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ルイズと夜闇の魔法使い-17


 その後柊達は五体満足でタルブ村へと到着する事が出来た。
 ……ただ、少なくとも肉体的には問題はなかったが同行した二人は精神的に傷を負ってしまった。
 その理由は言うまでもなく、空中で制御を失ったガンナーズブルームの墜落未遂である。
 眼前に迫ってくる緑の大地を垣間見てまずシエスタが失神した。
 一番前でその光景を目の当たりにしたルイズは失神することさえできずに放心状態で固まっていた。
 柊は力の抜けたシエスタの腕を捕まえながらルイズを抱きすくめ、墜落直前でどうにかこうにか制御を取り戻し着陸させたのだ。
 その後気を失っているシエスタを前に抱き、代わりにルイズが後ろに乗って改めてタルブ村へと再出発したが、ルイズは村に着くまで一言も言葉を発しなかった。
 ただ体に回された腕は今まで以上に柊に強く組み付き、背中に感じるルイズの心臓の動悸は壊れた目覚まし時計のようにがなりっぱなしだった。
 そして村に辿り着いた後、ルイズは気を取り戻したシエスタと口を揃えて言った。
「もう箒には乗らない」
 しかし残念ながら、帰りにもこの箒に乗らなければならないのであった。


 ともかく、タルブ村に到着した柊達はシエスタに案内され護神様とやらの社へと足を運んだ。
 そこはシエスタの話にあったとおり、タルブ村のはずれにある小高い丘の上にあった。
 村と広い草原が一望できるいわゆる絶景という奴で、通り抜ける爽やかな風にルイズはピンクブロンドの髪を揺らしながら嬉しそうに辺りを見回す。
 一方の柊は、その社に目が釘付けだった。
 まるでそれしか眼に入らないかのように立ち尽くし、大いに眉を潜めてそれを凝視している。
 回りの景色に眼もくれない彼にルイズは少し口を尖らせたが、気を取り直してその社へと歩を進め、そこに突き立っている真っ赤な柱を叩いた。
「……これ、門なの? 塀も何もないし……変なの」
 言って彼女はその赤い柱を見回す。
 その柱は一本だけではなく数メイルはなれた場所にもう一本立っていた。
 両者の天頂部分に乗っけるようにして横向きの柱が二本立っており、見れば確かに彼女の言うとおり門のようにも見えた。
 柊は盛大に息を吐き出した後、あきれ返った声でルイズに言った。
「……こいつは鳥居って言ってな」
「トリイ?」
「そう。鳥が居るって書いて鳥居……まあ漢字なんてわからねえだろうけど」
 ルイズが首を傾げて見やる柊の後ろでシエスタが得心したように手を打った。
「ああ、そういえばいつも鳥が羽を休めていたりしてます。なるほど、それで鳥居なんですね」
「まあそれだけじゃねえけど……ってか、」
 神が通り本殿へと至る道。神を『取り入る』が故に『とりい』とされる説もあるが、そんな薀蓄は柊にはどうでもいい。
 柊は肩を震わせてうな垂れ――そして丘に響き渡るような怒声で渾身の叫びを放った。
「なんで神社なんだよっっ!!!?」
 そう、目の前にある護神の社は紛う事なき日本の伝統建築、神社なのである。
「洋風ファンタジーな世界なんだから普通ストーンヘンジとか神殿とかだろ! なんで神社仏閣とかおっ建ててんだよ、おかしいだろ!? なにが『樽武神社』だ、ふざけやがって!!」
「ヒイラギさん落ち着いて!?」
 顎束に取り付けられた額面(ご丁寧に漢字だ)を睨みつけながら柊は唸る。
 こんな世界観無視のナメきった真似をするのは魔王以外に考えられない。
 憤る柊はシエスタに宥められながら本殿へと足を運んだ。

 流石に彼のよく見知っている幼馴染、赤羽くれはの家――赤羽神社のそれよりかなり規模は小さいが、それなりに神社の体裁を取り繕っている。
 賽銭箱やら鈴緒やらまであってそれがまた柊の神経を逆撫でするのだが、そんな事情を知る由もないルイズは興味深そうにその社を見て回っている。
「変なの。これ、玩具?」
「あ、あっ、ミス・ヴァリエール、そんな乱暴に扱わないで下さい……!」
 どこか楽しそうに鈴緒をがらんがらん鳴らしまくるルイズにシエスタは青くなって叫ぶ。
 それを見て柊は思わず渋面を作ってしまった。
 子供の頃に彼女と同じような事をやって、くれはの母親である赤羽 桐華の説教とその妹である藤乃の鉄拳制裁を食らったのを思い出したのだ。
 懐かしい記憶がよぎって柊はどうにか平静を取り戻し、気を取り直すように大きく息を吐く。
「で、これがその護神様っていうのが住んでる社?」
「あ、はい。そうです」
 鈴緒で遊ぶのに飽きたのか、次いでルイズは本殿の方に眼を向けた。
 格子戸の向こうに見える薄暗い部屋を覗き込んだ後、彼女は無造作に戸を開け放ってその中に入っていった(しかも土足)。 
 渋面の柊とシエスタを他所にルイズはずかずかと本殿に上がりこみ、中央でくるりと回って内部を見渡した。
 大きさは大体十メイル四方と言ったところで、燭台がいくつか並ぶだけで他には何もない、がらんとした場所だった。
 正面の天井近くに小さな棚が設けてあるだけで、他に眼を引くものは何もない。
 ルイズはつまらなそうに鼻を鳴らすと、外で立ち尽くしている二人を振り返った。
「誰もいないじゃない。どこにその護神様がいるのよ」
 しかし当の柊とシエスタは神妙な顔でルイズを見やるだけだ。
 いや、よくよく見ると二人は自分を見ている様子ではなかった。
 改めて回りを見渡したが、特に気を引くようなものはなにもない。
 そんな時、シエスタが柊に向かっておずおずと声をかけた。
「……ヒイラギさんなら、わかりますよね?」
「……ああ」
 外から本殿をじっと見つめながら、柊は頷いた。
「『月匣』だな」
 魔王――侵魔達がファー・ジ・アースに侵入するときに構築する結界。それが月匣である。
 月匣の内部は一切の常識が排除され創造者の都合のいい法則に基づく世界が構築される。
 外から見た月匣の大きさと内部の大きさが違うのは当然として、時間の流れさえも都合のいいように改変されてしまう。
 ちなみにこの月匣を簡易に身に纏ったものが、柊達ウィザードの纏っている月衣である。
 シエスタはこの月匣を感知して護神とやらのいる『場所』に入り込んでしまったのだろう。
「ルイズ、ちょっと外に出ろ」
「? 一体何よ……」
 不満げに外に出てきたルイズを確認すると、柊は本殿の格子戸を締める。
 そして一度深呼吸した後、再び格子戸に手を伸ばした。
 訝しげに見つめるルイズの視線を受けながら、柊はゆっくりと格子戸を開いていく。
「……え!?」
 ルイズは眼を丸めた。
 格子戸が『その向こうの風景ごと』押し開かれたのだ。
 現れた新しい景色は先程の部屋とは全くの別物。
 切り出した石で敷き詰められた長い長い通路だった。
 ルイズは慌てて走り出して本殿の側面に回ったが、当然ながら本殿の奥行きは先の見立てどおり十メイルほどしかない。
 柊達の下に戻り、改めてその通路を見やる。
 別に下り坂になっているという訳ではないのに、その通路は果てなく真っ直ぐに伸びていた。
「な、なにこれ! どうなってるの!?」
 ルイズは驚きも露に柊を見やった。
 しかし柊は彼女の目線に答える事なく、周囲を見渡して眉を潜めた。
(……紅い月が昇らねえ?)
 ファー・ジ・アースにおいて月匣が展開される場合、その状況に関わらず天には血のように紅い月が現われる。
 これは単に月が紅く染まる訳ではなく、本当に月が出現するのだ。
 たとえ昼間であってもお構いなしに空に紅い月が浮かび上がるし、場所にしてもそれが海の底だろうが宇宙空間であろうが例外はない。
 ここがファー・ジ・アースではない異世界だからだろうか。
 シエスタに眼を向けると、彼女もまた柊ほどではないではないにせよ小さく首を傾げていた。
「どうかしたか?」
 声をかけると、
「……いえ、気のせいだと思います。私が最後にあの方の下に訪れたのは結構前ですから……」
「……?」
「ねえちょっと、どうなってるのよ!」
 無視された格好になるルイズが棘の入った声で叫んだ。
 柊は意識を切り替えて彼女に振り向くと、
「まあとにかく、これが『護神様』の住んでる所に続いてる道って事だよ」
 納得いっていないルイズを促して現われた月匣へと足を踏み入れた。


 ※ ※ ※


 ひんやりとした空気が流れる通路を三人は歩いていく。
 灯のようなものはなかったがどうも通路全体が仄かな光源になっているらしく、視覚面では特に不都合はない。
 代わり映えしない通路に歩を進めながら、先頭を歩く柊は二人に顔を向けて言う。
「……気を付けろよ。この手の月匣には何があるかわからねえから
 なあっ!?(↑)」
 柊の体が床を突き抜けて消えていった。
「ヒイラギ!?」「ヒイラギさん!?」
 ルイズとシエスタの二人が慌てて柊の消えた床に走り寄った。
 床から響く柊の悲鳴がだんだんと遠ざかり、そして消えていった。
「な、何これ……幻影? 床は見えてるのに、床がない」
「お、落とし穴でしょうか」
 床に手を突っ込みながらルイズ達が驚愕の声を上げていると、後方から何かが派手な音を立てて落ちてきた。
 柊だった。
「ヒイラギ、大丈夫?」
「く……くっそぉ……やってくれるじゃねえか……!」



 そして三人は再び通路を歩き始めた。
 先程の罠がきいたのか、ルイズとシエスタは少しだけ怯えた表情で床を凝視しながら柊の後に続いている。
 しかし柊 蓮司は百戦錬磨のウィザードである。
 彼はこの手のフォートレス――迷宮状の月匣――の仕掛けを熟知していた。
 例えば今のように、最初に落とし穴を仕掛けておいて注意を足元にひきつけておくのならば次に来るのは――
「天井!!」
 柊は身構えて天井を見上げた。
 側面の壁が迫り出して柊を跳ね飛ばした。
「どふっ!?」
「ヒイラギ!?」「ヒイラギさん!?」
 柊の体が反対側の壁に叩きつけられ、同時に壁面がぐるんと回って柊を飲み込んだ。
 壁から響く柊の悲鳴がだんだんと遠ざかり、そして消えていった。



 三人は改めて通路を歩き始めた。
 先程までの罠が効いているらしく、ルイズとシエスタは怯えた表情で辺りを必死に見回しながら柊の後に続いている。
 しかし柊 蓮司は熟練のウィザードである。
 彼は素早く床と天井、側面を調べて罠がない事を確認する。
 安全を確かめて息を吐き、自慢気に二人を振り返った。
 前方から爆走してきたデスローラーに柊は背中から轢き倒された。
「ごはっ!!」
 慌てて壁に張り付いた二人の間をデスローラーが駆け抜け、柊はそれに巻き込まれてぐるんぐるんと回転しながら今まで歩いてきた通路を逆走し最初の落とし穴の中に消えていった。
「ヒイラギさん……」「早く帰ってきなさいよー」



 気を取り直して三人は更に通路を更に進む。
 眼に見えるほどの緊張感を漂わせて周囲を警戒しつつ進む柊の後ろを、適当に雑談しながらルイズとシエスタが歩く。
 やがて長い通路の突き当たりが見えた。
 そこは右に向かってL字状になっており、柊達の真正面、突き当りの壁には何やら張り紙がしてあった。
 その張り紙にはこう記されている。

『隠し扉。
 左の壁に注意せよ』

「ち、力強く書いてあるわね……」
 張り紙の記述に眉を潜めながらルイズは呟いた。
 この時柊に電流走る……!
「読めた……っ!」
 彼の魂に刻まれた記憶とでも言うべき何かがこのトラップの構造を完璧に見抜いたのである。
「張り紙につられて左を見たら、右から火矢とかが飛んでくるんだろ……!?」
 柊は会心の笑みを浮かべつつ突き当たりに踊りだし、右に伸びる通路の方を向いて身構えた。
 左の壁がぱかっと開いて巨大な鉄球が吐き出され、柊の後頭部を直撃しつつ彼の体を押し潰した。
「左に注意って書いてるのになんで右を見るの? 馬鹿なの?」「ヒ、ヒイラギさん……」
「どうしろってんだよ、ちくしょう!!」
 鉄球の下で喚く柊を半眼で眺めつつルイズは溜息をついた。
 そして彼女は隣にいるシエスタに眼を向けて、尋ねる。
「あんた、よくこんな所通って行けたわね……」
 すると彼女は困ったように首を傾げて今まで通った道を見やりながら返した。
「いえ、私の時はこんな罠とかありませんでしたし、通路もこんなに長くなかったです……」
「え?」
 ルイズは眉を潜めた。
 と、不意に何処からか流麗な女の声が通路に響き渡った。
『この地に住む稀人ならばともかく、ウィザードが侵入してきたのだ。警戒するのは当然だと思うがね』
「!?」
 驚いてルイズは周囲を見渡す。
 しかし当然ながらこの場に居るのは自分とシエスタと鉄球に潰された柊だけ。
 響いた謎の声に反応したのは、シエスタだった。
「護神様!」
 彼女は僅かに顔色を青ざめさせて、虚空に向かって声を上げる。
「申し訳ありません。私、あれほど言われていたのに言いつけを破ってしまって――」
『いや、構わないよ。なまじ余計な事を言って惑わせた私の責任と言うべきだろう。それに……』
 そこで護神は一度言葉を切った。小さく含み笑うような吐息が漏れ、ソレは再び言葉を紡ぐ。
『柊 蓮司ならば特に問題もない』
「あん……?」
 鉄球を押しのけて立ち上がった柊が眉を寄せた。
 聞いた事のない女の声だった。少なくとも彼が今まで出会った魔王ではない。
 デルフリンガーを出しておくか少し迷ったが、シエスタが眼に入って柊はその動きを中断した。
 柊の挙動に気付いていたのか、護神は再び小さく笑った。
『結構。ならばキミ達を我が領域へと招待しよう』
 涼やかな声が響くと同時、張り紙のあった壁が光を放ち大きな扉へと変貌した。
「な、な……」
「……護神様とご対面って訳か。鬼が出るか蛇が出るか……」
 驚きに眼を見開くルイズをよそに、柊は不敵に笑うと扉に手をかけた。

 扉が大爆発した。
 柊は避ける間も悲鳴を上げる間もなく爆炎に呑み込まれた。

『……フォートレスではトラップ探知をしろというのに』


 ※ ※ ※


「オラァッ!!」
 裂帛の気合で柊は扉を蹴破った。
 荒く肩で息をしながら怒りに眼をぎらつかせてそこに踏み込んだ柊の身体に、シエスタは縋りつきながら叫ぶ。
「ヒイラギさんやめてください! 落ち着いてっ!!」
「うるせえ、護神だかなんだか知らねえがぶった切ってやるよ!!」
「ヒイラギ、キャラが変わってる! 落ち着きなさい!!」
 月衣からデルフリンガーを取り出そうとする腕を捕まえながらルイズも叫ぶ。
 そんな風にもみ合いながら柊が敵を発見すべく周囲をすると、動きをぴたりと止めた。
 ルイズも彼に倣って辺りを見渡し、呆気に取られる。
 そこは学院にあるルイズの部屋のような洋式の広間だった。
 ただ彼女の部屋よりも遥かに大きく、そして置かれている調度品も一目でそうとわかるほどに高級なものだ。
 壁の一面はガラス張りになっており、その向こうには先程まで彼らがいたタルブの草原を背景にバルコニーと大きなテーブルが添えつけられている。
 あの丘には古ぼけた社以外には何もなかったはずなのに、何故かこうしてその草原を臨める豪奢な部屋がある。
 全く意味がわからなかった。
 そして部屋の奥、まるで王族のそれのような天蓋付きのベッドには一人の女性が腰掛けていた。
 彼女は鷹揚に立ち上がると清水のような流麗な動きで柊達の下へと歩み寄り、艶然とした微笑を柊に向けた。
「初めまして、と言っておこう。よもやこのような場所でキミに出逢う事になるとはね……つくづく異世界に縁のある男だ、柊 蓮司」
 それが自分に向けられたものではないにも関わらず、ルイズは彼女から直接紡がれた声音に心臓が跳ねるのを感じた。
 陽光に照らされたように輝く長い長い翡翠の髪。
 眼もくらむような白磁の肌。茶と紫のオッドアイ。
 薄絹一枚という扇情的な衣装でありながら、纏う空気はそんな下世話な感情を催す事さえ憚られるような清廉さを漂わせている。
 そう、端的に言ってしまうならばシエスタ達がそう呼び讃え祀っているような、まさしく神がかった美貌の女性だった。
「……フール=ムール……だったか?」
 そんな彼女の視線を直に受けてなお動じず、柊は探るようにして声を出した。

 "風雷神"フール=ムール。
 『公爵にして伯爵』という裏界でも類を見ない二つの号を併せ持つ魔王。
 二つ名の通り天候を自在に操り、また男女の仲と死者をも司るという正真正銘の古代神である。
 ファー・ジ・アースを攻め滅ぼさんとする侵魔達の中にあって極めて珍しい中立派でもあり、かつては人々に篤く信仰されていたともいわれている。
 現在ではその人間達に倦んでしまい己の領域から出る事はほとんどなく、喚ばれぬ限りは人間達にはめったに干渉することはないらしい。

「いかにも。が――」
 それを受けて護神――フール=ムールは小さく頷いた後、ほんの僅かに顔に陰りを見せて柊から視線を外した。
 柊は眉を寄せて彼女の視線を追う。
 その先には……両の手を胸の前で組み、感動した面持ちでフール=ムールを見つめるシエスタの姿があった。
 柊の視線に気付いた彼女は喜びも露に柊に一歩踏みより、上ずった声を漏らす。
「ヒ、ヒイラギさん。護神様のお名前はフール=ムール様と仰るのですか……!?」
「あ、あぁ。もしかして知らなかったのか?」
「はい。護神様は名乗るような名は持っていないと……。か、感激です。護神様の御名を知る事ができるなんて……!」
 感動と畏敬に身震いしながら呟くシエスタを見やって、フール=ムールは物憂げな息を一つ吐き出した。
「この世界における始祖ブリミルしかり、具体的な『名』を持つモノへの信仰は偶像崇拝に繋がるからね。百年かけて『現象としての神』を定着させていたのだが」
「う……すまねえ」
「構わないよ。それよりシエスタ、私の名を呼ぶのはいいが、くれぐれも他言はせぬよう。それと、久しぶりに紅茶を淹れてもらえるかな」
「は、はい! かしこまりました!!」
 シエスタは跳ねるように身を揺らすと深々と頭を垂れ、そして入ってきた扉から出て行った。
 あの向こうには通路しかないはずだが、おそらく今は厨房だかどこだかに繋がっているのだろう。
 月匣の中でならその程度の構造変化など珍しくもない。
 シエスタが部屋から辞したのを見届けると、フール=ムールは改めて柊と――そしてルイズを見やると僅かに眼を細めて笑った。
 その微笑に不快さは感じなかったもののその意図がわからず首を傾げるルイズをよそに、フール=ムールは踵を返しバルコニーへと向かう。
「立ち話もなんだし、こちらでゆっくりと話そうか。フォートレスを通って疲れているだろうしね」
「仕掛けたお前が言うなよ……」
 毒気を抜かれた柊が盛大に溜息をついて彼女の後を追って歩き始めた。
 ルイズもそれに追随しながら、柊の袖を軽く引いて囁きかける。
「ねえヒイラギ」
「あ? どうした?」
「……あのヒト、本当にカミサマなの?」
「正真正銘の神様だよ。もっとも俺達にとっちゃあんまありがたくねえ神様だけどな」
 柊はしかめっ面をしながらそう言って、頭をかく。
 しかしルイズとしてはそれを鵜呑みにする事ができなかった。
 確かに、人間離れした美貌の持ち主だという事は疑いようもない事実だ。
 だが、だからといって『神様』だのというおとぎ話じみた事を認めるのは難しかった。
 異世界とかなんとかの話も十分におとぎ話めいているが、『本物の神様』まで出てくると流石に話がぶっ飛びすぎている。
 ハルケギニアにも始祖ブリミルや彼に虚無を授けたという神の存在が謳われてはいる。
 が、実際に王家の祖となったブリミルはまだしも、『神が実在するか?』と問われるとルイズとしても返答に詰まらざるを得ない。
 それが異界の神であるというなら、尚更だ。
 部屋からバルコニーへ場所を移し、柊達はフール=ムールとテーブルを挟んで相対する形で椅子に腰掛ける。
 そして彼女は口の端を歪めると、こう切り出した。
「まずは私の身の証から立てた方がよいのかな?」
 どうやら二人の会話を聞いていたらしい。
 気まずそうに眼を見合わせる柊達を見つめて、フール=ムールは愉しそうに笑みを零した。
「それは構わないが、どうすれば信用してくれるかね?
 ラ・ローシェル辺りを跡形もなく吹き飛ばして『キミが見たいと言ったから町が滅んでしまったよ』とでも言えばいいのかな?」
「……、」
 まるでからかうような言い振りにルイズの頬が引きつった。
 無論それは恐れをなしたのではなく、頭にきたからだ。
 ちょっと冷静に見れば安い挑発でしかないが、残念ながらルイズはそれを軽く受け流せるような少女ではなかった。
 彼女はふんと鼻を鳴らすと、負けじと挑発的な笑みを浮かべて言う。
「流石にカミサマは言う事が大きいわね。……上等よ、やれるもんなら」
「待て待て待て!!」
 慌てて柊は割って入った。
 言葉を遮られて不機嫌に睨みつけてくるルイズに柊は叫ぶ。
「コイツ等は本当に"できる"んだから迂闊な事言うんじゃねえよ!?」
「……ふむ、そうだね。私としても護神という立場上あまり剣呑な事はしたくないのが正直なところだ」
 一つ頷いて口を挟んだフール=ムールにルイズは口を尖らせ、薄桃の髪を苛立たしげにかきあげて彼女に向かって口を開いた。
「……何よ。だったら何でもいいから神様らしい凄い事やってみせなさいよ」
「……」
 すると彼女は細い指を顎に添え、興味深そうな目線でルイズを見やった。
 まじまじと観察するように見られたルイズは眉根を寄せ、口を開こうとした。
 が、それを遮るようにフール=ムールは漏らす。
「なるほどね。外見もそうだが、中身もよく似ている……どうやらカリンの血を一番濃く継いでいるのはキミのようだ」
「カリ……え?」
 その言葉にルイズは思わず眼を丸めた。
 そして今度はルイズがフール=ムールを観察すようにじっくり見やると、おずおずと尋ねる。
「お、お母様を知ってるの?」
「カリーヌ・デジレは古い友人だよ。彼女がキミぐらいの頃、『色々と』相談をうけたものさ。さっきのキミみたいに不機嫌な表情で、しかしプラムのように頬を染めて語るあの子はとても魅力的だった」
「な、なにそれ……」
 少なくとも彼女の知る母の姿からは想像もできない描写を語られルイズは小さく呻いた。
「ついでに言えば、私は小さい頃のキミに逢った事もあるのだよ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。もっともキミは覚えていないだろうがね」
 重ねるように名乗っていないフルネームまで言われてしまって、ルイズはもはや絶句するしかなかった。
 そんな風に固まっている彼女を見やってフール=ムールは懐かしそうに眼を細めると、次いで蟲惑的な笑みを浮かべて大きく頷いた。
「……よかろう。ならばキミの母君の時と同じ手法をとる事にしようか」
「え?」
「は?」
 言葉の意味を理解できなかった柊とルイズをよそに、フール=ムールはゆっくりと腕を持ち上げた。
 つられて動く二人の目線の先、掲げられたフール=ムールの手が動き、指を弾いた。
 バルコニーに鈴のような音が鳴り響く。
 と同時に。

「きゃぁっ!?」
 小さな悲鳴と共に、テーブルの上に白いナニかが落ちてきた。

 唐突に出現したソレに柊とルイズはぽかんとしたまま固まった。
 ややあってソレはもぞりと動き、身を起こす。
 それは純白のドレスを身に纏い、紫紺のマントを羽織った見目麗しい少女だった。
 彼女は片の手を栗色の髪に添えて小さく頭を振る。
「……誰だ?」
 身なりからしてルイズに負けず劣らずのお嬢様なのだろう。
 ふとルイズに視線を向けると、彼女は大きく口と眼を開き、彫像のように固まったままテーブルの上の少女を凝視していた。
 恐らく何が起こったかわかっていないのだろう、テーブルの上の彼女は透き通るような青い瞳でぼんやりと周囲を見回し――ルイズと眼をあわせた。
「……あら? 貴女、もしやルイズ・フランソワーズ?」
 知ってるのか、と柊が問いかけようとした瞬間、背後で派手な音が響き渡った。
 顔を向ければ紅茶の用意をしてきたシエスタがこちらを凝視したまま立ち尽くしていた。
 シエスタはティーセットを取り落とした事にも気付かず、ルイズと同じような表情で柊達を――厳密にはテーブルの上に鎮座している少女を愕然と見つめている。
「な、なん、あ、ああ、ア……っ」
 シエスタは彼女の事を知っていた。
 もっともそれは知り合いなどという畏れ多い関係ではなく、絵画などで一方的に知っているだけだ。
 おそらくこの国に居るほとんどの人間がそうだろう。
 そう、すなわち彼女は――
「アンリエッタ、王女殿下……」
 シエスタは戦慄と共に呻いたあと、ふっと糸が切れたように卒倒してしまった。

「王女、殿下ぁ……!?」
 つまりは王様の娘。
 慌ててテーブルの上の王女殿下とやらを改めて見やると、彼女の栗色の髪には小さな冠が載せられており、視線を落とせばテーブルの上に彼女のモノだろう、立派な水晶が嵌められた杖が転がっていた。
 流石の柊も戦慄と共に息を呑まざるを得なかった。
 ルイズは顔を真っ青にして両の手でバンとテーブルを叩き立ち上がると、頭に疑問符を三つほど浮かべているアンリエッタの向こうで平然と様子を見ているフール=ムールを睨みつけた。
「あ、ぁああぁぁあアンタなんて事してるのよぉおおお!!!」
 しかしフール=ムールは意にも介さず、楽しそうに笑いを漏らして首を小さく傾げた。
「何でもいいからやってみせろと言ったのはキミではないか」
「それはっ、でもっ、だからって、こんな、姫様をこんな場所……、っ?」
 叫びながらルイズははたと気付いた。
 こんな場所。そう、ここはタルブ村なのである。
 アンリエッタ王女がいるのは王都トリスタニア――いや、少し前にゲルマニアに訪問していると聞いたのでそちらか――とにかく、どちらだろうとここからはかなり遠くには違いない。
 そんな遠くに居るはずのアンリエッタをここに連れてきたというのか。
 どうやって?
 どんなに速い騎獣を使ってもそんな事はできない……それこそ柊の持つ箒を使ったって不可能だ。
 というか、そもそもフール=ムールはここから一歩も動いてすらいない。
 しかも、アンリエッタはいきなりテーブルの上に現れた。
 サモン・サーヴァントの魔法みたいな事をしたのか。だがゲートのようなものは何もなかった。
 何がなんだか全くわからない。
 ただルイズが確実にわかるのは――
「あの、ルイズ? 一体何が起こっているのです? 何故貴女がここに? というか……ここはどこ?」
 目の前に不安そうな表情で見つめてくるアンリエッタ王女がここにいる、という事だ。
 唐突にこの場に現れたという事は、元々アンリエッタの居た場所では唐突に彼女が消えたという事になるのだろうか。
 彼女の立場上、人目がつかない場所で一人になれる時間などそうそうない。
 恐らく元いた場所には、臣下なり侍従なりがそれなりにいただろう。
 トリステイン国王女アンリエッタ・ド・トリステイン、忽然と姿を消す。
 大騒ぎで済まされるレベルの話ではない。
 その主犯は目の前にいるフール=ムール。
 そして予期せずとはいえそれを教唆したのはこのルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
 ヴァリエール家終了のお知らせである。
「……お わ っ た」
 ルイズは糸の切れた人形のように椅子に崩れ落ちた。
 そしてそのままずるずると滑り落ちていく。
「しっかりしろ、ルイズ!?」
「ああっ、ルイズ!? せめて説明をしてくださいまし!」
 泡を食ってルイズに詰め寄る二人をよそに、それまで沈黙を保ち暖かく見守っていたフール=ムールが声を上げた。
「まあ落ち着きたまえ。それとアンリエッタ、そろそろテーブルから降りた方が良いのではないかね?」
「え……あ、っ」
 落ち着きはらったその声でようやく自分の状況を理解したのか、アンリエッタははっとして慌ててテーブルから身体を下ろした。
 手早く髪を撫でつけドレスの乱れを正し、恥ずかしそうに頬を染めてフール=ムールに視線を向け――眼を丸めた。
「……フール=ムール様?」
「久しぶりだね、アンリエッタ。随分と美しくなった」
 アンリエッタは照れ臭そうにはにかむと、ドレスの裾をつまんで礼儀正しく頭を垂れる。
「お久しぶりです。母より話は伺っておりましたが、本当に貴女は変わらないのですね。十余年前に逢ったあの頃の美しい姿のまま……まるで悠久と謳われる水の精霊のようですわ」
「変わらぬモノはそれを見る者の裡で色褪せ朽ちていくだけさ。変わり往くモノはその瞬間瞬間に至高の美しさを放つもの。……あの頃や今のキミのようにね」
「まあ、お上手ですのね。貴女が殿方であればこの胸がときめいておりましたわ」
 アンリエッタが花を咲かすような笑みを浮かべると、フール=ムールは眼を細めて口の端を歪めた。
 そんな二人に、柊がおずおずと手を上げながら口を挟んだ。
「な、なあ、フール=ムール。あんた、この国の姫さんとも知り合いなのか……?」
「彼女というよりは王家の者と言った方が正しいかな。この世界に落ち着くにあたって少々縁ができたのだよ」
 言ってからフール=ムールは鷹揚に立ち上がるとアンリエッタへと歩み寄り、彼女の栗色の髪を優しく梳いた。
「すまなかったね。すぐにもとの場所に戻してあげよう。訳がわからないと思うが、まあ夢を見たとか犬に噛まれたとかその程度に思ってくれ」
「あ……はあ」
 当然と言えば当然のようにアンリエッタは首を捻った。
 そして彼女ははたと気付くと、僅かに表情を強張らせてフール=ムールを真摯に見つめる。
「あの、フール=ムール様!」
「ん?」
「このような時に巡り逢えたのも神と始祖の思し召し――王家と親交ある貴女に折り入って相談したい事があるのです」
「……ふむ?」
 フール=ムールはじっと見つめてくる青色の視線を受け止め、僅かに沈黙する。
 そして彼女は小さく息を吐くと、アンリエッタに告げた。
「まあいいだろう。今回の非礼の侘びとして話は聞くよ。だが生憎今は先約があるのでね、それが終わったらこちらから伺おう」

『姫様よりこっちを優先するなんて何考えてるのよ!』
 とルイズなら叫びだしそうだったが、彼女は今――
「あーあー聞こえない聞こえなーい」
 テーブルの下にうずくまって耳を塞ぎ、現実逃避の真っ最中だった。

「……わかりました。お待ちしております」
 安堵の表情を浮かべてアンリエッタが一礼すると、フール=ムールは小さく頷いてから軽く彼女の頭を撫でた。
 同時にアンリエッタの身体を包むように光が灯り、その姿が虚空に掻き消える。
 そしてバルコニーに静寂が戻った。
 消えたアンリエッタの残滓を名残惜しむかのように立ち尽くすフール=ムールと、呆気にとられたままの柊と、テーブルの下に隠れたルイズ。そして入り口近くで卒倒しているシエスタ。
 ちょっとした嵐が通り過ぎた後のような光景だった。
「さて、これで信じてくれたかな?」
 何事もなかったかのように振り返り、フール=ムールが口を開いた。
 既に彼女――彼女のような類の常識外れの存在を知っている柊は諦めの表情で息を漏らし、テーブルの下にいるルイズを見やる。
「どうだ、ルイズ?」
「……」
 無言のままルイズはひょこりと立ち上がった。
 そして椅子を立て直してそこに座り、柊を見やって首を捻る。
「何が?」
「いや、だからコイツの事だよ。姫さんを引っ張り出したじゃねえか」
 すると彼女は――怪訝な顔で更に首を捻った。
「なにそれこわい。姫様なんてここにいるはずないじゃない」
「なかった事にした!?」
 愕然として柊は呻いたが、ルイズは本当に意味がわからないといった表情で柊を見返す。
 ……もっとも、青ざめた表情は戻っておらず頬がひくついている以上隠していないも同然なのであるが。
 それを見てフール=ムールはふぅむと唸り顎に手を添えた。
 そして思案顔でさらりと言う。
「ならば今度はアルビオン王かゲルマニア皇帝でも招聘するかね? ガリア王やロマリア教皇でも構わないが。……あまりお勧めしないがね」
「嘘です信じます!! カミサマ超凄い!!!」
 間髪いれずにルイズが叫ぶと、フール=ムールは満足そうに頷いて笑みを浮かべた。
 同性でも思わず胸が高鳴るような美しい微笑だったが、今のルイズにはとてつもなく恐ろしいものに見える。
「信じてくれて何よりだ。……ちなみにカリンの時は時のトリステイン国王、フィリップ三世だった。彼は楽しんでいたが、カリンは卒倒してしまったよ」
 ははは、と懐かしそうに笑いながら席に戻るフール=ムール。
 一方ルイズは、
「うっ、うぅうっ……わたしを常識の世界に帰して……」
 肩を震わせながら両の手で顔を覆い、さめざめと泣き始めてしまった。
 心の底から同情を禁じえない彼女の姿を横目で見やりつつ、柊はフール=ムールに向かって声をかける。
「お、おい……お前、そういう性格の奴だったのか……?」
 知る限りフール=ムールは『静かなる支配者』とも渾名される魔王であり、このような騒ぎを起こすような存在ではないという印象が強いのだ。
 すると彼女はそんな柊の知識を不本意だと言わんばかりに嘆息すると、答えた。
「我は不変なるモノを好まず、不確かで移ろいゆくモノをこそ愛でる。静かなのは結構だが、停滞を生む静寂は好むところではない。
 だから内輪で騒ぐ分には私は寛容だよ。それを外にまで波及させてしまうのは本意ではないがね」
「外から一国の姫さんを拉致って来て言う台詞か……?」
 半ば呆れを含んだ調子で柊が漏らすと、フール=ムールは肩を竦めた。
 そして出来の悪い生徒を諭すような口調で彼女は言葉を紡ぐ。
「やれやれ、状況に対して脊髄反射的に突っ込むのはキミの美点であり欠点だな。そんなだからベルやアンゼロットにいいようにからかわれるのだよ」
「ぐっ……!?」
「冷静に考えたまえ、柊 蓮司。月匣の内部においては時間の流れが無意味な事など、知らぬはずもないだろう?」
「……う」
「彼女が『ここ』にいた時間など、『向こう』ではほんの瞬き程度でしかない。加えて言えば、彼女は今ゲルマニアからの帰国途上……専用の馬車の中だ。
 自ら晒さぬ限り、他者に姿を見られる事はない。無論消えた瞬間も、戻った瞬間もね」
「……」
「その程度のことはちゃんとわきまえてやっているよ。彼女を選んだのも面識のある相手だったゆえだしね。まあルイズ・フランソワーズが本気で諸王を呼べと言ってきたら流石に困っていたのだがね」
 それがないという事までちゃんと読みきっていたのだろう、フール=ムールは台詞ほどには困った様子を見せずにちらりとルイズに眼をやった。
 そのルイズはもはや彼女の声も届いていないのか、テーブルに顔を突っ伏したまま肩をふるふると震わせていた。
 フール=ムールはルイズを愛おしげに見やって微笑むと、改めて柊を見やった。
「さて、他に突っ込みたい所はあるかね?」
「……いや、いい……」
 ぐうの音も出せなかった。
 何をどうつっこんでも通用する気がしない。
 久方ぶりに覚えた圧倒的な脱力感に肩を落としながら柊は答えた。



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