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第拾壱話「力こそ正義」


そのレキシントンでは、ニューカッスル城を見据えた多数の砲門が斉射の号令を待っている所だった。

「撃て!」
号令と同時に、一斉に炸裂した火薬が空気を震わし辺りを包む。
鉛の弾が無数に飛び立ち、ニューカッスル城の城壁にぶち当たり一部を崩した。

側舷の一斉射。
優に五十発以上の砲弾がニューカッスルに向け放たれたのだが、命中弾は多くは無い。
城からの反撃で被害を出す事を恐れた艦長が、射程一杯のところからの砲撃を徹底させているためである。
それでも、十分な威嚇と示威行動にはなっているのだから、彼我の戦力差の大きさが見てとれるだろうか。

「砲撃中止。半舷休息」
とりあえず、一定の戦果は挙がったのか、兵の半数に休息を取らせ自らも指令所に戻ると、まだ手にしてもいない栄光に酔いしれる為にワインを一本空けた。
「よろしいのですか?まだ戦闘中ですが」
「ははは、何を言っているのかね。もはや敵に反撃するだけの力は残されてはいない。明日中には決着が付く、戦争など終わったも同然だよ」
酒ではなく、自分の言葉に酔っているような節がある言葉を聞いて、この船の砲術長が適当に相槌を打つと小さく溜息を吐いた。
革命だの、共和制だの大層な事を並べているが、結局のところ、遠いところにいる王様と貴族の首が別の貴族にとって代わるだけで、下級の兵にはどちらに転ぼうが同じ事。
空軍は船や大砲を扱うという専門的な知識が多く要求されるため、陸軍に比べて平民でも出世する事は容易だが、それでも上限はある。
まだ勝ってもいないのに、勝ったような気になっている無能が艦長になっているのだから、叩き上げの連中は皆うんざりしているところだ。

「それにしても、よくここまで耐えたものです。空を抑えられ、補給を絶たれてもまだ抵抗を諦めようとはしない。敵ながら賞賛に値します」
本心は、さっさと降伏してくれ、と思っているのだが、そんな事を大っぴらに言うわけにもいかない。
適当に当たり障りの無い事を言うと、艦長のサー・ジョンストンが笑いながら言った。
「ああ、ニューカッスル城の地下には空洞が開いていて、そこから船が出る事が出来るそうだよ」
「なっ……!?」
大陸の下は日が刺さず、雲に包まれているため視界が利かない事は、空軍の兵なら誰でも知っている事だ。
だが、ニューカッスル城の下にそんな抜け穴があるとは聞いてはいなかった。
「そうか……それでか」
敵をニューカッスルに押し込んでから、こちらの軍事物資を運んだ船が何隻か空賊に襲われ、物資を奪われたというのは報告で見たが、これで合点がいった。
中型の船なら、熟練の航海士が居れば潜り抜けることが出来る。
今、あの城に立てこもっているのは、アルビオン最精鋭。
隠密裏に出撃し、補給艦を襲うなんて事は造作も無い事だろう。

というより、知っていて何の対処も取らなかった上層部に対して、一層の不信感が増した。
水や食料はともかく、アルビオンでは硫黄などの軍事物資は他国からの輸入に頼らざるを得ない。
どれだけの物資が向こうに流れたのか分からないが、せめて中間地点に哨戒の船を配備するなりの対策はあったはずである。
それに、ここまで追い詰めておきながら、逃げられでもしたら一体どうするのかと、非難めいた考えが浮かんだが、それを察したのかジョンストンが言った。

「ああ、君が心配してる事は分かっているよ。君には分からないだろうが、彼らが逃げ出すことは決してないのだよ。勝てないなら、せめて意地を見せて死ぬ。それが王族の勤めだと思っているのだからね」
「はぁ、そういう物ですか」
それでも、万が一を想定するのが軍事というものだが、一介の士官が何か言ったところでどうにかなる話でもない。
一つ分かったのは、平民からしてみれば、要は、どっちも馬鹿だという事である。
聖地奪還だのハルケギニア統一だの、そんな夢物語を現実に持ち込み実践する馬鹿と、名誉と意地のために玉砕する馬鹿との戦い。
まぁ、これ以上戦火を拡大させるような事をしないだけ、王党派の方がマシという結論に到っているのだが、到っただけでどうこうする気は全く無い。
これが終わったら軍辞めるかぁ、なんて事を漠然と考え始めると、一人の士官が部屋へ入ってきた。

「報告します。哨戒に出ていた竜騎士がニューカッスルに向かう商船を二隻発見しました」
入ってきたのはジョンストンと一緒にこの船に乗り込み、副長という任に就いたメイジで、平民で砲術長という立場にある自分を随分と嫌っている男だ。
艦長と副長が空軍の事など何も知らないため、実際の指揮は砲術長が取っているという奇妙な事になっているのも原因の一つだろう。
そんな嫌味な視線を意に介する事もなく、率直に意見を述べた。
「この時期に妙ではありませんか?トリステインやゲルマニアからの商船が敗北寸前の王党派に物資を売り込むには危険が高いと思いますが」
自分の意見など無視されるだろう事は分かっているが、建前として言わなければならない。
「大方、物資を高く売りつけようというゲルマニアの欲深い商人だろう。金で貴族の地位を買うやつ等らしいじゃあないか」
罠という懸念を軽く笑い飛ばすと、副長もそれに同意して笑い出した。
どうやら、拿捕をして物資を奪うという結論に到ったらしい。

「それでは、失礼いたします」
もう、何を言っても無駄だと判断すると、どっと疲れがあふれ出してきた。
砲戦を行う事は無いだろうし、やる事が無いなら酒飲んで寝ようと引っ込む事にしたのだった。



「信号を確認。『コチラレコン・キスタ旗艦レキシントン。停船セヨ。シカラザレバ攻撃スル。繰リ返ス停船セヨ』……です」
望遠鏡で手旗信号を読み取った水夫がそう声をあげる。
予定どおり拿捕をにしきたらしいが、船長や水夫などは気が気ではない。
なにせ、ずらりと並んだ黒い砲門がこちらに向けられているのだからその威圧感たるや相応の物である。
もっとも、それ以上に禍々しい威圧感がこの船から放たれているのだから、どうしようもない。

「と、取り舵一杯!商船らしく逃げるふりだ!」
でないと、殺される!という悲鳴は必死に飲み込み船長が指示を出すと、船が進路を変えた。
指示に従わないのなら、次にくるのは威嚇の一撃。
それでも、なら撃沈というのが大方の戦法である。
予定通りというか、レキシントンの砲がいくつか光ると、空気が震え、遅れて砲弾が船の少し横を掠めた。
威嚇とはいえ、マトモに当たればこんな船なぞ木っ端微塵なのだから、冷や汗も出るってものだろう。

「裏帆を打て!停船だ。もっともらしく慌ててみせろよ!」
それでも一端の空の男だけあって、やるべき仕事やきちんとこなしてみせる。
慣性を殺すかのように、絶妙な位置で停船したのは賞賛に値すべき事だった。

レキシントンの舷側に十数人程の銃や弓を構えた兵達が並び、狙いを定めている。
自分の仕事はここまでだと、諦めたかのような顔で船長がサウザーを見た。

「へ?ちょっと、旦那は……」
さっきまで横に居たはずのサウザーの姿が消えている事に妙な声を出すと、首を振るかのように辺りを見渡す。
サウザーではなく、マチルダが居たので、話が違うと言わんばかりに食ってかかろうとしたが、呆れた様に指をレキシントンの方に向けられ
その先をよく見てみると、レキシントンの甲板の上にサウザーの姿があったのだから、もうかける言葉も無いという具合だった。

「ほう。悪くない船だな」
マストを叩きながら、誰に言うわけでもない感想を漏らす。
当代一の戦艦という評は紛れも無く、どことなく風格という物が漂っているのだから、サウザーが気に入るのも無理は無い。

「一体、どこから!?」
当然現れた来訪者に度肝を抜かれたのか、舷側で銃を構えていた兵達が慌ててサウザーを取り囲んだ。

十人ばかりが取り囲むも、いずれも剣、短槍など船上ので白兵戦を想定された武器を持つ兵ばかり。
大方、素手で乗り込み、杖も持たぬ無力な相手だと思い込んでいるのだろうが、それが大きな間違いだと思い知らされるのは、そう遠い事ではない。
もっとも、メイジが混じっていたとしても、結果はかわりないだろうが。

「控えぬか、下郎」
物凄く高圧的な態度と物言いに、周りを取り囲む兵も一瞬たじろいだ。
世紀末を統べようとした二大巨頭の一角が誇る覇者の風格と威圧感。
そんじょそこらの雑兵では、それだけで肝を潰し逃げ出してしまいそうなオーラが辺りを包む。

だが、誰にとっての不幸かは知らないが、サウザーを取り囲む兵は曲がりなりにも精鋭の兵。
元は王立空軍旗艦だけあって、よく仕込まれていると言うべきか。
それ故に、逃げ出さず、武器を向け続けたというのが運の尽き。
北斗の長兄と次兄の足止めをしようとし、ほぼ何もしないうちに全滅した聖帝軍の兵とどこか被るものがある。
じりじりと同時に間合いを詰めたところで、サウザーを中心に突風が巻き起こった。

「はっ!」
全員が間合いに踏み込んできた瞬間、軸足を中心に、コンパスで円を描くように蹴りを放つ。
サウザーが繰り出したのは、回し蹴りのただ一発。
それだけで、時が止まったかのように水兵の動きが止まると、ある者は胴体から、またある者は胸から上が滑るように落ちていった。

「この程度か。小手調べにもならぬな」
泣き別れになった斬り口から同時に血飛沫が吹き出し、辺りを染め上げる。
恐るべきはその斬り口の鋭さ。
これだけの人数を一度の攻撃で同時に倒すという場合、並みの使い手なら後になればなるほど斬り口が粗くなる。
全員を同じ精度を以って一瞬に惨殺できるのは、さすが南斗六聖拳というところだろう。

「ごほっ!な、何が……」
口から大量の血を流しても何人かは意識を失うこと無く、無残に上半身を甲板に転げさせた。
斬り口が比較的下だったために、即死に到らなかった者達だ。
何が起こったのか分からないという表情で、顔だけを僅かに動かすと本来そこに在るべきはずではない物が写った。
「なん……で、あれは、俺の……」
視線の先には、長年に渡って彼を支えてきた腰から下の部分が無造作に転がり、その先からはワイン樽を壊したかのように鮮血が吹き出ている。
信じられないという表情で首を曲げると、同じ事が起こっており、それを見た瞬間自然と涙が流れた。

「か、かあさん……とうさ……ん……」
体中の穴という穴から液体を流しながら、上半身だけで這いずる様にして下半身に近付く。
明日中には総攻撃が終わり、休暇を貰え、土産を持って家に帰るつもりだったのにと、色んな考えが浮かんでいき、最期に死にたくないと思うと、遂には力尽き動かなくなった。

聞くだけで人が目を背けそうな光景だったが、当のサウザーは平然とした物。
そもそも、聖帝サウザーに武器を向けた時点でこうなるべきなのであって、ギーシュやキュルケ達は実にツイていた。
ケンシロウの前に立つモヒカンぐらい死亡率が高いと言えばよく分かるだろう。
それに、サウザーは聖人とか救世主の類の人間ではなく、暴力で世紀末を支配しようとした非情の帝王なのだ。
とはいえ、今わの際に近しい者の名を呼びながら死んでいく兵が多かったのは、先ごろ自分で体験しただけに、あまり気分のいい物ではなかったが。

動かなくなった水兵を一瞥すると、ほんの少し目を閉じた。
少し前なら、そんな想いでさえ下らぬ物だと一笑にしただろうにと、少し自嘲気味に笑う。

まだまだ強くならねばならぬ。
まだ、師を、南斗鳳凰拳先代伝承者オウガイを越えてはいない。
あの時、オウガイは『あまりの拳の鋭さにかわすにかわせなかった』と言っていたが
今になって思えば、あの時はオウガイがわざと拳を受けたようにしか思えず、それがずっとどこかでひっかかっていた。

オウガイも同じような試練を経て鳳凰拳を伝承したにも関わらず、自分に向けられた愛情は人並み以上の物だった。
歴代の鳳凰拳の伝承者は等しくこの試練を乗り越え、その哀しみを背負ってきたはずである。
それが、自分の代で大きく変わってしまった。

あの想像を絶する苦しみと哀しみに耐え切れずに、愛と情けを全て捨てた。
鳳凰拳の伝承者達がしてきた事を、ただ一人しなかったのだ。
表には一切出さないが、今では本当に鳳凰拳を伝承しきれているのかと僅かに疑問に思う所がある。
技術は全て受け継いだという自負はあるし、それは万人が認めるところだが、鳳凰拳の伝承者として何かが不足しているような気がする。
そうでなければ、内臓逆位という特殊な身でありながら、拳格では互角と言える北斗神拳に遅れを取るはずが無い。

だが、それを教えてくれる師はもういない。
己の手で掴み取るしかなく、本来その機会は訪れないはずだったが、それを与えてくれたルイズには、それなりに、本当に僅かにだけ感謝はしている。

一瞬の間にそれだけの事を考えると、後ろから飛んでくる物に気付いたのか、持ち前の踏み込みの速さを以ってその場から離れる。
すると、背後で炎が上がり、円のようにして散らばる死体を纏めて焼き払った。

「上……か」
甲板の上を旋回するようにして、いくつもの火竜が羽ばたいている。
ファイアボールかフレイム・ボールだろうが、レキシントンの直接的な戦力としてはあれらが本命なのだろう。
空を飛ぶ竜騎兵を少し眺めると、サウザーの顔には再び鋭い笑みが浮かび、その中の一騎に目星を付け、甲板から跳び立つ。
火竜の成竜というだけあって、大きさはシルフィードとは比べ物にならず、吐くブレスの量も火炎放射器とは比較にはならない。
だが、遅い。
この程度の速度なら、サウザーにとっては止まって見える。

滑空する火竜を捉えると、まず下顎に膝蹴りを叩き込む。
背に乗る騎兵も反応して杖を向けたようだが、すでに手遅れである。
そのままの勢いで火竜と騎士に向け、サウザーが宙返りをするかのように蹴りを繰り出した。

        南斗鳳凰拳

『天 翔 群 星 脚』


当然というか、サウザーが放った一撃はただの蹴りではない。
それ自体の切れ味もさることながら、特筆すべきは空中という足場の利かない場所から放たれたにも関わらず発生する必殺の威力を伴った衝撃波の刃。
鋼鉄すら切り裂くと自負するだけあって、サウザーにとってみれば闘気を持たぬ火竜の鱗など紙屑同然。

突風に襲われたような感覚を味わった騎士が違和感に気付くまで、ほんの数秒を要した。
ズレている。
何がズレているかと言えば、全てがだ。
レキシントンが、火竜が、空が。
目に映る全ての光景が少しずつ真ん中からズレ始めている。
幸か不幸か、自分が火竜諸共真っ二つに切り裂かれたと自覚し断末魔の悲鳴をあげる前に、油袋に引火したのか爆発が二つに分かれかかった体を包み、彼の意識は虚空へと飛んだ。

南斗全体の特徴として、空中戦に強いというのがある。
六聖拳を筆頭に、強力な流派は総じて鳥類の名を冠している事から理解できるだろう。
流石に、届かない場所まで飛ばれてしまっては無理だが、そうでないなら、たかが十数騎程度は物の数ではない。
上空で次々と火竜が墜落していく様を眺めて、マチルダは、まだ貴族だった頃に読み聞かせてもらった『イーヴァルディの勇者』のような伝説を目の当たりにしているような気分だった。
いや、この光景は、それすらも凌いでいる。
空中で竜騎兵を切り伏せ、その火竜を足場にして間髪入れずに次の得物を仕留めにかかる。
我ながら銀河万丈……もとい、波乱万丈な人生を送ってきたという自負はあったが、こんな光景を目にする事になるとは誰が考えるものか。

空中で血飛沫が弾け、マストや甲板に血と肉片が雨のように降り注ぎ、その雨から逃れようとレキシントンの甲板を水兵達が必死で逃げ惑う。
アルビオンの誇る精鋭の竜騎士隊が、メイジですらない一人の男に一方的に殺戮されている。

魔法を放とうと一人のメイジが杖を向けるが、火竜やマストを足場にして縦横無尽に宙を駆ける様に中々狙いが定まらない。
それでも、なんとか魔法を放とうと呪文を詠唱し終えた瞬間、粘土に鼻と口を塞がれ息が出来なくなってしまった。

突然の事に杖を放り出し、慌てて粘土を剥ぎ取ろうと手を伸ばそうとしたが、剥ぎ取るよりも先に粘土から無数の針が飛び出し頭を貫いた。
目が裏返り両腕が力無くだらりと下がると、悲鳴すら残す事なく頭から倒れる。
ビクンビクン!と痙攣を続け、ピッタリと張り付いた粘土が血を吸い込み、少しずつ赤く染まっていく様はなんともえげつない。

「……いや、これは無いわー」
こんな残虐魔法を仕掛けた本人は、この魔法の発案者の顔を思い出してかなり引いている。
同じ土メイジのよしみで何度か飲み交わした際に、酔っ払ったシュヴルーズが『相手の顔を粘土でふさぎ
その内側を無数の鋭い針に変えて伸ばせば、相手は悲鳴をあげる事もできずに死ぬ』と言った事がある。
普段の温厚な様子から、酔った上での冗談か何かだろうと思っていたのだが、実際にやってみて確信した。

――赤土の赤の由来は、血で染まったどす黒い赤だ。

しかも、使う魔法は初歩中の初歩の錬金が二回。エア・カッターなんか使うより遥かに効率が良い上に、相手の呪文を封じる事が出来、暗殺にも適している。
一体、あの温和な顔の仮面の下にはどんな素顔が隠されているのだろうかと思ったが、怖くなったので止めた。
「ミス・シュヴルーズ。あなたはそうやって、何人のメイジを殺してきたのですか?」とか聞いたりしたら
いつもの笑みを浮かべたまま、サラっと「百人から先は覚えていません」とか言われそうである。

トリステイン第三の羅将、赤土のシュヴルーズとかいう物騒な考えが浮かび思わず背筋が寒くなったが、それでもメイジ相手に有効な事には変わりはない。
ちょっと複雑な気分だが、手筈通りサウザーが場を混乱させている間に、レキシントンの射線の死角へ入った船から次々と無数のロープが投げ込まれる。
そのロープの先では、傭兵が各々の獲物を構えながら突撃する頃合を見計らっていた。

「竜騎兵は聖帝様が全て片付けた!残るは雑魚ばかりだ、聖帝様に遅れをとるな!」
気を取り直し、副官らしい号令をかけると甲板に向け、無数の矢が撃ち込まれた後、最初の兵がロープを使い飛び移る。
無敵と思われていた竜騎兵が蝿のように落ちていき、いよいよ以ってレキシントンを制圧出来るという事実に直面し、精神が高揚したのか、腹の底から思いっきり叫んだ。
それを皮切りに、他の兵も同じように次々と乗り移っていく。
『ヒャッハー!』という大合唱がその場を支配するまでには、さほど時間はかからなかった。


そんな血みどろの戦況の中、後甲板の一角では高級士官と思われる貴族が部下を急かすようにして脱出用のボートに乗り込もうとしていた。
「い、急げ!何だあの化物は!ここ、こんなところで、わたしが死ぬわけにはいかんのだ!」
虎の子の竜騎兵は全滅。上方に入られた二隻の船からは、次々と兵が乗り移ってきている。
兵の数だけならこちらが圧倒的に優位であるが、この惨状を目にして士気を保てる兵は居ない。

「話が違うぞ!勝ち戦では無かったのか!?」
最早、空軍力など残されていない相手を、圧倒的な力を持つ船でなぶり殺しに手柄を得る。
そうでなければ、軍人でなく政治家であるサー・ジョンストンが最前線の船の艦長という任に付こうとはしなかったはずである。

「早くボートにフライをかけんか!早くしろ!!」
一人先にボートに乗り移ったジョンストンが、フライの魔法をかけない部下を怒鳴りつける。
怒声のような命令を聞いたにも関わらず、呆けたような部下の体に触れようとした瞬間、その体に無数の線が浮かび上がり、文字通り崩れ落ちた。
「わらっひゃ!」
「えうろぱっ!」
人が二人、細切れの肉片と化した様子を呆然としながら眺めていたが、顔に血飛沫がかかり
その向こうであの男が侮蔑の笑みを浮かべながらこちらを見下している事に気付き尻餅を付いた。

「………ひっ!た、助けて……!」
「ふっ、将が真っ先に逃げ出そうするとはな。これでは程度が知れるというものだ。……ん?」
見下すサウザーの先では、ガタガタ震えている無様な姿の男が、さらに無様に失禁などをしている。
これには、さすがのサウザーも呆れを通り越して笑い出した。
「ふっはっはっはっは、なるほど、貴様は将ではなく汚物か。汚物なら俺が手を下すまでもあるまい」
そう言い残すと、サウザーがボートのロープを全て断ち切る。
支えを失ったボートは、重力に引かれ豆粒ほどの大きさになってしまった。
なんとも形容しがたいような悲鳴を残して。


フライが掛けられず、ただ落下するだけのボートの中では、気が狂ったかのような悲鳴をあげながらジョンストンが喚いているところだった。

「そ、そうだ……!魔法…!今からでもフライをかければ間に合う!」
落下するボートの中で、ジョンストンが懐の杖を掴もうとする。
だが、その指先が杖を掴む事は決して無い。
ジョンストンの指は、サウザーによって全て切断されていたからだ。
それにも気付かぬまま、必死に杖を取り出そうとする姿は哀れでもあり滑稽でもある。
石よりも固くなった水面に叩き付けられ、『うわらば!』という断末魔を残し、ボートごと体を四散させたのはそれから約十秒後の事であった。

将が真っ先に逃げ出した事もあり、数で勝る貴族派の兵は武器を捨て次々と降伏していく。
メイジなどは抵抗を諦めなかったようだが、マチルダの殺人魔法や数で勝る兵の攻撃、そして、南斗鳳凰拳によって一人また一人と討ち取られていった。

歴戦の者が多いとはいえ、傭兵という平民主力の軍が、メイジが主力の軍の旗艦を制圧したという事実だけでも驚愕に値するのに、一人の死者も出していない。
常識的に考えれば、降伏しているのは攻撃を仕掛けた方なのだが、その常識がたった一人の男によって簡単に打ち砕かれた。

その男が血で塗れた甲板を歩き一つの扉を開ける。
司令所と思われる部屋は結構な造りで、最前線の船とは思えない程である。
机の周りには、軍事行動に関する書類が乱雑に散らばっており、それを処分すらしていない事から、その混乱ぶりが伺えるというものだろう。

奥にある椅子に座りしばらくすると、ところどころに返り血を浴びたマチルダが報告のために入ってきた。
相対するサウザーは、あれだけ大暴れしていたにも関わらず、傷一つ付いていない。

「聖帝様、敵は全て降伏いたしました。こちらも重症者は出ていますが、死者は出ておりません。幸い、アンリエッタ王女が水のメイジですので、負傷者もすぐに戦列に復帰できるかと」
ふむ、と呟くとサウザーが脚を組む。
やはり、軍を維持するには優秀な水のメイジは欠かせないようだとの結論に達した。
と、同時に最も厄介な相手だとも認識した。
大量の秘薬と水のメイジの数が揃っていれば、それだけで軍の進撃速度や再編時の効率が上がる。
軍の損失がどれだけ大きくても、死者の比率に比べて負傷者の数の方が圧倒的に大きい。
無論、自らの前に立ち塞がる敵には等しく死を与えてやるつもりだが、それ以外ではそういうわけにもいかないだろう。

「……将が足りぬな」
ぽつりとそう漏らす。
拳王軍と違って、聖帝軍は多数の南斗聖拳の使い手を有しているだけあって、部隊を率いる将に困ることはなかった。
今はまだいいが、将来的には誰かに第二軍を指揮させるために、スクウェアクラスか、南斗六聖拳に匹敵するぐらいの拳の使い手が欲しい。
前者は少ないなりにも可能性はあるが、後者に至っては可能性は絶望的だし、期待もしていない。
あの仮面の男を逃したのは惜しかったな、などと考えていると、恐る恐るという具合にマチルダが報告を続けた。
「……それで、捕虜はいかがいたしましょう」

「聖帝サウザーに逆らった者は、女子供といえど降伏すら許さん。皆殺しにしろ!」
……と、少し前ならこう言ったところだが、今は少し違う。

「自ら武器を捨て、この俺に服従を誓う者は、我が軍に加わる事を許す。そうでない者は殺せ」
これだけの巨艦、運用するには熟練の水夫が必要という事もあるが、それでも昔から見ればこの処置は考えられない。
もちろん、その場しのぎで従うような連中の対策も考えてある。

一人が逃げ出そうとしたり逆らった者が出た場合、十人ばかりが無作為に選ばれ処刑されるという物だ。
一種の連座制いうやつで、捕虜同士で監視しあい、こちらで監視する手間が省けるというメリットがある。
ハルケギニアの人間ならその非情さに目を覆いたくなるが、世紀末を知る人間なら、聖帝サウザーに逆らい命があるだけで、それはもう有情と感じるはずである。
マチルダもサウザーが捕虜を皆殺しにすると思っていたクチで、屠殺場のような光景を覚悟していただけに、正直安堵した。
そうでない者は殺せと言われているが、貴族派の連中ならともかく、上が反乱したからそのまま軍務に付いているような一般の水兵は、命を捨ててまで貴族派に忠誠を誓う義理は無い。
一応の不安は解決したが、まだまだ序の口。
各種物資の積み込みと、ニューカッスルへ強襲をかける準備が残っている。

「でも、とりあえずは……甲板の掃除が先かしらね」
甲板に出ると、いの一番にそう呟いた。
目の前に広がる光景は紛れも無い地獄絵図。
形として散らばるのは人か火竜か判別の付かない肉片や、頭から無数の針を生やし奇妙なオブジェと化したメイジの死体ばかり。
そして元からそう塗装されていたかのような一面の赤。
その有様に、思わず魔界でも見てしまったのだろうかと考えると、なんだか『ヴァジュラ!』とでも叫んでしまいそうだ。

幸い下は海で、死体は投げ捨てれば魚が勝手に処分してくれる。
血は錬金でなんとかするしかないが、アンリエッタはこの魔界の光景が見えない場所で治療を続けいるし、見せようものならまず卒倒する。
これは裏街道を歩んできた人間でもかなり刺激的だ。

「あーもう!お前ら、吐くなら外向いて吐け!これ以上、わたしに面倒を押し付けないでよ!」
「ね、姉さん、そんな事言われても、……うぇぇ」
実際、さっきからグロテスクな光景と、血の臭いで吐き出す兵が続出している。
これも処理するのはわたしかと考えると、泣けそうになってきた。
その原因を作った張本人は一人部屋で、ゆったりしながらワイングラスを傾けている頃で、赤は赤でもえらい違いだと不平を漏らしたくもなる。
でも、決して言わないし漏らさない。誰だって命は惜しいのだ。

本名――マチルダ・オブ・サウスゴータ。
年齢――二十三歳。
属性――土。
職業――聖帝軍ナンバー2兼サウザーの副官(暫定)。

彼女の苦労はまだまだ始まったばかりである。


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