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ルイズと夜闇の魔法使い-16



「ふっ……来たようだね」
 もはや見物人すらいなくなり閑散としたヴェストリの広場での真ん中で佇んでいたギーシュは、背中越しに語りかけた。
 マントを翻して振り向き、手にした剣を肩に担ぐ男――柊を見据える。
『待たせちまったな』
「いいや、待たせたのは僕のほうさ……」
「……おい」
 最後の小さな声をスルーしてギーシュはニヒルに笑みを浮かべると、手にした造花の薔薇を彼に突きつけた。
 柊は生ぬるい視線でそれを見やると、溜息をついて視線を反らす。
「あの日の約束を果たしに来たよ」
『あんな約束を律儀に覚えてるなんざ、馬鹿は直らなかったみてえだな』
 どこか自嘲じみたその声にギーシュは軽く髪を掻き揚げ、鋭く柊を見据えると薔薇の杖を振るった。
 振り落ちる七枚の花弁が青銅のゴーレムとなって立ち上がり、かったるそうにしている柊に各々の武器を突きつける。
「馬鹿はお互い様さ……今のキミを見たら彼女は一体何と言うだろうね」
『何も言わねえさ。アイツはもう何も言う事はできねえ……』
「ならば僕は彼女の遺した言葉に報いよう! かつてキミを愛した彼女のために!」

「待てやコラッ!?」
 我慢できなくなって柊は叫んだ。
「彼女って誰だよ! 意味のわかんねえシナリオ展開してんじゃねえぞ!」
 しかしそれを意にも介さず彼の手にした魔剣――デルフリンガーが急かすように喚く。
『ほら相棒、構えて構えて! 若気の至りをこじらせたような煮え台詞吐き出してッ!』
「ふざけんな!? なんで俺がお前等の寸劇に付き合わなきゃなんねーんだよっ!?」
 苛立ち紛れに地面を蹴った柊にギーシュはやれやれと肩竦めながら口を開いた。
「代わり映えしない毎日に適度な刺激を加えただけじゃないか」
『そうそう。せっかく俺と小僧で考えてやったのにノリの悪い相棒だぜ』
「お前等いつの間に……てか、代わり映えしないのはお前がいっつも一方的にやられてるからだろうが! こんな小芝居考えてねえで捻りの効いた技の一つでも考えろ!」
「何を言ってるんだね! ちゃんと考えているよ!」
「あぁんッ!?」
 唸る柊を前にギーシュは何故か不敵な笑みを浮かべて拳を握り締めた。
「燃えるシチュエーションでの弱者逆転率は100%と古来から決まっている! いわゆるフラグという奴だ!」
『その通り! 恐らくやられる直前に小僧が執心のあのドリル娘が「ギーシュ、負けないで」とかそんなカットインが……』
「それだ! 完璧だよデルフリンガー! もう何がなんだかわからないがとにかく負ける気がしないね!」
 盛り上がる二人に柊は肩を落とすと、面倒くさそうにデルフリンガーを構えてから吐き捨てた。
「……わかった。もういいからさっさとかかって来い。フラグごとへし折ってやるよ」
「よく言った! 今日という日を明日の伝説にしてあげるよ!」

 待ってましたと言わんばかりにギーシュが叫び、七体のワルキューレが一気呵成に柊に殺到した。


 ※ ※ ※


 フリッグの舞踏会から二週間ほどが経ち、フーケやら何やらの騒動も学院の日常に埋没したある虚無の曜日。
 ルイズとエリスの二人がいつものようにアルヴィーズの食堂で朝食を取っていると、やはりいつものように柊が一人遅れて食堂に姿を現した。
 柊達が召喚されて以来日課のように続けられている行為であり、最初の頃は露骨に顔を顰めていた生徒達ももはや気にする仕草もない。
 ルイズ達のテーブルに歩み寄り椅子にやや乱暴な動作で腰を下ろした柊にルイズは恒例の嘆息を漏らした。
「……毎度の事ながら、よく飽きないわね」
「俺は正直飽きがきてんだけど、ギーシュの奴がつっかかってくるんだよ」
 眉を小さく顰めて漏らした柊の態度に少し違和感を覚えたルイズだったが、彼女は軽く頭を振った後頬杖をついて柊を見つめる。
「まあ歯牙にもかけられてないのに懲りずに挑み続ける根性だけは認めてやってもいいけど……そういえば何回目だっけ?」
「……」
 すると柊は何故かぐっと唇を噛み締めた。
 ルイズが怪訝そうに眉を潜めると、唐突に食堂の扉が派手に開かれその向こうからギーシュが現れた。
「お答えしよう!」
 戦いの激しさ(やられっぷり)を物語るようにボロボロになっているギーシュはしかし何故か異常にハイテンションでつかつかとルイズ達に歩み寄り、天を仰ぐように両手を開いた後更に言葉を続ける。
「初めて決闘をした時から数えて今日で二十七回目だ! ちなみに戦績はヒイラギの二十六勝さ!」
「……?」
 ギーシュの吐き出した台詞を理解するのにルイズは少しだけ時間がかかった。
 彼の不可解な態度もそうだが、それ以上に不可解な台詞を吐き出したような気がする。
「二十七回やって二十六回ヒイラギが勝った、って………一回負けたのっ!?」
「くっ……!」
 思わず叫んでしまったルイズの声に柊が顔を歪めて呻き、拳をテーブルに叩き付けた。
「そのとーり!! 本日二十七回目の決闘において遂にこの僕、ギーシュ・ド・グラモンが勝利を収めたという訳さあ!! やはりフラグは偉大だね!!」
 高らかに叫んだギーシュの宣言に食堂の生徒達がざわっと声を上げた。
 驚愕と疑惑の声が食堂を駆け巡り、その喧騒の中心にいるギーシュが心地良さそうにうんうんと頷く。
 ルイズは呆然として肩を震わせている柊を凝視した。
「え……何? ギャグ?」
「何を言ってるんだい、僕等はいつだって真剣勝負さ! なあヒイラギ?」
「……ッ!!」
 爽やかに語りかけるギーシュと対照的に柊はぎりぎりと歯を食いしばり、拳を握り締めている。
 激しく悔しそうな顔を見る限り、冗談ではないようだ。
「スクウェアの杖を斬ったりフーケを倒したりしてるのにドットのギーシュに負けるとか……」
「……うるせえな! 七対一だぞ、二十何回もやってりゃ一回ぐらいまかり間違うだろぉ!?」
 我慢しきれなくなったのか、柊は立ち上がってルイズに詰め寄った。
「他所の世界じゃ三十六分の一かもしれねえけど、こっちじゃ最悪六分の一で酷い事になっちゃったりするんだよ! ヒーラーの回復魔法でうっかり殺されかけたりもするんだよっ!?」
「メタな事言うのやめなさい!」
 声を荒らげて憤る柊だったが、横からギーシュが軽く肩を叩いて宥めるように口を開いた。
「落ち着けよヒイラギ。まあね、キミもね? フーケを捕まえたりと色々頑張ってるけど、やはり本物の貴族との壁は厚かったという事さ……!」
「……てめえ、もういっぺんヴェストリの広場に来いや。ボコボコにしてやるよ」
 胸倉を捕まえ殺気すらも漂わせて唸る柊に、しかしギーシュは全く動じる事なく軽く笑って髪をかきあげた。
「あっと、再戦はやぶさかじゃないが生憎これからモンモランシーに勝利の報告をしなきゃいけないんでね。その後ならいつでも相手になってあげよう」
 そして彼は柊の腕を払って素早く距離を取ると、愕然としている周囲の生徒達を睥睨するように一回転すると踊るように入り口に向かって歩き出した。
「それでは諸君、引き続き歓談を楽しんでくれたまえ。ごきげんよう! あーははははは!!」
 耳障りな高笑いを上げながら立ち去っていくギーシュを拳を震わせたまま見送った後、柊は再び椅子に座り込んで行き場のない拳をテーブルに叩きつける。
「くそ、くそっ! 一回勝ったからっていい気になりやがって……!」
「……信じらんない」
 罪のないテーブルを殴り続ける柊を半眼で眺めながら、ルイズは大きく溜息をついた。
 柊の力量は何度も眼にしているので決闘ごっこで負けたところで幻滅するという事はさすがにないが、それでもギーシュなどに足を掬われ悔しがっているこの姿をみるといくらかがっかりしてしまう。
 やはり自分を護ってくれる騎士は完全無欠であって欲しいのだ。
(……騎士って何よ)
 妙な思考に行き当たって思わずルイズは顔を歪めてしまった。
 柊は騎士ではなく使い魔――でもない、ゲボクだ。
 舞踏会でしでかした失態は気の迷いでしかない。そういえばお酒もそれなりに入っていた。
 つまりそういう事なのだ。
 必死に自分を納得させ、それでも何となく納得できずにルイズは柊から眼をそらした。
 そこで視界に入ったのは、先程の喧騒など我関せずといった風にテーブルに座ってO-PHONEを見つめているエリスだった。
「……ねえ、ヒイラギ」
「あぁ? なんだよ」
 テーブルを叩くのをやめて突っ伏している柊の袖を引いて、ルイズは彼に呟くように声をかける。
「……あの子、どうにかして」
「あの子? エリスか? ……って」
 柊は頭を上げてエリスに視線を移すと、小さく呻いて渋い顔を浮かべた。
 フリッグの舞踏会以来、エリスは時間があるとああしてO-PHONEを眺めているのだ。
 とはいえ別段普段の仕事をおろそかにしている訳ではない。
 ルイズの世話も給仕の仕事もキッチリとこなした上でその余暇にこうしているので、ルイズとしてもあまり強気に出ることが出来ないのだろう。
 柊はルイズに顔を寄せてやはり囁くように言葉を返す。
「お前がなんとかしろよ。アイツのご主人様なんだからよ」
「言ったけどこれだけは聞いてくれないのよ。それに何か怖いし……あんた、あの子の先輩なんだから言ってやんなさい」
 ルイズに肘でつつかれると、柊は大きく息を吐いて頭をかき、エリスに声をかけた。
「なあ、エリス」
「……あ、先輩。おはようございます」
「おう、おはよう」
 まるで今までのギーシュとのやりとりがなかったかのような態度で挨拶するエリスに柊は僅かに視線をさまよわせ、そしておずおずと切り出した。
「あのさあ、エリス。『ソレ』、頼むから消してくれねえか……」
 O-PHONEを指差して言う柊に、エリスはにっこりと満面の笑みを浮かべて、返した。
「嫌です」

 エリスが見ているのはO-PHONEの待ち受け画面――フリッグの舞踏会の時に撮った画像だ。
 中央に所在無さげに立ち竦む柊と、その両脇に満面の笑顔のエリスといまいち何をしているのかわかっていない表情のルイズ。
 ルイズがコモンスペルを使えるようになった事で場は一時騒然としたが、再開されて後にエリスは柊と踊ることに成功したのである。
 しかも希少極まったこのチャンスにおいてエリスは一切の抜かりがなかった。
 記念という事でこうして思い出を形に残したのである。
 ちなみに撮影はコルベール。彼はこの機能に興味津々で舞踏会が終わるや否や柊を自分の研究室に拉致していった。
 ……ともかく、そんな訳でエリスが見つめているその画像はこの先あるかないかという程の大事な思い出なのであった。
 もっとも柊にとっては正直一刻も早く消し去りたい記憶なのだが。

「あっ、それじゃそろそろお仕事に行ってきますね」
 エリスは時間を確認するとおもむろに立ち上がり、意気揚々とアルヴィーズの食堂を後にしようとした。
 訴えを一刀両断された柊は肩を落としたまま彼女を見送ろうとしたが、はたと気付いてエリスに声をかける。
「あ、ちょっと待ったエリス」
「はい?」
 振り返って首を傾げる彼女を確認してから、柊は隣にいるルイズに視線を移して口を開く。
「ルイズ。お前、今日は虚無の曜日だから特にする事はないよな?」
「……まあ取り立てて急ぐ用事はないけど」
 図書室に行って異世界に渡る方法を探そうとしていた……とは口に出来なかった。
 柊やエリスをファー・ジ・アースに返すというだけではなく病気の姉を治療できる可能性がある、という名実伴った理由もあるのだが面と向かってそれを言うのは何か気恥ずかしい。
 ルイズの返事に柊は一つ頷くと、改めて二人を見やってから切り出した。
「二人に頼みたい事があるんだ」



 ※ ※ ※


 約20分後。
 ルイズの部屋の中は非常に重たい空気が流れていた。
 椅子に座って足を組んでいるルイズと、その後ろに控えるように経つ柊。
 そしてテーブルを挟んで対面には、ルイズと正対する形で黒髪のメイドが椅子に座っていた。
 ちなみにエリスは彼女をここに案内した後、彼女の仕事を代わりに請け負っているため部屋にはいない。
「なんで呼ばれたのかはわかってるわよね。えぇと……」
 あまり気乗りしない風にルイズがまず口を開き、途中で口を噤んで眉を寄せた。
 給仕の名前なんていちいち覚えていないので言葉に詰まってしまったのだ。
 するとそれを察したのか当のメイドが小さい声で漏らした。
「シエスタと申します」
「そう、シエスタっていうの」
 ルイズに名を呼ばれシエスタは派手に肩を揺らし、顔を俯けた。
 見るからに怯えた表情のシエスタは僅かに震えながらじっと目の前に置かれた紅茶を凝視し、時折盗み見るようにちらちらとルイズとその脇にいる柊に視線を送る。
 そんな彼女の態度を受けて柊は小さく溜息をつくと、宥めるように声をかけた。
「こんな形で呼び出してすまねえと思ってる。けど、話だけでも聞いてくれねえか?」

 初対面の時から柊を避けまくっているシエスタの事は以前から気にはかけていたのだ。
 これまでに何度か彼女と話をしようと試みた事もあるが、彼女は柊を見たとたん遮二無二に逃げ出して話を聞いてくれもしないのだ。
 無論柊が本気になれば逃げ出すシエスタを捕まえることなど造作もないが、実力行使して無理矢理話を聞きだすというのもためらわれる。
 そんな訳でこうしてルイズ達に頼んで呼び出してもらったという訳だ。

「一応確認するけど、初めて会ったのは俺が使用人宿舎に泊まった時でいいんだよな?」
「……はい」
「……会ったことはないけど予言とか古文書だとか知っていた……ってのもないよな?」
「こ、古文書……? いえ、それもないです……」
 びくびくと応えるシエスタに柊は首を捻るしかない。
 全く知らない相手なのにいきなり逃げ出して避け続けるなんて一体どういう事なのか。
 そこまで怖がられるような顔つきはしていないとは思うのだが。
 渋面を作る柊をちらちらと見やりながら、シエスタは言葉を選ぶようにして喋り始めた。
「その、ヒイラギさんみたいな人に会うのは初めてで、まさかそんな人が本当にいるとは思わなかったから、その、どうしていいかわからなくって……」
「そんな人? どういうことだ?」
「それは、そのぅ……」
 問われてシエスタは当の柊ではなく、何故か正面にいるルイズに眼を向けた。
 窺うような視線を向けられて彼女は首を傾げたが、シエスタは顔を再び俯けて視線を反らすと再び口を開く。
「……あるお方に言われたんです。ヒイラギさんのようなヒトとは折り合いが悪いからあまり関わって欲しくないと……」
「あるお方? そいつが俺を知ってたのか?」
「いえ、別にヒイラギさん個人ではなくてヒイラギさん"のような"ヒトです」
「……悪い、意味がちょっとわかんねえ。俺みたい、ってなんなんだ」
 するとシエスタは顔を上げて、まるで観察すように彼を凝視して言った。
「だって、ヒイラギさんは普通の人とは違いますよね? 雰囲気って言うか、纏ってる空気が違うって言うか……」
「……」
 そこまで言われてようやく柊は一つの可能性に思い至った。
 普通の人とは違う、というのは当たっている。何しろ柊はこの世界の住人ではない異邦者だ。
 しかしシエスタは同じ異邦者であるエリスとは普通に接している。
 エリスと柊の違う点。柊だけが違うという、『纏っている空気』。
 それはつまり――
「もしかして月衣の事か?」
「カグヤ? なんですそれ?」
「……ウィザードって知ってるか?」
「魔法使い(ウィザード)? メイジとは違うんですか?」
 本当に意味がわからないと言った風に首を傾げるシエスタを見て、柊は拳を額に当てて唸ってしまった。
 他に考えられる線がないのでおそらく予想は当たっているだろうが、彼女にはその手の知識が全くないようだ。
 しかし彼女に知識がないという事もウィザードを察する事ができるというのもさほど深刻な問題ではない。
 いわゆる霊感が高いとか勘が鋭いとかそういった類の人間は知識や力がなくとも何となく見抜いてしまう事がファー・ジ・アースでも稀にあるのだ。
 柊は気を取り直してシエスタに向き直ると、彼にとって問題となりうる事について尋ねた。
「その、俺みたいなのに近づくなって言った『あるお方』って誰なんだ?」
「……!」
 途端、シエスタの表情が強張った。
 健康的な顔が青白くなり、明らかに動揺して視線をせわしくなく彷徨わせる。
「それは、その……」
 彼女は口ごもりながら柊から視線を外し……再びルイズを見やった。
 舞台を整えたはしたものの話の内容的には完全に蚊帳の外だったので頬杖をつきながら二人の動向を見やっていたルイズだったが、シエスタに眼を向けられて僅かに眉を潜め首を捻る。
 するとシエスタは顔を俯けてしまった。ちらちらと上目遣いで様子を窺ってくる彼女の態度に、ルイズは少しいらついて口を開いた。
「……何よ。わたしがどうかしたの?」
「! も、申し訳ありません! その、あの……!」
 慌てて叫んでテーブルに額をぶつけそうな勢いで頭を下げるシエスタを見てルイズは溜息をつく。
 彼女は腕を組んでシエスタを見下ろすと、努めて威圧的に語りかけた。
「もう逃げられないんだから、包み隠さず全部話しなさい」
「……っ」
 ルイズの声にシエスタの身体がびくりと震えた。
 しばしの沈黙の後、彼女は囁くように漏らした。
「……モリガミ様です」
「モリガミ様?」
「はい。私の故郷……タルブ村で祀られている、村の護神様です……」
 言い終えた途端、シエスタは唐突に立ち上がった。
 テーブルに身を乗り出して呆気に取られているルイズに詰め寄ると、今にも泣きそうな顔で訴える。
「で、でも! だからって始祖ブリミルをないがしろにしている訳ではないんです! 本当です! ですから……!」
 必死に懇願するシエスタを見やってルイズは小さく息を吐き、軽く手を振って見せた。
「田舎の土着信仰にまで目くじら立てるほどブリミルは狭量じゃないわよ。だから落ち着きなさい」
 ロマリアにいる聖堂騎士などであればわからないが、少なくともルイズ自身はそこまで排他的になるほど熱心な信仰心があるわけではない。
 その言葉にシエスタは気が抜けたように椅子に座り込み、心から安堵の表情を浮かばせた息を吐いた。
 視線を落とした先にある紅茶に眼を留めて、ルイズに促されてそれに口をつける。
 一息入れて落ち着いたのを見計らうと、改めてルイズはふうと息を漏らし半眼でシエスタを眺めた。
「……で、その護神様だっけ? それにヒイラギに近づくなって言われたの?」
「……はい。近づくな、とまでは言われませんでしたが、あまり関わって欲しくないと……」
「はあ。カミサマにねえ」
 俄然話が胡散臭くなってきた。
 異世界から来た柊達は千歩ほど譲るとしても、まさかメイドからそんな妄言が飛び出てくるとは思わなかったのだ。
 まさかこのシエスタも異世界の人間とか言うオチなのだろうか。
 ちらりと横目で柊を見てみると、やはりというか彼が神妙な顔つきで顎に手を添え何事かを思案している。
 ルイズは再び溜息をついてシエスタに向き直った。
「もしかして神託でも受けたっていうの? 貴女、護神様っていうのに仕える神官だか巫女だかってお話なの?」
「いえ、護神様が村に降りた当時はそんな感じだったそうですけど、今ではもう全然普通の家です。それと、神託ではなくって護神様に直接そう言われたんです。
 あの方……護神様は本当にタルブ村に『いる』んです」

 ――約百年ほど前の話。
 当時のタルブ村は創始以来類を見ないほどの凶作に見舞われていたという。
 土地は干からび水は枯れ果て風も乾き、その日食べるものすらまともに用意できない。
 その惨状に村人達は見切りをつけて村を離れ、土地を耕す者が減って恵みの兆しは更に遠ざかるという悪循環に陥っていた。
 僅かな村人が村の終焉をただ待つばかりだったその時、一人の旅人がふらりと訪れた。
 旅人は村の惨状を大いに哀れみ、小高い丘にて『神』を降ろした。
 神の施した恩恵は大地をあまねく包み、枯れ果てたその村に豊穣をもたらした。
 村人達は大いに喜び、旅人を称えて村に向かい入れ、神を降ろしたその丘に社を建ててこれを祀った。
 土地を離れていた者達も次第に戻り、村はかつての活気を取り戻した。

「……まあ、説話としてはよくある話ね。で、その社に護神様が住んでる、と?」
「はい。騒ぎにならぬようお隠れになられていたそうですが、私が偶然護神様の住まわれてる『場所』に紛れ込んでしまって……」
「……はあ」
 ルイズはとろんとした目つきで答えた。
 社とやらに住んでいるなら誰にだってわかるものだろうに。
 そして実際に神が住んでいるとなれば噂にならない訳がない。
 どうにもこうにも胡散臭い話だったが、当のシエスタは至って真面目な表情だった。
 ルイズは話に付き合うのを放棄した。
「ちょっとヒイラギ。この子と話したいって言ったのアンタでしょ。いつまでわたしに話させるのよ」
「ん、あぁ……」
 相変わらず神妙な顔つき――幾分厳しさが増している――で柊は答えると、シエスタを見やった。
 すると彼女は柊が尋ねるより先に彼に向かって尋ねた。
「ヒイラギさん。『サロウォン』って方、ご存知ですか」
「サロウォン……」
「さっきの話の、村を訪れた旅人……それが私のご先祖様で、サロウォンという名前だそうです。護神様はヒイラギさんのような人はサロウォンと同郷だって」
「……まあ、同郷っちゃあ同郷だな」
 柊は目に見えて渋い顔で答えるしかなった。

 ――偉大なる魔術師、サロウォン。
 その強大な魔力は果てがなく、裏界に存在する侵魔の王、魔王達をすら数多従えたという。
 彼の残した魔術書『小さな鍵』は近年に発見され、『侵魔召喚師』と分類されるウィザード達が用いる召喚術の礎になっている。
 百年前なら年代が違うので本人ではないだろうが(その転生者という可能性もあるが)、いずれにせよその『サロウォン』がこの世界で神を降ろしたのは事実なようだ。
 サロウォンを名乗る柊の同郷の人間……ウィザード。
 彼が降ろしたという神。
 そしてその神はウィザード達とは折り合いが悪いらしい。
 もはや疑いようもなく、魔王である。
 しかもそれが本当に『神』であるとしたら、裏界の序列第三位である公爵級以上――すなわち侵魔の中でも上から数えるほどの強力な魔王だ。

「……シエスタ」
「はい」
「これから一緒にそのタルブ村って所に連れてってくれねえか」
「「えぇっ!?」」
 柊の提案にルイズとシエスタは同時に声を上げた。
 特にシエスタは椅子を蹴倒すように立ち上がると、慌てふためいて悲鳴のような声を搾り出す。
「そんな、困ります! ヒイラギさん達にとっては折り合い……仲が悪い相手なのかもしれませんけど、私――タルブ村の皆にとってあの方は大事な護り神なんです! だから、お願いですから、そっとしてあげて下さい……!」
 今にも手と膝を床につけて頼み込まんばかりのシエスタに彼は軽く頭をかくと、彼女を真っ直ぐに見据えて口を開いた。
「すまねえ、でも聞いちまった以上は放っておくことはできねえんだ。それに――多分シエスタが心配してるような事にはならないから」
「え、っ……本当、ですか」
 柊は不安を露にして覗き込んでくるシエスタの瞳を正面から受け止めて大きく頷いた。
「向こうから手を出してきた時は荒事になるかもしれねえが、こっちからは絶対手を出さない。約束する」
 魔王がこの世界に召喚されている、というのは確かに放っておけない事実なのだが、今回の件に限って言えばファー・ジ・アースの事情とは少々違っている。
 なにしろその魔王が召喚されたのは百年前。
 もしソイツが世界を滅ぼすだとか支配するだとかいう事を企んでいたとしたら、もうとっくに手遅れになっているはずだ。
 今現在においてハルケギニアが存続し世界レベルでは一応の平穏が保たれ、その魔王の存在が明らかになっていない時点でそういった類の危険性はあまり高くないと言ってよかった。
「頼む。確認したいだけなんだ」
 言って柊は頭を下げた。
 シエスタはしばし柊をじっと見つめ……やがて肩を落として漏らすように言った。
「……わかりました。護神様と話をするだけなら……」
「本当か? すまねえ、ありがとな」
 頭を上げて安堵の息を漏らした柊を見て、シエスタは小さく苦笑を閃かせた。
 それまで見せた事のない彼女の柔らかい表情を見て柊が首を傾げると、シエスタは彼を興味深そうに見つめながら口を開く。
「実は、エリスさんからも何度か説得された事があるんです。貴方は私が困るような事は絶対しないから話だけでも聞いてあげて欲しい、って。……とっても信頼されてるんですね」
「……そりゃ買いかぶりすぎだ」
 柊は苦笑を漏らしながら、照れ臭そうに頬をかいた。シエスタも可笑しそうに小さく笑う。
 落ち着いた頃合を見計らったのか、そんな二人に声をかけたのは沈黙を保っていたルイズだった。
「ねえ、これから行くって本気なの? ていうか、タルブ村って何処なのよ」
 言われて気付いたのか、シエスタはあっと息を漏らして困った表情を浮かべてルイズに向き直った。
「えと、ここからだとラ・ローシェルの向こう側になりますから、馬で三日ぐらいかかるかと……」
「三日!? 一週間もここを空ける気!?」
 ルイズは顔を顰めて柊を睨みつけた。
 つられるようにシエスタも柊に視線を注ぐ。
 しかし当の柊は別段どうという事もないと言った風に腕を組んでから二人に向けて言い放った。
「それぐらいなら多分日帰りで行けるだろ」
「……は?」


 ※ ※ ※


 柊達は部屋を出た後エリスを呼び戻し、事情を説明した後ヴェストリの広場に集まっていた。
 三人の少女が見守る中、柊は月衣の中から『破壊の杖』――ガンナーズブルームを取り出して機能を解放する。
 尾部が展開し淡い魔力光が零れだすのを確認した後、彼は少女達を振り返った。
 既に箒を見知っているエリスは特に驚く表情は見せないもののシエスタは口をぽかんと開けてそれを凝視し、ルイズは疑念をあらわにした顔で口を開く。
「……ホントにその『破壊の杖』が人を乗せて飛ぶの?」
 フーケとの戦いの際に破壊の杖が柊を伴って空に浮いていたのは見た事があるが、改めてこうして見てみるとどうにも信じがたい。
 ルイズの嘆息交じりの声に柊はどこか自慢げに胸を反らして答えた。
「ちゃんと飛ぶぞ。まあ飛ぶだけしかできねえが、この際問題ねえ」
 オプションパーツであるタンデムシートがあれば複数人数が同乗した上で戦闘を行う事も可能なのだが、残念ながらこの箒はオプションの類はついていないノーマル仕様のものだ。
 戦闘を考慮しない移動手段として見るだけなら、少々安定しないものの一人二人が乗ったところで問題なく運用できる。
「……けど、ホントにお前も付いてくんのか?」
「当然よ。わたしはあんたの主人なんだから、監督する責任があるもの。エリスと違ってどんな不始末をするかわかんないし」
「はあ……まあいいけど」
 柊はエラそうに胸を張るルイズを半眼で見やると、嘆息しながら漏らした。
 箒を使ってタルブ村に行く、多分一日で戻ってこれるとこの広場に来る前に説明したら、だったら自分も一緒に行くとルイズが言い出したのである。
 別に荒事がある訳ではない――厳密には起こさないと約束した――ので、柊の側からは特に断る理由もなかった。
 柊は頭を一つかいた後、エリスに向き直った。
「まあそんな訳だから、ちょっと行ってくる。何かあったら0-PHONEの方に連絡くれ」
「それはわかりました、けど……またルイズさんと外出……しかも今度はシエスタさんまで……」
 微妙に不満そうな表情で漏らすエリスに柊はうっと呻いて視線を彷徨わせた。
「こ、今度暇があったらどっか連れてくからさ。……な?」
「柊先輩そればっかり……でもわかりました……」
 うな垂れるエリスから逃げるように柊は箒に跨り、ルイズとシエスタを促す。
 二人は半信半疑ながらも彼を挟むようにして前後に搭乗する。
 柊が箒を操作して僅かに機体を上昇させると、前後から嬌声が上がった。
「ひぁっ! う、浮いてる……本当に浮いてます……!」
「流石にタンデムなしで二人だと安定しねえな……まあ大丈夫か。もっと高く上がるし早さも結構出るから、ちゃんとくっついといてくれ」
「く、くっつくって……」
 柊に正面から抱きつく格好になっているルイズは頬を染めて彼を見上げた。
 しかし柊は既に背中にしがみついているシエスタを気にする風もなく眉を潜める。
「落っこちたら洒落になんねえだろ。三人乗りで急旋回して掬い上げるなんてやりたくもねえ」
 言いながら柊は強引にルイズを抱き寄せた。
 一瞬で顔が紅く染まり、ルイズは反射的に柊から離れようと身を捩じらせかけ――ぞくりと背中に悪寒が走って凍りついた。
 ルイズがぎこちない仕草で視線を巡らせると、殺気すら漂うような気配を纏ってエリスがこちらを見つめていた。
 端正な眉をぎゅっと寄せて、何かを堪えるようにお仕着せの裾を握り締めていた。
「ど、どうしたエリス?」
 柊もそれを感じ取ったのか、恐る恐る尋ねる。
 彼女はわなわなと肩を震わせた後大きく息を吸った。
 そして――
「ひーらぎ先輩のダブルクロスぅぅ~~!!(2nd Edition)」
「版上げ!?」
 わっと顔を手で覆い脱兎の如く駆け出してしまった。
 あっという間に広場から去っていくエリスの姿を呆然と見届けた後、柊は小さく溜息を漏らした。
「はー……そういやトリスタニア行ったときも置いてけぼりだったもんな……今度本当にどっか連れてってやんねえと」
 すまなそうに一人ごちた柊を前後の少女達は驚愕の目線で迎えた。
「ひ、ヒイラギさん……」
「あんた……」
「なんだよ。ンな事よりさっさと行くぞ」
 少女達の視線の意味など解する事もなく柊は言って箒を握った。
 魔力光を吐き出して箒が上昇し、塔の頂上と同じ高さにまで到達する。
 ルイズとシエスタはエリスの事も忘れて身を強張らせ柊にしがみついた。
「タルブ村はどっちだ?」
「え、あ、あっち、です」
 柊に問われてシエスタは眼を白黒させながらも村のある方向を指差す。
 彼は一つ頷くと箒の操作に意識を集中させた。
 操者の意思に呼応するように尾部のスラスターから魔力光が迸った。
 どん、と割れるような音が響き渡り身体が強烈に後ろに引き摺られるような錯覚に陥る。
「~~~~!!!」
「きぃやぁあぁあああ!!」
 二つの悲鳴を伴いガンナーズブルームが輝線を曳いて蒼穹を駆け抜けた。



 ※ ※ ※



「いやぁあああ!! 怖いこわいコワイこわい!!!」
 体中に猛烈な風を感じながら、ルイズは柊の身体にしがみついて喚いた。
 宙にぶら下がる足をばたばたと動かしながらもがくルイズに柊は眉を寄せて呆れたような声を出す。
「怖いってお前、メイジなんだから空くらい……ってそうか、お前飛んだことないのか」
「し、失礼ね! 空を飛んだことくらいあるわよ! 母様のマンティコアに乗せてもらったわ!」
 ルイズは怒りも露に柊を見上げて叫んだ。
 その拍子に訳のわからない速さで吹っ飛んでいく眼下の景色が眼に入り、慌てて眼を閉じてしがみつく。
「だったらなんで怖いんだよ……」
「だって、だって……!」
 少なくともマンティコアはこんな速さで移動したりしない。
 だが速いというだけならそこまで怖いとは思わなかっただろう。
 彼女が何より怖がっているのは『足元が頼りない』というただ一点だ。
 マンティコアに限らず騎獣ならばその背にしっかり乗っているため安定しているのだが、この箒は棒っきれに腰掛けているだけに等しく安定させるのが柊の身体一つしかない。
 特に足が宙に投げ出されているというのがより不安定感を増している。
 そんな状態でマンティコアなど比較にならない速さでぶっ飛んでいるのだから、ちょっとでも力を緩めると落っこちてしまいそうな気がするのだ。
 もう外聞だの照れだの何だのと言っていられる心境ではなかった。
 少なくとも、柊が嘆息交じりにこんな言葉を吐き出すまでは。
「……シエスタはちゃんと落ち着いてんだろうが」
「!?」
 ルイズははっとして柊の背中に張り付いているシエスタを見やった。
 彼女もルイズと同様怖いのだろう、渾身の力で彼の身体に抱きつき頭を背中に埋めている。
 周りを見ないよう目はぎゅっと瞑っていたが、その顔はほんのりと朱に染まっていた。
「あっ……ヒイラギさんの背中、大きくてあったかい……」
 耳鳴りのように風切り音が響く中、シエスタのそんな呟きが何故かはっきりと聞こえた。
「こらあ、メイドぉ! なに図々しくしがみついてんのよ!」
「きゃあっ、ヒイラギさんこわいっ」
「なにが『きゃあっ』よ! はしたなく引っ付いてるくせに猫被ってんじゃないわよ!!」
「馬鹿、やめろ! ただでさえ安定しねえのに暴れんじゃね、え――あ!?」
 落ちないようにしがみつかれながら更に前後から押し引きされた柊が素っ頓狂な悲鳴を上げた。
 がくんと箒が大きく揺れ――


 ラ・ローシェルの住宅区。
 最初にソレを発見したのは、小さな女の子だった。
「あっ、流れ星!」
 喜色を浮かべて声を上げた少女に、一緒に遊んでいた男の子の一人が馬鹿にしたような声を漏らした。
「ばっかじゃねえの。もう朝になってるのに流れ星なんて見えるわけないじゃん」
「ホントだもん! ほら、あそこ!」
 言って少女が指を差すとそれにつられるように少年は空を見上げ、そして眼を丸めた。
「……ホントだ」
 他の子供達も青空に尾を引いて流れていく世にも珍しい流星を発見し歓声を上げる。
 狭い峡谷の空をなぞるようにして通り過ぎていく流星を見送り、少女が「お願い事しなきゃ」と両の手を組む。
 少しばかり大人ぶっている少年は内心同じことをしたい衝動に駆られながらも、気のないように鼻を鳴らして流星を見やり――
「あっ!?」
 声を上げた。
 瞑目して願い事をしていた少女も眼を開き、
「あっ」
 同じように声をあげる。
 真っ直ぐに走っていた流星の光がかくんと地面に向かって折れ曲がり――地平に向かって一直線に落下していった。
 一部始終を見届けた少年はぽかんとした表情のまま、ぼそりと呟いた。
「……落ちた」



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