あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

風の使い魔-04d



「よー、どうしたんだ?」
 手招きした赤い髪に褐色肌の女性に尋ねる。後ろでは才人とルイズが、まだ鬼ごっこを続けていた。
「その前に、ねぇ……あれ、止めなくていいの?」
「いんじゃねぇか?」
 才人とルイズを指差した問いに、風助は即答した。
 才人は自分で抗う意志も根性も持っている。なら、求められない限り放っておけばいい。
「え~っと、おめぇは……」
 これまでにも何度か見かけた、タバサの友達の――。
「キュルケよ、キュルケ。あたしは覚えてるわよ、あなたの名前。ね、風助」
「ああ、よろしくな」
「それじゃ風助、ちょっといらっしゃい」
 誘導に従って、騒がしいヴェストリの広場を離れる。
「ここらでいいかしらね」
 着いたのは人もまばらなアウストリの広場。手近なベンチに自分だけ腰掛けたキュルケは、その脚線美を見せびらかすように、
仰々しく足を組んだ。風助の視点だと、視線を上らせたら見えてしまいそうだ。勿論、それもわざとである。
 得意気に風助を見るが、彼は扇情的な光景にもまったく反応を示さない。予想通りといえば予想通りだった。
「昨日、今日とタバサがいつにも増して無愛想なんだけど、あなた……何かやったんじゃない?」
「よく分かんねぇ。あいつは俺のせいじゃねぇって言ってたけど」
「あなたも色々やってるみたいだけど、それくらいでああなるとは考えにくいし……。ねぇ、何を話したか聞かせてもらえるかしら?」
 風助は昨夜のタバサとのやり取りを話した。
 何故、使い魔を引き受けたのか、使い魔として人を殺せるのか。そのすべてを。
 一通り話すと、キュルケは納得した。
「なるほど。確かに問題はあなたじゃなく、あの娘の心にあるみたいね」
 が、納得したものの、どうしたものか。
 顎に手をやって考え込む。タバサに直接聞いたところで、まともな返事が返ってくるとは思えないし。
「なんか俺にできることあるか?」
「ないわね、頑なになるだけ。止めといた方が……」
 言いかけて動きを止める。彼の話に一つ、引っ掛かりを覚えた。
「ねぇ、あなたとタバサって傍目にも全然仲良さそうに見えないけど、どうしてそんなに気にするの? 冷たくて嫌な奴だ、とか少しは思わない?」
「思わねぇな」
 答えはすぐに返ってきた。
「あいつは全然喋んねぇけど、それは嫌な冷たさじゃねぇぞ」
 風助はふと、遠く、懐かしむような眼をした。
「まだ戦争中の頃だ。真夏の戦闘の後は、黄純に出してもらった氷で身体を冷ましてたっけな。けど、それもすぐに溶けちまって、
終いには氷を纏ったあいつに、みんなで寄っ掛かったりしてたんだ。あいつは疲れるって嫌がってたけどな。
でも、その内みんなで馬鹿みてぇに笑ってた。なんでかな……あいつといると、そん時みてぇな……」
「何よ、それ。どういう例え? さっぱり分からないわ」
「ああ、黄純ってのは俺の昔からの友達だ」
「いや、そうじゃなくて……」
 風助は、タバサの作り出す無音の空間が嫌いではなかった。彼女の空間は火照りを冷ます、真夏の夜に吹く風のようで、どこか落ち着く。
心地良さすら感じていた。が、キュルケには伝わらなかったらしい。
 キュルケは風助をまじまじと見つめる。そこにあるのは、嘘やペテンといったものとは、まるで無縁の間抜け面。しかし、妙な迫力と説得力があった。
「なんだ? 俺の顔がなんか変か?」
 変よ。
 と、喉まで出かかったが、一応黙っておく。
 話を聞いてからキュルケは内心、ほんの少しだけ怪しんでいた。もしかして彼の普段の言動はすべてがポーズ、演技なのではないかと。

 来歴からして一般人と同列には語れない風助だが、彼はいささか特殊過ぎる。
 そもそも、タバサからして謎だらけである。姓を伏せ、タバサという名も偽名の可能性が高い。
たまに、夜中に寮を抜け出しているらしき姿も確認している。
ただの留学生ではない、訳ありであることは疑いようがなかった。
 その絡みで、目的があって接近しているのではないか。何者かが裏で糸を引いているのではないか。
 右も左も分からず、偶然に召喚された異国の少年を利用するとは思えないが、だからこそ誰からも盲点になる。
 しかし、この顔を見て即座に馬鹿げた妄想だと振り払った。
 要は、それほどまでに風助がタバサを気に入るというのは不自然だっただけのこと。
 ともかく、妙な例え話からも得心が行った。彼は嘘を吐けるほど利口でもなければ、器用でもないと。
 しかし、風助はキュルケの行動から何を思ったか、感心している様子。
「おめぇ、凄ぇな。顔から考えてることが分かんのか?」
「分からないわよ。ただ、タバサとは付き合いも一年になるし、なんとなくね。でもほら、例えばあの娘、ルイズなんかだと楽勝だけど」
「ルイズもか」
「ええ、あの娘は可笑しいわよ。考えてることがすぐ顔に出ちゃうんだから」
 表現には誇張が混じっていたが、風助はしきりに、ふぅん、だの、おおお、だの頷いている。
 気を良くしたキュルケは、促されるままタバサやルイズのことを語る。打てば響くような反応が楽しく、暫く雑談に興じる。
いつの間にか、抱いていた僅かな疑いも完全に消え去っていた。
 話題にも区切りが付いた頃、突然、風助がこんなことを言い出した。
「なぁ、おめぇも俺と友達になるか? おめぇも、あいつと仲いいんだろ?」
「あいつって……誰のことよ?」
「ルイズ」
 呆れ顔になったキュルケが鼻で笑う。
「冗談はベロだけにしてちょうだい。なんでヴァリエールと……って、ちょっと待って。なんであの娘? あなたの御主人様は?」
 そう、この状況で一番に名前が挙がるべきはタバサのはず。タバサの唯一の友人は自分であり、自分が一番親交が深いのもタバサ。
風助にとっても一番身近な存在はタバサである。
「ああ。あいつには、ここに来てすぐに言ったけど断られちまった」
「断られた……ねぇ」
 大体の想像は付く。どうせこの少年のことだ、真正面からろくに空気も読まずに突撃したに違いない。
 彼は、おめぇ"も"と言った。考えてみれば、今の話と風助とタバサの普段の様子からして、二人の関係が思わしくないのは分かり切っていた。
当然、彼の言う"お友達"にもなっていないのだろう。
「おめぇ、いい奴みてぇだし、もっと話が聞きてぇんだ」
 風助の申し出にキュルケは思案した。彼には興味があったし、一時の戯れにと、付き合ってやるのに異存はなかった。
しかし一つだけ気に掛かる。どうにも釈然としないそれが取り除かれない限り、戯れでも友とは呼びたくない。
「まぁ……別にいいけど、その前に聞いときたいのよね」
「なんだ?」
「あなた、なんでタバサと友達になりたいの?」
 結局のところ、キュルケの疑問はそこへ行き着く。
「あなたがタバサを気に入ったのは分かったわ。あたしが聞きたいのはその理由なの」
 理解できない存在を怪しむ。多少の差はあっても、その点ではキュルケもルイズと同じ。
彼女の場合、どちらかというと好奇心が上回っていたが。
「ん~……」
 風助は首を右に左に捻りながら考え込んでいる。心なしか顔が赤い。ひょっとして知恵熱でも出ているのだろうか。
日頃、物事を深く考えない性格だからだろう。
 事実、風助は何故そう思ったのか、自分でも分からなかった。分からないまま、幾つか思い浮かんだことを口に出す。
「そうだな……あいつの魔法が、風が面白ぇと思ったんだ」
「風が?」
 才人とギーシュの決闘の日、小さいながらも空子旋と拮抗するほどの旋風を生み出し、昨夜は身を以て確かめた彼女の魔法。
 風は常に優しく、暖かいばかりではない。雪をはらんだ風は、切り裂く冷気で身体を凍てつかせる。嵐はあらゆるものを巻き上げ、蹂躙する。
 厳しいが故に純粋な、あるがままの姿。それらすべてをひっくるめて、風助は自然を、風を愛していた。
 忍空技の多くは、その厳しい自然を武器にするものである。
 肉体を鍛え、それら自然の摂理を感じ取り、身を委ね、一体化することで龍をその身に感じ、技を体得する。
 そして空子旋の竜巻の中で、その純粋さをタバサの風にも垣間見た。
 これまでにも、戦いを通して友を増やしてきた。その中で、相手と拳と拳で語り合ってきた風助は、
タバサの風から千の言葉を交わすより深く理解した。
 その力が一朝一夕で得たものでなく、彼女がそれだけの力を得るまでに必死に研鑚を積んだことも。
一見無感情でガラス玉のような瞳の、その内に激情を、更に奥には優しさを秘めていることも。
「あいつは俺や才人を助けてくれた。他の奴らを守る為に身体を張ったんだ。あいつは十分逃げられたのに。
どんなに強くても、勇気と優しさがなきゃ、誰かを助ける為に竜巻に立ち向かうなんてできっこねぇ」
 風助の知る限り、自分と互角か、それ以上の風の使い手は一人だけ。
 今は亡き師、麗朱。
 師が亡くなり、『子忍』風の忍空使いとしての頂点に立った彼の前に、それ以上の使い手は現れなかった。
 ようやく手にした平和に不満はない。それでも、どこかで求めていた。
同じだけの実力を持った風の使い手と一緒に技を高め合えたらと。
 そして、ここに来て彼女に出会った。求めていただけの力を持ち、おまけに小さな身体に勇気と優しさが詰まった少女。
 これが嬉しくないわけがない。
 平たく言えば、風助はタバサの風に一目で惚れ込んだのだった。
「え~っと……つまり、それが理由?」
「違うぞ」
「違うの!?」
 ガクッとベンチからこけそうになる。
「じゃ、なんなのよ」
「なんとなく……じゃねぇか?」
「なんとなく?」
「ああ、なんとなく」
「何かあるでしょうよ。ほんとに何もないの?」
 タバサが強いから。
 一緒にいて居心地が良いから。
 それではいけないのか。他に何があると言うのか。
 まさか本当に理由もなく言っているはずはない。そう信じて問い詰めるが、いい加減疲れてきた。
「ってもなぁ……そうだな……うん」
 またしても熟考に入る風助。キュルケはやきもきしながら、答えを待つ。
 風助はタバサという少女に興味を抱いた。だが、これらは興味を持ったきっかけでこそあれ、彼女と親しくなりたいと思う動機ではない。
それなら、ただの使い魔でも、なんら問題はないからだ。
 更に数分間、考え、迷う。曖昧な感情を言葉に変換する。
 やがて、風助は両手をポンと叩いた。
「おぉ! 分かったぞ!」
「なになに?」
 不慣れな行為だったが、その過程で、やっと自分でも理解できた。
 それは拍子抜けするほど簡単で、それでいて己が原点とも言えた。
 そう、この気持ちを敢えて言葉にするなら。

「あいつの笑った顔が見てみてぇんだ。あいつ……にっこり笑ったら、きっとめちゃくちゃ可愛いぞ」

「は……」

 絶句、次いで唖然。
 今時、歯の浮くような台詞。なんて単純で、なんて分かりやすい理由なんだろう。
 それも言ってる本人は照れもせず素面なのが余計に可笑しい。

「ぷっ……あはははははははは!!」

 キュルケは数秒呆けてから、腹を抱えて笑った。
 散々焦らされた挙句、返ってきた答えが――笑った可愛い顔が見たい。
 予想だにしない不意打ちを食らって、人目も憚らず爆笑。腹が捩れるという表現を体感させられた。
「おめぇ、なんで急に笑ってんだ? 変なもんでも食ったのか?」
「はぁ……はぁ……。変なものは目の前の"これ"だけで十分だわ」
 肩を震わせ、息も絶え絶えに"これ"の鼻っ面に指を押し当てる。
"これ"はキュルケの指差す方向、自分の背後を振り返るが、何もおかしなものはない。
変な奴だ、という顔をすると、キュルケが落ち着くのを待つ。
 キュルケはまだ小刻みに全身を震わせていた。押さえた腹の筋肉が痛い。
まともに会話ができるまで回復したのは、それから一分ほどしてからだった。
 人目を気にして居住まいを正したキュルケに、今度は風助が訊く。
「なぁ、あいつの笑った顔、おめぇは見たことあるのか?」
「……ないわね」
 この娘はたぶん喜んでいる、と雰囲気で感じることはあれど、笑ったと認識できるほど表情が動いた瞬間を見たことはなかった。
ましてや、満面の笑みなど想像すら難しい。
「じゃあ、見てみたいと思わねぇか?」
 確かに。
 あの無口な少女が、にっこり笑えば、さぞかし愛苦しいことだろう。
 想像してみる。
 うぅん、見てみたい。
 考えると自分まで笑みがこぼれてしまい、
「……見てみたい、かも」
 キュルケは自然と頷いていた。
「だろ?」
 と、同意を得て嬉しそうな顔。
 いやいやいや、相手のペースに巻き込まれてはいけない。頷いてから、すぐさま正気に返る。
 タバサはキュルケの事情を詮索せず、キュルケはタバサを詮索しようとは思わなかった。
さほど興味がなかったというのも一つの理由ではあるが、それ以上に、非常にデリケートな問題だと察したからだ。
 キュルケが風助の鼻に押し当てていた人差し指を目の前でピンと立てる。
「最後に一つだけ確認。同情ではないわね? あの娘がいつも一人で本ばかり読んでるから? 
それが寂しそうにでも見えた? 
一応言っとくけど、同情や憐れみで友達になってやろうなんて考えてちゃ、あの娘の心なんて開けっこないわよ」
「あいつは強ぇ奴だ。なんか大事なことの為に頑張ってんだろ。
だから、俺はあいつの一人でいるとこが寂しそうだとは思ってねぇ。ただ……」
「ただ?」
「あいつは俺が知らねぇ世界を見せてくれた。だから、俺もあいつに見せてやりてぇんだ。俺の知ってる世界を。
一人じゃできねぇ楽しいことも一杯あるんだって」
 いつも見ていた、本を読む彼女――あれは一心不乱に目的に向かう人間の姿だ。それでも、少しくらいの息抜きはあってもいいはず。
「あいつがなんか隠してんのは、なんとなく分かってるぞ。あいつはたぶん、凄ぇ重たいものを一人で背負ってる。
だから俺はできることをしてやりてぇんだ」
 だが、キュルケはまだ納得しない。無理に踏み込めば、自分も相手も傷つく。果たして、風助はそれを理解しているだろうか?
「でもね、友達だからって、何でも首を突っ込むのが正しいとは限らないわ。誰もがあんたみたいに自分の過去を平気で曝け出せるわけじゃないの。
だからタバサに拒絶されたのよ。分かる?」
 だとしても、大切な人が独りで苦しんでいるとしたら、放ってはおけない。たとえ友達じゃないと言われても。
 できるなら目的の一助になりたい。重い荷を一緒に背負ってやりたい。まだ使い魔とは何かよく分からないが、おそらく間違ってはいないと思う。
 もし、それが使い魔として間違っていたとしても、風助という少年は他にやり方を知らなかった。

「嬉しい時や楽しい時だけ一緒にいて、苦しい時や助けてほしい時、辛い時や泣きたい時に、知らん顔すんのは本当の友達じゃねぇ」

 いつもはまんまるでギョロっとした眼も、この時ばかりは瞼が斜め半分に閉じられている。
 睨んでいるのか? 誰を?
 真剣味を帯びた視線の対象は――キュルケだ。
 それはまるで、
「お前は本当の友達なのか?」
 そう、問いかけているようだった。
 だとすれば黙ってはいられない。この一年、彼女を傍で見てきた者として。
 キュルケもまた脚を組み直し、挑発的な目つきで風助を見据えた。
「知ったような口を叩いてくれるじゃない」
 二人は無言で睨み合った。
 不穏どころではない、殺気立ったとも言える雰囲気が漂う。
 風助から放たれる無言の迫力に気圧されそうになり、負けじと目に力を込めた。背中に汗が伝うのを感じたが、キュルケも後には引けない。
 互いに微動だにせず、睨み合うこと十数秒。
 先に均衡を崩したのはキュルケだった。ふっと脱力し、微かに口元を綻ばせる。
最後まで目は逸らさなかったが、どの道、根負けしていた。
「いいわ、友達になりましょう」
 それまでと打って変わって、優しげな声色で右手を差し出す。
「いいのか?」
 友達なんてものは本来、こんな儀式めいた口約束が必要なものではないのかもしれないが、
思えばタバサとの始まりもこうだったと苦笑い。
「ええ、友達の友達は友達とも言うでしょ? だったらあたしが友達になってあげるわ」
「そうか、ありがとな」
 握り返してくる手は彼女より小さく、温かく、汗で濡れていた。顔は笑みを取り戻しているが、彼も拳を握っていたのか。
 かくいうキュルケも、一瞬が数十秒に感じられることがあるように、数時間にも思える緊張を強いられる時間だった。
 それだけに分かる。彼の本気と、決意のほどが。
「今のあなたじゃ心許ないもの。タバサをまた怒らせかねないわ。だから……あたしが近くで見ててあげる」
 タバサと友達になれるかどうか、吐き出した言葉をどこまで貫けるかを。
 どうすればそれが可能か、キュルケは考えた。
 自身の経験則からして、あの手のタイプ相手に無言のサインを読み取れないのは致命的。
その点で言うと、彼は甚だ不安である。
 しかし反面、それほど心配の必要もないかとも思っていた。
 この少年、どうやら日常では鈍いくせに、肝心要の場面では変に鋭くなる。
そして、彼女の異常に気付けば絶対に止まらない。
 彼女はたぶん、どんなに辛い状況でも口に出して助けを求めたりしない。
だからこそ、これくらいお節介な使い魔でちょうどいい。
 日常の行き過ぎた部分は、誰かが抑えてやればいいのだ。彼女の心情を汲み取り、彼にアドバイスを与えられる人間が。
 では、そんな面倒な役回りを引き受けるのは誰か? 
 自分しかいないだろう。
 厄介事に巻き込まれると知っていてなお、キュルケが手を差し伸べたのには理由があった。
「それにしても、笑った顔が見てみたい……ね。ほんと、馬鹿みたいな理由」
「そうか?」
「ええ、そうよ。嫌いじゃないけどね、そういうの。でもどうせなら、にっこりと言わず、声を上げて大笑いさせてみたいわ」
 キュルケ自身、湧き上がる衝動に身を任せる生き方を由としてきた。
 それだけに面白い。
 一人の少女を笑わせる為に命を懸ける。なかなかに情熱的な生き様じゃないか。
 それほどの想い、寄せられれば、女冥利に尽きるというもの。
 いや、相手にもよるか。言うのが彼では、全然、まったく様にならないのが残念だけれど。
 キュルケはもう一度その顔を見て、くつくつと笑った。

 キュルケの用件は終わり、それからは特に何をするでもなかったが、
「なぁ、おめぇまだ食えるか?」
 風助がまたも妙なことを言い出した。
「はぁ? まぁ……少しくらいは」
 彼はいつも唐突である。突然の問いにキュルケは戸惑いつつも、素直に現在の腹具合を答えたのだが――。
 答えてから不安になる。少しと言っても、互いの"少し"には天と地ほどの開きがある。一体、何を食べさせるつもりだろうか。
「んじゃ、ちょっと待っててくれ。見せてぇもんがあるんだ」
 確認しようとしたが、制止する間もなく風助は走り去った。
 常人の一食分を丸々持ってきたりしても不思議はないが、それにしては風助が走っていったのは厨房の方角ではない。
もしや、食べられるものですらないのか。
 落ち付かない心持ちで、待つこと十分少々。風助が息を切らして帰ってきた。
「悪ぃ悪ぃ、また迷っちまってた」
 手に持っているのは、緑の葉に包まった、太く、やや丸みを帯びた棒状のもの。
 戻ってきた時は手ぶらに見え、てっきり厨房に食料を集りに行くのに付き合えとでも言うのかと思ったのは内緒だ。
「その手に持ってるのが見せたいもの?」
「おー。これ、よかったら食ってくれ」
 手渡されたそれの葉を剥いてみると、黄金色の果実が顔を出す。
「トウモロコシだ。凄ぇうめぇぞ」
 確かに。粒の一つ一つまでが丸々と太って美味しそうだ。美味しそうではあるのだが、
「これを食べろと?」
「トウモロコシ、嫌ぇなのか?」
「そうじゃないけどね……」
 どう見ても生である。しかも洗ってもいない。ざっと見たところ他に異常はないようだが。
 キュルケはしげしげとトウモロコシを回し見て。

 ぽかり。
「あてっ」
 風助の頭を軽く小突いた。叩かれた頭を押さえ、ただでさえ丸い目をさらに丸くしてこちらを見てくる。
「ったく……貴族の娘に――そうでなくてもよ。
レディに、洗ってもない野菜を、公衆の面前で、生で丸かじりしろ、なんて言うのはあなたくらいのものよ。それに昼食後に丸々一本なんて入らないわ」
「おー……」
 たった今、気付いた。顔にはそう書いてあった。
「んじゃ、晩飯の時にでも茹でてもらうか。おっちゃんに頼んどくぞ」
「そうしてちょうだい」
 彼は頭に乗っかったトウモロコシを受け取ったが、食べさせるのを諦めてはいないらしい。もっとも、食べること自体は構わないので、
コックの手に委ねておけば安心である。
 大事そうに抱えられた黄金色の果実。丸かじりには抵抗を覚えるが、なかなか食欲をそそる。
 キュルケは綺麗に手入れされた長い爪で房から一粒摘み、口に放り込んだ。
「うん、おいしっ」
「そうか、うめぇか。ならよかったぞ」
 風助は、母親に褒められた子供のような――実際子供なのだが――喜びと照れが混じった顔で笑う。
照れ臭そうに鼻を擦る仕草も、天気のように表情を変えるところも、愛嬌がある、初めて可愛げがあると思えた。
「あなたが召喚された時から持ってたものなのよね、そういえば。どうして食べなかったの? お腹空かしてゲート潜るくらいなら、食べれば良かったのに」
「まーな。けど、そいつはお師さんが俺ら干支忍に食わせてくれたトウモロコシで、お師さんが死んじまった後も俺が毎年、みんなに配ってるもんなんだ。
だから、自分で食うより誰かに食ってもらいてぇ。4本持ってきた内、才人に一本、おめぇと……後でルイズにも一本」
 納得した。
 残り一本の行く先は聞くまでもない。本命の彼女だ。
「ふぅん、特別な意味で使いたいってこと。にしても、もうルイズにまでねぇ……。で、最後の一本はタバサにあげたいってわけ」
「おー、けど、どうすっかな。そろそろ悪くなっちまうし……」
「固定化の魔法っていうのがあるわね。後で使える人を紹介してあげる。にしても……」
 保存法だけなら他にもあるだろうが、相手はあの難物だ、それくらい確実に保存しておいた方がいい。
 ああ見えて根は素直な娘なのだが、一度こじれたとなると長期戦になるかもしれない。と、キュルケは他人事ながら心配――否、もう他人事ではないのか。
「これを食べてもらえるのはいつになるかしらね」
 随分と骨が折れるだろう。だからこそ面白いのだが。
 しかし不思議である。キュルケの知る彼女は壁を作って人を寄せ付けないが、
純粋に「お友達になりましょう」と来た相手を邪険にするとも思えない。どうやら、まだ何かあるようだ。
自分も風助も知らない何かが。
「ま、いいわ。それじゃ早速……」
 タバサを大笑いさせるという、果てしなく遠大な目標。
 それを成すには、彼女の問題の根っこの部分まで踏み込まなければならない。
 その為に必要もの――それは覚悟。
 どんな問題だろうと、何が起ころうと、誰が敵であろうと、彼女と運命を共にすると。
 決めたなら後戻りはあり得ない。信用させて途中で手を引くのは最大の裏切りに値する。
 急いではすべてがぶち壊し。無理やり踏み込めば、一巻の終わり。取り返しが付かないことになる。
ただでさえ、これは余計なお節介なのだ。
 全部承知の上で、キュルケは風助の好きにさせてみたいと思う。彼なら、何かを抱えているタバサを解き放てるかもしれない。
もっとも、彼女がそれを望むとは限らないが。
 焦る必要はない。彼がタバサと親交を深めれば、自ずとそれも見えてくるだろう。それに、放っておいても向こうから近付いてくる。
 いずれも漠然とした予感に過ぎない。大げさな話に思われるかもしれない。だが、それだけ根が深く思えてならなかった。
 問題は、いざという時に鋭くても、日常の好感度が低ければ無意味であること。それもこの鈍っぷりでは期待できない。
こういうのは積み重ねが大事なのだ。
 それが分かってるのか、分かっていないのか。人の感情の機微に敏感なのか鈍感なのか。
どちらにせよ、このままでは前途多難、先行き不安である。ならば――。

「この百戦錬磨のキュルケさんが、タバサとの付き合い方を助言してあげようかしら」

 その辺りから指導してやるのがいいか。
 キュルケは胸中で渦巻く種々の思いを、いつもの楽天家の顔で隠した。
「おー」
 何か違う気がしないでもなかったが、風助は素直にその場に座り込み、キュルケ先生の講義に耳を傾けた。
 講義はタバサの話から始まった。やがて進むにつれ徐々に人が集まりだす。
 マリコルヌ、モンランシー、ギーシュ。ヴェストリの広場から逃げてきた生徒だ。ギーシュは風助を見て複雑そうにしていたが、
モンモランシーに促されると素直に着席する。そしていつしか、二人を中心に人の輪が形成されていた。
 これが彼の人徳なのか、はたまた、単に美女と珍獣の構図が物珍しかっただけかは謎である。おそらく後者だろう。
 その頃には話は完全に脱線して、経験談という名の自慢話や他愛ない雑談に発展していた。
 実はそれすらもキュルケ一流の気配りなのだが、風助はこれっぽっちも気付いていない。ただ欠伸をしながら退屈そうにしている。
 キュルケはそんな風助を見て微笑んだ。こんなことでは、まだまだ空気の読める男は遠そうだ、と。

 頭の上を飛び交う会話。右から左に抜けていく。
 周囲がキュルケの話に盛り上がる中、風助は思い返していた。
 最初に聞いた、キュルケとタバサの出会いの話を。




新着情報

取得中です。