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萌え萌えゼロ大戦(略)-19


 ルイズたちがニューカッスルへ到着した頃、トリステイン魔法学院では――

「……遅いな。もう出発する頃だと思うんだが……」
 学院の正門前。そこに一人の羽帽子をかぶったメイジが幻獣グリフォンを
連れて立っていた。彼の名はジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。
トリステイン王国の子爵にして、精鋭の魔法衛士隊グリフォン隊の隊長
でもある。
「……もう夜が明ける。僕のグリフォンでもあまり遅くなると今日中に
ラ・ロシェールに着くのが難しくなるんだけどな……」

「……なーにをやっとるんですかの?ワルド子爵は?」
 払暁の魔法学院。その中央本塔の最上階の窓からオールド・オスマンが
せわしないワルド子爵を見下ろしている。
「……そういえば、ワルド子爵には、昨夜ルイズ・フランソワーズの護衛を
お願いしていましたわ」
 窓際に立つオスマンを、ソファに座ったまま優雅な仕草で早めのモーニング
ティーに口をつけたアンリエッタ姫が見る。その仕草には少しも悪びれた
様子はない。
「そのミス・ヴァリエールは昨夜遅くに使い魔と一緒に旅立ってしまって
おりますな。
 ミスタ・グラモンも一緒に。
 ……昨日、この老いぼれは姫に忠誠を誓う貴族を信じることが必要とは
言いましたが、あまり勝手なことをされても困りますな。
 もっとも、すでに杖が振られた今となっては、我々にできることは待つ
ことだけ……違いますかな?」
「そ、そうですね……」
 そう言ってアンリエッタ姫を見下ろすオールド・オスマン。王族に対して
不敬ではあるが、普段の彼とは違うすごみのある威厳とその言葉に
アンリエッタ姫は返す言葉がない。彼の預かる貴族の子女を勝手に私用で
動かしたのは自分なのだから。だが……
「なぁに。彼女ならば、道中どんな困難があろうともやってくれますでな。
 ……今頃はもうアルビオンに着いておるかもしれませんな」
 オスマンはそう言うとアンリエッタ姫の向かいに腰を下ろす。そのとたん、
アンリエッタ姫の表情が真剣味を帯びた。
「あのルイズの?
 確かにあのガーゴイルはわたくしたちには及びもつかないメイジが
作成したものだとは思いましたが……どういうことです?」
 今にもテーブルから身を乗り出さんとするアンリエッタ姫に、オスマンは
ふほんと一つ咳払いをした。
「姫は始祖ブリミルの伝説はご存じかな?」
「通り一遍のことなら知っていますが……」
 得心のいかない表情のアンリエッタ姫。そこにオスマンはもったいぶった
様子でこう告げる。
「ではガンダールヴのくだりはご存じか?」
「……え?ま、まさか……」
 驚く姿とは裏腹に、アンリエッタ姫の瞳にそれまでとは違う色が宿るのを
オスマンは見た。それは、何かを確信したもの。それを見て少ししゃべり
すぎたと思い至ったオスマンは、その軌道修正を図った。
「いや……かのふがくは3億もの人口を誇る敵国を破壊するために生み出されたと
言うておりましての。さすがにその力を顕現させることはこのハルケギニアを
草木一本生えぬ瓦礫の山に変えて滅亡させることになりますでな。無益な
争いは起こさぬよう約束させておりますが……えーおほん。
 つまり、『ガンダールヴ』並に使える、と。そういうことですな……」

「な、なるほど……」
 具体的な数を出したのが効いたのか、アンリエッタ姫が得心した面持ちに
なるのをオスマンは内心安堵した。しかし――

(改めて言葉にしてみると、途方もない数字じゃのう。ちとしゃべりすぎたか……)

 オスマンとしてもふがくやその主人であるルイズを兵器として扱うことは
断固避けるべきだと考えている。今は子供の使い程度に思われているものを、
わざわざ最終兵器として認識させることもない。自国の民を安んじるために
その身を捧げようとしているアンリエッタ姫が、よもやそういうことを
考えるとは思いたくないが……とにかくこの話題はここまでとし、オスマンは
話題を変えることにした。
「……ところで、ワルド子爵はいかがするのですかの?さすがにあのままは
不憫ですわい」
「そ、そうですね。後でわたくしの部屋に来るようお願いできますか?」
「かしこまりました」


 ――一方その頃。本塔でそのような会話が行われていることも知らず……

「……一度ルイズの部屋に行ってみるか」
 すでに太陽は昇り、多くの貴族の子女の朝食の準備も滞りなく進められる頃。
待ち人来ずのワルドは、小さく溜息をつくとマントを翻しルイズの部屋に
向かおうとして……視界の隅にあるものを見つけてしまった。それは
こちらに向かってくる2頭立ての馬車だが、そこに掲げられている紋章が
ワルドの顔色を蒼白にする。
「……ま……まさか……」
 トリステイン王国の最精鋭との誉れも高い魔法衛士隊の一角である
グリフォン隊の隊長であるはずのワルドが冷たい汗を流している――
普段のワルドを知る者であれば、それは信じられない光景だろう。
だが、それは紛れもない事実だ。そして馬車が正門前で停止しても、
まだワルドはその場から動くことができずにいた。
「……あら?誰かと思えば、『泣き虫ジャン』じゃない。何してるのよ
こんなところで」
「……や、やあエレオノール……久しぶりだね……それに、その『泣き虫
ジャン』ってのはもう止めてくれないかな?僕ももうこれで魔法衛士隊の
隊長なんだから……」
 馬車から降りてきたのは、美丈夫のワルドにも負けないすらりとした
長身の女性――名門ヴァリエール公爵家の長女、エレオノール・アルベルティーヌ・
ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール。腰に届く流れる
ような金髪も美しく、縁のない逆三角形の眼鏡は彼女の知的な雰囲気を
より引き立たせている。だが……それらをもってしても、彼女からあふれ出す
苛烈な雰囲気を隠すことはできずにいた。
「……私にそんな口を利くのはこの口かしら?ねぇ?『泣き虫ジャン』?」
 エレオノールはつかつかとワルドに歩み寄ると、いきなりその頬を
抓り上げた。近くにワルドの部下や、学院の使用人がいなかったことは
幸いだろう。『閃光』の二つ名を持ち、26歳の若さでこの地位に上り
詰めたため、威厳を出そうと髭をたたえた美丈夫が、苛烈な雰囲気を
まとった年上の美人に頬を抓られているのだから……
「……ひ、ひたい!ひたいよネリーねえさん!ほ、ほくかなにをしたて
ひうん……」
「うるさい」
 さすがのワルドも言葉にならず、目には涙すら浮かべている。本当に
この場に誰もいない――実際には古株の御者は昔からのことなので見てない
ふりをしているし、本塔からアンリエッタ姫とオールド・オスマンが
一部始終を見ているのだが――ことに、ワルドは始祖に感謝した。
しばらく抓り上げて気が済んだのかワルドの唾液と涙が付いた細い指先を
ぴっぴと払ったエレオノールが、いらつきを隠そうともせず捲し立てた。

「……だいったい、あのおちびが余計なことをして……学院からあんな
請求書が回ってくること自体、我が家の恥!しかもお父様の名代に私が
指名されるし!お母様は終始怒りっぱなしだし!」
「せ、請求書?何のことかな?」
 ワルドが虎の尾を踏まぬように、それでいて逆鱗にも触れぬように
慎重に言葉を選ぶ。何しろ父が戦死して領地を出たことで疎遠になるまでは
ワルドにとってエレオノールは『とっても怖いお姉ちゃん』だったのだから、
その接し方は堂に入っていた。本当に部下に見られなくて良かったと思う。
見られたらたぶん転げ回るどころか死にたくなる。とはいえこのままだと
誰か来るのは確実なため、ワルドは少しでも話を進めようとする。
「あのおちび、どうやったのかは知らないけれど、あの学院本塔に大穴
開けたらしいのよ。しかも基礎まで傷つけて……使い魔がロレーヌ家に
決闘を挑まれて受けて立ったって書いてあったから、どうせいつもの
失敗魔法でしょうけれど……ああ、なんであのおちびはこう迷惑ばかり
かけるのかしら」
「そ、それは……すごいな」
 これはワルドの正直な感想だ。魔法学院に入学したことのないワルド
でも、ここの本塔がスクウェアクラスの土メイジによって厳重に補強
された要塞並みの堅牢さを誇っていることは知っている。そこに大穴を
開けるとは……親同士の決めた許嫁とはいえ今は自身の野望のためルイズを
欲しているワルドにとって、それはある確信を抱かせるものであった。
 そこまで話が進んだとき、学院本塔から頭の寂しい中年教師――確か
コルベールとか言ったか――が二人のところに駆け寄ってきた。
「ワルド子爵、姫殿下がお呼びです……と、これはミス・ヴァリエール。
こんな朝早くに?」
「姫様が?分かった。すぐに行く。
 それではミス・ヴァリエール、積もる話はまた改めて」
 ワルドはこれ幸いとばかりに話を切り上げ、貴族らしい礼儀に適った
一礼をしてその場を後にする。
「え、ええ。そうね。私もそうかからない用事のはずだし、また後で」
 突然のことに面食らうエレオノール。そうしてワルドの背中が本塔に
消えた後、改めてコルベールに向かい合った。
「……お久しぶりです。ミスタ・コルベール。
 本日私は父、ヴァリエール公爵の名代として、先日届いた請求書に
ついてお話を伺いに来ました。
 学院長は今どちらに?」
 かつてこの魔法学院の優秀な生徒であったエレオノールにとって、
コルベールは恩師の一人。だが……
「……あ、相変わらずですね、ミス・ヴァリエール。分かりました。
一緒に行きましょう」
 学生時代の時と変わらず、エレオノールの視線は射貫くように鋭い。
コルベールはその視線をいなしきれずに気圧されたまま、エレオノールを
学院長室まで案内した――


「姫殿下。ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド、参りました」
 学院本塔最上階にある貴賓室。学院長室の対面に位置するこの部屋は、
今アンリエッタ姫のつかの間の執務室兼居室として機能していた。
なお、マザリーニ枢機卿は別室、他の従者たちも階下の別室に控えている。
ワルドがこの部屋に入ったとき、そこにはアンリエッタ姫が何故か学院の
黒髪のメイドに給仕させ、大きな窓際の豪奢なソファに腰を下ろしていた。
ワルドに気がついたアンリエッタ姫はメイドに命じてワルドを自分の
向かいに座らせる。黒髪のメイドの手慣れた手つきで淹れられた紅茶は
かぐわしい香りをワルドに届けるが、さすがに口をつける気にはなれなかった。
ワルドのカップがテーブルに並んだ後、アンリエッタ姫は親しげな笑みを
浮かべつつメイドを下がらせる。完全に恐縮しきったメイドが部屋を
後にし、完全に二人きりになってから、アンリエッタ姫が口を開いた。

「今朝は大変だったでしょう。ワルド子爵。わたくしも知らなかったとは
いえ、手間を取らせましたね」
「い、いえ。私もルイズ……いやミス・ヴァリエールの護衛を姫殿下より
申しつかり光栄に思うだけです。当人が未だ出てこないのが残念でしたが」
 交わされる社交辞令。ワルドはアンリエッタ姫が何を言おうとしている
のかを図りかねていた。昨夜女子寮に入るアンリエッタ姫を見つけて外で
待ち伏せし、出てきた姫から直接話を聞き出し護衛任務を引き出したまでは
良かったものの、肝心のルイズは現れない。『手間を取らせた』とは
そのことだろうが、いったい何を知っているのか――内心そう考える
ワルドに、アンリエッタ姫はソファから立ち上がり、窓に向いたまま
その答えを示す。
「……わたくしも、まさかルイズ・フランソワーズの使い魔があのような
ものだとは思いもしませんでした。
 オールド・オスマンのお話では、もうアルビオンに着いている頃だとか……」
「な、何ですと!?」
 アンリエッタ姫の言葉にワルドは心底驚いた。自分が調べたところでは、
ルイズの使い魔は遠く東方の果てから召喚されたガーゴイルだとか。
だが、いくらなんでも一晩でここからアルビオンに到達できるとは……
もしそれが可能であれば、その使い魔はハルケギニア最速の風竜の3倍
以上の速度で飛んでいることになる。そしてアンリエッタ姫の言葉が
真実であれば、自分が『偏在』(ユビキタス)を使って仕込んだことが
すべて無駄になってしまう――ワルドはアンリエッタ姫が自分に背を
向けているのを幸いと、小声で素早く呪文を唱えた……


 同時刻。港町ラ・ロシェールのとある路地裏――

 カビ臭い臭いが充満し、よほどの物好きでもなければ近づかない路地裏に、
一陣の風が通り過ぎる。風が去った後に現れたのは、マントを身につけ、
顔を白い仮面で隠したメイジの男。白仮面のメイジが立ち上がり、街路に
足を向けようとしたとき――唐突に真後ろに現れた気配に白仮面のメイジは
素早く振り向いた。
「……よかったぁ。当てが外れたかと思った」
 それは若い女の声。見ると、少年のようにショートカットにした金髪で
右腕に包帯を巻き、太ももまで覆う革のロングブーツと黒い女性用鎧下の
上から布鎧とマントを身につけた銃士隊の出立ち。マントが白いと言う
ことは、小隊長クラスか。だが、白仮面のメイジが知る限り、銃士隊では
見ない顔だ。
「……お前は……」
「さっそくだけど……」
 白仮面のメイジの問いかけに銃士隊の女は答えず――白仮面のメイジは
その姿を見失う。白仮面のメイジはとっさにタクト状の杖を引き抜いたが、
その頃には銃士隊の女は彼の懐深くに潜り込んでいた。
 誰が想像できるだろう。杖を持たない平民が、駿馬の速度で間合いを
詰めてくることを。誰が想像できるだろう。ごきり、と顎に当てられた
冷たい鉄の塊が、すでに発射準備も整った短銃だということを!
 右眉の上にある小さな×印の古傷までしっかり見える距離で銃士隊の
女が引き金を引き、ぱあんと乾いた音がしたと思うと、吹き飛ばされた
白仮面のメイジの姿が風のようにかき消えた。
「……残念だったね。ボク、気配を消して隠れるのは慣れてるんだ。
散々練習させられたからね。
 とはいえ、間に合ってよかったけどね。これが噂に聞く風の最上位魔法
『偏在』(ユビキタス)かぁ。便利そうだけど、怖いね」
 銃士隊の女――シンがつぶやく。そうしているうちに銃声を聞きつけた
らしい足音が足早に近づいてくる。シンは近くの樽の裏に隠れ、じっと
息を潜め樽になりきる。昔はトラックになりきるよう特訓させられたのだ。
これくらいなんてことはなかった。

「何事だぁ!……って、あれ?誰もいない?」
「……おっかしいなぁ。さっき銃声が聞こえたと思ったんだけど……?」
 それはシンと似たような出立ちの銃士隊の二人組。マントの色がカーキ色
なので一般隊員だ。任務の特殊性から公式の場に出ることもなく、銃士隊でも
あまり顔を知られていないシンだが、それでも表の顔でのつきあいはある。
よく見ると、二人組の片割れは新兵訓練で結構しごいた一人だ。警邏の
途中か、それとも別任務の途中か。それでも銃声からわずか数分で
駆けつけたことにシンは素直に感心した。

(初動が速い。さすが、アニエスさんもミシェルさんもボク以上に厳しいからなぁ。
 でも、まだまだだね……)

 任務を終えたシンは、二人が納得いかないまま立ち去るまでそこに
潜み続けた――


「……はっ!?」
「どうしました?ワルド子爵?」
 『偏在』を唱え終わり何食わぬ顔でアンリエッタ姫の他愛のない世間話に
つきあっていたワルドの顔が、急に陰る。

(馬鹿な。僕の『偏在』が、あんなにあっけなく倒されるとは!?
 いや、あれが平民の動きか?だが、動作を加速させる魔法など、聞いた
こともない……)

「お顔の色が良くありませんね?」
 ワルドの内心の動揺を察したのか、アンリエッタ姫が優しく声をかける。
しかし、次の一言でワルドは凍り付いた。
「……もしかして、あなたが放った『偏在』が誰かに倒された、とか……?」
「……なっ!?何をおっしゃいますか!?」
 アンリエッタ姫は優しく微笑んでいる。だが、それが何より恐ろしい。
ワルドはそう感じずにはいられなかった。
「あなたは平民の荷物に紛れ込ませれば足がつかないと考えたようです
けれど、少し運が悪かったようですね」
 アンリエッタ姫はそう言って立ち上がり、スカートのポケットから
一通の手紙を取り出す。それが何であるか、ワルドには分かりすぎるほど
理解できた。何故なら――手紙はアルビオン王国の叛乱軍、つまり
『レコン・キスタ』の紋章が捺された蜜蝋で封じられていた跡があった
からだ。
 一方でアンリエッタ姫も内心薄氷を履む思いでいた。このワルド子爵の
背信の証ともいえる密書は、ワルド子爵が『偏在』と連絡用の平民を
用いた上に民間船の荷物に紛れ込ませていたため、誰にも気取られることが
なかったのだ。それを手に入れられたのは、ワルド子爵が用いたフネが
『ゼロ機関』に連なるフネであり、また一部の平民が持つ高度な偽造技術で
複製されたニセの密書をワルド子爵が看破できなかったため――
アンリエッタ姫は数度の連絡を故意に看過させ、そうして密書を手に
入れた後で連絡役の白仮面のメイジ、つまりワルド子爵の『偏在』を
一度倒させるよう、『メイジ殺し』と呼ばれる腕の立つエージェントたちを
配置していた。その一人、ウェールズ皇太子との連絡役に当てていた
シンが母港に戻った直後に『偏在』を撃破できたのは僥倖だった――
そしてこの時点のアンリエッタ姫はその事実を知らない。ワルドへの
言葉はあくまでブラフでしかなかった――が、同時に最高のタイミング
でもあったのだ。
 目の前に『レコン・キスタ』総司令官オリヴァー・クロムウェルの
密書を突きつけられたワルドは混乱していた。自分が『レコン・キスタ』に
与することはもはや明らか。だが、アンリエッタ姫は手勢を呼んで自分を
捕縛しようともしない。何故だ?その理由が分からない。自分がとっさに
杖を抜かなかったからか?何故?

 何度も自問し、混乱のるつぼにあったワルドの手を、アンリエッタ姫は
優しく包み込んだ。
「……ひ、姫殿下?」
「……あなたが真にトリステイン王国のことを思い、荒廃する国を憂いでの
行動の結果であるならば……その非はわたくしにもあります」
 アンリエッタ姫はワルドの手を取ったまま、その澄み切った青い瞳で
まっすぐにワルドを見る。その視線には侮蔑どころか怒りすらない。
「……それでも、子爵が自身を赦せないのであれば……話してもらえますか?
これまでのすべてを。
 わたくしも、その忠義に報いるよう、できうる限りのことをします」
 その言葉でワルドはアンリエッタ姫が自分に何をさせようとしているのかを
理解する。つまりは、背信の科(とが)を公にしない代わりに『レコン・キスタ』の
内情を話す――いや、二重間諜になれということか。
 ワルドの顔にふっと笑みが差す。いいだろう。これに従わなかったところで、
あのような刺客に狙われるだけ。名も知らぬ平民に討たれるよりは、
この麗しき姫君が僕の力を必要とするならば、そうすることで僕の願いが
叶うならば――もう一度、改めて僕はこの杖に誓おう。
 ワルドは改めてアンリエッタ姫に向き直ると、その前に両膝をついて
跪き、両手で恭しく自身の杖を掲げた。
「ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。今、ここに改めて
この杖にかけてこの身を姫殿下に捧げることを誓う」
 ワルドの宣誓に、アンリエッタ姫は静かに杖を手にとって、その右肩を
軽く叩く。ワルドの宣誓は受け入れられた。面を上げるワルドに、
アンリエッタ姫は優しくこう告げる。
「『ゼロ機関』へようこそ。ワルド子爵」


「……まいったな。内情を聞いてみれば予想以上か……」
 すでに昼食の時間も過ぎ――執務のため先に王都に戻るアンリエッタ姫と
マザリーニ枢機卿を正門で見送ったワルドは、人知れず溜息をつく。
自分はアンリエッタ姫の特命で、ルイズが戻るまでこの学院に残っている
ことになった。『鳥の骨』と揶揄される枢機卿の顔に、またしわが刻まれた
ようにも見えたが、気のせいではないだろう。
 溜息の理由は、あれからアンリエッタ姫より聞いた秘密機関『ゼロ機関』の
内情だ。もちろんすべて聞かされたわけではないだろうが、いつの間に
あれだけのものを作り上げたのか、ほぼ平民のみで構成されていた
この情報機関は、諜報能力と秘密工作の実行力だけ言えば、かのガリアや
ロマリアにもひけは取るまい。だが……問題はこのトリステイン王国が
貴族主義であり、姫殿下もお飾りとして軽視されていることだ。おかげで
せっかくの情報がまるで生かせず、もっぱら防諜機関としてのみ機能して
いる有様。機関の存在を明かさず姫殿下がそれとなく重臣に指示しても、
それが全く聞き入れられていないのだ。これがもっと機能的に動かせて
いれば、アンリエッタ姫のゲルマニアへの輿入れなど行う必要すらなかった。
「……いや、内部からゲルマニアを切り崩し、一時的に領邦となりつつも
時間をかけて逆に併呑する……やりかねんな」

 さっき枢機卿と話しているときに、よほどこのことを言ってやりたいと
思った。ゲルマニアとの同盟は枢機卿の策だ。表向き重臣の進言を聞いて
唯々諾々と実行しておきながら、裏でそれ以上の効果的な手を打っている――
それが今のアンリエッタ姫だ。すでに影ながら豪商を通じてアルビオン
王党派への継続的な支援を行っており、そして今またルイズすら本人の
知らぬ間に手の内に取り込んだ。今頃ルイズは王党派の亡命工作を行って
いることだろう。ルイズは聡い娘だ。アンリエッタ姫の言葉の裡に隠された
偽りの真意を慮って……命令されていないことを実行するだろう。
おそらく、ルイズの使い魔の能力も、ある程度は織り込み済みのはず。
それがどういう結果を招くか……
「僕も魔法衛士隊のひとつを任されているとはいえ、まだ中央に意見するには
若すぎる。
 ルイズ、そしてグラモン元帥の末っ子……会議室にこもる重臣よりも
最前線で進んで杖を振るう貴族がお好み、ということかな」
 こうなった以上は仕方ない。自分からももっと動いて……疎遠になっている
ヴァリエール公爵とのパイプももっと太くした方がいいか……姫殿下から
ではなく自分からの情報とすれば、まだ公爵も動いてくれる可能性がある。
もしかすると、自分が機関に引き入れられたのは、ヴァリエール公爵家との
つながりか――そうとも思えてくる。
「やるべきことは多い、か。
 ……ん?誰かこっちに来るな……げげっ!?」
 独りごちた後学院へ戻ろうとするワルドは、街道からこちらに向かってくる
一頭の馬を見つけ――それに乗っている人物の顔を見て思わず声を上げる。
 馬鹿な!確かに殺したはずだ!――ベローチェを知らないワルドは、
思わず声に出しそうになったことをかろうじて抑える。そして……

「……?」
 自分を襲った白仮面のメイジがワルドの『偏在』だと知らないマチルダは、
馬を引いて正門を通る自分を驚愕の表情で見つめたまま固まっている
見知らぬメイジ――ワルドに優しく微笑みながら会釈するのだった。




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