あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロと電流-10

「第十話」

 ルイズはデルフリンガーを構える。
 彼女の前に立ちはだかるのはギーシュ、キュルケ。

「まったく、ゼロの癖に調子に乗るからだよ」
「本当、目障りなんだから」
「何よ、なによなによ! あんたたち、集団で! 二人がかりなんて!」
「仕方ねえだろ? 嫌われ者なんだから。俺だって、お前さんになんか使われたくなんかねえよ」

 手元からの声。デルフリンガーの言葉に、ルイズは剣を睨みつける。

「そう睨むなよ。俺だけじゃねえ。お前さんみたいな無能に使われるなんてまっぴら御免だとさ、ザボーガーも」

 その言葉に周りを見渡すが、ザボーガーの姿はない。
 いつの間にか、被っていたヘルメットもなくなっている。

「ここ」

 キュルケの背後でマシンザボーガーに乗っているタバサ。

「何やってるのよ、貴女」
「ザボーガーは私がもらった」
「どうして!」
「だから、お前さんみたいな役立たずなゼロが嫌なんだよ、ああ、頼むよ。俺のことも早く捨ててくれねえかな」
「役立たず」

 モンモランシーがルイズを指さす。

「どうして貴女が、貴女ごときがあの、名門の三女なの?」

 使い魔たちがルイズを取り囲んでいた。
 サラマンダー、風竜、カエル、ジャイアントモール、バグベア、蛇、フクロウ、鷹、狼、大ムカデ……
 使い魔の先頭に立ち、糾弾するようにルイズを指さすのはシエスタだ。

「みんな言ってます。貴女のようなゼロに喚ばれたザボーガーが可哀想だって」
「ミス・ヴァリエール、君はいつになったら魔法が使えるようになるのかね? ここまでの劣等生だとは、さぞや父上も母上もお嘆きだろうね」
「まあ、錬金もできないのですか。なんてことでしょう。このような生徒が誉れ高き魔法学院にいて良いのですか?」
「フライもレビテーションもできない? 冗談は止めたまえ。そのような貴族などいるわけがない。もし私なら、とっくに首を括っているな」
「我が学院始まって以来の問題児じゃな。まったく、困ったもんじゃ、魔法を使えない貴族になどパン一切れの価値もないと言うのに」

 シエスタが、コルベールが、シュヴルーズが、ギトーが、オールド・オスマンがルイズを詰っていた。
 ヴィリエが指を指して笑っている。
 マリコルヌが、ケティが、レイナールが。

「ゼロ」
「ゼロ」
「ゼロ」

 ルイズはたまらず駆けだした。行く先などない。ただ、この糾弾から逃れたい。
 誰かがその手を掴む。
 離して、と言いかけたルイズは掴んだ手の主に気付く。

「……姉さま」

 ヴァリエールの長女、エレオノールがルイズの手を掴んでいた。

「姉さまっ!」
「貴女、いつまでヴァリエールの名を辱め続ける気?」
「え」
「落ちこぼれは必要ないの。そして貴女には、ヴァリエールの名は不釣り合いよ」
「姉さま……」

 震えるルイズに触れる柔らかい手。
 見上げたルイズは、もう一人の姉に気付く。

「ちい姉さま!」
「ごめんなさい。そこをどいてください」

 次女カトレアが、ルイズの肩を横へ押す。

「姉さま、お久しぶりです」
「あら、カトレア」
「……ちい姉さま?」

 カトレアは、初めて気付いたようにルイズを見た。
 そして微笑み、

「ごめんなさい、どなたでしたかしら?」
「ちい……」

 畳みかけるように、

「私には、魔法が使えなくとも立派な貴族になろうとする妹ならいます。けれど、力に溺れて自分を見失うような情けない妹なんていません」

 けくっ、とルイズの喉が鳴った。まるで、瞬時に締め付けられたように。

「エレオノール、カトレア」
「父さま、母さま」

 よく見知った別の二人へと、ルイズを無視して二人は駆け寄る。
 後から来た二人も、当たり前のようにルイズには目もくれない。

 ……そっか
 ……私はもう、ヴァリエールじゃないんだ

 周囲が黒く染まっていく。

 ……何もないんだ
 ……友達にも、姉さまにも、父さまにも、母さまにも、ちい姉さまにも……
 ……デルフリンガーにも、ザボーガーにも……
 ……もう、見捨てられちゃったんだ
 ……私、貴族になれなかった……

 黒い景色に塗り込められていく自分を、ルイズは何処か遠い視点から見つめていた。



 おい。嬢ちゃん。
 嬢ちゃん。

「嬢ちゃん!」

 ルイズは身を起こす。
 ここは、自分の部屋。自分のベッドの上。

「手酷くうなされてたみてえだが、大丈夫かい?」
「……デル……フ?」
「おう。どした。まさか俺の名前を忘れたか」
「そこにいるの?」
「……また、夢か」
「……また……同じ夢」
「気にすんな。俺は嬢ちゃん見捨てる気ねえよ。キザ坊主だって、赤毛の姉ちゃんだって、青髪のちびっ子だって、くるくる頭だって一緒だと思うぜ。少なくとも、あれから反省してんだろ?」
「怖いの。私、怖いの。また、あんな風になることが」
「もうならねえよ。同じ間違いは二度しないだろう?」
「わかんない……わかんないの。魔法も使えない私がザボーガーを操って、また、自分の力を勘違いして……」
「嬢ちゃん。ザボーガーを召喚したのは嬢ちゃんだし、ガンダールヴのルーンの力が使えるのも嬢ちゃんだけだ。それは間違いねえんだ。嬢ちゃんに力があるのは現実だ」
「でも、でもっ!」
「嬢ちゃんが間違えたのは力の有無じゃない、力の使い方だ」

 しかし、言葉だけで納得できるものではないだろうということも、デルフリンガーは気付いていた。
 キュルケたちから聞いた、自分がここに来るまでのルイズの境遇。そして、自分が来てからフーケとの戦いがあるまでのルイズの様子と、その後の様子。
 魔法が使えないからこそ、貴族としての矜持を求め、実践していたルイズ。魔法を使えることで貴族になるのではない、その精神こそが貴族なのだと主張していたルイズ。
 その彼女が、ザボーガーという力を手に入れて増長していた。しかもその力は、格下であるはずのドットメイジにあっさりと敗れてしまった。
 屈辱と呼ぶことすらできない。まさしく無様だったのだ。
 己の言葉や信条すら裏切り、かりそめの力に酔いしれた痴れ者。
 ルイズの心は、自己嫌悪で悲鳴を上げているのだ。
 魔法が使えなくても友人はいた、優しい家族もいた。その全員を自分は裏切ったのだ。信頼を、土足で踏みにじったのだ。
 どうやって、皆に顔を合わせればいい。どんな顔を見せればいい。
 自分の望んだ貴族の姿に自ら背を向けて、どうすればいい?
 踏み外した自分は、どうやって戻ればいい?
 何もなかったような顔をして戻る?
 ああ。きっと認めてくれるだろう。キュルケも、タバサも、モンモランシーも、ギーシュも。他の連中は、どうせそもそものつきあいがたいしてない。
 だけどそれで良いのか。とルイズは自分に問う。
 彼女たちが認めてくれたとしても、自分は自分を認められるのか。
 自分は、自分を認めなければならない。貴族の精神を、認めさせなければならない。
 だが、どうやって?

 個人が悩んでいても、組織は滞りなく進んでいく。時間は通常通りに過ぎていく。

 日が沈み、月が出て、日が昇り、朝になる。
 悩んでいても、空腹は訪れる。
 食堂へ。
 いや、部屋を出ることすら、ルイズは躊躇っていた。
 キュルケと偶然出くわしたら? どうする? 部屋は目の前だ。あり得ない話ではない。
 だけど、空腹が無くなるわけではない。
 結局ルイズは、マウスカーに手紙をくくりつけて食堂へ走らせることにした
 しばらくすると、シエスタが食事を運んでくる。

「大丈夫ですか? あの、ミス・アンナマリーに連絡しましょうか?」

 ミス・アンナマリーは、学院医務室付きの水メイジである。学院内ではトップクラスの水メイジで、コルベール、ギトー、シュヴルーズと並ぶ、学院内四大属性の代表であるらしい。
 マウスカーに付けた手紙には、体調不良だから食事を部屋まで運んで欲しい、と書いていたため、シエスタが心配しているのだろう。

「ありがとう。でも大丈夫だから安心して、シエスタ」
「はい」
「あ、それから、できれば今日は昼も夜も食事を部屋に運んできて欲しいのだけれど」
「かしこまりました」

 下がろうとするシエスタの背後に、ルイズは見知った人物が近づいてくるのを見つける。

「ルイズ!」

 キュルケとタバサの姿に、ルイズは慌ててシエスタを追い出すと扉を閉めた。  
 立派な引きこもりの完成である。

「何やってんのよ! ルイズ、開けなさい! こんなドア、吹き飛ばすわよ!」
「ザボーガー! ドアの前に立って! 誰も入れちゃ駄目よ!」

 ザボーガーを強行突破することはさすがのキュルケにもできない。部屋へ入るだけなら他にも手はあるのだが、そこまでの強硬手段は躊躇われるのだ。

「ルイズ、私は話がしたいだけだから。私が駄目なら、タバサでも、ギーシュでも、モンモランシーでもシエスタでも。とにかく部屋から出なさい!」

 ルイズは無言でヘッドに潜り込むと、毛布を被り耳を押さえ、目を閉じる。
 わかっているのだ。いつまでもこんな事はできないと。
 でも、今は駄目だ。自分を自分に証明できない今は駄目だ。胸を張って、背筋を張って、キュルケたちに向かい合いたい。
 だから、今は駄目なのだ。
 せめて、証明する方法を見つけるまで。思いつくまで。 

 翌日には、コルベールとアンナマリーが姿を見せた。
 話をするのはコルベールだけで、アンナマリーは教師といえど女生徒と二人きりで部屋にいるのは差し障りがあるとの判断で付いてきたらしい。

「まあ、そんな甲斐性がこいつにあれば、とっくに嫁を見つけて子供の二人もこさえてるだろうけどね」

 カンラカンラと笑う女傑に、ルイズもつい苦笑する。
 苦笑を通り越して毒気を抜かれた表情で、それでも優しくコルベールは尋ねた。
 ただ一言。

「話せるかね?」と。

 ルイズは理解した。この人は、あの日の騒動を知っているのだと。そして介入なしに解決できることを望んでいる。つまりは、ルイズが自ら立ち上がることを望んでいるのだと。
 それを怠慢だとは思わない。それは信頼であり、試練だとルイズは考える。
 だからルイズはこう答える。

「話す必要はない。そう思わせるように努力します」
「そうか。では待つとしよう。院長には私から言っておく」
「ありがとうございます」

 立ち上がり、コルベールはふと立ち止まった。

「この学院に、アンリエッタ姫殿下が行幸なされることが正式に決まったよ。ゲルマニアご訪問のお帰りだそうだ」
「姫殿下が」
「歓迎式典の準備で皆が忙しくなるけれど、君を放置するわけではないことをわかっていて欲しいと思ってね」
「勿論ですわ」

 コルベールの背中を見送り一人になったところで、ルイズは思い出に耽る。
 自分が、幼少の頃に姫殿下の遊び相手を務めていたこと。ヴァリエールの家柄とはそういうレベルなのだ。

「ルイズは騎士になるの」
「はい、姫さま」
「悪いドラゴンを征伐に行きなさい」
「おー」
「オーク鬼を追い払うのです」
「おー」

 そうだ。私は騎士なんだ。
 思い出してルイズは笑う。
 アンリエッタの騎士。トリステインの秘密騎士。それはルイズ。
 ドラゴン退治を命じられてはトカゲを追いかけて、オーク鬼征伐を命じられると衛兵に悪戯を仕掛けに行く。
 王女アンリエッタと騎士ルイズ。二人の遊びはいつもそうだった。
 そして今も――

「お久しぶりですね、秘密騎士ルイズ」
「はいっ。姫殿下」

 しゃちほこばった儀式のように堅く名乗った二人は、言い終えるやいなや、どちらからともなく笑い始める
 姫殿下行幸予定前夜、そっとルイズの部屋に忍び込んだ影は、辺りの様子を窺うとフードを外して正体を見せる。
 それこそ誰あろう、アンリエッタ姫殿下ご自身であったのだ。
 再会を喜び合い、互いに十年前にでも戻ったかのように笑いあう。そこにいるのは自己嫌悪に傷ついた貴族でも、務めに疲れ果てた王族でもない。仲の良い二人の少女だった。 ルイズと会って、心ゆくまで語りたい。だからこそ敢えて、一日遅らせた日程で訪問すると学院には告げ、実際は一日早く姿を見せたのだ。
 一応極秘裏のうちに、最小限の護衛はついてきている。その一人は、アンリエッタの後ろに控えていた。
 髪を短く切った、目つきの鋭い銃士が一人。アンリエッタにより特設された女王付きの銃士隊の隊長である。
 魔法を使えずに身体を鍛えていたルイズの影響からか、アンリエッタは個人の戦技としての魔法には重きを置いていない。限定された状況での戦技ならば、訓練された平民がメイジを越えることは充分に可能だと考えている。
 アニエスもまた、その考えのもとに選ばれた元平民である。

「この部屋の様子を見て安心しましたか? アニエス」
「とりあえずの所は。しかし、どうしてもこの者と二人きりになりたいと仰せられるなら、窓は閉め切っていただきたいのです」
「狙撃されるとでも?」
「弓を使うメイジであれば、空中からでも狙撃はできるでしょう」
「わかりました、貴女は外で待っていなさい」
「失礼いたします」

 出て行くアニエスを目で追い確認すると、アンリエッタは改めてルイズに向き直る。
 そして、ザボーガーへと。

「あれが、噂に聞くルイズのゴーレムなのですか?」
「はい。ザボーガーと申します」
「ザボーガー。あのゴーレムとともに、フーケを捕らえたと聞きましたよ」
「いえ、私とザボーガーだけではありません。友人たちの助力の結果です」
「あら、ルイズも謙遜するのね」
「姫様……」

 半目でアンリエッタを睨むルイズ。

「どういう目で私を見ていたんですか?」
「いつも二人分用意されているおやつの半分以上を一人で食べてしまう人ね」
「うう」

 姫の分までおやつを食べていた常習犯に反論はできない。
 美味しかったんだから仕方がない、という言い訳も無意味である。
 そんなこととは関係なく、二人の話は延々と続く。小さな頃の話、近況、学院の噂、王宮での出来事。話すことはいくらでも湧いて出てくるようだった。
 しかし、ルイズはそこはかとない違和感を感じていた。
 アンリエッタの態度がどこかおかしいのだ。
 まるで、何か隠し事をしているかのように。一国の姫であるアンリエッタが、ルイズに対して何を隠しているというのだろうか。
 いや、隠しているのとは違う。これは、何かを言いそびれている。
 言えないことがある。
 それはきっと、アンリエッタのプライベートに関すること。
 国事に関することであれば、言えないのは当たり前である。その葛藤が表から見えることはないだろう。
 仮に国事だとしても、それはアンリエッタのプライベートに深く関わりのある内容なのだろう。

「私は無力かも知れませんが、話を聞くことくらいなら、口を噤んでいることくらいならできるつもりです」
「ごめんなさい、ルイズ」

 心配させてしまった友人として、無力な自分を見せてしまった王族として、アンリエッタは謝った。
 そして一瞬、ドアに目を向ける。ドア一枚向こうには、アニエスが待機しているはずだった。

「私はゲルマニア皇室に嫁ぐことになります」

 ルイズは絶句した。
 結婚。それ自体に不思議はない。自国の王女が、そして友人が結婚するのだ。これがゲルマニアでなければ素直に祝福することができただろう。
 それがアルビオンであれば、二人は手を取り合って踊っていたに違いない。アルビオンの王子であるウェールズ皇太子とアンリエッタとの互いの想いは、ルイズもよく知っている。
 しかし、しばらく前から政情不安を抱え、きな臭い噂だけが聞こえていたアルビオンである。今では反乱軍『レコン・キスタ』によって王族が各所から撤退を余儀なくされている、とも聞こえているのだ。
 現アルビオン王軍は敗れる。という意見が大勢であった。そのため、アルビオンを手中に収めるだろうレコン・キスタに対抗するためにゲルマニアと結ばなければならない。それがアンリエッタ婚姻の一因でもあるのだ。
 嫁ぐこと自体に不満がないと言えば嘘になる。それでもアンリエッタは、嫁ぐのは王族として正しいことだと自分に言い聞かせている。皇太子への想いを封じ込めようとしている。

「ですが、一つだけ問題があります」

 かつて、アンリエッタがウェールズ皇太子に送った恋文。
 それがレコン・キスタの手に渡ったとすれば? それを黙って手元に置いておくとは考えられない。必ずや、その存在を公のものとするだろう。
 果たして、ゲルマニアの皇帝はそれをどう思うのか。
 若さ故の過ちと笑い飛ばすか、不実だと王女を詰るか。
 それだけで即決裂とはいかないとしても、アンリエッタの、ひいてはトリステインの発言力は極端に減じられるだろう。
 それは対等の同盟ではない。傘下であり、属国への道である。当然、それをトリステインが望むわけもない。
 ではどうする?
 恋文を取り返す。どうやって?
 ウェールズ皇太子に会いに行く? 反乱軍に包囲された王軍に接触しろと?
 それが可能なら、恋文どころの問題ではない。アルビオンの王族を救うことができるだろう。
 しかし、手紙を取りに行けなどという命令に意味はない。ただ、死ねと命ずればいい。
 それは今の状況では同義だ。

「ウェールズ皇太子は聡明な御方。恋文は火にくべるなりして始末してくださっていると信じます」

 間に合わなければ?
 皇太子のアンリエッタへの気持ちも嘘ではない。己の心を鼓舞するであろう手紙をできるだけ手元に置いておきたいとしても、その気持ちを責めることなど誰ができようか。

「私にも覚悟はあります。どのような責も、この身一つの上でなら甘んじて受けましょう」

 仮に手紙が始末されていたとしても、自分のかつての想いが消えるわけではない。それに関して責められるならば、その責めは受けるしかない。かつての自分の気持ちに嘘は付けない。
 できることはただ、嫁いだ後の自分が決して皇帝を裏切らないという誓いだけ。

「それで充分なのかも知れませんけれどね」

 ゲルマニア皇室が望むのは、アンリエッタという女性ではない。トリステイン王族という血筋なのだ。
 仮にアンリエッタの心を得ることができなかったとしても、その血統を手に入れることさえできれば望みの九割は達成したに等しいのだから。

「そんな……」

 ルイズに理解できないというわけではない。自分にしても、魔法を早々に諦めていれば領地に戻って必要な学問を学び、何処かに嫁ぐことになっているだろう。
 それでも、ここまで意に添わない婚姻をさせられることはあり得ない。ルイズはトリステインでもその名の知れたヴァリエール公爵家の三女なのだ。
 父はその名にかけて良縁を捜すだろう。それは十分に可能な話なのだ。例えゼロと揶揄される娘であっても、ヴァリエールと姻戚関係となることを望むトリステイン貴族がどれほどいるか。
 そして魔法が使えないという一点さえ除けば、ルイズは優秀な頭脳と貴族の誇りと優しさを兼ね備えた可憐な美少女なのだ。
 その一方、アンリエッタが自分の望む相手と結ばれるためには、その地位は高すぎた。高すぎる地位は、逆に枷となる。自由意思など、高すぎる地位に属した義務の前では雲散霧消するのだから。
 だから、今のルイズには何も言えない。いや、言うべき言葉などない。アンリエッタに覚悟があるのなら、その覚悟を認めることだけが今のルイズにできることなのだ。
 それ以上の言葉を持たないルイズに、アンリエッタは嬉しそうに言った。

「いいのですよ、ルイズ。私はトリステインの王族として生きるだけです。誰にも恥じることなく、我が国のために」
「姫殿下、私は秘密騎士です」

 突然のルイズの言葉に、それでもアンリエッタは頷く。

「せめて今夜は、あの頃のようにしてください。秘密騎士ルイズに、御命じください」
「手紙を取り返せと?」
「ええ」

 ルイズは大仰に、下手な大道芝居のように跪いた。

「姫殿下の秘密騎士として、手紙を取り返して見せますわ」
「ありがとう、ルイズ。その言葉だけで、私には充分よ。貴女のようなお友達がいるトリステインを、私は決して忘れません」
「姫殿下」

 二人は再び、ただの幼馴染みとなってお喋りに興じ、笑い、そして泣いた。
 お休みの挨拶と共に、再び王女に戻ったアンリエッタはアニエスを従えて去っていく。
 また明日、次は公式に会いましょうとの言葉を残して。

 翌日、歓迎式典の中にルイズの姿はなかった。さらにルイズの部屋からは、ザボーガーの姿も消えていた。




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