あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロのロリカード-62

「もう・・・・・・30年にも、なるのねぇ」
ルイズはしみじみと呟いた。思い返せば光陰矢の如し。

 ジョゼフの死。ガリア国内の混乱。タバサの女王即位。タバサの母の心の治癒。
重体で寝たきりになったヴィットーリオ教皇が語った、滅亡の精霊石とハルケギニアの危機。
新たな虚無の担い手であるタバサの生き別れた妹。エルフ達との交渉。

 容易には語り尽くせないほど――――――本当に様々なことがあった。
苦難も多かったものの、それら全てを踏破し、乗り越えてきた。
そして今がある。世界全体が落ち着いてきて、平和な日々が送られつつある。

「そうさな、存外に時間が掛かったものよ」
アーカードも同意する。生まれてからもう600年ほどは経つだろうか。
そんな長い長い人生の中の僅か1/20。ハルケギニアへと召喚されてからほんの30年。
だがそれは最も激動と言える、密度の高い、充実した時間であった。

「相棒とも、随分と長い付き合いになっちまったなあ」
千年単位で生きるデルフリンガーにとって、使い手である人間に使われる時間は短い。
粗雑に扱われることもあったが、それでもアーカードとの時間は楽しいものであった。
そしてそんな付き合いは・・・・・・これからも長く続いていくだろう。


 人間と吸血鬼と剣。傍から見ればおかしな組み合わせで思い出話に花を咲かせる。
一夜を通して語り続け、既に空も白み始めていた。

「この間なんか鏡を見たら、小ジワがあってショックだったわ。その点吸血鬼はいいわよね」
「ははっ、なんだったら血でも吸おうか?」
「そうねぇ・・・・・・、それもいいかも知れないわね」

 アーカードとルイズは微笑み合う。冗談の言い合いも慣れたもの。

「・・・・・・さて、と。それじゃ私はそろそろ行くとしよう」
アーカードは窓の外を見ながら、少し散歩にでも出てくるような調子で言った。
「えぇ、それじゃ・・・・・・また」
それに対しルイズは、非常に穏やかな心地で答えた。

「あぁ、またな」
アーカードが簡単に別れの挨拶を告げ、部屋から出て行く。

 ほんのそれだけで二人の別れの儀式は終わり。
それにアーカードが言うには――――――しばしのお別れ。

「いってらっしゃい、伯爵」


 城の中庭に出ると、待ち構えていたように風韻竜が降りて来る。
「時間ピッタリ」
竜の背中に乗ったから青髪の女性が長髪を靡かせて言う。

「わざわざ出向いてもらってすまんな。シャルロット、シルフィード。」
アーカードは重力のくびきを感じさせない軽やかさで地面を蹴り、ふわりとシルフィードの上に乗った。
同時にシルフィードは一度だけ嘶くと、空へと飛び上がる。

「別に構わない、丁度良い気分転換にもなるし。それと・・・・・・」
シャルロットはアーカードの言葉を聞き咎める。

「私はタバサで良いって何度言ったらわかるの?」
元は人形の名。復讐を誓い、騎士の称号を得た時にシャルロットの名を捨て、タバサを名乗った。
今は正式にシャルロットへと戻しているが、昔馴染みの友相手にはタバサの方が良かった。

「ははっ、許せタバサ。上に立つ者の責務を忘れんが為にもな」
「国へ戻れば嫌でも言われるし、こういう時くらいは昔の名が良いわ」
タバサは嘆息を吐きつつ、続ける。

「でも・・・・・・そろそろ、正式に王位を譲って隠居したい気分」
「それはいいのね。それでシルフィと一緒に、こうして日がな一日空の散歩するがいいのね」
ガリアも落ち着き、昔以上に豊かになってきている。
もう自分の役目は十分に果たしたと言っても良い。

「世継ぎは?」
「妹の子がいる」
「ふむ、あの月目の小僧との子か」
アーカードは思い出しながら言う。

「小僧、ね。あれほどの才覚で成り上がったと言うのに・・・・・・まっ貴方からすればみんな子供か」
「んむ。お前達はまだまだ若輩よ」
タバサは「ふふっ」と笑う。
アーカードからすれば、例え100歳の老人でも子供なのだろう。

「にしても、上に立つにはまだ若いのではないか?」
確かまだ20歳ちょっとくらいと記憶していた。
ガリアの頂点に立つにしては、まだまだ足りないだろう。

「私が女王になった時はもっと若かった。ガリアが荒れたから仕方なかった部分もあったけれど。
 それにまだまだ現役で頑張っているアンリエッタ女王陛下も、当時若くして王になったでしょ。
 確かに不安はあるけれど、ジョゼットもジュリオもいる。イザベラも補佐するだろうし、大丈夫だと思う」

「まぁ私も昔は若くして王になったし、そんなものか」
尤もその時は、大して経ずに王座から転落したが・・・・・・。

  「・・・・・・えっと確か、トリスタニアに寄るんだった?」
「んむ」
「ちゃんと向かってるのね。全く、近頃のお姉さまは忘れっぽいのね、シルフィとの約束もよく忘れるのね」

 タバサは心外だとばかりに、半眼になる。
「別に、一応確認しただけ。・・・・・・それにそもそも、シルフィードとは約束した覚えもない」
「お姉さまは昔っからいつもそうなのね。でももう慣れたものなのね」

「ふっ、心労か?」
「だから違う。ま・・・・・・心労があるのは否定しないけど」
元々王という立場は自分に向いていない。
平和になった今でも、女王という地位は堅苦っしくてかなわない。
自分できちんと見聞きし考え、判断を下すという気質の所為で余計な苦労をしたものだった。

「それで、さっさと隠居したいわけか」
「・・・・・・否定はしない」
「隠居して、本読み三昧か?」
「もちろん」
タバサの根っこの部分は変わっていない。
女王になってからは、空いた時間も殆ど学術書ばかりを読み漁っていた。
引退すれば何の気兼ねをすることもなく、自由に本を読める。

「まっ機会があれば、私の世界の本を持ってきてやろう。・・・・・・尤も読む為には、文字を覚えねばならんがの」

「それくらいは問題ない。むしろその程度で色々な本を読めるなら願ったり叶ったり。
 他の世界の読書をしながら余生を過ごせるなんて最高。・・・・・・それで、どんな本を持ってきてくれるの?」

「そうさなぁ、さしあたって・・・・・・」
アーカードは少し考えると、含み笑いを込めて言った。

「"ブラム・ストーカー"をおすすめしようか」



 トリスタニア王宮で、アーカードはアンリエッタ女王陛下と謁見する。
外交上の問題として非公式での訪問になる為、現ガリア王であるタバサとシルフィードは外で待っていた。

「朝早くからすまんの」
「いえ、お気になさらず。・・・・・・それにしても、あなた"も"本当に変わりませんね」
久し振りにアーカードの顔を見て、溜息を吐くようにアンリエッタは言った。
時間を空けて会うからこそ、認識させられる現実。

「アニエスもそうですが、吸血鬼というものが時折羨ましく思います」
そう言いながら、アンリエッタは従者へと視線を移す。
常に一緒だから普段は気にしないものの、アニエスはずっと変わらぬ姿で仕えてくれている。

 女であれば一度は思う、永遠の美。いつまでも美しくありたいという願望。
不老不死の化物はそれを可能とする禁断の果実。
それを享受したいとまでは思わないが、時の流れに移ろわず囚われないことに憧れるのもまた事実。

「フッ、貴方は30年前の様なおてんばのままだ、お嬢さん」
アーカードは素直に、嘘のない言葉を紡ぐ。
「貴方は今こそが確実に美しく、そしてこれからも一層美しくなるのだよ、女王」
姿形など瑣末なこと。気高き精神を備えた人間は、例外なく美しく素晴らしい。

「ふふっ、そうですか。あなたが言うのなら・・・・・・そうなのでしょうね」


 軽い挨拶がわりの話を終えたところで、アンリエッタは本題へと入る。
「それで・・・・・・今日は何か、用件があると伺いましたが?」
アーカードから改まっての用向き。
ただ話したいとかであれば、食事でも用意させるところであるし。
時間の都合に関しても、強引にだってつけるところだった。
だが、正式な手続きの上での謁見の申し出だったのである。

「陛下から授かっていた騎士の称号。これを返上したいと存じます」
アーカードはそれまでの態度とは打って変わってかしこまると、シュヴァリエのマントを差し出す。
「はぁ・・・・・・何故でしょうか」
アンリエッタは首を傾げる。
持っていて困るものでもないし、アーカードが突然言うからには何かしら理由があるのだろう。

「んむ、何かしら便利だろうと思って今まではありがたく頂戴していたがの。
 一代限りのシュヴァリエの名を、不老の化物である私がずっと持っているのはマズかろう。
 私が死なぬ限り年金を払い続けねばならん。つまりこの国が滅びるまで、払い続けねばならんことになる」

 アーカードはまた普段の調子に戻ると、冗談交じりにそう言った。
実際的にはアニエスにしろ、途中で何がしかの措置があるだろうが、その手間を一つ省くというもの。
今の内に返してしまえば、後々に至って余計な手続きをしなくて済む。

「それに元々私はただの走狗に過ぎん。まっ、領地と伯爵位の方はありがたく貰って置くがの」
いずれは国へと返すか、ラ・ヴァリエール家にでも譲渡することになろうが、まだそれは早い。
少なくとも見知った人物が死に切るまでの間は、帰るべき家は残しておきたいし、実際にルイズも城に残っている。

「なるほど、そういうことでしたら・・・・・・わかりました」
アンリエッタは納得して、アーカードからシュヴァリエのマントを受け取る。
「これから暇ですか?」
アンリエッタはアーカードに尋ねる。
折角だからと、このまま一緒に食事でもしたかった。

「いや、これから所用がある。それに人を待たせているのでな」
「・・・・・・そうですか、ではまた日を改めて」
「んむ、それじゃ失礼する」


 アーカードは踵を返して歩きながら、アニエスへと念話を送る。

(これからも女王に良く仕えるようにの)
(・・・・・・?はぁ・・・・・・まぁ、昔からそうしていますが)
アニエスは心の中で疑問符を浮かべた。何故わざわざそんなことを言ったのか。
まるでこれから死に逝く者が告げる言葉のような・・・・・・そんな雰囲気を感じ取る。

(これから何か・・・・・・あるのですか?マスター)
アーカードは歩みを止めることなく、念話を返す。
(ん~・・・・・・そうさのう、お前に知ってもらっておけば便利かもな)
(一体何でしょうか)
(血族たるお前は、私の存在を知覚出来るだろう?もしも私が死んだと感じたら、その時は皆によろしく言っておいてくれ)
(はぁ・・・・・・?)
アニエスは心底馬鹿馬鹿しいと感じた。
殺したって死なぬようなアーカードが死ぬわけはないと。

(決着をつけねばならぬ相手が・・・・・・いるのでな)
(・・・・・・なるほど、了解しました)
アニエスはアーカードの心情を察し、納得の上で承諾する。
アーカードをして、敗北して死ぬやも知れぬという相手。

 それを止めようなどとは微塵にも思わない。
死んだら悲しむ者がいるだろうとか、命を懸けてまで闘う理由はあるのかだとか。
安っぽい言葉で汚すことは憚られる。
かつて己が想っていた復讐と一緒で、当人にとって何物にも代え難きものだろう。

(その・・・・・・何と言えば良いかわかりませんが、御達者で)
(あぁ、息災での)




 二人の男が立っている――――――。
一人は30年前からも、そのさらに56年前からも・・・・・・姿が変わらぬ化物。"人狼"。
86年も前にその男・・・・・・"大尉"と、戦った。その時は雌雄を決すまでには至らず、共に生きている。
30年前には大尉の所属していた少佐率いる最後の大隊の連中と、利害の一致により一時的な協力関係にもなった。
浅からぬ関係。だからこそ、より一層の意義が見出せる。

「決着をつけよう」
大尉とは別の、もう一人の男が言う。
黒を基調としたストライプパターンのシャツに黒いベスト。
黒いパンツに黒いネクタイ。暗がりに溶け込むような、全身黒ずくめな姿。
片眼鏡をつけ、髪をバックにまとめて結った、精悍な顔立ちの男。

 実肉体年齢は四十を軽く超えるものの、20歳ほどは年若く見える。
その身は人間でありながら、一分の隙も無く鍛え上げられ、今この時が間違いなく最盛期と言えた。

 大尉は静かに・・・・・・表情に出さずに喜んだ。
待ち望んだ。ずっと待ち望んできた。己を打ち倒してくれる"人間"。
それが目の前の男、"ウォルター・C・ドルネーズ"。
様々な因縁を含めた上で、これ以上ない極上の相手。

「貴様は本命の前の・・・・・・前菜に過ぎない。が、決死の覚悟で臨もう」
ウォルターの夢は、大尉を踏み越えた先にある。
その夢の真なる成就の為に、大尉は闘っておかねばならない相手。
大尉に負けるようでは、その先の・・・・・・アーカードにも勝てるわけはない。

 不死身の化物など今や存在せず、くだばるまで殺す。
大尉も、アーカードも、この『死神』が打ち倒す。

 大尉はコートを脱ぐと、フワリッと投げる。
それが地面に落ちた時、戦闘開始の合図となった。


 大尉は霧が如く散逸し、ウォルターの糸を張り巡らせた結界を無視して一気に間合いを詰める。
ブワッとウォルターに圧力が迫り、同時に大尉は実体化しつつ、運動エネルギーを一点に集約させたキックを放つ。
上方から振り下ろされる――――全てを破砕せんとする――――蹴りを、ウォルターは左に身を躱しつつ避ける。

 轟音を立てながら地表をめくり上げる大尉の蹴りは、僅かにウォルターの右頬を掠るだけにとどまる。
回避されたことに驚きも見せず、大尉は着地から間髪入れずに躯を捻りながら右手で裏拳を放った。
ウォルターは大尉の拳をのけぞりながら躱すと、そのまま連続でバック転しつつ、糸で大尉を強襲する。
大尉は迫り来る糸をバックステップで回避ながら、再度攻撃する為の十分な間合いを取った。

 大尉は一足飛びで開いた相対距離を、一瞬で反転してゼロへと縮める。
張られる糸を霧散して抜けて、大きく振りかぶった右拳をウォルター目掛けて打ち下ろす。
同時にウォルターも攻勢へと出る。待ち構えていたように制空圏踏み込むと、大尉の体を糸で絡め取る。
間断なく――――右打ち下ろしが決まるよりも一手早く――――大尉を最大威力で投げ飛ばした。

 振り回して叩き付けた感触を、糸から微細に感じ取る。
するとすぐに糸から抜ける手応えがあり、程なくして土埃が消えると大尉が何事もなく立っていた。

 ウォルターは確信する。数合闘り終えても、何ら問題無い。昔とは・・・・・・違う。
今のところ大尉にダメージこそないが、内容的には負けていない。
己の強さを確かめたかった・・・・・・。全力で戦うことで得られる充実感、陶酔感。

(上等・・・・・・)
だがこのまま長引けば化物である大尉の方が有利。故にこれ以上時間を掛けるつもりはない。
ここまでは己の強さの確認であり、同時に大尉の攻撃とパターンの様子見。
――――――大尉を捕えられるのは、実体化する一瞬のみ。
その刹那の瞬間に、用意した切り札を使う。"大尉"、即ち"人狼"への特効。

 ウォルターの気負いを敏感に感じ取り、大尉は巨大な狼へと姿を変える。
完全なる全身全霊のぶつかり合い。ウォルターと大尉、それぞれの殺意と眼光が終結を予感させた。
大尉は四足で大地に根を張るように踏みしめる。
ウォルターはひたすら落ち着いた心地で集中する。


 無形と化した大尉の加速、そして突進。実体化と同時に牙を剥き出しにその顎門を開く。
ウォルターを丸ごと噛み砕き、飲み込まんとする大尉を、糸を巡らせ雁字搦めにして止める。
後ろに退き跳びながら、ウォルターはオーケストラのクライマックス演奏の様に腕を振るい続ける。
瞬きするよりも短い時間の中で、巧みな糸で編み込むように絡め取る。

 あっという間に、大尉は大地に縫い付けられる。
糸は実体化した刹那を逃さず、大尉の躯中に何重もの糸が巻かれる。
しかし決して止まらない。勢いは減衰しつつも、大尉は前へ進み続ける。飛び退くウォルターへと追い縋る。
ウォルターは全力で縛り続けるも、大尉の牙が瞬時に眼前へと迫って来る。

 全力対全力。力の限りを尽くした上で・・・・・・大尉が勝る。
であるならば、大尉は実体を霧散させる必要もない。このまま相手を噛み殺して終わりである。

 ウォルターは無意識に舌打ちをし、咄嗟に右腕を差し出した。
大尉の口腔に差し込まれる右手、同時に糸が大尉の口中からその顎門をも絡め取った。
   ウォルターの唇の端から血が滴り落ちる。
己の歯を使ってまで糸を噛み締め、限界以上の力で以て抑えて大尉を止めていた。
ギチギチに縛られる大尉の姿は、さしずめグレイプニルに囚われた魔狼を彷彿とさせる。
しかし完全に束縛することは出来ていない。
突進は止まったものの、大尉の顎は少しずつ閉じられていく。

「ッ・・・・・・」
ウォルターから声にならない呻きが漏れる。大尉の牙がウォルターの右腕に喰い込んでいく。
そのまま完全に噛み千切ろうとするのは明白で、既に肉を貫き骨まで達しようとしていた。

(だが、今はまだ生憎と・・・・・・私の右腕をくれてやるわけにはいかん)

 当然、決死の覚悟で戦っている。
しかしそれでも、その先に待つアーカードと闘う為には、手足はおろかその指すら犠牲にするわけにはいかない。
狂おしいほどの意志が、ウォルターに活力を与える。

 力を振り絞る。限界を超えたさらにその先。力を捻り出す。
僅かに指一本動かすだけに過ぎない力。だがそれだけで十分だった。
一瞬にして右手から伸びた"銀糸"は、勢いを持って大尉の体内を走る。
人狼を殺し得る唯一の"銀"。真っ直ぐに大尉の心臓へと到達した銀糸は、そのまま化物を打ち倒すに至る。


 心臓を貫き切断された大尉の狼の体が・・・・・・少しずつ小さくなり、ウォルターは右腕を引き抜く。
そのまま人間の姿へと戻った大尉は、夜明けの空を見上げて倒れた。

「ハアッ・・・・・・ハア・・・・・・」
ウォルターは呼吸を荒く、大尉を見下ろしながら勝利の余韻に浸る。
銀糸は強度に問題がある故に、通常の攻防で使うことは出来ない。
これ見よがしに使えば、大尉の警戒も誘ってしまう。だからこそ、ここぞという時に使う切り札。
紙一重。だが勝ちは勝ち。
   ウォルターは出血の激しい右腕を、糸で縫合する。
そして眼前の事実を自分自身で再確認するように、ウォルターは大尉へ告げる。
「・・・・・・私の、勝ちだ」

 虚空を見つめる大尉の顔に笑みが浮かんだ。
いつだって無表情、感情の無かった瞳にともった一筋の情動。

 全身全霊で負けた。相手に合わせた土俵でもなく、互いの全力で以て破られた。
これ以上ない、これ以上望むべくもない・・・・・・最高の幕引き。
待ち望んだ、ずっと待ち望んできた。
幾星霜の時を経て、ようやく叶った。万願成就の夢が真なる意味で叶った。
化物として・・・・・・強き人間に打ち倒された。

 大尉は声無く哄笑する・・・・・・純真無垢な笑顔で。
体が燃え盛る。炎は狼の姿を形作り、歓喜の咆哮をあげるように一層舞い上がる。
燃える、大尉の世界が燃えて落ちる。終わりがないと錯覚するほどに燃えゆく――――――。

 ウォルターは葉巻を取り出すと口にくわえた。
そして大尉から噴き出し、包み込み、立ち昇る炎で葉巻に火をつける。
弔いのように一度だけ煙を吐き出すと、踵を返して大尉と夜明けの空を背に歩き出す。


 ウォルターに感慨は無い。ただ化物を一匹殺しただけ。
HELLSINGのゴミ処理屋時代に、飽きるほどにやってきたこと。

(いよいよか・・・・・・) 
長かった30年の時。ようやく双方の準備が整った。
あの日――――ジョゼフの死んだあの決戦の日――――の言葉。
ヨルムンガントを破壊され、アーカードに敗れ、そして言われた。
「勝負をしてやる」と。
   ジョゼフを裏切るかわりの報酬。
アーカードとの闘争を諦めて、死すら厭わなかったあの時。その言葉は救いそのものだった。
本当なら少佐のように、己の手で零号開放をさせて打ち倒したかったが、贅沢は言ってられない。
だから妥協した。そして・・・・・・今がある。
アーカードは自身の中の命を殺し尽くし、待ちに待った時がやってくる。

 いつから願っていただろうか。いつの間にか願っていただろう。
年を経るにつれてその想いは増し、澱のように溜まりゆく気持ちに、何とか折り合いをつけ、ヘルシング家に仕え続けた。
初恋に焦がれる乙女が如く・・・・・・闘争を欲しながら、気付けば後悔の日々。

 そして長かった人生の苦悩も、今度こそ解消出来る。
身も心も『死神』に。長く見続けていた夢を・・・・・・アーカードをこの手で殺す。


(良かったね、大尉・・・・・・)
闘争を遠く観察していたシュレディンガーは、天に昇るように燃え上がる炎を見つめ続ける。
大尉の果たした本懐を、まるで自分のことのように喜ぶ。

 意志を持つ自己観測する『シュレディンガーの猫』。
存在自体があやふやな、確率の世界を跳ね回る一匹のチェシャ猫。
自分自身を認識する限り、どこにでもいてどこにもいない。

 生死から解き放たれた彼は、世界を観察する。
傍観者であると同時に、時として、場を、流れを、引っ掻き回して楽しむトリックスター。
元の世界に戻ることも出来る。それでもこのハルケギニアにずっとシュレディンガーはいた。

 大尉が死した今、もうこの世界に留まる理由も完全に無くなった。
そしてこれから自分の辿る道はもう決めている――――――。

(残る楽しみは二つ・・・・・・かな)
シュレディンガーは消え行く炎を眺め終えると、霞の様に姿を消した。



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