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五月蠅いゼロの五月蠅くない使い魔-09



  第9夜
  久しぶりだね


 オスマン、マルモ、ルイズは大通りを避け、人の少ない脇道を通って魔法衛士隊本部に向かう。
 三人が魔法衛士隊本部に駆け込んだとき、中のロビーにはテーブルで四人程の男が雑談していた。身に付けているマントに幻獣の刺繍が見えることから、魔法衛士隊の隊員であることが伺えた。
「おや! オールド・オスマン。なんの御用ですかな」
 そのうちの一人が椅子から立ち上がって入り口の三人に声をかける。刺繍の模様から、グリフォン隊隊員だった。
 トリステインの貴族でオスマンの名を知らぬ者はいない。トリステイン貴族のほとんどは魔法学院の世話になるからである。
「巨大なワイバーンが出没したため、退治してほしい」
 息を整えたオスマンが簡潔に述べた。ワイバーンという言葉に、隊員たちの空気が変わる。
「ワイバーン、ですか……。場所は?」
「今のところは魔法学院から徒歩で二時間程度の森に潜んでおる。じゃが、いつ学院に飛んでくるともわからん」
「現段階での被害は?」
「森の動物が狩られまくっとるが……いつなんどき人里を襲ってもおかしくはない」
「わかりました。グリフォン隊隊長に報告して参ります。申し訳ありませんが、隊長への報告にもお付き合い願います」
「わかったわい」
「では早速。……ところで、そちらの小さなレディたちは?」
「学院の生徒じゃ。さて、事は一刻を争うんじゃが……」
 オスマンに急かされて隊員は階段を上って消えた。マルモのことを詮索されては堪らない心境である。
「お嬢さん方。こちらにお坐りになられるのはいかがですか?」
 残った三人の隊員がルイズとマルモに声をかけた。皆、グリフォン隊の一員である。二人はその言葉に従うことにした。
 二人がテーブルに着き、五人で一つのテーブルを囲う様子となった。三人の隊員は魔法衛士隊であるからして女には困らないが、
目の前に美少女が二人もいるともなれば話しかけられずにはいられない。
 ちなみに彼らの慧眼は、二人はいずれもマニア向けだが磨けばどんな男も言い寄ってくるようになるレベルだと踏んでいる。
 悟られぬように意気込んでいる彼らであるが、その努力が実ることは果たしてあるのだろうか。

 さて、場面は移ってグリフォン隊隊長の執務室。ここにいるのは先程報告に向かった二人と、それを受ける隊長。
「……以上が現在の状況じゃ」
 オールド・オスマンが言い終えると、隊長は頷いた。
 その隊長はワルド伯爵、フルネームはジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドという。二十六歳の若さで魔法衛士隊グリフォン隊隊長の座を手にした『風』のスクウェアメイジ。ただしヒゲのせいでおじさんに見える。
「御報告感謝します、オールド・オスマン。それで、今動ける隊員は?」
「マンティコア隊は王宮の警護。ヒポグリフ隊はゲルマニアへ下見。わがグリフォン隊で動けるのは私を含めて四名です」
 三隊からなる魔法衛士隊は、ローテーションで王宮の警護に当たる。これが魔法衛士隊の本懐であり、誇りある任務だ。
 また、ヒポグリフ隊は来たるべきトリステインの王女アンリエッタとゲルマニアの皇帝アルブレヒト三世の婚姻に向け、現在ゲルマニアへ出払っている。ゲルマニアにおける警護の主体はヒポグリフ隊、トリステインにおける警護の主体はグリフォン隊と分担され、今はどの隊も手一杯の状態であり、竜騎士も戦争が起こらない限り出動できない。
「つまりは我が隊が動くしかないというわけか」
 報告の通りであるならば、可及的速やかに解決しなければならない。一般にワイバーンはブレスこそ吐かないものの、生命力や頑丈さはドラゴン並みである。しかも今回のは成竜よりも大きい個体であり、余計に厄介だ。
「私が行こう」
 驚く隊員を尻目に、ワルド子爵はかけてあった羽帽子を手に取った。

 一方、ルイズとマルモに粉かけようとしていた隊員三人は。
 鳶色の瞳に睨まれて無言に徹していた。
 順を追って説明すると、まず隊員の一人が声をかけようとした。マルモに。すかさずルイズが「あ」の音も言わせず封殺した。殺気で。声をかけようとした男は黙った。そんなルイズに声をかける勇気もなく、他の二人もマルモに声をかけようとするも、更なる殺気と邪気を感じ取り口を開けなかった。
 ちなみに当のマルモは最近のルイズの感情の起伏にも慣れ、『よくあること』として済ましている。気持ちが冷めたとかではなく、むしろ数日で不安定なルイズに慣れたことに賞賛を受けるべきであろう。
 そんなこんなで重苦しい空気がロビーに沈滞していたのだが、階段を下りる音が伝わって、皆顔を見上げ、立ち上がった。
「隊長!」
 果たして現れたのは、グリフォンを象った刺繍のマントに身を包み、羽帽子を被ったワルドだった。その後ろにはオスマンと、隊員が一人。
 風のスクウェアであるワルドは音も立てずに歩くこともできるが、普段、特に部下の前ではわざと足音を立てて歩いている。
「諸君、ワイバーン討伐は我がグリフォン隊が行うところとなった」
 階段を下りきったとき、ワルドはそう言い放った。隊員たちは抗議の声を上げそうになったが、婦女子の前であるからして。
「討伐隊は私を含めてここにいるグリフォン隊五名。もちろん隊長は私が務める」
 ワルドはルイズたち三人を無視する形で具体的に話を進めていく。
 そんなワルドを見て、ルイズは落ち込んだ。
 ワルド子爵領とヴァリエール公爵領は隣接しており、ルイズが幼い頃はよく顔を合わせていたので、ルイズと現ワルド子爵の親同士が戯れに二人の婚約を決めていた。つまり二人は婚約者同士であるが、現ワルド子爵が魔法衛士隊に入隊したときを境に二人の連絡はほぼなくなった。せいぜいが儀礼的な手紙を交換する程度であった。
 ルイズはワルドが魔法衛士隊に勤めることは知っていたが、まさか隊長にまで上り詰めていたとは露とも知らず、大変に驚いたが、そんなワルドが自分に気付かないような態度であるので、落胆したのである。本当に気付いていないのか、気付いていて無視しているのかはわからないが、輝かしい道を行く婚約者を見て、己の無力さと矮小さを自然と感じ取り、萎縮した。
 貴族たる者、強くあるべし。
 それこそがルイズの行動原理だ。
 だからこそ、ルイズは面を上げる。マルモの前で、婚約者の前で、人の前で。弱さを見せてはならぬ。それが貴族。
「以上だ、お前たちは装備を整えろ。それと、グリフォンを人数分用意しておけ。準備でき次第出発する。では走れ」
 話し終えると、隊員たちは弾かれたようにロビーから消え去った。即時行動は魔法衛士隊の基本である。
「ワルド様」
「久しぶりだね、ルイズ」
 ワルドの微笑みは、十年前と変わらぬ優しさであった。
「お久しぶりでございます」
「先に挨拶できなくて悪かったね。今は任務が最優先だから」
「承知いたしております」
 ルイズは、貴族らしく礼意を示す。
 オスマンは、ルイズの学院でのじゃじゃ馬っぷりを何度か目の当たりにしているので、貴族の女は怖いもんじゃのう、と胸中で溜息を吐いた。もちろん己の態度を変える早さは忘れてしまっている。
 マルモは、ルイズの不安を感じ取ってはいたが、ルイズの性格からして人前で慰められるのは厭うと思い、後で二人っきりのときに慰めるつもりであった。しかし、ルイズの気持ちが収まったのでその必要もなくなったのだが、ルイズの心を揺さぶった目の前の男に良い感情を抱くのは難しかった。ちなみにマルモは自分もルイズの心を揺さぶっているのに気付いていなかったりする。思春期の乙女心的な意味で。
「まさか、君がここに来るとは思いもよらなかったよ」
「子爵様も……誉れ高き魔法衛士隊隊長への御栄達、まことに……」
「堅苦しい挨拶はやめないか、ルイズ。ここは謁見の場でもパーティの会場でもない。それに、僕と君の仲じゃないか」
 ワルドは貴族たらんと相好を崩さぬ少女に破顔する。自分の爵位を持たないルイズは子爵位のワルドの態度に合わせるしかない。それをわかっているからこそワルドは自ら身構えずに臨み、ルイズを楽にした。そしてルイズもそれを理解していた。
「彼らを紹介してくれたまえ」
「ええ……学院長のオールド・オスマンと、使い魔のマルモよ」
「……使い魔?」
 ワルドは今一つ飲み込めぬ様子であった。マルモの額に刻まれたルーンを見て、不思議そうな顔をしている。
「マルモは私の使い魔なんです、子爵様」
「なんと……いや、失礼。ミス・マルモ?」
「なに?」
「その格好からして、君はメイジなのかな?」
「私は賢者」
 ワルドの問いに、つっけんどんに答える。普段からして他人を寄せ付けぬような空気を纏うマルモであるが、寄って来ても自分に害が及ばなければ放っておく性分であり、だからこそ、ワルドに対するこの反応は、
「何かある……」
 と思われるものだった。それは、マルモ自身にもわからぬ。
「賢者? それは二つ名かね?」
「ああ、マルモは東方から来たメイジなの。だから、こっちの言葉には疎くて……」
 混乱していたワルドにルイズは嘘の説明をし、マルモを庇った。ハルケギニアの地図にも表れているように、東の世界はハルケギニアよりも『広がり』がある。聖地よりも向こうにある、未知の技術と魔法が使われている土地。それが東の世界ロバ・アル・カリイエなのだ。
「なるほど、そういうことか。しかし、人間を使い魔にするとは……君は類稀なる才能の持ち主だよ、ルイズ!」
 ワルドはルイズを称えるつもりで言ったのだが、ルイズは『類稀なる才能』という言葉に顔を伏せた。その言葉は散々学院で聞かされてきたのだ。
 類稀なる『ゼロ』の才能。
 そんな揶揄にも慣れ、さらにマルモから勇気を貰ったルイズではあるが、やはり未だに響くものがあった。
「ルイズ」
 だが傷心に染み渡るのは、暗い記憶ばかりではない。従の優しい呼びかけは主の心を癒し、力を与えるのだ。
 ルイズは、周りから見えないように、そっとマルモの手を握る。やはりマルモは私にとって必要なのだと、それを再認識したゆえの行動。
 マルモは、ルイズの手を握り返す。そうすればルイズが安心するから。ルイズの安心はマルモの安心でもあるのだ。
「……そろそろ隊員たちが戻って来るようだな」
 優れた『風』のメイジであるワルドは、こちらに向かってくる音と空気の流れで悟った。
「もっと語っていたいが、任務を急がなくてはならないのでね。すまない、ルイズ」
「……心配だわ、ワルド。確かにあなたは魔法衛士隊の隊長だけど、あのワイバーンは……」
 ルイズはあの光景が忘れられない。森の獣が食い散らかされ、辺りが死肉で埋め尽くされた、凄惨の一言に尽きるあの光景が。
「心配してくれるのは嬉しいよ、ルイズ。でも、僕はグリフォン隊の隊長だ。幻獣の討伐も今回が初めてじゃない。それに、うちの隊には腕利きの水メイジがいるんだ。腕の一本や二本が千切れても治せるよ」
「……ええ、そうね。ごめんなさい、ワルド」
 ルイズは丁寧に頭を下げた。一介の学生である自分が魔法衛士隊隊長を心配するなど、侮辱に等しい行為だ。
「いや、こちらこそ、せっかく婚約者が心配してくれているというのに……済まなかったね」
 ちょうどそのとき、隊員たちが用意を整えて来た。
「全員装備完了致しました。いつでも出発できます」
「御苦労」
 隊員たちに声をかけた後、ワルドはルイズたちの方に向き直る。
「魔法衛士隊として、御報告感謝致します。お気をつけてお帰り下さい」
「わかったわい。こちらとしても、早く解決してもらいたいからの」
「今日にも解決しますよ、オールド・オスマン」
 今まで口を挟まずにいたオスマンが応対した。やはりここは年長者である。
 話も短く終わり、グリフォン隊の面々は隊の名が示す通りグリフォンに跨って飛び立っていった。ルイズたちもマルモのルーラで学院に帰還する。
 ルイズたちが学院の正門の前に一瞬で到着すると、オスマンがルイズとマルモの労を労い、
「とにかく今日は授業を休んでもよい」
 との言葉をルイズは頂戴し、オスマンは宝物庫に、ルイズたちは寮の自室に戻った。
 部屋に戻ると、クリオがルイズの胸に飛び込んできた。意外にもクリオはルイズにも懐いているのである。
 クリオをあやしながら、ルイズは口を開いた。
「ねえ……マルモ」
「なに? ルイズ」
「その、えっとね……『銀の竪琴』のことなんだけど」
 いつものルイズはマルモに対してもっとすらすらと言葉を紡げるが、今日のことによる精神的な疲れと、マルモに対する申し訳なさから躊躇いがちになっている。
「その、わたしたちで取り戻さないかしら」
「……どうして?」
「どうして、って……」
 どうしてか、それを口で表すのはルイズにとって難しかった。
 今、感情や思考が渦巻いている。ワイバーンの恐怖が、ワルドへの心配が、そして……。
「……それは、貴族としての義務よ」
 学院が襲撃され、宝が盗まれた。賊は捕まらず、宝は見つけても幻獣に怯えて人任せ。
 果たしてこれが貴族のあるべき姿なのだろうか。
「マルモ。貴族はね、己の力が及ばずとも心だけは負けてはいけないの。自らを信じることが貴族の心なのよ」
 だからこそ、ルイズはめげずにずっと魔法を獲得しようとした。杖を握ったその日から絶えぬ情熱をたぎらせ、ただ一心に。
 情熱とは狂気であり、狂気とは我侭であり、我侭を貫けることこそが強さだ。
 だからこそルイズは弱いゆえに強い。受難より生まれる情熱が、ルイズを強くさせる。
「わかった」
 マルモは頷いた。
「『銀の竪琴』を取り戻す」
 ルイズの情熱が、マルモの心を動かした。マルモは外からも内の心を感ずることができるのである。なればこそ、ルイズの情熱がひしひしと感じられ、マルモとしては、抗う理由などない。
 加えて、賊を捕り逃したのは自分のせいだとマルモは思っていた。
「それじゃあマルモ、案内してくれる?」
 マルモが頷くと、二人は厩へ向かった。クリオも、経験値を稼ぐためにマルモが連れて行こうとしたが、魔法衛士隊に見つかると面倒ということでルイズに止められた。
 ルイズは馬二頭を用意したが、ここで問題が生じた。マルモは馬に乗ったことがないという。
 ルイズが困っていると、マルモは自分が持っていた手綱を放し、ルイズが乗った馬に近づいた。
「マルモ?」
「一緒に乗る」
 そう言って、マルモはルイズの前に横乗りし、馬の鬣を掴み、ルイズの身体に手を回した。
「ママママママママ、マルモ?!」
「こうすれば二人でも行ける」
 騎手の調子はそのまま馬にも影響する。ルイズの興奮は当然馬にも伝わったが、魔物使いのマルモが同乗しているので、その影響は最小限に止められた。
 ルイズはというと、マルモの不意な行動に鼓動を高めさせていた。
 今、ルイズとマルモの顔の距離は鼻息がかかりそうなくらい近い。これだけ顔を近づけたのは、契約のキス以来だ。
 ルイズは心中嘆息した。
 現在の状況を説明すると、ルイズの腕の中にマルモが坐っており、かつマルモは片腕をルイズの背中に回している。
 つまり、抱き合っている形に近い。
 これがルイズに対してどれ程の破壊力を持っているかは、想像に難くないだろう。互いの体温が感じられる程接近している状況である。思春期のルイズにとって、かなりの興奮材料といえた。
 だが、今は喜んでばかりもいられないと気を取り直し、ルイズは馬を駆った。ルイズは帰りの際に楽しもう、と思えるからこそ今は我慢できるのだ。
 やがて、馬が走って三十分もしないうちに森に着き、馬を木に繋ぎ止めて二人は森に入った。徒歩で二時間程度であるから、ルイズが手綱を握り、マルモが乗る馬なら早く着くのも道理である。
 マルモが先導して森の中を進んでいく。マルモは、既にワイバーンの居場所を把握しており、さらにその鋭敏な感覚から、魔法衛士隊がワイバーンの近くにいることを感じ取っていた。
 さて、その魔法衛士隊であるが、馬よりも速いグリフォンに跨り、グリフォンの感覚と『遠見』の魔法を組み合わせてマルモたちよりも先にワイバーンの居所を掴んだのはいいものの、どうやって仕留めるかが問題となっていた。
 現在、ワイバーンは森の中の開けた場所に陣取り、ワイバーンは周囲や上空を見渡せる状態である。それは、己の肉体の強さを知っているからこその構えであった。全長二十メイル超の身体を覆う鱗は岩よりも硬い。
 魔法衛士隊は、そこから五十メイル程離れた所に集まり、相談して、とうとう作戦を決めた。

 まず、隊長のワルドが、自身を分身する『風』のスクウェアスペル『偏在』を用いて本体含め五体に分かれる。
 次に、風の流れを変えて気配を絶ち、ワルドたちと隊員たちがワイバーンを包囲する。
 そして、ワルドたちが高位の攻撃呪文で一斉に攻撃し、続いて隊員たちが『蜘蛛の糸』と呼ばれる魔法で拘束する。
 最後に、身動きの取れなくなったワイバーンにワルドが止めを刺す。

 以上が決定した作戦の内容であり、今まさにそれを実行しようとしていた。ちょうど、マルモたちが森に入った頃である。
「ユビキタス・デル・ウィンデ……」
 ワルドが『偏在』のスペルを唱え、一体、二体、……と分身していき、本体と合わせて五体になった。
 作戦通りにワルドと隊員でワイバーンを囲む。改めて巨大なワイバーンを目前にして隊員たちに緊張が走った。王国擁する竜騎士のドラゴンの中にも、これ程の巨体はいない。
 だが、ワルドは気負った様子もなく、ルーンを紡いでいく。さすがに場数を踏んでいた。
 すると、ワイバーンの周りの空気が冷えていく。それを感じ取ったワイバーンは周囲を警戒するが、遅かった。
 雷鳴が轟き、五方から伸びた稲妻がワイバーンの全身を捕らえる。
 『ライトニング・クラウド』。電撃を以って敵を殺す、『風』系統の上位呪文である。その威力は一撃で人一人の命を奪う。それを、ワルドは偏在と合わせて五人分の『ライトニング・クラウド』をワイバーンに浴びさせた。
 しかし、これほどの攻撃をしてもなおワイバーンは事切れず、倒れなかった。いくら巨体とはいえ、肉を焼く電撃が心臓にまで被害が達してもよかった呪文である。これ程までの化け物は、ハルケギニア広しといえども滅多にいない。
 だが、それを想定しての作戦である。隊員たちは間髪入れずに『蜘蛛の糸』をワイバーンに向けて射出した。この呪文は大型の幻獣を抑えるためによく用いられるため、この規格外のワイバーンに対しても有効と思われた。
 まさに、『蜘蛛の糸』がワイバーンの身にかかろうとしたとき。
 炎のブレスが糸を焼き切った。
 それは、ワイバーンから吐き出されたもの。しかし、ワイバーンはドラゴンと違い、ブレスを吐かない。それが常識であり、ブレスを吐くワイバーンなど、報告の例がなかった。
 けれども、この規格外の怪物は、どこまでも規格外だった。
 そして、それが隊員たちの思考を一瞬停止させた。
 ワイバーンの怒りに満ちた双眸が人間の姿を捉え、口が開いて炎が見えたときには、隊員の一人はもう逃げられない位置だった。
 呪文を唱えるのも忘れ、その隊員は、目の前の炎にただ見入っていた。死ぬ直前、人は走馬灯のように記憶を辿るという。この隊員は、今この瞬間まさにその境地にあった。
「バカがっ!!」
 だが、ワルドの『ウィンド・ブレイク』が隊員を吹っ飛ばし、火炎からその身を守った。隊員はそのまま木にぶつかるまで飛び、頭を打って気絶してしまった。何分、ワルドも威力を調節する余裕がなかったのである。
「全員退避!」
 ワルドの怒声に皆我に帰った隊員たちは、『フライ』を唱えて森の中を逃げる。いかに魔法衛士隊とはいえ、命は惜しい。
死中に活を見出す場は人と人が戦う戦場であって、このような化け物との戦いにおいてではない。
 隊員たちが逃げる中、ワルドはまだワイバーンから逃げ出さずにいた。気絶した一人の隊員のためである。偏在は四体がワイバーンに立ち向かい、残る本体が隊員の回収に当たった。
 それからの偏在の戦いぶりは、見事の一言に尽きる。
 ワイバーンの攻撃を凌ぎつつ、ブレスによる森の延焼を防ぎ、全員が逃げ切れるように時間を稼いだ。それらの働きは、偏在だからこそ可能であったのだろうが、術者の能力によるところも大きい。ワルドでなければ、もっと被害が出ていたであろう。
 だが、奮闘も長くは続かず、ワルドは森の中を逃げながら自身の偏在が消えていくのを感じていた。しかしここまで来れば、グリフォンが待機している場所まであと少しである。
 ワルドはそう思いながら森の中を飛行していると、前方から飛んでくる「何か」を感じた。
 咄嗟に『フライ』を止め、着地して身構える。すると、目の前からやって来たのは何とグリフォン隊のグリフォンたちであった。その中にはワルドの乗っていたグリフォンも含まれる。
「どういうことだ?!」
 わけがわからずにワルドが混乱していると、あっという間にグリフォンはワルドの横を通り過ぎ、ワルドが来た方向に向かっていく。すなわち、ワイバーンの方へと。
「一体なぜ…………そうか、『銀の竪琴』か!」
 報告にあった『銀の竪琴』。その効果は、モンスターを呼び寄せるという恐ろしいもの。それを利用してあのワイバーンはこの森で餌を食い散らかしていたという。
 ワルドは、未だ気絶していた隊員を叩き起こし、状況を説明して、二人でグリフォンを追いに森を戻った。軍用の幻獣は高価であり、たとえワイバーンを討伐したとしても五頭もグリフォンを失ったとあっては損得が釣り合わない。もしワイバーンを討伐できず、グリフォンが殺されたことになれば、免職の可能性が大きく見えてくる。
 ワルドは全速力の『フライ』でグリフォンの後を追った。グリフォンは馬よりも速い生物であり、全速力の『フライ』でなければ追い付けない。隊員を引き離す程の『フライ』でワルドは突き進む。
 やがて、グリフォンの後姿を捉えたとき、さらに奥にはワイバーンの姿も確認できた。
 だが、様子がおかしい。グリフォンもワイバーンも。
 慎重にかつ素早く近付くと、グリフォンは眠っていた。そしてワイバーンは倒れ伏し、さらにその前に二人の少女が立っていた。
 ルイズとマルモが、眠るグリフォンと倒れるワイバーンの間に立っていた。
「……ルイズ?」
「子爵様……」
 ルイズが呟いた。

 さて、時を少し戻し、ワイバーンと偏在が戦っていたときから話そう。
 『ウィンド・ブレイク』が炎を散らし、『エア・ニードル』がワイバーンの牙を砕き、しかし奮闘空しく偏在が消えた頃。
 マルモとルイズはワイバーンの近くにまで迫っていた。
「あれ……本当にワイバーンなの? あんな、ブレスを吐くなんて…………」
 ルイズは、ワルドの偏在がブレスで掻き消えていくのを目の当たりにして呆然とした。
 ワイバーンを記述したどの本にも、ワイバーンはドラゴンと違ってブレスを吐かないことが明記されている。それが今覆された。
「それでも……やるしかないのが貴族なのよ」
 思わず杖を握る手に力が入る。
「待って、ルイズ」
「なによマルモ」
 緊張しているルイズに余裕はない。
「『銀の竪琴』が鳴っている」
「え?!」
 そう言われて、ルイズに耳にも『銀の竪琴』のメロディーが耳に入ってきた。
 ワイバーンは器用にも、尾先で弾いていたのである。
「楽器が演奏できるワイバーンなんて! 滅茶苦茶よ!」
 ルイズは知らなかったのだが、『銀の竪琴』は誰が弾いても一定のメロディーを弾き出すことができ、音楽に心得のない者であったとしても演奏は可能なのだ。
「マルモ、確か『銀の竪琴』ってモンスターを呼び寄せるのよね?」
 マルモは頷く。
「それって、飼育された幻獣やメイジの使い魔もそうなの?」
「おそらく使い魔は大丈夫だけど……」
「『使い魔は』って、それじゃあ……」
 ルイズは嫌な予感がしていた。この森には、ワルド率いるグリフォン隊がいるはずだ。
 そして、その予感は当たった。
 グリフォンが五体、こちらに向かってくるのが見えた。
「マルモ、あのグリフォンは多分魔法衛士隊のよ! なんとか殺さずに止めることはできない?!」
 ルイズはグリフォンがワイバーンに敵うとは思っていなかった。このワイバーンに対抗できるグリフォンなど、このハルケギニアには存在しないであろう。
「ラリホー」
 即座にマルモは杖をグリフォンに向けて催眠呪文ラリホーを唱える。この呪文は必ず効くわけではないが、耐性のない者に対しては抜群の効果を発揮する。
 幸いにも、グリフォン全五体に効いたようで、皆眠ってしまった。
「やったわ! すごいわ、マルモ!」
 まさか、グリフォン複数体を一度に眠らせてしまうとは。
 これは秘薬でも使わぬ限り並のメイジにはできぬことで、相当な『水』の使い手であれば可能な芸当である。
「まだワイバーンがいる」
 浮かれていたルイズにマルモが釘を刺した。事実、獲物が来ないことを察したワイバーンは、近くのマルモに目を向けていた。
「そ、そうね。やってやるわ!」
 と、ルイズが意気込んだ瞬間、炎のブレスがルイズたちに吐かれる。ワイバーンとの距離は十メイル程あったが、その間の木はブレスによって炭と化していた。
 炎はルイズたちには達していない。だが、それも時間の問題である。
「この……!」
 すっかり浮き足立ったルイズは呪文を唱えて杖をワイバーンに振るう。恐怖を昂揚に変え、貴族として敵に立ち向かう。
 再びブレスを吐こうとしたワイバーンであったが、口を開いた瞬間、ちょうど爆発が起こった。
 それは、顎の付け根辺りに炸裂し、一時でもワイバーンのブレスを封じるという僥倖をもたらした。
「やった! やったわ! 私の魔法が……!」
 しかしここでルイズの予想もしなかったことに、ワイバーンが怒りに任せてこちらに突進してきたのだ。
 巨体ゆえに、その瞬発力は計り知れない。しかも、今日の戦闘によって溜まった憤怒が、さらに加速させていた。
 あっという間に、彼我の距離は縮まる。ルイズの眼前にワイバーンの顔が占めていた。
 だが、主人の身を守るのが使い魔の役目。
「バギクロス!」
 風の激流が巻き起こった。
 その流れはワイバーンの突進に対して横からであった。
 突撃したワイバーンは、ルイズに触れるか触れないかで横に逸れ、いくつもの木を薙ぎ倒しながらも巨体が吹っ飛んでいく。
 真空呪文最上位呪文バギクロス。その威力は存分に発揮された。
 けれども、さすがは魔法衛士隊でも仕留め切れなかった怪物。マルモの大呪文を以ってしても、一撃では倒れない。
 怒りに狂ったワイバーンは、マルモとルイズを殺し切るまでは鎮まらないであろう。
 ワルドの『ライトニング・クラウド』やマルモのバギクロスを食らってなお、怒りでその身を持たせているのだ。
 しかし、賢者であるマルモは、このワイバーンを前にしても怯むことはない。賢者の呪文は、一匹のモンスターに遅れを取る程脆弱ではない。神に選ばれし職業である賢者の呪文は、世界を救うためにあるのだ。その強さ推して知るべし。
 再びワイバーンが突進の構えを取ったとき、既にマルモは呪文を紡いでいた。
 ワイバーンが地を蹴り、その巨体がマルモに迫ろうとした瞬間、ワイバーンの身体に異変が起こる。
「ザキ」
 即死呪文ザキ。文字通り、敵を殺すための呪文である。僧侶などは『昇天呪文』と称しているが、時代によっては、敵の血液を凝固させて死に到らしめる呪文であり、まさに『死の呪文』といえよう。
 その呪文がワイバーンにも効き、ワイバーンは倒れた。マルモにとってはそれだけのことだったが、傍らにいたルイズには急にワイバーンが倒れただけにしか見えず、逆に混乱が増すばかりである。
 だが、マルモが歩き出したのを見て、堰を切ったように声を出した。
「ちょ、ちょっとマルモ?! 一体どうなったの?! ワイバーンは、どうして倒れたの?!」
「殺した」
 あっさりと答えたマルモに、ルイズは面食らった。
「こ、殺した、って……」
「そういう呪文がある」
 と言って、ザキについて説明した。
「…………」
 呪文の効果を聞いたルイズは、もう何も言えなかった。
 即死呪文。これほどわかりやすい呪文はない。必ずしも効くわけではないらしいが、それでも充分すぎる。
 ルイズは、初めてマルモの魔法に恐怖した。もちろん、マルモがルイズを襲うなどと考えてはいないが、その力は、味方であっても恐ろしい。
 マルモは、ルイズが自分を見る目に恐怖が混じったことを感じ取った。それはかつて向けられた眼差しに似ている。
 しかし、決して同じでもない。
「マルモ」
 鳶色の瞳が、真っ直ぐエメラルドグリーンの瞳を射抜く。
 その声、その目は、マルモを拒絶するものではない。
「わたし、いつもマルモに助けられてばかりだけど、いつか……強くなったら。わたしが、マルモを守るから」
 確かに恐怖はある。けれども、それがマルモの力に対してだったら、わたしも同じくらい強くなればいい。
 それがルイズの結論だった。
「……うん」
 ルイズの新たな決意は、確かにマルモに伝わった。
 死臭の漂う森の中、爽やかであると言い切れない空気ではあるけれど、二人の雰囲気は以前よりも柔らかい。それは、二人一緒だからこその……。
 と、そこに無粋な闖入者が一人。
「……ルイズ?」
「子爵様……」
 それは、グリフォンを追って戻ってきたワルド子爵だった。
「一体これは……」
「後で説明するわ、ワルド」
 かくして、この騒動は一応の結末を迎える。
 魔法衛士隊の隊員とグリフォンは全員無事。『銀の竪琴』は取り戻され、再び学院に戻ることになった。
 そしてワイバーンはトリステインのアカデミーに回され、研究対象となるようだ。
 ワルドは任務の状況を包み隠さずマザリーニ枢機卿に報告した。
 枢機卿は、先代の王から王国に使える重鎮であり、空位となった現在、実質王国の中心にある人物である。
 ワルドは、魔法衛士隊が無様にも学生に助けられた結果となったことに減俸も覚悟したが、枢機卿は、ワルドが正直に話したことを称え、王室にはワルドの印象が悪くならないように上啓した。
 オスマンは、ルイズの危険な行動に罰を与えると同時に個人的な報奨を出し、学院の歴史に名を刻むことを約束した。そして『銀の竪琴』の入手について語りだした。
「三十年前くらいにの、どこの国から来たとも知れぬ行商人が売りつけていきおったんじゃ。装飾も見事だったので、ワシも買ってしもうたんじゃが、鳴らすとモンスターがうじゃうじゃ来よってのう。壊そうとも思ったんじゃが、こんな珍しいアイテムは二つとないと思って、宝物庫の中にしまってあったのじゃ」
 だが、マルモの言葉にオスマンはがっかりした。曰く、『銀の竪琴』はある国では定価で売っている。上級の冒険者ならばすぐに稼げる金額らしい。
 意気消沈したオスマンに、マルモは『銀の竪琴』を譲ってほしいと頼んだ。オスマンも自棄になり、ミョズニトニルンなら大丈夫だろうと、マルモに譲った。使い道は、当然ルイズの修行である。
 後日、オスマンが宝物庫を点検していると、『眠りの鐘』が目に入り、
「ひょっとして、これを使っていれば最初からワシ一人でも行けたんじゃね?」
 と思ったが、虚しくなるだけだったので、胸の裡に秘めた。
 ミス・ロングビルこと土くれのフーケは正体もばれぬまま、秘書として学院に留まっている。充分な額の労災が下りたので、次の活動のために学院で潜伏するようだ。労災の半分以上はどこかに送金するらしい。

 さて、唐突だが場所は宗教国家ロマリアへと移る。
 この国は都市国家が集まった連合皇国であり、宗教庁のある宗教都市ロマリアが、実質的にこの国の首都である。
 その宗教都市ロマリアの外れで、戦闘が行われていた。
 少年とも、青年とも取れる容姿の男が、魔物と対峙していた。
 その男の容姿は一言で表せば美男子であり、金髪と、『月目』と呼ばれる左右で違う色の目が特徴だ。
 しかし、魔物の方の異形さに、人々がいれば目を向けるであろう。
 その姿は、火竜山脈に住まう極楽鳥に、左右からサラマンダーの首を生やし、胴体はサラマンダーの四肢をくっつけたような、自然ではありえぬ体躯であった。翼も極楽鳥のものに加え、ドラゴンのような羽も一対ある。
 だが、相対する男には微塵も恐怖がない。男は背中にくくりつけてあった大剣を手に取り、正眼に構える。
 すると、男の左手の甲が、嵌めた白手袋越しに輝き……。
 魔物は、サラマンダーの両首から火炎を吐き出し、男を焼き殺そうとした。
 だがそれよりも早く、男は超人的な速度で魔物の後ろに回り、羽、翼、そして後ろ足の腱を一瞬で斬った。反応することも適わぬ、まさに神速の業であった。
 叫び声を上げる魔物の三首を完全に斬り落とし、男は戦闘を終了させた。
 死体を埋め、身を清めてから、男は宗教都市ロマリアの中心、ロマリア大聖堂へと足を向ける。門をくぐるときも、誰もこの男を咎めはしない。なぜなら、この男の主人が、この大聖堂の主だから。
 やがて大聖堂の奥、教皇の室にて、男は腰を着けた。
「ジュリオ」
 それがこの男の名前である。ジュリオ・チェザーレ。かつてロマリアに君臨した大王の名から取って付けられた。
 そして、ジュリオの名前を呼んだのは、教皇聖エイジス三十二世ことヴィットーリオ・セレヴァレ。その美貌はジュリオにも負けない。まだ青年の年であり、この若さで教皇となったのは異例のことである。
「またですか?」
「まただよ。今度は極楽鳥とサラマンダーのがっちゃん。いい加減にしてほしいね」
 ジュリオは孤児院の出身である。そのため、時々口の悪さが目立つが、この教皇はそれを気にしない。
 ロマリアでは秘密裏に連日モンスターの討伐をしていた。ただのモンスターではない。人の手によって生まれた合成獣キメラだ。
「おそらくは、土の国でしょう」
 ヴィットーリオは穏やかに言った。『土の国』とは、宗教国家ロマリアが北に接する大国ガリアである。
「あそこは以前、キメラの研究に熱心だったと聞いています」
「もう止めたんじゃなかったっけ?」
「おそらく再開したのでしょう」
「理由は?」
「虚無」
 ジュリオの問いに、教皇は調子も変えずに言い切った。
「さしずめ『神の頭脳』か『神の右手』か……」
 そう言って、ジュリオは自身の左手を見る。
「『兄弟』が気になりますか?」
「いや……そうだな、多分。ただ、面倒くさい」
「おや、どうしてです?」
「キメラの処理ぐらい、自分でやってほしいよ。『神の左手』はそんなことのためにあるんじゃない」
「よいではありませんか、これも交流だと思って」
「本気か?」
「ええ」
 微笑む教皇に、ジュリオは溜息を吐いた。
「まったく……ご主人様も困ったものだ」

 さて、件のガリアであるが、この国は現在『無能王』ジョゼフ一世が玉座にある。ジョゼフは今年で四十五歳であるが、それを感じさせぬ美丈夫であり、凛々しい顔からは王族の気品を感じられぬこともない。
 だが、世の貴族からは『簒奪者』とも噂されており、『魔法も使えぬ王』と笑われていた。
 ジョゼフには弟のシャルルがいた。小さい頃から魔法の才がないジョゼフと魔法の才に恵まれたシャルルは比べられ、王の座を頂くのはシャルルだと思う者も多かった。
 しかし、シャルルは毒矢に射られ死亡。兄であるジョゼフが犯人なのは明らかだったが、誰も逆らわず、むしろ王が無能ならば好きなようにできると、王臣もジョゼフを支持したのだ。それから数年が経ち、現在に至る。
 そのジョゼフは今、王城ヴェルサルテイル宮殿の中心、青いレンガと薔薇色の大理石で組まれたグラン・トロワの玉座で、女から報告を受けていた。
 女は王の前だというのに臣下の礼を取らず、傍らに立っている。
「トリステインに飛ばしたフクロウによりますと、ワイバーンが森で暴れていたところを、少女二名が撃退したということです」
「あのワイバーンをか?」
「はい。なんでも、『即死呪文』なるもので仕留めたようです」
「『即死呪文』だと?!」
 ジョゼフは、嬉しそうに叫んだ。
「いやはや、世はまだまだ不思議に溢れているな! そんな呪文があったとは!」
 ジョゼフは何が楽しいのか、大笑いしている。その理由は、ジョゼフ本人もわかるまい。
「それで、その少女二名というのは?」
「一人はトリステイン魔法学院の生徒で、もう一人はその生徒の使い魔です」
「なるほど、なるほど! つまりは俺と一緒か!」
「はい。その使い魔の少女の額には、ルーンが確認できたようです」
 その言葉を聞いてジョゼフはいよいよおかしくなり、腹を抱えて盛大に転げまわった。常人には理解できぬ所作である。
「どういたしました?」
「ハハハハハ! いや、なに、これ程嬉しいことはない。『神の頭脳』! まさかこんなときに現れるとはな。
まるでブリミルが引き合わせているようじゃないか?」
「私は、ブリミル教を信仰しておりませんので」
「おお、そうであったな!」
 女はハルケギニアやアルビオンの出身ではない。聖地の向こう、東の世界からジョゼフに『召喚』されてきた。
名はシェフィールドという。
 そして契約のルーンは、右手の甲に。
 そのルーンは『神の右手』ヴィンダールヴ。あらゆる獣を操り、始祖を導いたという。伝説の使い魔だった。
「それで、その『即死呪文』は虚無の魔法なのか?」
「いえ、それが……。今のところは、使い魔の少女のみが使える魔法です」
「どういうことだ?」
「その少女は、系統魔法とも、先住魔法とも異なる魔法を使い、ワイバーンを殺しました。ですから、虚無ではない可能性も……」
「素晴らしい! まだ未知の魔法があったとはな!! ハッハッハッ!!」
 今回の報告は、ジョゼフの大笑いで幕を閉じた。
「それで、いかがいたしましょう」
「そうだな……。駒を増やそう」
 その言葉に、女の口角が上がる。
 現在ジョゼフが行っているのは合成獣キメラの研究である。ジョゼフが王になる以前は盛んに実験していた貴族がいたらしいが、失敗してキメラに食われ、研究所もキメラに破壊されてしまったらしい。後に、研究所があった森はキメラで溢れてしまい、王国の派遣する騎士隊でも手を焼いていたそうな。
 だが、ジョゼフがシェフィールドを召喚し、ヴィンダールヴの力を得てからは、キメラの研究を再開させた。
 ヴィンダールヴの力でキメラを操り、さらにキメラの能力を把握して、効率的に合成しているのだ。
「今度は、『あいつ』を使ってみるか」
「御意」
 ジョゼフが指示したものとは、このハルケギニアの『外』からやって来たというモンスター。
 人語を解し、ヴィンダールヴの力を以って洗いざらい情報を吐かせた。結果、キメラの合成技術が飛躍的に進歩した。
 曰く、自分は『邪配合』と呼ばれる秘法で誕生した。
 曰く、『邪配合』とはモンスターのためにモンスターのみが強くなれる秘法である。
 それらを聞いたジョゼフは、『邪配合』をキメラ研究に取り入れるべく、そのモンスターを研究主任に据えた。
 元々キメラの合成は、ベースとなる獣が付け足す獣を取り入れるような方法を用いていたので、『邪配合』とは相性がよく、ヴィンダールヴの力もあって、短期間で強力なキメラが誕生した。
 そして今、その研究主任であるモンスターをベースに新たなキメラを作ろうというのである。
「邪神がもたらした『邪配合』……実に素晴らしい。『虚無』よりも余程魅力的だ」
 終始楽しそうな様子のジョゼフであったが、その本心を知ることは、当の本人にもできない。

 また、それから数日が経った頃。
 フクロウからの伝書を受け取るワルドの姿があった。
 それは、現在内乱で争っているアルビオンからのものである。その内容は、深く内乱に関わるものであった。
 その手紙を読んだワルドの顔は、無表情。
 そして脳裏をかすめたのは、婚約者ルイズの顔と、その使い魔であるマルモの存在。
 この伝書が、後のワルドの運命を左右し、ハルケギニアとアルビオンの国家の命運をも左右するものであることは、今は少数の者しか知らない。



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