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アノンの法則-20


空賊船に扮した『イーグル』号と、それに拿捕された『マリー・ガラント』号は、日の射さないアルビオン大陸の下側から回り、ニューカッスル城の地下に設けられた秘密の港へと到着した。
「ほほ、これはまた、大した戦果ですな。殿下」
ルイズたちと共にタラップを降りたウェールズを、背の高い老メイジが労う。
「喜べ、パリー。硫黄だ、硫黄!」
ウェールズがそう叫ぶと、迎えに集まった兵達が歓声をあげた。
「おお! 硫黄ですと! 火の秘薬ではござらぬか! これで我々の名誉も、守られるというものですな!」
「先の陛下よりおつかえして六十年……、こんな嬉しい日はありませぬぞ、殿下。反乱が起こってからは、苦渋を舐めっぱなしでありましたが、なに、これだけの硫黄があれば……」
老メイジに、ウェールズがにっこりと笑った。
「王家の誇りと名誉を、叛徒どもに示しつつ、敗北することができるだろう」
「栄光ある敗北ですな! この老骨、武者震いがいたしますぞ。して、ご報告なのですが、叛徒どもは明日の正午に、攻城を開始するとの旨、伝えて参りました。まったく、殿下が間に合って、よかったですわい」
「してみると間一髪とはまさにこのこと! 戦に間に合わぬは、これ武人の恥だからな!」
ウェールズたちは、自らの最後を心底楽しそうに話している。
洞窟の壁にびっしりと生えた光ゴケを物珍し気に削っていたアノンは、振り返ってウェールズを訝しげに見つめた。
彼は今、敗北、と言った。
この場合の敗北とはつまり、死ぬということだ。
自分が死ぬという話を、冗談でもなく楽しげに話すウェールズたちが、アノンは理解できなかった。
「して、その方たちは?」
パリーと呼ばれた老メイジが、ルイズたちを見て、ウェールズに尋ねる。
「トリステインからの大使殿だ。重要な用件で、王国に参られたのだ」
パリーは一瞬、疑問を感じた様だったが、すぐに微笑んだ。
「これはこれは大使殿。殿下の侍従を仰せつかっておりまする、パリーでございます。遠路はるばるようこそこのアルビオン王国へいらっしゃった。たいしたもてなしはできませぬが、今夜はささやかな祝宴が催されます。是非とも出席くださいませ」  

亡国最後の客人として招かれたルイズたち一行は、用意された城の一室で旅の疲れを癒した。
そして夜、ルイズとワルドはアンリエッタの手紙の件でウェールズの私室へ、アノンは手紙のことは二人に任せて、一足先にパーティー会場へと足を運んだ。
「大使殿のお連れの方! このワインを試されなされ! お国のものより上等と思いますぞ!」
「なに! いかん! そのようなものをお出ししたのでは、アルビオンの恥と申すもの! このハチミツが塗られた鳥を食してごらんなさい! うまくて、頬が落ちますぞ!」
「アルビオン万歳!」
華やかなホールで、最後まで王軍についてきた臣下たちが、次々にアノンに酒や料理を勧めては、最後に万歳を叫んで去っていく。
アノンは勧められるままに酒や料理を平らげつつ、最期の時を明日に控えながらも、明るく振る舞う者たちを不思議な気持ちで眺めていた。
ホールにウェールズが現れ、臣下たちから、歓声が上がった。
万歳の声が大きくなり、パーティーは賑やかさを増す。
「明日死ぬって言うのに、なんだってあんなに楽しそうなんだろ?」
「明日死ぬからこそ、ああも明るく振る舞っているのだ」
アノンの呟きに、いつの間にか隣にいたワルドが答えた。
「ああ、子爵様。手紙は返してもらえたんですか?」
「うむ。今はルイズが持っているはずだ」
これで任務の半分以上が終わった。後はトリステインまで帰るだけだ。
「ルイズは?」
「部屋にいる」
ルイズはパーティーには出ないつもりらしい。
ウェールズからアンリエッタの手紙を受け取る際、何かあったのだろうか。
不意にワルドが切り出した。
「君に言っておかねばならぬことがある」
「なんですか?」
「明日、僕とルイズはここで結婚式を挙げる」
アノンが、きょとんとして訪ねる。
「こんな時に、こんな所で?」
「是非とも、僕たちの婚姻の媒酌を、あの勇敢なウェールズ皇太子にお願いしたくなってね。皇太子も、快く引き受けてくれた。決戦の前に、僕たちは式を挙げる」
まだ、わからない、という顔をしているアノンに、ワルドが尋ねる。
「君は出席するかね?」
「えーと…まあ、使い魔ですから」
「……そうか」
そう言うと、ワルドはルイズを見てくる、と言い残し、ホールから出て行った。
そろそろ料理を勧めてくる者達もいなくなり、一人になったアノンは、なんとなく手持ち無沙汰にパーティーを眺めていると、そんなアノンを気遣ってか、臣下たちに囲まれて歓談していたウェールズが近寄ってきた。

「ラ・ヴァリエール嬢の使い魔の少年だね。しかし、人が使い魔とは珍しい。トリステインは変わった国だな」
ウェールズはそう笑った。
「トリステインでも珍しいですよ。使い魔に人が呼ばれたのはボクが初めてだとか」
「ほう! それはまた」
大げさに驚いてみせるウェールズを、アノンはじっと見つめた。
見つめ返すウェールズ。
「私の顔に何かついているかな?」
「なんで、戦うんですか?」
「なに?」
「勝ち目がないなら、逃げればいい。それをわざわざ死にに行くなんて」
「案じてくれてるのか! 私たちを! 君は優しい少年だな」
「いや、別にそういうわけじゃ…。ただ、わからなくて。ウェールズ様たちがなんで戦うのか。なんで死ぬってわかってて、そんな風に笑っているのか。ウェールズ様は死ぬために戦うんですか?」
その言葉に、ウェールズは微笑む。
「私だって、死にたくなどないよ。王族だって、貴族だって、死ぬのは怖い」
「じゃあ、どうして?」
「守るべきものがあるからだ。守るべきものの大きさが、死の恐怖を忘れさせてくれるのだ」
「守るってなにを? 貴族は名誉とか誇りが好きらしいけど。貴族ってそんなもののために生きてるんですか?」
ウェールズは堪えきれないように、声を出して笑った。
「君はずいぶんとはっきりとものを言うのだね」
それから、遠くを見るような目で、語り始めた。
「我々の敵である貴族派『レコン・キスタ』は、ハルケギニアを統一しようとしている。『聖地』を取り戻すという、理想を掲げてな。理想を掲げるのはよい。
しかし、あやつらはそのために流されるであろう民草の血のことを考えぬ。荒廃するであろう、国土のことを考えぬ」
「民のために戦うって言うんですか? でも、勝てないのなら意味がない。それこそ犬死じゃないか」
「いや、我らは勝てずとも、せめて勇気と名誉の片鱗を貴族派に見せつけ、ハルケギニアの王家たちは弱敵ではないことを示さねばならぬ。やつらがそれで、『統一』と『聖地の回復』などという野望を捨てるとも思えぬが、それでも我らは勇気を示さねばならぬ」
「どうして?」
ウェールズは、毅然として、言い放った。
「簡単だ、それは我らの義務なのだ。王家に生まれたものの義務なのだ。内憂を払えなかった王家に、最後に課せられた義務なのだ」
「……本当に、逃げようとは思わないんですか? 逃げる場所だって、ありそうなものなのに」
ウェールズは何かを思い出すように、微笑んで言った。
「私がトリステインへ……アンリエッタの国に亡命しても、貴族派が攻め入る格好の口実を与えるだけだ。愛するがゆえに、知らぬ振りをせねばならぬときがあるのだよ」
ウェールズは本当に、明日ここで死ぬつもりだ。きっと誰に何を言われても、それを翻すことはないだろう。
ウェールズはアノンの肩をつかんで、真っ直ぐに目を見つめた。
「今言ったことは、アンリエッタには告げないでくれたまえ。いらぬ心労は、美貌を害するからな。彼女は可憐な花のようだ。君もそう思うだろう?」
少しおどけたような文句をはさんでも、なお強いウェールズの口調。
「アルビオン王国最後の客人である君に、お願いしたい」
ウェールズは目をつむって、
「一言だけ、アンリエッタにはこう伝えてくれ。ウェールズは、勇敢に戦い、勇敢に死んでいったと」
そう言うとウェールズは、再び座の中心に入っていった。
その背を見送るアノンの胸には、何かもやもやしたものが残った。
アノンは、使い魔として生活する中で、多少の心境の変化はあったものの、それでも、自分が生きるために他を切り捨てることは当然だと考えていた。
だから、アノンにはウェールズがわからない。
ウェールズが胸に秘めた、その『想い』がわからない。
ただ――ココにも植木くんに似たひとがいた、と思った。




アノンが部屋に入ると、ルイズは開け放った窓から月を見上げ、一人泣いていた。
ルイズはアノンに気づくと、慌てて袖で目頭をぬぐった。
だが、その目からはすぐに涙が零れだす。
確かルイズは明日、結婚式を挙げるのではなかったか。
なら、もっと晴れやかな顔をしていてもいいはずだ。
「なんで泣いてるの?」
ルイズはふらりとアノンに近寄り、その胸に顔をうずめた。
「ルイズ? どうかしたの?」
その意図が読めず、アノンは尋ねた。
「いやだわ……、あの人たち……、どうして、どうして死を選ぶの? わけわかんない。姫さまが逃げてって言ってるのに……、恋人が逃げてって言ってるのに、どうしてウェールズ皇太子は死を選ぶの?」
明日に決戦を控えたウェールズたちのことについて、考えていたらしい。
ルイズはアノンの体を抱きしめて、肩を震わせる。
「大切なものを守るためだって言ってたよ」
「なによそれ。愛する人より、大事なものがこの世にあるっていうの?」
「キミがよく言ってる、名誉とか誇りって言うのはどうなんだい? ウェールズ様もレコン・キスタに、勇気と名誉の片鱗を見せ付けるって言ってたよ。それが王族の義務なんだって」
ルイズは顔を上げて、アノンをみた。
「名誉も…誇りも大事よ。王族の義務だって言うのもわかるわ。でも、姫さまに…恋人に助かってほしいって、また会いたいって…言われて…なんで……」
ルイズはまたアノンの胸に顔を押し付けた。
「もう説得に応じる風でもなかったし、キミは姫様に手紙を届けることだけ考えてればいいじゃないか」
「……早く帰りたい。トリステインに帰りたいわ。この国嫌い。イヤな人たちと、お馬鹿さんでいっぱい。誰も彼も、自分のことしか考えてない。あの王子さまもそうよ。残される人たちのことなんて、どうでもいいんだわ」
たぶん、違う。
アノンは思った。
ウェールズは、自分以外のために命を賭けられる人だ。
彼がどうして“そう”なのかは、アノンにはわからない。
だが、彼が植木と同じように、他の誰かのために死のうとしていることだけはわかった。
「ねえ、あんたにはいないの?」
アノンから離れて、涙を拭ったルイズが、赤い目でアノンを見つめた。
「あんた、初めて会った日に言ったわよね。帰ってやらなくちゃいけないことはないって。でも、会いたい人はいないの? 家族とか友達とか…あんたには、そういう大事な人はいないの?」
そう尋ねられて、アノンは考え込んでしまった。
自分にとって家族といえば、父親だけだ。だが、彼が大事な人かと聞かれたら、どうだろうか。
幼い頃から、大人しく従っているように見せて、内心彼の言う守人の一族代々の使命など果たす気は毛頭無く、最後には裏切った相手だ。
では、友達は――バロウチーム?
神を決める闘いにおいて、自分の駒として味方に取り込んだ、人間界に落とされた天界人たち。
彼らは、違う。
彼らは利用していただけだ。できもしない約束と偽りの目的で騙し、都合のいいように使っていただけ。
仲間ですらなかった。
――自分は一人だったのだ。
アノンはうっすらと、自分がウェールズたちを理解できない理由が、見えた気がした。
「いない…かな」
しばらく考え、アノンは答えた。
「いないの? 一人も?」
ルイズが驚いたように尋ねる。
「そうだね。ボクは、ずっと一人だったんだ……」
言葉にしてみると、なぜだか少しだけ、胸が苦しくなった。




『レコン・キスタ』が通告してきた決戦当日の早朝、アノンは昨夜パーティーが開かれたホールで、ワルドを待っていた。
「式を挙げる前に、君に話しておかねばならないことがある」
そうワルドに呼び出されたのだ。
王党派の貴族達は、すでに戦の準備に入っており、もうここに来ることはないだろう。
昨晩とは違い、誰もいないホールは静かなものだった。
「愛しているからこそ、知らぬふりをしなくてはならないときがある、か……」
背中のデルフリンガーが呟いた。
「なに?」
「いやね、あの皇太子様さ。あの姫様の手紙には、トリステインに亡命して下さいってあったに違いねえ。だけど、愛する姫のためには、亡命なんて出来ねえのさ」
「ウェールズ様、義務のためだって昨日言ってたけど?」
「そりゃ建前さ。いや、確かにそういう気持ちもあるんだろうよ。だけど、一番の理由は違うね」
「へえ?」
「王子様も言ってたろ? 『トリステインに亡命しても、貴族派が攻め入る格好の口実を与えるだけだ』ってよ」
デルフリンガーはしみじみと言った。
「愛する者のためには、自分はここで名誉を守って、討ち死にするしかねえのさ」
「ふーん」
わかったのかわかっていないのか。アノンは適当に相槌を打った。
そんな風にデルフと話していると、扉が開いてワルドが現れた。
「やあ、使い魔君」
「ああ、子爵様」
後ろ手に扉を閉め、ワルドは人のいい笑みで歩み寄ってくる。
「それで、話ってなんですか?」
「ああ、そのことなんだが…」
アノンの前まで来て、ワルドが言いよどんだ。
「その、少々言いにくいことなんだ……」
そう言って、ワルドはアノンに背を向ける。
「子爵様?」
アノンが不思議に思って、数歩近づいた時――。
突如マントを翻したワルドが、振り向きざまに杖剣を抜き、アノンの顔面に突きを放った。
「なッ!?」
手合わせのときとは違う、明らかに殺意の篭った攻撃。
辛うじてかわしたアノンの頬を、杖が薄く切り裂いた。
「子爵さ…!」
ワルドが自分を殺そうとする理由がわからず、アノンは一瞬戸惑う。
(まさか、裏切り!?)
濃密な殺意に、アノンはワルドが自分達を裏切ったのだと思い至る。
だが、背中に伸ばした手がデルフリンガーを掴む前に、ワルドの高速詠唱が完成した。
「『ウインド・ブレイク!』」
突風をもろに受け、アノンは壁に叩きつけられた。
背中を強く打ち、一瞬息が止まる。
ドン、という衝撃が、アノンを襲った。
視線を胸元に落すと、ワルドの杖剣から伸びた『ブレイド』の刃が、アノンの胸を貫いていた。
「し、子爵……」
ごぼっとアノンの口から、鮮血が溢れた。
「君とはここでお別れだな」
『ブレイド』の刃が消滅し、アノンはその場に倒れこむ。
流れ出した血が、上質な絨毯に吸い込まれ、黒い染みが広がっていく。
「これで、最大の邪魔者は片付いた」
杖の血を拭い、倒れたアノンにワルドは一言、
「さようなら、『ガンダールヴ』」
と言って、その場を後にした。



「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。汝は始祖ブリミルの名において、この者を敬い、愛し、そして妻とすることを誓いますか」
「誓います」
礼服に身を包んだウェールズとワルドの声を、ルイズはぼんやりと聞いていた。
今ルイズはワルドに言われるままに、ウェールズの媒酌のもと、礼拝堂で結婚式を挙げている。
式の前、ワルドに、アノンは『イーグル号』で先に帰る、と聞かされ、ルイズは、ああそうか、と思った。
アノンは孤独だ。自分が、この世界に連れてきてしまったから。
アノンは、元の世界でも一人だった、と言った。
だが、『別の世界』よりは、まだ救いがあったのではないだろうか。
自分は、ただでさえ孤独だった少年を、異世界と言う、絶対的な孤独の地獄に突き落としてしまったのだ。
なのに、自分はそれを詫びるどころか、アノンを使い魔として扱い、本人にその意思がないのをいいことに、送り還す方法を探すことすらしていない。
実際、昨日の夜まで、アノンの家族や友人のことなど、考えもしなかった。
――愛想を尽かされたって、仕方ない。
死を覚悟した男達の空気にあてられて酷く落ち込んだルイズは、自己嫌悪と悲観的な思考に埋もれ、自暴自棄になっていた。

「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール……」
自分の名を呼ばれ、我に返るルイズ。それと同時に、急に結婚式の最中であるという実感が湧いてきた。
落ち込んだ気持ちのまま流されていたが、自分は今から結婚するのだ。
憧れていた、頼もしいワルド。親同士がが交わした、結婚の約束。幼いながらに、想像していた未来。
それが今、現実のものになろうとしている。
好きなはずのワルドとの結婚。彼はきっと自分を幸せにしてくれるだろう。
なのに、ルイズの気持ちは重く沈んでいる。
ふと、ルイズは思った。
(私、本当にこのまま結婚してもいいの?)
結婚したら、恐らく自分は学院をやめ、ヴァリエールの実家に帰ることになる。
(そうしたら、アノンは?)
結婚すれば、使い魔とはいえ、男をそばに置いておく事などできない。
(アノンは……一人ぼっちに?)
悲観と自棄で曇った頭が、はっきりしてくる。
この世界で、アノンとつながりがあるのは自分だけだ。
アノンを孤独にしたのが自分なら、せめて自分だけでも彼のそばにいてやるべきではないのか。
『ボクは、ずっと一人だったんだ……』
昨日のアノンの言葉が蘇る。
今ワルドと結婚したら、アノンは、あの寂しい少年は、本当に一人ぼっちになってしまう。
やっぱり、結婚などできない。
「新婦?」
「ルイズ?」
ウェールズが不思議そうに呼びかけ、ワルドもルイズの顔を覗き込む。
ルイズは、首を振った。
「ごめんなさい、ワルド。私、あなたとは結婚できない」
ウェールズが驚いたように尋ねた。
「新婦は、この結婚を望まぬのか?」
「そのとおりでございます。お二方には、大変失礼をいたすことになりますが、私はこの結婚を望みません」
柔らかだったワルドの表情が変わる。ウェールズは、残念そうにワルドに告げた。
「子爵、誠にお気の毒だが、花嫁が望まぬ式をこれ以上続けるわけにはいかぬ」
しかし、ワルドはウェールズに見向きもしない。
「……緊張してるんだ。そうだろルイズ。君が、僕との結婚を拒むわけがない」
「ごめんなさい、ワルド。ずっと憧れていたわ。今回の旅だって、あなたはとても頼もしかった。でも…ダメなの」
ワルドが、ルイズの肩を強く掴んだ。
表情が、いつもの優しいものから、爬虫類じみた、固く冷たいものへと豹変する。
その表情とは裏腹に、熱い口調でワルドは叫んだ。
「世界だ、ルイズ。僕は世界を手に入れる! そのために君が必要なんだ!」
世界を手に入れる? 何を言っているのか分からない。
ルイズは熱く語るワルドに怯えながら、首を振った。
「……私、世界なんかいらないもの」
ワルドはさらにルイズに詰め寄り、手を握る。
「僕には君が必要なんだ! 君の能力が! 君の力が!」
「ワルド、あなた……」
ワルドの剣幕を見かねたウェールズが、割って入る。
「子爵……、君はフラれたのだ。いさぎよく……」
「黙っておれ!」
ワルドはウェールズを乱暴に押しのけた。
「ルイズ! 君の才能が僕には必要なんだ!」
「私は、そんな、才能のあるメイジじゃないわ」
「自分で気づいていないだけなんだよルイズ!」
強く握られた手が痛い。苦痛に顔をゆがめて、ルイズは言った。
「そんな結婚、死んでも嫌よ。あなた、私をちっとも愛してないじゃない。わかったわ、あなたが愛しているのは、あなたが私にあるという、在りもしない魔法の才能だけ。
 ひどいわ。そんな理由で結婚しようだなんて。こんな侮辱はないわ!」
ルイズはアノンとオスマンの話から、アノンが伝説の使い魔『ガンダールブ』であることは知っていたし、女神の杵亭では、ワルドからも話を聞かされた。
だが、そんな使い魔を持ったからと言って、自分まで伝説の存在であると考えるほど、ルイズは傲慢ではない。
コモン・スペルも使えない『ゼロ』のルイズ。
『ガンダールブ』の話も、どこかで、何かの間違いではないかと思っていた。
それなのに、ワルドはそんなおとぎ話から、自分を勘違いし、結婚しようと……。
ワルドは、これっぽちも自分を見てはいなかった。
それが悲しくて、悔しくて、ルイズはワルドの手を振りほどこうと暴れた。
ウェールズもワルドを引き離そうとしたが、今度は突き飛ばされる。
「うぬ、なんたる無礼! なんたる侮辱! 子爵、今すぐにラ・ヴァリエール嬢から手を離したまえ! さもなくば、我が魔法の刃が君を切り裂くぞ!」
ウェールズに杖を向けられ、ワルドはやっとルイズから手を離した。

「この旅で、君の気持ちをつかむために、随分努力したんだが……」
ワルドは、やれやれと頭を振った。
「こうなってはしかたない。ならば目的の一つは諦めよう」
「目的…?」
その言葉に、ルイズに嫌な予感が走る。
ワルドは口の端がつりあがった。
「そうだ。この旅における僕の目的は三つあった。その二つが達成できただけでも、よしとしなければな」
「達成? 二つ? どういうこと?」
信じたくない不安が、ルイズの中で膨れ上がる。
「まず一つは君だ。ルイズ。君を手に入れることだ。しかし、これは果たせないようだ」
「当然よ!」
「二つ目の目的は、ルイズ、君のポケットに入っている、アンリエッタの手紙だ」
姫さまの手紙――。
ルイズは不安が、現実のものとなったことを悟った。
「ワルド、あなた……!」
「そして三つ目……」
「! ウェールズ様!」
ルイズがとっさに叫び、ウェールズも呪文を唱えたが、それよりも早く、ウェールズの胸を青白く光る魔法の刃が貫いた。
「き、貴様……、『レコン・キスタ』……」
ウェールズの口から、鮮血が溢れる。
ワルドは『ブレイド』をウェールズの胸から引き抜いた。
「三つ目、貴様の命だ。ウェールズ」
ルイズは悲鳴のように叫んで、倒れたウェールズに駆け寄る。
「ウェールズ様! ウェールズ様!」
倒れたウェールズは動かない。明らかな致命傷だった。
最悪。最悪の事態。
「貴族派! あなた、アルビオンの貴族派だったのね! ワルド!」
ルイズは、わななきながら、怒鳴った。
「そうとも。いかにも僕は、アルビオンの貴族派『レコン・キスタ』の一員さ」
「どうして! トリステインの貴族であるあなたがどうして?」
「我々はハルケギニアの将来を憂い、国境を越えて繋がった貴族の連盟さ。我々に国境はない」
もう、彼は自分の知っているワルドではない。
ルイズは杖をワルドに向けようとしたが、腕を払われ、杖が床に転がった。
「あ……」
「無駄だ。わかるだろう?」
ワルドが冷たい目でルイズを見下ろす。
「た、助けて……」
震えながら、ルイズは後ずさる。
「……アノン」
絶望の中、口をついて出たのは、使い魔の名前だった。



ワルドは、ふっと笑って、残酷な事実を告げた。
「残念だが、ルイズ。彼はここには来ない。先に帰ったからではないよ。ここに来る前に、僕が殺しておいたからだ」
「え……?」
「一番の不確定要素は、君の使い魔だった。彼は使い魔にしては、あまり君に従順と言う風でもなかったし、戦闘能力においても、侮れないものを持っていた」
――アノンが、死んだ?
ルイズの足から力が抜け、その場にへたり込んでしまう。
「だから、大事を取って始末した」
ルイズの目から、涙がこぼれた。
勝手に召喚して、労うこともせず、この任務にも当然のように連れてきて――死なせてしまった。
ワルドが杖を振った。『ウインド・ブレイク』が、ルイズの体を紙切れのように吹き飛ばす。
床を転がり、壁に叩きつけられて、ルイズは涙を流しながら、呻くように呟いた。
「アノン…私の、せいで……」
「言うことを聞かぬ小鳥は、首を捻るしかないだろう? なあ、ルイズ」
ワルドが『ライトニング・クラウド』の詠唱を始める。
「残念だよ……。この手で、君の命を奪わねばならないとは……」
形だけの言葉を吐いて、ワルドが杖を振ろうとしたその時、
「『ジャベリン』!」
礼拝堂の扉を、氷の槍が突き破った。



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