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ルイズと夜闇の魔法使い-14


 柊がフーケを捕らえた夜が明け、日が巡り、再び夜が訪れて。
 生徒教員を問わず学院のほぼ全員がアルヴィーズの食堂の上階にあるダンスホールに集まっていた。
 新入生の歓待を兼ねた毎年恒例のパーティ『フリッグの舞踏会』が行われるためである。
 フーケのゴーレムによってつけられた(という事になっている)本塔の亀裂はダンスホールの内壁にまで及んでいたが、教員達の応急処置によってとりあえずは元の景観を取り戻していた。
 その応急処置や捕らえたフーケの処置などのせいでその日の授業は完全に休講となってしまった訳だが、仮に授業が行われていたとしても実質はないのと同じだっただろう。
 なぜならその日の生徒達の関心は夜に行われるフリッグの舞踏会と、トリスタニアで噂の"土くれ"のフーケを捕らえた事に向いてしまっていたからだ。

 そんなフリッグの舞踏会の最中、柊はホールから通じるバルコニーにいた。
 はっきり言って場違いすぎて中に入っていけないのである。
 というかむしろ柊としては部屋に戻って寝ていたいぐらいなのだが、ルイズから参加するよう厳命されてしまったのでしぶしぶながらここに居残っているのだ。
 柊は柵に背を預けてきらびやかなホールをぼんやりと眺めつつ、軽くワインをあおって僅かに眉を顰める。
 未成年だから、という訳ではないがワインはあまり好きではない。
「……はー」
 柊は舞踏会が始まってから何度目になるかわからない溜息を吐き出した。
 別段早いペースで飲んだ訳ではないのにワインの瓶はもう空になりかけていた。
 ここに避難してくる前に適当に持ってきた食事も既になくなってしまっている。
 なんだか果てしなく面倒になってきたのでそろそろ部屋に戻ろうか、と考えていると、ホールから一人の少女が柊に向かって歩いてきた。
 見覚えのない姿に柊は小さく首を傾げ……その相手に気付いて眼を丸めた。
 パーティドレスを纏ったエリスだった。
「柊先輩、ここにいたんですね」
 若草色のドレスを身に着けたエリスは少し恥ずかしそうに俯きながら柊の元まで歩み寄る。
 他の女生徒達のようにきらびやかではないが、清楚で落ち着いたその衣装はエリスにとてもよく似合っている。
 香水でもつけているのだろう、夜風に乗って仄かな香りが柊の鼻腔をくすぐった。
「似合ってるじゃねえか。可愛い可愛い」
「……!」
 軽く笑いながら柊が言うと、エリスが頬を朱に染めて顔を綻ばせた。
 正に花を咲かせたような、というべき満面の喜び具合だ。
「それ、ルイズが見繕った奴か?」
「はい。普段着だけじゃなくてこんなのまで用意してくれてるなんて……」
 トリスタニアへ買物に行った後、ルイズが月衣に入れておくように行っていた二つの衣装箱。
 それがどうやらフリッグの舞踏会で着るためのドレスであったらしい。
 エリスは感動した面持ちでドレスの裾を小さくつまみ、柊の前でくるりと回って見せた。
 まあ元の世界ではまず着る機会はない服だし、女の子としては憧れだったりするのだろう。
 柊にはいまいち理解できない感情だが。
「エリスに対してはそれなりに甲斐性あんのな……」
 溜息混じりに柊は小さく漏らした。
 まあこれで柊に対して舞踏会の衣装を買ってくれても非常に困るだけなのだが、せめて別の方面でいくらか待遇を改善して欲しいところだった。
「ルイズはまだ捕まってんのか?」
「はい。私はおまけだったからなんとか抜けられましたけど……」
 苦笑しながらホールに眼を送るエリスに釣られ、柊もそちらに目線をやった。
 見ればホールの中の一角に人だかりができている。
 あの中心にルイズがいるのだろうが、ここからでは小柄な彼女の姿は全く見えなかった。

「まあ今日の主役はアイツだからな」
「真の主役は君じゃないのかい?」
 柊の呟きに応えるように姿を現したのはギーシュだった。
 普段にもまして派手な衣装を纏って登場した彼は、ワイングラスを片手に柊に向かって軽く掲げてみせる。
「学院長の話だとルイズの手柄みたくなってるけど、フーケを倒したのは君なんだろう?」
「……『捕まえた』のはアイツだ。俺はちっと手伝っただけだからな」

 あの後フーケはエリスとギーシュが連れてきた衛兵達によって捕縛され、明くる朝に知らせを受けおっとり刀で集まったオスマンにルイズ達は事の顛末を報告することになった。
 いつの間にか本塔につけられていた巨大な亀裂に関してはオスマン達にも心当たりがなかったが、話の流れでフーケがやったという事に納まってしまった。
 ともかく、報告を受けた二人は一様にフーケの正体に驚きを露にし、次いで彼女達の功績を称えた。
 彼等はルイズにシュヴァリエの叙勲を薦めた。
 平民である柊には何もないという事で彼女は少し渋ったが、当の柊がそれで構わないと言った。
 ルイズがいなければ捕まえる事もできなかった、とも。
 本人にそう言われてはルイズとしては承諾するしかなかった。
 こうして彼女は今行われているフリッグの舞踏会の主役として盛大に祝われる事になったのである。

「自らの功を誇らない、か……フッ、流石は僕がライバルと認めた男だよ」
「勝手にライバルにしてんじゃねえよ」
 髪を掻きあげながらのたまうギーシュに柊は嘆息交じりに漏らす。
 ふと眼をやれば、エリスは僅かに肩を落として俯いていた。
 柊の視線に気付いたのか、彼女はどこか乾いた笑みを浮かべた後、表情を曇らせる。
「その……ロングビル先生がフーケっていう盗賊だったなんて……」
 囁くように漏らした彼女の言葉に柊とギーシュは気まずくなって顔を見合わせてしまった。
 彼等にとってはそうでもないが、エリスにとってフーケ――ロングビルは何かと世話になっていた人物なのだ。
「……。まあ何か事情があるのかもしれねえけど……だからって盗賊やっていいって事にはならないだろ」
「それは……そうですけど」
「うぅむ……やっぱり衛兵達を連れてきたのはまずかったかな」
 ギーシュが眉を寄せて唸るように言った。
 フーケの捕縛に立ち会ったのが柊達だけであったのなら、彼女が意識を取り戻した後で事情を聞いてその内容如何では逃がすという手もあったかもしれない。
 今回の件に限って言えばフーケは宝物庫を襲撃したものの何一つ奪えはしなかったし、トリスタニアを色々騒がせていた前科があるとはいえそこまで躍起になって捕縛する義理もないからだ。
 皮肉にも衛兵達を連れてきてしまったエリス自身が、フーケの身柄を拘束する原因となってしまったのである。
 現在フーケは杖を取り上げられ、本塔の一室にて監禁されている。
 既に王都に報告がなされているので数日の内には衛士隊が来て連行されるだろう。
 エリスはフーケと話をしたがったが……フーケ自身が頑として彼女との面会を拒絶した。
 話すどころか、眼を合わせる事すらしなかったのだ。
「僕が余計な事をしなければどうにかなってたかもしれないな。申し訳ない、ミス・シホウ」
「あ、いえ。謝る必要なんてないです。私もギーシュさんも知りませんでしたし、やっぱり物を盗むのは悪いことですから」
「……?」
 神妙な顔をして頭を下げるギーシュと、慌てて顔を上げさせようとしているエリス。
 二人の奇妙なやり取りに柊は首を捻ってしまった。
 するとエリスがそれに気付き、柊に向かって説明した。
 あの後、柊に言われてギーシュと合流し夜詰めの衛兵の所に向かったエリスだったが、説明しても話をまともに聞いてくれなかったらしい。
 信じていないというよりは信じたくないという事なかれ主義だったわけだが、その時に一喝して衛兵達を動かしたのがギーシュだったそうだ。
「ギーシュさんがいてくれたおかげで助かりました」
「……マジで?」
 説明を受けてやや半信半疑の表情を浮かべた柊だったが、当のエリスが真面目に頷いているので本当なのだろう。
 改めてまじまじとギーシュを見やると、彼はふふんと自慢げに鼻を鳴らして髪をかきあげた。
「まあね? 僕はやる時はやると評判だからね? 思いつく限りの美辞麗句で称えてくれても一向に構わないよ?」
「あぁそう。そいつはどうも」
 うさんくささが満載なので柊は半目でそう返しただけだったが、エリスは律儀にギーシュに向かって頭を下げた。
「えっと……美辞麗句は思いつきませんけど、すごく嬉しかったです。ありがとうございます」
 するとギーシュは僅かに眼を丸めてしばしエリスを見つめると、顔を上げた彼女に向かって満面の笑みを浮かべて恭しく手を差し出した。
「それじゃ見返りという訳ではないけど、僕と一曲踊っていただけませんか、レディ?」
「え、えっ」
 やや芝居がかった動作とはいえ、実際にそうされると女の子としてはまんざらでもないのだろう。
 差し出された手を見てエリスは僅かに頬を赤らめた。
 対応に困って彼女は柊に目線をやったが、柊はむしろ愉しそうな目線で彼女を見ていた。
 なんだか釈然としないものを感じてエリスは小さく口を尖らせたが、当然というべきか柊がそれに気付いた風もない。
 無下に断ることなどできようはずもないエリスはおずおずとギーシュに手を伸ばし――はっとして顔を俯けた。
 同時に柊も「うっ」と声を漏らす。
「……?」
 いつまで経っても反応がないエリスにギーシュが顔をあげると、彼女は申し訳なさそうに視線をさ迷わせていた。
「あ、あの……」
「なんだい? 僕は平民だの貴族だのとささいな事を気にするような狭量な男じゃないよ? 庭園に咲き誇る薔薇も美しいが、野に咲く清楚な花も可憐でまた違った美しさだからね」
 決まったと言わんばかりに得意げな顔で言うギーシュに、エリスはますます気まずそうな表情を浮かべて呟くように語り掛けた。
「そ、その。ギーシュさん」
「んん?」
「後ろ……」
「後ろ?」
 怪訝そうに後ろを振り向くギーシュ。
 そこには、

「……随分とお盛んなことね、ギーシュ」

 腕を組み轟然と仁王立つ、怒髪天(髪のドリルが天を衝くさま)のモンモランシーがいた。

「げえっ! モンモランシーッ!!」
 一瞬に顔を蒼白にして戦慄の叫びを上げるギーシュ。
 対照的にモンモランシーは底冷えした空気を纏ってギーシュを睨みつけている。
 彼女の怒気に当てられているのか、ワインの瓶が怯えるようにカタカタと鳴り響いている。
「ちょ、ちょっと待った! ウェイトウェイト! 落ち着いてくれモンモランシー!」
「下級生に飽き足らず平民……かつ給仕……かつ他人の使い魔にまで手を出すなんて……」
「ち、違うんだ! これには海より深い事情があって……っ!」
 もはや聞く耳を持っていないのか、モンモランシーは静かに……しかし力強く一歩踏みよった。
 ひっと悲鳴を上げてギーシュが後ずさる。
 しかしすぐに柵にぶちあたり、彼は恐怖におののいて声を絞り出した。
「話し合おう! そそそそうだ、僕がヴェルダンデと会った時の話をしてあげようじゃないか! あれはそう――!」
「あんたが使い魔と会ったのは儀式の時でしょうがー!!」
 モンモランシーがどこからともなく取り出した杖を振るった。
 ギーシュの絶叫が夜空に響き渡った。


 ※ ※ ※


 全身ずぶ濡れになり水死体っぽい感じになったギーシュの首根っこを掴んだモンモランシーがホールに引き上げていくと、入れ替わりにルイズがバルコニーに顔を出した。
 長いピンクブロンドの髪をバレッタで束ね、白いドレスを着こなしている彼女は流石に大貴族の令嬢に相応しい姿といえる。
「……なにしてんの?」
 そんな彼女はギーシュ達を半眼で見送った後、バルコニーに立ち尽くしている柊とエリスを見やった。
 互いに顔を見合わせてから気まずそうに苦笑を浮かべる二人をルイズは訝しげに首を捻り、そして小さく息を漏らす。
「随分と疲れてんな」
「……うんざり。普段ゼロだなんだと言ってたくせに手の平返したように擦り寄ってきて……態度が変わらないだけキュルケの方がまだましね」
 それはそれでいらつくけど、と唇を尖らせるルイズを見てエリスは思わず微笑を零してしまった。
 ルイズもキュルケもお互いにいがみあっているようだが、なんだかんだ言ってそこまで険悪でもないようだ。
「それで、あんた達はこんなトコでなにしてんの?」
「なにしてるも何も、俺にこんなトコで何しろってんだよ」
 改めて尋ねてきたルイズに柊は大いに眉を顰めて溜息を吐き出す。
 そんな彼の態度にルイズは僅かに眉を上げたが、特に何も言わずにじっと上から下まで柊を観察した。
 柊はじっと自分を見つめてくる彼女の視線に居心地の悪さを感じたが、眼を合わせると不意にルイズ表情を曇らせ視線をさ迷わせる。
 訝しげに柊が首を傾げると、彼女は何度か深呼吸した後意を決したように口を開く。
「……だったら、」
「じゃ、じゃあ私と踊りませんかっ!」
「!?」
 横から割って入るように叫んだエリスにルイズは愕然とした表情を浮かべてエリスを見やった。
 しかし当のエリスはルイズの視線に気付く事なく、意気込んだ様子で拳を握り柊に詰め寄った。
「エ、エリス?」
「わ、私こんなドレス着るのも初めてで、こんな舞踏会に参加するのも初めてで……。ひ、柊先輩も初めてですよね? くれはさんだって、こんなのしたことないですよね?」
「ま、まあそりゃ俺は初めてだしくれはも……くれはが何か関係あるのか?」
「え、あっ、関係ないです! ちょっと聞いてみただけです!!」
 首を捻る柊にエリスは慌てて手を振りながら、心の中で小さく快哉をあげた。
 日常生活的には一般市民であるくれはもエリスも、当然ながらドレスを着こんで舞踏会なんて機会は今までもこれからもまずないだろう。
 御伽噺や物語のようにドレスを纏い、憧れの騎士とダンスを踊る。
 他の誰もやることが出来ない、こんなファンタジー世界にいる自分と柊だけができる行為。
 つまり今のこの状況は千載一遇のチャンスだった。
「せ、せっかくですから踊っていきませんか。少しだけでいいですから……」
 努めて平静を装い――もっとも顔は既に紅く染まっていたが――エリスが提案すると、柊は複雑そうな表情を浮かべて頭をかいた。
「でもよ、服もコレだし、ダンスなんて体育祭でフォークダンスぐらいしかやったことねえし……」
「大丈夫です! 舞踏会の前に少しルイズさんに教わりましたけど、私も似たようなものですから! 二人一緒なら失敗しても恥ずかしくないです! 一緒なら! 一緒に……!」
 無意識にやたらと『一緒』を強調したエリスに気圧されるように柊は一歩後ずさり、少しばかり視線を彷徨わせた後諦めたように溜息をついた。
 必死に頼み込んでくるエリスを無碍に出来ようはずもなかった。
 何故なら彼女は――可愛い『後輩』であるからして。
「……足踏んづけても知らねえぞ?」
「……! ぜ、全然大丈夫ですっ!!」
 ぶっきらぼうに言い放つ柊に、しかしエリスは小躍りでも始めんばかりに破顔して答えた。
 柊先輩と私の初体験。超ステキ。
 しかし今宵の彼女に訪れた衝撃はそれだけではなかった。
 見れば柊は非常に難しい顔をしてエリスを見やっているのである。
 はしゃぎすぎたのかと顔を紅くして姿勢をただし、恐る恐る上目遣いで柊を窺う。
 彼は少しの間何事かを考えると、意を決するように頭を振ってから僅かに頬を染め、エリスから顔を背けて彼女に手を差し出したのだ。
「えっ……」
「……流石に口上は勘弁してくれ」
 ぽかんとして差し出された手を見やるエリスに眼を合わせないまま、柊はやや固い口調でそう言った。
 柊は社交界のマナーなど知らないも同然だったが、以前ラース=フェリアにいた時に背を預けて共に闘った騎士から夜話でその手を話を聞かされたことがあった。
 それはその騎士の言うところの『とある貴婦人とのアバンチュール』であったそうなのだが、まさかそれを模倣する羽目になるとは夢にも思わなかった。
 しかしこの状況で参考にできそうな例がそれしかなかったのである。
 なんという屈辱。なんという羞恥プレー。
 やってしまった後で柊は死にたくなった。
 一方でエリスはというと、
「……はぁぅっ……!」
 たっぷりと一分間それを凝視した後、柊の行為の意味を悟ってずざっと後ずさり呻き声を上げた。
 これはいわゆるエスコートという奴なのだろう。
 『私と踊ってくださいませんか、レディ』と柊が言っているような気がした。もちろんエリスの幻聴だが。
 エリスは死にたくなった。
 嬉しすぎて死んでしまいそうだ。
 ハルケギニアに召喚されてよかった、と心の底から思った。
 なんならこのまま自分の物語(セッション)が終了してしまっても一向に構わないぐらいだ。
 彼女はわなわなと身体を震わせ、恐る恐る差し出された柊の手に自分の手を重ね――

「ちょっと待ちなさいよあんた達ぃっ!!」

 ようとしたところで、割って入った怒声に遮られた。
 柊とエリスはそこでようやくルイズの存在を思い出した。
「わ、わたしを無視してなにやってんのよ……!!」
 両の拳を力いっぱい握り締め、身体から怒りのオーラを漂わせたルイズが二人を睨みつけながら唸った。
「あ、ごめんなさい」
 さらりとエリスが言った。
 今まで聞いたことのない、正真正銘心ここにあらずなその声色にルイズの眉が思い切り険しくなる。
 怒りの余りルイズは言葉を失って口をぱくぱくさせ、はっとすると大きく息を吸い込んだ。
 二人が見守る中、ルイズは全身の空気を抜くように息を吐き出す。
 怒りの空気も飲み込んで、ルイズは平静を取り戻した顔で改めて二人を見やった。
「しょ、初心者二人が出て行ったところで失敗して恥をかくのが関の山よ。あんた達はわたしの従僕なんだから、公衆の面前でそんな子とさせる訳にはいかないわ」
「え、でも……!」
 その言葉に柊は思わず安堵の表情を浮かべかけ、どうしても引けないエリスは思わず食って掛かろうとした。
 が、ルイズは彼女を無視して、
「……だから、わたしが先に教えてあげる」
 エリスから掠め取るように柊の手をとった。
「あ?」
「あ゛~~~~!!!」
 言われた意味がわからず首を傾げた柊の脇で、エリスが絶望的な表情を浮かべて悲鳴を上げた。
「ひ、酷いっ! ずるい…っ!!」
「ずるくない! あんたには始まる前に教えてあげたじゃないの! ……ほら行くわよヒイラギ!」
「は? いや……え?」
 訳のわからないまま柊はルイズに引き摺られるようにしてホールに連れて行かれる。
「そんな……っ、なんでぇっ!?」
 涙目のエリスの悲鳴がバルコニーに響き渡った。


 ※ ※ ※


 彼が自身で語ったとおり、柊のダンスはお世辞にもできたものは言えなかった。
 流れる曲と動きはてんでちぐはぐで、何度もルイズの足を踏みかけた。
 ルイズが舞踏会の主役という事もあって二人は注目の的であり、二人の踊りを眺める周囲からはくすくすと笑い声も漏れ聞こえてくる。
 正直柊は逃げ出したかったが手を取って一緒に踊っているルイズを振り払う訳にも行かなかったし、ルイズ自身はそんな柊のダンスや回りの笑い声を気にする風でもなく柊を先導し踊り続けている。
 日本では武の動きは舞に通ずるとされる――だからという訳ではないだろうが、しばらく踊り続けているとようやくといった感じで柊の動きがルイズについていけるようになってきた。
 その頃合を見計らってか、踊りながらルイズは囁くように柊に話しかけた。
「あのさ」
「あん?」
 なんとかついてはいけるが余裕がないも同然の柊はルイズの声に怪訝そうに返した。
「ありがと」
「……何が?」
「フーケのゴーレムに潰されそうになった時、助けてくれた事」
「なんだ……そんなの気にすんな。お前だって助けてくれたろ? おあいこだよ」
「そっか……そうね」
 言ってルイズは僅かに顔を背けた。
 背に回した手を少しだけ寄せて距離を縮める。
 体が触れ合う程ではなかったが、何となくあの時の温かみが感じられたような気がした。
 少しステップを深めて半歩距離を縮める。
「お、おい……っ」
 焦ったような柊の声が聞こえて、ルイズは薄く笑みを浮かべた。
 そのまま彼女は柊の体に――
「ばっ……!」

 ――足を思い切り踏んづけられた。

「っいっったぁあああ!!!」
 走り抜けた激痛に思わずルイズは悲鳴をあげ、同時に周囲からどっと笑い声が上がった。
「わ、悪ぃ! 大丈夫か!?」
「うくっ……こ、このヘタクソ……!」
「急に動きを変えんなよ! 踏んづけても知らねえって言ったろ!」
 蹲って足を押さえるルイズに柊は屈みこんで彼女を覗き込む。
 至近距離に迫った柊の顔を見てルイズは顔を紅く染め、唇を噛んで睨みつけた。
「~~……も、もういい! 終わりよ終わり! エリスと交代!」
 柊を押しのけるようにして立ち上がり、足早にエリスの方へと歩き出す。
 目尻の涙を拭うふりをして、彼女は紅潮した頬を必死に押さえつけた。
(わたし……なにしてた?)
 柊に体を寄せようとしていた事を思い出し、顔を更に紅くする。
 誤魔化すようにして頬を擦っていると、歩く先――待ち受けていたエリスがじっとルイズを見つめていた。
 怒ってはいないようだが、ほんの僅かに眉を潜めてルイズを凝視している。
 ルイズはエリスの視線から逃げるように顔を逸らしながら言った。
「こ、交代よ。これだけ笑われればあんた達がなにしたって平気でしょ! もう最悪だわ!!」
「……」
 しかしエリスはすぐには答えなかった。
 沈黙を保ったままじっとルイズを見つめた後、やや低い声色で静かに尋ねた。
「……昨日、何かありました?」
「っ!?」
 途端、飛び上がらんばかりにルイズの身体が大きく跳ねた。
 完全に背を向ける形でルイズがエリスの視線から逃げて、叫ぶ。
「なァッ……何もないわよ!」
「……」
 ちょっとだけ上擦ったルイズの声にエリスの眉間の皺が少しだけ増える。
 エリスの声が聞こえたのだろう、ルイズを追って戻ってきた柊が首を傾げて答えた。
「昨日……って、フーケを捕まえただけだぜ?」
「はい。柊先輩がそう答えるのはわかってます」
「そ、そっすか……」
 更に低くなったエリスの声に柊はなんだか怖くなって黙り込んでしまった。
 エリスは返答を待つようにじっとルイズを見つめ続けた。
 それはもう睨んでいるといっても過言ではないような視線だった。
 ルイズはちらちらと背中越しに様子を窺いながら――ややあって耐えかねたように振り返った。
「な、何もないって言ってるでしょ!? 強いて言うならヒイラギが不甲斐なくてフーケにやられかけただけよ!!」
 エリスの雰囲気に飲み込まれないよう語気を強めてルイズが叫ぶ。
 そうやって声を大にした途端、気恥ずかしさやらうしろめたさが全部怒気になってこみあげてしまった。
「あんただってあの時のわたしの顔見たでしょ!? 凄く痛かったんだから! ゲボクのくせに主人も守れない役立たずのおかげで!!」
「な、なにもそこまで……」
 ルイズの剣幕にあっさりと呑まれたエリスが顔を俯けたが、ルイズの方はもう止まらなかった。
「全部全部、あんたのせいよ!」
 次いでルイズは柊を睨みつけ、ドレスの裾をまくって杖を取り出した。
 柊の顔に驚愕が浮かび、やり取りを見物していた周囲の生徒達がざわっと声を上げた。
「ちょ……なんでこんなトコに杖を持ち込んでんだよ!」
「うるさいうるさいうるさい! メイジなんだから杖持ってて当たり前でしょうがー!」
 怒りに任せてルイズが杖を荒々しく振った。
 柊は思わず身構え、生徒達から悲鳴が上がる。
 華やかな舞踏会が一瞬にして混乱の坩堝と化す――
「……?」
「?」
 身構えた柊は眉を潜めて周囲を見渡した。
 予期していた爆発が起こらなかったのだ。
 見たところどこか別の場所が爆発した……という事もない。
 要するに何も起きなかった。
 ルイズは杖を振るった姿勢のまましばし固まっていた。
 怪訝そうに自分の杖を見やると、改めて杖を振った。
 柊は再び僅かに身構えた。
 生徒達も小さく悲鳴を上げた。
 ……が、今度も何も起こらなかった。
「なんで!?」
 ルイズは思わず叫んでいた。
 別に爆発が起こって欲しい訳ではないが、何も起きないとそれはそれで不可解だった。
「ミ、ミス・ヴァリエール! 晴れの舞台で一体何をやっているのです!?」
 生徒達の輪を割ってコルベールがおっとり刀で姿を現した。
 しかしルイズは愕然としたまま自分の杖を凝視している。
「何? どしたの?」
 騒ぎを聞きつけたのか、扇情的な黒のドレスを身に纏ったキュルケも顔を出し心配そうにルイズを見守るエリスの元へ歩み寄る。
 エリスが軽く事情を説明すると、キュルケは顎に指を添えて黙考すると「もしかして……」と呟いた。
 それを継ぐようにしてコルベールがルイズに声をかけた。
「……何の魔法を唱えたのですか?」
「……"ロック"」
 どの道どんな魔法を使っても爆発しか起きないのだ、ルーンを唱えなければならない系統魔法より口語で使えるコモン・スペルの方が手っ取り速く発動できる。
 それを聞いたコルベールは怪訝そうに眉を寄せて言った。
「それは、魔法がちゃんと発動しただけなのではないですか?」
 ルイズははっとして息を呑んだ。
 確かに施錠の魔法である"ロック"が効果を発揮したところで、開けるべき鍵がなければ何も起こりはしない。
 彼女は慌てて周囲を見渡し、ワインや食事が乗せられているテーブルへと走りよった。
 何事かと集まり見守る生徒達の視線を受けながら、ルイズはテーブルの上に置かれているワイングラスを見据え、杖を振った。
「我が意よ、見えざる手となれ」
 口語の詠唱。コモンスペルの"念力"。
 じっとルイズが凝視しているワイングラスが手を触れる事なく揺れ動き――そして浮かび上がった。
「……!」
「ルッ……」

『ルイズの魔法が成功したァーーー!?』

 怒号にも似た生徒達の叫びが響き渡った。
 信じられないとか初めて見たとか好き勝手に騒ぎまくる生徒達の中、ルイズはそんな喧騒が耳に入っていないかのように呪文を呟き、震える手で杖を振るう。
 その度にワイングラスがルイズの意図通りに飛び回る。
 爆発しない。たまたまの成功ではない。ちゃんと魔法が使えている。
「ミス・ヴァリエール……」
 それを見届けたコルベールが優しく彼女の肩に手を置いた。
 しかしルイズはそれに気付いた風もなく声を上げた。
「だ、だったら……」
 テーブルの上に戻ったワイングラスを見据えて、小さく息を吸い込む。
 期待感を込めてその口からルーンの詠唱が零れる。
「イル・アース・デル……!」
 そして杖を振った。
「ごはっ!?」
 背後でルイズを見守っていた柊が爆発した。
 柊の体が吹っ飛んでぐしゃりと床に崩れ落ち、騒いでいた生徒達が一瞬で静まり返った。
 ルイズは叫んだ。
「なんでぇ!?」
「なんでじゃねえだろ、てめえ……っ!」
 柊は拳を震わせて呻いたが、割って入るようにコルベールが声を上げる。
「ま、まあ良いではありませんか、ミス・ヴァリエール!」
 言いながら彼は驚きとも戸惑いともいえない表情を浮かべているルイズの肩に手を置き、更に続ける。
「系統魔法はともかく、コモンスペルはちゃんと使えたのです。これは大きな一歩ですぞ?
 かの"土くれ"のフーケを捕らえ、そして魔法も使えるようになった。このめでたき日になんとも喜ばしいことではないですか!」
 そう言って彼は今だ呆然としているルイズに笑いかけ、そして拍手を送った。
 彼女の事を何も知らない新入生達が訳がわからないままとりあえずコルベールに倣って拍手を始め、次いで彼女の事をしる生徒達もややあってそれに付和雷同する。
 広がった波はホール全体を包み込む万雷の拍手へと変わった。
 吹っ飛ばされた柊もやや複雑な表情を浮かべながらもとりあえず拍手を送った。
 手を叩くエリスの脇で、ただ一人拍手をしないキュルケが小さく嘆息し、
「何よ、コモンスペルが使えるようになっただけじゃない」
 と"嬉しそう"に呟いた。
 そしてその中心にいるルイズは――そこでようやく、自分の置かれた状況を把握した。
 周囲をせわしなく見回し、集まっている視線と向けられる祝福に顔を僅かに紅く染める。
 ドレスの裾をつまみ、貴族の礼に則って恭しく頭を垂れた。
「あ……ありがとうございます」
 顔を俯けて小さく囁いた声は、更に大きくなった拍手にかき消された。


 ※ ※ ※


 そうしてフリッグの舞踏会は近年まれに見る盛況で幕を閉じた。
 生徒達は三々五々ホールを後にし、自室なりどこぞの広場なりで舞踏会の続きを愉しんでいるだろう。
 主役であったルイズは自室に戻った後、ベッドの上でエリスに髪を梳られながら鍵のついた小箱を弄くっていた。
 時折思い出したかのように杖を手に取ると、"アンロック"を使って鍵を開け、"ロック"を使って鍵をかけ直したりする。
 動作自体はまるで玩具を手に入れた子供のようだったが、彼女の浮かべている表情は子供のように晴れやかではなかった。
 たとえ初歩の初歩であるコモンスペルであっても、念願といってもいい魔法が使えるようになったのは確かに嬉しい。
 ……嬉しくはあったが、ルイズは心の底からそれを喜べなかった。
 何故なら、どうして魔法を使えるようになったのかまったくわからないからだ。
 必死に乗り越えようとしてどうにもならなかった壁を、気付いたら越えてしまっていたような心境。
 『乗り越えた』『成し遂げた』という達成感がまるでないのだ。
 きっかけがあったとするなら先日のフーケの宝物庫襲撃の時だろう。
 その直前に中庭で練習をしていた時にはコモンスペルを使えなかった。
 手当たり次第に試しまくって一度として成功しなかったので間違いない。
 そして疲れ果てて休憩していたらエリスが訪れ、いくらばかりかの雑談をした後―――――――フーケが現れた。
 宝物庫を襲ったフーケを追い、巨大なゴーレムに立ち向かった時にも魔法を使って爆発した。
 が、あの時使ったのは"ファイアーボール"……系統魔法なので参考にならない。
 その後柊が現れ、フーケを倒してからは魔法を使う機会は全くなかった。
 つまり、皆目見当が付かない。
 にも拘らず、こうして魔法だけが使えるようになっている。
「なんで?」
 手の中の小箱を見つめながらルイズは呟いた。
 それに答えたのは、後ろで髪を梳かしているエリスだった。
「理由がわからなくても、使えるようになったんだからよかったじゃないですか」
「でも、なんだか気持ち悪いわ」
「それでも皆お祝いしてくれましたよ」
「それは……」
 言われてルイズは思わず黙り込んでしまう。
 場の空気もあっただろうが、それこそたかがコモンスペルを使えたというだけであそこまで派手に祝われるのはもはや体のいい見世物だったような気がする。
 今になって冷静に思い返せばそう感じてしまうのだが、その時の想いと囁いた言葉は決して偽りではなかった。
 正直に言ってしまえば、あの時の祝福は心地よかった。
「……私は、何もできませんでした」
「……?」
 いつの間にか髪を梳く手が止まっている事に気付いて、ルイズは振り返った。
 エリスは手にしていた櫛を握り、僅かに顔を俯かせていた。
「何言ってるの? ちゃんと衛兵達を連れてきてくれたじゃない。あれだって立派な成果だわ」
「あれはギーシュさんが手伝ってくれたおかげです。私だけじゃ全然信じてもらえなかった」
「……そうだったの?」
「はい。ルイズさんを守ったのも、フーケ……先生の事もなんとかしたのは柊先輩だし、私だけ何もできてない……」
 漏らしながら表情を沈ませていくエリスに、ルイズは少し慌てて彼女に向き直り手振りを加えて口を開いた。
「あ、荒事なんてヒイラギに任せてりゃいいのよ。アイツはそれしか能がないんだし、ゲボクなんだし……!」
「――ルイズさんの使い魔は私ですよね?」
「そっ……」
 思わず声を詰まらせる。
 返すべき言葉を失ってしまったルイズを見て、エリスは自嘲気味に小さく微笑んで口を開いた。
「ルイズさん。契約した時、私に認められるような主になるって約束してくれましたよね?」
「う、うん……」
「……じゃあ、私はルイズさんに認められてる、ちゃんとした使い魔なんでしょうか」
「それは――」
 答えられなかった。
 自分自身の価値すらちゃんと確立できてはいないというのに、そんな事を言われても答えられる訳がない。
 だが、それはかつて自分が彼女に言ったのと同じ言葉なのだ。
 あの時のエリスも、こんな感じだったのだろうか。
「感覚の共有っていうのもできないし、秘薬とかを探すのもできないし、主人の身を守る事もできない。使い魔として何の役にも立てない――」

 ――私、『ゼロの使い魔』ですね。

 小さく囁いたエリスのその声に、ルイズも彼女と同じように顔を俯けた。
 お互い真正面に向き合いながら、しかし視線を落として顔を合わせず二人は黙り込んだ。
 どれほどの沈黙が続いただろうか、ルイズがぽつりと漏らした。
「……そうね。貴女も何もできない『ゼロ』ね」
「……」
 その言葉がエリスの胸に刺さり、彼女は僅かに眉を歪め眼を閉じた。
 ……が、その直後顔をがしりと掴まれ、強引に持ち上げられた。
 目の前に、目尻を上げたルイズの顔が――強い意志を秘めた鳶色の瞳があった。
「だから、なに?」
「え……」
「『ゼロ』だから、何なの? 誰かに『ゼロ』だって言われて、自分が『ゼロ』だって認めて、それで終わり?」
 驚きに見開く翠の瞳を真っ向から見据えて、『ゼロ』のルイズは力強く語る。
「わたしは終わらなかったし、終わってない。今までそうやって生きてきたし、これからもこうして生きていくわ。
 わたしは貴族だもの、絶対に逃げない。だから貴女も、顔を上げなさい。
 逃げる事は許さないわ。
 だって……貴女はわたしが選んだ使い魔だもの」
「ルイズさん……」
 ルイズはエリスの顔から手を離し、次いで彼女の手を握った。
 しっかりと握り締めるルイズに応えるようにエリスもまた彼女の手を握り、包みこむ。
「使い魔は主人に相応しい者が召喚される……『ゼロのメイジ』に『ゼロの使い魔』なんてお似合いね。
 でも、これからよ。
 わたしは貴女に認められるメイジになる。貴女はわたしにふさわしい使い魔になりなさい。
 ――二人で一緒に、そうなりましょう」
 ルイズは優しく笑いながらそう言った。
 だからエリスも微笑を浮かべて、答えた。
「……はい。一緒にがんばりましょう」
 ルイズの胸の奥で、何かが小さく波打ったような気がした。
 それは心臓の鼓動だったのか、あるいは別のナニかなのか。
 自分の裡で波打ったソレは身体の中を緩慢と巡っていく。
 その感覚が一体なんなのか――彼女にはわからなかった。



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