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ルイズと夜闇の魔法使い-13


「ヒ、ヒイラギ……」
 柊の腕に抱きかかえられたまま、ルイズは呆然と声を漏らした。
 そんな彼女をよそに柊は僅かに眉を顰めて手にした魔剣――デルフリンガーを睨みつけて唸る。
「お前……"喰い"すぎだ」
『すまねえ。何しろ初めてだもんで加減がわからんかった』
 言葉とは裏腹にデルフリンガーは愉しそうに漏らすと、くつくつと笑い声を上げた。
『しかし《生命の刃》か……こいつはゴキゲンだな。まさかこのカラダで食事なんてモンができるとは思わなかったぜ』
 生命力を流し込まれてご満悦のデルフリンガーに柊は苦々しく舌打ちすると、改めてルイズを見やった。
「てか、お前も一体何やってんだよ」
 溜息混じりに漏らしながら柊は抱きかかえたルイズを降ろそうと身を屈めたが、彼女は柊にしがみついて頭を胸に埋めた。
「お、おい――」
 そこで柊は気付いた。
 必死にしがみついて来るルイズの身体が震えている事に。
「……もう大丈夫だから。とりあえず退くぞ」
 柊が宥めるように言うが、ルイズは柊の胸に顔を埋めたまま拒絶するように頭を振る。
 普段の強気な態度が見る影もないほどに小さい声で、しかし彼女は言う。
「フーケ……捕まえ、ないと」
「だからって無茶だろ。魔法も使えねえのに」
 柊の言葉にルイズの肩がぴくりと震えた。
 胸元を掴む彼女の手の力が強まり、その一方で彼女の声は一層弱々しく――まるで嗚咽しているように響いた。
「逃げたって、そんな風に言うくせに……!」
「……言わねえって」
「言うわ。今までだってずっと言われてきたもの。ゼロだからって、魔法が使えないからって……!」
「……」
「フーケを捕まえればきっと皆も認めてくれる。それに――」
 言ってルイズは顔を上げた。
 鳶色の瞳に涙を浮かべて、柊の顔を見つめる。
「――エリスだって、あんただって、認めてくれるでしょ……?」
「お前……」
 じっと見つめてくるルイズに柊は咄嗟に言葉を返せなかった。
 おそらくはエリスもそこまで深刻に考えて言った台詞ではないだろう。
 しかしずっと誰かに認められる事のなかったルイズにとって、それは話半分で済まされる事ではなかった。
 彼女を追い詰めていたという点において柊達は彼女をゼロと呼ぶ人間達とある意味同類だった。
 柊は大きく息を吐いて、口を開いた。
「……お前はホンット人の話を聞いてないのな」
「な……」
 ルイズが反応するよりも早く柊は半ば落っことすようにして彼女を地面に降ろした。
 ぽかんとしたまま見上げているルイズの頭に、軽く手を乗せる。
「そんなんじゃねえって言ったろ。魔法なんか使えなくったってお前にゃできることあるだろうし、色々やってんだろ?」
「で、でも……」
 口ごもるルイズに柊は僅かに難しい表情を浮かべ、そして唐突に彼女に背を向けて一歩を踏み出した。
 背中越しにこんな言葉を投げかけて。
「……認める認めねえってんなら、エリスとか俺のために服を買ったことの方がよっぽど認められるぜ」
「えっ……」
 言われた事の意味がいまいち理解できずルイズは呆然と柊を見やる。
 魔剣を携えた青年の背中の向こうに、巨大なゴーレムが聳え立っていた。

『なんでえ、結局手伝ってやんのかい』
「……押し込み強盗の現行犯だ、見て見ぬふりって訳にゃいかねえだろ」
『そういう事にしてやんよ』
 笑いを押し殺したようなデルフの声に柊は舌打ちすると、改めて眼前のゴーレムを睨みつけた。
 破壊したはずの右腕が再構築されている。
 まあルイズとの会話でそれなりに時間があったので不可能ではないだろう。
 そのゴーレムを挟んで反対側、本塔の傍にローブ姿の人間がいた。おそらくアレがフーケとやらだ。
 意趣返しとでも言うのだろうか、どうやら逃げるつもりはないらしい。
『しかしあのサイズのゴーレムを創った上に腕を丸ごと再構築するってことは相手はかなり上位のトライアングル……スクエアクラスかもわからんね。
 要するに化物だ。ぶっちゃけ創られた時点で負け確定なんだけど?』
「……問題ねえ」
 言いながら柊はデルフリンガーを真横に構え、その刃に手を当てる。

 柊 蓮司にとって相性の悪い相手は素早くて攻撃が当たり難い相手か、そもそも根本的に物理攻撃が通用しない相手だ。
 そういった意味でこのゴーレムの巨体は非常に相性が良い。
 先程は不意打ちだったので右腕を破壊できたが、正面から相対した場合の防御力は断定することは難しい。
 だが、それも柊にとってはなんら問題ではなかった。
 なぜなら――

 刃に押し当てた掌に光が灯る。
 力強い光はその輝きを増してデルフリンガーの全身に纏わりつき、そして染み込んでいく。
 それはプラーナとは別種の力。彼自身の生命力。
 己が命を《刃の供物》に、魔剣の力を増大させる。
『――くくっ』
 裡から際限なく湧き上がっていくその迸りに、デルフリンガーはくぐもった歓喜の声を上げた。
『なるほど、問題ねえ。向こうも化物だが、相棒も大概バケモンじゃねえか……ええッ、ウィザード!!』
 デルフの叫びと同時に柊は剣を振った。
 まるで露を払うかのように魔剣が空を切る。
 たったそれだけで触れてもいない脇の地面が爆散した。
「俺はこれしかできねえからな。その分、ほかに譲る訳にはいかねえだろ」
『なんという攻撃馬鹿(アタッカー)。だが気に入った――ブッ潰せ!!』
 デルフリンガーの吼え声と共に柊は地を蹴った。
 巨大なゴーレムが腕を大きく振りかぶる。
 瞬間、腕が鋼鉄に変化して黒く染まった。
 馬鹿正直に正面から突っ込んでくる柊に向かって鉄の拳を振り下ろす。
 巨大すぎるその一撃を柊は真っ向から受けて立った。
 デルフリンガーを《振りかぶり》、迫ってくる拳に向かって半月を描くように地を抉り振り上げる。
 数多の死線を潜り抜けた魔剣使いの《見切り》が過たずゴーレムの《死点を撃》つ。
 2メイルに満たない人間と30メイルの巨人の激突――その光景も結末も、まるで出来の悪い騙し絵のようだった。
 魔剣使いの青年が振り抜く《生命の刃》がプラーナを纏って迸る。
 その力の奔流がゴーレムの鋼鉄の拳を打ち砕き、
 腕を崩壊させ、
 肩を粉砕し、
 更に右上半身、その頭部に至るまでを完全に吹き飛ばした。

「――化物がっ!!」
 フーケは戦慄と怨嗟を込めた叫びを吐き出していた。
 意味がわからない。
 30メイルのゴーレムと真正面からぶつかって破壊する剣士など存在する訳がない。
 だが、自らの生み出した力の結晶が完膚なきまでに破壊されたのは覆しようのない現実だった。
 粉砕された土くれが砂のように降り落ちる中、魔剣を構えなおしてこちらを見やるウィザードと目が合った。
 瞬間、ぞくりと背筋に寒気が走り抜ける。
 彼が地を蹴ったのと彼女が杖を振ったのは同時だった。

 フーケに向かって走り出すと同時、巨大な残骸に成り果てたゴーレムが再び動き出した。
 両者の間に割り込むように倒れこんで来る。
 半分ほどを破壊したとはいえ未だに20メイルに届こうかという巨体だ、完全に倒れてしまえばフーケとの距離を隔てる壁になるだろうし、下手をすれば押し潰されかねない。
 ――が、その残骸を作り出した張本人である柊にとってはそれも問題ではなかった。
「……っ!」
 走りを緩めないまま彼は再びデルフリンガーに力を纏わせ、力任せに叩き斬る。
 倒れこんで来るゴーレムの身体が真っ二つに裂けて打ち砕かれ、フーケへの道が開いた。
 フードの端から覗く口元が屈辱と怒りに歪むのが見えた。
 フーケは逃げようと身を翻したが、その動きは以前少しだけ立ち合ったギトーよりも鈍い。
 柊は委細構わず間合いに踏み込む。
 フーケの雰囲気が驚愕に歪んだ。
 柊は刃を返して掬い上げるようにデルフリンガーを振り抜き――不自然に加速したフーケの身体を掠めて空を斬った。
「……ち!」
『器用な真似しやがる!』
 フーケの異常な動きを眼で追いながら柊は小さく舌打ちする。
 柊が斬撃を放つまさにその寸前、フーケが自らの足元に四足の獣型のゴーレムを生み出していたのだ。
 フーケはソレに乗る形でその場から緊急離脱したのだ。
 ゴーレムの生成速度も動きの速さもギーシュが生み出すものの比ではない。
 20メイル程の距離を駆け抜けるとゴーレムは動きを止め、土くれとなって崩れていく。
 柊は忌々しげな視線を送ってくるフーケに向き直ってデルフリンガーを油断なく構え……そして不意に表情を曇らせた。
「あんた……?」
 柊の斬撃は完全に避けられた訳ではなかった。
 ダメージを与えるようなことはなかったが、掠めた刃でフードが裂かれフーケの素顔が露になっていたのだ。
 その貌は険しく普段彼が見ている彼女の面影はまるでない。
 だが、その顔は間違いなく――
「ロングビル先生、だよな」
「……」
 ロングビル――フーケは答えなかった。もはや顔を隠そうともしていないし、それに動揺するような事もない。
 ただ鬼気迫るような表情で柊を睨みつけているだけだ。
 彼女は手にした杖を握り締め、歯を食いしばって呻くように漏らした。
「どいつもこいつも邪魔をする……!」
「……?」
 フーケの声に柊は思わず眉を潜めた。
 実際ゴーレムを作って本塔を破壊し、ルイズを握りつぶそうとしたのだから冗談というわけではないだろう。
 つまり柊が知っていたロングビルという女性は彼女が装っていた仮面という訳で、柊は『フーケ』の人となりを知っている訳ではない。
 が、どうにも彼女の様子はおかしい。
 殺気立っているというよりは、焦燥に駆られているという方が正しいかもしれない。
 フーケとしての仕事を邪魔した柊に対して苛立っているというのはあるだろうが、何か違うモノに対してのような気がする。
 しかし柊はその答えである彼女の先程の体験を知らなかったし、その時間も与えられなかった。
「メイジをなめるんじゃないよ、ウィザードッ!!」
 叫びと同時にフーケが杖を降り、二体のゴーレムが生み出された。
 サイズは2メイル程度の人型。左右に分かれて柊に向かって疾走してくる。
 柊は思考を切り替えてデルフリンガーを握り締めた。
 迫ってくるゴーレムを待ち受ける事なく地を蹴って間合いを詰める。
 右のゴーレムが反応するよりも早く刃を翻した。
 この程度の相手なら先程のように魔剣使いの能力を使う必要はない。
 実際ゴーレムは呆気なく真っ二つに断ち切られ――
「……ぶっ!?」
 異様な手応えと同時に、全身に液体が叩きつけられた。
 斬られた瞬間ゴーレムの身体が水に変化して、勢いそのままに柊の身体に浴びせられたのだ。
 そして、
『来るぞ! "錬金"だ!!』
 デルフリンガーが弾けるように叫び、
「イル・アース・デル!!」
 フーケの力ある言葉と共に、柊の動きが凝固した。
「なっ……!?」
 全身に被った水が鉄に変わり、柊の身体を縫いとめたのだ。
 その寸隙を狙って二体目のゴーレムが襲い掛かってくる。
 だが、いかに鉄に変化したとはいえ身体に張り付いたのは薄皮一枚程度のもの。
 その瞬間は驚きこそすれそこまで動きを拘束するほどではない。
 とはいえその一瞬で後手に回ったのは事実。
 柊はこびりついた鉄を無視してデルフリンガーを翻し、振り下ろされたゴーレムの腕を受け止めた。
 硬い衝撃が剣を通して柊の身体に伝わる。
 今度は変化しない――いや。
 ゴーレムの腕がゴムのようにぐにゃりと折れ曲がり受け止めたデルフリンガーに絡みついた。
 反射的に振り払おうとするが、それよりも速くゴーレムが今度は柊自身に組み付いてくる。
 魔剣を絡め取られていて引くことができずに柊は半ば羽交い絞めされる格好になってしまった。
 ゴーレムの身体が黒く変質し鋼鉄になる。
「野郎……っ!?」
 プラーナを使って弾き飛ばそうとして、柊はそれを見た。
 跪いて大地に手を付き、空いた手で杖をかざすフーケの姿を。
「――沈め!!」
 フーケが叫んだ。
 柊を中心にして半径約5メイルの地面が丸ごと水へと変貌する。
 ゴーレムに拘束され動けない柊は、生み出された即席の池に飛沫を上げて落ち込んだ。


『対人レベルの土メイジで一番怖ぇのはゴーレムじゃなくて錬金だ。何しろ元がドットだからな、本職の土メイジなら効率が半端ねえ。
 発想が利く高ランクの土メイジならまさしく万物の組成を司るに相応しい――』
(先に言えよこの馬鹿!!!)
 口で喋っている訳ではないからだろうか、水中でもお構いなしに語りかけてくるデルフリンガーに柊は心の中で叫んだ。
 錬金そのものは基本の魔法なので柊も知っていたが、まさかここまで"何でもアリ"だとは思わなかった。
 何にしろ一刻も早く脱出しないと非常にまずい。
 この水を土に戻されればこのまま生き埋めだし、鉄などに変えられると擬似コンクリ詰めの出来上がりだ。
 効果範囲に深さまで計算に入れていたらしく、組み付いたゴーレムが重石になって身体はどんどん沈んでいた。
 デルフリンガーを一旦月衣に収納し再び取り出すことでとりあえず腕の自由は取り戻す。
 とはいえ、身体に密着しているこのゴーレムを吹き飛ばすのに能力を使うと自身も巻き込まれてしまう。
 柊はプラーナを解放し底上げした力で一気に振りほどこうと試みる。
 が――
「……っ」
 ところどころが砕かれはするものの、破壊する事はできなかった。
 柊の身体が水底へと到達する。その深さは、約5メートル。

「――っ」
 フーケは途切れかけた意識を唇を噛んで引き戻した。
 いかに効率がいいとはいえ、30メイルのゴーレムを創造し腕を丸ごと再構築した後にここまで大規模な"錬金"を行えば精神力が底をつきかけている。
 だがこのまま放置しておくはできない。
 組み付いたゴーレムは先程のことを踏まえて念入りに"固めて"あるが、あのウィザードとやらが一体何をしでかしてくるのか全くわからない。
 確実に仕留めておかなくてはならない。
 フーケは荒く深呼吸を繰り返し、精神を落ち着かせた。
 丸ごと鉄に錬金してしまえば確実なのだが、それをやると恐らく即座に意識を失ってしまう。
 そうなればそこらで傍観しているルイズなり駆けつけてくる警備なりに簡単に捕まってしまうだろう。
 土に戻して生き埋めにする。それで十分だ。
(……なんでそこまで?)
 落ち着いてきた意識が、ふとそんな疑問を投げかけていた。
 はっきり言ってここまでやる必要など全くなかった。
 彼女の目的は『破壊の杖』を手に入れる事であって、ルイズや柊を殺す事ではない。
 最初のゴーレムが破壊された時点で逃げを打つのが最上だったはずだ。
 フーケは自分の中の歯車がどこか狂っているのを感じていた。
 だがこうしてここまでやってしまった以上、引き下がることはできなかった。
 フーケは大きく頭を振って深呼吸すると、目の前の水溜りに向かって杖を向けた。
 そして彼女は意識を集中し、言葉と共に自らの行動を完了させる――
「あ、あ、あぁあああっ!!」
 それ以外に意識を向ける余裕がなかったのだろう、フーケは横合いから飛び込んできた少女に反応することさえできなかった。
 衝撃を受けて受身も取れずに地面へ倒れこむ。
 組み付いてくる小さな身体。
 夜闇に映えるピンクブロンドの髪が視界に入った。
「ぐっ……離せ!」
 杖を持った手に必死にしがみついて来る彼女をフーケは引き剥がそうとした。
 だが彼女――ルイズは遮二無二フーケにくらいつき決して離そうとはしない。
 魔法を使おう、とは思わなかった。
 失敗の結果ではあるが一応爆発という現象は引き起こせる。
 が、その命中精度は先程自身が生み出した中庭の惨状で思い知っているし、威力もてんで予想がつかない。
 そして何より、あの時柊は言ったのだ。
「魔法……魔法が使えなくったって……!」
「この――いっ……!?」
 フーケが腕にしがみつくルイズの頭に手を当て押しのけようとすると、激痛が走った。
 何をされたのかを理解してフーケは驚愕の表情を浮かべる。
「噛んだ!? お前、それでも貴族か!?」
 まるで子供のような行為に呻いたフーケを睨みつけ、ルイズは叫ぶ。
「魔法を使えるのが貴族じゃない……!」
「このガキ……!」
 カッとなってフーケはルイズを殴りつけた。
 手加減なしに出された拳がルイズの顔を強かに叩きつけられる。
 ひぐ、とくぐもった悲鳴と共にルイズの力が緩み、フーケはそれを逃さずに引き剥がすと無防備な腹部を蹴り飛ばす。
 ルイズの小さな体が地面に派手に転がった。
 今まで経験した事のない『本物の暴力』とその痛みに気力が一瞬で萎え、体が動かなくなる。
 芯にまで響く苦痛にルイズの顔が歪み、咳き込みながら地面に這いつくばる。
 フーケはそんな彼女を一瞥して―――――ようやく我に返った。
(あたしは一体何をやってるんだ……?)
 そもそもの『元凶』を直接叩きのめしたためなのか、それまで自身を駆り立てていた苛立ちが急速に冷えて力が抜けた。
 力と一緒に意識まで失いそうになって、フーケは大きく頭を振る。
 もういい。これ以上やる必要はない。
 目の前で蹲っている少女も水中にいるあの男も放って退散すべきだ。
 ようやく思考と感情を一致させて彼女がその場から離れようとした、その瞬間。
 錬金で生み出されていた池が爆発した。

 巨大な水柱が天を突き飛沫が雨のように降り注ぐ中、フーケは呆然とそれを見上げた。
 腹部と頬に走る痛みを感じながら、ルイズも顔を上げて夜空を見上げる。
 空に浮かぶ紅の月を遮る一つの影。
 鋼鉄のゴーレムを身体に纏わせたまま、身の丈を越える大きな杖を手に柊 蓮司が夜空に浮かんでいた。
 杖の先から零れる淡い燐光を呆然と見ながら、フーケは呟いた。
「……『破壊の杖』?」

 ファー・ジ・アース……一般的に地球と呼ばれるその世界には、一つの風説がある。
 曰く、魔法使いは箒に乗って空を飛ぶ。
 その風説になぞらえて箒と名付けられたのか、あるいは箒があったゆえにその風説が生まれたのかは定かではない。
 ただ事実として、ウィザード達の使う魔導兵装たる『箒(ブルーム)』は一部を除いてほぼ例外なく武器としての機能と同時に単独での飛行能力を搭載しているのだ。

 柊は地上からこちらを見上げているフーケの姿を確認すると、手にしていた箒を月衣に収納して大地に向かって落下し始めた。
 空いた手にデルフリンガーを再び取り出し、握り締める。
 もうフーケには一体何が起きているのか、柊が何をしているのか全くわからなかった。
 剣士のくせに30メイルのゴーレムを破壊したり、何処からか『破壊の杖』を持ち出したり消し去ったり、全然意味がわからない。
 戦意も失いかけていた彼女は柊の構える剣に反射的に杖を構えて、そして己のミスに気付いた。
 滑空してくる柊が空を斬るように魔剣を振り下ろしていた。
 その切っ先から放たれ自分に迫ってくる衝撃波。ゴーレムの腕を粉砕するほどの破壊の暴圧。
 もはや回避しようのない状況、引き伸ばされた一瞬の中で彼女は最後に「あ、死んだ」と酷くあっさりした感想を漏らした。


 ※ ※ ※


「なんだよコレ、術者を倒しても解けねえのかよ……」
『錬金の持続は術者の気合だかんね、よほど怨み骨髄に入ってたんだろうよ』
 大地に着地した柊は組み付いた鋼鉄のゴーレムを引き剥がしながらぶちぶちと漏らした。
 腕部を抉り取った後胴体部分を池に放り投げて一息つくと、デルフリンガーを地面に突き刺した後昏倒しているフーケに歩み寄る。
 フーケは傷を負って意識は失っているようだが、致命というほどのものではない。
 流石に人間相手にそこまでの大火力は必要なかったし、自身の生命力を消費する以上そうそう好き勝手に出しまくれるようなものでもないのだ。
 念のために彼女の手から零れていた杖を取り上げると、次いで彼は傍で蹲っているルイズに眼をやった。
 柊が池から脱出する際に噴出した水飛沫を全身に浴びた彼女は、それを気にする風もなく柊をじっと見つめている。
 よくよく見てみれば、頬が赤く腫れ上がっていた。
「大丈夫か?」
 柊が片膝をついてルイズに手を差し伸ばす。
 と、ルイズの手が閃いて、乾いた音が響いた。
 手を払いのけられた柊が呆然と見つめる中、彼女は顔を俯けて唇を噛み身体を震わせた。
 殴られた頬と蹴られた腹部がずきずきと痛む。
 だがそれよりも、心が酷く痛んだ。
 結局何も出来なかった。
 魔法を使ってもゴーレムに何ら対抗できなかったし、魔法に頼らずにやってもフーケに文字通り一蹴された。
 目の前でそのゴーレムを完全に破壊し、そのフーケを打ち倒した光景を見せ付けられて思い知らされたのだ。
 やはり自分は何も出来ない『ゼロ』なのだと。
 悔しさと情けなさで視界が潤む。
 柊から顔を隠して拳を強く握り、嗚咽をかみ殺そうとした。
 そんな彼女の頭に、僅かな重みがのしかかった。
「ありがとな、ルイズ」
 聞いたことのないコトバにルイズの肩がびくりと揺れる。
 僅かに顔を上げると、その場に座り込んだ柊が見えた。
 どんな表情で自分を見ているのかはわからない。
 そこまで顔を上げて表情を確認するのが、眼を合わせるのが怖かった。
 ただ、頭に乗せられた彼の手はどうしようもなく無神経で――暖かかった。
 ルイズは小さく息を呑んだ後、囁くように問うた。
「……なにが」
「その顔。よくわかんねえけど、時間稼いでくれたんだろ? おかげで生き埋めにならずにすんだ」
『まったくだ。危うく鉄くず共から解放されたその日に埋葬される所だったぜ』
「うるせえな……」
 脇から横槍を入れたデルフリンガーに柊は小さく舌打ちすると、ルイズの頭から手を離す。
 そして彼は一つ息を吐くと、改めてルイズに向かって語りかけた。
「ま、とにかく無事に先生……フーケも捕まえられた。お前のおかげだよ」
「――」
 それは嘘だ、とルイズは思った。
 きっと自分があそこでフーケの邪魔をしなくとも、柊は自分でなんとかしてしまっていただろう。
 根拠なんて何もない。
 強いて言うのなら――ゴーレムに握り潰されそうになり、そこから助け出された瞬間の安堵感だ。
 身体を包まれた時の暖かさと力強さ。
 そして「大丈夫」と言った彼の声が、心に響いた。
「あ、」
 言いかけた言葉を飲み込む。
 僅かに頭を傾けて怪訝そうに覗き込もうとしてきた柊が見えて、ルイズは大きく息を吸い。
 そして叫んだ。
「当たり前よ、この馬鹿! 盗賊なんかにあっさりしてやられてんじゃないわよ!」
 顔を上げてきょとんとしている柊を睨みつける。
 頭を動かした弾みか、声を出して気がそれたためか、瞼で堪えていたものが零れだした。
「おかげで殴られるし! 蹴られるし! 痛いし!! あんたはわたしのゲボクなんだからちゃんと守りなさいよ!!」
「へいへい。すみませんでした……」
 呆れ顔で漏らした柊にルイズは更に眉を険しくして肩を怒らせた。
 だが、その一方で眼から零れた雫はどんどんあふれ出してくる。
「何よその態度……! わたしがいなかったら死んでたんだからね! もっと感謝しなさい! わたしのおかげで助かったんだから!」
 言いながらルイズは慌てて目元を擦った。
 しかし涙は止まらない上、勢い余って殴られて腫れた頬を擦り上げてしまう。
 走り抜けた痛みにルイズは表情を歪め蹲った。
「大丈夫かよ……そんな痛かったのか?」
「……いたい。ホントに、痛い。泣くほど痛いんだから。全部あんたのせいよ……」
 柊は小さく呻くルイズをしばし見つめた後、軽く笑みを浮かべてから息を吐いた。
 そして子供を宥めるように頭に手を置き、ピンクブロンドの髪を優しく撫でる。
「そうだな。俺を助けるために頑張ってくれたんだよな」
「……そうよ。だからもっと感謝しなさい、このばか」
「……ありがとな、ルイズ」
「――」

 ……エリスが柊を無条件に信頼する理由が少しだけわかったような気がした。
 おそらくこの男は本当に馬鹿なんだろう。
 馬鹿で愚直で、だからこそ言葉が真っ直ぐに心に響く。
 頬と腹部の痛みは引く事なく、むしろ強まっているような気もする。
 ただ、今の彼女にはそれがどこか心地いい。
 それはほんの僅かだったかもしれないけど、余分なことだったかもしれないけど、自分のやった事が認められた。
 身体で疼く痛みと彼の言葉が、それを示しているような気がしたから。

 遠くでエリスがルイズ達を呼ぶ声が聞こえた。
 柊は立ち上がって彼女に向かって何事かを呼びかける。
 その傍らに座り込んだまま、ルイズは柊を見上げた。
 そして彼女は、二つの月を背負うような夜闇の魔法使いをずっと見つめていた。



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