あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロ達の沈黙



 シルクに包まれた長卓、その中央には季節を迎えた花が瓶に活けられ、白亜の食卓に彩
りを添えている。並べられた食器は四組。ホストが一人、ゲストは三人だ。
 既に晩餐は佳境を終え、静かな食後の一服を愉しむ時間を迎えていた。皿の上には梨を
香草と蜂蜜で煮た質素ながら手の込まれたデザートが配られ、ワインはセラーから厳選し
た赤を供することにした。渋味が梨の甘さと調和する事を料理を用意した人物は確信して
いた。
 ホストは従者の、いや使い魔の用意した料理の数々にすっかり満足していた。
「タルブの35年物なんてなかなか飲めないけれど、地物は地元で飲むに限るわね」
 深い緋色の髪と褐色の肌を持つ彼女は、舌に渋味を僅かに残したまま梨の欠片を口に運
ぶ。その組み合わせに年相応に頬がほころんだ。
「でも、タバサには少し量が少なかったかもしれないわね」
「そんなことはない。とても興味深い料理だった」
「だそうよ。良かったわね?」
 皺を刻みながら内からにじむ活力が、若々しさを与えている顔を柔和に微笑ませ、彼は
カートの上でカクテルを準備する。
 そんな和やかな中、ゲストの内二人が神妙な顔つきでワインを口に運んでいた。
 チェリーブロンドの少女は彼へ好奇心と羨望を混在させた視線を盗み見るたびに投げ、
その後すぐ口にワインを運んで渋味に軽く唸った。
「お子様なルイズにはその赤はまだ早かったかしらね」
「そんなんじゃないわよ。変わった使い魔を引いたからって調子に乗らないで」
 梨の一欠をフォークで刺し、ジャクジャクと咀嚼してルイズは黙った。自分の使い魔で
は逆立ちしたってこんな料理の数々を用意することはできないだろう。この食卓にしても
そうだ。部屋置きの家具のはずなのに、敷かれたテーブルクロスと置かれた花瓶の調和で
シンプルだが美々しく飾られて一流レストラン並みの品格が生まれている。食器だって食堂で
普段見慣れているものとは違うし、一体どこから調達したのだろう。
 一方、金髪を後ろに撫でつけカールさせている少女は虚空に視線を漂わせながら何事か
に思いを馳せているようだった。
「ねぇキュルケ、メインで出してくれたチャップは一体何の肉だったの?」
「さっきからそんなこと考えてたの?モンモランシー」
「これでも水のメイジだもの、舌先の感度にはちょっと自信があったのに、いくら考えても
全然分かんないんだもの」
 モンモランシーはそう言ってグラスに残ったワインを干した。見れば全員のグラスが空
になっている。
 彼は二の杯を配った。これまた見慣れないデザインのグラスに、綺麗な色のカクテルが
注がれて目の前に置かれる。見れば四人とも色が違う。
「皆様の御髪の色に合わせて作らせてもらいました」
 やや高い彼の声がゆっくり紡がれた。こういう凝った趣向を貴族は好む。
「今日の夕食は何から何まで面白い事ばかりで楽しくなっちゃうわ。あのギーシュに舐め
られたままなのがまったく気に食わないけれど……なんていうと、貴方に失礼かしら、モンモランシー」
「別にいいわよ、あんな浮気者」
 カクテルを舐めてモンモランシーは昼間のやりとりを思い出すのだった。

 そもそもの始まりはキュルケが奇妙な使い魔を召喚したところから始まる。それは身な
りの小奇麗な初老の男だった。
 自らをフェルと名乗ったその男は、はじめキュルケとのコミュニケーションを何も取ろ
うとしない黙然とした態度を取っていたという。
 だがある日、キュルケが自室に戻ってみるとフェルがそこに置いてあった自身の竪琴を
弾いていたのである。
 上手ね、と何気なく声をかけると、彼は曲調の異なる調べを返して答えたという。

 音楽の才を見せただけであれば凡庸な平民の域をでなかっただろうが、ある日食堂へ連
れて行った時の行動が周囲を驚かせた。
 彼は入るなりゆっくりと目を瞑り鼻をつき出して空気を嗅いだ。その後一直線に厨房へ
と歩いて行き、料理長のマルトーに向かって仔細な食材と調味料の名前を言い連ねてから、
こう言った。
「あと一つ、酸味の強いアルコールが入っているはずだが、それが何か教えてもらえるだ
ろうか」
 こと料理に際しては貴族の歴々の前であっても膝を折らないマルトーがそのやりとりで
フェル老人に頭を垂らしてしまっていた。
 彼は漂う香気からその日のディナーに出すメニューの材料を当てていたのだった。

 その後、マルトーはキュルケの承諾の元、フェル老人に厨房で働いてもらう事にした。
 フェル老人はその体躯からは意外なほど精力的な料理の手腕を披露し、マルトーは彼と
友誼を結ぶ事に成功したのである。
 ただ、以上の様に学園に居場所を作ったフェル老人だが、いくつかの奇癖を持っていた。
 そのひとつは、ランチの後など特定の時間になると食堂の隅に立ち、テーブルを囲む生
徒達のやりとりや、教師らの振る舞いをじっと注視するというものだった。

 ある日の出来事も、その奇癖から端を発する。

 その日、テーブルの一角を陣取っていたのは、二年生青銅のギーシュと、その取り巻き
だった。フェル老人は彼らを一瞥しただけで見はしなかった。彼が目を注いでいたのはそ
の奥で友人とケーキをつまみながら談笑する少女達だった。
 しかし、足先に何かが当たる感触を得て、フェル老人はつま先が小さな瓶を蹴ったこと
を知った。
 それは薄紫色の液体の入った本当に小さな瓶だった。彼はその口を締めるコルクに鼻
を当ててゆっくりと息を吸った。
 それから、足を少女達へと向けた。床を叩く足音は小さく、周囲の人は彼が近くを通る
のを認識できなかった。足音は一人の少女の前で止まった。
「お嬢様、こちらの物を落とされたのでは?」
 洗いざらしの木綿のハンケチーフで表面を拭われた小瓶をそっと机に置いて、フェル老
人は傍から離れた。
 彼はその後、奇癖を満足させたのか厨房へと戻ろうとしていた。だが、厨房の扉を開け
ようと伸ばした腕が誰かに掴まれ、彼は止まった。
「君、ちょっと待ちたまえ」
 素直にフェル老人は振り向いた。
「何か御用ですか」
「君がモンモランシーに香水瓶を渡したのかね」
 要点を削った問いかけに、僅かに首を傾いでから、老人は優雅に頭を垂れた。
「そこのお嬢様に落し物をお渡ししました。……もうお部屋に帰られたようですが」
「あれは彼女が僕に渡してくれたものなんだ。先程彼女から平手をもらったよ。人の贈り
物を何だと思っているのかってね」
 再び要点の少ない言葉に、この少年は自分に何を期待しているのかと、フェル老人は思
った。
 そんな時に、彼の奇癖として白い前歯を爪先でコツコツ、と叩く癖を見せる。マルトー
曰く、あれは多分何かを考えている時の仕草なんだろうな、という。
 すると突然、少年は大仰に手を振り仰いで食堂へ振り返った。
「キュルケ!君の使い魔らしいご老人は随分と耄碌しているらしいな!貴族に恥をかかせ
て謝りもしないとは」
 それを聞いて彼はやっと理解した。この少年は自分が贈り物を粗雑に扱ったことで送り
主の機嫌を損ねた事を自分の責任だと考えているのだ。
 キュルケは養豚場で明日には精肉店に並ぶ豚を見るような眼で少年を見返した。
「恋人のプレゼントを落とすような奴が悪いのよ。人の使い魔に当たらないでちょうだい」
 濁りきった表情で少年はフェル老人に向き直った。
「さぁ、君の主人は野蛮なゲルマニア人であるからあのような事を言っているが、君はど
うおもうかね。貴族に恥をかかせた平民は杖を抜かれても文句は言えないのは世の習いと
いうものだ。そうだろう?」
 フェル老人は歯を叩いていた爪をエプロンで拭いて少年の目をじっと見返した。
 赤く光る瞳の炎が虹彩の中で己を燃やしているのが見えて少年は一瞬怯んだ。
 しかし次の瞬間に、老人は背中を丸めて深く深く頭を垂れることにした。
「ふふん。恐怖で言葉も出ないと見える。安心したまえ御老体、僕は平民をいたぶる趣味
は無いんだ」
 一人納得して少年――青銅のギーシュは食堂を後にした。

 そんな出来事があってから、そろそろ五日になる。
 その翌日からギーシュの姿は誰の目にも見られていない。さほど品行の良い生徒とは言
えないギーシュは授業に出てこない日があっても誰も咎めなかったし、誰も探しに行こう
とはしなかった。
 ただモンモランシーだけは、心の奥底で好いた少年の行方を気に掛けていた。寮の部屋
を開けてももぬけの殻だったから、どこかへ外出しているのかもしれないけれど……。
 二の杯を干したルイズとタバサは一足先に部屋へ帰っていき、室内には食器を片づける
フェル老人を除けば二人きりであった。
「ねぇフェル、メインディッシュに出してくれたチャップ、一体何の肉だったの?鶏では
無かったし、牛豚とも違うし、羊に近いかなと思ったけど、ちょっと違うような気がする
わ」
 カートへ集めた食器を崩れないように重ねながらフェル老人は答えた。
「三日ほど根菜と香草のスープで塊のまま煮込み、歯切れと臭み抜きが十分出来たものを
チャップに仕上げたものです。言えることは、それだけの手間をかけて食べていただきた
い食材だということです」
 フェルと会話をすることが出来るようになったキュルケは、この老人は実はすごい学識
を持った人物ではないかな、などと夢想する瞬間が時たま訪れるのを知った。それほどフ
ェルは彼女の知る平民らしからぬ素振りを時にする。その素振りはむしろ老貴族の紳士の
振る舞いに似ていた。
「……部屋に戻るわ」
 なんだか老人の声音が不愉快に聞こえたモンモランシーは席を立った。キュルケには晩
餐の招待を感謝する礼をして部屋を出る。
 その後ろ姿を赤く燃える瞳でフェル老人は捉えていた。

 古びた時計が深夜の時刻を告げる。既に起きている者はいない。
 学院敷地内にある食糧倉庫に灯りが灯っている。
 開けられた扉から、麻で織られた袋――元は小麦が入っていたのだろう――を抱えて
フェルは出て来た。
 『フェル』とこの学院で名乗っている男は納屋から出した猫車に麻袋を乗せ、それを
押しながら学院の敷地から少し離れた場所にある森へと入った。
 灯りは手元にあるランタンだけ。だが、男にはその明りだけで十分だった。腐葉土の柔
らかい踏み心地は目的地を覚えている。
 道の起伏で猫車が揺れる。袋の中身は身じろぎもせず、冷たくなっている。彼が四日前
に仕留め、目的の部位を切り取ってからは丹念に血抜きを施してあるから、冷たい倉庫の
中でも腐らずにいた。
 森の中に穴が開いている。人為的に掘られたものではなかった。男はそれがモグラ目の
巣穴にとてもよく似ているのを知っている。まだ文法を把握し切れているわけではないが、
図書室に潜り込んで目を通した図鑑には人ほどの大きさがあるモグラの絵が描かれていた。
 既に穴の深さは測ってある。おおよそ一〇メートルほどはあった。彼はそこにずっしり
と重い袋を落とした。
 穴の壁を擦る音を残して、袋の姿はすぐに見えなくなった。
 自分の仕事に満足して、彼は学院へと帰って行った。

 晩餐会から三日後、森歩きをしていた黒髪のメイドが藪の中でフリルの着いた男物のシ
ャツ、学院生徒用のマント、そして青銅で出来た造花が一纏めにされて棄てられているの
を発見した。
 教師達がそれらを検分した時、その持ち主が大量に出血したことが分かった。
 ギーシュ・ド・グラモンは現在、グラモン家主導の下大規模な捜索がなされている。が、
その行方は遥として知れない。
 その知らせを聞いたモンモランシーは、激しく心身を衰弱させて療養のために休学して
しまった。
 もし、あのチャップの肉が恋人の背中から切り取ったものだと知ったら、彼女はどうな
ってしまうのだろう。一瞬だけ、彼はそのような疑問を感じた。しかし、今は夕食に出す
スープの仕込み中だ。火の加減には意識を振り分けておかねばならない。
 そして彼は、火の加減に意識を振り分けたまま、雅美絢爛たる記憶の宮殿に籠り、新し
く加えているハルケギニアの部屋を彩る事にした……。

 end……?



「羊たちの沈黙」シリーズよりハンニバル・レクターを召喚

新着情報

取得中です。