戦いは終わった。
「ヘアッ!」
「デュワッ!」
全てが終わり、役目を果たしたエースとヒカリは、メビウスを見送ると
光の輪の中で体を収縮し、変身を解除した。
「ふぅ……終わったな」
やたらとだだっ広い学院の前の草原の、学院正門前で人間の姿に戻った
才人は、平穏を取り戻した空を見渡して、大きく深呼吸をすると満足したように
つぶやいた。
考えてみれば、この世界で初めて変身して戦ったのもこの学院前だった。
ベロクロンに破壊される寸前だった学院を守るために最初の変身をして、
いままた同じ理由で戦って、ここを守りぬけた。
けれど、ルイズにとってはそんなことよりも、今手に入れたささやかな幸せの
ほうが大切だった。
「サイト……」
「おっ……ただいま、ルイズ」
何気なくルイズの呼びかけに反応した才人は、胸の中に飛び込んできた彼女の
体を最初は優しく、やがて強く抱きしめた。
「サイト……わたし、わたし……」
「もう何も言うな、おれは全部ひっくるめて受け入れるつもりで、ここに残ったんだ」
地球への未練は、そりゃ山のようにあるが、それでも守りたいものがあることを
才人はようやくと理解したのだった。
「サイト……」
「ん?」
「ありがとう」
「なんだ、柄でもねえな。そんな腰の低いご主人様がいるかよ……おっと、もう
使い魔のルーンはないんだっけか」
蘇生したとはいえ、一度なくしたガンダールヴのルーンは消えたままだった。
できた当時はうっとおしくて仕方がなかったが、無ければ無いで妙な喪失感が
残っていた。メイジと使い魔、それがこれまでの二人の関係で、あのルーンこそが
それの証明であったのに。
けれどもう一度契約すればいいかと言うと、ルイズは迷わずにかぶりを振った。
「そんなもの、なくていいわよ。あんたは使い魔で、わたしは主人、そう言って
ずっと自分をごまかしてきたんだもの」
「でも、あれがないとおれはほんとにただの平民になっちまうぜ。それなりに
強かったのも、ガンダールヴのおかげだったんだし……」
「だったら、自分で鍛えるなりなんなり考えなさいよ。ともかく、ガンダールヴ
目当てで、あんたとその……するなんて、冗談じゃないわ!」
「あん? なんだって」
「だ、だからあ……もう、き、今日だけだからね!」
「なにを? ぬ、うぐっ!?」
よく聞こえなかったので、才人は腰を落としてルイズの顔を覗き込もうとしたところで、
ルイズの両手で頭をつかまれて、そのまま唇にルイズの唇を押し当てられた。
「!? う、ぅ……う?」
「ひ、ひいから、ひょっと、だまってなはい!」
パニックに陥っている才人の頭を力づくで押さえ込んで、ルイズはそのまま
たっぷり五秒ほど口づけをして、やっと才人を離した。
「なっ、ななな! お前、急に何を!」
「ううう、うるさいうるさいうるさい! この鈍感、大バカ犬! 使い魔の契約を
するってことは、それはそのままあたしとキスするってことじゃない! それを
なんでもなさそうに、再契約すりゃいいじゃないかって、バカバカバカ!」
「あっ! ご、ごめん」
才人は言われてようやく、使い魔の契約にはメイジと使い魔の口付けが
必要であることを思い出した。まったくバカもここに極まれり、これが相手が
動物や幻獣とかなら特に問題はないが、ルイズも才人を男性と意識するように
なったからにはそれは特別な意味を持つ、才人は地球でなんで自分が
一度たりともバレンタインでチョコをもらったことがなかったのかという理由を、
やっとこさ理解した。
「でも……これで、あげたからね」
「え? なにを?」
「こ、この……わ、わたしの……ファーストキスに決まってるじゃない!」
「い、ええーっ!」
「最初の使い魔の契約のときは、ノーカンよノーカン! ちっとはムードってものを
考えなさいよね!」
そう言われると、ルイズのはじめてをもらったという実感が湧いてきて、
いまさらながら才人は顔をおおいに赤らめた。本当にどこまでもなさけの無い
男である。しかも、ルイズはそんな才人のふがいなさにさらに怒りをつのらせたのか、
これまでずっと溜めに溜めてきたうっぷんをここぞとばかりに吐き出していった。
「ほんとに、あんたって、あんたって、どこまでわたしを怒らせれば気がすむのよ!
わたしの気も知らないで、ほかの女の子とイチャイチャしたり、人をほっぽって
どっかに行っちゃったり、あげくの果てに女の子にとってファーストキスが
どれだけ大切なものかも知らないで、バカーッ!」
しだいに涙目になりながらまくしたてるルイズを前にして、けれど才人は今度こそ
女心に対する選択を誤らなかった。感情の塊となったルイズに弁明を講じたりはせず、
彼女の体を強引に引き寄せて、困惑と抗議の声がその桜色の唇から漏れ出す前に、
自らの唇を使って封じたのである。
「ぅ!? うぅーっ!」
暴れるルイズを、今度は才人が押さえる番だった。左手でルイズの華奢な体を、
右手で最高級のビロードのように滑らかな彼女の髪を押さえて、互いの唇の
感触を味わい続けて、一秒、二秒と長くて熱い時間が過ぎていく中で、しだいに
ルイズの体から力が抜けていった。
そうして、たっぷり十秒ほど一つになった感触を味わったあとで、静かに力を抜いて
ルイズを離した才人は、そのとび色の瞳をじっと見つめると、胸を張って言った。
「セカンドキス、一回目は誓いだけど、二回目はその履行だ。これからは、
おれがおれの力でお前を守る。お前は……おれだけのものだからな!」
「サイト……ばか」
ルイズは涙をぬぐって、才人の胸に顔をうずめた。やっと、望んでいたものを
得られた幸福感、満たされていく温かさが、ルイズの顔を赤ん坊のように、
純粋で優しいものに変えていた。
と、二人の世界にひたっていたそこで、空の上から底抜けに軽く明るい声が響いてきた。
「ヒューヒュー、お熱いじゃない、お二人さん!」
はっとして空を見上げると、そこにはシルフィードが急速に降下してきていて、
慌てて離れた二人の前に下りたその背から、キュルケとタバサが笑いながら降りてきた。
「キ、キュルケ、こ、これは」
「あ、一部始終見てたから、無駄な抵抗しないでね。ともかく、おめでとうね。
結婚式にはちゃんと呼んでね。それから、子作りは二〇を超えてからしたほうが
いいわよ。あとで苦労するからね」
言葉にならない悲鳴をあごをけいれんさせて、顔を真っ赤にして叫ぶ二人に、
キュルケは過去最大の笑みを浮かべて祝福するのだった。
「よ、よりにもって、ツェルプストーなんかに見られてたなんてぇー!」
「なーによ、あたしじゃ仲人に不足だっていうの? もう気持ちを隠さないんじゃ
なかったの? でも、まあいいわ。ルイズ、サイト……いえ、ウルトラマンA」
「えっ……!?」
絶句して、赤から一転して二人は顔を青ざめさせた。そうだ、一部始終を
見ていたということは、ドラコに二人まとめて踏み潰されたときから、変身解除の
ときまで、つまりこれまで守り抜いてきた二人の秘密がばれたということになる。
けれどそんな二人にキュルケは表情を引き締めると、軽く深呼吸をしてから声をかけた。
「心配しなくても、誰にも言いはしないわよ。わたしたちはこれでも口は堅いんだから、
でも、正直驚いたわ」
「ごめん、今まで黙ってて……」
「いいわよ、込み入った事情は聞かないけど、あなたたちはあなたたちで
変わらないじゃない。けど、これまでずっと二人だけで戦ってたのね。それに
引き換えあたしなんか、あなたたちを守ってあげてるつもりが、いつも守られて
たのはこっちだったのよね。まったく、いい道化だわ」
「そんな、二人には何度も助けてもらったし、おれたちほんと感謝してるんだぜ。
なあルイズ」
「う……まあ、山のように借りができちゃってるってのは自覚してるわよ。けどね、
ツェルプストーの女なんかに神妙面されたら、気分悪いからやめてよね」
才人もルイズも、英雄面なんかする気はなかったし、こうして特別扱いされて、
友達が友達でなくなっていくのが怖かった。しかしキュルケはそんな二人の焦った
顔を見ると、一転して破顔して、二人の肩を何度も叩いた。
「あっはっはっ、なーんてね。やっぱり、あなたたちはあなたたちだったわね。
ねえタバサ」
「下手な芝居……でも、ほっとした」
どうやら二人も、二人の姿が偽ったもので、本当の人格は違うものではないのかと
心配していたようだが、それが違っているとわかると、とたんに安心したようだった。
「お、脅かすなよ、もう」
「ごめんごめん。でも、サイトも思い切ったものね。これで、次に帰れるチャンスは
早くて三ヵ月後ね。お母様方、大丈夫?」
「……」
確かに、覚悟を決めたとはいえ、才人にとってそれだけは気がかりだった。
三ヶ月といえばあっという間に思えるが、息子を失った悲しみにふるえる両親に
とって、それははるかに長い時間に違いない。もしも、失望のあまりにはやまった
行為に走られたらと思うと、才人の肝は冷えた。
と、そこへウルトラマンヒカリ=セリザワがやってきて、才人に話しかけた。
「優柔不断も、少しは治ったようだな。今度は、握った手を二度と離すんじゃないぞ」
「あ、はい!」
セリザワの無骨な祝福に触れて、才人とルイズはまた顔を赤くした。けれど、
両親を忘れるということができるはずがない才人の心のしこりも、同時に
察していたセリザワは、リュウから受け取っていた二つのアタッシュケースのうちの、
開けないでおいた一つを才人に投げてよこした。
「受け取れ」
「うわっ!? な、なんですか?」
慌てて、そのジュラルミン製のアタッシュケースを、ケースの重みによろめきながらも
受け取った才人は、いきなりなんですかとセリザワに尋ねようとしたが、「いいから
開けてみろ、鍵はかかっていない」というセリザワの言葉に、恐る恐る止め具を
外して、ふたを開けてみた。
「っ! これは」
そこに入っていたものを見て才人は目を見開いた。
ケースのスペースに所狭しと収められていたのは、GUYSメモリーディスプレイに、
背中にGUYSの翼のエンブレムが描かれた隊員服、しかもメモリーディスプレイには
白い文字で、平賀才人と刻まれているではないか。
「セリザワさん、これは!?」
「見てのとおり、お前のものだ。手にとってみろ」
「は、はい……」
心臓の鼓動を抑えながら、才人は自分の名前が掘り込まれたメモリーディスプレイを
ケースから取り出した。その重量感と、金属とプラスチックの質感は間違いなく
本物で、思わず喉を鳴らしてつばを飲み込んだ。
すると、いきなり無線受信を示すアラームが鳴り出し、慌ててそれらしいスイッチを
押すと、そこにリュウ隊長の顔が映し出された。
「よお、俺たちは今ゲートを通ってるところだ。やっぱり残ったんだな」
「ええ、申し訳ありません……」
「謝る必要なんかねえよ。お前、自分の選択に後悔してねえんだろ? 顔を
見ればわかるぜ。なあ、みんな」
「ああ、男らしく精悍な顔つきになった。あのとき、ガンローダーから飛び出ていった
ときは見事だったぜ、アミーゴ」
「がんばりましたね。ウルトラマンAが、君たちを選んだわけもわかります」
「サイトくん、きっちり男の責任はとらなくちゃだめよ。女の子を不幸にする
男なんて、最低だからね」
リュウに続いて、ジョージ、テッペイ、マリナもディスプレイに現れて、それぞれ
才人の選択を認めて、激励してくれた。そして、彼らの後ろからは、損傷を負った
ガンフェニックストライカーを後押しするメビウスが、同じように無言でうなずき、
才人は彼らの優しさに目じりが熱くなるのを感じた。
「ありがとうございます。それで、ひとつだけお願いがあるんですが……」
「わかってる、ご両親のことだろう?」
才人は黙ってうなずいた。
「そう言うと思ったよ。けどな、一時をしのいだとしても、また三ヵ月後に同じことを
しなければならねえぜ。いつまでも、お袋さんたちをほっとくわけには」
「はい……」
そう、結論を先送りにしても、いつか地球に戻らなければならないことには
変わりなく、あくまで一般人である才人は、ヤプールとの戦いが終わったとしたら、
必ず地球に永住しなければならないだろう。だけれど、才人のそんな苦悩を見抜いた
リュウは不敵に笑ってのけた。
「ふっふっふ、おい、なんのためにお前にそいつをわざわざ用意していったと
思ってるんだ? 中身をよーく見てみろ」
「えっ……これは」
才人は言われて、GUYSジャケットの下をまさぐって、そこから出てきたものを
見て二度びっくりした。
「『よくわかるGUYSライセンス試験過去問題500』『地球のために、地球防衛軍
入隊への道』『新訳、宇宙の中の地球人』……それに、航空機操作シミュレーションソフト!?」
なんと、それらの参考書や資料集、ほかにも才人のパソコンで使える防衛軍
戦闘機のシミュレーションソフトや外付けジョイスティック、予備バッテリーや
ソーラー充電器までもが備え付けられていたのだ。
「ふふふ、一般人じゃあ無理なら、問題なく二つの世界を行き来できる資格と
立場を持てばいいだろ? お前も、聞けばもうすぐ十八歳、GUYSライセンスを
持つには文句のない年齢だ」
「てことは……おれに、GUYSに入れと?」
「ほかに何があるってんだ? 俺たちだって、お前とたいして変わらない歳のときに
試験を受けたんだ。無理難題は言ってねえぞ。それとも、俺たちの仲間になるのは嫌か?」
「そ、そんな! とんでもないです。おれは……」
嫌なはずはなかった。小さいころからウルトラマンに憧れ、親や友達から
怪獣バカと言われながらも、怪獣図鑑を読み漁ってきた才人にとって、GUYSは
憧れの職業No.1であった。しかし、両親からは危険な職業だし、お前みたいな
軟弱な奴がつとまるはずはないと反対されてきて、なかばあきらめていた。
あきらめていた、そのときまでは。
「なります! GUYSライセンス試験、受けさせてください!」
今、その眠っていた情熱に火がついた。正式な地球防衛軍の隊員になれば、
任務をおびて二つの世界を自由に行き来することもできるだろう。そうなれば、
その任務はハルケギニアで長期滞在していた自分こそがふさわしいに違いない。
「よく言った! ただし、試験は三ヵ月後にきっちりおこなうから、間違っても
落第すんじゃねえぞ!」
「あっ、はいっ! いえ、G・I・G!」
下手な敬礼をしながら、慌てて答える未来の後輩に、リュウだけでなくジョージたちも
それぞれのコクピットで失笑を禁じえなかった。
「頑張れよ。じゃあ、CREW GUYS JAPAN隊長として、三ヶ月間、平賀才人を
GUYS特別隊員として認め、メモリーディスプレイ一式を貸与するものとする。
それまでのあいだ、ウルトラマンとともに世界の平和を守ることに勤め、
正隊員となる研鑽を怠らないこと、この二点を命令する。わかったか!」
「G・I・G!」
そのころ、フェニックスネストではコノミやカナタたちが後輩ができたことに喜び、
サコミズ総監が、時代の流れが移り変わっていくものを感じていた。ウルトラ
兄弟からメビウスへ、セリザワからサコミズ、リュウからカナタへ、そして今度は
才人が未来の宇宙の平和を背負って立つことになるのかもしれない。
「それじゃあ、またな。ご両親のことは任せておけ、まあなんとか説得しておくぜ」
「よろしく……お願いします」
言ってしまえば、自分の代わりに両親に叱られてくれと言っているようなものだから、
心苦しいが才人はせめて頭を下げて頼み込んだ。ただし、リュウが説得にあたると
いうことについてはマリナやジョージの大反対を呼び、結局サコミズ総監やミライも
同伴するということにはなった。どうやら、リュウが隊長として全幅の信頼を
寄せられるようになるには、まだまだ経験と実績が必要らしい。
「じゃあ今度こそ、元気でな。また会おうぜ」
最後に、通信はリュウ隊長以下、GUYSクルー全員とウルトラマンメビウスの
GOサインで、切れて終わった。
「おれが……GUYSに……」
通信が切れたあとで、才人は春の夢を見ていたときのように呆けて空を見上げていた。
彼にとって、あこがれはしてきたが手の届かないものとあきらめていた夢が、
今手の届く場所にある。小さいころからなりたいと思っていたウルトラマンと
いっしょに戦える仕事が……
そして、話を横から聞いていたルイズたちも、才人が向こうとこちらを自由に
行き来することができるようになるかもしれないということに、快哉を叫んでいた。
「やったじゃない! なんだかわからないけど、ようするに竜騎士隊に入れるような
ものでしょう! シュヴァリエなんて目じゃないじゃない」
「ほんと!? そりゃとんでもない出世じゃない、サイトって、やっぱりすごい奴だったのね!」
あながち当たらずとも遠からずなルイズとキュルケの喜びように、照れくさい
感じを味わいながらも才人はうれしく思った。
けれど、道は決して平坦ではない。GUYSライセンスは一六歳になれば誰でも
取得できる免許だが、数年前の怪獣頻出期から二十五年経って就職に有利な
資格としてしか思われていなかったころと違って、怪獣の出現が当然のように
なった今では合格基準も跳ね上がっており、しかも受験勉強の期間は三ヶ月しかない。
なのに、今の才人は中学高校の期末試験などとは比較にならないほどの
やる気に燃えていた。
「ふっ……やってやろうじゃあねえかあ!」
ケースの中のGUYSメモリーディスプレイや隊員服を見れば見るほど、エネルギーが
心の中に満ち満ちてくる。そこにはトライガーショットなど武器こそ入っていないが、
GUYSの隊員として必要なものがそろっており、合格したら晴れてそれらは
自分のものになる上に、なによりルイズとも両親とも別れる必要はなくなるのだ。
そうして、いつかはルイズを連れて家に紹介しに行こう。そのときに、両親は
喜んでくれるだろうか? 才人は時計を見下ろして時刻を確認した。もうゲートは
人間が通れるほどの大きさではなくなっているだろうが、完全に閉じてしまうまでには
あと一〇分ほどは猶予があるだろう。
「……やっておくか」
少し考えると、持ち帰る予定だった荷物を詰めていたリュックから、才人は自分の
ノートパソコンを取り出した。リュック自体はドラコに振り落とされたときに才人と
いっしょに叩きつけられたが、運がいいのか悪いのか、こちらは開かないままだった
パラシュートがクッションになって無傷ですんでいた。彼は切れていたバッテリーを
アタッシュケースから取り出した新品に交換して電源を入れると、タッチマウスを使って
急いでメインメニューからクリックを繰り返して、やがて思い出すようにキーボードを
叩いていった。
「サイト、なにやってるの?」
「わり、ちょっとだけ話しかけないでくれ」
覗き込んでくるルイズたちにはかまわずに、才人は画面の右下に表示された
時刻を気にしながら、額に汗を浮かべながらキータッチを続けて、やがて
画面いっぱいにテキストが埋まったのを確認すると、大きく息を吸い込んで
エンターキーを叩いた。
「送信確認……完了」
そう才人がつぶやいた瞬間、画面に「ネットワーク回線が切断されました」と
警告メッセージが表示されて、彼はパソコンをシャットダウンすると、折りたたんで
リュックの中にしまった。
「サイト?」
「ああ、心配ない。こっちのことだ」
小さいが、自分にできることはすべてやった。あとは、これからの未来を見据えて
歩き出していく番だ。と、その前に……
「さーて、と……暴れるだけ暴れたら腹減ったな、昼メシにすっか」
振り返って背伸びをし、緊張を吐き出すようにのんきに言った言葉が、抗議の
台詞よりも早く一同の腹の虫を鳴らさせた。
「そういえば、くったびれたわねえ」
「あれだけやれば当然よ。ちょっと早いけど、ランチにしましょうか」
時計を見てみれば、なんとまだ午前十時にすらなっていなかった。GUYSの
到着が九時だったことを考えると……驚いたことに、あれから一時間も経ってない。
だが、ルイズたちが貴族にあるまじきくらいにでっかい腹のなる音に苦笑して、
学院に向かって歩き出そうとしたとき、どこからともなくよく聞きなれた低い男の
声が軽快な金属音とともに響いてきた。
「おーい相棒! 俺のことを忘れちゃいねえかぁー!?」
「んっ!? あ、デルフ!」
見ると、ちょっと離れた場所にデルフリンガーが突き刺さっていたので、才人は
慌てて駆け寄ると、埋もれかかっていたところから引っこ抜いた。
「ふぃー、危なかったぜ、娘っこときたら、俺っちをほっといて変身すんだからな。
おかげで吹き飛ばされるわ、生き埋めにされかかるわ、ほんと死ぬかと思ったぜ」
「あ、ご、ごめん忘れてた」
「やーれやれ……こりゃほんと、娘っこに預けられたまんまだったらどうなってた
ことか、やっぱり相棒の手元が一番だぜ」
「ああ、またよろしく頼むぜ、相棒」
才人は微笑を浮かべてデルフを背負うと皮ベルトを締めた。この重さがしっくりと
くるのも、なにか懐かしいものだ。
もっともあらためて周りを見渡してみたら……
「しっかし、こりゃギーシュたちが戻ってきたら腰を抜かすかもしれないな……」
戦場跡となった学院は、外壁は倒壊し、草原は掘り返されてクレーターだらけで、
さらに怪獣の死骸まで転がっているとんでもない状態だった。才人は、これは
オスマン学院長が脳溢血でもおこさなければいいがと思った。
「まあ、校舎は無事だし、授業に支障はないからなんとかなるんじゃない」
「お前はずいぶんお気楽だなあ」
「今のわたしは、もう校舎なんかどーでもいいのよ。もっと大切なもの、見つけたからね」
心から幸せそうなルイズの顔を見ると、才人も自然と幸せな気持ちになれた。
「ま、世の中なるようになるか。ところで、夏休みはあと半分も残ってるけど、
これからどうする?」
「そうね、わたしの実家に帰りましょう。お母さまやお姉さまも、この時期は
いったんは帰省してるはずだから、顔を見せにいかないとね」
「ルイズの実家か、けどあの怖そうな人たちがいるのか」
才人は以前見たカリーヌとエレオノールの威圧感を思い出して憂鬱になったが、
ルイズは軽く笑うと胸を張った。
「なによ、あんたわたしのこと好きなんでしょ。だったら、いずれヴァリエールの
血に連なる者になるって事よ。遅かれ早かれあんたのことは紹介しなきゃ
ならないんだから覚悟なさい」
「へぇーい」
前途多難、せっかく生き返ったのに、早くもまた命の心配をしなければならないとは、
しかしルイズの言うとおりに、いつかはしなければいけないことなら、仕方がない。
まあ、いきなり娘さんをくださいと言いに行くわけではないし、とりあえずは顔見せか。
「よし、じゃあ明日さっそく出発するか。ところで、キュルケやタバサはどうするんだ?」
「心配しなくても、せっかくの婚前旅行を邪魔する気はないわよ。わたしも、一度
実家に帰ることにするわ。ちょっと疲れちゃった」
「わたしは……ガリアに、会いたい人がいるから」
二人とも、新学期までの一時の別れを告げて、これで山あり谷あり、いろいろあった
夏休みの旅行は、本当の意味で終わったのだった。
「いよっーし! それだったら今晩は盛大に宴会やろうぜ、食堂の食い物がなくなる
くらいにな、酒の肴の思い出話も売るほどあるし、学院長や、セリザワさんも
いっしょにどうです?」
「まあ、たまにはいいだろう。ご相伴にあずかろう」
「おっ! そりゃいいわね、にぎやかなのは大好きよ。タバサも、今日は付き合いなさいよ」
「……まあ、いいか」
「きゅいーっ、お姉さま、それでいいのね。お祭りを蹴るなんて、竜でも一番やっちゃ
いけないことなのね」
「はぁ、あなたたち、もっと貴族のつつしみというものを……ま、いっか」
「よっしゃあ、じゃあ善は急げだ。今日は、魔法学院はおれたちだけのものだぜぇ!」
「おおーっ!」
「デュワッ!」
全てが終わり、役目を果たしたエースとヒカリは、メビウスを見送ると
光の輪の中で体を収縮し、変身を解除した。
「ふぅ……終わったな」
やたらとだだっ広い学院の前の草原の、学院正門前で人間の姿に戻った
才人は、平穏を取り戻した空を見渡して、大きく深呼吸をすると満足したように
つぶやいた。
考えてみれば、この世界で初めて変身して戦ったのもこの学院前だった。
ベロクロンに破壊される寸前だった学院を守るために最初の変身をして、
いままた同じ理由で戦って、ここを守りぬけた。
けれど、ルイズにとってはそんなことよりも、今手に入れたささやかな幸せの
ほうが大切だった。
「サイト……」
「おっ……ただいま、ルイズ」
何気なくルイズの呼びかけに反応した才人は、胸の中に飛び込んできた彼女の
体を最初は優しく、やがて強く抱きしめた。
「サイト……わたし、わたし……」
「もう何も言うな、おれは全部ひっくるめて受け入れるつもりで、ここに残ったんだ」
地球への未練は、そりゃ山のようにあるが、それでも守りたいものがあることを
才人はようやくと理解したのだった。
「サイト……」
「ん?」
「ありがとう」
「なんだ、柄でもねえな。そんな腰の低いご主人様がいるかよ……おっと、もう
使い魔のルーンはないんだっけか」
蘇生したとはいえ、一度なくしたガンダールヴのルーンは消えたままだった。
できた当時はうっとおしくて仕方がなかったが、無ければ無いで妙な喪失感が
残っていた。メイジと使い魔、それがこれまでの二人の関係で、あのルーンこそが
それの証明であったのに。
けれどもう一度契約すればいいかと言うと、ルイズは迷わずにかぶりを振った。
「そんなもの、なくていいわよ。あんたは使い魔で、わたしは主人、そう言って
ずっと自分をごまかしてきたんだもの」
「でも、あれがないとおれはほんとにただの平民になっちまうぜ。それなりに
強かったのも、ガンダールヴのおかげだったんだし……」
「だったら、自分で鍛えるなりなんなり考えなさいよ。ともかく、ガンダールヴ
目当てで、あんたとその……するなんて、冗談じゃないわ!」
「あん? なんだって」
「だ、だからあ……もう、き、今日だけだからね!」
「なにを? ぬ、うぐっ!?」
よく聞こえなかったので、才人は腰を落としてルイズの顔を覗き込もうとしたところで、
ルイズの両手で頭をつかまれて、そのまま唇にルイズの唇を押し当てられた。
「!? う、ぅ……う?」
「ひ、ひいから、ひょっと、だまってなはい!」
パニックに陥っている才人の頭を力づくで押さえ込んで、ルイズはそのまま
たっぷり五秒ほど口づけをして、やっと才人を離した。
「なっ、ななな! お前、急に何を!」
「ううう、うるさいうるさいうるさい! この鈍感、大バカ犬! 使い魔の契約を
するってことは、それはそのままあたしとキスするってことじゃない! それを
なんでもなさそうに、再契約すりゃいいじゃないかって、バカバカバカ!」
「あっ! ご、ごめん」
才人は言われてようやく、使い魔の契約にはメイジと使い魔の口付けが
必要であることを思い出した。まったくバカもここに極まれり、これが相手が
動物や幻獣とかなら特に問題はないが、ルイズも才人を男性と意識するように
なったからにはそれは特別な意味を持つ、才人は地球でなんで自分が
一度たりともバレンタインでチョコをもらったことがなかったのかという理由を、
やっとこさ理解した。
「でも……これで、あげたからね」
「え? なにを?」
「こ、この……わ、わたしの……ファーストキスに決まってるじゃない!」
「い、ええーっ!」
「最初の使い魔の契約のときは、ノーカンよノーカン! ちっとはムードってものを
考えなさいよね!」
そう言われると、ルイズのはじめてをもらったという実感が湧いてきて、
いまさらながら才人は顔をおおいに赤らめた。本当にどこまでもなさけの無い
男である。しかも、ルイズはそんな才人のふがいなさにさらに怒りをつのらせたのか、
これまでずっと溜めに溜めてきたうっぷんをここぞとばかりに吐き出していった。
「ほんとに、あんたって、あんたって、どこまでわたしを怒らせれば気がすむのよ!
わたしの気も知らないで、ほかの女の子とイチャイチャしたり、人をほっぽって
どっかに行っちゃったり、あげくの果てに女の子にとってファーストキスが
どれだけ大切なものかも知らないで、バカーッ!」
しだいに涙目になりながらまくしたてるルイズを前にして、けれど才人は今度こそ
女心に対する選択を誤らなかった。感情の塊となったルイズに弁明を講じたりはせず、
彼女の体を強引に引き寄せて、困惑と抗議の声がその桜色の唇から漏れ出す前に、
自らの唇を使って封じたのである。
「ぅ!? うぅーっ!」
暴れるルイズを、今度は才人が押さえる番だった。左手でルイズの華奢な体を、
右手で最高級のビロードのように滑らかな彼女の髪を押さえて、互いの唇の
感触を味わい続けて、一秒、二秒と長くて熱い時間が過ぎていく中で、しだいに
ルイズの体から力が抜けていった。
そうして、たっぷり十秒ほど一つになった感触を味わったあとで、静かに力を抜いて
ルイズを離した才人は、そのとび色の瞳をじっと見つめると、胸を張って言った。
「セカンドキス、一回目は誓いだけど、二回目はその履行だ。これからは、
おれがおれの力でお前を守る。お前は……おれだけのものだからな!」
「サイト……ばか」
ルイズは涙をぬぐって、才人の胸に顔をうずめた。やっと、望んでいたものを
得られた幸福感、満たされていく温かさが、ルイズの顔を赤ん坊のように、
純粋で優しいものに変えていた。
と、二人の世界にひたっていたそこで、空の上から底抜けに軽く明るい声が響いてきた。
「ヒューヒュー、お熱いじゃない、お二人さん!」
はっとして空を見上げると、そこにはシルフィードが急速に降下してきていて、
慌てて離れた二人の前に下りたその背から、キュルケとタバサが笑いながら降りてきた。
「キ、キュルケ、こ、これは」
「あ、一部始終見てたから、無駄な抵抗しないでね。ともかく、おめでとうね。
結婚式にはちゃんと呼んでね。それから、子作りは二〇を超えてからしたほうが
いいわよ。あとで苦労するからね」
言葉にならない悲鳴をあごをけいれんさせて、顔を真っ赤にして叫ぶ二人に、
キュルケは過去最大の笑みを浮かべて祝福するのだった。
「よ、よりにもって、ツェルプストーなんかに見られてたなんてぇー!」
「なーによ、あたしじゃ仲人に不足だっていうの? もう気持ちを隠さないんじゃ
なかったの? でも、まあいいわ。ルイズ、サイト……いえ、ウルトラマンA」
「えっ……!?」
絶句して、赤から一転して二人は顔を青ざめさせた。そうだ、一部始終を
見ていたということは、ドラコに二人まとめて踏み潰されたときから、変身解除の
ときまで、つまりこれまで守り抜いてきた二人の秘密がばれたということになる。
けれどそんな二人にキュルケは表情を引き締めると、軽く深呼吸をしてから声をかけた。
「心配しなくても、誰にも言いはしないわよ。わたしたちはこれでも口は堅いんだから、
でも、正直驚いたわ」
「ごめん、今まで黙ってて……」
「いいわよ、込み入った事情は聞かないけど、あなたたちはあなたたちで
変わらないじゃない。けど、これまでずっと二人だけで戦ってたのね。それに
引き換えあたしなんか、あなたたちを守ってあげてるつもりが、いつも守られて
たのはこっちだったのよね。まったく、いい道化だわ」
「そんな、二人には何度も助けてもらったし、おれたちほんと感謝してるんだぜ。
なあルイズ」
「う……まあ、山のように借りができちゃってるってのは自覚してるわよ。けどね、
ツェルプストーの女なんかに神妙面されたら、気分悪いからやめてよね」
才人もルイズも、英雄面なんかする気はなかったし、こうして特別扱いされて、
友達が友達でなくなっていくのが怖かった。しかしキュルケはそんな二人の焦った
顔を見ると、一転して破顔して、二人の肩を何度も叩いた。
「あっはっはっ、なーんてね。やっぱり、あなたたちはあなたたちだったわね。
ねえタバサ」
「下手な芝居……でも、ほっとした」
どうやら二人も、二人の姿が偽ったもので、本当の人格は違うものではないのかと
心配していたようだが、それが違っているとわかると、とたんに安心したようだった。
「お、脅かすなよ、もう」
「ごめんごめん。でも、サイトも思い切ったものね。これで、次に帰れるチャンスは
早くて三ヵ月後ね。お母様方、大丈夫?」
「……」
確かに、覚悟を決めたとはいえ、才人にとってそれだけは気がかりだった。
三ヶ月といえばあっという間に思えるが、息子を失った悲しみにふるえる両親に
とって、それははるかに長い時間に違いない。もしも、失望のあまりにはやまった
行為に走られたらと思うと、才人の肝は冷えた。
と、そこへウルトラマンヒカリ=セリザワがやってきて、才人に話しかけた。
「優柔不断も、少しは治ったようだな。今度は、握った手を二度と離すんじゃないぞ」
「あ、はい!」
セリザワの無骨な祝福に触れて、才人とルイズはまた顔を赤くした。けれど、
両親を忘れるということができるはずがない才人の心のしこりも、同時に
察していたセリザワは、リュウから受け取っていた二つのアタッシュケースのうちの、
開けないでおいた一つを才人に投げてよこした。
「受け取れ」
「うわっ!? な、なんですか?」
慌てて、そのジュラルミン製のアタッシュケースを、ケースの重みによろめきながらも
受け取った才人は、いきなりなんですかとセリザワに尋ねようとしたが、「いいから
開けてみろ、鍵はかかっていない」というセリザワの言葉に、恐る恐る止め具を
外して、ふたを開けてみた。
「っ! これは」
そこに入っていたものを見て才人は目を見開いた。
ケースのスペースに所狭しと収められていたのは、GUYSメモリーディスプレイに、
背中にGUYSの翼のエンブレムが描かれた隊員服、しかもメモリーディスプレイには
白い文字で、平賀才人と刻まれているではないか。
「セリザワさん、これは!?」
「見てのとおり、お前のものだ。手にとってみろ」
「は、はい……」
心臓の鼓動を抑えながら、才人は自分の名前が掘り込まれたメモリーディスプレイを
ケースから取り出した。その重量感と、金属とプラスチックの質感は間違いなく
本物で、思わず喉を鳴らしてつばを飲み込んだ。
すると、いきなり無線受信を示すアラームが鳴り出し、慌ててそれらしいスイッチを
押すと、そこにリュウ隊長の顔が映し出された。
「よお、俺たちは今ゲートを通ってるところだ。やっぱり残ったんだな」
「ええ、申し訳ありません……」
「謝る必要なんかねえよ。お前、自分の選択に後悔してねえんだろ? 顔を
見ればわかるぜ。なあ、みんな」
「ああ、男らしく精悍な顔つきになった。あのとき、ガンローダーから飛び出ていった
ときは見事だったぜ、アミーゴ」
「がんばりましたね。ウルトラマンAが、君たちを選んだわけもわかります」
「サイトくん、きっちり男の責任はとらなくちゃだめよ。女の子を不幸にする
男なんて、最低だからね」
リュウに続いて、ジョージ、テッペイ、マリナもディスプレイに現れて、それぞれ
才人の選択を認めて、激励してくれた。そして、彼らの後ろからは、損傷を負った
ガンフェニックストライカーを後押しするメビウスが、同じように無言でうなずき、
才人は彼らの優しさに目じりが熱くなるのを感じた。
「ありがとうございます。それで、ひとつだけお願いがあるんですが……」
「わかってる、ご両親のことだろう?」
才人は黙ってうなずいた。
「そう言うと思ったよ。けどな、一時をしのいだとしても、また三ヵ月後に同じことを
しなければならねえぜ。いつまでも、お袋さんたちをほっとくわけには」
「はい……」
そう、結論を先送りにしても、いつか地球に戻らなければならないことには
変わりなく、あくまで一般人である才人は、ヤプールとの戦いが終わったとしたら、
必ず地球に永住しなければならないだろう。だけれど、才人のそんな苦悩を見抜いた
リュウは不敵に笑ってのけた。
「ふっふっふ、おい、なんのためにお前にそいつをわざわざ用意していったと
思ってるんだ? 中身をよーく見てみろ」
「えっ……これは」
才人は言われて、GUYSジャケットの下をまさぐって、そこから出てきたものを
見て二度びっくりした。
「『よくわかるGUYSライセンス試験過去問題500』『地球のために、地球防衛軍
入隊への道』『新訳、宇宙の中の地球人』……それに、航空機操作シミュレーションソフト!?」
なんと、それらの参考書や資料集、ほかにも才人のパソコンで使える防衛軍
戦闘機のシミュレーションソフトや外付けジョイスティック、予備バッテリーや
ソーラー充電器までもが備え付けられていたのだ。
「ふふふ、一般人じゃあ無理なら、問題なく二つの世界を行き来できる資格と
立場を持てばいいだろ? お前も、聞けばもうすぐ十八歳、GUYSライセンスを
持つには文句のない年齢だ」
「てことは……おれに、GUYSに入れと?」
「ほかに何があるってんだ? 俺たちだって、お前とたいして変わらない歳のときに
試験を受けたんだ。無理難題は言ってねえぞ。それとも、俺たちの仲間になるのは嫌か?」
「そ、そんな! とんでもないです。おれは……」
嫌なはずはなかった。小さいころからウルトラマンに憧れ、親や友達から
怪獣バカと言われながらも、怪獣図鑑を読み漁ってきた才人にとって、GUYSは
憧れの職業No.1であった。しかし、両親からは危険な職業だし、お前みたいな
軟弱な奴がつとまるはずはないと反対されてきて、なかばあきらめていた。
あきらめていた、そのときまでは。
「なります! GUYSライセンス試験、受けさせてください!」
今、その眠っていた情熱に火がついた。正式な地球防衛軍の隊員になれば、
任務をおびて二つの世界を自由に行き来することもできるだろう。そうなれば、
その任務はハルケギニアで長期滞在していた自分こそがふさわしいに違いない。
「よく言った! ただし、試験は三ヵ月後にきっちりおこなうから、間違っても
落第すんじゃねえぞ!」
「あっ、はいっ! いえ、G・I・G!」
下手な敬礼をしながら、慌てて答える未来の後輩に、リュウだけでなくジョージたちも
それぞれのコクピットで失笑を禁じえなかった。
「頑張れよ。じゃあ、CREW GUYS JAPAN隊長として、三ヶ月間、平賀才人を
GUYS特別隊員として認め、メモリーディスプレイ一式を貸与するものとする。
それまでのあいだ、ウルトラマンとともに世界の平和を守ることに勤め、
正隊員となる研鑽を怠らないこと、この二点を命令する。わかったか!」
「G・I・G!」
そのころ、フェニックスネストではコノミやカナタたちが後輩ができたことに喜び、
サコミズ総監が、時代の流れが移り変わっていくものを感じていた。ウルトラ
兄弟からメビウスへ、セリザワからサコミズ、リュウからカナタへ、そして今度は
才人が未来の宇宙の平和を背負って立つことになるのかもしれない。
「それじゃあ、またな。ご両親のことは任せておけ、まあなんとか説得しておくぜ」
「よろしく……お願いします」
言ってしまえば、自分の代わりに両親に叱られてくれと言っているようなものだから、
心苦しいが才人はせめて頭を下げて頼み込んだ。ただし、リュウが説得にあたると
いうことについてはマリナやジョージの大反対を呼び、結局サコミズ総監やミライも
同伴するということにはなった。どうやら、リュウが隊長として全幅の信頼を
寄せられるようになるには、まだまだ経験と実績が必要らしい。
「じゃあ今度こそ、元気でな。また会おうぜ」
最後に、通信はリュウ隊長以下、GUYSクルー全員とウルトラマンメビウスの
GOサインで、切れて終わった。
「おれが……GUYSに……」
通信が切れたあとで、才人は春の夢を見ていたときのように呆けて空を見上げていた。
彼にとって、あこがれはしてきたが手の届かないものとあきらめていた夢が、
今手の届く場所にある。小さいころからなりたいと思っていたウルトラマンと
いっしょに戦える仕事が……
そして、話を横から聞いていたルイズたちも、才人が向こうとこちらを自由に
行き来することができるようになるかもしれないということに、快哉を叫んでいた。
「やったじゃない! なんだかわからないけど、ようするに竜騎士隊に入れるような
ものでしょう! シュヴァリエなんて目じゃないじゃない」
「ほんと!? そりゃとんでもない出世じゃない、サイトって、やっぱりすごい奴だったのね!」
あながち当たらずとも遠からずなルイズとキュルケの喜びように、照れくさい
感じを味わいながらも才人はうれしく思った。
けれど、道は決して平坦ではない。GUYSライセンスは一六歳になれば誰でも
取得できる免許だが、数年前の怪獣頻出期から二十五年経って就職に有利な
資格としてしか思われていなかったころと違って、怪獣の出現が当然のように
なった今では合格基準も跳ね上がっており、しかも受験勉強の期間は三ヶ月しかない。
なのに、今の才人は中学高校の期末試験などとは比較にならないほどの
やる気に燃えていた。
「ふっ……やってやろうじゃあねえかあ!」
ケースの中のGUYSメモリーディスプレイや隊員服を見れば見るほど、エネルギーが
心の中に満ち満ちてくる。そこにはトライガーショットなど武器こそ入っていないが、
GUYSの隊員として必要なものがそろっており、合格したら晴れてそれらは
自分のものになる上に、なによりルイズとも両親とも別れる必要はなくなるのだ。
そうして、いつかはルイズを連れて家に紹介しに行こう。そのときに、両親は
喜んでくれるだろうか? 才人は時計を見下ろして時刻を確認した。もうゲートは
人間が通れるほどの大きさではなくなっているだろうが、完全に閉じてしまうまでには
あと一〇分ほどは猶予があるだろう。
「……やっておくか」
少し考えると、持ち帰る予定だった荷物を詰めていたリュックから、才人は自分の
ノートパソコンを取り出した。リュック自体はドラコに振り落とされたときに才人と
いっしょに叩きつけられたが、運がいいのか悪いのか、こちらは開かないままだった
パラシュートがクッションになって無傷ですんでいた。彼は切れていたバッテリーを
アタッシュケースから取り出した新品に交換して電源を入れると、タッチマウスを使って
急いでメインメニューからクリックを繰り返して、やがて思い出すようにキーボードを
叩いていった。
「サイト、なにやってるの?」
「わり、ちょっとだけ話しかけないでくれ」
覗き込んでくるルイズたちにはかまわずに、才人は画面の右下に表示された
時刻を気にしながら、額に汗を浮かべながらキータッチを続けて、やがて
画面いっぱいにテキストが埋まったのを確認すると、大きく息を吸い込んで
エンターキーを叩いた。
「送信確認……完了」
そう才人がつぶやいた瞬間、画面に「ネットワーク回線が切断されました」と
警告メッセージが表示されて、彼はパソコンをシャットダウンすると、折りたたんで
リュックの中にしまった。
「サイト?」
「ああ、心配ない。こっちのことだ」
小さいが、自分にできることはすべてやった。あとは、これからの未来を見据えて
歩き出していく番だ。と、その前に……
「さーて、と……暴れるだけ暴れたら腹減ったな、昼メシにすっか」
振り返って背伸びをし、緊張を吐き出すようにのんきに言った言葉が、抗議の
台詞よりも早く一同の腹の虫を鳴らさせた。
「そういえば、くったびれたわねえ」
「あれだけやれば当然よ。ちょっと早いけど、ランチにしましょうか」
時計を見てみれば、なんとまだ午前十時にすらなっていなかった。GUYSの
到着が九時だったことを考えると……驚いたことに、あれから一時間も経ってない。
だが、ルイズたちが貴族にあるまじきくらいにでっかい腹のなる音に苦笑して、
学院に向かって歩き出そうとしたとき、どこからともなくよく聞きなれた低い男の
声が軽快な金属音とともに響いてきた。
「おーい相棒! 俺のことを忘れちゃいねえかぁー!?」
「んっ!? あ、デルフ!」
見ると、ちょっと離れた場所にデルフリンガーが突き刺さっていたので、才人は
慌てて駆け寄ると、埋もれかかっていたところから引っこ抜いた。
「ふぃー、危なかったぜ、娘っこときたら、俺っちをほっといて変身すんだからな。
おかげで吹き飛ばされるわ、生き埋めにされかかるわ、ほんと死ぬかと思ったぜ」
「あ、ご、ごめん忘れてた」
「やーれやれ……こりゃほんと、娘っこに預けられたまんまだったらどうなってた
ことか、やっぱり相棒の手元が一番だぜ」
「ああ、またよろしく頼むぜ、相棒」
才人は微笑を浮かべてデルフを背負うと皮ベルトを締めた。この重さがしっくりと
くるのも、なにか懐かしいものだ。
もっともあらためて周りを見渡してみたら……
「しっかし、こりゃギーシュたちが戻ってきたら腰を抜かすかもしれないな……」
戦場跡となった学院は、外壁は倒壊し、草原は掘り返されてクレーターだらけで、
さらに怪獣の死骸まで転がっているとんでもない状態だった。才人は、これは
オスマン学院長が脳溢血でもおこさなければいいがと思った。
「まあ、校舎は無事だし、授業に支障はないからなんとかなるんじゃない」
「お前はずいぶんお気楽だなあ」
「今のわたしは、もう校舎なんかどーでもいいのよ。もっと大切なもの、見つけたからね」
心から幸せそうなルイズの顔を見ると、才人も自然と幸せな気持ちになれた。
「ま、世の中なるようになるか。ところで、夏休みはあと半分も残ってるけど、
これからどうする?」
「そうね、わたしの実家に帰りましょう。お母さまやお姉さまも、この時期は
いったんは帰省してるはずだから、顔を見せにいかないとね」
「ルイズの実家か、けどあの怖そうな人たちがいるのか」
才人は以前見たカリーヌとエレオノールの威圧感を思い出して憂鬱になったが、
ルイズは軽く笑うと胸を張った。
「なによ、あんたわたしのこと好きなんでしょ。だったら、いずれヴァリエールの
血に連なる者になるって事よ。遅かれ早かれあんたのことは紹介しなきゃ
ならないんだから覚悟なさい」
「へぇーい」
前途多難、せっかく生き返ったのに、早くもまた命の心配をしなければならないとは、
しかしルイズの言うとおりに、いつかはしなければいけないことなら、仕方がない。
まあ、いきなり娘さんをくださいと言いに行くわけではないし、とりあえずは顔見せか。
「よし、じゃあ明日さっそく出発するか。ところで、キュルケやタバサはどうするんだ?」
「心配しなくても、せっかくの婚前旅行を邪魔する気はないわよ。わたしも、一度
実家に帰ることにするわ。ちょっと疲れちゃった」
「わたしは……ガリアに、会いたい人がいるから」
二人とも、新学期までの一時の別れを告げて、これで山あり谷あり、いろいろあった
夏休みの旅行は、本当の意味で終わったのだった。
「いよっーし! それだったら今晩は盛大に宴会やろうぜ、食堂の食い物がなくなる
くらいにな、酒の肴の思い出話も売るほどあるし、学院長や、セリザワさんも
いっしょにどうです?」
「まあ、たまにはいいだろう。ご相伴にあずかろう」
「おっ! そりゃいいわね、にぎやかなのは大好きよ。タバサも、今日は付き合いなさいよ」
「……まあ、いいか」
「きゅいーっ、お姉さま、それでいいのね。お祭りを蹴るなんて、竜でも一番やっちゃ
いけないことなのね」
「はぁ、あなたたち、もっと貴族のつつしみというものを……ま、いっか」
「よっしゃあ、じゃあ善は急げだ。今日は、魔法学院はおれたちだけのものだぜぇ!」
「おおーっ!」
青空に若者たちの元気よい声が響き渡り、暖かな風に背を押されて彼らは
学び舎へと駆けていく。
未来のCREW GUYS隊員、平賀才人、その手の中のノートパソコンには、
彼のこれからの未来への架け橋と、彼の故郷と家族へ愛情のすべてを込めて当てた
メールが、決して消えないように記録されている。
学び舎へと駆けていく。
未来のCREW GUYS隊員、平賀才人、その手の中のノートパソコンには、
彼のこれからの未来への架け橋と、彼の故郷と家族へ愛情のすべてを込めて当てた
メールが、決して消えないように記録されている。
”母さんへ。
驚くと思うけど、才人です。黙って家を出て、ほんとにごめんなさい。いや、
ほんとは黙って出たわけじゃないけど、詳しく言うと長くなりすぎるし、時間が
ないんでそういうことにしておきます。とにかく、ごめんなさい。
メール、ありがとう。
心配してくれてありがとう。ハンバーグ、食べたかったです。
おれは無事です。
無事ですから、安心してください。
おれは今、地球とは別の次元にある星にいます。
うそだと思うだろうけど、本当のことです。
友達も大勢います。宇宙人、になるのかもしれないけど、みんないい奴ばっかりです。
だけど、ここは異次元人ヤプールに狙われていて、今大変なことになっています。
そして、おれの力が必要なんです。
だから、まだ帰れません。
でも、いつか帰ります。
お土産を持って帰ります。
だから、心配しないでもう少しだけ待っていてください。
父さんやみんなに、よろしく伝えてください。
とりとめなくてごめんなさい、あと数分しかないもんで。
母さんありがとう。
ほんとに、ありがとう。
あ、それからおれ、将来なりたいものが決まりました。おれ、地球に帰ったら
GUYSライセンスをとって、将来は地球や宇宙の平和を守る仕事につきたいです。
それと……ガールフレンドができました。ちょっとキツいけど、けっこうかわいいから、
今度紹介しますね。
じゃあ、さようなら。
けっこう大変だけど、おれは幸せです。
それでは、また。平賀才人”
驚くと思うけど、才人です。黙って家を出て、ほんとにごめんなさい。いや、
ほんとは黙って出たわけじゃないけど、詳しく言うと長くなりすぎるし、時間が
ないんでそういうことにしておきます。とにかく、ごめんなさい。
メール、ありがとう。
心配してくれてありがとう。ハンバーグ、食べたかったです。
おれは無事です。
無事ですから、安心してください。
おれは今、地球とは別の次元にある星にいます。
うそだと思うだろうけど、本当のことです。
友達も大勢います。宇宙人、になるのかもしれないけど、みんないい奴ばっかりです。
だけど、ここは異次元人ヤプールに狙われていて、今大変なことになっています。
そして、おれの力が必要なんです。
だから、まだ帰れません。
でも、いつか帰ります。
お土産を持って帰ります。
だから、心配しないでもう少しだけ待っていてください。
父さんやみんなに、よろしく伝えてください。
とりとめなくてごめんなさい、あと数分しかないもんで。
母さんありがとう。
ほんとに、ありがとう。
あ、それからおれ、将来なりたいものが決まりました。おれ、地球に帰ったら
GUYSライセンスをとって、将来は地球や宇宙の平和を守る仕事につきたいです。
それと……ガールフレンドができました。ちょっとキツいけど、けっこうかわいいから、
今度紹介しますね。
じゃあ、さようなら。
けっこう大変だけど、おれは幸せです。
それでは、また。平賀才人”
ウルトラ5番目の使い魔 It is not the End