あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

鷲と虚無-21


ここの朝は突き刺さるように肌寒い。
そんな中才人は井戸で水を汲んでいた。
早く終わらせてしまおうと急いで水を井戸から汲み上げている。
そしてついでに自分の顔も洗う。水は凍える様に冷たかったが、おかげで目は完全に覚めた。
そうしながらも才人は先ほどのちょっとした騒動を思い出していた。

皆が起きてからすぐの事だったが、プッロが不機嫌そうな寝起き顔で話しかけてきた。
「おい」
「何ですか?」
「昨夜、あのイカれた話が終わったあともお前の言ってた事が気になってな、横になってる間になんとか理解しようとしたんだが、いくら頭を絞ってもちんぷんかんぷんだ」
「そんな事言われても……」
自分に一体どうしろというのか、と才人が言うと堰を切ったようにプッロは捲くし立てた。
「だいたい何なんだ、ヘイコウセカイってのは。ちょっとずつ違う世界が沢山あるっていったいどう言う事なんだよ。つまり俺と殆ど同じ顔や声の奴が何人もいるって事にもなるのか?そんな事がどうやって有り得るんだ?理屈にあわんし気持ち悪くてかなわん!」
才人が何も言えずにいると、今度はルイズが口を突っ込んできた。
「ええ、今ばかりはあんたに同意するわ。あんた達が来たヨーロッパとかいう場所とハルケギニアがそっくりってだけでも頭がこんがらがったのに、よりいっそう混乱しちゃったじゃない」
「太陽がたくさんある、ってのもどう考えてもありえねえだろ。あんな物が空をびっしり埋め尽くしてるならなんで夜なんて物があるんだ?四六時中晴れてる筈だろ?お前、あれが前に読んだ本とかに書いてあったと言ったよな?その本を書いたのはいったいどんな連中なんだ?」
そう言ってプッロは才人を睨んだ。
どうやらその答えを得られるまでは納得しない様子だ。
だがそんな事を言われても、情報の元になったのは本というよりは漫画やアニメだ。
彼らがアニメはもちろん漫画も知っている筈が無い。
それをどうやって説明すればいいのか才人は考えあぐねた。

そこにそれまで黙っていたウォレヌスが口を出してきた。
「それはもしかして哲学者の類か?」
彼の声は疑わしそうな物だった。
彼も才人が言った事をまるで信じていないのは明らかだった。
なぜそこで哲学が出てくるのか解らなかったがうまく説明するのは難しそうなので、才人は適当にうなずく事にした。
「ええと、そうです」
するとウォレヌスはやはりそうか、と頷いた。
詳しい事は解らないが、彼は哲学という物にあまり好印象を持っていないようだ。
「あんなくだらん屁理屈を延々と捏ね続ける連中の言う事なぞ真に受けない方がいい。お前もだプッロ、足りない頭を使っても混乱するだけだろう」
「は、はあ……」
「ねえ、今のは遠まわしに私の頭が足りないって言ったように聞こえたんだけど?」
ムッとしてそう言ったルイズを尻目に、才人はその場から逃れるように水汲みに出かけたというわけだ。

まさか昨日のあれがこう尾を引くとは思わなかった。
間違った事を言ったつもりは無いが黙っていた方が正解だったかもしれない。
多分、あのせいで自分は彼らに「変な奴」だと思われてる。
取り合えず、“哲学者の屁理屈”はもう真に受けないとは言ったので少しはマシになっただろうが。
これからはあの手の話はしない方が良いだろう。

才人は水を汲み終え、井戸に用はなくなった。
寒さでかじかむ手で水桶を抱えながら元来た道を戻り始めるとその途中、廊下を思わぬ人間が歩いているのを見かけた。
長い緑髪の女性だ。昨日会ったばかりなので才人はすぐに彼女が誰なのかを思い出す。
学院長の秘書の、確かロングビルと言う人だ。
朝早いこの時間帯、廊下をうろついてる人間は殆どいない。
何をしてるんだろう、と疑問に思っていると彼女の方から声をかけてきた。
「ミスタ・サイト。ちょうど良かった。今からあなたを呼びにいく所でしたから」
声をかけられるのは予想外だった為、才人は少しびっくりした。
「お、おはようございます。呼びに行くって、どこにですか?」
「学院長の所へです」
「はあ……」

二人の次は俺か、と才人は思った。
理由は見当がつく。恐らくは昨日の話についてだろう。
だが呼ばれるのは構わないにしてもまずはこの水桶を置いてこないといけない。
「とりあえずその前に部屋に戻ってこれを置いてこないと」
才人はそう言って水桶を示すように持ち上げた。
「わかりました。私もついていきましょう。ここの廊下は入り組んでます。道案内をする人間がいないと困ると思いますから」
「ありがとうございます」

ロングビルと共に部屋に戻ると、才人は水桶を置いて三人に事情を説明した。
「――ってわけでちょっと行ってきますよ」
プッロもウォレヌスも大した反応は示さなかったが、ルイズは不満気だ。
「多分昨日の事についてお前さんに聞きたいんだろうな。行って来い」
「ちょっと、それじゃ誰が私を着替えさせるのよ?顔洗いは?」
「今日くらいは自分でやる事だな」
ウォレヌスがどうでもよさそうに言い放つと、ルイズは渋々と頷いた。
残った二人がその様な事をする筈が無いのは彼女も理解しているのだろう。
そして才人達は部屋を出ると学院長室へ向かい始めた。

途中、ずっと黙っているのも気まずいので才人はロングビルに話しかける。
「あの、俺が呼ばれた理由は知ってるんですか?」
「いえ、私は単にあなたを連れてくるようにと言われただけですので」
昨日プッロとウォレヌスを迎えにきた時も同じ事を言っていたな、と才人はうっすらと思い出した。
なら二人が学院長と話した事も知らないのだろうか。
「昨日、学院長がプッロさんやウォレヌスさんと何を話していたかはご存知なんですか?」
「いえ。存じておりません」
「それが何なのか気になりませんか?」
「学院長がそれを伝えなかったという事は、私が知る必要が無いということですから」
ロングビルはきっぱりと言い切った。
結構しっかりした人みたいだな、と才人は思った。
容姿からも知的な印象を受けるし、歩く動作すらがきびきびとしている。
発言も事務的で無駄が無い。いかにも敏腕秘書、という印象だ。

二人は本塔を登り、やがて学院長室の前に到着した。
ロングビルが懐から鍵を取り出し、ドアを開ける。
「どうぞ」
彼女が言うままに才人は中へ入った。
ロングビルも才人に続き、次は部屋の正面に進んだ。
そこにはまたドアがある。
学院長室は正確に言うなら二部屋に別れていた。
前の秘書室と奥の学院長室だ。
学院長室は秘書室としか繋がっておらず、そこに行く為には秘書室を通らなければいけない。
この事は才人も覚えていた。おそらく、防犯上の理由からだろう。
変な人間が学院長室に入ろうとしても必ず秘書を通らなければいけないからだ。
ロングビルがドアをコンコンと叩く。
「ロングビルです。ミスタ・サイトをお連れしました」
すると学院長の老いた声がドアの向こうから聞こえてきた。
「入りたまえ」

才人が中へ入るのとほぼ同時にオスマンは声をかけてきた。
「おお、きたな。さ、かけたまえ」
その声には待ちかねたかのような響きがある。
予想していなかった事だが、部屋の中にはオスマンの他にもう一人いた。
それは禿かけた頭のメガネをつけた中年男で、オスマンの隣に座っている。
その頭を見て才人はそれが誰なのかを思い出した。
自分が召喚された時にウォレヌス達に一緒に人質にされた教師だ。
名前は確かコルベールといったはずだ。

才人は椅子に腰掛けながら「あなたは確か……」とコルベールに声をかけた。
「どうも。会うのはこれが二度目だね」
コルベールは朗らかに答えた。
「彼も同席しても構わんかね?」
オスマンがそう聞いてきたが、才人としては断る理由は無い。
だがひとつ気になる事があった。
「良いですけど、その前にコルベールさんに聞きたい事が」
「ん?なんだね?」
「昨日ウォレヌスさん達が呼ばれた時もここにいたんですか?」
「ああ、そうだよ」

才人にとっては変に思える事だった。
ほんの数日前に自分の喉に剣を突きたて、人質にした男達と同席するのは結構な度胸が必要ではないのか、と。
「あの……怖くなかったんですか?召喚された時に人質にされたじゃないですか」
なんだそんな事か、と言わんばかりにコルベールはさらりと答えた。
「もちろん多少のわだかまりはあったがね、だが全くの未知の世界についての知識を直接得られるのだからそんな事は気にしていられない。それに君だって人質にされたのは同じだ。そして君は同席どころか彼らと同じ部屋で暮らしている」
言われてみればその通りだ。
人質にされたのは誤解からとはいえ、もっと怯えるのが普通かもしれない。
ただでさえ威圧感がある連中なのだから。
とんでもない事態の連続で感覚が少し麻痺しているのかもしれない――そう考えた所にオスマンが声をかけてきた。

「それで傷のほうはどうかね?」
「え?ああ、もうすっかり良くなりましたよ、おかげさまで」
「それはよかった。こんな朝早くから呼び出してすまんのう。だが昨日の後ではどうしても我慢できなくてな、授業が始まる前に話を聞きたかった……なぜ君を呼んだのか解るかね?」
「大体想像はつきます。昨日ウォレヌスさん達と話した事について、ですよね?」
「そうじゃ。その事について君が知っている事が無いかどうか教えて欲しい。どんな小さな事でも構わん」
呼ばれた理由は想像した通りだったが、昨日の問答を繰り返しても意味は無さそうなので才人は何も解らないと答える事にした。
そもそも知っているもなにも、地形はともかく知名に関してはプッロ達がいなければ気づきさえしなかっただろう。

「すみません。俺にもなにがどうなってるのかさっぱりなんです。ウォレヌスさん達と同じ位驚いてますよ」
「ふむ……それは残念じゃ。君なら何か解るんじゃないかと思ったんじゃが……謎は謎のままか」
「ただ……ここの地図を見せて貰ってもいいですか?」
才人はそのヨーロッパにそっくりだというここに地図を自分の目で確かめてみたかった。
正確な形はともかく、彼でもイタリアなどの特徴的な地形は解る。
「構わんよ」
そういうとオスマンは立ち上がり、近くの棚から巻物を取り出すとそれを机の上に広げた。
その古ぼけた地図はウォレヌス達が言ったように、アフリカにあたる部分が存在しない事を除けば確かにヨーロッパに似ていた。
少なくとも才人の目にはそう見えた。
例えば南の方にある長靴状の細長い半島はイタリアと瓜二つだし、その西にある、海を隔てた大きな半島は確かスペインだったはずだ。
そして北西にはイギリスに相当するであろう島が描かれている。ただ地面から浮いているように描画されているのが少し気になるが。
「やっぱり似てるんだな……」
軽いショックを受けて思わず才人はつぶやいた。
やはり、聞くのと実際に見るのでは話が違う。
そして才人は自分がヨーロッパで言えばどこにいるのかが気になった。
それが解った所でどうなるわけでもないが、それを知っていればここにもう少し親近感が出るような気がしたからだ。
「トリステインっていうのはどの辺りにあるんですか?」
「トリステインはここじゃ。この線がトリステインの国境線を表しておる」
オスマンがそう言って指差したのは地図の北西にある小さな国だった。
位置で言えば多分、こちらの世界のオランダやベルギーあたりになるだろう。
はっきり言って、南と東にある二つの隣国と比べると余りにも小さい。

「結構小さいんですね、トリステインって」
「うむ。トリステインはハルケギニアの三王国では一番小さいからの……それよりも一つはっきりさせたいんじゃが。さっき君は地図を“やっぱり似ている”と言った。君が元々ミスタ・ウォレヌス達の故郷について知らなければ出てこない台詞じゃ。実際にそうなのかね?」
「ああ、はい。名前くらいは。距離は凄く離れてますけど」
実際は距離だけでなく時間も相当に離れているが、才人はその事については言わなかった。
話がややこしくなるし、プッロ達の耳には入れたくない。
それに自分がプッロ達の2000年未来の世界から来たと言っても、昨日のルイズの様子を見る限りでは彼らに“未来から来た人間”という概念が理解できるかどうかも怪しい。
だがこの答えだけでも二人は困惑したようで、コルベールが顎に手を当てて不思議そうに呟いた。

「それはおかしい。実は昨日、逆の事をお二人に聞いたんだが、彼らは知らないと答えていたんだ」
「つまり彼らは君の世界を知らないが、君は彼らの世界を知っているという事じゃな。いったい何故なのか説明できるかの?」
才人は前にウォレヌス達に使った言い訳をそのまま繰り返す事にした。
それ以外にうまく説明できる嘘は思いつかない。
「俺の家は商人で、親が若い頃世界中を旅したんです。その時にローマの事を知ったそうです。俺が直接行った事があるわけじゃありません」
実際に行った事はないと答えたのは詳しく聞かれるとボロが出るかもしれないからだ。
それにローマに行った事がない、というのは嘘でもなんでもない。
才人はイタリアはおろか日本の外に出たことすら一度も無いのだから。

この説明で二人は納得したようだった。
「ふ~む、なるほど」
「つまり日本とローマは遠く離れてはいるが陸で繋がっている、という事か」
「いえ、日本は島国です。正確に言えば繋がってるのは日本じゃなくてそのすぐ隣のアジア大陸です」
才人が訂正すると、オスマンが興味深そうに身を乗り出した。
「ワシとしてはその辺りの事を知りたいんじゃが、地理には詳しいのかね?もしそうならぜひ教えてほしい」
「う~ん、どうなんでしょう。少しは解ると思いますけど」
才人は見栄からこう答えたが、本当は自信なんて無い。
世界地図を描けとか空白の世界地図に国名を書き込めとか言われたら完全にお手上げになる自信がある。

「ではまず聞きたいんじゃが、ニホンはどんな場所なんじゃ?」
さすがに彼にもそれ位は言える。
「え~と、日本は今いったように島国です。四つの島で出来た列島で、一番北が北海道、その南に本州、四国、九州と続きます。そして九州のずっと南に沖縄って島があってそれも日本の一部です」
コルベールはいま才人が言った事を紙に書きとめると、口を開いた。
「島国……大きさはどれくらいなのかな?」
「小さくは無いですけど、そんなに大きいわけじゃないと思います。人は多いですけど」
「距離で言えばどれ位なのか解るかい?例えば歩いてどれほどかかるのか、など」
「はっきりとした事は解らないですけどたぶん北海道から九州までで一、二ヶ月くらいはかかるんじゃないですかね」
むかしテレビで見た、芸人が日本を徒歩で横断するという企画を思い出しながら才人は答えた。
「なら1000、2000リーグといった所か。そしてニホンのすぐ隣に大陸があって、そこがローマまで続いているとの事じゃが」
「はい。日本のすぐ西には中国っていう大きな国があって、その中国や他の国がある大陸がアジア大陸って呼ばれてます。多分そこはヨーロッパまで続いてるはずです。逆に日本の東の方には太平洋って言うでかい海が広がっていて、それをずっと東にいくとアメリカ大陸が――」
こういう風にして三人の間の応答は続いていき、才人は乏しい地理の知識を総動員してオスマン達の質問に答えていった。
言葉だけでは説明しにくい場合は地図まで書いた。ただその出来はかなり怪しい物だったが。
結局質問が終わるまで小一時間ほどかかった。一応、自分の知識がかなりあやふやである事は伝えたがそれでも二人は満足したようだった。

「そのアジア大陸とローマが繋がっているというのは面白い。ミスタ・ウォレヌスの言うヨーロッパ大陸がハルケギニア大陸に酷似している以上、東方のロバ・アル・カリイエもそちらのアジア大陸と似た地形なのかもしれん。もっとも確かめる術はないがの」
「なんですか?そのロバなんとかって」
思わず聞き返したが、その名前には聞き覚えがあった。確か、自分たちの故郷ではないかとオスマン達が疑っていた場所の筈だ。
「ロバ・アル・カリイエ。ハルケギニアの遥か東にある大陸の名前だよ。ただハルケギニアとの間には、人間と敵対するエルフ達が住む巨大な砂漠が広がってるから交流は殆どない。確かめる術が無いと言うのはそういう事だよ」
コルベールの解説で才人にも合点がいった。ハルケギニアがヨーロッパそっくりならそのずっと東にある大陸がアジアそっくりでもおかしな話ではない。
だとすればこの世界にも日本に相当する場所があるのかな、と才人は疑問に思った。
そしてもしあるとすればそれはどんな場所なのだろう、とも。
こんなファンタジー世界なんだから魔法を使う忍者やら侍やらがいるのかもしれない。

「しかし随分と博識だね、君は」
突如コルベールがそんな事を言い出した。
才人は一瞬耳を疑い、聞き間違いでない事が解ると仰天した。
「博識?おれが?とんでもない!」
自分のどこを取れば博識なんて言葉が出てくるのか検討もつかない。
むしろ、ここに来て以来自分の無知さを何度も思い知らされてるくらいだ。
だがコルベールは至ってまじめに言葉を続けた。
「普通、平民の少年なら自分の町や村の外については王と首都の名前ぐらいしか知らないのが当たり前だ。平民の、しかもその年の子供にしては君は多くの知識を持っている」
「そ、そうですか?」
そう言われても才人は納得出来なかった。
今描いた地図だって大半はうろ覚えで描いた物だ。
学校の成績やら偏差値は平凡その物だし、それだってテストが終われば学んだ事の多くは頭から消えてしまう。
どの分野でも“多くの知識”なんて持っているとはとても言い難い。

「それはワシも気になっておった。いったいどこでそういう事を学んだんだね?ご両親が家庭教師でも雇っていたのかね?」
また変な事を聞くんだな、と才人は思った。
そんな事は学校に決まっているじゃないか。
「全部学校で習った事ですけど……」
するとオスマンは困惑した表情で聞き返した。
「学校?いったい何を教える学校なんじゃね、そこは」
「何を教えるって、色々ですよ。国語とか、社会とか、歴史とか、数学とか……」
才人にとっては何でもない事だったがこれも二人を驚かせたようで、コルベールは感心したようにつぶやいた。
「ほう、それは随分と多岐に渡っているね。数学も習うとは……しかしなぜそんな学校に?商人の家業をつぐため、にしては必要の無い事まで習っているようだがね」
なぜ学校に行くのか。当たり前すぎて考えた事すらない質問だったため、答えるのに途惑った。
親が行けというから。行かないと将来が危なさそうだから。
理由はそれ位しか思い浮かばない。
今行ってる高校は進学校でもなんでもない普通の場所で、受験勉強も適当にしただけだ。

「なんでって……そりゃみんながいってるからですよ」
「みんなが?」
「ええ。義務教育は中学までだった筈ですけど、さすがに最低でも高校くらいは出てないと色々とまずいですし」
「義務教育、とはなんだね?」
才人が二人に日本では中学校までは義務で行かなければならない事を簡単に説明すると、二人はこの事に随分と驚く様子を見せた。
「子供が学校に行くのを法で義務付けるとは……考えた事も無い」
「興味深い試みではあります……しかしそんな事をする国が存在するとは驚きですな」
才人はなぜ二人がこうも感心を示しているのかが理解できない。
子供を学校に行かせるのがなぜそんなにおかしいのだろう。
そもそもこの建物からして、貴族専用とはいえ学校だ。
「あの……それってそんなにおかしな事なんですか?ここ自体、学校じゃないですか」
「確かにここは学校だがね、子供を学校に行かせなければならないなんて法は存在しない。それに我々にとって学校と言うのは貴族が魔法や礼節を学ぶ為の場所であって、平民が歴史とか数学を習う為の学校なんて物はハルケギニア中を探しても存在しないだろう」
これで才人はなぜ彼らが不思議がっていたのか理解できた。
要するにここの平民は学校に行かないのだ。
そういえばここで働いてる使用人やメイド達の多くは、シエスタを含めて日本や他の先進国なら学校に行っている年齢の筈だ。
だからこんな自分でも彼らから見れば「平民の子供なのに知識がある」という事になるのだろう。

そこでオスマンが名残惜しそうな声を上げた。
「む、もうこんな時間か。残念じゃが今日はこれでお終いにせねば」
オスマンは壁にかけられた時計を見ていた。
おそらくここに来て一時間半は経っている。
そろそろ授業が始まる時間だ。ルイズ達はとっくに部屋を出ている筈だ。
オスマン達も仕事をしなければいけないのだろう。
「付き合ってくれてありがとう才人君」
「いえ、これ位別にどうって事ないですよ」
「最後に一つ聞きたいのじゃが……学校に行ってたという事は君は読み書きが出来るんじゃね?」
なぜそんな事を?と疑問に思ったが、才人は正直に答えた。
「ええ、出来ますよ。ここの文字は無理だと思いますけど」
「解った。また呼ぶ事になるからその時はまた頼む。それと最後に一つ言っておくが――」
そう言うと、オスマンの目つきが突如鋭い物になった。
その目に見すくめられ、才人は一瞬金縛りにあうような感覚に襲われた。

「二度とあんな騒ぎは起こさんでくれよ。君自身の為にも、だ」
オスマンの声には有無を言わさぬ響きがあった。
「さ、騒ぎっていうと?」
それが何を意味してるのか半ば理解しつつも、才人は聞き返した。
「君がグラモン君と起こしたあの決闘ごっこの事じゃ。あまり脅すような事は言いたくないんじゃが、もし同じような事が起こればワシの立場としてはもっと厳しい措置を取らざるをえない。それを覚えていてくれたまえ」
オスマンから冗談を言っているような雰囲気は微塵も感じられない。
言うまでもなく才人は彼の言う“決闘ごっこ”をもう一度起こそうとしている。
だが当然そんな事が言えるわけがない。
厳しい措置というのが何なのかはっきりとは解らないが、歓迎すべき物ではないという事は容易に理解できた。
つとめて平静を装いながら頷くしかなかった。

才人は学院長室から退出すると、ルイズ達の所へ行くか、と歩き始めた。
だがすぐに後ろから「待ってくれ!忘れる所だった」と声が響いてきた。コルベールの声だ。
振り返るとコルベールが自分を追いかけてきている。
彼の両手にはなぜか紙切れとペンが握られていた。
「どうしたんですか?」
「君の左手のルーンだ。それを写させて欲しい」
「ルーン?この模様ですか?」
才人もこれが使い魔の証で、そして自分が彼らの言語を理解できるのもこれのおかげかもしれないという事は知っている。
だがその模様自体については特に考えた事はなかった。

「構いませんけど……なんでですか?」
「全ての使い魔はルーン文字を刻まれるんだ。人間の使い魔のルーンが果たしてどういう意味を持っているのか学院長も私も気になってね」
そういう事なら才人も少しは興味がある。なにせ自分自身の事だ。
「いいですよ」と答えて才人は左手を伸ばした。
それを見てコルベールは手早く紙にスケッチすると、それを見つめて唸った。
「ふむ……興味深いな」
「興味深い?」
「うむ。昨日、ミスタ・ウォレヌスとプッロのも写させて貰ったんだがね、これが実におかしくてね。ルーン文字の形をなしていないんだ……あんな物を見たのは始めてだよ。そして君のルーンも彼らのと同じくルーンになっていない。ただの意味不明な線の集まりだ」
そう言われて才人は自分のルーンを見つめた。確かにただの線の集まりにしか見えない。
子供の落書きのような物だ。もっとも、これが本当にルーン文字とやらでも才人には読めないのだが。
「それは……どういう事なんでしょうか」
「正直言って今はさっぱりだよ。でもこの事は調べてみるから、なにか解ったら教えるよ。ではまた会おう」
そういうとコルベールは去っていた。
この事は気になったが、本職の魔法使いがわからない事を自分が解る筈が無い。
その謎解きは彼に任せておこう。ヨーロッパとハルケギニアの地形が似ている事もそうだ。
ここがパラレルワールドだろうが異次元世界だろうが自分にはどうする事もできない。

だがこの会合はこれで終わりではない。
これから、少なくとも何回か呼ばれる事になる筈だ。
次は何を聞かれるんだろうか、と才人は思った。
“日本の政治体制について教えてくれ”なんて聞かれても自分には答えようが無い。
そう考えながら才人は帰路についた。


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