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疾走する魔術師のパラベラム-07


第七章 ギーシュはバカだけど

   0

P.V.F/[P.V.F]――《パラベラム》が精神から生み出す銃器。現時点ではエゴ・アームズとイド・アームズの二種類が確認されている。

イド・アームズ/[Id Arms]――接近戦用で口径は小さめ。主に拳銃。

エゴ・アームズ/[Ego Arms]――中・遠距離用で口径は大きい。マシンガン、ライフルなど。

   1

「紹介するわ、これが私の『使い魔』よ」
 体が軽い。こんな巨大な銃を持っているというのに、重さを感じないばかりか体が羽のように軽い。
 力が体の奥底から湧いてくる。
《P.V.F》を展開したその瞬間から、重力をコントロールできるようになったとしか思えない。それほどまでに体が軽く、全身に力が漲っている。まるで、生まれ変わったようだ。
「『使い魔』だと? 君の使い魔は、あの植物の種じゃなかったのか!?」
 ルイズが使った『錬金』に驚いて、先ほどまであれだけ騒がしかったギャラリーが今は静まり返っている。
 今、口を開けるのは事態を把握しているルイズと、恐怖と驚愕でテンションが上がっているギーシュだけだ。
「種なんかじゃないわ。私の使い魔はマジック・アイテムだったの。これは、それによって手に入れた牙よ」
 ルイズの言葉を聞いて、周囲がざわめいた。誰かが吹いた口笛の音が、ルイズにはやけに大きく聞こえた。
「た、たかが『ゼロ』が少し魔法を使えるようになっただけじゃないか! ・・・・・・だが、やっぱり失敗したようだな、そのトライデントのようなものには肝心の矛先がついていないじゃないか」
 ギーシュはやや引きつった笑いを浮かべながら、そんなことを言った。
 確かにギーシュの指差す三本の長い筒には、矛先などついていない。ただ暗い穴が開いているだけだ。
 そんなギーシュの言葉を聞いて、ルイズを普段から馬鹿にしていた何人かの生徒が安心した顔をする。
 彼らは今、こんな事を思っているだろう。『少し驚いたが、やっぱり失敗したのか』と。
 そんな彼らの反応を見ても、ルイズが怒ることはない。無知は罪ではない。知ろうとしないことが罪なのだ。

「第一、君のような小柄な女性がそんな大きな槍を――
 ガシャン、と。
 そんな音がギーシュの言葉を遮った。
 それはギーシュのワルキューレが壁に当たり、地面に落ちた音だ。ワルキューレは曲がり、胴の辺りを中心に引き千切れそうなほどに変形している。
「・・・・・・え?」

   2

 ルイズが一瞬でワルキューレとの間合いを詰め、シールド・オブ・ガンダールヴで薙ぎ払った。言葉にすればそれだけだ。それだけだが、それはあまりにも早すぎた。
 ギーシュや観客の目には、まるでルイズが消えたようにも映っただろう。
 圧倒的な質量を持って薙ぎ払われたルイズのシールド・オブ・ガンダールヴは、青銅製のゴーレムなどが耐えられるものではない。

「あら、もう終わり?」ルイズはからかうような微笑を浮かべ、そう呟く。
 左手のルーンは輝き、ルイズに様々な情報を届けてくれる。
《パラベラム》や《P.V.F》についての膨大な知識。それはハルケギニアに生きる者の想像や思考を遥かに超えたものだ。
 例えば内観還元力場。本来、《P.V.F》はとんでもない重量だ。ルイズのシールド・オブ・ガンダールヴは大口径であり《P.V.F》の中でも大きな部類に入るが、重量は約190リーブルである。
 当然、ルイズのような小柄な少女が振り回せるようなものでは無い。にもかかわらずルイズが軽々と扱うことができるのは、この内観還元力場が支えてくれているからだ。
《パラベラム》が《P.V.F》を展開すると、それを中心に内観還元力場が発生。この特殊なフィールドの中では、《パラベラム》は超人的な動きができる。ルイズはこの恩恵で、ほとんど重さは感じていない。
 そんなわけで。自身の腕を振るような気軽さで振るわれた190リーブルの『使い魔』はギーシュのワルキューレを容易く薙ぎ払った。
「わ、ワルキューレッ!」
 ようやく思考の追いついたらしいギーシュが、慌てて杖を振る。花びらが一瞬にして六対のワルキューレに錬金された。
 一体はハルバードを。一体はクレイモアを。一体はフレイルを。一体はファルシオンを。一体はクロスボウを。一体はカイト・シールドを。それぞれに手に持っている。
 ギーシュはクロスボウとカイト・シールドを持ったワルキューレを、それぞれ傍に寄せ、杖を指揮棒のように振ってワルキューレを操る。
 あの混乱した状況からこれだけの魔法を的確に使うことができるのは、流石は軍人の家系といったところか。魔法の手並みもドットとは思えない。
 ワルキューレが大きく振りかぶり、その自身の重量を乗せたハルバードの一撃を、ルイズは容易くシールド・オブ・ガンダールヴの巨大な盾で受け止める。
 金属と金属が激しくぶつかり大きな音を立てるが、ルイズは後ろに後ずさりすらしない。むしろワルキューレの方が力に耐え切れず、青銅でできたハルバードにひびが入った。
 ハルバードを受け止めたルイズを挟撃する形で、当たれば必殺の威力を誇るフレイルが迫る。
 だが、それも通じない。

 ハルバードを持つワルキューレを強引に、ただ力任せに押し返す。ハルバードの重さとルイズの力で、バランスを保てなくなったワルキューレは仰向けに倒れた。その隙に振り向き、後ろのワルキューレをシールド・オブ・ガンダールヴを槍のように扱い、突く。
 穂先は無くとも、今のルイズの力で放たれた突きは青銅の鎧を簡単に貫いた。
 このままだと邪魔になるので、思いっきりもう一度振る。簡単にワルキューレは抜け、学院の壁に当たり砕け散った。同時に銃口に入っていたと思われる青銅の欠片が、遠心力で飛び出る。
 飛んできたワルキューレに驚き、傍にいた生徒たちは慌てて『フライ』を使った。空中に逃げたのだ。賢明な何人かの生徒は既に浮かんでいた。
 倒れたワルキューレが立ち上がる前に、シールド・オブ・ガンダールヴを振り下ろす。強化された腕力で振り下ろされた190リーブルもの重さの銃器は、ワルキューレを地面へとめり込ませた。
 その衝撃に耐え切れずに、青銅でできた右の手首が千切れ飛ぶ。
 足元に転がってきた手首に驚き、ギーシュが一歩後退った。
 既にギーシュの顔は恐怖で強張っている。そんなギーシュの隣には、カイト・シールドを構えたワルキューレが庇うように傍に立っていた。
 どうやらワルキューレでは敵わないと察し、守りを固めるつもりのようだ。クレイモアとクロスボウを構えたワルキューレも、ルイズから距 離を取りギーシュの周りに集まっている。
 クロスボウから青銅の矢が放たれるが、ルイズはそれを体を軽く逸らしてかわした。

 ギーシュは冷静を失っている。無意識の内に刃先は潰しているようだが、クレイモアやフレイル、ファルシオンといった武器は元々、刃の鋭さではなく刃物そのもの重量で叩き斬るための武器だ。そもそもフレイルにいたっては重さを攻撃力とする鈍器である。
 おそらくギーシュに殺意は無い。これは学院で決闘だし、命をかけるほどの理由があるわけでもない。ギーシュは恐ろしかった、それだけなのだろう。
 それも仕方が無い、《P.V.F》はハルケギニアの常識を超えた存在だ。

――さてと、せっかくの銃なんだから試してみないとね。

 シールド・オブ・ガンダールヴはガトリング砲と呼ばれる銃の一種だ。銃身を回転させながら給弾、装填、発射、排莢を繰り返し行うことで、連続射撃を可能にする。
 ハルケギニアにおいては決して存在してはならない技術だ。こんなものがあれば、世界が引っくり返る。
 だが今、ルイズが手にするシールド・オブ・ガンダールヴはその一丁だ。ルイズもルーンを通してか、どういう扱いをすればいいのかはわかるが、今一つ実感が持てなかった。
 だがやはり、一度は試してみるべきだろう。やり方は自然と頭に浮かんでくる。
 左手に弾丸の入ったマガジンを想像する。
「『錬金』」足元から小石を一つ、拾い上げスペルを読み上げた。
 シールド・オブ・ガンダールヴを展開した時と同じように、左手に光の粒子が集まりマガジンを形成。驚くほど簡単だ。ルイズの左手に、一瞬にしてマガジンが現れる。
「なッ!?」
 ギーシュはあからさまに狼狽した。まぁ、無理も無いが。
 ルイズの作り出したのは円筒型の巨大なドラムマガジン。見た目は金属で出来た樽を思わせる。シールド・オブ・ガンダールヴと同じ鮮やかな青色だ。ワルキューレを相手取るので、中身は対物用にしておく。
 ドラムマガジンはルイズの小さな手でも扱いやすいように、指をかけられるようになっていた。重さもほとんど感じない。

「いいモノを見せてあげるわ、ギーシュ」
 流れるような動作で、シールド・オブ・ガンダールヴにドラムマガジンを装填。ガシャッという小気味のいい音がして、正しくセットされたことを教えてくれる。
 チャージングレバーを引き、薬室に初弾を装填。銃本体のセレクターレバーの『Semi』を選び、『Sefe』から切り替える。『Sefe』はセーフティのこと。安全装置である。『Semi』はセミオート、つまり単発射撃だ。『Full』と『S・S』は今は必要ない。

 サイトをクレイモアを構えたワルキューレに合わせ、ルイズは引き金を引いた。
 轟音と共に超高速の弾丸は放たれ、ワルキューレの装甲を食い破る。後ろに大きく吹き飛ばれたワルキューレは、弾丸により学院の壁に縫い付けられた。
 放たれた弾丸は、弾丸としては異常に長く、太い。本来は投擲用の槍、ジャベリンだ。青白く輝くそれは、ワルキューレの青銅の鎧を紙切れのように貫き砕く。
 三本の銃身は咆哮を上げながら、高速で回転し次々とジャベリンと空薬莢を吐き出していく。《P.V.F》特有の青白いマズルフラッシュが、ルイズの顔を青く照らした。
 そのまま射線をずらし、隣のクロスボウを構えたワルキューレを蜂の巣にする。そして、ギーシュを守るカイト・シールドを持ったワルキューレも同様に。
 弾丸が発射される度に、ルイズに反動が伝わる。内観還元力場が働いているので、ルイズの小さな体でも簡単に押さえ込めた。手ブレもほとんど起こさない。
 引き金を引く度に響くダダッ、ダダダダッという不規則な爆音が気持ちよかった。
 ライフリングによって回転を加えられたジャベリンは、凄まじい勢いでルイズの狙った場所に大きな穴を開けていった。
 ワルキューレは一瞬にして吹き飛び、ギーシュも巻き込んで後ろへ倒れこんだ。衝撃でばら撒かれた青銅の破片が、まるで臓腑のように見えた。
 何本ものジャベリンを受けたワルキューレたちはもう、ただの青銅のガラクタになっている。圧倒的な火力の前には、青銅製の装甲など無意味だ。
 三体のワルキューレは全て破壊され、ギーシュのワルキューレはこれで全滅した。
 銃声が聞こえてから、ほんの一瞬の出来事だった。
 シールド・オブ・ガンダールヴの空薬莢が地面の上を数回跳ねたあと、光の粒子になって粉々になり消えていく。
 広場には再び、沈黙が下りた。聞こえるのは、シールド・オブ・ガンダールヴの唸り声にも似た駆動音だけだ。

   3

――なんなんだ、アレは!?

 ギーシュは混乱していた。
 ルイズが『錬金』を唱えたかと思ったら、強大な何かがルイズの右手に現れた。大きさだけなら、ワルキューレと同じくらいだろうか。
 鮮やか青と黒、そしてルイズの髪の色と同じ桃色の光が漏れるそれは美しかった。ドットとはいえ土メイジだ。アレがどれほど素晴らしいかくらい、見ればわかる。細かな造形、力強さを感じさせる質感、美術品のような装飾。ギーシュには、そのどれもが遠く及ばない。
 決闘の始めに作り出したワルキューレは一瞬で破壊された。
 慌てて様々な武器で武装したワルキューレも作り出したが、それも剣舞のような動作で次々と破壊された。
 青銅の重さを乗せたハルバードの一撃は簡単に防がれ、挟撃を仕掛けたワルキューレも呆気無く破壊された。
 足元に転がってきたワルキューレの手首を見て、頭の中が恐怖に染まる。

――怖い!

 ギーシュは怖かった。ルイズが『使い魔』と呼んだそれは、ギーシュの理解の範疇の外にいる。何もかもが常識外れだ。
 あの槍らしきもので貫かれれば、ギーシュの体には巨大な穴が開くだろう。あの巨大な盾で、叩かれれば身体中の骨が根こそぎ砕けるだろう。
 知らなかった。
 無知だった。
 自分よりも強いものというのは、こんなにも恐ろしいのか。

 ほとんど期待はしていなかったが、矢を放つがあっさりとかわされた。もうどうしていいのか、なんてわからない。
 ルイズが突然、屈み込んで足元から何かを拾う。何をする気だ、と疑問に思った瞬間。
「『錬金』」
「なッ!?」
 まただ。閃光が弾けた次の瞬間には、ルイズの手には大きな金属製の円筒型の何かが握られていた。見た目はなんだか樽か、大きなチーズに似ている。
「いいモノを見せてあげるわ、ギーシュ」
 ルイズそんなことを言って、手に持った円筒を『使い魔』に取り付ける。一瞬で取り付けられたので、どうなっているのかまったく理解できない。

 だが驚くのは早すぎた。
 ルイズが『使い魔』をクレイモアを構えたワルキューレに、その矛先を向ける。
 次の瞬間、ギーシュが今まで生きてきた中で聞いたことも無いような巨大な音が、耳に飛び込んできた。
 筋肉が強張り、歯の根が震える。ルイズの『使い魔』が回転しているのが、かすかにわかった。
 気がつけば、さっきまで隣に立たせていた盾を構えたワルキューレがギーシュの上に倒れていた。
 青銅製のワルキューレはかなりの重量だ。ギーシュの腕力では動かすことができない。杖を振っても、間接が破壊されているのか、立ち上がることができない。
 かろうじて動く首を必死に動かし、周りを見渡すと立っていた場所からはずいぶんと離れた場所にワルキューレの残骸が見えた。
 巨大な穴がいくつも穿たれ、何本もの青白いジャベリンが刺さっている。何だか、冗談のような光景だった。
 何が起こったのかはわからない。だがワルキューレは全滅。無理に武器まで錬金したせいで魔力は空だ。
 ザリッと、土を踏む音がした。
 わかっている。これはルイズが一歩近づいた音だ。
 ザリッと、土を踏む音がした。

――どうして、こうなった? 僕はただ、なんとか場を誤魔化そうとしただけなのに。

 ザリッと、土を踏む音がした。

――そもそもなんで、ルイズはあの場面で割り込んできた? 日頃の恨みか?

 ザリッと。ザリッと。ザリッと。土を踏む音が止まった。
 ワルキューレでほとんど塞がった視界の端に、ルイズの足が見えた。そしてあの青い『使い魔』も。
 風を切る音が聞こえ、ギーシュの上に乗っていたワルキューレが吹き飛んだ。たぶんルイズが『使い魔』でどかしたのだろう。
「私の勝ちね、ギーシュ?」
 可愛らしい仕草で首を傾げて訊ねているが、右手の『使い魔』はしっかり構えられていた。たぶんバリスタのようなものなのだろう。
 矛先などついていないはずだ。ここからあの美しいジャベリンが打ち出されるのだから。
 あのジャベリンなら、苦しむ事無く死ねるだろう。やっぱり痛いのは嫌だ。
 体が震えるのが止まらない。怖くて、怖くてたまらない。
『命を惜しむな、名を惜しめ』――とはグラモン家の家訓。
 だが、それがどうした。いざとなれば、この様じゃないか。
 自分でも滑稽に思うが、震えは止まらない。

――嫌だ。

 死ぬのは嫌だ。死ぬのは怖い。
 それでも逃げたくなかった。本当は逃げたかった。
 命乞いはしない。それはルイズに失礼だ。これは『決闘』なのだから。
 ギーシュは目を閉じた。自分の命を奪うだろうルイズの姿を見ているのが怖かったから。
 怖くて、怖くて、仕方が無い。
 たくさんの観客がいたが、誰も口を開くことができない。静かな広場で、ギーシュはその時を震えながら待った。
「ギーシュ!」
 最後に聞いた時と同じで、涙で震えた悲痛な声がギーシュに聞こえた。大好きなモンモランシーの声。
 心配してくれたのかもしれない。
 少し、嬉しかった。

   4

「えいっ」
 ピシリッと、小気味のいい音がした。
「へ?」
 目を開けると、左手を突き出したルイズが見えた。額がヒリヒリする。
 デコピン、だ。
「これでわかった?」
「な、何がだい? というか僕を殺さないのか?」

――訳が分からない。ルイズは僕を殺せたはずだ。

「はぁ? 何言ってんの、ギーシュ?」
 心底不思議そうに首を傾げるルイズ。そんな様子を見てますますギーシュは混乱する。
「え、ええ? ちょ、ちょっと、どういう事なんだい? 頼むから、分かるように説明してくれよ」
「どういうことって・・・・・・あんたは約束を守りなさいよ。なんで殺さなきゃならないのよ」
 約束。確かにルイズと決闘をする前に一つ、約束をしていた。
『私がこの決闘に勝ったら、三人の女性に謝罪しなさい』、それがルイズの取り付けた一つの約束だった。
「わかった、ケティにもモンモランシーにも謝罪する」
 せめて目は逸らさずにそう言うのは、見栄かもしれない。
「もちろん、君にも謝罪するよ。すまなかった。ルイズ、君は『ゼロ』などではない。今まで馬鹿にして悪かった」
「バカ、私に謝ってどうするのよ」
 肩をがっくりと落としてルイズは「はぁ」とため息混じりにそんなことを言った。
 ギーシュはルイズの反応が理解できない。
「全く、私が何の為に戦ったと思ってるのよ?」
「それは・・・・・・もちろん名誉の為だろう?」
 ギーシュはルイズを『平民』と呼んだ。それは許されがたい侮辱だ。魔法を使えない『ゼロ』だと馬鹿にしていた。
「違うわよ、私は守るために戦ったの。いい? あんたが謝るべきなのは三人。あのケティ、だっけ? その一年生。あんたが裏切ったモンモランシー。そして、あんたが侮辱したシエスタ」
「シエスタ?」

――誰だ?

『そういう関係』、もしくはケティのような準備段階の女性には心当たりが無い。第一、今ここで名前を出す意味がない。
 そもそもその女性がギーシュにどう関係があるというのだ。
「あんたが責め立てたメイドよ」
 一瞬、思考が停止する。
 ルイズの言っている事が本当ならば、この騒ぎは一人の平民の為に起こしたというのか。
 平民の為に、禁じられている決闘を行い、矢面に立ち、ワルキューレに立ち向かったのか。

「ギーシュ、私にこのシールド・オブ・ガンダールヴを向けられて、どう思った?」
「・・・・・・怖かったよ。自分の力の及ばないものが、こんなにも怖いなんて知らなかった」
 もちろん思い出せる。あの戦慄も、恐怖も手に取るように思い出せる。汗で濡れたシャツが、やけに冷たく感じた。
「模範的回答ね。次の質問よ。もしも、貴族に杖を向けられた時、平民はどんな風に感じると思う?」
 ここまで言われればギーシュにでもわかる。答えはたった一つ。
「怖い、だろうね」
「ええ・・・・・・きっと、怖いでしょうね」
 ルイズが軽く手を振ると、右手の『使い魔』は光の粒子を周囲に散らしつつ、一瞬でバラバラになり、やがて煙のように完全に掻き消える。ルイズの右手には杖だけが残った。ルイズは杖を収めながらギーシュに問いかける。
「ギーシュ、あんたはシエスタに杖を向けたわ。シエスタには何の非も無いにも関わらずにね。あんたは貴族の誇りをシエスタに向けたのよ。ギーシュ・ド・グラモン」
 ルイズはそこで言葉を区切り、一言ずつを噛み締めるように言葉を紡ぐ。
「『力』は・・・・・・貴族の誇りである杖は、守る為にある。傷つける為では無いわ。私の目指す『貴族』はそんなものでは、決して無い! だから大切な人が傷つこうというのならば、私は守る為に戦うわ! それが『力』を持つ者の義務であり、責任よ。・・・・・・貴方はどう思う? 『貴族』を、『力』を、『誇り』を、貴方はどう思う? 『青銅』のギーシュ、ギーシュ・ド・グラモン。考えるのは貴方で、答えを出すのも貴方よ」
 ルイズがギーシュの目を見つめ、そう聞いた。その視線はどこまでも真っ直ぐで、美しかった。
「・・・・・・決まっている」

――ああ、そうだ。考えるまでもないじゃないか。

 幼い頃に見た父の背中。その姿は今でも目に焼きついている。
 国を、民を、家族を守る男の背中は大きく格好良かった。

「僕は・・・・・・僕は誰かを守れる貴族になりたい。手に届く範囲なんてことは言わない。大切な全てを守る、そんな貴族を僕は目指そう」
 ルイズの顔をしっかりと見据え、そう言った。それは宣言であり、誓いでもあった。
 夢物語かもしれない。尻の青い子供の理想論かもしれない。だが、だがしかし。
 その理想を追い求めずして、どうして理想に近づけるというのだ。
「なんだ。いい顔もできるじゃない、ギーシュ」
 ルイズはそう言ってルイズは微笑んだ。

「ミス・シエスタ!」
 今まで静観していた観客に向かって、大声を張り上げる。
 ギーシュはバカだが、愚かではない。そして、自分のしたことを認めないほどの恥知らずでも無かった。
「は、ハイ!」
 人混みが二つに分かれ、一人の黒髪のメイドに視線が集まる。
 食堂で注目を集めていたシエスタだ。その目立つ黒髪は何人もの人間の記憶に残っていたのだろう。
「今回の件は完全に僕に非がある。僕は自分の不都合を誤魔化す為に、君を傷つけようとした。それは決してあってはならないことだ」
 ギーシュには、ルイズが食堂で関わりを持とうとした理由がわからなかった。だが今ならばわかる。
 ルイズは、この目の前の少女を守ろうとしたのだ。
「本当にすまなかった! 許してくれ、とは言わない。だが、二度とあんなことを起こさないとグラモン家の名に誓おう!」
 ギーシュは勢い良く頭を下げた。
 貴族が平民に謝罪するなど、本来は有り得ない。だがそれでも、ギーシュは頭を下げた。貴族だろうと平民だろうと悪ければ頭を下げる。
 それは建前や面子云々を抜きにして、正しいことだと感じた。そんなことも分かっていなかった。
「そ、そんな! 頭を上げてください、ミスタ・グラモン! 私のような平民に頭を下げるなど・・・・・・」
 恐縮して、慌てた様子のシエスタが頭を上げるように促すが、ギーシュは頭を上げようとしない。
 そんなギーシュの様子を見て、観客たちは信じられないものを見たような顔をしている。
「いや、これは僕なりのケジメだ! 僕は君に杖を向けた。君を力でねじ伏せようとしたんだ。それはどんな理由であれ、許されるものではない!」
 ギーシュにだって誇りはある。自分でその誇りを蔑ろにするところだった。
 ルイズが、『ゼロ』と呼ばれてもなお誇り高くあろうとした一人の『貴族』が、ギーシュにそれを気づかせてくれた。
「・・・・・・ありがとうございます。いえ、これは違いますね。こう言うべきでしょう、私は貴方を『許します』、ミスタ・グラモン」
「しかし、僕は君に杖を向けた。傷つけようとしたんだ」
 あそこでルイズが止めなければどうなっていただろうか。ギーシュにもそれはわからない。わからないが、ロクな事にならなかったのは確かだ。
「私たちは平民です。あんな事は多くは無いですけど、珍しくもないんです。私は幸運にもミス・ヴァリエールに助けられました。だからもう、いいんです」そう言ってシエスタは儚げに微笑む。

――情けない。

 シエスタの言った通り、こういった事は珍しくは無い。『貴族』が『平民』を、『力』で押さえつける。実に有り触れた、悲劇にもならないただの日常だ。
 その事実にギーシュは腹が立つ。そしてほんの少し前まで、ギーシュ自身も『そんな貴族』だった。
 そして目の前の少女に、こんな笑顔を浮かべさせたのは自分なのだ。
「・・・・・・すまない」
 だが今のギーシュには歯を食いしばり、ただ頭を下げることしかできない。
 そんな自分が悔しかったし、情けなかった。

   5

「少しは目も覚めたようね。ちょっと見直したわ」
「ああ・・・・・・目を開かせてくれたのは君だよ。ミス・ヴァリエール、ありがとう」
 ルイズは魔法が使えなかった。もしもギーシュが魔法を使えなかったら、ここまで気高く在れただろうか。
 ギーシュの感謝を聞き、ルイズはしばらく呆気に取られていたが、頬を掻きながらこう呟いた。
「・・・・・・私は別に何もしてないわよ」
 それは、誰が聞いてもわかる照れ隠しだった。

「そ、それじゃ片付けて、先生への言い訳を考えましょう。食事の後の体操にしては少々やりすぎたわ」
 広場は散々な様子だ。ワルキューレの残骸に、ルイズのジャベリン。まさに嵐が通ったような有様だった。
「その前にルイズ。君に一つ、頼みがある」
「なによ?」
 これだけは済ましておかなければならないと思うのだ。
「僕を殴ってくれ、ルイズ。決闘はまだ終わっていない。僕はまだ『参った』とも言っていないし、杖を持ったままだ。・・・・・・それに」
「それに?」ルイズは首を傾げる。
「自分で、自分を殴るのは難しいからね」そして。

――そして、僕は殴られでもしないと目が覚めないだろう。

 痛みを伴わない教訓には、意味が無いのだ。
「本当にいいの?」念を押すように、ルイズが確認する。
「ああ、遠慮は要らない。思いっきりやってくれ」
 ギーシュがそう言い終わった瞬間。躊躇い無くルイズは、右の拳で思いっきりギーシュをぶん殴った。女生徒から短い悲鳴が上がる。
 ギーシュは足に力を入れ、その場に踏み止まった。本当に遠慮無しのいい拳だった。
 殴られたのは初めてではない。父に殴られた事も何度もある。幼い頃に粗相をすれば母に打たれた。兄たちと殴り合いの喧嘩だってした。力なら、父や兄の方が強い。
「・・・・・・痛いな」
 だけど今までで一番痛く、最も心に響いた。
「あんた、やっぱバカね」
 そんな呆れたルイズの声も今はなんだか嬉しかった。
「ああ、自分でもそう思う。でも、これでようやく気持ちよく言えるよ。『参った』、決闘は君の勝ちだ」
 腫れた頬を手で確かめ、観客に向かって堂々と宣言する。これぐらいの見栄は張りたい。
「諸君! 今回の件、全ての非はこの僕にある! ミス・ヴァリエールは決闘に勝利し、自身の正しさを証明した! この結果に文句のあるものは、この『青銅』のギーシュが相手になろう!」
 そこまで言い切った後でギーシュはふらついた。観客から飛び出てきたモンモランシーが慌てて支えてくれる。
 魔力切れ、だ。限界の七体のワルキューレを作ったうえに、無理をして武器まで作ったのだ。もう精神力は空っぽだった。
「ギーシュのバカー!」とか「心配かけて!」とか「なんですぐに降参しないのよ!」だとか。散々文句を言われた。
 モンモランシーに支えられ、医務室に向かう前にルイズに声をかけられた。
 その言葉を聞いて、ギーシュは呆気に取られる。

――まったく・・・・・・反則だよ。

 何かと思えば、ルイズはこんなことを言ったのだった。
『ギーシュ、あんたはバカだけど、謝った時の顔はちょっと格好良かったわよ?』
 そう言って微笑むのだ。ルイズに決闘で勝てなかった理由をギーシュは思い知った気がした。
 ギーシュの顔にも自然と微笑みが浮かぶ。腫れた頬が痛かった。




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