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ゼロの黒魔道士-72


吸い寄せられるような風。
何枚もの薄くて見えないカミソリが、巻きつくように集まっていく。
飛ばされないように、ただ必死だった。

「くぅっ!?」
「なんと心地よい……満たされていくぅっ!!」

ワルドの魔力が、膨れ上がったのを感じた。
記憶の世界で、白い帆が風を受けて暴れ出す。
避けなくちゃ、そう思うんだけど、思うように動けない。
風に煽られるようにして、足に踏ん張りが利かない……!

「くっ……」
「サァッ!」

ワルドの合図で集められた風の剣が、吹雪のように飛んできた。
流れに、デルフを立ててしのごうとする。
ギィンッって金属と金属が触れあったような音が、世界いっぱいに広がる。

「ワァァァァ~~~~……」
「くぅぅ……」

押される。見えない風の刃に、押される。
体がどんどん後ろに後ろに下がっていく。
立てたデルフを持った腕が、押し流されて……
まずい、スキができて……

「ルァアアッ!!」
「ぅうわぁぁっ!?」

間一髪、って言うのかな。ほんっとにギリギリだった。
ボクの体より長いデルフの、長いデルフの柄。
なんとか、そこに当たってしのぐことができた……と思いたいなぁ……
腕がかなり重く感じる。
デルフを持つ腕が、いつも以上にずっしりと重い。

「デルフっ!デルフっ!しっかりしてっ!ねぇっ!!」
「……」

デルフは、応えてくれない。
ワルド相手に、ボク一人じゃ勝てそうにない。
だから……

お願い、デルフ。目を覚まして!!


ゼロの黒魔道士
~第七十二幕~ 足りないならば

「はぁ~い?よそ見はダーメダメ?ですよぉっと!」
「ぐぁぁあ!?」

目の前に、ワルドの足。それは風よりも速かった。
それがボクを蹴り上げたとき、一歩も動くことができなかったんだ……

「けきゃきゃきゃ!い~ぃ悲鳴だねぇ~♪何度でも聞きたいききたいキキターイ!!」

跳ねながら、落ちた。
なんとか……まだ、立てる。
大丈夫。ボクは、大丈夫。
でも……

「く……デルフッ!!」

左手に握り締めたデルフは、応えてくれない。
ボクよりも、よっぽど大丈夫じゃない。
自分の思い出したくない記憶を思い出してしまってから、
ずっと大丈夫じゃないんだ……

「……悪ぃ、もうちっとそっとしといてくれや。
 心まで錆ついちまった臆病者の剣のことなんかよぉ……」

……良かった、応えてくれた。
でも、デルフがこんなに弱音を言うなんて……

「デルフは臆病者なんかじゃないよっ!」

臆病者、って言うなら、ボクの方がずっとずっと臆病者だ。
本当のことを言うと、怖くてしょうがない。
今だって、ワルドと戦うことが怖いし、
ルイズおねえちゃんと離れてしまったことが怖い。
怖いから、デルフが必要なんだ。
ボク一人じゃ……足りないから。

「臆病者の根性無しよぉ!
 自分ぇの記憶すら怖がって怯える……最低野郎だっ!
 あぁ、ちきしょ、勇気なんざこれっぽっちも出てきやしねぇ……」

デルフの声が、泣きそうに震える。
左手を伝って、その悲しみが聞こえてきたんだ。
自分が、大好きだった人が、自分の目の前で死んで、それが守れなくて……
すごく、分かる。
ボクだったら、きっと、耐えることなんてできないだろうなって思う。
ルイズおねえちゃんに、タバサおねえちゃん、ジタンに、ダガーおねえちゃんにエーコ……
みんな、みんな、目の前で死なせてしまったらと思うと、怖くてしょうがない。

でも、ボクは……怖く感じなくて済む方法を知っている。

「デルフ……じゃぁ、勇気を、『足せば』いいんだよね?」
「は?」

帽子を、ぎゅっと右手でかぶりなおす。
でも、ボクは、独りなんかじゃ、ない。

「弱っちぃのが寄ってたかって、なーんのご相談?」

いつの間にか、ワルドの影。
本当に、ボク一人だけだったら、絶対逃げだしそうな状況だ。
でも……ボクには、デルフがいる!ルイズおねえちゃんがいる!

「ボクの『勇気』を、足せば良いっ!!」
「ぎょっ!?危なぁいですねぇー……」

『足りないなら、足せば良い』。
デルフが言った言葉。それが、ボクに勇気をくれる。
独りじゃないからこそ、足すことができる。
それが、ボクに、勇気をくれる。

「デルフ、言ったよね?
 『相棒に足りないのが速さなら、俺っちが足してやる』って!
 だから……」

小さいかもしれない。全然、これっぽっちも足りないかもしれない。
でも、ボクの左手でほんのり光るルーンがこう言っている気がしたんだ。
『頑張れ』って……なんか、あったかく、そう言っている気がする。
だから、だからボクは……

「ボクの『勇気』、デルフのために使うよっ!!」
「相棒……いや、サー……シャ……?お前か……?」

デルフを握る手に、もう一度ぎゅっと力をこめた。
距離をとったワルドに、付きつけるように真っ直ぐ構える。
ボクは、サーシャさんになれない。
でも……デルフの『相棒』でいたいと思う。
足りないものを、足すことのできる、そんな、『相棒』に。

「あー、くさーい……青くっさーい!!
 くっだらない茶番やってるなら、とっとと死にやがれぇええ!」

ワルドの声が、記憶の中の青空に舞う。
それに答えるように、カミソリのような風が集まっていってしまう……

「……くだらない?茶番だ?」
「デルフ?う、うわっ!?」

デルフの声が、また震えた。
ボクの左手ごと、ぶるぶると、震えだす。
持つのがやっと……ルーンの輝きが、優しいものから、だんだんとまぶしいものに……

「……俺ぁ、生まれてこの方、本気じゃ無かったことなんざねぇよっ!!
 相棒もそうだ!それを……茶番だぁ!?ザケたこと抜かすんじゃねぇっ!!」
「うぉ、まぶしっ!?」
「デルフっ!!」

どんな花火よりも、どんなお星さまや太陽なんかよりも眩しい光が、
ワルドの風なんかも吹っ飛ばすぐらいに明るく破裂した。

「……でる……ふ?」

光の中、ゆっくり、ゆっくりと目をあける。
デルフが……記憶の中のデルフ、いやそれ以上に、輝いていた。
空よりも青い刃が、クリスタルよりも透き通って輝いて……
ガンダールヴのルーンが、それと同じような光で輝いている。

……そっか、サーシャさんが、足してくれたんだ……
なんとなく、そう思った。
右手で、ルーンをさする。
ボクには、みんながいる。
ボクは、足りないことだらけ、でも、まだまだ足すことができる。
それが、ボクの、ボク達の勇気になる。
だから、ボクは……

「相棒、待たせたなぁ!すまねぇ、ちょっくら沈んでた!
 さぁて、見せ場だぁ!派手に遊んでやろうかっ!!」
「うんっ!」

「五月蝿いですね~……弱っちいのはボクちんに楽しく壊されちまいなぁっ!!」

もう、怖くない。
さぁ、ワルドを、フォルサテを倒すんだ!
ボクに勇気をくれる、みんなのために!


ピコン
ATE ~波沫魅漢粋(なみしぶき みせるおとこの こころいき)~

粘度の高い液体が混じる音が、絡みつく。
鍛えられたはずの筋肉が弛緩し、重力に引かれるがまま放り出され、
紅潮した頬を、汗混じりの涎が逆さまに伝って涙と合流し、地面へと落ちていく。

「うひょひょ~!ほな、手始めに身体検査と参りまひょかー?」
「うぐ……」

トリスタニアの路地裏で、彼女は辱められていた。
抵抗しようとすればするほど、バネのように刺激は蓄積され、感じてはならぬ快楽となって弾け飛ぶ。
寄せては返す感覚の波の中、アニエスの意識は辛うじて耐えていた。


「こうねー……一気に剥くっちゅうのもワイルドで男前やねんけどー……
 焦らしに焦らして丁寧に一枚一枚っちゅうのも捨てがたい……
 あぁ、今日はどっちでイッたら、えぇのんや……オルちゃん、迷っちゃ~う♪」
「ひ……ふぁ……」

八本の足が、一本一本執拗に絡みつく。
鎧の下の柔肌までも、器用にこすりつけながら分け入り、
吸盤でもってズウズウチュルリと吸い尽くす。
湿気を帯びた熱い吐息が、その度にアニエスの口からこぼれ落ち、
魂までも手放してしまいそうになる。

「ほな、まずはその『ガッチガチやぞ!』な鎧から外させてもらいまひょかー♪
 うひょー!ひょひょひょひょひょひょ      ひょぐぉっ!?」

唐突に下劣な笑いが途絶えると、宙吊り状態のアニエスを持ち上げていた縛めが解ける。
顔にわずかにかかるは、しっとりと優しい水飛沫。
蛸頭で弾けたそいつが、アニエスを自由にした。

「ひぁ……っ?」

感じたのは、わずかながらの浮遊感。
それが『落ちている』ということと気付く前に、アニエスは何者かの腕の中に落ち延びる。

「散々、暴れてくれたようだね、このタコ助野郎が……」

腕の主が唸る。
あくまでも紳士的に、しかし、抑えきれぬほどの怒気をそのバリトンにこめて。

「水玉ちべたいやないかーっ!おどれ、誰やっ!?   ちゅうかタコ違うッ!?オルちゃんやっ!?」
「知らざれば、言って聞かせてみしょうぞ己が名……その耳かっぽじって震えながら聞くが良いっ!!」

アニエスは、恐々と目を開けた。
そこに映った人物は……知らざる者では無かった。

「一つ!人妻、メイド、お姉ちゃんっ!来るものは決して拒まず!」

黒髪つややかに油が乗り、ピンッと伸びたモミアゲの先まできっちりと整えられている。

「二つ!フラれたところで決して諦めず!」

モミアゲ同様、奇妙なカールを描いた眉毛と髭が、男のゆるがなき奔放さを示していた。

「三つ!みーんなみんな吾輩の嫁っ!! それを手篭めにしようとしやがったタコ助野郎っ!!」

アニエスの体を、蛸の縛めから救ったのは、
決して善玉とは呼べない男。むしろ悪玉と呼ぶが常道というような男。

「退治てくれよう、このジュール・ド・モットぉっ!!」

呼ばれて無いのに出てきやがりましたは、
トリステインが誇る助平、変態、お下劣なる蝦蟇親分。

「も……っと……伯?」

アニエスは戸惑う。
何故、貴族が、自分を救おうとしたのかと。
何故、こんな男が自分を助けようとしたのかと。

「なんやー、タダのド変態か……」

「お前が言うなっ!!それに私は変態という名の紳士だっ!!
 大体貴様ぁ、触手でしかも粘液とな!?さらにさらに複数相手とな!?
 ぬるぬるのぐちゃぐちゃと……なんとうらやまけしからんことをっ!?しかもこの私の領域でだと!?
 羨ましさ余って憎さ八百万倍っ!許すまじからずにべくやっ!?」

「なーに言うとんかサッパリやわ」

「許すん!!」

「いやどっちやねん」

「な……ぜ……」

訳が分からない、というのはアニエスも同じであった。
ルイズやギーシュといった例外は別として、未だ多くの貴族を信じられなかったアニエスにとって、
この状況は、脳が過剰な感応器の処理に追われているとはいえ、理解しきれるものではなかったのだ。

「案ずめされるな、レィディ!淑女の危機を救うのが古来より男の役目!」
「あんたの場合、下心もあるでしょうがっ!」

グワンッとい銅鑼にも似た音と共に、別の影が舞い降りる。

「うぉっ!?あ、頭が頭痛で目ばちこ火花ぁ~!?」

「あれま、しぶといタコねぇ……調理のしがいがありそうだわ」
ズドンッとばかりに地面を踏みしめた巨漢。
隆々たる筋骨を体のラインの浮き出そうなピッチリした衣服と、
フリルがほどこされたヒラヒラのエプロンに身を包んだ男。
手にはエプロン同様ピンクのハートマークつきのフライパン。
使い込まれた証拠の薄いバターの香りと、丁寧に扱われた証拠の鈍い黒光り。

今日は馬鹿に見知った輩に出会う日だ。
アニエスはフラフラの意識の中そう思った。

「すか……ロン……てんちょ……?」
「ノンノンノン!ミ・マドモワゼルと呼んでちょうだいな!」

妙に艶めかしいハイトーンの声が、キンキンと脳に響く。
だが、蕩けそうな感覚に溺れていたアニエスにとって、それはむしろ具合が良かった。
幾分か、脳がスッキリしてくる。

「下心は否定せぬよ。
 しかし、店長が出てくることは無いのでは?私で十分カタは……」

「店の女の子さらわれてて黙ってるミ・マドモワゼルじゃないのよぉっ!!
 大体、あんたも店のツケ溜めたまま久方ぶりすぎるわよっ!!散々妖精さん達口説いておいて!」

「これはしたり!しからば、今宵の労働で対価を支払えぬだろうか?」
「マケても半額!それ以上はニコニコ現金払いしてもらうよっ!」

静かに降ろされながら、男共の会話を聞くに、
こやつらも知り合いであったらしい。
世間は狭いものだと、アニエスは呆れる。
呆れながら、どこか安堵する。

「毛、もじゃもじゃ……
 筋肉、モリモリ……
 男キラーイッ!!オドレらワイのハーレムに寄るんちゃうわーっ!!」
「どこがっ!!」
「あんたのハーレムなのよっ!!」

色欲魔獣の海産物野郎に立ち向かうは、トリスタニアが二人の雄。
アニエスはフラフラの意識の中、どこかそれを頼もしげに見つめていた。


ピコン
ATE ~仲間をもとめて~

分け入っても、分け入っても、死臭。
墓場キノコの胞子が肺腑を満たすレイスウォール共同墓地。
激しく敵の陣を切り裂いてきた二名の異端者にも、
じわりじわりと死の香りが浸み渡ってきていた。

「ぁーぅー……血がたりなーい……おなかすいたー……」
「くっ……」

群がる敵を、屠れども、屠れども、そいつらは立ち上がる。
極限まで乾燥した骨を軋ませ、爛れ腐れた肉をぶら下げて。
元より屍、屠るというのに語弊もある。
モスフングスの匂いが染みついた墓土を体にまとわせたそいつらは、既に人ではない。
泥人形。人間であった名残が辛うじて残る肉体を媒介とした、泥の塊。
そいつらが群れ襲う様は一つの流体のごとく。まさに、毒の沼。
じわりじわりと、足のかかった異端者共を蝕む、蟻地獄。

「我が使命のため、お前達は処理させてもらう。
 蛮人を導く、崇高なる使命のためにな」

悠然、といった様子で、沼の外側からする声は、偽者のビダーシャルのもの。
先住の力をその体に宿す者達に対し、この土人形望んだものは『緩やかなる死』。
強大な力を一度にぶつけるでなしに、減った分を次々と足していく。
積み重なる疲労と、ごくごく僅かなダメージで、確実に相手を蝕んでいく。

「ぁー、イチイチムカつきー……でもツッコむ気力もないー……」

対してこちらは無尽蔵の死者の群れ。
長引けばそれだけ土人形共に分がある。
吸血鬼の少女は改めて不平の声を漏らした。
ビダおにいちゃんこと本物の方のビダーシャルはと言えば、
同じ姿の者に自身の醜い一面を提示され精神的に押されている。
魔法戦となると精神力の差が物を言う。これは大きな痛手だ。

エルザ自身はと言えば、血が足りない。
彼女の精神力の源は、いかに『満ち足りているか』ということ。
単純に言えば満腹感がそのまま出力に繋がる。
これが生物相手の戦ならば、相手の血を啜って回復することもできよう。
が、相手は腐った土くれだ。血の一滴すら通っていない。
普段よりもはるかに消耗の速い戦いに、エルザは舌打ちを打った。
流れが悪い。
泥沼から逃れる術が、見えない。

「安心せよ、お前達の骸も使わせてもら――」
「申し訳ございませんがお客様、お引き取りやがって、もらえますか?」

淀み切った場の空気が、偽ビダーシャルのご高説とやらと一緒に途切れる。
スッと一筋、閃いて流れる鋼が光。
屍共の群れを縫い、真っ直ぐに穿たれる破魔の杭。
ナイフの一本が、土人形の喉を貫いた。

「む?っ――」
「こちらの方々、我々の仲間でございまして」
ザザザン、と土人形が声をする前に、その喉元からナイフの花が咲く。
同じ場所を、正確に、この密集した場で放った腕を持った男は、
銀色の長髪を温い風になびかせて、墓石の上に立っていた。

「糞以下にくだらない妄想ぶちまけていらっしゃるド腐れ脳味噌のお客様は――」
給仕服を着た彼が指を鳴らす様は、さながら特注の品を厨房に指示するようで。
パキィンという小気味の良い音が、淀んだ空気をナイフのように切り裂いた。

オーダーされた品は荒い鼻息と共に。
偽者エルフの背に、熱く湿った風が落ちる。
振り返る、という作業は必要無い。というよりも、できなかった。

「下がっていろ、という話だ」
ギチチと軋む筋肉の音が、肩から腕、腕から手の先へと連なるように拡がる。
瞬間、極限まで溜められたバネは弾け飛び、斧を持った手が風の速さをも越える。

「ぐぁっ……――」
悲鳴が上げられたことは、むしろ奇跡だ。
普通の人間相手ならば、首と胴体が離れたことすら、そのエモノが斧であることすら気付かず死んだだろう。
牛鬼の筋力は、それほどまでに凄まじいのだ。
ましてや、既にトマが投げたナイフで、崩壊点を指摘されている。
その体が粉微塵にバラバラになる間に、悲鳴の音が漏れ出たことこそ奇跡的なのだ。

トマと、ラルカス。
すらりとしたフォーマルな給仕服姿の男と、
猛る筋肉をむき出しにした牛鬼の男。
対照的とも言える二人が、仕事を終えて駆けつけた。
この事実は、エルザにとってまさに僥倖と呼べるものだった。

「あー……ちょうどいいところにー……ラルちゃん、ちょい顔かしてー……」
「ら、ラルちゃん?」
勝手につけた仇名で呼びながら、牛鬼の身体にしがみつく。
体格で言えば巨象と子猫。
一種異様とも言えるハグである。

「ぬっふっふ~……この際味は気にしなーい……ちゅぱっ」
「ぬぉっ!?」
ぴちゃぴちゃ、ぺろぺろ、
とラルカスの筋肉のと筋肉の隙間を縫うように、その小さく可憐な舌先が這う。
本当ならば、血を飲むのが一番、それも若い女のものが一頭上等なのだが、
事態が事態だ。万が一にもラルカスに貧血になられても困る。
汗は血ほどではないが、その想いを肉体の外に出す魔力の源。
少々牛臭いのは仕方が無い。
一舐めするごとに、毛細血管の一本一本が踊り出し、細胞の一つ一つが歌い出すのが分かる。
涸れかけていたエルザの力が、フェニックスのように甦る。

「ぷっはぁあぁーっ!生き返ったぁあっ!!エルザ復活ぅぅ!!」
満タン、とまではいかないが充分。
エルザの顔に、再び少女のような屈託のない笑顔が戻った。

「遅くなりました、孤児院から城までは遠くて……で、エルザ様、どういう状況で?」
「ビダお兄ちゃんは少しお疲れ。あとは馬鹿1匹と、そいつが動かしているまっずそうなのたっくさん!」
「理解いたしました」
トマおにいちゃんの理解は早くて助かる。
エルザはコクンと頷いた。
賢い人は味方にするに限る。
ムラサキヨモギの香りがする夜を思い出し、改めてそう思った。

「馬鹿、とは……我のことか?」
バラバラになった、偽エルフの首が再び形作られ、持ち上がる。
時の流れが逆になったように、元の姿へ。
やはり、本体を、ビダおにいちゃんの血を吸った土人形を叩かないとどうしようも無いようだ。
エルザはふんっと肩をすくめた。
気付けば、また屍人や偽エルフに囲まれている。

「あんたに決まってるでしょうがっ!!」
そんな中、エルザは吠える。
味方は賢い方が、敵は馬鹿な方がありがたい。
だから、今はものすごくありがたい状況だった。
その安心感を背に、彼女は吠えた。

「賢くて、美味しい人間さん達をねぇっ!家畜扱い?
 オマケのオマケで『導いてやる』?脳味噌湧いてるんじゃない?」

エルザにとって、人間は食料であると同時に、一定の敬意を示すべき好敵手なのだ。
最早伝説と化したダルシニとアミアスという姉妹吸血鬼の例もそうだし、
エルザとタバサの例もそうだ。
狩る者と狩られる者ではあるが、それさえ無ければ結局対等の立場であると、エルザは信じていた。

「吸血鬼風情が……」
「あんただってエルフ風情じゃないのさっ!しかもあんたは血も通ってないしさーっ!
 生き物なんて、みんな変わらないっわよっ!大事なのは、心臓でしょうが、心臓!味的な意味でもっ!」

ただ、『生』を共に受くる者同士、エルザは人間を自分達と区別しない。
それが貴族でも、平民でも、ミノタウロスであろうとも、あるいはエルフなどの亜人であろうとも関係無い。
ただ必要なのは、美味しい血であるかどうかと、背中を安心して預けられるかどうか、それだけだ。
それを血も通わない土人形と、血も涸れ腐った死体共が、『導いてやる』?
『生』を第一とするエルザにとって、それは許しがたき愚行であった。

「それが、貴様の理か?家畜を食らうだけの害獣よ。
 ――穏やかなる死を拒むならば、早々にその血肉を我に預けるが良い」

モスフングスの焼けつく香りが一層濃くなる。
屍共の輪が、二重にも三重にも分厚くなる。
だが、エルザは安心していた。

「ラルちゃん、トマおにいちゃん、いっくよぉー!」
「元よりそのつもりです!」
「それはいいのだが……ラルちゃん……うー、むぅ……」

頼れる仲間。
孤独であった今までの人生からは考えられないほど、素晴らしき『生』の証。
エルザは、もしかしたら血よりも大切なものを今いただいているんじゃないかなぁと、
ペロッと舌を出して笑ってみせた。


ピコン
ATE ~老兵は去らず~


トリステイン魔法学院、中庭の陣。
強大なる業火の一撃が師弟を完全に捕えているはずであった。

「あぁん?」

ズブリ、と塊が崩れ落ちる。
だが足りない。そこにあるべき空気が足りない。求むる香りを求めて真っ赤な舌がしゅるしゅる蠢く。
期待したはずの芳しき焼けただれた肉の臭いがしないことに、メンヌヴィルは怪訝な表情を見せた。

「……え……」
「これ……は……」

驚いたのは、命を永らえた師弟も同じだ。
折り重なるように、かばい合うように体を重ね、
彼らの身代りとなったその物体を、ただただ呆れて見上げていた。

装飾も何も無い、土そのもの。
それが単純に『生えてきた』と言う風に、地面からそびえていた。
高さで言えば、12,3メイルといったところだろうか。
土の隆起を促す呪文など、土魔法の中では基礎中の基礎にあたるが、
炎が襲いかかる刹那の間に、これだけの土を動かすことはスクウェアクラスでも困難なはずだ。
一体、どこの誰が……

「やれやれ、すまなんだのう、ミス。それとコルベール君。
 少々、遅くなってしもうたわい。ちと他所の掃除もしとっての」

コルベールは薄れゆく視覚で、メンヌヴィルは微かな匂いをその嗅覚で感じとった。
しわがれた声に、間違っても巨躯とは言えぬ細めの身体。
やや枯れ切った体から感じられるのは、ほんのり薄い加齢臭だけ。
どうその見場を高く評価したところで、老紳士と言った風情。
それがオールド・オスマン。
学園長という職務をのらりくらりと過ごしているだけの男。
昼行燈とも好々爺とも揶揄される普段通りの声姿。
危険の香りもしない、ただ普通の男の絞り滓のような老人。
まさか、彼が?

「キュルケっ!大丈夫っ!?」
「モンモランシー!?あ、わ、あたしは大丈夫!それよりっ!」

だがその後から駆け寄った、巻髪の少女には成しえない仕事なのだ。
第一、彼女は水メイジ。
メンヌヴィルは匂いでそれを見通していた。
治療はできたとして、それ以外の取り柄はさして無いはず。
実力から言っても、それは間違いない。

「え、この人……コルベール先生っ!?どうしたってのよっ!?」
「話は後っ!早くダーリンを助けてあげてっ!お願いっ!!」

しかし、回復役が増えたか。
メンヌヴィルは忌々しげに荒い鼻息をふんっと鳴らした。
鼻息すらも炎を産み、ジュッと空気中の水分を焼き飛ばす。

もちろん、これは正式な決闘の形式には則っていない。
だが、それでも一定の敬意と尊厳が存在するはずなのだ。
メンヌヴィルはそう疑ってやまなかった。
元来、火メイジ同士の戦とはそうあるべきなのだ。
純粋なる力と力のぶつかり合い。
それこそがメンヌヴィルが求めたもの。
それが二対一だろうと百対一になろうと構わない。乱入だって全く問題ない。
真正面から立ち向かってくる相手なら喜びこそすれ拒むことは無い。
真っ直ぐと向かってきた力を、持てる全てで叩きのめす。それが良いのだ。
全てを焼き払い、鼻先の敵を屠り、その焼け焦げた屍の上で絶頂に達することが望み。

だからこそ、それを可能とする力を、人智を越え全てを焦がす力を手に入れたというのに。
だのに、

「なんだぁ?爺ぃは引っ込んでろ、えぇ?死に急がねぇでもお迎えはすぐだろうが!」

それを邪魔をするというのか、水や、土ごときが。
眼前に立った土メイジとおぼしき老人を罵倒する。
こういった手合いはつまらない。メンヌヴィルはそう認識していた。
彼奴等は小賢しく人形遊びで場をごまかすなど、戦いに向ける『熱』というものが足りない。
極限まで極めた武や力のぶつかり合いといったものを純粋に楽しめない。
メンヌヴィルの炎は憤りでさらに燃え上がりそうであった。
心から楽しんでいたところなのに。
メインディッシュを真横からかっさわれた気分だ。

「生憎、お迎えの馬車がちぃとばっかり遅れておってのう。
 お主らのせいで渋滞中かのう……」

そんな気持ちをさかなでるかのように、飄々、といった調子でオスマンは答える。
流石は年の功といったところか、あるいは何も考えていないのか。
グツグツと、メンヌヴィルの吐く息が煮える。
枯れ木ごときが、何を抜かしていやがる。
燃やし甲斐も無さそうな、死に損ないが。

「……しっかし、見事にバケモノに成り下がっておるの、お主。
 人間でおれば、ワシに劣るとはいえ男前じゃったろうに、もったいないのう」
「言うねぇ、爺さん……はーん、地獄への直通便を御望みかい?」

一々癇に障ることを。
成り下がっただ?冗談じゃない。これは、進化だ。
武の極みをさらに越え、万物を炎で飲み干せるだけの力を手に入れた。
その力を、その武を馬鹿にするというのか?
ボケ爺が。目どころか脳味噌まで腐ってやがる。

「あぁ、お主の、な」
「抜かしやがれ、ポンコツ爺ぃがっ!!
 戦いすら経験したことの無さそうなド素人が!どうする気だ、えぇ!?」

ドウッと激昂の鼻息がキノコ状の炎となり迸る。
嗚呼、イライラする!
どこの糞だ、このポンコツは。
この豪熱を感じているはずなのに、畏れも恐れも感じとれない。
どんな武人ですら、灼熱の炎を目前にすれば、身体に緊張感が走り、
それが場の空気や熱と重なって極上のスパイスになるというのに。
実におもしろくないではないか。

ただ感じるのは『見つめられている』という実感だけ。
まるで土塊人形を相手にしているみたいだ。
トロル相手にした方がまだ魂が震える。
老い先短い身でボケきったか、あるいは力の差すら推し量れぬボンクラか。

「確かに、人間相手はお主より少ないかのう。じゃが……」

『ズン』。
メンヌヴィルの身体が、一瞬傾いだ。
蛇腹と化した足下から伝わる振動。
腹の底に響いてくるずっしりとした鼓動。
同時に目の前の老人の『温度』が変わる。

「バケモノ退治は、昔とった杵柄じゃて」

熱いわけではない。火メイジの専売特許とも言える苛烈な炎は感じない。
当たり前か、目の前の爺は土メイジだ。
これは、熱とは対極。質量のある、『冷え』。
鋼や水晶といった、揺るがない硬さや芯を秘めた、重たい冷気。
それが地面を伝わって、臓腑を揺るがす。
これが、気迫とでもいうのだろうか。
特段魔法を行使したわけでもあるまいに、ただ気を吐くだけで地を揺らすだと。
ただのボケ老人と思っていたが、これはとんだ狸だ。
メンヌヴィルは目の前を『枯れ木』から『獲物』と認識を変え、シュルリと紅炎の舌で唇を舐めた。

「ほーぅ?ちーとは楽しませてくれるってわけか?こりゃ楽しみだなぁ、えぇ!?」

肉ではなく、土や鋼という類ならばそれも上々。
ただの枯れ木よりは燃やし甲斐があろうというもの。
どんな匂いで燃えてくれるんだ。
あるいは火薬のように激しく燃え上がるのか。
嗅ぎたい。それが焦げ付きるまでの熱を感じたい。

「人間の意地というものを、見せてやるわい」
「いいぜぇ!持てる力の全てでかかってこい!!望み通り、お前をウェルダンにしてやるよぉっ!!」

隊長殿よ、この『選手交代』、受け入れてやる。
だからせいぜい楽しませてみせろよ!
メンヌヴィルは炎気を上げた。
景色が歪むほどの熱がこもったそれは、天蓋までも焦がす火柱であった。



ピコン
ATE ~私は飛べる~

キリが無い。
クジャはそう呟き天を仰いだ。
少しは薄れてきたような気もするが、相変わらずの歪んだ虹模様。
そこに舞うは魂より生れし飢えた竜もどき。

美しさはもちろん、力でも劣っているわけではない。
もしこれが平地での一戦であったならば、もっと楽にケリがついたことだろう。
もし、これが。
戦いの場に『もし』は無く、本来優位に立つべき者が劣勢に立つのも珍しくは無い。

「ちっ、足場が狭いとやりにくいねぇ……」

ただ、それだけ。
たったそれだけの差が、勝敗を分ける。
敵は空を悠々と踊る翼を持つが、こちらは飛空挺の甲板にその足をしがみ付かせるだけ。

狭い舞台は動きに制約を付ける。
前に出るも、後ろに退くも、自由自在というわけにいかぬ。
足枷をつけたまま闘っているようなものだ。
おまけに銀竜達が襲い来るたびに、甲板が削られ足場はますます狭くなる。
そこらで板床がめくれ上がり、穴が開けられ、荒れ放題と言っても差支えない。
ジリ貧も良いところだ。

「いくぞワルキューレ部隊っ!!『画・竜・点・睛』っ!!」

真後ろでギーシュが跳び上がる。
自分の作ったゴーレムのリフトと魔導アーマーの脚力で、高く跳んだ。
確かに、防戦一方というわけにはいくまい。
こちらから攻めねば物量差に押し負ける。
ギーシュの選択自体は間違っていない。
戦略的に考えれば至極妥当な解答と言えよう。

「っ、と、届かないっぃいいっ!!ぅぁああああああ!?」

だがそれも、その剣が届けばの話である。
ガシャンという今日何度目かの落下音に、クジャは呆れ顔を渋くした。
ギーシュ達ハルケギニアのメイジも『フライ』という魔法で空を飛べなくはない。
だが、それを他の魔法と組み合わせるのは、至極困難だ。
姿勢の制御と位置の維持。
それに加え、地で戦うのとは違い自分の魔法による反力が影響する。
ワザと隙を見せ敵を誘えるという訳で無し、好んで空中戦を挑める状況ではない。

「艦長、まだ時間は?」
「『かかります!これでも出力限界ぎりぎりで……壊れる寸前ですよっ!?』」

伝声管からの情報も芳しいものではない。
まだまだこの場で踏ん張り続けなければならない。
四面楚歌。
半歩足をずらすと、めくれた板床に足が引っ掛かる。
守らねばならない船も、そう長くは持たないようだ。

「ふん、ポルカすら踊れないか。せめて飛び回って攻撃できたらねぇ」

無い物ねだりなことは分かっている。
それでも、翼が欲しいと不平も出ようもの。

「てて……そんな、竜じゃあるまいし……うわぁっ!?」

また一頭、元気が良いのが突貫を開始している。
銀色の翼を折りたたみ、急降下。
身全体を巨大な弾丸として獣が降ってくる。

「ちぃ……」
「ひぃいっ!?ふ、防げワルキューレっ!!」

これを防ぐには、真正面から受けるのではなく、横から軌道を反らす必要がある。
それができない。そのような位置取りができないのだ。
愚を承知で前より止めねばなるまい。
しかもこの動き、今度は甲板を抉られるだけに留まらず、機関室まで届いてしまう。
足場が完全にバラバラになる。
防ぐか、さもなくば死か。
せめてものシールドを張ろうと、クジャが手に魔力を振り分け……

「GREWOO!?」

銀の弾が、蒼い流星によりその勢いを止めた。
散った白銀の鱗が塵星のごとく舞う。

「きゅきゅきゅっきゅいぃ~!!」

ファンファーレのごとく、軽く甲高い鳴き声。
聞き覚えのあるその声に、クジャはニヤリと笑い、手にこめた魔力を霧散した。

「間にあった」

欲を言えば、もう少し早い到着を望んでいたが、充分だ。
その青髪の少女の言うとおり、『間にあった』。

「おやおやおや」
「た、タバサ君!?それとシルフィード!?」
「感謝するのね、キザっ子野郎!お姉さまとシルフィが助けに来てやったのね!」

まったくもって、プリマドンナは出番を外さない。
予定していたシナリオでは彼女の登場は無かったはずだが、これは嬉しいサプライズだ。

「これは、ジョゼフの命令かな?」
「違う」
「……ふむ、『糸』は切ったか」

しゃべる風韻竜の、その背にちんまりと乗った青髪の少女。
その少女の瞳に、沈んだ闇が無いということにクジャは気付く。
人形では無い、生ある人間のみが持つことのできる、美しき光が満ちている。
それを見て、舞台作家の血が騒ぎ、緻密な脚本に一筆が加えられる。

「――任せるよ?」
「任された」
「シルフィとお姉さまにかかれば、ギンギラギンの趣味の悪い子たちなんてちょちょいのちょいなのねっ!!」

彼女を利用しない手は無い。
横入りした役者に、クジャは役を与えることとした。
すなわち、

「よし――行くよ、ギーシュ君っ!」
「え、い、行くって、う、うわぁあああ!?」

鎧の首の部分をがっしと掴み、引きずるように宙へ。
落下する、と、同じぐらいの速度で、水平に風に乗る。
目指すは、彼の『最高傑作』が頑張っているはずの、『悪魔の門』。
自身の最適な配役は、彼らのサポートであると、今判断した。

「あ、あなたも飛べたんですかっ!?」
「滑空だけだよ!自由に飛び回るのは『風』の方が上さ!」
「『風』ぇ!?」

適材適所。空は『風』に任せるのが一番良い。
クジャも滑空こそはできるが、小回りは効かない。
だから彼女に任せる。今の彼女ならば大丈夫。
なに、己の審美眼には自信がある。

全てが好転したことを感じ、クジャはほくそ笑みながら、空を滑るように飛んでいく。
抱えられたギーシュは何のことやらと混乱した表情のままであったが、お構いなしに。

 ・
 ・
 ・
一方の、『任された』方、
青髪の少女は大きく息を吸った。

「シルフィード」
「きゅいっ?なあに?」
「よろしく」
「きゅ、お姉さまっ!?」

タバサは、飛んだ。
いや、より正確には、『落ちて』いった。
自由落下。
糸も、何の支えも無い、まさに自由なる物理現象。

「……」

それが心地よい。
体を包んでは通り過ぎる風が、今までの束縛を洗い流していく。
耳元を通り過ぎる風の唸りも、まるで祝福のファンファーレのようだ。
タバサは全身全霊で感じていた。
どんな物語を読んだときよりも、
果てしない喜びを。素晴らしい充足感を。

「……♪」

これは、他の誰の物語でも無い。
誰かに、命令されたりしたわけでも無い。
これは、自分自身で望んだ、自分自身で描いてゆくことができる、
彼女の『物語』なのだ。

「GYAAAAAAAAAAAAAM!?」
「GWOOO!?」

自由を手にした『雪風』は、遠い春を呼んで軽やかに舞う。
大きな杖が、いつもよりもさらに軽く感じる。
ずっとずっと、素早く、鋭く、敵を狩る。
唱える呪文が、鼻歌のようにスゥっと自分体を抜けて空気に広がる感覚。
自分自身が旋律であるように、空と1つになる感覚。
高揚感、解放感、幸福感。
タバサは、『タバサ』になって、いやそれまでの人生で、初めての感覚に、酔いしれた。
どこへでも、行ける。何にでも、なれる。何でも、できる。
この愛おしいまでの浮遊感を、いつまでもいつまでも、その小さい胸いっぱいに抱きしめていたかった。

「む、無茶しすぎなのね、お姉さまっ!?」

ふわり、と風の抵抗が止んだ。
下から優しく受け止めたのは、大きく拡げられた蒼い翼。

「――シルフィード」
「な、何なのねっ!?」

タバサは、ゆっくりとその瞳をあけながら、自分の使い魔の名を読んだ。
うっとりと、幸せの余韻を胸に抱きしめながら。

「……ありがとう」
「きゅ、きゅいっ!?お、お姉さまから感謝の言葉!?明日は地震雷火事オヤジなのねっ!?」

タバサは、今までの感謝を、直接その唇を震わせて言った。
感情を封じたはずの雪風が、思うとおりに言を紡いだ。
錠前つきだった彼女の心、それを解き放った鍵。
『仲間』。
自らの危険を顧みず果敢に彼女を救いにきてくれた、『仲間』。
閉じ込められた雪風に、暖かい光を差し伸べてくれた『仲間』。
決して自分を利用するでもなく、自分を支えてくれる『仲間』。

春の太陽のごとき温もりは、彼女を縛りつけていた氷の縛めを溶かした。
あるがままの運命を受け入れ、ただ耐えるだけだった彼女を変えた。
運命の糸に操られるままだった人形に、自ら歩める力を与えた。

「GRRRRRRRRRRRRR……」
「GRYAAAA!!!!」

猛る銀竜の群れを一瞥し、スゥっと息を吸う。
訪れた幸せに浸るのは堪能した。
ここからは、なすべきことを、自分がしたいことをする時間だ。
タバサの目に、ナイフよりも鋭い光が宿った。

彼女は、今自分自身の意志でここにいる。
彼女を操る糸はもう存在しない。
彼女は、彼女の『仲間』を助けたい。
誰に命令されたわけでも、誰に操られたわけでもない。
それが、彼女の願い。それが、彼女の意志。
これが、彼女の『物語』。

「倒す」
「きゅいっ!シルフィもがんばっちゃうのねぇえ!!」

どんな風よりも自由に、雪風とその竜が舞う。
聖地の上、淀み切った空を塗り替えるように、
軽やかに、そして、嬉しそうに。

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にんぎょうげきが おわっちゃう!
にんぎょうげきが おわっちゃう!
ぼっちゃん、じょうちゃん どうしよう?
にんぎょうげきが おわっちゃう!

タバサは じぶんを あやつる いとをきり
タバサは じぶんで あやつり いとをきり
じぶんの はねで おどりだす!
なかまの ために おどりだす!
もうだれも とめられない!
あぁ、どうしよう!
これじゃ にんぎょうげきに なりやしない!

あぁ なんて はらだたしいんだろうね!
かってに おどられて いるというのに!

あぁ なんて あたまにくるんだろうね!
かってに うたわれて いるというのに!

こんなにも、きれいだなんて……


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