の顔をしているくせに体捌きの方は練達の暗殺者の技量を身に付けた猿のように素早く、目で追うだけでも相当の苦労だ。

「集中」

「分かって、のわ!?」


 肩をかすった肉鞭にマントと制服の布地、それにいくらかの皮膚を持っていかれて、ギーシュは眉を顰め、小さく苦鳴を零すも瞳はアルケンから外さない。
 すかさずタバサの風切る風の刃ウィンドカッターが、四つ、アルケンの四肢を斬り飛ばすべく走るも、目に見えぬはずの風の刃はいとも容易くアルケンの身のこなしによってかわされ、無為に精神力を消耗しただけに終わる。
 アルケンが跳躍した先にギーシュはアースハンドを発生させて、足をからめ取ろうとするも、それは地を這った肉鞭があっさりと薙ぎ払ってただの土へと還す。
 わざと攻撃の手を緩めてタバサとギーシュの必死の反撃を楽しんでいるのか、アルケンは余裕の伺える冷静な動きで二人の姿を観察し、肉鞭を攻撃に用いる回数はさほどに多くない。
 アルケンの四方を囲んで、タバサの二の腕ほどの氷の槍が透き通った輝きを向けていた。肉鞭を振るう瞬間、わずかに動きが鈍るのをタバサはすでに見抜き、反撃の一手を打つ瞬間を見極めていたのである。
 タバサの冷めた瞳と頭脳の狙いは過たず、合計六つの氷の槍はいまだ燃え盛る宿の炎の照り返しを受けて、赤く染まりながらアルケンの体に突き刺さり、カン、と硬い金属質の音を立てて氷の槍の切っ先が砕け散る。

「ええ! なな、なんで!?」

 驚きの声を上げるギーシュとは別にタバサは自身の氷の槍が砕けた理由を探るべく観察に余念がない。バルカンが身体機能の強化を受けたように、アルケンもまた基礎的な身体能力の強化と舌の武器化、さらに全身の皮膚に鋼鉄と等しい硬度と軟体性を与えられている。
 鋼鉄の硬度と泥のように加えられた衝撃を吸収分散してしまう体組織が、トライアングルクラスのメイジが放つウィンディ・アイシクルを脆弱な氷の槍に堕してしまったのだ。
 ルイズとワルドをアルビオンに送り届けるための囮役を買って出たのは良かったが、よもや傭兵達やメイジを相手にするならともかく、未発見の妖魔の様な人間を相手にする事になるとは、流石にタバサといえども想定していなかった事態だ。
 自分の米神を流れる汗をぬぐう間も惜しみ、タバサはいかなる手段を持って目の前の敵を打倒するか、生き残るために、復讐を果たすために蓄えた知識を洗い直し、現状を打破する一手を必死に模索しなければならなかった。



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