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ラスボスだった使い魔-49


 ラ・ヴァリエールに帰省したルイズが家族への挨拶を済ませ、ユーゼスに命じて荷物を自分の部屋まで運ばせた後。
(初心に戻ろう)
 部屋で一人になって、最初に思ったことがそれだった。
 さまざまな事件や戦争、自分の置かれた立場の変化などが怒涛のように押し寄せてきたのですっかり忘れていたが、元々自分は立派なメイジに、そして立派な貴族になりたかったのだ。
 ついでにユーゼスも見返したい。
 いや、見返すと言うよりは認めさせると言うか、悔しがらせると言うか。
 アレが姉とくっつくかどうかはまだよく分からないが、最終的には『御主人様を選んでおけばよかったか』くらいは思わせてやらないと気が済まない。
(そう言えばわたし、前はユーゼスのことを屈服させるとか言ってたっけ)
 ……まあ、これもある意味では屈服みたいなものか。
 だったらあの頃の自分のためにも、ここは自分を磨く努力をしなくてはなるまい。
「さて」
 そんなわけで、特訓である。
 修行と言い換えてもいい。
 ……だが、あいにくと自分の系統は『虚無』。
 『火』、『水』、『土』、『風』のような通常の系統とは、呪文も性質も精神力の使い方も違うときた。
 つまり普通のメイジみたいな修行方法は意味がない。
 って言うか、そんな修行は『虚無』に目覚める前にさんざんやり尽くしていた。結果もさんざんだったが。
 と、なると。
「自己流でやるしかないってことになるんだけど……」
 手っ取り早いのは『虚無』の呪文を色々と試してみるということだが、デルフリンガー曰く、その呪文が書かれている始祖の祈祷書は『必要があれば読める』らしい。
 つまりそれは『必要にならないと読めない』ということであって。
「……必要な時って、どんな時よ?」
 何だそりゃって感じである。
 『虚無』を大っぴらに知らしめるわけにいかないというのはルイズにも分かるが、ちょっと不親切すぎやしないだろうか。
 普通はまず『手段』が最初にあって、それを『状況』に応じて使い分けるはず。
 なのにこの祈祷書だと『状況』が最初にあって、それに応じて『手段』を提示されるという形になっている。
 最初から何でも出来る方がいいに決まってるのに、どうしてそうしなかったのだろう。
 この本を書いた始祖ブリミルって、もしかしてバカなんじゃないのか。
 わたしの先祖なのに。
 ……いや、わたしの先祖だからバカなのか。
 …………まあいいや、うん。
「とにかく、よ」
 新しい呪文が期待出来ない以上、今ある呪文に磨きをかけるしかない。
 『エクスプロージョン』と『ディスペル』。
 この二つのうち、汎用性が高いのは『エクスプロージョン』だろう。
 『ディスペル』の方には魔法を無効化するという対メイジ戦においては反則みたいな効果があるが、逆に言うとこれは『魔法を使う相手』がいないと意味がない。
 つまり使う場面が多いのは『エクスプロージョン』ということになる。
「うーん」
 で、使うのはいいのだが、問題はその使い方だ。
 一番最初にタルブで使った時みたいに全力で放出するのは、賢い使い方とは言えないだろう。
 そして、あの時にアルビオン艦隊を壊滅させた時の『エクスプロージョン』は人の身体には何の影響も与えず、艦隊を炎上させ、艦に積んでいた風石を消滅させたという。
 自分では特にそういうことを意識したつもりはないのだが、とにかくあの魔法は攻撃対象の取捨選択が出来るようだ。
 これらの点を踏まえた上で、自分が目指すべき『エクスプロージョン』の使い方は、
「出来るだけ少ない精神力になるように節約して、自分の意思で攻撃したいものだけを攻撃する……ってところかしら」
 こういうことになるだろう。
 そんな結論に至った翌日、ルイズは一人で中庭に来ていた。
 昔は落ち込んだり泣きたいことがあったら、よくこの中庭にある池で小船に乗ってひとしきり泣いたものだったが、今は泣くために来たのではない。
 修行のために来たのだ。
 ……ちなみにユーゼスに声をかけていないのは、何となく声をかけたくなかったからである。
「よいしょ」
 ルイズは持って来た鞄を開け、中に入っていた白い紙の束から10枚ほどを取り出した。
 その中の1枚を無造作に取り出すと、何回か折り目をつける。
 折り目をつけた紙を広げてまた10枚の紙の中に戻すと、それを適当な地面の上に置き、風で飛ばされないようその辺に転がっていた赤い石で重しをする。
 そして詠唱。
「エルオー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ……」
 で、発動。
 一瞬、チカッと10枚の紙が……もっと正確に言うと10枚の中の1枚が光る。
 重ねた紙の中にある1枚だけが光るというのも、何だか変な光景だった。
「それで、どうなってるのかしら……と」
 ルイズは重しがわりの赤い石をどけて紙をまとめて手に取り、その枚数を数えた。
 1、2、3、4、5、6、7、8、9、……9枚。
 折り目を付けたはずの紙だけが、きれいさっぱり無くなっている。
 いや、自分が消滅させたのだ。
「なるほど」
 対象の取捨選択というのは、こんな感じか。
 今は『折り目をつけた紙だけを消滅させる』ことをやってみたが、逆に『折り目をつけた紙だけを残す』ことだって出来るだろう。
「初歩の初歩の初歩ってだけあって、応用範囲が広いみたいね。
 あ、そう言えば……」
 ルイズは始祖の祈祷書の前文に“『虚無』は系統魔法が干渉する小さな粒よりも、もっと小さな粒に干渉する”とか書かれていたことを思い出す。
 と言うことは、やろうと思えば砂粒よりもずっとずっと小さく、目に見えないほど微細な傷とかを付けることも出来るのだろうか。
「ふぅん?」
 何だか面白くなってきた。
 こんなにやる気が出てきたのはいつ以来だろうか。
 ―――なお、これはルイズ自身も気付いてはいないのだが。
 生まれてからつい最近まで一つの魔法もロクに扱えず、『ゼロ』と呼ばれ続けてきたルイズにとって、これは初めての『まともな魔法の修行』であり。
 そんな少女にとって『自分の魔法』をアレコレと実際に試し、試行錯誤することの出来るこの時間は、この上なく充実した瞬間でもあった。
「よぉし、目標はユーゼスを驚かせることよっ!」
 高いのか低いのか判断のつきにくい目標を掲げ、ルイズは修行に勤しむのだった。


 一方その頃。
 ルイズの使い魔は、主人の次姉の肌をまさぐっていた。
「んっ……」
「…………ふむ」
 キメが細かく染みの一つもない綺麗な背中を撫でさすり、銀髪の男は神妙な顔をする。
 ユーゼスも週に二回の診察を繰り返すうち、耳を直接肌につけなくとも心拍の様子が分かるようになってきていた。
「それにしても驚いちゃいました。ルイズったら、この前に見たときと全然雰囲気が違っているんですもの。どこのレディかと思っちゃったくらい」
「そうか? 私にはよく分からんが」
 今では診察中に、こんな世間話すら出来るほどである。
「……ユーゼスさん。ルイズと何かありました?」
 平静な様子で尋ねるカトレア。
 若干妙なニュアンスが含まれているようにも感じたが、気のせいか……などと思いつつ、ユーゼスもまた平静に受け答えをする。
「いや、特にない」
「じゃあ気付いたこととか」
「そうだな……酷く落ち込んでいて、つい最近それから立ち直ったことくらいだな。何に落ち込んで、どうやって立ち直ったのかまでは知らないが」
「ふぅん……」
 するとカトレアは、どういうわけか全く違う角度からユーゼスに質問をぶつけた。
「それじゃあ、エレオノール姉さまとは何かありましたか?」
「む」
「あら、どうしました?」
「……なぜそこでエレオノールの名前が出る?」
「何となく、です。
 それで、どうなんですか?」
 ヴァリエール家次女は肌をさらし、かつ触れられつつも、その触れている男に対して追及の手を緩めようとしない。
 そう言えば、以前には自分とエレオノールとの間にあったことを根掘り葉掘り聞こうとしていた。
 あの時は確か『エレオノールを名前で呼ぶようになった』あたりで終わっていたが、もしかしたらこの診察が終わったらその続きを要求されるのだろうか。
 まあ、何にせよ、問われたからには答えねばなるまい。
 ―――エレオノールと何かあったか。
 賊に襲われそうになったところに乱入したりだとか、触れられそうになったりしたら非常に不愉快になったりだとかはあった。
 とは言え、彼女との間に何かあったかと聞かれると……。
「具体的には何もないな」
「…………。そうですか、『具体的には』何もなかったんですね?」
「うむ」
「なら、いいです」
 何だろう。
 そんな要素はどこにもないはずなのに、妙に空気が緊迫しているような錯覚を覚える。
(……まあいい、今は診察を優先させよう)
 ユーゼスはあらためて手先に意識を集中させ、カトレアの鼓動を感じ取る。
 経過は、取りあえず順調だ。
 ―――順調に不安定だ。
 相変わらず心拍のリズムは一定せず、強弱も上下し過ぎている。
 体温も前回は上がり過ぎたかと思えば前々回は下がり過ぎ、そして今回は若干高い。
「……………」
 少なくとも健康ではないことは確かと言える。
 分かっていたことではあるが。
「終わったぞ」
「はい」
 ユーゼスに声をかけられ、カトレアはいそいそと服を着る。
 なお、服の着脱の最中にはユーゼスも目を逸らすことにしていた。
「どうでした?」
「ああ、相変わらず悪い」
「……………」
 キッパリと『お前の身体の調子は良くない』と告げるユーゼス。
 しかしカトレアはそんな言葉に動じた様子もなく、
「そうですか」
 微笑みながらそれだけを言って、会話を一段落させる。
 エレオノールを始めとするカトレアの家族が聞いたら耳を疑いたくなるようなやり取りだったが、この二人の会話はいつもこのような感じだった。
「……でも、変な感じですね」
 ポツリと告げられたカトレアの呟きに、ユーゼスが反応する。
「何の話だ?」
「私はこうして診察を受けて『身体が悪い』って言われて、ラ・ヴァリエールから出ずに安静にしてるのに……空の向こうじゃ元気な人たちが戦を起こして、今こうしてる間にもたくさんの人が死んでいってるかも知れないんでしょう?」
「今は降臨祭とやらの最中なので休戦しているらしいがな」
「あら、そうでしたっけ」
 セリフの間違っている点を指摘され、カトレアは苦笑する。
 しかし、すぐに遠くを見つめるような目になって、
「……もし死んだら、どうなるんでしょうね」
 そんなことをポツリと呟いた。
「やっぱり魂がヴァルハラに召されて、そこで過ごすことになるのかしら」
 カトレアの身体が弱いことは、彼女と少しでも関わりを深くした者ならば誰でも知っている。
 多くの人間に比べて、『死』の近くにいた彼女。
 ユーゼスが聞いた話によれば、カトレアは子供の頃は今よりももっと状態が不安定だったらしい。
 ……今はある程度安定しているものの、またいつ危険に見舞われるか分かったものではない。
 『死』や『命』というものについて考えることは数多くあっただろう。
 そして、そんな薄命の美女に対してユーゼスは、
「下らんな」
「え?」
「人は死ねば消滅する。ただ、それだけのことだ」
 身も蓋もないことを言うのだった。
「……………」
 ポカンとするカトレア。
 だが、数秒後にはその口から笑みが漏れ出した。
「ふふっ、うふふっ……。
 それもそうですわね。……ふふふ、『死ねば消滅する』かぁ。ええ、そうよね。結局死んだ後のことなんて、誰にも分からないんだから」
 カトレアは、さもおかしい話を聞いたかのように笑い続ける。
「何がそんなにおかしい?」
「だってユーゼスさん、現実的過ぎるんですもの。普通はそう思っていてももう少し柔らかく言うか、何も言わないかでしょう? だから油断しているところを不意打ちされちゃいました。
 ……ええ、あなたって本当に面白い人だわ」
 くすくすと笑うカトレアに対し、不可解そうな顔をしながらユーゼスは言葉を続ける。
「私は死んだ人間に興味が持てないだけだ」
「あら。じゃあ……もし私が死んでも、そう言い切られちゃうのかしら?」
「……………」
 今度はユーゼスが不意打ちされる番だった。
 この女の命が短いことは分かっている。
 おおよそ三年。
 もう少し正確に言うと三年未満。
 これが自分が算出した、この女の残り時間だ。
 あるいは突発的な事件などが起これば、もっと短くなる可能性もある。
(……………)
 カトレアが死ぬという事実を、あらためて考える。
 もうこうして話すことも出来なくなる。
 もしそうなったとしたら、自分は……。
「……さてな。実際にお前が死んでみないことにはどうとも言えん。割り切っているつもりでも、意外にショックが大きくて立ち直れなくなるかも知れないが」
「まあ、そこまで私のことを思ってくれてるんですか?」
「…………私にも分からんよ」
「うふふ。だったら嬉しいんですけどね」
 悲愴感すら漂いそうな会話の内容にも関わらず、カトレアは笑っていた。
 大物なのか、達観しているのか……あるいは自暴自棄にでもなっているのか。
 自分の場合はもう二回死んでいるので『今更死ぬの死なないのでどうこうするのも馬鹿馬鹿しい』といった感じなのだが、カトレアの場合はこれとは違うだろう。
 では何なのか。
(ふむ)
 興味はある。
 だが、これ以上はこの女の内面に深く踏み込むことになるはずだ。
(私は……そんなことが出来るのか? いや、してもいいのか?)
 自分は異形の仮面を被り、素顔を隠して生きてきた。
 それは、偽りの素顔を嫌ったからであり。
 素顔を隠すことで、自分の弱さを隠すためでもあった。
 そんな人間が、他人の弱さ……かどうかは分からないが、少なくとも今まで隠れてきた部分に触れようとしている。
 ―――傲慢を通り越して、滑稽とすら言えよう。
(やれやれ……)
 どうもカトレアといると、お互いの精神性を探り合うようなやりとりをしてしまう。
 何とも疲れるコミュニケーションだ。
 こういう場合エレオノールなら『何を考えてるのか教えなさい』という感じで良くも悪くもストレートにやるだろうから、こっちとしても分かりやすいし、やりやすい。
 ……もっとも、だからと言ってエレオノールとのコミュニケーションが簡単かと言うと、そうでもなく。
(ある意味、私にとって最も厄介な存在かも知れんな。この姉妹は……)
 何気にルイズのことを忘れつつ、そんなことを思うユーゼス。
 そのようにして内心で色々な思考を渦巻かせていると、カトレアがまた問いを投げかけてきた。
「そうだ、ユーゼスさん。いい機会だから聞いておきたいことがあるんですけど」
「……今度は何だ?」
「私、母親になれますか?」
 あらゆる意味で、物凄い質問である。
 カトレアの身体の状況。
 仮に子供を作るとして、その相手の問題。
 この質問をユーゼスに告げたという事実。
 ユーゼスはこれらの意味に気付いているのかいないのか、少なくとも言葉の上では何気ない様子で確認の問いを行う。
「欲しいのか、子供が?」
「んー……私、死ぬ前に一度でいいから赤ちゃんを産むことが夢ですし」
「―――――」
 ユーゼスはカトレアの身体を眺めつつ、頭の中で『カトレアが出産に至るまでの過程』をシミュレーションする。
 そして導き出された結論は、
「無理だな」
「あら」
 実に簡潔かつ、素っ気ないものだった。
 だがカトレアはそれに動揺した様子もなく、平静にユーゼスと会話を続ける。
「一応聞いておきますけど、それって私が赤ちゃんを産んだら命が縮まるってことですか?」
「いや、違う」
「じゃあ、どういう―――」
「……順序立てて話すか」
 ユーゼスもまたカトレアを哀れむような素振りなど全く見せず、彼女の家族たちに聞かれたら殺されてもおかしくないようなことを平静に話した。
「まず性交する時点で、お前の身体にとってはかなりの負担となる。さすがに死にはしないだろうが、行為の最中にかなり危険な状態となるのは間違いない。
 そのような状態で続けられるのか、というのがまず問題だ」
「……………」
「次に性交が無事に済み、妊娠したとしての話だな。その場合は胎児が出産に適した頃合に成長する前に、それを育てるお前の身体が持たずに……」
「持たずに?」
「死ぬ」
「……………」
「『絶対に』と言うほどではないがな。しかし、かなりの高確率で死ぬのは確かだろう。
 ……そして、幸運の上に幸運が重なって出産に至ったとしても、その出産のショックでほぼ間違いなくお前は死ぬはずだ」
 これでお前が生きていたら奇跡だな、と持論を結ぶユーゼス。
 その顔には、逡巡も同情も浮かんではいない。
「…………。言いにくいことをハッキリ言いますね」
 一方のカトレアは、自分の望みをほぼ完全に否定されたことに悲嘆するでも怒るでもなく、ただそれを告げた男に対して驚きと感心が入り混じったような眼差しを向けていた。
「む? 曖昧な言葉でどうとでも取れるように表現するとか、当たり障りのないように遠回しに言った方が良かったか?」
「いいえ。……まあ、昔は生理のたびに割と本気で死に掛けてましたから、何となくそんな気はしてました」
「ほう」
「今は大分マシになったとは言え、初潮が来てからしばらくは……出血の量は凄かったですし、お腹の中はぐちゃぐちゃに掻き回されるみたいになりますし、頭痛や吐き気は酷かったですし、高熱も出るしで大変だったんです。おまけに周期もかなり不安定でしたから」
「だろうな」
 ユーゼスは、ともすれば生々しくすらあるカトレアの独白をアッサリと受け入れ、またアッサリとリアクションを返す。
 カトレアの方もそれは承知の上らしく、またいつもの調子で会話を進め始めた。
「でも酷い人ですね、あなたって」
「そうか?」
「そうですよ。……確かに『ハッキリ言われて良かった』っていう気持ちはありますけど、同時に『ハッキリ言われたくなかった』って気持ちもあるんです」
「しかし、そうしなければしないで不満を持つのだろう、お前は?」
「もちろん」
 イタズラっぽく笑うカトレア。
 こういう『今の気持ちを包み隠さない』ところは、この女の長所かも知れないとユーゼスは思う。
 そして笑った彼女につられる形でごく薄くではあるが笑みを浮かべ、少ないボキャブラリーを駆使して彼女のそんな長所を褒めた。
「フッ……私はお前のそういう点は嫌いではないよ」
「あら」
 するとカトレアは顔を赤らめ、照れつつも嬉しそうな顔になってその『褒め言葉』に反応した。
「まあまあ。もしかしたら私、口説かれてるのかしら。
 ……うふふっ。私ってけっこう単純ですから、本気にしちゃいますよ?」
「ふむ」
 今のは口説いたことになるのか、などと考えるユーゼス。
 しかし嫌いではないのは本当であるし、否定のしようはない。
 ではどうするべきだろう。
(……『口説いたわけではない』とでも言うか)
 そう決めて、カトレアに対して口を開こうとする。
 だが、その時。
「コ……ホッ。……!」
 カトレアが咳き込み始めた。
 彼女はそれを感知するのとほぼ同時に慌てて口元を手で押さえ、ユーゼスから離れようとする。
「む?」
 ユーゼスが状況を理解するよりも早く、彼女の咳き込みは激しさを増していった。
「ゴ……ッ、ッハ、ゲホッ、ァ……ッ!!」
 そして数秒もしないうちに。
 ごぼ、と。
 カトレアの口から、血が吐き出された。
「ッ……!!」
「カトレア」
 そんな光景を目にしようとも、ユーゼスはあくまで冷静なままでカトレアの様子を見るべく歩みを進める。
 しかし。
「……っ、み、見ないで……近付かないでっ!!」
 カトレアの口から大量の血液の次に放たれたのは、拒絶の言葉だった。
「ぅ……っ、く……!」
 呼吸が乱れ、顔色が蒼白になりながらも『絶対に見られたくない』とばかりに後ろを向き、顔を伏せるカトレア。
 ―――その振り向く瞬間。
 わずかではあるが、彼女の瞳には涙が浮かんでいた。
「……そこまで避けることもあるまい。私がお前の吐血する光景を見て、お互いに何か不利益をこうむる訳でもないだろう」
「こうむるん、です……っ!」
 ユーゼスがどれだけ近付こうとしても、頑なに拒否されてしまう。
 数日前までの、部屋に閉じこもっていたルイズを髣髴とさせる頑固さだ。
「……………」
 近付くことが出来ないので、ユーゼスはせめて今のカトレアについて思考を巡らせることにする。
(吐血か)
 ……考えてみれば、おかしな話だ。
 ユーゼスがこうしてカトレアに対して診察を行うようになってから、それなりに時間も回数も経過している。
 常日頃から虚弱だの病弱だの言われていて、本人に問診しても『たまに血を吐きます』などとも言われている。
 だと言うのに、自分がカトレアの吐血を見るのは、これが初めてなのだ。
 たまたまそのタイミングに居合わせなかった……と考えるのが自然ではあるが、それにしても自分の前での吐血の頻度が少な過ぎはしないだろうか。
「……………」
 カトレアが今まで自分の前で吐血しなかった理由を考えてみる。
 そして、すぐに一つの仮説に行き当たった。
「…………。カトレア」
「っ」
 びくん、とカトレアは肩を振るわせる。
 相変わらず背を向け、顔を伏せたままなので彼女の表情は分からない。
 それでもその震える声から、彼女が今どのような感情を抱いているのかは予想がつく。
「ユ……ユーゼス、さん……」
 恥じ入り、と言えば少々聞こえが良過ぎるだろうか。
 とにかく見られたくない、今すぐにユーゼスの視界から消えたいという空気がひしひしと伝わってきた。
「お……お願いします、ユーゼスさん。部屋から出て……」
 だが、ユーゼスはそれを感じた上で、どこまでも『ユーゼス・ゴッツォ』らしく、無遠慮に質問を投げかける。
「カトレア。二つほど質問をさせろ」
「え?」
「……お前は薬を服用するかして、私の前で吐血をしないようにあらかじめ対策しておいたな?」
「!」
 思いついた時点で、ユーゼスはこの仮説を否定していた。
 突拍子がないと言うか、何の意味があるのか分からなかったからだ。
 とは言え、そう考えれば色々と辻褄は合う。
 例えばこの吐血の量。
 日常的に血を吐いているにしては少々多過ぎるが、これを『本来のタイミングで出るはずだったものを、無理矢理に押さえ付けていた反動でここまで大量に出た』とすれば……。
「…………っ」
 ますます深く顔を伏せるカトレア。
 ユーゼスはその態度を肯定と受け取り、二つ目の質問をぶつける。
「……それほど血を吐くところを私に見られたくなかったのか?」
「―――――」
 ここでユーゼスがもう少し女性の心の機微に敏感であったならば、『異性の前で大量の血を吐き出す』ということの意味について考えを至らせることが出来ただろう。
 鈍感さというものは、時に人を傷つける。
 もっとも、それを理解していないからこそ鈍感とも言えるのだが。
「なぜそこまで忌避しているのかは分からないが……」
 女性の心理など、この男にとっては極めて理解のしにくい事柄である。
 だから、ユーゼスはあくまで『一個人』に対する言葉をカトレアに向けた。
「……お前の身に何が起ころうと、お前が何をしようと、お前がお前自身であり続けるのならば……私はお前のことを『カトレア』として変わらずに接するつもりだ」
 それはユーゼス自身のこと。
 宇宙刑事ギャバンと共に地球に派遣された、バード星人の科学者。
 地球防衛軍TDF、その地球環境再生計画に従事する科学者。
 地球のレーダー網を壊滅させた、大気浄化弾の開発者。
 バディム、およびネオバディムの首領。
 全能なる調停者を目指す者。
 ウルトラマンを追いかけ、取りあえずは追いつくことが出来た者。
 そして今は、少女の使い魔。
 全ては同一人物だ。
(……………)
 紆余曲折を経た末にここに存在しているが、その課程で何度も自分を見失った。
 ……もし、自分の中に最初から揺るぎのない自我や人格が存在していたなら。
 きっと違った課程、違った結果になっていたはず。
 その後悔と経験則とを言葉に込めて、ユーゼスはカトレアに告げる。
「だから……お前はお前のままでいろ、カトレア」
「……………」
 返事はない。
 まあ、何かの返事を期待して喋ったわけでもないのだから、別に構わない。
「……使用人は呼んでおく。後始末はその者たちにやらせろ」
 それに、これ以上余計な深入りをして、より拒絶されるのも望ましくはない。
 だからユーゼスはカトレアの部屋を出ることにして……。
「それではまた会おう、カトレア」
「……………」
 去り際に、そんな言葉を残す。
 その時のユーゼスには『カトレアには会おうと思えばいつでも会える』という考えがあったのだが……。
 しかし、その日の内にカトレアは『気分が優れない』という理由で部屋から一歩も出ないようになり、また必要最低限の人間しか部屋に入れないようになってしまった。


「……で」
 同日の夜。
「そんなことがあったせいでちい姉さまの気分を悪くしちゃって、何だか気まずくなっちゃったから、わたしに何かアドバイスして欲しい―――と、こういうわけね」
「理解が早くて助かる」
 ユーゼスは『自分と最も身近かつ親しい女性』であるところのルイズの部屋に行き、事の次第を報告した上で助言を求めていた。
 本来ならばエレオノールに聞いておきたいところだったのだが、このラ・ヴァリエールにいないのならば仕方がない。
 最善の策が使えないのならば、次善の策を使うまで。
 それに、ルイズは家族の中で特にカトレアと親しかったという。
 きっと何らかの有益なアドバイスをもたらしてくれるに違いなかった。
 ―――しかし、この話をした途端、ルイズの顔の筋肉が不自然に引きつりだしたのは何故なのだろう。
(私がカトレアの機嫌を損ねたことが不愉快なのか……?)
 憧れを抱いている次姉の気分を悪くしたとなれば、確かにそれは不愉快だろう。
 だが、その次姉の気分を改善させるためにも、今はルイズのアドバイスが欲しいのだ。
「…………ちょっと待ってなさい」
 ルイズは大仰に天井を仰ぐと、おもむろに立ち上がって歩き出す。
 そして机の上に置いてあったワインの瓶を手に取り、中身をグラスに注いで、それを飲み干した。
 とくとくとく。
 ごっきゅごっきゅごっきゅ。
 ……ぷはぁっ。
「多量の飲酒は身体に悪影響を及ぼすぞ、御主人様」
「…………。ユーゼス、覚えときなさい」
「む?」
「女の子にはね、飲まなきゃやってられない時ってのがあるのよ」
「……そうなのか」
「そうなの」
 微妙にイラついた顔でユーゼスにそんなことを言い聞かせるルイズ。
 彼女はグラスを机の上に戻すと、あらためて椅子に座りなおして会話を再開させた。
「―――さて。アンタが一つだけ賢くなってくれたところで、ちょっと確認したいことがあるんだけど」
「何だ」
 ルイズは少しだけためらった素振りを見せたあと、意を決したように問いかける。
「……アンタの中だと、ちい姉さまってどういう位置にいるのよ?」
「?」
 よく分からない問いだった。
 唐突に『位置』などという単語が出て来ても、何が何やらサッパリだ。
 なので、その意味を問い返す。
「……何のことだか分からないのだが」
「あー……、ちょっと分かりにくかったかしら。ええと、アンタから見てちい姉さまは……これも違うわね。何て言うか、アンタにとってちい姉さまってどういう存在なの?」
「む……」
 どういう存在、と聞かれても困る。
 カトレアはカトレアであって、それ以外ではなく。
 いや、このルイズの質問は、自分がカトレアにどのような価値や意味を見出しているのかということのはずで。
 それが何かと聞かれれば。
(…………何だろうか)
 診察する者とされる者という、事務的な関係だけではないことは確かだ。
 そう、それだけではない。
 しかし、その『それだけではない』……『それ以外』とは、一体何なのか。
「……………」
 明確には言葉にすることが出来ないと言うか、してはいけないような気がする。
 一方、そんな風に考え込んでいるユーゼスに対し、ルイズはゲンナリした様子で更に問いを重ねた。
「……じゃあ、エレオノール姉さまは?」
「む、う……」
 エレオノール。
 これもまた難しい。
 いや、カトレアについて考える以上に難しい。
 彼女のことをこうして考えると、何だか、こう、ふつふつと名状しがたい感覚やら感情やらが生じてくる。
 この感覚は何なのか。
 ……いや、待て。
 そもそも御主人様は自分の感情などには全く触れていない。
 問題なのは『自分にとってエレオノールがどういう存在なのか』ということで、それはつまり……。
「ぐ…………ぅ、ぬ……むぅ…………」
 小さく唸り声を上げながら、真剣に悩み始めるユーゼス・ゴッツォ。
 そんな使い魔を見て、主人たる少女は若干やさぐれ気味に言葉を放つ。
「……あー、はいはい。大体分かったわ」
「何?」
 まだ質問に答えていないどころか、その答えすら明確にしていないと言うのに、一体どのようなことが分かったのか。
「はぁ……そうね。召喚されたばっかりの頃のアンタなら、こう聞かれても多分そっけない答えを返してただけでしょうし……。
 ま、アンタもこうしてわたしにアドバイスを求めるようになって、しかも悩むことが出来るだけ成長したってことなのかしら」
 呆れ。諦観。憂い。苦笑。
 ルイズはこれらが入り混じったような、実に複雑そうな顔を見せる。
 そしてもう一度ワインをグラスに注いで一気飲みすると、さっきまでの表情を忘れたかのような『いつも通り』の顔になってまた話を始めた。
「じゃあ、本題に入りましょうか」
「色々と引っ掛かる点はあるが……分かった」
 何となく腑に落ちないものを感じるが、今は取りあえずカトレアとの関係を円滑にすることが先決だ。
 ユーゼスはそう割り切ると、部屋の隅から椅子を取ってきてルイズの正面に腰掛けた。
「……いいこと? 古今東西、機嫌を損ねてしまった女性に対するフォローは大きく分けて三通りしかないわ」
「ふむ」
 出来の悪い生徒にものを教えるかのごとく、言い含めるようにして語るルイズ。
「つまり、言葉を使うか、身体を使うか、物を使うかなのよ」
「…………『言葉』と『物』は分からないでもないが、『身体』をどう使って機嫌をとるのだ?」
「うっ」
 途端にルイズの顔が赤くなる。
 はて。
 疑問に思ったことを素直に口に出しただけなのだが、そんなに変なことを聞いただろうか。
「え、えーと……」
 多少まごつきつつ、ルイズは回答を提示した。
「その……えっと、アレよ。ス、スキンシップ……とか? ほ、ほら、泣きじゃくってる子供とか、頭を撫でたりすると落ち着いたりするじゃないの」
「成程」
 ルイズはごほん、と咳払いをして気を取り直し、『授業』を再開する。
「……で、そもそも今回のアンタとちい姉さまの問題……ってほどでもないのかしら。とにかく関係がギクシャクしたのは『言葉』が原因だそうだし、余計にこじれるかも知れないから、これは使えないわね」
「うむ」
「『身体』は…………何て言うか、色々と問題がありそうなので却下」
「だろうな」
 カトレアはもう25歳。妙齢の女性である。
 そんな女性に対して、いくら何でも子供をあやすようにするわけには行くまい。
 ルイズとて、姉がそんな風に扱われるのは良い気分ではないだろう。
「……さすがのアンタも“何で『身体』がダメなのか”のカケラくらいは分かったみたいね」
「当然だ」
 微妙に意味を履き違えつつ、ユーゼスはルイズの『授業』に耳を傾ける。
「そうなると必然的に最後の『物』になるわけなんだけれど……」
「けれど、何だ?」
「……アンタ、何か女の人に対してプレゼント出来るようなものって持ってる?」
「無い」
「…………。まあ、そうでしょうね。
 それじゃあ何を送るのか、って話になって……」
 うぅん、と首をひねるルイズ。
「花……は何かユーゼスのイメージじゃない気がするし、服も領地の外に出れないちい姉さまにはあんまり喜ばれないような気がするし、食事も違うだろうし」
「ふむ」
「うぅ~~ん……。……ちょっと定番すぎる気もするけど、ここはアクセサリーとかの方がいいかしら?」
「アクセサリー?」
 要するに装飾品か。
 これまでのユーゼスの生涯において、一度も身につけたことのないものである。
 無理矢理にこじつけるなら、昔つけていた仮面やローブがそれに当たるのかも知れないが、アレのデザインコンセプトは『周囲の者に威圧感を与える』だとか、『自分自身が“人間”であることを意識させない』点にあった。
 ……と言うか、あの仮面がアクセサリーになるのなら、『アクセサリー』という言葉は随分と解釈の幅が広いものになってしまうだろう。
「……………」
 何にせよ、ユーゼスにとっては未知の分野だ。
 よく分からないモノをよく分からないまま手を出しても、ロクでもない結果しか生まないことはこれまでの経験で思い知っている。
 だが、御主人様は少なくとも自分よりはこの分野について詳しいはず。
 ここは素直に彼女の知識と知恵を……。
「じゃあ、ここからは自分で考えなさい」
「―――何?」
 ……借りようと思ったら、いきなり見放されてしまった。
 ユーゼスは途方に暮れつつ、なおも主人に助けを求める。
「…………唐突にそう言われてもな。これからどうすればいいのか分からないのだが」
「あのね、ユーゼス」
 ルイズは軽く溜息をつき、もはや『出来の悪い生徒にものを教える』と言うより『物分かりの悪い子供に言い聞かせる』ようにして話し始めた。
「これはアンタが原因で発生した、アンタが解決するべき、アンタの問題でしょう」
「……そうだ」
「それなら、どうしてこのわたしが何から何まで面倒を見なくちゃいけないのよ?」
「むう……」
 正論だ。
 確かに、本来ならこんなことにルイズが付き合う義理などほとんどない。
 何せこれはユーゼスの問題であるからして。
「ということで、わたしの役目はここでおしまい。あとはせいぜい頑張ることね」
「…………うむ」
 椅子から立ち上がり、部屋から出るべく歩き始めるユーゼス。
 ドアのノブに手をかけたところで、
「一応言っておくけど、安物で済ませようとするんじゃないわよー」
「分かった」
 そんなことを言われつつ、ユーゼスは御主人様の部屋を出る。
 ……ドアを閉める間際にルイズがまたワインの瓶に手を伸ばすのが見えたが、また『飲まなきゃやってられない時』とやらが来たのだろうか。
 まあ、ルイズの事情はともかく。
「厄介な事態になったな……」
 大まかな指針こそ立てられたものの、具体的には何も決まっていないに等しい。
 ならば、どうするべきか。
「…………、分からない……」
 しかし、ここですんなりと回答が出て来るようなら、そもそも悩んだりはしない。
「……………」
 かくしてユーゼス・ゴッツォは、女性の機嫌を治すべく頭を悩ませることになったのであった。


 なお、余談ではあるが。
 この翌日、ラ・ヴァリエールの中庭周辺に存在する『青い石』と『赤い石』は、どういうわけかその大部分が粉微塵に破壊し尽くされ。
 そしてその近くを通りがかった使用人は、少女の吼えるような叫び声を耳にしたという。


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