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ルイズと夜闇の魔法使い-12


『――この世のすべての物質は、小さな粒より為る』

 彼女はそう言って、少女へと歩み寄った。
 少女は鳶色の瞳を大きく見開き、魅入られたように立ち竦む。

『土、水、火、風。
 四の系統はその小さき粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり』

 言の葉を紡ぐ彼女から、光が零れる。
 夜着の上から鮮やかに浮かぶその光は彼女の全身を満たしなお溢れ出す。

『四の系統が影響を与えし小さな粒は、さらに小さな粒より為る』

 青く青く輝く彼女の左眼。
 そこに追従するように左半身から光が零れだした。
 放たれる光の尾は七筋。
 夜闇を切り裂くような七翼を纏う、悪魔(シャイターン)が其処にいる。

『万物を構成する小さき粒、その根源と為る粒』

 彼女はゆっくりと手を差し出した。
 少女の心臓がばくりと跳ね上がり、胸から光となって弾けた。
 少女は自ら纏う光に気付く事なく、誘われるように右手を差し出す。

『それは万物の存在を定義する原初の粒子。すなわち――』

 少女の右手が彼女の左手に触れる。
 少女の右眼が金色に染まり、右半身から七翼が迸る。
 まるで合わせ鏡のように、少女と彼女は向かい合う。
 少女を見て、彼女は嬉しそうに嗤った。
 彼女を見て、少女は嬉しそうに嗤った。

 双月を分かつように、光が夜闇を切り裂いた。



 ※ ※ ※



「……あれ?」
 ルイズは小さく声を上げた。
 目の前には首を傾げてこちらを見やるエリスがいる。
 紫の瞳で覗き込んでくる彼女をまじまじと見やって、ルイズも首を傾げた。
「エリス?」
「どうしたんですか?」
「えっと……あれ?」
 ルイズは小さく唸ってからもう一度首を傾げた。
 ……今自分は何をしていたのだったか。
 てんで成果が上がらない魔法の練習をしていたらエリスが来て、色々と話をしていたのは覚えている。
 ファー・ジ・アースに行く方法を見つけて、自分もそこに行って使い魔の件をちゃんと片付けようと約束したのも、覚えている。
 それでそもそもそこへ行く方法を見つけるのが絶望的な事を思い出して――
「それで、えっと……」
「……?」
 そこまで考えた後、ルイズは改めてエリスを上から下まで眺めやった。
 翡翠の瞳で不思議そうに見つめ返してくる事以外に、特に変わったことは何もない。
 ルイズは少しだけ思案した後、エリスの胸元を掴んだ。
「ひゃっ!?」
 驚いて逃げようとするエリスを無視してルイズは彼女の夜着の胸元をはだけ、白い素肌に浮かぶルーンを見やる。
「なっ、何するんですか!?」
「……」
 別に何も変わった事はなかった。
「……白昼夢でも見たのかしら」
「今は夜ですから白昼夢っていうのは……じゃなくて、覗き込まないでくださいっ!」
 エリスは慌ててルイズの手を払い、二・三歩後ずさると胸元を隠しながら呻いた。
 顔を紅くしているエリスをじっと見ながら、ルイズはぽつりと尋ねる。
「……エリスって今何歳だっけ?」
「え……じゅ、十七です。今年十八になりますけど……」
「……わたしより年上だったの?」
「ハルケギニアはファー・ジ・アースより一年が長いですから、換算すると同じくらい……私の方が一つくらい上かもです」
「へえ、そうなんだ」
 ルイズは答えながらなんとなく自分の胸に手を添えた。
 誤差の範囲内……なのだろうか?
 微妙なラインだった。
 そこでルイズはふと思い立ってエリスに眼を向け、語りかける。
「そういえばわたし、エリスの事あんまり知らないのよね。せっかくだから教えてくれない?」
「それは別にいいですけど……だったら、私もルイズさんの事教えてもらっていいですか?」
「……まあ、別にいいけど。あんまり聞いて楽しいものじゃないわよ」
「それでもいいんです」
 どこか嬉しそうにエリスが笑うと、ルイズは応えるように苦笑めいたものを漏らした。
 そして二人は再び隣り合って腰を下ろすと、お互いの事を話し始める。
 深夜の夜気は少し冷たかったが、天上から落ちてくる双月の光はとても柔らかかった。



 ※ ※ ※



(なんなんだ、あいつらは……)
 二人の少女が語り合う中庭の片隅、植え込みの中で一人の影がうずくまっていた。
 その影の名はフーケという。トリタニアではかなり名の通っている盗賊だった。
 フーケはその生業にならい、一月ほど前からロングビルの名を騙ってこの場所――魔法学院へと潜入している。
 狙いは『破壊の杖』と呼ばれる秘宝。
 つい先程までいかに宝物庫を破るかを算段していたのだが、日付が変わろうかという頃になってこの場に客が現れたのだ。
 夜闇に映えるピンクブロンドを揺らして訪れた彼女は、どうやら魔法の練習をしているようだった。
 噂には聞いていたが初めて目の当たりにする珍しい現象に、フーケはメイジとして興味に駆られ、しばしその様子を窺っていた。
 そしてやはり噂の通りにいつまで経っても代わり映えしない不毛な光景に飽きが来始めた頃、彼女の使い魔の少女が現れた。
 二人は座り込んで何やら話し始めた。
 深夜の中庭は静謐そのものであったが距離があったため会話の内容はいまいち把握はできなかった。
 が、しばらくは終わりそうになかったのでフーケはこの日の調査は諦めてその場を離れることにした。
 二人に背を向けて立ち去ろうとした、その瞬間。
 全身に氷の杭を打ち付けられたような寒気が走った。
 こみ上げそうになった悲鳴を押さえつけ、フーケは振り返る。
 そして、それを見てしまった。
 光を纏い夜闇を裂く、合わせ鏡のような二人の少女を。
「―――っ」
 その光景を思い出して、フーケは己が身を抱きすくめた。
 ……震えが止まらない。
 肌を撫でる夜気でさえ春風のように感じるほどに、裡から来る寒気が収まらないのだ。
 それは恐怖ではなかった。
 恐怖ならば、フーケはこれまでに幾度となく経験しそれを捻じ伏せ乗り越えてきた。
 だが、今感じているモノは根本的に異なるモノだ。
 神だの伝説の始祖だの、そういった理解の枠を逸脱した存在――至高者(いとたかきもの)を目の当たりにした者が、己の卑小さを思い知らされた瞬間。
 すなわちそれは恐怖ではなく、『畏怖』。
 メイジの中では上位と言っていい『トライアングル』の号を持つフーケが、ドット以下の『ゼロ』とその従僕の少女に畏れを抱いている――
(……ふざけるな……っ)
 フーケは心の中で叫んで、唇を噛んだ。
 彼女は神も始祖も信じない。
 かつては人並みに信仰を持っていた事があるが、それは彼女が『本来の名』を失った時に一緒になくなった。

 ――どれほど祈ってもどれほど願っても、それらは誰一人として救ってはくれなかったから。

「――」
 信仰を失った瞬間の事を思い出して、フーケの身体から震えが取れた。
 噛み切った唇から零れる血を拭い、彼女は大きく深呼吸して手にしていた杖を握り締めた。
 鋭く見据えるのは中庭に座り込み話し続けている二人の少女。
 まるであの神威の時間を切り取ってしまったかのように、何事もなく話し込んでいる。
 フーケは二人の会話には興味はない。興味があるのは別の場所だ。
 視線を上げて聳える塔に眼を凝らす。
 夜の暗闇に溶けるように佇む本塔。その半ばから頂上にかけて巨大な亀裂が走っていた。
 合わせ鏡の少女達が最後に放った空を穿つ光――塔を擦過するように双月へと伸びたソレが、塔の壁面にその痕跡を刻んだのだ。
 音もなく衝撃もなく行われた破壊の傷跡。
 もしもあの光が塔にまともに当たっていたら、おそらくあの塔は半ばから完全に消え去っていただろう。
 光景を目の当たりにしたフーケは確信をもってそう断言できた。
 ともかく、あれだけ巨大な亀裂ならば朝になれば間違いなく発見されてしまう。
 そうなれば学院中が大騒ぎになるだろうし、ただでさえ強固なあの壁が更に輪をかけて強化されてしまう可能性も高い。
 フーケは詠唱を開始した。


 ※ ※ ※


「ふぅん、マドレーヌなんか作れるんだ」
「一番得意なのはそれですね。こっちに来てからは普通のも全然作ってないですけど」
「だったら、今度作ってみてよ」
「それは構いませんけど、こっちには向こうで使ってた材料がないと思うからちょっと自信が……」
「材料がないって……こっちのマドレーヌとあっちのマドレーヌは違うものなの?」
「それは……う~ん?」
 ルイズとエリスが埒もない会話に花を咲かせていると、少しだけ強い風が二人の髪を小さく揺らした。
 深夜の冷たい風にエリスが僅かに身体を震わせると、それを契機にルイズがはたと声を上げる。
「部屋に戻りましょう。結構寒くなってきたし、そろそろ寝ないと明日が……あれ?」
「どうしました?」
「エリス……寒くないの?」
 ルイズは普段着に着替えてここに来ていたのでさほど寒くはなかったが、隣のエリスは夜着一枚だけなのだ。
 彼女がここを訪れたときは上に服を羽織っていたはずなのだが……。
「……あれ?」
 そこでエリスも羽織っていたはずの服がない事に気付いた。
 周りを見やれば、少し離れたところに服が落ちている。
 そんな場所まで行った記憶はないし、そこまで飛ぶほど強い風は吹かなかったはずなのだが。
 エリスが立ち上がって服を拾いに向かうと、ルイズもそれに合わせて立ち上がり腰に付いた土を払う。
 エリスが拾い上げた服を見ながら、ルイズは漏らす。
「それ、貴女がここに着た時の服……買ってあげたのあるじゃない」
「ちょっと羽織るだけだったから、新しいのは流石に……」
「……ちゃんと着てくれるのよね?」
「は、はあ……」
 複雑な表情でエリスははにかんだ。
 何しろルイズが買ってくれた服は一着だけでエリスが今までに買った服の総てを合わせたよりもお高い服なのだ。
 何となく袖を通すのが怖かった。
「まあいいわ。部屋に戻りましょ」
「あ、はい――」
 返しながらエリスはルイズに眼を向け……そして固まった。
 怪訝そうに首を傾げるルイズをよそに、エリスは顔を強張らせたままルイズを――その背後を凝視している。
 視線の方向に気付いてルイズもそちらを見やり、そしてエリスと同じように固まった。
 夜空の星を塗りつぶすように、巨大な影が屹立していた。
「な、なに……?」
「ゴ、ゴーレム……!?」
 掠れた声でルイズが呻く。
 それは30メイルほどもあろうかという、巨大な土くれのゴーレムだった。
 絶句して見上げる二人をよそに、そのゴーレムは地を響かせて歩を進めると本塔の方へと向かう。
「ル、ルイズさん……」
 呆然とエリスは声をかけたが、ルイズはゴーレムを凝視したまま。
 そしてソレが塔へと辿り着き巨大な腕を持ち上げた時、悲鳴を上げた。
「そんな……なんで!?」
 ルイズはそこで異常に気付いた。
 本塔の壁面に、巨大な亀裂が走っている。
 普段は単なる背景でしかないため全然意識したことはなかったが、あんな亀裂はなかったはずだ。
 というか、あったとしたら大騒ぎになっている。
 一体いつの間にあんなものができたのか――『ルイズ』にはわからなかった。
 ルイズのそんな疑問を他所に、ゴーレムは腕を鋼鉄に変えて本塔へと叩き込んだ。
 低い破砕音が響き、壁が壊れる。
 あの位置には確か宝物庫があったはずだ。
 宝物庫の壁を破壊した『土くれ』のゴーレム――
「フーケ!」
 ルイズは叫ぶと、地を蹴って塔へと走り出した。

「ルイズさん!」
 エリスは制止しようとしたが、間に合わない。
 駆け出していった彼女を追おうと一歩を踏み出しかけ、踏みとどまった。
 少なくとも穏やかとは程遠い現状、ルイズを止めに行かなければと逸る気持ちもあったが一方でエリスは冷静でもあった。
 ウィザードとしての力は失ったとしても、ウィザードとして世界の危機に臨み闘ってきた経験は失われてはいない。
 エリスは抱いていた自分の服を見やると、僅かに重みを感じるポケットへ手を入れた。



 ※ ※ ※


「な、何事っ!?」
 いきなり響き渡った奇妙な音に飛び上がったのはギーシュだった。
 部屋の片隅にある藁束のベッドから起き上がり、鳴り響く謎の音に彼は慌てて周囲に視線を巡らせる。
「何の音だ!? て、敵襲か!?」
 泡を食うギーシュをよそに、ベッドで眠っていた柊がもぞりと起き上がった。
 決闘の抵当でギーシュのベッドは現在柊が使用しているのだった。
「……まずった。切り替えるの忘れてたわ……」
 寝ぼけ頭をかきながら柊はベッドから降り、椅子にかけているスターイーグルを手繰り寄せた。
 以前0-Phoneの通話を確かめるためにエリスの方はバイブにしてもらっていたが、自分の方はそのままだったのだ。
 世界の壁を越えてこれがかかってくることがない事は既に調査済みだった。
 ゆえにソレがかかってくる相手はこの世界ではただ一人。
「もしもし。どうかしたか、エリス」
『柊先輩っ!』
 あくびをしながら柊は語りかけ、飛び込んできた声に僅かに眉を顰めた。
 経緯をまくし立てるエリスの声を聞きながら、柊は表情を引き締めて歩き出し窓を開け放つ。
 肌を刺す夜気が流れ込む中、柊は暗闇の中を凝視し――小さく舌打ちした。
『柊先輩、私……!』
「わかった、今からそっち行く。エリスは――こっちに来てくれ。男子寮の方だ」
『え、でも……!』
「ギーシュを寄越すから、一緒に警備なりを呼んで来てくれ」
『で、でも! 私……ルイズさんが――』
「エリス!」
 柊は叱咤するように叫んだ。
 彼女の気持ちはわかるが留まらせる事も一緒に戦わせる事もできない。
 何しろ今の彼女はイノセント――闘う力を一切失っているからだ。
 端的に言ってしまって足手纏いにしかならない。
 "そういう"状況下における限りにおいて、柊は冷徹だった。
『……。わかり、ました』
 通話口の向こうで、酷く沈んだ声が響いた。
「すまねえ。頼んだ……ギーシュと代わるぞ」
『……はい』
 柊はO-Phoneを顔から離すと、ぽかんと眺めているギーシュを振り返る。
「ひ、ヒイラギ……大丈夫か? きみ、そっちのケがあったのか?」
 おそるおそる尋ねてくるギーシュを無視して、柊は手にしていたO-Phoneを彼に向かって投げつける。
 慌ててそれを受け取るギーシュを見届けると、柊は再び窓の向こうに聳える塔を睨みつけた。
「これからエリスが来る。合流して人を呼んで本塔の中庭に来てくれ」
「はあ? 一体何を――」
「頼んだぜ、ギーシュ」
「ちょっ……!?」
 ギーシュが問いただす間もなく、柊は窓に足をかけるとそこから身を躍らせて夜闇の中に消えていった。
 訳もわからず一人残されたギーシュの手元、O-Phoneの向こうからエリスの声が響いていた。


 ※ ※ ※


「どういうことだ……!?」
 目論見通りに壁を破壊し、宝物庫への侵入を果たしたフーケは愕然と呻いた。
 宝物庫の一角、様々な杖が並べられたその区画。
 目的の『破壊の杖』が置かれているはずのその場所は、空白だった。
 見回してみてもそれらしきモノはどこにもない。
 フーケがこの学院にロングビルとして潜入して以来、『破壊の杖』が外に持ち出されたことは一度もない。
 それ以前に持ち出されていた――その可能性も、ない。
 何故なら日付の変わる前、たった半日を遡った昼間に『破壊の杖』を知るエリス達がオスマンに宝物庫へ案内され、それを確認しているからだ。
 つまり、その時点までは確実に『破壊の杖』は宝物庫にあったのだ。
 オスマンなら柊達に譲り渡すなどという事もしでかしそうではあったが、出てきた時に二人は『何も持っていなかった』。
 聞けば『破壊の杖』は二メイルを越える巨大な代物のはずだ。
 どんな手品師でも隠し持つ事はできない。
 にも拘らず――宝物庫には『破壊の杖』が影も形もなかった。
「くそっ……!」
 フーケは苛立たしげに床を蹴った。
 回りには多くのガラクタに混ざって秘蔵とされる宝がいくつも置かれている。
 だが、彼女の狙いは『破壊の杖』ただ一つ。
 慰みにそれらを戴くのは『土くれのフーケ』としての名折れとも言っていい。
 悠長に探している時間はなかった。
 いずれやってくるであろう警備の兵士や学院の生徒達、教員に至るまでフーケの敵ではないが、この学院には秘宝である『眠りの鐘』がある。
 あれを使われてしまえばよほど力のあるメイジでなければ完全に無力化されてしまう。
 経験したこともない秘宝の効果に耐えられると言ってしまえるほど、フーケは自身を過信してはいなかった。
 フーケは忌々しげに舌打ちすると、踵を返してゴーレムの腕を伝い宝物庫の外に出る。
 退散しようと眼下を見下ろしたとき、暗闇に映える薄桃の髪を見つけた。
 彼女は何事かを喚き、手にしていた杖を振る。
 魔法を使ったのだろう、ゴーレムの胸の辺りが小さな爆発を起こしぼろりと土くれが零れ落ちた。
 だが、それだけ。人間で言うならかすり傷にもならないような損傷だ。
 このサイズのゴーレムならばスクエアクラスの火メイジでないと破壊することは難しいだろう。
 スクエアはおろかドットにも至らない『ゼロ』では、路傍の小石にすら及ばない。
 それでも健気にも――滑稽にも立ちふさがるピンクブロンドの少女を見て、フーケは薄く笑った。
 自分がまだ天運に見放されていない事がわかったからだ。


 ※ ※ ※


 視界を覆うわんばかりの巨大な拳が迫ってきた時、ルイズは動くことができなかった。
 『逃げなきゃ』と理屈が叫び、『逃げない』と感情が叫んだ。
 もっともこの矛盾した判断がまったく別種のものだと理解できて、迫る腕を冷静に避けようと思っていたとしても結果は同じだっただろう。
 生まれて初めて経験する逼迫したこの空気に、ルイズの身体は強張ってしまっていたのだ。
 広げられたゴーレムの手にルイズはあっさりと捕まり、次いで持ち上げられた。
 ぐんと視界が変わり遥か高みへと移動する。
 冷たい土くれの手に身体を掴まれたまま、ルイズはこみ上げる恐怖を唇を噛んで持ち応えた。
 お飾り程度に凹凸が浮かぶ巨大なゴーレムの顔。
 その脇、肩口にローブを纏いフードで顔を隠したメイジがいた。
「フーケ……!」
 唾と共に恐怖を飲み込んで、ルイズが叫ぶ。
 しかしフーケはそれに応えず、努めて機械的にルイズに言った。
「……『破壊の杖』はどこだ?」
 相手の目的を察したルイズは目尻を吊り上げ睨みつける。
 ルイズは声質から言って女だろうとは思ったが、口調も声色も違うのでその声の正体に気付かない。
「誰が言うもんですか!!」
 ゴーレムの拘束から逃れようと身を捩りながら、ルイズは吐き捨てるように叫んだ。
 しかしフーケはフードから覗く口元を小さく歪めてみせる。
「……そう。やはり知っているのね」
「っ!!」
 フーケのその表情と自らの失言に気付いて、ルイズは羞恥と屈辱の表情を浮かべた。
 怒りと共に睨みつけてくるルイズの眼光を涼風のように受け止めてフーケは更に言葉を続けた。
「大人しく喋るのなら命だけは助けてやる」
 その台詞でルイズの中の恐怖が弾けとび、怒気が爆発した。
 滅茶苦茶に暴れまわるが、全身を包む土くれの手は微塵も動かない。
 だからルイズは、その怒りを言葉にしてフーケに叩き付けた。
「ふざけるんじゃないわよ! 盗賊なんかに命乞いするぐらいなら、死んだ方がマシよ!!」
 その声にフーケの肩がぴくりと震えた。
 息を荒らげて睨みつけるルイズに、フーケはしばしの沈黙を保ち。
「……そうかい」
 酷く底冷えした声色でそう告げ、手にしていた杖を軽く振った。

 ――普段のフーケならば、こんな小娘の愚にも付かない戯言などを相手にはしなかった。
 遡って論ずるのならば、いくらチャンスが今夜中だとは言え亀裂に気付いた風もない二人が中庭に残っている段階で強引に事を起こしたのも、普段の彼女からすれば軽率だった。
 つまりは、『今』の彼女は普段の彼女ではなかった。
 そしてその事に彼女自身気付いていない。
 あの神威を目の当たりにして挫けかけた心を持ち直した行為。
 信仰を失った瞬間を思い出し、ソレに対する反抗心が気を逸らせた。
 そして今、感情に任せて叫んだ目の前の少女には畏怖も脅威も一切感じない。
 彼女はこんな小娘に畏怖を感じた自分に苛立っていた。
 そして自分を苛立たせた小娘が、許せなかった。
 そんな些細な事を受け流す余裕さえも失っていることに、今の彼女は気付かなかった。

「……そうかい」
「――!!」
 冷たく言い放った言葉と共にフーケが杖を振るう。
 同時にルイズの全身を包んでいた土くれの圧迫感が増した。
「だったら、殺してやる。死ぬまで耐えられたら褒めてやるよ」
 フーケの口元に嗜虐的な笑みが浮かぶ。
「ひ、っ……」
 ルイズは悲鳴を抑えようとして、そうする事ができなかった。
 拳で叩き潰されるなり足で踏み潰されるなりしていれば、あるいはルイズは自分なりの気高さを抱いたまま死ねたかもしれない。
 だが、ゆっくりと締め付けられていく感触が否応なく彼女に潰される――『殺される』事を実感させた。
 次第に息苦しさが痛みに取って代わる。
 自分の身体がぎしぎしと軋んでいくのがわかる。
 生まれて初めて経験する死の恐怖が身体を押し潰し、心を締め付ける。
「や、……た、す」
 ほんの僅かに残った矜持で、かろうじて言葉を飲み込んだ。
 だが、その代わりに眼から涙が溢れた。
 滲む視界の先に、フーケがいる。
 フードで顔を隠しているのに、自分を酷く冷たく見つめているのがわかった。
 普段受けている侮蔑や嘲りの表情など比較にならない。
 脅しなんかではなく、本当の本当に『ゼロ』を見る視線。
 生かしておく価値すらゼロ。そんな風に、命を握り潰そうとしている――
「……っ」
 そこでルイズの心が完全に砕けた。
 怯えた表情を露にし、搾り出すように叫んだ。


 ――放たれた《衝撃波》が横合いからゴーレムの腕に炸裂した。
 魔法で形作られた強固で巨大な腕を粉々に打ち砕き、耳をつんざくような破砕音が少女の叫びをかき消した。
 その衝撃でゴーレムの巨体が大きく傾ぐ。
 ルイズを握り締めていた拳が砕けてばらばらと土くれに戻っていき、彼女の身体は中空に投げ出された。
 ルイズは何が起こったのかも認識できない様子で、呆然としていた。
 散っていく土くれの向こうに夜空が覗いている。
 30メイルを落下しながら、彼女はぼんやりと遠ざかっていく夜空に手を伸ばした。
 その手は何も掴むことはできなかったが――代わりに、誰かがルイズの身体を掴んだ。
 身体を縛っていた土くれが冷たかったからだろうか、それとも心を押し潰した恐怖が冷たかったからか。
 その身を包んでくれる誰かの温もりが酷く暖かかった。
「無事か?」
 そんな声で、ルイズはようやく我に返った。
 彼女は自分を抱きかかえる誰かに眼を向ける。

 ――魔剣を携えた夜闇の魔法使い(ナイトウィザード)がそこにいた。



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