あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

萌え萌えゼロ大戦(略)-24



 夜半のニューカッスル沖空域。燃え盛る戦列艦『イーグル』号の艦橋で、
ウェールズ皇太子と艦長は衝撃でガラスが粉砕された窓から夜空を見上げていた。
「……静かだな。艦長」
「はい。殿下」
 視線の向こうでは、これまで多くの危険をかいくぐりながら支援を
自分たちに行ってくれた商船『マリー・ガラント』号が見える。
向かい風の中を進み、途中で脱出したカッターを回収してくれているのが分かる。
「……何とかこの艦をトリステインまで曳航できないでしょうか……?」
 艦長の言葉にウェールズ皇太子は首を振る。
「無理だな。本艦は重すぎる。それに、トリステインは遠い……」
 言いながら、足下が少しずつ揺らいでいるのを感じる。国王ジェームズ一世や、
ほかの風メイジたちが保たせている浮力が、徐々に失われているのだ。
「本艦がここで沈むことで、アンリエッタが『レコン・キスタ』に宣戦布告される
理由の一つが消える。私は、それで良かったと思っている」
「殿下……」
 ぐらり、と足下が大きく揺れた。もう保ちそうにない。
 『風』系統のメイジ故か、ウェールズ皇太子も風の流れに敏感で、視力も良い。
その碧い瞳が、『マリー・ガラント』号から自分に敬礼している鋼の翼持つ
乙女の姿を捉える。
 ウェールズ皇太子は『マリー・ガラント』号に向けて敬礼した。
艦長もそれに倣う。急速な落下により『イーグル』号艦内のすべてのものが
宙に浮く中、二人は舵輪に『錬金』をかけて体を固定する。
「……アンリエッタ……」
 ウェールズ皇太子は、その短い人生の最期の瞬間に、3年前、ラグドリアン湖の
岸辺で出逢った、女神のような美しさを持つアンリエッタ姫の姿を思い浮かべ、
笑った――


 『マリー・ガラント』号の船室に、嗚咽の声が木霊する。ルイズが、
ふがくの豊満な胸に顔を埋め、泣いていた。
「……わたしっ……、わたしぃ……!あれだけの人を殺せって……
命じて……、それなのに……それなのにぃ!」
 ふがくはルイズを受け止めたまま、何も言わなかった。ギーシュも、
水夫から受け取った布で顔をぬぐってから、一言も言葉を発していない。
そのとき、ドアをノックする音が聞こえる。ふがくが首だけ動かして
ドアに注視する。
「……お邪魔だった……かな?」
 それは金色の髪を少年のように短く切った、まだ少女の域を抜けきら
ないような女性――シン。この『マリー・ガラント』号の船員ではない
ようだが、船長にすら意見する女性で、今回の『イーグル』号からの
脱出者収容でも先頭に立っていたとルイズたちは記憶していた。シンは
片手で湯気が立つスープが盛られた木の器を乗せたトレイを持っていた。
「貴族のお二方にはお口に合わないかもしれないけど……これ、ここに
置いておきますね」
 それだけ言うと、シンは出て行った。ドアを閉めてから、シンは独りごちる。
「……とても言える雰囲気じゃないよね、あれ」
 そう言ってドアから離れようとしたとき、ドアが開く気配がした。
とっさにシンは身構えるが……ドアを開けたのは鋼鉄の翼を持つ乙女、
ふがくだった。
「キミかぁ。ちょっとびっくりしたよ。ふがく……さん、だったよね?」
「最初に会ったときから疑問だったんだけど、その身のこなし、その腕力
……アンタ、もしかして鋼の乙女?」
 ふがくは自分とさして変わらない背丈のシンに向き合う。動きやすさを
重視した男装。どこにでもあるような安っぽい平民の服を着ているが、
ふがくを前にして完全に警戒は解いていない。いつでも動けるその体重の
かけ方は……ふがくのいた世界の近代軍隊の鍛えられた兵士のそれだ。
 だが、シンは軽く笑うと、ふがくの問いかけをはぐらかした。
「……さて?少なくともボクはキミと初対面だけどね。
 それから、このフネはお昼過ぎにはラ・ロシェールに戻るけど……
桟橋に着いたらしばらく動けなくなるよ。何か用があるならその前に
ここを離れた方がいいね」
 ふがくにもその言葉の意味するところは自明だった。アルビオンからの
脱出者――しかも全滅したはずの王党派の生き残り。トリステイン王国が
彼らを受け入れるかどうかが決定されるまで、彼らはこのフネに軟禁される。
ふがくはシンが最後に到着した長官艇だけは処分させなかったことを思い出す。
甲板に固定されて覆いが掛けられたアレも貴重な新兵器として保存されたのだろう。
鹵獲したアレをどうするのかも含めて、このままだと本当に当分ここから
出られなくなりそうだった。

 その頃、ギーシュはルイズにシンが持ってきたスープを食べさせていた。
平民の商船とは思えない、鶏のブイヨンを利かせた野菜と肉のスープ。
一口食べてギーシュはこのフネが最初から王党派を脱出させるために
用意していたのだと悟った。しかしギーシュはそれを口に出さず、
温かい食べ物というものは人の心を落ち着かせると、ケティとつきあって
いたときにそう聞いたことのあったことを思い出しつつ、自分から木製の
スプーンを取ることでルイズにそれを食べさせることに成功していた。
「……あったかい……」
 うつむいたまま、ルイズはぽつりとそう言った。そこにギーシュが
優しく声をかける。
「帰ろう。ルイズ。ぼくたちは手紙を受け取る任務を立派に果たしたんだ。
姫様に報告して、魔法学院に帰ろう」
 無言で頷くルイズ。そこにふがくが戻ってくる。
「それ食べ終わったらここを離れるわよ。このまま港に着くまで待ってたら
動けなくなるから」
「え?それってどういうことだい?」
 事態が飲み込めないギーシュにふがくが人差し指でこめかみを押さえる。
「……私たちがこのままここにいたら、保護されたアルビオン貴族と
同じ扱いを受けて処置が決まるまでこのフネから出られなくなるでしょうが……。
私たちは姫殿下の密命で動いてるんだから、これが公になったら大事じゃ
済まないわよ」
 それでようやく合点がいったギーシュ。だが、ルイズはうつむいたまま
心ここにあらずといった様子で、ふがくは内心肩を落とした。
「まぁ、それでもラ・ロシェール到着はお昼過ぎだって言ってたし、
時間はあるからゆっくりしてていいわよ。なんなら二人とも少し眠る?
昨日一日気を張りっぱなしだったんだし」
「……いや、僕はいいよ。ルイズは?」
「…………わたしも、いい……」
 ルイズの、意気消沈というにはあまりにも……な有様だが、それでも
とりあえずスープを食べるだけの意欲があることに、二人はとりあえず
安心する。

 ふがくがルイズとギーシュを抱きかかえて夜明け前の『マリー・ガラント』号を
飛び立ったのは、それからまもなくのことだった――


 ――その頃、まだ夜が明けぬトリステイン魔法学院のテラスに、ワルドの
姿があった。
 ワルドはやや疲れの残る面持ちで、テラスの椅子に腰掛け双月を見上げていた。
時折吹くそよ風が彼の顔を優しくなでる。
「……バーガンディ伯爵にはお見舞い申し上げたくなるよ。僕ですら
大変だと思うときがあるからね」
 ワルドは本塔最上階の貴賓室を見上げる。そこには、ようやく眠りに
ついたエレオノールがいる。彼女の寝顔と、眠るまでの一連のことを
思い出し、肩をすくめる。
 バーガンディ伯爵とは、エレオノールの婚約者だった貴族だ。
しかし、彼女の昼夜を問わない攻め(責めではない。念の為)に心折れてしまい、
『もう限界』と言い残して婚約を解消してしまった。
そのため、エレオノールの婚約のことは、領民にすら一種のタブーと
なってしまっていた。
「……眠っていれば可愛いのに。ネリー姉さんは」
 ワルドは思う。要するに、エレオノールは感情を人に見せるのが下手なのだ、と。
それはルイズも同様で、間違いなく母君の遺伝。おかげで昼夜を問わず
尻に敷かれれば大抵の男は逃げる。ワルドはラ・ヴァリエール公爵を
その点において心から尊敬していた。しかし……
「……たぶん、今までのことが公爵にばれたら殺されるな。
うん。間違いなく」
 ワルドは親同士が決めたとはいえルイズの婚約者である。だが、そのために
ラ・ヴァリエール領にいたときから、どういういきさつかは分からないが
エレオノールから好意をうまく表現できない攻め(繰り返すが責めではない)に
遭っている。そういうこともあってか、今のところ昼夜問わず尻に敷かれて
それを悪く思わない男は、エレオノールにとってワルドだけだったのだ。
 そのような事情があるにせよ、繰り返すがワルドはエレオノールの妹
ルイズの婚約者である。そのため……そのような言葉がつい口に出てしまっていた。
「……ん?あれは……?」
 ふとワルドが視線を学院を囲む壁に向けたとき……そこに一人の黒髪の
少女が走っている姿を見つける。ワルドは『風』のスクウェア。風が運ぶ
わずかな動きにも敏感に反応する。その彼が、そこに走る少女を奇妙だと
思ったのは、あながち間違いではなかった。少女は粗末な平民の服で
男装しており、学院の者だとしてもまだ動き出すには早い時間帯だったからだ。
「きみ!」
「ひゃっ!?」
 唐突に後ろから声をかけられた少女が小動物のようにびくっと体を
跳ね上げる。振り向くと、そこに立っているのは羽帽子をかぶった長身の
メイジ――ワルドの『偏在』。念の為、万が一、ではあるが、ワルドは
自身が動かず『偏在』を差し向けていたのであるが、そんなことを知らない
少女は突然後ろに現れたワルドに怯えた表情を隠さなかった。
「……きみは……ミス・ヴァリエールの……」
「……ワルド子爵……さま?」
 月明かりに照らされた少女の顔に、ワルドは見覚えがあった。
確かシエスタとか言ったか、ルイズと懇意にしている学院のメイドで、
今はエレオノールのお付きを命じられているメイドだ。だが、そんな
彼女がこんな時間に男の格好で学院の周りを走っているというのは奇妙だ。
 そんなワルドの雰囲気を察してか、シエスタは遠慮がちに自分がして
いることを話し出した。
「……えっと、朝の訓練……じゃなくて、運動です。毎朝こうやって
走り込みと、体操を……」
「こんな時間にかい?」
 ワルドの視線からは疑っている様子が消えていない。シエスタは職務
質問されているような面持ちで言う。
「はい。村にいたときからずっとしていることで……みんなの邪魔に
ならないようにちょっと朝早く……」
 ちょっとどころではないような気がするが……と思いつつ、ワルドは
シエスタの姿をもう一度見る。確かに、スカートでは走り辛いだろう。
銃士隊で着用する鎧下でもあれば機能的に申し分ないが、あれは一般には
売られていない。ワルドは得心したように頷くと、『偏在』を消した。
「……え?ええっ?」
 突然のことに驚くシエスタ。そこに『フライ』で飛んできた本物の
ワルドが声をかける。
「驚かせたようだね。さて、僕も少し体を動かしたいと思っていたところだ。
きみの運動につきあわせてもらうよ」
 そう言ってシエスタとともに走り出すワルド。だが……彼もこれから
夜が明けるまでのそう長くない時間に外壁10周と腕立て伏せ200回、
腹筋200回のセットを5セットやる羽目になるとは、思ってもいなかった……


 トリステイン王国の中枢である王宮は、ブルドンネ街の突き当たりにあった。
王宮と市井を隔てる城門の前には、当直の魔法衛士隊の隊員たちが、
乗騎である幻獣に跨り闊歩している。戦争が近いという噂が、二、三日前から
街に流れ始めていた。隣国アルビオンを制圧した貴族派『レコン・キスタ』が、
トリステインに侵攻してくるという噂だった。
 よって、王宮を護る衛士隊の空気は、自然と緊張に満ちてくる。
王宮の上空は、幻獣、船舶を問わず飛行禁止令が出され、門をくぐる
人物のチェックも厳しくなっていた。
 いつもなら難なく通される仕立屋や、出入りの菓子屋の主人までが
門の前で呼び止められ、身体検査を受け、ディティクトマジックでメイジが
化けていないか、『魅了』の魔法等で何者かに操られていないかなど、
厳重な検査を受けることになった。
 そんな時期だけに、夜明けの王宮の上空から二人の人物を抱えた鋼の翼ある
乙女が警戒網をその速度で難なく突破して降り立ったとき、警備の魔法衛士隊の
隊員たちは色めき立った。
 魔法衛士隊は三隊からなっている。三隊はローテーションを組んで
王宮の警護を司り、一隊が詰めている日は、他の隊は非番か訓練を行っている。
今日の警護はマンティコア隊であった。マンティコアに騎乗したメイジたちは、
王宮の上空に現れた人間に似た影に一斉に飛び上がるが、隊員が現在ここが
飛行禁止であることを告げる前にその横をすり抜けられ、結果、上空警護も
緊急出動の隊員も全員突破されたかたちで中庭への侵入を許すことになった。
 ピンクブロンドの美少女と金髪の少年を両脇に抱えた、片翼に3つの
風車のようなものがついた鋼の翼を持ち雪のような青みがかった白髪の
少女。二人を抱えた少女は、身長ほどもある長剣を背負っていた。
 マンティコアに跨った隊員たちは、降り立った3人を取り囲んだ。
腰からレイピアのような形状の杖を抜き、一斉に掲げる。いつでも呪文を
詠唱できるような体勢で、特に翼人と思われる少女に注意を払いながら、
ごつい体格にいかめしい髭面の隊長が、大声で怪しい侵入者たちに命令した。
「杖を捨てろ!」
 一瞬ピンクブロンドの美少女がむっとした表情を浮かべたが、鋼の翼を
持つ白い髪の少女が腕を上げてそれを制する。
「ここは宮廷よ。緊急事態とはいえ、従いましょ」
 一行は仕方がないとばかりにその言葉に頷き、命令されたとおりに
杖を地面に置いた。
「今現在、王宮の上空は飛行禁止だ。ふれを知らんのか?」
 その言葉に、ピンクブロンドの少女が、毅然とした声で名乗る。
「わたしはラ・ヴァリエール公爵が三女、ルイズ・フランソワーズです。
怪しいものじゃありません。姫殿下に取り次ぎ願いたいわ」
 隊長は口ひげをひねって少女を見つめた。ラ・ヴァリエール公爵夫妻なら
知っている。高名な貴族だ。
 隊長は掲げた杖を下ろした。
「ラ・ヴァリエール公爵さまの三女とな?」
「いかにも」
 ルイズは、胸を張って隊長の目をまっすぐに見つめた。アンリエッタ姫に
会うのだ。意気消沈してはいられないと気を張っていた。
「なるほど。見れば目元が母君そっくりだ。して、要件を伺おうか?」
「それは言えません。密命なのです」
「では殿下に取り次ぐ訳にはいかぬ。用件も尋ねずに取り次いだ日には
こちらの首が飛ぶからな」
 困った声で、隊長が言った。
「ま、仕方ないわね。けど、私たちもいつまでもここでこうしている訳には
いかないの」
 肩をすくめてふがくが言う。
 隊長は、口を挟んできたふがくの容姿を見て、苦い顔つきになった。
見たこともない服装だし、顔立ちは整っているものの、肌も黄色い。
背中にここまで飛んできたことが信じられないような鋼の翼を背負い、
脚も車輪のようなもの。おまけに大きな剣まで背負っている。
 どう見ても人間には見えない。ゴーレムか、言葉を話すことからガーゴイルか?
とにかくどこからどう見ても貴族には見えない。
「無礼なガーゴイルだな。ガーゴイル風情が貴族に話しかけるという法はない。
黙っていろ」
 ふがくは目を細める。いきなり怒り出さなかっただけまだマシだった。
この国でガーゴイルと呼ばれることにはもう言うだけ無駄だと思っているし、
確かに今はルイズの使い魔だが、そのいかにも軽く見下した言い方に
かちんと来た。
「これでも他国の士官待遇なんだけど。ルイズ、宣戦布告と看做して
蹴散らしていい?」
 その言葉にルイズはさあっと顔を蒼くして何度も首を振った。
ふがくならやりかねない。いや、その気になればニューカッスルの
あの光景がここトリスタニアに再現されてしまいかねない。
「ダメ!絶対にダメ!ニューカッスルみたいなこと、もうたくさんよ!」
 ふがくとルイズのやりとりを聞いて、隊長は目を丸くした。

(ニューカッスル?ニューカッスルとは、アルビオンのか?どういう意味だ?
 なんにせよ、これは事情聴取する必要があるな……)

 隊長は再び杖を構えなおした。
「貴様ら、何者だ?とにかく、殿下に取り次ぐ訳にはいかぬ」
 硬い調子で隊長は言った。話がややこしくなりそうだった。ふがくが
いつでも飛び立てるような体勢になるのを見て、隊長が目配せする。
一行を取り囲んだ魔法衛士隊の面々は、再び杖を構えた。
 一触即発。まさにその一瞬に、宮殿の入り口から、鮮やかな紫のマントと
ローブを羽織った人物が、ひょっこりと顔を出した。中庭の真ん中で
魔法衛士隊に囲まれたルイズの姿を見て、慌てて駆け寄ってくる。
「ルイズ!
 無事に帰ってきたのね。
 うれしいわルイズ!ルイズ・フランソワーズ」
 駆け寄るアンリエッタ姫の姿を見て、ルイズとギーシュの顔が、
ぱあっと明るく輝いた。
「姫さま!」
 アンリエッタ姫とルイズは、ふがくたちと魔法衛士隊が見守る中、
ひっしと抱き合う。
 ルイズの目から、ぽろりと涙がこぼれた。
「件の手紙は、無事に……」
 ルイズは制服の胸ポケットから、そっと手紙を見せた。アンリエッタ姫は
大きく頷いて、ルイズの手を固く握りしめた。
「あぁ……よかった。あなたに頼んで本当に良かったわ。
 やはりあなたはわたくしの一番のおともだちですわ」
「もったいないお言葉です。姫さま」
 しかし、一行の中にウェールズ皇太子の姿が見えないことに気づいた
アンリエッタ姫は、顔を曇らせる。
「……ウェールズさまは、やはり父王に殉じたのですね」
 ルイズは瞑目して、神妙に頷いた。
 その様子を興味深そうに魔法衛士隊の面々が見ていることに気づき、
アンリエッタ姫は説明する。
「彼らはわたくしの客人ですわ。隊長どの」
「左様ですか」
 アンリエッタ姫の言葉で隊長は納得するとあっけなく杖を収め、
隊員たちを促し、再び持ち場へと戻っていった。

 マンティコア隊が去ってから、アンリエッタ姫は再びルイズに
向き直った。
「道中、何があったのですか?……とにかく、わたくしの部屋でお話ししましょう」
 そうして、アンリエッタ姫は3人を自分の居室に入れた。
トリステイン王国の長い歴史に彩られた、小さいながらも精巧なレリーフが
象られた椅子に座り、アンリエッタ姫は机に肘をつく。
 ルイズは、アンリエッタ姫に事の次第を説明した。
 天空の城壁のような暴風を抜けてアルビオンに向かったこと。
 途中でルーデルと出会い、ニューカッスル城で合流したこと。
 ウェールズ皇太子に亡命を勧め、ふがくとルーデルの二人で
ニューカッスルを包囲した貴族派を焼き払ったこと。
 そして……、脱出行の途中でルーデルを見失った直後に正体不明の
鋼の乙女に襲われて、国王ジェームズ一世やウェールズ皇太子、
それに多くの貴族たちとともに『イーグル』号が沈んだこと……。
 それでも、このように手紙は取り戻した。『レコン・キスタ』の野望を
少しでも挫くことができたのだ。
 しかし……、無事、トリステインの命綱であるゲルマニアとの同盟が
守られたというのに、アンリエッタ姫は涙を浮かべ、立ち上がるとルイズを
そっと抱きしめた。
「ごめんなさい、ルイズ……。わたくしのわがままのせいで、あなたに
つらい思いをさせましたね……」
 アンリエッタ姫は、かつて自分がウェールズ皇太子にしたためた手紙を
見つめる。この手紙は、二隻の軍艦と、そして五万もの敵兵と引き替えるに
値するものだったのか……。同時に、それはふがくに敵の殲滅を命じた
ルイズに、いかほどの心の傷を負わせたのかと。
「姫さま……」
 ルイズは、そんなアンリエッタ姫の心境を慮り、その手を握った。
「わたくしが負うべき罪ですわ。ルイズ・フランソワーズ、あなたに、
このようなことを頼まなければ……。わたくしは……なんということを……」
 アンリエッタ姫の言葉に、ふがくは首を振った。
「それは違います。皇太子殿下は、攻撃が始まる前にすでに起こりうることを
予見していたから。
 殿下は、すべてを理解した上で、姫殿下や、ルイズのことを心配していたわ。
世界は、いつだってこんなはずじゃなかったことばかりだよ、って」
「世界は、いつだってこんなはずじゃなかったことばかり……あの方は、
わたくしの手紙をきちんと最後まで読んでくれたのかしら?ねえ、ルイズ」
 ルイズは頷いた。
「はい、姫さま。ウェールズ皇太子殿下は、姫殿下の手紙をお読みになりました」
「その上で、そうおっしゃったのね。わたくしより、名誉の方が大事だったのかしら」
 呆けた様子でつぶやくアンリエッタ姫。ふがくはその言葉を苦々しく
聞いていた。あのパーティでウェールズ皇太子は見せたあの苦悩を、
ルイズも、そしてアンリエッタ姫も知らないのだ。彼は、アンリエッタ姫に
迷惑をかけないために残ろうとし、そして最期までそのことを考えていたの
だから。
「それも違います。殿下は、姫殿下や、このトリステインに敵の手が
及ぶことをほんの少しでも遅らせたかったのです。
 軍艦一隻と王党派の残存兵力三百の壊滅を引き替えに、敵旗艦をはじめと
して三隻大破、二隻撃沈と五万の陸戦兵力消滅――私はこっちの兵力は
知らないけれど、私の国の常識に当てはめても、これはかなりの大戦果。
それに、殿下からお預かりしたものもあります」
 ふがくはそう言って懐から設計図が入った木箱と、『始祖のオルゴール』を
取り出す。そこに、ギーシュも制服のポケットから『風のルビー』を
取り出した。
「殿下は、僕にこれを姫殿下に届ける任務をお与え下さいました。
僕を最後の脱出艇に乗せるとき、こう言われました。ウェールズは最後まで
勇敢に戦い、勇敢に死んでいったと伝えてほしいと……」
 アンリエッタ姫は『風のルビー』を受け取ると、それを両手でその豊かな
胸に包み抱く。その顔には、寂しげな微笑みが浮かんでいる。薔薇のような
美しさと称えられる王女がそうしていると、空気まで沈鬱に淀むようだ。
ルイズとギーシュも、心が沈んでいくのを感じていた。
 アンリエッタ姫は窓を背にして立つと、悲しげに問うた。
「殿方の特権ですわね……。残された女は、どうすればよいのでしょうか」
 ギーシュは何も言えなかった。ギーシュは名前を知らなかったが、
高高度偵察戦闘爆撃機型鋼の乙女であるライトニング姉妹の攻撃力は
圧倒的だった。ふがくですら、デルフリンガーがなければどうなって
いたか分からないような相手に、散っていった王党派の貴族たちのように
杖を向けることすら、自分にはできなかったのだ。
「ですが、これで婚姻を妨げようとする暗躍は防がれたのです。
ゲルマニアと同盟を結べば、アルビオンも我が国に攻めてくることもありません。
 もう大丈夫。危機は去ったのよ」
 そう言って微笑むアンリエッタ姫の目には涙が浮かぶ。そこにルイズが
制服のポケットから『水のルビー』を取り出し、言った。
「あ……あの、姫さま。お預かりしていた指輪、お返しします」
「いいえ……。それは、それはあなたにあげるわ」
「こんな高価な品、いただけません!」
 恐縮するルイズの手を、アンリエッタ姫は『水のルビー』とともに包み込む。
「わたくしのために、あなたは立派に役目を果たしてくれました。
これはわたくしからのせめてものお礼です」
 そう言われてはルイズも受け取るしかない。ルイズが『水のルビー』を
大切にポケットにしまったのを見て、アンリエッタ姫は『風のルビー』を
いとおしそうに見つめた後、左手の薬指にはめた。
「……。あの人が、国を……そしてわたくしを想い、勇敢に死んでいったと
いうならば……」
 アンリエッタ姫はそこで言葉を切る。そしてその瞳に決意を秘めて
ルイズたちに宣言する。
「ならば、わたくしは勇敢に生きてみようと思います」
「姫さま……」
 ルイズはその瞳に為政者としての覚悟を見る。だが、ふがくはそこに
危険な色を見ていた。そして……ギーシュはただ感涙にむせび泣く。
「……ですが、その前に……。これは、わたくしだけの手には負えませんわね……」
 先程までの覚悟はどこへやら。アンリエッタ姫は『始祖のオルゴール』と
木箱を見て頬に指を当て溜息をつく。『始祖のオルゴール』だけであれば
アンリエッタ姫もそのまま自分で大切に持っていただろう。しかし……
木箱の中身は彼女の手に余った。それでやむなくマザリーニ枢機卿を
呼び出したのだが……枢機卿は話を聞いて怒りに肩を震わせた。
「ひ~め~で~ん~か~ぁ……!」
 地獄の底から這い上がってくるような声。それにはアンリエッタ姫
ばかりかルイズもギーシュも震え上がる。
「この時期に!姫殿下はラ・ヴァリエール公爵とグラモン元帥を敵に回すおつもりですか!
二人が無事に戻ってきたから良かったものの、そうでなければアルビオンの
貴族派に攻め込まれる前に我が国は内乱で崩壊しているところですぞ!」
 しばらく続くお説教。アンリエッタ姫と並んでルイズとギーシュも
一緒に説教される有様を、貴族でなく使い魔だという理由で難を逃れた
ふがくは別に面白くもない喜劇でも見るように眺めている。やがて説教を
終えた枢機卿が肩で息をしながら三人を見る。
「……まったく。そのような手紙、外交努力でどうにでもできたのですぞ。
謀略ということにしてしまえば、ゲルマニアには多少の譲歩は致し方
なかったとしても、二人が身を危険にさらす必要などなかったのです」
 その言葉にアンリエッタ姫はしゅんとする。だが、マザリーニ枢機卿は
表情を和らげる。
「ですが、始祖の秘宝を持ち帰ったことと、軍艦二隻を含む敵五万の
殲滅という戦果は叙勲に値するもの。正規の任務であれば誇るべきことで
ありましたな」
「マザリーニ枢機卿……」
「忠臣をお持ちになりましたな。姫殿下」
「あの……それで、これは……」
 おずおずと木箱を指さすルイズ。マザリーニ枢機卿は『イーグル』号や
未完成に終わった戦艦『ライオン』号、竜母艦『ヒューリアス』号の
図面を見て顔をしかめた。
「……さすが、アルビオン王国というべきものですな。
しかし、これはいけませぬ。このようなものを我が国が建造しては、
ロマリアから異端審問されるおそれがあります」
「……そんな!ウェールズさまが、我が国のためにと託されたものですのに」
「姫殿下。竜母艦は我が国でも建造しております。
先日、ご覧いただいたと思いますが?」
 マザリーニ枢機卿の言葉に、アンリエッタ姫は頷いた。
「『ヴュセンタール』号ですね。まもなく進空するとの話でしたが」
 『ヴュセンタール』号は、トリステイン王国が建造中の新型艦。
来るべきアルビオン竜騎士隊との戦闘を想定して、最前線に大量の自軍
竜騎士隊を運搬するための艦であり、竜騎士の同時発着艦を可能と
するために大型の艦体が全通の平甲板になっている特徴がある。
このため、推進用のマストは両舷に3本ずつ突き出しており、帆を畳んだ
状態はさながら肢を広げた昆虫のようであった。
「左様。フネとはすべからく風石によって操作されるべきもの。
ですが、これらのフネはいずれも風石は浮上のためにのみ使われ、
以後は『蒸気機関』と呼ばれるもので動いておるようです。
これでは、建造が明るみになった時点でロマリアの介入を許すおそれが
あります」
「それでは……これらは……」
「主砲の研究資料のみを受理し、他はすべて破棄すべきと進言致します」
 マザリーニ枢機卿はきっぱりと言う。そこにふがくが『そういうと
思った』という顔で言った。
「捨てるならもらっちゃってもいい?昼過ぎにラ・ロシェールに到着する
現物と一緒に」
「なんですと?」
 聞き間違えたか?という顔でマザリーニ枢機卿はふがくを見た。
「『イーグル』号から脱出した貴族を乗せたフネが、昼過ぎにラ・ロシェールに帰港するわ。
脱出に使ったカッターは全部投棄したけど、一隻だけ残してあるのよ。
ほら、ギーシュが乗ってきたアレ」
「ああ、あの帆のない脱出艇……って、まさかきみは?!」
 驚くギーシュにふがくは不敵に頷いた。
「私たちが持ち帰ったのは始祖の秘宝と新型の主砲の資料だけ。
あとは……そうね。適当に砂漠の端っこででも見つけたってことで。
 要は外に漏れなきゃいいんでしょ?ちょうどその辺責任持ってくれそうな
心当たりあるし」
 ふがくの言葉に、ルイズとギーシュは顔を見合わせ……二人同時に
「まさか」と言った。
 その様子に何かを察したのか、アンリエッタ姫が静かに言う。
「そうね。それが一番かもしれませんね。それでは、王党派のことは
わたくしが責任を持ちましょう。その『荷物』は、学院に届ければよいの
ですね?」
 ふがくはその言葉に頷いた。

 アンリエッタ姫に呼ばれた銃士隊隊長アニエスは、姫の居室で
あり得ない組み合わせに驚くも……内密にと姫に言われ、話を聞くや
いなや任務を遂行すべくトリスタニアを離れた。
 話が終わって枢機卿が部屋を辞し、ギーシュとふがくにはアンリエッタ姫から
今回の褒賞として金貨が入った革袋を与えられた。そして三人が部屋を辞し、
独りになったとき――アンリエッタ姫は力なく膝を折る。
「……名誉など捨ててほしかったのに……。
 愛しておりました。心から……。
 だから、迷惑など関係なく、側にいてほしかったのに……」
 泣き崩れるアンリエッタ姫。ルイズが渡した手紙には、ウェールズ皇太子へ
亡命を勧める旨書き記していた。だが、彼女の願いは、叶えられることは
なかった――


 アンリエッタ姫の居室を辞したマザリーニ枢機卿は、回廊を歩きながら
思案する。
「ニューカッスルで旗艦『レキシントン』大破、それに二隻の軍艦と
五万もの兵を失ったとあれば、トリステインへの侵攻までにはかなり
時間を稼げた。
 だが、それだけの事態、間違いなくガリアの南薔薇騎士団が動く……
いや、ガリアそのものがあの内乱を裏で手を引いているとの噂もある。
我が国の情報網では、それ以上は掴みきれぬ……」
 マザリーニ枢機卿は憎々しげにつぶやく。枢機卿は、アンリエッタ姫の
指揮する『ゼロ機関』を知らない。いや、知ろうとしなかったことに、
この国の不幸があった。
 ガリア南薔薇騎士団とは、ガリアのヴェルサルテイル宮殿に点在する
花壇を王を守る騎士になぞらえた一つで、バッソ・カステルモール率いる
東薔薇騎士団と並んで他国にその名を知られた、『国境なき看護』を
掲げるモリエール夫人を騎士団長とする、『水』系統のメイジを多く
抱える騎士団。その活動は団長の言葉通り、戦時のみならず平時においても
火山の噴火や大規模な山火事といった災害救助において発揮され、
また他国の災害救助にも積極的に出動することで知られていた。
 しかし、その表の顔以外に、南薔薇騎士団には巧みな情報収集能力が
あることを知る者は少ない。正規の外交チャンネルで他国に派遣され、
被災地の情報を事細かく収集するのだ。被災地救助の錦の御旗に隠されて
いるため、被災地側も強く拒否することができず、結果、被害状況のみ
ならず国軍の動向や装備まで明らかにすることとなることすらあったのだ。

 そして、枢機卿の危惧は、『イーグル』号を撃沈したライトニング姉妹から、
『レコン・キスタ』に派遣されていたシェフィールドを通じ、ガリア国王
ジョゼフ一世がすでにアルビオン国王ジェームズ一世とウェールズ皇太子
死亡の報を知るところとなっていたことで、現実のものとなっていたのである。




新着情報

取得中です。