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疾走する魔術師のパラベラム-10


第九章 猟犬

   0

イド・アームズ/[Id Arms]――接近戦用で口径は小さめ。主に拳銃。

エゴ・アームズ/[Ego Arms]――中・遠距離用で口径は大きい。マシンガン、ライフルなど。

   1

 ノックの音が部屋に響いた。ルイズは読んでいた本に栞を閉じる。もう呼んだことのある本だから、栞を挟む必要も無い。本を机の上に置き、ドアの鍵を開ける。ほかのメイジなら『アンロック』を唱えるだけでいいのだが、ルイズは使えない。
 ドアを開けると豪華な食事をカートに載せたシエスタがいた。
「お食事をお届けに参りました」
 シエスタの笑顔を見て、ルイズの顔も自然と綻ぶ。
「あら、シエスタ。あなたが持ってきてくれたの? ありがとう」
 ルイズはギーシュと決闘を行い、謹慎処分を受けていた。基本的には部屋から出れず、食事もメイドが部屋に個別に運んでくる。
 あの後、午後の授業には出られず、仕方が無しに部屋で本を読んでいたのだ。
 謹慎処分くらいなんでもないと思っていたけど、自室から出られないのは退屈で、退屈は思ったよりも辛かった。部屋にある本は数も種類も限られているし、勉強も自習でできる範囲にルイズの分からないところは無い。
「あ、あの、ミス・ヴァリエール! わ、私その、ミス・ヴァリエールのことが、その」
 なんだかシエスタの様子がおかしい。顔真っ赤だし、舌がもつれてうまく喋れていない。なんだか目も潤んでいるし、息も少し荒いようだ。
「シエスタ、ちょっと動かないでね」
 シエスタと自分の前髪をそっと上げ、額をくっつける。小さい頃、風邪を引いた時は姉がこうやって熱を測ってくれたのを思い出した。
 ぴったりと重なった額からはシエスタの体温が伝わってくる。ルイズの体温よりも少しだけ熱いようだ。
「あぅ・・・・・・みみ、ミス・ヴァリエール、おデコがぁ・・・・・・」
 咄嗟のことで驚いたのか、シエスタが慌てる。少し熱が上がったような気がする。顔もさっきより赤くなっていた。
「やっぱり少し熱いわね。シエスタ、少し私のベッドで横になっていきなさない。メイド長には私の話相手になっていたと言えばいいから」
 シエスタの手を引いて、ベッドに座らせる。気が抜けたのか、顔がさらに赤くなった。黒い大きな瞳もぐるぐると焦点が定まらないようだ。
「そんな、私がミス・ヴァリエールのベッドで寝るだなんて・・・・・・」
「別に遠慮しなくていいのよ?」
 これは本心だ。ベッドに他人を眠らせることには抵抗があるが、シエスタなら別に構わない。これがキュルケとかだったら許さないが。
「そういえば私がどうかした?」
 シエスタが部屋に入った時、何か言いたそうにしていたのを思い出す。
「あ、その・・・・・・」
 何か言いづらいような事なのだろうか。もし、シエスタが困っているのなら力になりたいと思う。
「ミス・ヴァリエール、昼間はありがとうございました。私のような平民を助ける為にあんな・・・・・・それに私の――
「ストップ」
 ルイズはシエスタの言葉を遮った。たぶん、シエスタの言葉の続きはこうだろう。『私のせいで、謹慎処分を受けてしまった』――それは違う。
「シエスタ。あなたに責任は無いわ。この謹慎処分は、私が学院の規則を守らなかったから受けた正当な罰則よ。守る為に決闘をした。その為に学院の規則を破った。私は反省しているけど、後悔はしていない」
 シエスタの瞳を真っ直ぐ見つめ、伝える。自分の意思、そして想いを。
「私は信じるものの為に戦った。そして、私はシエスタを守りたかった。この話はそれだけの、シンプルな話よ」
「ミス・ヴァリエール・・・・・・」

 ルイズは決闘のことを思い出す。
 決闘の時、ルイズは一つの衝動に駆られた。
 ギーシュのゴーレムを全て破壊し、目を閉じたギーシュに引き金を引こうとしたのだ。ルイズはギーシュにとどめをさそうとした。
 ギーシュのことをルイズは嫌いだった。ギーシュだけじゃない。モンモランシーも、マリコルヌも、キュルケも嫌いだった。『ゼロ』と呼ばれるのが嫌だった。
 装填していた弾は対物弾だったから、引き金を引いたところでギーシュが傷つくことはなかった。せいぜい服が破れる程度だろう。《P.V.F》の弾丸は特殊で、人間の精神や神経だけを破壊する『精神系通常弾』とそれとは逆の『対構造物徹甲弾』の二種類がある。精神系通常弾は『人間しか傷つけない』のに対して、対構造物徹甲弾は『人間以外のすべて』を破壊できる。
《パラベラム》は右腕に心の銃を持ち、左手で多種多様な弾丸を生み出すのだ。
 ルイズの場合は通常弾には対応しておらず、その代わりに弾丸としてジャベリンを作り出す。あの時、目標はギーシュの青銅製のゴーレムだったので、対構造物用ジャベリンを装填していた。
 しかし問題なのはそこではない。ルイズはギーシュを傷つけようとした。そのつもりでギーシュに近づいて、ギーシュが震えていることに気づいた。
 ルイズはシエスタを守ろうとして決闘をした。それならばギーシュを傷つける必要は無い。
『私の勝ちね、ギーシュ?』
 ギーシュの上に倒れていたゴーレムをどかせて、ルイズはそう言った。それで良かったのだ。ルイズはシエスタを守るために決闘を申し込んだのだ、決闘はルイズの勝ち。それでいい。誰かを守るために戦う者が、誰かを傷つけるために戦うのでは本末転倒だ。
 力を持つものには相応の責任と相応の義務がある。
『『力』は・・・・・・貴族の誇りである杖は、守る為にある。傷つける為では無いわ。私の目指す『貴族』はそんなものでは、決して無い! だから大切な人が傷つこうというのならば、私は守る為に戦うわ! それが『力』を持つ者の義務であり、責任よ。・・・・・・貴方はどう思う? 『貴族』を、『力』を、『誇り』を、貴方はどう思う? 『青銅』のギーシュ、ギーシュ・ド・グラモン。考えるのは貴方で、答えを出すのも貴方よ』
 あの言葉はルイズ自身に向けた言葉でもあった。

「ミス・ヴァリエール?」
「あ、ああ、少しぼうっとしていたわ」
 つい考え込んでいた。自分の手に入れた力のあり方について。また誰かを傷つけそうになるかもしれない。誰かを守るために、誰かを傷つけなければいけないかもしれない。
「シエスタ、あなたが無事で本当に良かった」

――それでも、私はこの力を守ることに使いたい。

「ミス・ヴァリエール。私は貴女が好きです。貴女の傍に立ち、お仕えできることを誇りに思います」
 シエスタが静かにそう言った。なんだかくすぐったい。ルイズは自分の理想とする貴族に少しでも近づけているのだろうか。
「ありがとう、シエスタ」

   2

  ルイズの朱に染まった顔には明らかな喜びが感じられる。沈む夕日を見ていたのだ。謹慎中、自室で暇な時間を過ごしていたルイズが夕日を見るのは、これで五度目。つまり、今夜が謹慎最終日の夜である。
「長かったわ・・・・・・」
 本当に長かった。五日間ぐらいどうってことない、そう思っていたが、退屈な時間というのは予想以上につらいものだった。
 授業を受けることができない。これだけでも、学生であるルイズの一日の大半が空白になる。さらに朝食、昼食、夕食。食事は全てメイドが部屋に運ぶため、部屋で一人で済ませる。『ゼロ』と呼ばれ、馬鹿にされていたルイズには楽しく食事をする相手というのはいなかったが、それでも人が大勢いる広い食堂で食べるのと、狭い自室で一人で食べるのでは随分と心情が変わってくる。端的に言うと寂しいのだ。
 部屋で時間を潰そうにもすることが無い。ルイズの魔法は爆発するし、かといって部屋でシールド・オブ・ガンダールヴを展開するわけにもいかない。
 ならば勉強でもするか、といってもルイズの座学の成績は学年でもトップクラス。今更これといって勉強することもない。やるにしても教師に質問などをしないと進めない範囲である。
 自室に置いてある本もあらかた読み尽くしてしまっている。トリステイン魔法学院の図書室の蔵書は、国立図書館に匹敵するほどの数がある。魔法学院の生徒でいる限りにおいて、本で不自由することはほとんど無い。一部の生徒は手元に本を置いておきたいらしく虚無の曜日になれば、本を買いに行く姿も見られるがルイズはそこまで愛好家ではない。
 唯一、部屋の外に出ることのできる入浴の時間さえほかの生徒とは時間をずらしてある。だがこれは悪くない。同年代の生徒と一緒に入ると腹が立つのだ。むかつくのだ。詳しい理由は伏せるが、一言言うのならばルイズのある部分には山も谷もない。あるのは平原のみである。一人で広い浴場を使えるのは、なかなかいい気分だった。普段はどの時間でも混み合っている。女の風呂は長い。
 娯楽といえば入浴ぐらいしかない、そんな謹慎期間がようやく終わる。そりゃあ気分も高揚するだろう。

――いえ、もう一つ楽しみはあったわね。

 謹慎期間のもう一つの楽しみ。それはシエスタだった。ルイズの部屋に食事を運ぶメイドは彼女だった。
 シエスタは毎日、ルイズの部屋に食事を運んでくる。食事を運んできた時に少し会話を交わす程度だが、シエスタとの話は楽しくて謹慎中の大きな楽しみだった。
 そういえば今日もそろそろ夕飯の時間だ。今日のシエスタはなんだか様子がおかしかった。
 ルイズは昼食を運んできた時のシエスタとの会話を思い出す。

――あの、ミス・ヴァリエール、ありがとうございます!
――いきなりどうしたの?
――何があっても諦めなくて、貴族なのに平民の為に戦ったり、そんなミス・ヴァリエールにたくさん勇気をいただきました。
――ミス・ヴァリエールのおかげで、私、これからも頑張れます。・・・・・・失礼します。
――待って!
――ミス・ヴァリエール?
――・・・・・・これを持っていきなさい。
――これは?
――・・・・・・私の『使い魔』よ。どうしても、本当にどうしようもなくなった時だけ、それを飲みなさい。命をベットに、たった一度だけ『賭け』ができるわ。
――『賭け』、ですか?
――ええ、『賭け』よ。勝ちは保障できないけど、逆転の可能性もある。でもね、チップは命と未来。使わないのが一番だけどね。・・・・・・お守り代わりに持っていきなさい。
――・・・・・・ありがとうございます。

 どうして錠剤を渡したのだろう。でも立ち去ろうとした時のシエスタの雰囲気はおかしかった。なんだか無理に明るく振舞おうとしているような、そんな笑顔だった。
 どうしても、あのまま行かせてはいけない、そう思ったのだ。それにしても錠剤を渡したのは間違いだったと思う。あの錠剤は危険だ。もしも《パラベラム》の素質が無ければ脳死。命をベットにするのとなんら変わりは無い。
 食堂の騒動の時に感じた違和感。シエスタの手をとった時に、少しだけ妙な何かを感じた。《P.V.F》を展開した時にも似たあの感覚。
 一体、アレはなんだったのだろうか。考えても答えは出ない。
 ノックの音が聞こえ、ルイズが扉を開けると、そこにいたのはコックの格好をした大柄の中年男性だった。

   3

 シエスタは大きな浴槽に身を沈めた。湯の温度は少し高く、気持ちがいい。シエスタ程度の体格ならば泳ぐことだってできそうだ。
 もちろん、平民のシエスタにはこんな風呂は本来入れない。平民の風呂は蒸気を利用したサウナ式が主流である。このような大きく豪華な浴槽にたっぷりの綺麗なお湯を張ることができるのは貴族ならではの贅沢だ。
 そんな身分不相応な贅沢をしているにも関わらず、シエスタの気分は優れない。シエスタがこんな風呂に入れるのには当然、理由がある。それも吐き気のするような理由が。
 シエスタが今いるのは、トリステイン魔法学院ではない。そこから徒歩で一時間ほど離れたモット伯の屋敷である。豪華絢爛なその屋敷の一角、相当な金のかかった作りをした浴室にシエスタはいた。
 シエスタはモットに雇われた。一介のメイドであるシエスタを名指しで、それも本来の雇用主であるオスマンから強引に買い取るような形で。貴族が平民の女をこのような手段で雇う理由は大体決まっている。
 妾にするのだ。つまり肉体が目的である。
 この屋敷の主、ジュール・ド・モット伯爵は貴族の間でも好色家な事で知られている。シエスタがここに来てからはまだ仕事はしていないが、ほかのメイドたちの大きく胸元の開いたエプロン・ドレスを見れば、モットがどんな人物か分かるというものだ。
 シエスタだってこのような貴族に仕えるのは嫌だ。シエスタにとって仕えるべき主は、給金を払うだけのオスマンではない。身体が目的の下衆などでもない。誇り高き、仕えるに値する貴族だ。
 だが、それでもシエスタには断れない。シエスタは平民で、モットは貴族。そして故郷には家族と妹や弟たちがいる。シエスタに選択肢は無い。無いはずだった。

 シエスタは湯から上がる。滑らかな肢体は湯で温まり上気しており、ほんのりと赤い。身体の線をなぞるようにまだ暖かさを残した湯が伝い床を濡らした。顔に張り付いた髪を振り払うように首を振り、更衣室に向かう。そこにはモットの悪趣味なエプロン・ドレス。シエスタの私服もその脇に畳んであった。
 身体を拭くこともせずに、自分の服のポケットの一つを漁る。そこには不思議な光沢と質感の真四角の皮に包まれた白い植物の種のようなものがあった。
 ルイズの部屋に食事を運ぶという最後の仕事の時に、ルイズから渡されたものだ。『お守り』、ルイズはそう言っていた。
 ルイズには悟られないように、できるだけ普段のように振舞ったのだが、大して効果は無かったようだ。自分に嘘をつく才能は無いらしい。

 本来は無いはずの選択肢。決められたはずの未来を打ち砕くかもしれない『賭け』。
 シエスタの心は決まっていた。
 爪を使い、皮を引き裂いて種を取り出す。指の先ほどの大きさも無い小さなそれを口に入れ、飲み込んだ。そこには躊躇いなど無い。シエスタが今、ここで死んでもモットからの見栄と面子を保つための見舞金が家族に届けられるだろう。親たちは悲しむだろうが、それだけだ。
 視界が揺れる。激しい頭痛がシエスタの頭を締め付け、全身を突き抜けるような衝撃が駆け抜ける。鼓動がルイズの顔を思い出した時のように激しくなる。息が乱れ、身体が熱を帯びるのを感じた。
 シエスタにはルイズ以外の主はいない。それに。
 ルイズのくれたチャンスで死ぬのならば、それもいい。シエスタはそう思った。

   4

「ミス・ヴァリエール、夕食をお持ちいたしました」
 髭面の男がそういって頭を下げる。カートの上にはまだ湯気を立てる夕食が並んでいる。
「・・・・・・あんたは?」
 見覚えが無い。謹慎期間中、五日間の三食の食事を運んできたのはシエスタだった。
「コック長のマルトーでございます。シエスタはもう、いません」
 マルトーは頭を下げながら、そう言った。シエスタのことを話す時は肩が震えていた。
「・・・・・・どういうこと? 説明しなさい」
 信じたくない。シエスタがもう学院にいないなんて。
 マルトーはぽつり、ぽつりと話し始めた。
 ルイズが謹慎処分を受けている間に、王宮の勅使であるモット伯が学院を訪問したこと。オスマンとモットが話している学院長室に紅茶と茶菓子を手の空いたシエスタが届けに行ったこと。シエスタを気に入ったモット伯が、強引に話を進め、自分の屋敷の使用人として雇い入れたこと。たぶん妾として奉仕させられること。シエスタが学院に勤めるのは今日が最後で、ルイズの部屋に昼食を届けたのが最後の仕事だったこと。全てを終わってからルイズは聞いた。
「・・・・・・シエスタはあんたのことを慕ってた。俺たちだって、平民の為に戦ってくれたあんたに感謝してた。それでも、こんなことになっちまった!」
 マルトーは話の途中から敬語ではなくなっていた。今は気にならないし、そんなことを気にしている場合でもない。
「ミス・ヴァリエール、シエスタから伝言を預かってる。『ありがとうございました。ミス・ヴァリエールと出会えて本当に良かったです』・・・・・・だと。なぁ、ミス・ヴァリエール。どうして世の中に貴族がいるんだ? どうして平民がいるんだ? どうしてみんなが幸せになれるような世界は作れないんだ? 自分の年の半分も無い女の子に聞くようなことじゃないが、聞かずにはいられねぇんだ」
「・・・・・・まだ間に合う」
「え?」
 ルイズはクローゼットを開け、一着のローブを取り出す。暗い緑のフードのついたローブだ。地味なそれはルイズの趣味ではないが、狩りの時や雨の中を馬で駆ける時などは役に立つので実家から持ってきたのだ。
 サッと被って窓を開く。地面は遠いが、パラベラムならば問題ない。モットの屋敷まではそんなに遠くない。まだ、間に合うのだ。
「ごめんなさい、私にその質問は答えられないわ。一つ、頼みたいことがあるの。もし誰かに聞かれたら、私はずっと部屋にいたと言って頂戴」
「そ、そりゃあ構わないねぇですけど、どうすんですかい?」
 マルトーが慌てた様子で訊ねる。
「わからない。でも放ってはおけないのよ」
 ルイズは窓から飛び降りた。右手を伸ばし、《P.V.F》を形成。光の粒子が弾け、ルイズの右手にシールド・オブ・ガンダールヴが形成される。
 内観還元力場で強化された身体能力を使い、地面に着地。着地とほぼ同時を体勢を立て直し、地面を蹴る。
 景色が凄い勢いで流れていく。今のルイズは馬などとは比べようも無いほどに速い。
 ルイズは疾走する。

   5

 目を覚まして最初に感じたのは、背中に感じるマットの柔らかな感触だった。どうやらベッドに横になっているらしい。
「気がついたかね?」
 はっと身体を起こすとそこにはモットが座っていた。やや年のいった顔尽きと鬱陶しい髭が印象的だ。にやつきながら、シエスタの身体を嘗め回すようにして見ている。
「おそらく上せたのだろう。まぁ、平民の君にはあの風呂は慣れていないだろうから仕方が無いがね」
 シエスタはあの趣味の悪いエプロン・ドレスを着せられていた。この男がそんなことをするとは思えないし、たぶんメイドの誰かが着せてくれたのだろう。
「それにしても、よく似合っているよ。シエスタ」
 露骨な視線を隠そうともせずに、シエスタの身体を眺めながらモットはそう言った。モットの股間は布を大きく持ち上げていた。

 シエスタはおもむろに立ち上がり、右手を伸ばす。
 やり方はルイズのそれを見たことがあるし、祖父の使っていた魔法に似ていた。今の自分ならば使えるというのが、頭のどこかで理解できた。
 右手に祖父の使っていた魔法を思い浮かべる。シエスタの右手で閃光が弾け、装甲を生み出す。光の粒子はシエスタの手の中で、確かな質感を持って銃の形を作っていく。シエスタの手の中に一丁の拳銃が生まれた。
 ハルケギニアの常識では考えられないような現象を自分が起こしたとわかっていても、シエスタはあまり驚かなかった。
 銃口の下の部品が丸いその銃は、祖父のよく話してくれた物語の中でも軍人がよく使うと言っていた『コルト・ガバメント』という銃に似ている。
 全体が光沢のある黒い金属できていて、銃身が長い。グリップはシエスタの手によく馴染む。
 銃身には《cal50 Hound dog》と彫られている。
 シエスタは少し笑った。

――『猟犬』、お似合いですね。そう、私はミス・ヴァリエールの猟犬でいい。

「なッ!? 先住魔法!?」
 モットは驚き、腰の杖に手を伸ばす。しかし、それよりも早くシエスタは左手に弾倉を生み出し、ハウンド・ドッグに叩き込む。
 スライドを引いて初弾を薬室に送り込み、安全装置を外し、モットの杖を持った腕に狙いを定める。凸型のフロントサイトと凹型のリアサイトの二つを一直線に並ぶよう狙いを定め、引き金を引く。内観還元力場で軽くなった鈍い反動がシエスタの腕に伝わる。
 銃声が響き、弾丸はモットの右手を打ち抜いた。精神だけを傷つける《P.V.F》特有の弾丸は、モットの右手の精神を一瞬でずたずたに。青いマズル・フラッシュがシエスタの顔を冷たく照らしだす。シエスタの顔には薄い笑みが張り付いていた。
 モットの口から流れていた詠唱は途切れ、代わりに聞くに堪えない悲鳴が上がる。物を握ることのできなくなった右手から杖が落ち、床に転がった。
 蹴りをモットにいれた。強化された筋力で放たれた蹴りは、容易くモットを吹き飛ばす。
 床に転がったモットの身体の上に跨り、馬乗りの姿勢に。その光景だけを見れば、モットの望んでいたものかもしれなかったが、おそらく想像とは程遠いシチュエーションで実現することになった。股の下からは醜い肉の感触が伝わってくる。気持ち悪い。
 モットの耳元に口を寄せ、シエスタは甘い声音で囁く。
「モット伯、私は貴方に仕えたくありません。貴方のような人の皮を被った畜生以下の下衆野郎に頭を下げ、身体を捧げるなど考えるだけで反吐がでます。貴方は私の主には、全く相応しくない。ですが・・・・・・まぁ、その、プレゼントです。受け取ってください」
 ハウンド・ドッグの銃口をモットの股間に押し付ける。ぐにゃりとした不快な感触が伝わってきて、シエスタは舌打ちをした。モットはシエスタが何をしようとしているのか察したのか、必死に身体を動かして逃れようとする。それでも逃げられないし、逃がさない。シエスタは、モットの耳に色気たっぷりに息を吐きかけながら、口の端を吊り上げた笑顔で告げる。
「イかせてあげます」
 引き金を二回、引く。弾丸は呆気無く発射された。
 モットが声にならない悲鳴を上げる。暴れるが、シエスタが力尽くで押さえつけられ身動きが取れない。空薬莢がモットの見えないところで床に落ち、光の粒子になって消えていく。
 今度はハウンド・ドッグをモットの眉間に押し付ける。先ほどとは違い、ゴリッという感触が気持ちいい。
 シエスタは下腹部のあたりで快感がうずくの他人事のように感じた。

   6

「そこまでよ、シエスタ」
 シエスタがその声に驚き、ハウンド・ドッグを声のした方へ向ける。
 そこには割られた窓と暗い色のローブにすっぽりと身を包んだ小柄な人影。フードを深く被っており、人相は分からないが、僅かに見える顎のラインと声でその人影がルイズだとシエスタには分かる。
「モット伯、夜分遅くに失礼します」
 ルイズは顔が見えないように注意しながら、部屋の中に降り立つ。右手にはシエスタのハウンド・ドッグとは比べ物にならないほど巨大な銃器、シールド・オブ・ガンダールヴが展開されている。
 モットは痛みからか、まともなことが喋れなくなっている。というかまず声が出ていない。掠れた声の成り損ないがひゅうひゅうと喉から漏れるだけだ。まだ動く左腕で、精神が破壊されたせいで失禁が止まらない股間を抑える姿は無様で哀れだ。顔は苦痛に歪み、涙と鼻水と涎で酷い有様になっていた。
「・・・・・・シエスタ。飲んだのね?」ルイズはシエスタの手に握られたハウンド・ドッグを見ながら、そう訊ねた。
「ええ、私は『賭け』に勝ちました」シエスタに後悔は、無い。
 フードの下から小さなため息が漏れる。
「モット伯、貴方は彼女の言った通り貴族の地位に値しない人間だ。それに私は彼女を放ってはおけない。だから今、ここにいる」
 ルイズがモットに近づきながら、話しかける。モットは焦点の定まらない目でルイズを見ていた。右手のシールド・オブ・ガンダールヴを凝視して、怯えている姿は実に滑稽だ。案外、モットは道化としてもやっていけるかもしれない。
「モット伯・・・・・・悪い事は言いません。彼女を解雇し、今日のことは全て忘れてください。その方がお互いの為でしょう?」
 モットは涙を流しなら、コクコクと壊れた人形のように頷いた。何度も何度も、頷いた。
「ご理解頂けて感謝致します」
 ルイズは優雅な仕草で一礼した。シエスタはこんな人間に頭を下げる必要など無いのにと思ったが、主君が頭を下げているのに、臣下が頭を下げぬ道理は無い。
 ようやくモットに突きつけていたハウンド・ドッグを外し、ルイズに倣い一礼する。
「シエスタ、帰るわよ」
 ルイズが窓に近づきながらシエスタを促す。シエスタの荷物は次の虚無の曜日にこちらに送られる予定だったので、まだ学院にあるはずだ。服はどうせ安物だし、いいだろう。このエプロン・ドレスは、趣味は悪いがいい生地を使っている。売れば金になる。
「ああ、モット伯。これはご忠告ですが、シエスタの家族に報復しようとしたり、私たちについて他言しようとしない方がいいかと。・・・・・・今度、彼女を止める自信は恥ずかしながら私にはありません」
「お、お前たちはッ、一体なんなんだッ!?」
 モットが息も絶え絶えにそう尋ねた。
 ルイズは後ろを振り向かず、一言だけ答える。
「パラベラム」
 それだけを告げたルイズは窓から飛び出し、シエスタもそれに続く。
 部屋には一人、モットだけが残された。銃声を聞きつけた衛士がモットの寝室のドアをノックしたのは、そのすぐ後のことだった。

   7

「ねぇ、シエスタ。あなたはどうして『賭け』に出ようと思ったの?」
「私は、私の認める以外の主に仕えたくなかった。それだけです」
「たとえ死んでも?」
「たとえ死んでも」
「困ったわね」
「困りましたね」
「使用人を一人、欲しがっている貴族がいるの」
「職を失った使用人が一人いるんです」
「正しいことを判断できて、主が道を誤った時は叱咤してくれるような使用人が欲しいらしいわ」
「正しいことを見据え、どこまでも誇り高く民の為に力を振るうような貴族に仕えたいらしいです」
「ねぇ、シエスタ?」
「なんでしょうか?」
「私、シエスタを雇いたいのだけど、どうかしら?」
「あら、偶然ですね。私もミス・ヴァリエールにお仕えしたいと思っていました」
「契約成立ね」
「契約成立ですね」
「これからよろしく。シエスタ」
「これからよろしくお願いします。ミス・ヴァリエール」

 二人のパラベラムが夜の森を疾走する。




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