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ルイズと無重力巫女さん-33-B





ルイズが目を覚ました頃、トリスタニアの各所にある衛士隊の詰め所の内一つでは、
一人の女性隊員が一枚の書類を握りしめてこの詰め所の隊長に詰め寄っていた。

「どうしてそうなったのですか!?」
女性とは思えないほどの力で自分の机を叩いたアニエスの顔には、悔しさが滲み出ていた。
普段の彼女ならば絶対他者に見せはしないその表情に周りにいた隊員達は目を丸くする。
怒りで震えている彼女の手の中には一枚の書類が握りしめられており、指の間からとある一文が垣間見えた。

『遺体、遺留品は一時王宮に保管し、以後許可があるまで事件の捜査をしないよう』

その一文は、彼女をここまで憤慨させるのにもってこいであった。
手紙全体の内容を、簡単に言えば『今後、この事件の捜査をするな』というものであった。
勿論それには、神聖アルビオン共和国との動向が気になる今の時期に騒ぐのは不味い。という理由がある。
しかしそのような返事をよこしてきた王宮に、アニエスは納得がいかなかった。
「ノロノロとした対応しか出来ない連中に横やりを入れられることなど、我慢できません!」
気迫迫る表情で詰め寄ってくるアニエスに、隊長は困った表情で何とか彼女を落ち着かせようとした。
「落ち着けアニエス。気持ちはわかるが王宮からの命令だ。逆らえばクビになってしまうぞ?」
落ち着いた表情の隊長にそう言われても、アニエスは尚も悔しそうな顔をしている。


それは昨日の真夜中にまで時は遡る。
事件のあったホテルでの現場検証は衛士隊の方で済ませ、遺留品と内通者の遺体を詰め所に搬送した後の事であった。
遺体を臨時的に作られた死体置き場へと運び終えて皆が一段落していた時、彼らはやって来た。
「何だ何だ?我々が急いで駆けつけて来たというのに貴様ら平民は仕事をサボって休んでいたのか」
厚かましい言葉と共に詰め所へ入ってきたのは魔法衛士隊の内一つ、ヒポグリフ隊の隊長であった。
本来なら宮廷と王族の警護を司る彼らが来たという事は、恐らく王宮が派遣してきた応援であろう。
(応援にしては遅すぎるうえに何の事前連絡もないとは…)
心の中でアニエスが訝しんでいるのを余所に、衛士隊の隊長はヒポグリフ隊の隊長に敬礼をした。
「わざわざ王宮からのご足労。大変感謝致します!」
並の貴族ならばその動きだけで満足するであろう敬礼に対して、ヒポグリフ隊隊長の返事は余りにも冷たかった。
「フン、本来ならば敬礼ではなく頭を下げるべきだが…まぁ事が事ゆえ、許してやろう」
あからさまな言動に周りにいた衛士隊隊員達は怪訝な表情を浮かべたが、隊長は眉一つ動かなかった。
既にここで働き始めてから数十年年ばかり経つためか、この様な相手とのやり取りなど慣れてしまったのである。

短い話し合いの後、死体置き場の遺体と遺留品は、ヒポグリフ隊の者達によって王宮に運ばれる事となった。
本来ならばアカデミーに運ばれる筈なのだが、ひとまずはここより安全な場所で保管するというとのことらしい。
ヒポグリフ隊とのやり取りを離れたところから聞いていたミシェルは、隣にいたアニエスに怪訝な表情を浮かべて言った。
「下手に動かすより、ここに置いておけばいいんじゃないでしょうか?」
「そういうなミシェル。王宮の連中はああいう面倒事が名誉と金とワインの次に大好きなんだよ」
ミシェルの言葉に対して、アニエスは皮肉という名のスパイスをタップリ込めてそう言った。

その後、王宮から追って連絡があるとだけ言い、ヒポグリフ隊は去っていった。
遺体と遺留品を、何の印も刻まれていない黒塗りの馬車へとつぎ込んで…

それから暫くして、今から一時間前――――
詰め所の入り口でビスケットをほおばっていたアニエスがその連絡を受け取った。
伝書鳩が持ってきたそれは、今の憤慨している彼女を作りだしたのである。

「―――…クソッ、納得いかん」
結局隊長に言いくるめられて退室し、二階の廊下へと出たアニエスの第一声がそれであった。
むしゃくしゃして傍にあったイスを蹴り飛ばすと髪をくしゃくしゃと掻きむしりながら、すぐ傍にあった窓を開けた。
窓から入ってくる肌寒いトリステインの空気が熱くなっていた彼女の心を冷まし、冷静にしてくれる。
外の風に当たってある程度気持ちが落ち着いたのか、ここから見える外の景色は中々良い物だと気が付いた。
太陽がまだほんの少ししか顔を出していない所為か、トリスタニアの町並みはうっすらとしかわからない。
まるで街全体が幻であるかのように、その正体を見せてはくれないのである。

その時、ふとアニエスは思った。
この時間帯のトリスタニアは何処か…別世界に存在しているのでは無いのか、と。
ハルケギニアとは何処か別の世界、…゛異世界゛に移転してるのかもしれないのでは…
「そんなわけないか…ハハっ」
そんな風にして一人笑っている彼女の耳に、可愛いらしい鳴き声が入ってきた。

何処からか聞こえてくる小鳥のさえずりに気が付いたアニエスは、ぽつりと呟く。
「小鳥の囀りと共に…朝が訪れ、人は新しい一日を謳歌する――か」
以前立ち寄った本屋で見つけた小説の一文を、彼女は口にしていた。
小説自体は特に思い入れは無かったが、その一文だけは彼女の頭の中に刻み込まれている。
それが何故なのかは彼女にも判らないし、それを知らない他人はもっと知らない。
ただ、その一文は正に…この街の今の時間帯を示しているのかも知れないと、アニエスは思った。

しかし――そんな彼女の頭の中に記憶という名の映像がノイズ交じりに映し出された。
それは今のアニエスを作りだしたとも言える程、衝撃的な内容であった。
忘れもしない二十年前の記憶を思い出し、アニエスの顔がすぐさま険しくなっていく。

「だが…二十年前のあの日からずっと、私の心の中に朝が来てはいない」

――そう、死ぬ前にすべきことを全てするまでは…私にとって本当の朝は訪れないのだ

その瞳に穏やかとも言える静かな殺気を浮かべながら、アニエスは心の中で呟いた…。





それから時間が経ち、午前9時45分―――トリステイン魔法学院。

朝食も終わり、生徒達は自らの使い魔を連れて授業が行われる場所へと足を運んでいる時間である。
猫や犬といった普通の生物、又は幻獣の子供は主である生徒達の後をついていく。
ここだけではなく、ハルケギニアのあちこちにある魔法学校でよく見られる光景の内一つである。

誰もいない女子寮塔にあるルイズの部屋で、掃除をしている一人の少女がいる。
この学院では割と珍しい黒髪に奇抜なデザインの紅白服を着ている霊夢であった。

「ふぅ…とりあえず掃除はこれぐらいで言いわね」
テーブルを拭いた雑巾を水を張ったバケツの中に入れた霊夢は一人呟いた。
そして手元にあったタオルで手を拭くとイスに腰掛けると一息つき、部屋を見回す。
しばらくご無沙汰だった為か、掃除をする前は部屋の隅に埃がうっすらと積もっていたのだ。
まぁアルビオンへ行ったり幻想郷に戻って掃除する暇もなかったので仕方ないが。
そして掃除をしてみれば部屋の中は小綺麗になり、何処かさっぱりとしていた雰囲気も取り戻した。
たった一点を除いて…。

「さてと、あれは本人にやらせた方が良いわね…」
霊夢は怠そうな目でそう言いながら、部屋の一角に放置された本の山へと視線を向けた。
ベッドに寄り添うかのように放置された数十冊の本は全てこの世界の文字ではなく、所謂英字である。
英語だけではなく、霊夢でも読める日本語や難しいヨーロッパ系の文字の本もあった。
実はこの本の山、全て魔理沙が幻想郷から持ってきたものなのだ。
魔理沙か愛読用にと持ってきたもので、きっとアリスやパチュリーから借りてきた本も入っているだろう。
まだ彼女の家と比べればマジではあるが、数十冊の本の山というのは掃除の時には邪魔な存在だ。
少なくとも霊夢はそう思っているし、出来るのであれば窓から全部放り捨てたいという気持ちもあった。
しかし、それを実行する程魔理沙とは犬猿の仲でもないし何より全部捨てるとなると骨が折れる。

どうしようかと思って考えた結果、出された結論は…本人に任せるということに至った。

「しかし、まさかあんな作り話でうまくいくとは思ってなかったわ…」
掃除道具を片づけた霊夢は再びイスに腰掛けると、ふと昨日の事を思い出し始めた。


霊夢の言う゛あんな作り話゛とは、昨日の昼食の際に学院長であるオスマンの話であった。
昼食の前に行われた話し合いの最後に、オスマンは魔理沙に対してここに長居できるようなんとかしてみると言っていた。
それが一体何なのか、魔理沙ですらわからぬまま時間が経ち、昼食の時間となった。

そして生徒達がいざ食べ始めんとした時、その前にオスマンの話があった。
「諸君、昼餐の前に少し紹介しておきたい人物がおる」
学院長の口から放たれたその言葉に、食堂の中がざわざわと少しだけやかましくなった。
喧騒に包まれる前にオスマンが声を大きくして「静かに」とだけ言うと、すぐさま誰も騒がなくなってしまう。
オスマンはそれを見て満足そうに頷くと、話を再開する。

「見とる者は昨日から見ておると思うが、この学院に白黒の服を着た金髪の少女がいるのを皆は知ってるかね?」
そう言いながらもあるオスマンはある一点を指さし、多くの生徒達が指さした方へと視線を向ける。
オスマンの指さした場所は食堂の出入り口付近に設けられた休憩場。
つまるところ、今食事を食べている霊夢と魔理沙に多くの視線が注がれる形となった。
「おい霊夢、なんであいつ等はあの爺さんが指さしたぐらいで私たちをジロジロ見るんだ?」
魔理沙は先程淹れてもらった紅茶を飲みつつ、隣にいる紅白巫女にそんな事を聞いてみた。
霊夢はこちらに向けられている視線に動じず、隣にいる白黒魔法使いにこう言った。

「きっと自分で考える力があまり無いんじゃないのかしら」
「お前、時々でも良いから自分の言葉に責任感を持ってみたらどうだ?」
ルイズに聞かれていたら間違いなく部屋から追い出されるであろう言葉を、霊夢は難なく言い放った。

その後、オスマンが魔理沙の名前を紹介した後、こんな事を説明し始めた。
なんとオスマンは、魔理沙がずっと以前にミス・ヴァリエールをとある窮地から救った旅人なのだと紹介した。
それを聞いてルイズは目を見開き、魔理沙は飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。
他の生徒や教師達もそれを聞いて驚き、魔理沙に注がれる視線が段々と強くなっていく。
霊夢だけは作り話でくるとは…と内心で呟きつつも、オスマンの話を黙って聞いていた。

そしてつい先日、ルイズは彼女と街で再会を果たし、恩を返したい。…と言ったらしい。
そこで魔理沙は…しばらくこの国に長居したいのだが、不幸にも宿に泊まる程の金が無い。…と言ったらしい。
ルイズはそれを聞き、「じゃあ魔法学院にある私の部屋にご招待致しますわ」と言ったらしい。

「じゃから、これからしばらくはミス・マリサはこの学院に滞在することになる。
 末女とはいえ、彼女はヴァリエール家の客人じゃ。決して揉め事など起こさんように。以上」

オスマンの話が終わり、ようやく昼食が始まった。
一足先に食べていた魔理沙は、嬉しそうな表情を浮かべてこんな事を言った。
「嬉しいぜ。この世界だと私が良心的な人物に見えるんだな」
「私はアンタが善人になるこの世界に危機感を持つよ」
そんな魔理沙に対してさりげなく霊夢は言った。


昨日の事を思い出し終えた霊夢は腰を上げ、部屋を見回した。


「さてと、これからどうしようかしらね…時間もあるしお茶でも飲もうかしら」
部屋の中にあるポットの方へと目をやり、とりあえずはお茶の準備を始めることにした。
そして茶葉などが入っている棚を開けると、少し大きめの瓶を手に取った。
この前アルビオンに行った際、ルイズを助けたお礼にとやけに良心的なお姫様から貰った茶葉である。
「市内では出回らない物だって聞いたけど、本当なのかしらね…」
まるで自分のことのように自慢していたアンリエッタの顔を思い出し、霊夢は呟く。
先日ルイズや魔理沙と共に街を訪れたときにこれとよく似た形の瓶を見ていた今の霊夢には彼女の言葉が今一度信用できなくなっていた。
幻想郷の人里でもそういう商法があると聞いた事があるが、この世界と比べれば可愛い方であろう。
「幻想郷には縄跳びの在りかを示した地図なんて売ってないしね」
ふとずいぶん前の事を思い出し、苦虫を踏んだかのような表情を浮かべたその瞬間―――


―――ギャァアッ…!


開きっぱなしの窓の外から、小さな悲鳴が聞こえてきたのである。
「?…今の悲鳴は何かしら」
運良くそれを耳にした霊夢は何かと思って窓の方へと近づき、とりあえずは下の様子を窺った。
窓の外から見下ろす広場はいつもと変わらず、むしろ人がいない所為か静かな雰囲気が漂っている。
何処にもおかしなところは見受けられないし、悲鳴の主すら居ない。
貴族や平民に関係なく、常人ならばこの後は首を傾げて窓を閉めてしまうところだったであろう。

しかし、霊夢は感じていた―――初めて味わうタイプの気配を。
(何かしら、凄くイヤな…というよりもえげつないくらいの不快感は?)
今まで嫌な気配を放出する存在と幾多に渡り合ってきた霊夢ですら、それは初めて感じるものであった。
空間に例えるなら、そこはジメジメとしているうえに蒸し暑く、ナメクジやヒルといった軟体生物が活発に動き回っている。
男性でも近づくのを躊躇ってしまうような場所に例えられる程の不快感に対して、霊夢は大きな溜め息をついた。

「はぁ…どうしてこう、これからって時に良く邪魔が入るのかしらね」

ウンザリしたかのように言った後、手に持っていた茶瓶をテーブルに置いた。
そして久方ぶりに持つことになった御幣を左手に持つと、窓から勢いよく外へと飛び出す。
普通ならば重力に従って地面に真っ逆さまの筈だが、霊夢はそれに縛られず大空へと飛び上がった。
ひとまず霊夢は上昇し、学院中を見回せる程の高度に到着すると気配の元を探り始める。
目を鋭く光らせて精神集中し、すぐ真下にある学院から出てくる様々な気配の中から先程の不快感のみを探し出す。
妖怪退治と異変解決の専門家とも言える博麗の巫女にとって、それは呼吸と同じほど簡単なことであった。

「…… あっちの方からだわ」
そしてすぐさま何かを感じ、学院のすぐ外れにある庭園の方へと急行した。


そこは生徒達の散歩や風景画を描かせるために作られた比較的大きな庭園であった。
庭園の中央には池と噴水が設けられており池には小魚やカエル、サンショウウオといった水生生物が多数生息している。
時々庭の整備士が来るものの、この時間帯には人っ子一人此所を訪れない。
人前には決して出てこない野ウサギやリスたちは庭を駆け回り、噴水の水を飲む。

しかし、今日に限って彼らは姿を現さず、苦しそうな男の喘ぎ声が庭園の中に響いていた。
「はぁっ…!…はぁっ…!」
痩せた体を持つ男は自分の持っている力の全てを使って走っていた。
途中何度か転びそうになりながらも、焦点の合わない目で出入り口を必死に目指している。
しかし、完全に混乱した頭では庭園の中を無茶苦茶に走りまわる事しか出来なくなっていた。
いくら走っても出入り口にたどり着けず、男は噴水の近くでへたれ込むと、なりふり構わず大声を上げた。
「だ…誰か…誰かたすけてくれぇ…!」
張り裂けんばかりの怒声で叫んでも、この時間帯には誰もその叫び声に気づきはしない。

自分の怒声のみが空しく庭園に響くだけだと知った男は、地面を思いっきり叩いた。
そして頭を抱えて嗚咽にも聞こえるような呻き声を上げてブツブツと独り言を呟き始めた。
「畜生…ちくしょう!何なんだよありゃあ…!?あんなのがいるなんて聞いてなかったぞ…?」
男はそんな事を言いながら、自分のすぐ傍で起きた猟奇的なアクシデントを思い出した。

この男はアルビオン大陸からやって来た…所謂旅行者と呼ばれる者だ。
だが旅行者というのは仮初めの姿であり、現アルビオン政府から密命を受けてこの国へやってきたのだ。
その任務は至って単純明快。首都トリスタニアにいる複数の貴族達からある書類を受け取ることである。
最初、男は旅行者らしく軽くトリスタニアの観光をしつつ、書類を回収していこうと計画していた。
しかしつい一昨日にその内の一人が死んだとう事を知り、回収を早めることにした。
そして記念すべき一人目と人のいないこの庭園で出会い、金貨のつまった袋と交換に書類を手早く頂く―――筈であった。
だが、意外と広い庭園の中を彷徨ってようやくそれらしい貴族の男と出会い、いざ書類を受け取ろうとした時…

聞こえてきたのだ。異形の顎から聞こえてくる、虫のような金切り声を…


ギ リ ギ リ ギ リ ギ ギ ギ ギ リリ リ…――――

「―――――…ッ!?」
疲れた表情でその時のことを思い出していた男は、突如耳に入ってきたその音に目を見開いた。
そうだ、これが聞こえてきたのだ…あの恐ろしい虫の姿をした異形の声が。
男はスクッと立ち上がると同時に腰元へと手を伸ばし、杖を手に取ろうとした。
(……!つ、杖を落とした…!?)
腰にさしている筈の杖はそこに無く、男は驚愕のあまり腰の方へと視線を向けてしまう。

「ギリ…ギリギリ…ギギ…!」

その時であった…!
隙が出来るのを待っていたかのように、ソイツは草むらから飛び出してきたのである。
思わず男はそちらの方へ顔を向けてしまい、ソイツの全身を見る羽目になってしまった。
ソイツの姿は正に゛クワガタムシと人間の合成生物(キメラ)゛と言っても過言では無いだろう。
体は人間よりもクワガタに寄りだが、両手両脚は人間のそれとよく似ている。
そして頭はクワガタそのものであり、危なっかしい大きな顎をしきりに動かしている。
だが普通のクワガタと違い、顎の表面から水っぽい灰色の液体が絶えず流れ出ていた。
「ひ…、ヒィィィィィィ!!」
男は化け物の顎と、その顎から滴り落ちる液体を見て、悲鳴を上げた。
あの顎も武器であろうが、液体の方が男に恐怖を与えている。
男は頭の中で、この化け物を倒そうとして返り討ちにあった貴族の姿を思い出した。
(あの液体…あの液体を浴びたらあの貴族のように…)
そんな男の心の内を探ったのか否か、クワガタのキメラはクワッ!と顎を開こうとしたその時…

「ハァッ!」
ふと上空から少女の声が聞こえてきたのである。
男が生まれてこの方聞いたことがない程、美しい声であった。
その声が聞こえた後、ヒュッと小さい紙が上空から飛んできてキメラの背中に貼り付いた。
キメラが自分の背中に何かが貼り付いたのに気づいた瞬間、突如背中で小さな爆発が起こった。
「ギッ!?ギギィ…!」
突然の攻撃にキメラは金切り声を上げて、体を激しく震わせた。
その瞬間を見逃さなかった男は、すぐさま踵を返すと全速力で何処へと走り去っていった。
目の前にいて、もうすぐ狩れる筈だった獲物が逃げるのに気づいたキメラはしかし、痛みにもがくことしか出来なかった。
甲虫特有の硬い背中は酷く焼け爛れており、その威力がどれ程のものか物語っている。

「全く、何かいると思ったら…まさかこんな化け物がいたとはね」

痛みに震えるキメラを上空から見下ろしている少女、霊夢は意外といった感じでそう呟いた。
「やっぱり、…こいつからあの気配を感じるわね」
再度確認するかのように呟き、霊夢は目を細めた。
今、彼女はあのキメラから感じているのだ。部屋の中では決して感じることが出来なかったその気配を。

――――それは、恐ろしい程に無機質的な゛殺気゛


人を殺すことに対して歓喜や怒り、憎しみ、悲しみ。
それらを一切感じさせない殺気は不気味を通り越し、不快感となって霊夢に伝わっているのだ。

「どっちにしろ倒すけど。なんだか気色悪い奴ねぇ―――…っと!」
霊夢は気味悪そうに呟きつつも、右手に持っているお札をキメラに向かって勢いよく投げつけた。




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