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鋼の使い魔-51b


 明けて翌日。ルイズがギュスターヴを引き連れてトリスタニア圏内を朝から飛び回っていた頃。ルイズを王宮に呼びつけたアンリエッタ女王は王宮を出ていた。
 行き先は郊外に設置された練兵場である。
 そこでは再建中の王軍の訓練と編成を行っており、アンリエッタはその視察にやってきたのである。
 茶けた敷地では下士(見習い)から格上げされた新米メイジ兵に古参兵が指南をする様子が見られ、一方では新たに仕官した下士官候補生が教官から指導を受けている姿もある。
 平民の兵士の姿も見られるが、その数は少ない。王軍に編成される非メイジ兵は殆どが士官である貴族の私兵であり、残りが雇入れの傭兵になる。他国もこの構成は、比率は別として概ね変わらず、
平民の専業軍人というのは全体の中では少数に過ぎなかった。
 しかし、今のトリステイン王軍では些かの例外が存在している。先のタルブ戦役で一番に戦場へ駆けつけ、その後アンリエッタ王女(当時)が戴冠するまで警護を勤め上げたアニエスが隊長を務める傭兵部隊、通称『銀狼旅団』である。
 現在は部隊ごと王家召抱えになり、幻獣騎兵で構成される魔法衛士隊と並ぶ、第四の近衛隊である『銃士隊』と改称していた。それに合わせて隊長のアニエスは、特例としてシュバリエ号を持つ貴族となった。
 そんな銃士隊隊長「アニエス・シュバリエ・ド・ミラン」は、練兵場で訓練に励む兵達を監察する女王につき添い、自らの任務を黙々と果たしていた。
 アンリエッタの傍にはもう一人の軍人がついている。ルイズの学友ギーシュの父、グラモン元帥である。今回はアンリエッタに再軍備の進捗状況を訓練の光景を交えながら説明する事に終始していた。
「正士(平時戦時共に正騎士扱い)に格上げした者が200名、従士(戦時のみ正騎士扱いで平時は一段下がる)に組み入れた者は350名、なんとか1200 の定数が揃う、といったところでございますな」
 ここでいう定数はメイジの兵隊の事である。
上士(騎士隊長相当。正士の上)は騎士隊を指揮し、従士は平民の兵隊を指揮する下士官として配置されるのだ。魔法衛士隊になると正士で騎獣の使用が許されるようになる。
「当座は数が揃うならいいでしょう。また上から何が降りてくるかわかりませんから、練度を高めてくれることを期待しますよ、元帥」
「はっ」
 恭しくグラモン元帥は頭を下げた。政治権力闘争に興味のない古強者は、国を負おうとする若い女王を純粋に後押ししたいと思っている。
だから陰でアンリエッタを未熟者と呼ぶ風潮が一部の官吏にあることを知った上で、不器用な作法でこの若者を支えようと苦心していた。
「魔法衛士隊のその後については何か報告がありますか?アニエス」
「ド・ゼッサール隊長が現在消耗した騎獣の調達を急いでいます。ヒポグリフ隊とマンティコア隊については目途が立っていますが」
「……グリフィン隊はどうなりますか?」
「先の戦闘で一段激しく消耗した上、騎乗に耐えうる個体甚だ少なしと隊長から伝文がありました。残念ながら」
「解体するというのか、グリフィン隊を」
 若かりし頃は魔法衛士隊に籍を置いていたという元帥は無念を隠せない。
「……戦闘単位を維持できない以上はどうしようもないかと。隊員からは存続を請う声もあります」
「只飯を食わせる余裕はないか。仕方あるまい……」
「では解体するとして、その隊員達はどうしますか?」
「ヒポグリフ隊とマンティコア隊に振り分ける事になりましょうが、存命の騎獣については予後不良の処分か繁殖厩入りになりましょう」
 颯爽と空を飛ぶグリフィンの姿が王都から消えると思うと、アンリエッタの心中にも寂しさが沸いたが、そもそもの発端が元グリフィン隊隊長の謀反にあった事を思えば複雑である。
 後日この報告を受け、アンリエッタは宰相マザリーニの名前で、王軍近衛魔法衛士隊中グリフィン隊の解散を宣言した。隊員と騎獣は分散され、騎獣と隊員の育成によって再結成されるまで十数年を要することになる。

 スケジュール通りの視察が終わり、アンリエッタが王宮へ戻ろうという矢先の頃。まだ王女の傍にいたグラモン元帥の元へ、副官の青年がやって来て、こそこそと耳打ちしてきた。それを聞くと元帥は顔を真っ赤にして激怒する。
「この馬鹿者!陛下が来られている折に何を言っておるか。黙らせい!」
 一括された副官はおびえ縮こまり血の気が失せていたが、震える声で答える。
「しかし元帥、ド・ゼッサール隊長もおりませんし、ここは元帥閣下直々に体裁に入っていただかないと……」
「ポワチエは何処に行っておるのだ、こんな時の大将だろう」
 元帥が何やら揉めているとみて、アンリエッタは後ろ髪を引かれたが、スケジュールが押しているのに気付いて、護衛の者と共に練兵場を去って行った。
 練兵場で残務を処理するつもりでいたアニエスは、女王の馬車が見えなくなってから元帥に聞く。
「元帥閣下、先程の副官は何を報告しておられたのですか」
「……アニエス殿。貴公の指揮する銃士隊は現在、魔法衛士隊と同じ第一連隊に所属しておるな」
「はい。近衛任務を任されるに当たってそのように陛下の沙汰ありました」
「連隊内の他の隊長達が不満を漏らしておる。銃士隊が入ってきたことにな」
 王軍第一連隊は騎兵のみで構成された連隊であるはずなのに、そこに銃歩兵が主体の銃士隊が組み込まれるのはおかしい、という話だそうだ。
「……しかしこれは一種の方便よ」
「方便?」
「今日びきな臭い地域の軍隊なら兵科を混ぜた編成をするのは珍しくない。隊長ともなればそれくらいの学はあるからな。本心は平民だけの部隊が自分と同じ階梯に居るのが不満なのだろう」
 余裕のないことだ、と元帥は言う。戦場では貴族も平民もないのだから。
「……閣下は何か思うところがないのですか」
「何がだね?」
「我々銃士隊についてです」
 そう聞くとグラモン元帥は窓が震えるような大きな笑い声をあげる。
「先の戦闘での戦ぶりを見れば十分よ。銃士隊は他の隊に劣らぬ精鋭であるとな。……さて、問題は他の連中にそれをどうやって認めさせるかだな。このままでは貴公らは戦働きに乗じて
分不相応の地位におる成り上がり者になってしまうぞ」
 どうする、と問われたアニエスは、どうやらこの人は自分を試しているらしいと思った。
 貴族になったからには相応の格を見せろといったところだろう。
「閣下。第一連隊の隊長達を集めて下さい。私が話をつけます」

 時計の上では夕刻だが、まだ空は明るい。兵士達は皆兵舎へ帰るか、市街にある自分の家族の元へと帰って行った。
 先んじてグラモン元帥と声をかけた隊長達は、練兵場内にある庁舎の一室に集まっている。アニエスはあえて一番最後に部屋に入った。
「第一連隊所属の隊長諸兄の皆様は、聞くところによれば我々銃士隊に意見があると言うので、元帥閣下に依頼してこの様に集まっていただいた次第です」
 部屋の机には三名の隊長が座っていた。一人はヒポグリフ隊の隊長で、一応魔法衛士隊を代表してこの場にやって来ている。彼は挙手すると静かに話し始めた。
「私自身としては、兵数を減らしてしまった魔法衛士隊の穴を埋める人員が用意された事に不満はない。しかし、隊の中には銃士隊の経緯や任務達成能力に不満があることは事実だ」
 竜騎兵隊隊長が話を次いだ。
「運用上の問題もある。第一連隊は騎兵のみで構成された連隊でなければ、いざ戦場での指揮に混乱を来す場合がある。銃士隊には最低でも騎乗戦闘の能力を持っていただかなければなるまい」
 それを聞いて騎兵隊の隊長が待ったをかける。
「待って欲しい。仮に騎乗戦闘を銃士隊にさせるとしても、我々と同程度の戦闘能力を維持できるとは限らないだろう。アニエス隊長殿?」
「現在の銃士隊は騎乗戦闘を想定した訓練はしておりません。非戦闘時の騎乗に関しては半数程度の隊員が経験しています」
「訓練次第、といいたいのかね」
「ご期待に添えるかと」
「疑わしいな」騎兵隊長は鼻を鳴らして不満げだった。
 席にあってグラモン元帥は黙して隊長達の話を聞いていたが、ここで自ら発言した。
「では貴公らは銃士隊にいかなる処置を求めるというのだ」
「第二連隊への移動を請う」
 竜騎兵隊長の提案に騎兵隊長が賛同する。
「近衛任務に支障があるならば騎兵隊から精鋭を集めればよいしな」
 ヒポグリフ隊隊長は沈黙を続けたが、この場合は緩やかな賛成の意と受け取られた。
「ではそれを誰が陛下に具申するのだね。陛下が引きいれたアニエス殿達を近衛任務から外せ、とな」
 そう聞くと隊長達は喉を詰まらせた。アンリエッタの覚えめでたい銃士隊に言及するのだ。心証を悪くすることは免れないだろう。
 やがて竜騎兵隊長が顔を挙げた。
「アニエス銃士隊長。我々の総意は聞いての通りだ。ここはシュバリエの名に恥じない判断を求める」
 何が名に恥じないだ、と元帥は爆発するのを必死で押さえていた。つまりは自分達で言うのが嫌だから、アニエス自ら連隊から移籍したいと陛下に申せと言っているのだ。
 アニエスは暫く黙っていると、陛下の前でも脱がないと決めている目深に被った帽子を脱ぎ、顔を隊長達に曝した。
 女の顔である。短く刈った金髪にアーモンド形の目が綺羅と光っている。銃士隊は隊長以下全員が平民の女性で構成された女兵士の集団なのだ。
 だが隊長達の視線を奪ったのは端正な顔だからではない。その顔を縦横に走る疵の惨たらしさに、である。
 特に鼻筋を一閃する刃傷と首筋に残る火傷痕が痛々しい。
「卿達の言い分は聞かせていただきました。しかし私は銃士隊160人を預かる身。彼らは一兵として弱卒ではなく、一人ひとりが一騎当千の兵である事を誇りとしています。いわんや正士に劣る所とてありませぬ」
 三隊長は目を丸くして驚いた。つまりアニエスは銃士隊員達は他の隊の兵とまったく劣らぬ者だから、お前達の言説など聞く気はないとはっきり言ったのである。
 真っ先に爆発したのは竜騎兵隊長である。
「貴様!ド・ミラン!我々の話を聞いていなかったのか!銃士隊など要らぬと言っているのだ!」
「戦場で騎乗できぬからなんだというのです。近衛任務なら現状で対処できるのですから」
「平民の部隊など足手まといだと言っているのだ」
「卿はタルブでの我々を知らぬのかね?」
「存じて居るとも。だがあれば言ってみれば少数の戦だ。トリステインがいざ動くとなれば大軍を率いねばならぬ。その時にお主らのような者がおっては運用にならぬと……」
「目ざわりならそうとはっきり言ったらどうなんだ?」
 敬語を使うのが面倒になってきたアニエスは三隊長を見まわした。
「平民が肩を並べてるのがそんなに嫌なら、一つ手合わせで確かめてみようじゃないか。卿らの部隊から一人ずつ呼び出すといい。三対三の決闘で勝負をつけよう。
負けた方が勝った方の言い分を聞けばいい。それが貴族というものだろう?」
 アニエスの不敵な笑みを浮かべ、憤然とした竜騎兵隊長は、どすとすと部屋を後にしていく。それに着いて行くように騎兵隊長が退室し、最後にヒポグリフ隊の隊長が二人に礼をして出て行った。
 部屋にはアニエスとグラモン元帥だけが残った。机に置いた帽子を被り直す。
「閣下にはご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「構わんぞ。むしろ面白くなったと思っていたところだ。勝算はあるのか?」
「無ければ言いだしません」
「そうだろうな……」
 一方で元帥とアニエスは、三隊長の温度の違いを見抜いていた。おそらく竜騎兵隊が率先して論陣をはり、二人はそれについてきたと言ったところだろう。ヒポグリフ隊の隊長などはいやいや着いてきたに違いない。
「では私は隊員達に準備をさせますので、これで」
 一礼してアニエスは部屋を出ていく。元帥はそれを楽しげに眺めていた。

 練兵場の敷地に幾つもの篝火が焚かれた。ごうごうと燃える火は落ちかけの夕日より熱く、周囲は昼間と変わらぬほどの熱気と明るさに満ちている。
 篝火の中心でアニエスは三人の部下と共に待っていた。三人とも鋲打ちのされた皮鎧と鎖帷子を着込み、手には槍を持っていた。
「現われますでしょうか」
 選んだ一人で、銃士隊の副隊長を務めるミシェルがアニエスに聞くと、
「彼らが言うところの貴族の矜持とやらがあるなら、くるんじゃないのか」
「適当ですね」
「来なければいい。皆には礼をするよ」
 談話だけを聞いていれば婦人の他愛ない四方山話のようであるが、実際の彼女らは屈強な戦士であった。皆、アニエスから槍術を伝授され、また一部の者はアニエスに匹敵する無手格闘を使う。
「来たぞ」
 土の地面を踏むブーツの足音を追うと、落ちかける夕日を背に5,6人の騎士がこちらにやってくる。皆自らの所属を示す印がマントに縫い込まれていた。
 ヒポグリフ隊の隊長は一人で来ていた。適当な人物が用意できなかったのかもしれない。
「彼に当たったら手加減してやるんだぞ」
「他の騎士はどうすれば?」
「伊達にしてやれ」
「了解」
 今、十歩の距離を置いて二つの集団が対峙した。
「よく逃げなかったものだ」
「粉挽き娘が意気がるなよ!貴様ら全員を地に跪かせてやろう」
「品位の欠片も無いな」
 どうやら竜騎兵隊長は相当頭にきているらしい。
 決闘の形式は三対三、一対一を三回繰り返して先に二つ勝った方が勝ちだ。銃士隊側は刃挽きした槍を使うが、騎士達が魔法を手加減するかは疑問だ。
「では一人目だ。タチアナ、行って来い」
「は~い」
 のんびりとした声で部下が前に出ていく。騎士側はヒポグリフ隊長が出て来た。
 隊長が杖を構える。するとタチアナは背を向けて相手から距離を取って歩く。竜騎兵隊長は訝しむ。
「何をしている?あれでは魔法で狙ってくれと言っているようなものではないか」
 十歩の距離が三十歩まで広がり、そこでタチアナは槍を構えた。
 アニエスが太鼓を打った。決闘の開始である。
 早速ヒポグリフ隊長は杖を振って風飛刃【エア・カッター】を放った。タチアナは地面に吸いつくような低い姿勢を取り、猫のように素早く駆けだす。打ち込まれる魔法を身体を捻ってかわし、あっという間に槍の間合いに入った。
「『草伏せ』!」
 そのまま相手が杖で打ちかかる前に、槍が地面を削るように低く振って足を払う。隊長は背中から倒れて頭を打ち、顔を上げようとした所で穂先を突きつけられた。
「まだ続けます?」
「いや、参った」
 敗北を認めたヒポグリフ隊長は、アニエスと二人の隊長に礼をして、練兵場を去って行った。これで義理を果たしたということだろう。
 竜騎兵隊長はやる気の見えない素振りがまた頭に来ていたらしく、次に送り出す騎士を叱咤するのがアニエス側からも漏れ聞こえる。
 戻ってきたタチアナはアニエスに一礼した。
「あんな感じでよろしかったですか?」
「十分だろう。……次はノーラに行ってもらおう」
「わっかりました!」
 ノーラと呼ばれた隊員は頭半分程アニエスよりも背が高い。きびきびと礼をして前に出て行った。
 騎士側からは、どうやら竜騎兵隊員が出てくるらしい。今度は十五歩の距離を置いて対峙した。
 構える杖を揺らしながら騎士はノーラに猥雑な言葉を投げかけたが、ノーラは黙って槍を構えた。
 開始の太鼓が鳴らされる。騎士が素早く烈火球【ファイアボール】を足元に打ち込んでくると、ノーラはそれを跳躍でかわす。二発目の魔法が宙を飛ぶノーラに向かって飛んだ。
槍を支点に身体を捩ってかわすと、穂先を地面に突き立て、それを足がかりに身体を反転させた。槍のしなりを利用してそのまま騎士の肩めがけて踵を振りおろす。
 目の前で一瞬に起きた軽業に騎士は面喰って、肩を強かに打ってよろける。騎士は意地で杖を握りしめていたが、次の瞬間には既にノーラが槍を振るって飛びかかって来た。
急いで騎士は杖に帯刃杖【ブレイド】を掛けてそれを受け止める。女の力とは思えないような強かな打撃が四方から打ち込まれ、騎士は懸命にそれを受けながら、反撃の一撃を狙っていた。
「何をのろくさやっている!さっさと仕留めろ!」
 竜騎兵隊長の檄が飛んで、ノーラの動きが一瞬だけ止まった。騎士は空かさず杖先で着火【ティンダー】を、出来るだけ高い威力で放出する。火蜥蜴のブレスに似た炎の塊がノーラの目の前で発生し、浴びせかけられた。
 しかしノーラも仕込まれた技で対抗する。半歩下がると、槍の中心を握って柄を回転させ、炎を散らしてしまったのである。
 騎士が呼吸を整えようとした隙にノーラが構えた槍をまっすぐ据え、全速力で突撃する。
「『チャージ』!」
 煤煙を突き破り、ノーラの槍が騎士の鳩尾に突き刺さる。その姿勢でさらに騎士の後方2メイルまで飛んで、騎士は見守る隊長の目の前で大の字になって倒れた。
 驚いた隊長が駆け寄ってみると、騎士の腹からは何の傷も見つからなかった。ノーラが技を掛ける前に穂先と石突きを入れ替えたからである。
「私の勝ちでよろしいですね、隊長殿」
 目から火が出そうなほど竜騎兵隊長は睨みつけたが、ぐうの音も出なかった。
 ノーラはアニエスの元に戻る。
「伊達にし損ねました。股ぐらに蹴りでも入れてやりたかったのですが、手ごわかったです」
「手ごわくて当然だ。彼等はこの国の精鋭メイジだからな。油断なんてもっての外だ。今日だけじゃないぞ、皆には普段から自分の力量に慢心しないで修練を積んで欲しい。
本来メイジとそうでない者の間はそれくらい開いているものなのだから」
「説教は後日お聞きしますよ」
「まったく……。まだ、おやりになりますか?」
 既に二度勝っている時点で、この決闘は銃士隊側の勝ちである。しかし騎士達のプライドがここでの退却を選ばせない。名を惜しんで何が貴族か。
 強い覚悟を固めた表情で一歩進み出た騎兵隊騎士を見て、アニエスは振り返った。
「ミシェル、相手してやれ」
「了解しました。股ぐらに蹴りを入れてやります」
「加減しろよ。不能にされたと喚かれては乙女の恥だ」
 笑ってミシェルが槍を握って出て行こうとする。と、騎士の背後から誰か別の者が出てきて、騎士を呼びとめた。二人の隊長が目を丸くして驚いている。篝火の外なので、顔はよく見えない。
「何かあったんでしょうか。援軍とか」
「さてな」
 しばらく様子を見ていると、一歩出ていた騎士が篝火の外に下がり、逆に後から来た何者かが近づいてくる。篝火の中でやっとその顔が確認できた。
「グラモン元帥?!」
「やぁ、銃士隊の諸君」
 背中で騎士達の視線を浴びながら、そんなものはないとばかりにさわやかに元帥はやってきた。
「なぜここに?」
「決まっているだろう、彼らの助力をするためだ。もっとも、既に勝敗は決まっているようだがね」
 しかし、と元帥は続ける。
「ここで一勝たりとも取れなければ、騎士の沽券に関わる問題だ。このままでは引き下がれないのだよ。だから私がやってきた」
 そう言って元帥はマントを払う。その下は戦場で纏う軍装と遜色のない拵えに、腰には古い型の杖が挿されていた。
「さぁ、このグラモンの相手を務めるのはどの者か!」
 その身体からは年齢や地位などを超越した武人の気風が漂っていた。一目見て解る。先程の二人と比べれば、彼等とは石と山ほど実力に違いがあるだろう。
「ミシェル。代われ」
「え?」
「お前じゃ役者不足だ」
 そう言ってアニエスはミシェルを下がらせた。不承不承にミシェルは下がり、槍を手渡そうとしたが、アニエスはそれを拒否した。
「槍では勝負にならんからな」
 ミシェルはぞっとする思いだった。隊長は本気でグラモン元帥と戦うつもりだということだからだ。

 距離にして二十歩を置いて二人が対峙している。
 アニエスは腰を落とし、足を開いて拳を構えた。その拳足が人体を容易に破壊できる威力があるのはタルブの戦いで知るところである。
 一方グラモン元帥はマントを払って杖を抜いた。古い型の杖で、長さも他の騎士が使うものより長い。柄にはグラモン家の紋章が刻まれている。それを両手で握り、静かに構えた。
 ミシェルは太鼓を打とうとしたが、流れる空気がそんなものは不要であると告げていた。既に二人の間では戦いが始まっているのだ。
 グラモン元帥は帯刃杖を使った素振りを見せないのに、その杖には魔法が宿っている事が遠巻きにいる騎士達にはわかった。一体何の魔法を使ったのだろう。
 じりじりと両者の間合いが縮まっていく。焚かれた篝火が一つ、音を立てて弾けた。
 次の瞬間に、アニエスは眼にも止まらぬ速さで踏み込んで間合いを潰す。その速さはおそらく熟練の風メイジにも匹敵するだろう。
 そして踏み込みと同時に『正拳』が元帥の鳩尾を狙って突きだされた。
 だが元帥はそれを待っていた。立ち遅れても杖の一撃が相手より先に当たる事を元帥は確信していたのである。
「チェェェェェストォォォォ!」
 アニエスの背中に緊張が走る。しかし突きだした拳は止まらない。腰から下だけが反応し、一メイル近い距離を片足だけで下がった。
 振り抜かれた杖先がアニエスの目の前を過ぎ去り、地面に突き立った。すると踏み固められているはずの練兵場の地面が音を立てて裂け、衝撃で杖の先にあった篝火の一つがなぎ倒れた。
 その一撃のすさまじさに騎士達が歓声を上げていた。
 コートの下が冷や汗で濡れているのがアニエスには分った。そしてグラモン元帥は涼しい顔で再び杖を構えている。
(踏み込めない……)
 負けを認めるしかなかった。たとえ槍に持ち替えてもあの振り抜きの速さでは太刀打ち出来ないだろう。完全な敗北だった。
「参りました。私の負けです」

 グラモン元帥が勝ったことで溜飲を下げた騎士達は黙って帰って行った。どちらにしろ、これで銃士隊に不満を言う輩は暫く黙っていることだろう。
 篝火の片付けをミシェル達に任せ、アニエスは元帥と庁舎に上がる。夜勤の隊員へ引き継ぎをするのと同時に今回の騒ぎの口封じをしなくてはいけない。しかしそれも元帥の一声で済んでしまった。
 所詮一シュバリエと歴史ある貴族との違いであった。
「元帥はあの時何故遅れてやってきたのですか?」
 馬回りの者と共に屋敷に帰ろうとするグラモン元帥を呼びとめてアニエスは聞いた。
「この騒動の黒幕を探しておったのさ。竜騎兵隊の者が言うには、高等法院どのが隊長に吹き込んだのだそうだ。……もっとも、それが無くても遠からず似たような事態になっただろうから、リッシュモンを責めたところではじまるまい」
「リッシュモン高等法院長が……」
 その名前を聞いてアニエスの顔に濃い影が射したように見えたが、元帥は気付かなかった。
「それともう一つ、元帥」
「なんだね?」
「あの時私を本当に斬ろうとなさいましたね?手前で加減してくるだろうと思ったのですが」
 元帥は呵々と笑う。
「確かに斬ろうとした。グラモン家伝家の一撃を使った。しかし貴公ならかわして見せるだろうと思った。それだけのことよ。おかげで隊長共が大人しくなったわい」
 楽しげにそう言って元帥は練兵場を去って行った。

 練兵場でこの様な騒ぎがあったことなど、翌日のトリステイン王宮は謁見希望者待合室で待機しているギュスターヴとルイズも、そしてこの先の執務謁見室にいるアンリエッタも、後々まで知ることはなかった。
 ギュスターヴは手元にデルフとFBがない為に持て余していて、近くに座るルイズを見た。
 ルイズは昨日のうちに買いそろえた、トリスタニア最新の装具で着飾っていた。といっても、現在緊縮財政中の王宮に来るのだから、慎ましいものである。それでも選ぶのに半日かけた。
 それだというのに、今日のルイズ・フランソワーズは不機嫌そうに、待合室の壁に掛けられた絵画を睨んでいた。
 実は昨日、買い物の帰りに寄った賭博場で、ルイズは休暇の為に貯めていた小遣いを綺麗さっぱりスッてしまったのである。その身減らし方たるや見事なもので、120エキューが2000エキューに増えて、
その次には50エキューまで減り、次に1500エキューまで増やすと、最後には手元に1エキュー半しか残らなかったという有り様である。
 傍で見ていたギュスターヴは初めからルイズに博打は向かない事を再三忠告したのだが、結果は先の通りである。ちなみにギュスターヴは、懐の50エキューを300エキューまで増やすと、
隣の装飾店で綺麗な銀のナイフが60エキューであったので、それを買ってやめた。
 ルイズはそうやって、自分の為に労を折らない、挙句自分だけ得をした使い魔に不満を募らせていた。主人が赤貧で使い魔の方がお金を持っているのが癪に障っているのである。
 ギュスターヴとしては、何か言ってやらないといけないとは思っているのだが、どうもルイズ自身に聞く気がない。仕方なく機嫌が収まるまで黙っていることにした。
 部屋の扉が開けられて案内の文官がやってくる。二人はそれに連れられて、アンリエッタの元へ招き入れられた。
 以前来た時に比べて、部屋全体が疲れてきているような雰囲気を出しているとギュスターヴは感じた。平伏するルイズが何を思っているのかは分からない。
「夏季休暇早々に呼び出して申し訳ないわね、ルイズ」
「いいえ、火急の呼び出しにお応え出来て、ルイズ・フランソワーズは嬉しく存じます、陛下」
 通り一遍の挨拶が済まされると、アンリエッタは一枚の書類にサインと押印をして、ルイズに与えた。
「これは?」
「これから貴方に与える任務に必要な経費を、財務庁から貴方に支給する旨の命令書です」
 そこには新金貨で600枚を一括で与えるようにと書かれていて、ルイズはまじまじと文面を読んでしまった。
「では、王室直属女官ルイズ・フランソワーズ。貴方に任務を与えます」
「はい」
「尚、この任務に対し、貴方に任務を証明する書状を与えることはできません。以前与えた任命状をもってその代わりとすることを許します」
 黙って聞いていたギュスターヴは、何か嫌な予感がするのを抑えられなかった。証明書が無いということは、最悪捨て駒にされるということではないのか。
「何なりと任務をお与えください」
 ルイズは淀みなく答えた。
「このトリスタニア市街に在住する貴族の中で、敵国アルビオン共和国と内通するものがいる疑いが極めて高くなりました。そこで貴方には」
 一瞬、アンリエッタの顔に陰りが通り、また女王の顔に戻った。
「市街に住む利敵行為を働く貴族を監察する密偵任務を与えます。副次的に市街の風聞調査を任せることになるでしょう。……期待してますよ、ルイズ」
 ルイズは任務を拝命した。その胸には冒険に挑む勇者のような高揚感があったが、ギュスターヴには不安しかなかった。



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