あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

風の使い魔-04b



 メイドの朝は早い。
 シエスタは陽が昇り始めたばかりの薄暗い時間に目覚める。髪を梳かし、メイド服に身を包むと、
身だしなみを整えて部屋を出た。食堂に向かうのだが、途中水場で顔を洗い、目を完全に覚まして気分を切り替える。
 これからが一日の最初にして、一番大変な時間。
 歩きながら手順を組み立てる。シエスタの主な仕事はテーブルのセッティングだ。
生徒達が来てすぐに食べられるよう、完璧にしておかなければ。
 考えながら歩いている間に、食堂に着く。最後にざっと服装をチェックして、握り拳を固めた。
 もう同僚も来ているだろうし、いなくても同じこと。一日の始まりは元気よく。
その方が気分も引き締まって仕事も捗るというもの。
 と、いうわけでシエスタは食堂の大きな扉を開け放つなり、
「おはようございまーす!」
 快活に朝の挨拶をした。既に来ていた二、三人のメイドが反応する。しかしシエスタは彼女らを見ることなく、
ちょうど視界の中央に立つ二人の見知った少年に留まったまま固まった。
「よー、シエスタ」
「おはよう、シエスタ」
 誰より早く挨拶を返してきたのは、モップとホウキを持った才人と風助。普段ならこんな時間にこんな場所にいない二人である。
「風助君にサイトさん!? なんで二人ともこんなところに……そのモップは?」
 当然ながら驚くシエスタに、風助と才人が歩み寄る。どことなく照れているようにも見えた。
「いや、それが……」
 二人は顔を見合せて頭を掻く。遠巻きにこちらを見る同僚のメイドは、呆れたような面白がるような、変にニヤついた顔をしていた。
「いやぁ、腹減って目が覚めちゃって……」
「外に出たら、美味そうな匂いがしたから匂いを追っかけて……」
「気が付いたら厨房に来てて……」
「おっちゃんになんか食わせてくれって言ったら……」
 どちらも理由は同じのようだ。流石に、ここまで言われればシエスタでなくとも察しがつく。
 何故ならば、この時間の厨房は修羅場であるからして。
「ははぁ、それで暇なら準備を手伝ってこいって追い出された、と」
 二人が頷いた。シエスタはがっくり項垂れた。ついでに他のメイドは爆笑していた。
 頷いた才人の頭頂部が心なしか盛り上がっているせいか。なんとも馬鹿らしい、それでいて彼ららしい理由である。
「だからって律儀に手伝わなくてもいいんですよ?」
「いつも大変だろ? だからちょっとでも役に立てればと思ってさ」
「他にすることもねぇしな」
 そう言って、せっせと掃除を再開する二人。
 最初は人手が増えるならいいかとも思ったのだが、違った。実際初めてみると、
手順を知らないので横で見ていないと危なっかしくて仕方ない。気持ちは嬉しいのだが、ぶっちゃけ邪魔である。
 とはいえ、そうも言い辛く、シエスタは考えた末に両手を打ち鳴らした。
 パンパンと乾いた音が響き、視線が集まる。
「二人とも、ちょっとそこに並んでください!」
 仕方がないので徹底的に監督することにした。腰に手を当てて、気をつけの姿勢で並ばせる。
「いいですか? 風助君はホウキはいいから雑巾がけを。サイトさんはお皿を並べるのを手伝ってください。
早く終わらせればその分、早くご飯が食べられます。だからつまみ食いは絶対駄目ですからね! 特に風助君!!」
「おー!!」
 揃って右手を振り上げる。呼応するように、ぐぅぅ、と二人の腹が鳴った。
「わたしだってご飯食べてないんですよ……」
 シエスタは呆れ混じりに呟いた。
 本当に大丈夫だろうか。果たして分かっているのかいないのか、シエスタは不安になった。
 他のメイドが傍観しているあたり、どうやら二人のお守は自分だと認識されている。
 それにしてもこの二人、使い魔として束縛されているのかと思いきや、なかなかどうして自由な性格である。
それぞれ単独ならまだしも、男の子同士、意気投合する部分が多いのだろう。傍目からは、まるで兄弟。
いや、揃って悪乗りするあたり、完全に同年代の悪ガキ二人か。
 風助は食べ盛り(そんなレベルでもないが)だから仕方ないにせよ、
才人にはもう少し年長者としてしっかりしてもらいたいものだ。無謀とはいえ、
貴族に立ち向かった勇気は素直に敬意に値するのだが、普段の彼からはまったく感じられないのも困りもの。
 もしも決闘で彼が勝利していれば、或いは恋慕を抱くようなことがあったかも――想像してシエスタは一人含み笑いを漏らす。
 これも運命の悪戯と言う奴か。まぁ、良き友人の一人には違いないのだが。
 それでなくても、自分は家庭環境からか幼い子供には世話を焼きたくなる性分らしい。
風助相手にはどうにも贔屓目に見てしまうのだった。

 準備はつつがなく進み、次第に雑談する余裕も出てきた。
「ねぇ、風助君。今日も行くの?」
「ああ、今日中に片付けられっかな」
 休憩時間や空き時間を縫って二人と集まるのが、ここ最近のシエスタの日課だった。
 そこは風助や才人と親しくなれた場所。誰に秘密にしているわけでもないが、今は三人だけの場所。
そういえば、才人は子供の頃の秘密基地を思い出すと言っていたっけ。
「でも道具も足りないし、他にもあれこれ足りないぜ? どうするんだよ、風助」
「明日は虚無の曜日だし、街に行って必要なものは買出しておくといいんじゃないかな。
私、明日はちょっと付き合えないんだけど、ミス・タバサにお願いしてみたら?」
「う~ん。けど、あいつ連れてってくれっかな……」
 風助の、いつもの太陽のような能天気さが一瞬曇った。彼にしては珍しく、不安げで気弱な発言。
実際どうだったかは分からないが、シエスタの感じた翳りは彼女が言うより早く、一瞬で隠れてしまう。
 さて、どうしたものか。そっとしておくのがいいのか、それとも突っ込んでみるか。
 シエスタが決めあぐねていると、
「なんだよ、風助。お前もしかして、あのタバサって娘に嫌われてんのか?」
 横から才人がからかいだした。言いながら風助の帽子を叩いたり、ぐりぐり撫でたりしている。
「かもしんねぇな」
「え……」
 風助を弄っていた才人の手が止まった。シエスタとしても意外だったが、先ほどの違和感が気のせいでなかったことを確信する。
 実際才人は「おめぇと一緒にすんな」とか、もっと気楽な返事を予想していただけに、かなり動転した。
 その胸中は分からないが、これだけは分かる。
 どうやら、地雷を踏んでしまった。
 見かねたシエスタが才人の袖を引いて顔を寄せる。
「……駄目ですよ、サイトさん。ほんとのこと言っちゃ……」
「えっ、そうなの? 俺は冗談のつもりで……」
「傍から見てたら丸分かりですよ……。どう見ても噛み合ってないですし……」
「でも、俺達みたくケンカしてるようには見えないけどなぁ……」
 こそこそ密談を交わす間も、才人はとぼけた発言を繰り返す。
 この少年、その手のことには相当鈍い。才人の主従が"ケンカするほど仲がいい"とは思わないが、
一人だけ空回っているよりかは格段にましだ。どちらが辛いかはともかく、
シエスタから見れば、タバサと風助の距離は才人とルイズの距離よりはるかに遠い。
 まったく、友達のくせに男ってのはそんなことにも気付かないのか。
 シエスタはついイラっと来て声を荒げた。
「冷え切ってるんですよ! 倦怠期ですよ!」
 むぅ、冷えてない時期がなかったのに倦怠期と言うのは違ったか。
 と、言ってから思った。
「ちょ……シエスタ、声大きいって……」
 才人になだめられてハッとなるシエスタ。恐る恐る振り向くと、全部聞こえていたのだろう、
風助がじっとこちらを見つめていた。
「ご、ごめんなさい、風助君。今のは、その……」
「気にすんな。俺は別に気にしてねぇぞ。届かねぇなら届くまで粘るしか、やり方を知らねぇからな。気持ちも、言葉も」
 取り繕うにも混乱して言葉が出てこず、慌てふためくシエスタだったが、幸い風助は傷ついていないようだった。
ほっと安堵してから、才人と二人して気休めの言葉を吐く。
「ほ、ほら、ミス・タバサって実力主義っぽいじゃない。風助君が使い魔として頑張れば認めてくれるよ」
「そうそう、認めてもらいたいって気持ちは俺も分かるよ。俺も決闘に勝ってりゃなぁ。
少しはあいつも……あいつにも馬鹿にされずに済んだんだけどなぁ」
 ちらりと横目で才人を見ると、少年はやや疲れ気味に嘆息していた。
 それはきっと単なる慰めでなく、本心からの共感。使い魔という、ある意味平民以上に行動を制限された立場ながら、
それでも自由に生きているように見えた二人にも、彼らなりの悩みがあった。
 シエスタは、風助と才人を交互に見て思う。友人として、力になれるものならなってやりたいと。
 しかし問題は、彼ら使い魔と貴族の主人間での不和であり、一介のメイドが口出しできる領分を超えている。
 勿論、二人とも大事な友達である。いよいよとなれば、怖いけど勇気を振り絞って抗議だってする。
けれども、まだそれには及ばないだろうとも思っていた。

「けどさ、別に無理に仲良くなんなくてもいいんじゃないか? 少なくとも、俺はルイズと仲良くなれそうな気はしないね」
 才人の言葉にも一理ある。
 いつも単純な風助と接していると忘れがちであるが、この国で、社会で、平民として暮らしてきたシエスタにとっては、
むしろ才人の意見の方が身近で現実的に思えた。両者の間には超えられない高い壁が確実に存在するのだ。
「やっぱり平民と貴族ですからね。なかなか難しいです」
「本当に……貴族と平民じゃ仲良くなれねぇもんなのか? 俺は友達だと思える奴ができたぞ。
才人、おめぇは仲良くしてぇと思ってたのか?」
 風助の問いは真っ直ぐなだけに才人の胸に深く突き刺さり、苛立ちを呼び起こす。
 才人はカッとなって風助を睨んだ。
「俺が知るかよ……。だいいち、いきなりこんなとこに呼び出されて、
ちょっと文句言ったら飯抜いて鞭で叩く奴と仲良くしたいと思えるかっての。それに……お前だって面白がられてるだけかもしれないぜ?」
 自然と物言いにも棘が混じる。
 その言葉が貴族でも平民でもなく、同じ境遇なはずの風助から放たれたからこそ、余計に才人は反発した。
 ままならない現状が、自ら招いたものだとでも言うのか。召喚されて一週間、自力で如何様にも変えられたはずだと。
スタートラインが同じ自分は、現にそうしてきた、と。
 真意はどうあれ、才人には受け入れられなかった。
 風助はそれきり沈黙。顔こそ変わらなかったが、重く険悪な空気が漂い出す。才人も黙々と作業を再開するが、
板挟みになっているシエスタは堪らない。なんとかこの空気を変えなければと、シエスタは考え――閃いた。
「そうだ。風助君、まずは周りから固めていったらいいんじゃない? ほら、ミス・タバサのお友達と言えば……」


 午前中の講義が終わり、昼食。再び生徒達が食堂に集まる。
 そこまではいつもと同じ。
 だが、風助と才人の様子はそうではなかった。風助は足りないと愚痴ることもせず、才人は粗末な食事をろくに味わいもせず口に運ぶ。
思えば、朝食の席から二人は誰とも口を利かなかった。
 風助に限っては、気付いた人間は当事者を除けばタバサただ一人。食べっぷり自体はまるで乱れがなかったので、当然と言えば当然だった。
 観察していたから気付ける、これまでなら気にもしなかった些細な異常。だからといって、いくら観察したところで理由には行き当たらず、
気付いたからといって意味はないに等しかった。
 時間が経つにつれ、タバサ以外もおかしいと感じ始める。風助が食べ終わったにも関わらず、腹も鳴らさず、立ち上がりもしなかったからだ。
下を向いて、ぼ~っと考え込んでいるようにも見えた。
 やがて風助は立ち上がると、風助から離れるように座っていたギーシュに歩み寄り、一言。
「なぁ、おめぇらケンカの続きはやらねぇのか?」
 ギーシュの肩が大きく跳ねた。十秒ほど置いて、ぎこちない動きで風助に顔を向ける。
「君はいつもとぼけてるくせに、つまらないことは覚えているんだね」
「俺が邪魔しちまったから、気になってたんだ。それで、やらなくていいのか?」
 食堂中の全員がギーシュと風助に注目する。迂闊な返事はできなかった。
「そ、そうだね。僕はいつまでも平民の無礼を根に持つほど狭量な人間ではないんだが……
無論、彼が望むなら拒む理由はないさ」 
 ギーシュはしばし考えて、才人に丸投げた。これなら、体面を保ちつつ再戦を回避できると考えた。
才人も、あれだけやられて今更戦いたいとは思わないだろうと。
「才人。おめぇはどうなんだ?」
 ケンカ中の風助からいきなり話を振られて困惑する才人。なんとなく決まりの悪さを感じる。
「俺は別に……」
 と答えたものの、ギーシュに対する怒りをなくしたわけではなかった。風助の騒ぎでうやむやになってしまい、
目が覚めてからは、ルイズにたんまり説教され、溜まった掃除と洗濯。そんな目まぐるしい忙しさで少し忘れていただけだ。
 面倒事ばかりではない。風助やシエスタと荒れ地を整地するのも楽しいもので、憩いのひとときは嫌なことを忘れさせた。
「けど、やられっぱなしってのも悔しいよなぁ……」
 才人は胡坐を掻いて、頬杖をつく。
 ううん、こうしていると段々と腹立たしくなってきた。すると、沸々とやる気が湧いてきたのを見計らったかのようなタイミングで、
近くに来ていたシエスタに忠告される。
「危ないですよ、サイトさん! 風助君みたいに強いならともかく、メイジの方と戦うなんて……」
 それが決め手になった。シエスタは自分を心配して忠告してくれたのだろうが、完全に逆効果。風助と比較され、完全に火が点いた。
男の意地――と言うには些か陳腐な虚勢だが、シエスタにこうまで言われて黙っていられるほど才人は大人でも、また大人しくもなかった。
「よし、やろうぜ。今度は俺から申し込む」
 立ち上がった才人が、挑戦的な目つきでギーシュを誘う。予想外の挑戦に、ギーシュは困ってしまった。

「受けてやれよ、ギーシュ。あのままやったら僕が勝ってたって息巻いてたじゃないか。ここで受けなきゃ男が廃るぜ?」
 そこへ畳みかけるように言ったのは、級友のマリコルヌだ。更に次々と声が続き、食堂がにわかに活気づく。
 簡単に言ってくれるものだと思った。才人単独なら余裕で勝つ自信はある。問題は風助だ。あの得体の知れない術だ。
 しかしながら、あれは肌で感じた者でないと共感は得られないだろう。荒れ狂う暴風の渦に為す術なく、
その先にある自分の死を直視させられた。次は参加しないと言っていたが、いよいよとなれば分かったものではない。
 生徒達は既に観客と化し、才人と共にギーシュの返答を待っている。ああ言った手前、断る選択肢は最早なかった。
 助け船を求めてモンランシーを見ると、彼女はメイドに何やら耳打ちされ、ギーシュなど見ていなかった。
二人は互いに囁き合い、最後にモンランシーが軽く頷く。
 ギーシュは消沈しかけたが、すぐに最後の希望は潰えていなかったと思い直す。
 あのメイドは才人の決闘を止めたいはず。なれば、モンモランシーに止めてくれと頼んだのかもしれない。
モンモランシーに涙ながらに制止されれば、遺憾ながらも挑戦を断らなければならないからだ。男として。
 モンモランシーがギーシュの視線に気付いた。愛らしい唇、にこやかな微笑み。しかし美しい旋律で紡がれた言葉は、ギーシュにとっての絶望を告げる。
「いいじゃない、ギーシュ。受けてあげれば? 風助は参加しないんでしょ? だったらあなたの楽勝じゃない」
 いつから彼女はあのカエルを名前で呼ぶようになったのだろう。
 一瞬疑問に思ったが、そんなことは瑣事に過ぎない。彼女は自分の勝利を信じている。それも一片の疑いもなく。
 こうなれば、もう腹を括るしかないのか。
「……仕方ない。受けて立とうじゃないか」
 ギーシュも立ち上がって、才人をきつく見据える。交差する視線が火花を散らした。
 場が最高潮に盛り上がった頃になってようやく、
「ちょっと! 勝手に決めるんじゃないわよ! サイト、あんたの御主人様はわたしなんだからね!!」
 ルイズが抗議の声を上げた。あまりにトントン拍子で話が進むので、口を挿むタイミングを逸していたのだ。
「それじゃ、早速やろうぜ。場所はこの間と同じでいいよな?」
「ああ、僕はいつでもどこでも構わない」
「ちょっと聞いてるの!? また痛めつけられるだけよ! なんだってこんなことするのよ! ギーシュだって! 
今度はお咎めなしじゃ済まないんだから!!」
「理由なんかねぇ。ただ、むしゃくしゃしてるだけだ。こんなもん、ただのケンカなんだからな」
 そうとも。理由なんかない、子供の掴み合いと同じ。
 正直、魔法は怖い。なのに、心は勝手に立ち向かっていた。あくまで想像に過ぎないが、自分は無力で凡庸な男だが、
それに甘んじるのに耐えられなかったのだと思う。
 ギーシュも髪を気障ったらしく掻き上げる。
「だそうだ、ルイズ。これは決闘じゃない。ちょっとしたケンカなんだから別に問題ないだろう」
 話を聞かない二人に、ルイズは頬を膨らませた。
 寝食を盾にしても、今の才人は聞かないだろう。いっそ、この場で魔法を炸裂させてでも止めてやろうか。
それとも、教師に告げ口して止めてもらおうか。などと思ったが、どちらもプライドが邪魔をする。結局、
「もう! 好きにすればいいわ!! 今度は怪我しても知らないんだからね!!」
 としか言えず、才人はそれを了承と取ったのか、ギーシュと二人して食堂を出ていく。続いて観客がそれを追い、
後に残されたのは興味のない一部生徒とメイド。残った中にはキュルケやモンモランシーも含まれていた。
 ルイズが憮然としながら腕を組み、思い返す。
 どうして、こうなった? これは誰のせいだ?
 食堂内を見渡すと――いた。
 ギーシュと才人の分だろう。メイドからデザートのジェラートを三人分もらい、幸せそうに頬張っている、すべての元凶。
 どんな魂胆があってけしかけたのか、前回止めたのはなんだったのか。訊きたいことは山ほどあった。
イライラも思うさまぶつけたかったが、今はぐっと堪える。
「あんたも来なさい。危なくなったら止めるのよ!」
 ルイズは彼の襟首を引っ掴み、ずりずり引き摺りながら食堂を後にする。
 元凶である風助は、さしたる抵抗もなく大人しく引き摺られていった。


 騒動の原因がこぞっていなくなると、食堂はしんと静まり返る。幸い、ここまでは首尾よく行っていた。
 さて、自分も休憩を取ったら行こうかと片付けを始めたシエスタは、はたと気付いた。
風助が勝手に連れていかれたと言うのに、一番文句を言うべき人間がいない。尤も、居たとしても文句を言うとは思えないが。
「タバサなら、二人と一緒に出て行ったわよ」
 声はキュルケだった。騒ぎにもまるで動じず、我関せずとばかりに優雅に食後のお茶を満喫していた。
 あの騒ぎなら、いついなくなっていても感付かれないだろう。しかし、タバサを探していたことを察するとは。
「あなた……なかなかの悪女ね」
 キュルケがシエスタを見て小さく笑う。どうも、すべてお見通しらしく、その証拠に目が笑っていなかった。しかし、
「何のことですか?」
 シエスタは最大限に可愛いと思える微笑みで小首を傾げた。
 キュルケの性格上、叱られるとは思わなかったが、この方が都合がいい。彼女も今の反応で確認できれば十分だろう。
 次にシエスタがモンモランシーを見ると、ちょうど彼女もこちらを見ていた。今更密談も変なので、シエスタは照れた仕草で小さく片目を瞬いた。


「あんたって平和主義者だと思ってたわ……」
 呟くルイズの前には、四日前とほぼ同じ光景が広がっていた。
ギーシュと才人がヴェストリの広場の中央で睨み合う。観衆が二人を輪になって囲み、戦いの火蓋は今にも切って落とされようとしていた。
 ルイズと風助は輪より一歩内に踏み出て、それを見守る。ルイズは気が気でなかったのだが、
風助は両手を頭の後ろで組み、そわそわしているルイズに馴れ馴れしく話しかける。
「大丈夫だ、才人は勝つぞ。だから、あんまり心配すんな」
「そうね……って、あんたがけしかけたんじゃない!! そうよ、なんで煽るようなこと言ったの!?」
 風助の気休めに頷きかけて、このケンカが元はと言えば誰が言い出したのかを思い出す。
 問い詰めるだけじゃ到底治まらない。積もり積もった怒りを込めて、ルイズは風助の頬を摘んで引っ張った。
「いふぇえっ! いふぇえぞ!!」
 どうやら痛ぇと言いたいらしい。構わず左右に伸ばすと、頬肉は引っ張るだけ伸びた。
 どこまでも伸びそうで、なんだか楽しくなってくる。ルイズはついつい抓った頬をこねくり回し、
「やだ……面白い……」
 本来の目的を忘れそうになった辺りで振り解かれた。
 いけない、いけない、危うく熱中するところだった。
 ルイズは咳払いをして姿勢を正し、ひりつく頬を押さえている風助を改めて問い質す。
「それで? なんでこんなことさせるのよ。あんた前回は止めたじゃない」
「ああ、けど才人が立ち上がった時、止めらんねぇって思っちまった。全部納得づくで、
それでも戦わなきゃなんねぇってんなら止めちゃいけねぇって」
 馬鹿も無謀も承知で、まだやると言った才人が好きだったから。だから、本当にギリギリまで見守るつもりだった。
「それに、才人のほんとの強さが見てぇんだ。たぶん……あいつ、結構強ぇかもしんねぇぞ」
 そしてもう一つ、こちらも風助にとっては大事な理由だった。それがあるからこそ、
前回も今回も見物に徹することができる。と言っても、個人的な我が儘も大いにあるのだが。
「あんた達、友達になったんじゃないの?」
「おー、友達だ。けど、強ぇ奴と戦うのは楽しいぞ」
 これがいわゆる男の世界という奴なのだろうか。もしや、才人のこの戦いも同じ理由なのだろうか。ルイズは余計に分からなくなった。
「そりゃ、あんたはいいわよ。なんだか分からないけど……なんだか分からないくらい強いんだから。タバサは"当たり"だわ……」
 ルイズの憂いの表情は、風助に召喚当日を思い出させた。初めて出会ったあの日も、同じ会話を才人と交わした。
「あいつは外れなのか?」
「うぐっ……それは……」
 ルイズは言い淀んだ。自分で召喚した使い魔を外れだと公言するのはプライドが許さなかったのだ。
また、心のどこかで戦いに臨む才人を認めたい気持ちも残っていた。
 一度は惨敗してボロボロにされた相手である。どんなに魔法に無知であっても、メイジの恐ろしさと強さは身に沁みているはず。
そこへ再び挑むのだから、これはもう正真正銘の愚者か勇者しかあり得ない。たとえ蛮勇であったとしても、その勇気は否定したくなかった。
「なによ、あんな奴。バカだし、スケベだし、生意気だし……」
「だな」
 自分で言っておいてなんだが、まったく否定されないとそれはそれで腹が立つ。否定されても腹は立っただろうが。
「あんたもあんたよ! 友達なんでしょ! なのに、たぶんで命懸けさせるって言うの!? なにそれ? 
獅子の親にでもなったつもり? それとも何? 好きな子だからいじめたいって気持ち?」
 風助はルイズの剣幕を平然と受け流している。何を言っているのか分からないのだろうが、ルイズ自身も自分が何を言いたいのか分からない。
ただ、漠然とした苛立ちをぶつける先が風助しかいなかった。それだけだった。
「Sね、S。あんた間違いなくSだわ。今日からSマンて呼ぶわ」
「おめぇに言われたくねぇぞ」
 と、そこでようやく突っ込みが入る。ルイズはむっと顔をしかめたが、
「そりゃあ、命懸けで意地張るなんて馬鹿らしいかもしんねぇ。けど他人からすれば馬鹿みてぇな意地だって、あいつには大事なもんなんだ。
それをなくしたら、あいつはあいつでなくなっちまう。だからあいつは決着がつけらんなかったのを気にしてたし、俺は続けさせてやりてぇって思ったんだ」
 そう言われては黙るしかなかった。この世界の誰よりも、才人を近くで見てきた少年の言葉だったからだ。おそらく、自分よりも。
「あいつは馬鹿だけど、おめぇにいいとこ見せようとしてんだ。おめぇも友達なら信じてやってくんねぇか?」
「友達? 誰が?」
「才人」
「わたしとあいつが友達? ハッ、冗談は顔だけにしてよね!」
 ルイズは一笑に伏した。これまで感心した彼の観察眼が途端に疑わしくなる。どこをどうみれば、
自分と才人が友達に見えると言うのだろう。自分で言うのもなんだが、相当酷い扱いだってしているのに。
「使い魔ってのは仲良くなるのが普通なんだろ? ハゲのおっちゃんが言ってたぞ」
「あいつは使い魔! わたしは御主人様! あんたとタバサと同じ! 
それとも、あんたはタバサとも友達になったって言うの?」
 肯定するかと思ったが、想像とは反対に沈黙した。ルイズも、しまった、と軽はずみな発言を悔いる。
考えるまでもなく明らかだったのに。
 二の句が継げず黙りこくったルイズを気遣ったのだろう、風助は、いつものように破顔した。
「おめぇは才人のこと嫌ってるかもしんねぇけど、俺は言いてぇこと言い合えるおめぇらのこと、羨ましいって思ってるぞ」
「それは……あんたはそうかもしれないけど……」
 同学年で同じく人の使い魔を召喚したタバサ。彼女の性格が性格なので、直接話し掛けることこそなかったが、
存在は常に気に掛けていた。それ故、彼とタバサの関係はルイズも知るところである。
 共に人を使い魔として召喚した稀有な例外。使い魔とはいえ相手は人間、扱いも当然、動物や幻獣とは大きく違う。
 前例のない事態にまったくの手探りだったルイズは、タバサの行動にヒントを求めた。
悔しいが、彼女は学院でもトップクラスのエリートである。参考にできるかと思ったのだが――。
 結果は空振り。二人の間の溝は、ある意味ルイズ達よりも深刻だった。誰に対しても、使い魔に対しても没交渉のタバサと、
やたら馴れ馴れしい風助。どう考えても合うわけがなかった。
 ルイズからすれば、タバサは世話こそすれ、コミュニケーションの面では風助との関係を諦めているようにも見えた。
 彼女ほどの実力があれば使い魔はいてもいなくても同じ、自分一人でどうとでもなるのかもしれない。
もしそうだとすれば、彼はどうすればいいのだろう。
 風助を見るルイズの目に若干の同情と哀れみの色が混じる。だからだろうか、風助の次の言葉も即座に撥ねつけられなかった。
「おめぇ、案外いい奴だな」
「何よ、案外って」
「おめぇはなんだかんだで才人を本気で心配してんだな。それに、今も俺の気持ちを分かってくれた。
俺、おめぇがちょっとだけ分かったぞ。だったら俺達、友達になれるかもしんねぇな」
「友達って……だって貴族と平民で……」
 しかも、他人の使い魔で。
 後者はもとより。前者だって、世間ではまず考えられないこと。
 貴族への敬意や忠誠、従者などへの信頼と言った意味では珍しくもないが、対等の友人関係は、
ルイズの知る限りでは存在しなかった。両者とも実際の身分の違い以上に、心に壁を作っている。常識や社会通念といった壁を。

 わたしは貴族。才人は平民。だから分からない? 分かり合えないの?

 自らの言葉が、頭の中でぐるぐる回り出す。
 貴族には貴族の、平民には平民の領域があり、領分がある。ルイズはこれまでその是非を疑ってこなかったし、今も疑っていない。
その認識はおそらく、学院にいる教師、生徒、メイドに至るまで共通だと思う。
 違うのは二人だけ。才人と風助の二人だけ。
 常識、考え方。才人は何から何までルイズと違った。
 あの少年は異世界から来たと言ったが、まさか本当に――いや、この際真偽は重要ではない。
ただ、確かに才人はハルケギニアについて無知に等しい。だから意識に壁が築かれておらず、だから事あるごとに反抗するのだ。
 そうか、やっと分かった。
 長く、霧がかったように自分を悩ませていた疑問が唐突に理解できた。
 その点においてはルイズも同じだったのだ。才人の生意気な言動もさることながら、最もルイズを苛立たせ、
口論の元になっていたのは、その原因。才人がルイズの理解の範疇にないことだった。
 しかし、自覚したからといって迷いは晴れなかった。もう少し、
もう少しで何かが解りかけているのに、それが何か判らない。
 しばし風助そっちのけで煩悶するルイズ。
 すると――。
「俺はおめぇとも仲良くしてぇぞ。立場が同じじゃなくたって、気持ちが同じなら。
分かり合えたら友達になれんじゃねぇのか? 貴族とか平民とか関係なく」
 確かに、風助の言葉は真理かもしれない。拍子抜けするくらい簡単で、それでいて途方もなく難しい。
だからこそ真理と言えるのだろう。
 思えば自分も、もっと幼い頃は使用人らとも友達気分だった気がする。それが貴族として正しいことなのかどうかは別として。
 ルイズは無性に悔しくなった。
 同じ一週間でも、この少年は主である自分より、はるかに深く才人を理解している。才人を信じ、その勝利を疑っていない。
何故、知り合ってたった一週間で、そこまで信頼できるのか。
 そこにどういった根拠があるのか、ルイズも知りたいと思った。彼と友達になれば、それが頭でなく心で実感できるのだろうか。
「まったく……あんたは気楽でいいわね。でも、そうね……」
 一度、言葉を切って顔を上げる。睨み合う両者は前口上も終わり、そろそろ勝負が始まろうとしていた。
「もし……もしもほんとにあんたの言う通り、サイトが勝ったら……。その時は考えてあげてもいいわ」
「おー、約束だ」
 風助は自信満々に見上げてくる。その顔にはなんら疑念は見られなかった。確信しているのだ、才人の絶対の勝利を。
 それが嬉しくもあり、同時に面白くもなく、ルイズをまたも突っ張らせる。
「勘違いしないでよね! 考えてあげるってだけ! わたしは、あんたのことまだ何も知らないんだから!」
 同様に、才人のことも何も知らない。

 何も知らず、何も気にせず友達とは呼べない。でも、知る努力はしてみよう。

 それがルイズの今できる最大限の譲歩であり、第一歩だった。

 もしも才人が勝ったなら、その時はわたしも、ちょっとだけ才人を信じてみよう。待遇も少しくらい改善してあげよう。
ご褒美をあげてもいい。そして、才人を信じたこいつ……風助も。

 そんな調子で拳と決意を固めたが、肝心なことを忘れている気がする。そういえば――。
「ところで……何であんたはサイトが勝てるって思うの?」
「あー、それは……」
 風助はギーシュの持つ造花の軌道を目で追い、鼻をほじりながら一言。
「勘だぞ」
 平然と言った。
 膝から身体を支える力が急速に抜ける。ルイズががっくりと膝をついた直後、才人の前に剣が突き立った。


 その頃、タバサは自室で一人佇んでいた。
 昼下がりの寮には、まったくと言っていいほど人気がない。しかしこの部屋は、
人がいながらも物音一つせず静謐な空間を保っていた。ケンカ――もとい決闘の喧騒もここまでは届かない。
 決闘にはこれっぽっちも興味がなかったが、タバサはなにをするでもなく窓の外を眺める。
足元には風助が使っているマットの上に毛布が散らかっている。一度はベッドも試したが、寝相が悪いのか慣れていないのか、自然とこの形に落ち着いた。
 同居人ができて物も増えたというのに、昼間たった一人で部屋に立っていると以前より大分広く感じる。一週間前には気にもしなかったのに。
 本を小脇に抱えていたが、読書をする気は起きなかった。どんな書物より興味深く、難解な問題があるからだ。
昨夜から引き続き、午前中一杯を費やしても解が導き出せない難問だった。

 何故。
 たった一つの単語が頭を廻る。
 どう考えてもおかしい。わたしには彼に好意を向けられる理由がない。
 召喚してからこれまで、したことと言えば最低限の案内、食事と寝床を与えただけ。
それ以外のことはすべてシエスタが面倒を見ている。会話だって数えるほどしか交わしていないのに、だ。
 にも拘らず、彼の言葉には一切の嘘がなかった。
 これでも人の嘘にはそれなりに敏感だと自負している。それが生き抜くための術だったから、
魔法の腕と同じくらい真っ先に磨いた。だからこそ嘘はないと断言できる。
それとも、これがコントラクト・サーヴァントの影響だろうか。
 風助に気にしていないと言われたことも、それどころか好意を寄せられたことも、何も感じないと言えば嘘になる。
 でも、わたしは一度ならず二度までも彼を拒絶してしまった。傷つけてしまった。
 どうしてだろう、キュルケの時は受け入れられたのに。
 おそらく、それでも彼の答えは変わらない。一昨日と同じ、日向のように微笑んでくれるだろう。
 だからこそ、怖い。
 もう一度、友達になろうと言われたら――今度は違う答えを返してしまいそうで。

 タバサは風助の未知をこそ恐れていた。彼のことを考えて揺らぐ精神が、
変化が弱さを招くのではないかと危惧していた。
 その顔は窓に向いていたが、目は何かに焦点を結ぶこともなく、思考に没頭する。
 やがて、逡巡しているタバサのもとに、遠く歓声が届いた。広場の決闘が始まったのだ。
静寂に包まれた部屋でなければ聞こえなかっただろうが、ここまで届くとは思わなかった。
 広場――決闘――才人――風助。
 そうだ、この決闘にも風助が関わっている。それも、けしかけた張本人として。何らかの確信があるに違いない。
 決闘自体に興味はさらさらなかったが、タバサはこれを利用しようと考えた。
 前回、風助は重傷の才人に戦いを譲った。となれば、そこになんらかの鍵があるはず。
観察眼か或いは直感か、風助の確信の正体を確かめる。
 また、それらの打算とは別の、己の感情にもここらでけりを付ける。考えて決められないなら、
サイコロを振って出た目に賭けてみるのもいいかもしれない。
 もし才人が勝ったなら、その時は。

 そうと決まれば広場に向かおうと踵を返そうとした瞬間、窓ガラスをコツコツと叩かれた。振り向くと、一羽のカラスが
ガラス玉のような眼でじっとこちらを見つめていた。
 窓を開けて迎え入れるタバサ。ベッドに留まったカラスが真っ二つに割れ、中の空洞に収められていたのは一通の手紙。
カラスの正体は魔法で動く人形、ガーゴイルだった。
 タバサは手紙を拾い上げたが、広げるまでもなく用件は察しが付いていた。タバサに文を送ってくる心当たりは二つ。
内、一つは余程のことがなければ送ってこないだろうし、ガーゴイルは使わない。
 そして案の定、予感は的中していた。一しきり目を通したタバサは、手紙をきつく握り潰した後も、その場から一歩も動かなかった。




新着情報

取得中です。