第7夜
土くれのフーケ
土くれのフーケ
ルイズとマルモはしばらく森の中や湖のほとりを歩いてみたのだが、相変わらずモンスターとは遭遇しなかった。キュルケの要請とルイズの体力、そして時間の都合もあって今日は打ち止めになり、マルモの旅の扉で学院に戻ることになった。
「気を落とさないで、マルモ。明日またやりましょう」
「…………」
学院に帰還したルイズたちは寮の自室に帰ることにした。時刻は夕食前である。
部屋に入ると、マルモは氷呪文ヒャドと熱呪文ギラで湯を器に張り、クローゼットからタオルを取り出して湯に浸すと、軽く絞ってルイズに差し出した。
「身体を拭いて」
ルイズは意味を少し取り違えた。
わたしがマルモの身体を?
マルモは『ルイズがルイズの身体を』という意味で言ったのだが、思春期なご主人様は妄想を広げていく。
お風呂場で互いの身体を洗いっこする。もちろんタオルなどを使わず素手で。全裸で。二人っきりで。全身隈なく。耳から首筋から脇の窪みからへそから膝の裏からそりゃまあ隅々まで。指の間も忘れずに。
お互い身体を擦り合わせるのもいいけれど、一方的なのもいい。使い魔の衛生管理もご主人様の義務。ご主人様の身体を洗うのも使い魔の義務。
「ご主人様の身体を洗いなさい」
そう言ってマルモを――。
「わかった」
「え?」
そう言うなり、マルモはルイズの服を脱がせにかかる。マントを外し、タイをほどいてボタンに手をかけたとき、ルイズは正気に戻った。
どうやら妄想で言った命令を現実でも口にしていたらしい。
ルイズは顔を赤らめるが、今更訂正するのももったいないのでされるがままである。同性だし、使い魔だし、恥ずかしがる必要はない。のであるが、やっぱり恥ずかしいしまだ心の準備が云々。
「ひゃぅ」
などと思っていると、いつの間にかシャツを脱がされて肩にタオルが当てられていた。そのまま指先に向かって何度もタオルを滑らせる。自分で拭くのとはまた別の気持ちよさが心地よく、ルイズは身を委ねた。
続いて脇、横腹、背中と断続的に拭いていき、そのたびにルイズは声を上げそうになる。
マルモは一旦拭くのを止め、湯を交換することにした。窓の外にヒャドで凍らした湯を捨てる。
その間にルイズは息を整えていた。そして火照る体を鎮めようとする。だが、逆にルイズの身体はさらに敏感になっていく。
マルモは新たに湯を用意して作業に戻った。今度は鎖骨に沿ってタオルを当てる。
「あっ」
「熱い?」
「ち、ちがうわよ。そうじゃないの」
気持ちよくて声を上げました、なんて言えるはずもなくルイズはそのまま続けさせた。
さっきよりも強い快楽の波に耐えながら、ルイズは胸、腹と拭かせていく。マルモの余裕のある態度がさらに羞恥を加速させた。
そしてマルモがレースの小さな下着に手をかけたとき。
「だ、駄目よマルモ!!」
ルイズはマルモの手を押さえた。
「そこまではしなくていいから、ね?!」
「わかった」
あっさりと手を引くマルモにほっとするが、ちょっと後悔もしているルイズである。
強引にやられていたら、きっと本気で止めようとはしなかった。そんな自分に嫌気が差す。
悶々としながらも服を着ていくルイズであった。
「気を落とさないで、マルモ。明日またやりましょう」
「…………」
学院に帰還したルイズたちは寮の自室に帰ることにした。時刻は夕食前である。
部屋に入ると、マルモは氷呪文ヒャドと熱呪文ギラで湯を器に張り、クローゼットからタオルを取り出して湯に浸すと、軽く絞ってルイズに差し出した。
「身体を拭いて」
ルイズは意味を少し取り違えた。
わたしがマルモの身体を?
マルモは『ルイズがルイズの身体を』という意味で言ったのだが、思春期なご主人様は妄想を広げていく。
お風呂場で互いの身体を洗いっこする。もちろんタオルなどを使わず素手で。全裸で。二人っきりで。全身隈なく。耳から首筋から脇の窪みからへそから膝の裏からそりゃまあ隅々まで。指の間も忘れずに。
お互い身体を擦り合わせるのもいいけれど、一方的なのもいい。使い魔の衛生管理もご主人様の義務。ご主人様の身体を洗うのも使い魔の義務。
「ご主人様の身体を洗いなさい」
そう言ってマルモを――。
「わかった」
「え?」
そう言うなり、マルモはルイズの服を脱がせにかかる。マントを外し、タイをほどいてボタンに手をかけたとき、ルイズは正気に戻った。
どうやら妄想で言った命令を現実でも口にしていたらしい。
ルイズは顔を赤らめるが、今更訂正するのももったいないのでされるがままである。同性だし、使い魔だし、恥ずかしがる必要はない。のであるが、やっぱり恥ずかしいしまだ心の準備が云々。
「ひゃぅ」
などと思っていると、いつの間にかシャツを脱がされて肩にタオルが当てられていた。そのまま指先に向かって何度もタオルを滑らせる。自分で拭くのとはまた別の気持ちよさが心地よく、ルイズは身を委ねた。
続いて脇、横腹、背中と断続的に拭いていき、そのたびにルイズは声を上げそうになる。
マルモは一旦拭くのを止め、湯を交換することにした。窓の外にヒャドで凍らした湯を捨てる。
その間にルイズは息を整えていた。そして火照る体を鎮めようとする。だが、逆にルイズの身体はさらに敏感になっていく。
マルモは新たに湯を用意して作業に戻った。今度は鎖骨に沿ってタオルを当てる。
「あっ」
「熱い?」
「ち、ちがうわよ。そうじゃないの」
気持ちよくて声を上げました、なんて言えるはずもなくルイズはそのまま続けさせた。
さっきよりも強い快楽の波に耐えながら、ルイズは胸、腹と拭かせていく。マルモの余裕のある態度がさらに羞恥を加速させた。
そしてマルモがレースの小さな下着に手をかけたとき。
「だ、駄目よマルモ!!」
ルイズはマルモの手を押さえた。
「そこまではしなくていいから、ね?!」
「わかった」
あっさりと手を引くマルモにほっとするが、ちょっと後悔もしているルイズである。
強引にやられていたら、きっと本気で止めようとはしなかった。そんな自分に嫌気が差す。
悶々としながらも服を着ていくルイズであった。
夕食後。マルモとルイズは、ヴェストリの広場にいた。ギーシュの修行のため、彼を待っている最中である。
「お待たせいたしまして申し訳ありません、ミス・マルモ」
しばらくしてギーシュがやって来た。相変わらずフリルシャツというふざけた格好だが、その態度は普段より真面目である。本人は美しいと思って着ているようだが。
ちなみにギーシュはまだ本命のモンモランシーと縒りを戻してはいない。心身ともに鍛えた後、愛をささやくつもりである。
「ギーシュ、そっちが頼んだんだからあんたが先にくるのが筋ってもんでしょ」
マルモとの時間がギーシュに使われるのが面白くないルイズは、ギーシュには当たりがきつい。
「僕の使い魔が少々腹を空かせていてね、それで心配だったんだ」
「あんたの使い魔?」
「そうさ」
ギーシュが足で地面を叩くと、ギーシュの横の地面が盛り上がり、茶色の大きな生き物が顔を出した。
ギーシュは素早く膝をついてその生き物に頬をすり寄せる。
「ヴェルダンデ! ああ! 僕の可愛いヴェルダンデ!」
モグモグ、とその生き物は鳴いた。
「あんたの使い魔ってジャイアントモールだったの?」
小さいクマほどの大きさのそれは巨大モグラである。
「そうだ。ああ、ヴェルダンデ、君はいつ見ても可愛いね。困ってしまうね。どばどばミミズはおいしかったかい?」
モグモグモグ、とヴェルダンデは嬉しそうに鼻をひくつかせる。
ルイズは巨大モグラと戯れる少年の図にちょっと身を引いてしまったが、魔物使いのマルモはヴェルダンデの『言葉』の内容が理解できるので微笑ましいと感じている。
「それじゃヴェルダンデ、いい子で待ってるんだよ」
モグ、とヴェルダンデは地中に潜った。行き先は知らない。
「それではミス・マルモ。何なりとおっしゃってください。どんな修行であるともこのギーシュ・ド・グラモン、必ずや成し遂げてみせます」
マルモの方に向き直ったギーシュはやる気に満ちている。
「修行をする前に、ギーシュ。あなたの目標を聞きたい」
「僕の目標?」
マルモは頷く。
「どのレベルまで強くなりたい?」
そう言われてギーシュは悩む。強くなりたいとは思うが、さすがに今の段階で魔法衛士隊クラスまでとはいかない。そもそも強さは突き詰められないものであるからして、ただ漠然と強くなりたいギーシュにとっては難しい問題である。
「そうですね……。少なくとも、一人の女性は守れるくらいは」
このときギーシュの頭に浮かんだのはモンモランシーの顔だった。
「あなたがどういう敵を想定しているのかによる」
「うっ」
マルモに問題点を突かれて唸るギーシュ。もっともな言葉である。
ちなみにマルモは『魔王』を討つための修行をしていたので、ハルケギニアでは想定もしない強い敵を想定していた。
「つ、土くれのフーケを、追い払えるくらいにはなりたいです!」
ギーシュは咄嗟に思い浮かんだ名前を言った。
「土くれのフーケ?」
マルモは首をかしげた。
「ご存知ありませんか?」
「マルモは東方からやって来たのよ、トリステインのことはまだあまり知らないの」
すかさずサポートをするルイズ。
「そうでしたか。では、ご説明いたします」
ギーシュは土くれのフーケについて語った。
神出鬼没の大怪盗であり、年齢性別は不明。その実力は三十メイルものゴーレムを作り出し、集まる魔法衛士を蹴散らすほど。おそらくは『土』のトライアングルメイジ。狙う獲物は主にマジックアイテム。
説明してから、ギーシュは後悔していた。魔法衛士でも倒せないフーケが目標となると、修行の厳しさが知れてくる。
貴族として男として二言はないギーシュであるが、さすがに撤回しようかと思った。
「わかった。まずはギーシュの実力を測る」
「僕の実力ですか?」
淡々と進めるマルモに肩を落とすギーシュ。それを無視してマルモは杖を振る。
「モシャス」
「うわっ?!」
ギーシュの目の前でマルモが煙に包まれると、驚いてギーシュは飛び退った。ルイズはその光景に既視感を覚える。
やがて煙が晴れると、ギーシュの目の前にギーシュが立っていた。
「こ、これは?!」
「これは変身呪文モシャス。姿も能力もそのまま変身できる」
ルイズにしたのと同じ説明をして、マルモはギーシュが使える魔法を調べる。
土系統の『クリエイト・ゴーレム』『錬金』に加えてドットスペルがいくつかとコモン・マジックも。
精神力は多いのか少ないのか、基準がわからないので判断できないが、ルイズよりは確実に少ない。
マルモはモシャスを解除し、元の姿に戻る。
「大体のことはわかった。修行の内容も決まった」
「はっ、はい! なんなりと!」
「私と戦う」
「……は」
マルモの言葉にギーシュは呆然とする。
僕が戦う? ミス・マルモと? なぜ? どうやって?
「マルモ! ギーシュが死んじゃうわよ! さすがに殺しちゃ駄目!」
「まだ全力は出さない。最初のうちはギーシュのレベルに合わせる」
最初のうちは、ってことはいつかは全力ってことですか? 僕死亡ですか?
「そういえば、マルモの全力ってどれくらいなの?」
ルイズが尋ねると、マルモは少し困ったように見えた。もっともそれはルイズだけだが。
「……最強の攻撃呪文一つで、ルイズが教室を爆発させたときの数倍」
ルイズとギーシュは冷や汗を垂らした。あの錬金の授業で負傷流血した人数はおよそ十人。それの数倍となると……。
ルイズは、マルモを己の母親と姿を重ねた。数々の武功を打ち立て、国士無双と謳われたトリステイン最強の騎士。マルモはそれに匹敵するかもしれない。
「とにかく今はギーシュの修行を続ける」
その言葉にギーシュは現実に戻った。
「……一体僕はどうすれば?」
「まずは戦闘に慣れてほしい」
「つまり……戦い続けるってことですか?」
マルモは何の躊躇もなく頷いた。
「私は最小限の攻撃呪文しか使わない。多少の怪我も私の呪文で治すから安心して」
「し、承知しました!」
「危ないからルイズは離れて」
「ん、わかったわ」
マルモとギーシュは十メイルほど距離をとり、ルイズは横から観戦する形になった。ちょうど、決闘したときと似ている。
「いつでもいい」
マルモがそう言うなりギーシュは杖を素早くマルモの足元に向けた。マルモが飛び退くと、今まで立っていた場所に地面から腕が生える。『土』のドットスペル『アース・ハンド』だ。
「拘束の呪文は搦め手で使った方がいい」
マルモは火の玉を土の手に飛ばしてぼろぼろにした。
続けてギーシュは青銅のワルキューレ三体を生成する。それぞれの手には長槍が握られていた。
「行け! ワルキューレ!」
三方向から槍を手にワルキューレが迫る。現在のマルモとワルキューレとの距離はおよそ五メイル。
攻撃するゴーレムは同時に術者の盾となり得る。ギーシュも距離を詰めようとしていた。
その矢先。
「ヒャド」
マルモから見て右のワルキューレに杖を向けた。ワルキューレの両膝が氷結し、その一体が転倒する。
弱い氷系呪文はゴーレムにあまり有効ではないが、足止め程度ならできる。
すかさずマルモは右に跳び出し『メラ』を唱えてギーシュに火の玉を飛ばす。ギーシュは慌ててもう一体ワルキューレを目の前に作り出して防いだが、その間は他のワルキューレの動きが止まった。
その隙にマルモは肉薄し――跳躍した。
「なっ」
その高さはワルキューレの間合いではない。数メイルの高さならマルモは脚力と魔力で造作もなく飛び上がることができる。
驚いて硬直したギーシュに呪文を唱えるまでもなく、マルモは勢いに任せて杖先をギーシュに叩きつけた。
勝敗は決した。
「お待たせいたしまして申し訳ありません、ミス・マルモ」
しばらくしてギーシュがやって来た。相変わらずフリルシャツというふざけた格好だが、その態度は普段より真面目である。本人は美しいと思って着ているようだが。
ちなみにギーシュはまだ本命のモンモランシーと縒りを戻してはいない。心身ともに鍛えた後、愛をささやくつもりである。
「ギーシュ、そっちが頼んだんだからあんたが先にくるのが筋ってもんでしょ」
マルモとの時間がギーシュに使われるのが面白くないルイズは、ギーシュには当たりがきつい。
「僕の使い魔が少々腹を空かせていてね、それで心配だったんだ」
「あんたの使い魔?」
「そうさ」
ギーシュが足で地面を叩くと、ギーシュの横の地面が盛り上がり、茶色の大きな生き物が顔を出した。
ギーシュは素早く膝をついてその生き物に頬をすり寄せる。
「ヴェルダンデ! ああ! 僕の可愛いヴェルダンデ!」
モグモグ、とその生き物は鳴いた。
「あんたの使い魔ってジャイアントモールだったの?」
小さいクマほどの大きさのそれは巨大モグラである。
「そうだ。ああ、ヴェルダンデ、君はいつ見ても可愛いね。困ってしまうね。どばどばミミズはおいしかったかい?」
モグモグモグ、とヴェルダンデは嬉しそうに鼻をひくつかせる。
ルイズは巨大モグラと戯れる少年の図にちょっと身を引いてしまったが、魔物使いのマルモはヴェルダンデの『言葉』の内容が理解できるので微笑ましいと感じている。
「それじゃヴェルダンデ、いい子で待ってるんだよ」
モグ、とヴェルダンデは地中に潜った。行き先は知らない。
「それではミス・マルモ。何なりとおっしゃってください。どんな修行であるともこのギーシュ・ド・グラモン、必ずや成し遂げてみせます」
マルモの方に向き直ったギーシュはやる気に満ちている。
「修行をする前に、ギーシュ。あなたの目標を聞きたい」
「僕の目標?」
マルモは頷く。
「どのレベルまで強くなりたい?」
そう言われてギーシュは悩む。強くなりたいとは思うが、さすがに今の段階で魔法衛士隊クラスまでとはいかない。そもそも強さは突き詰められないものであるからして、ただ漠然と強くなりたいギーシュにとっては難しい問題である。
「そうですね……。少なくとも、一人の女性は守れるくらいは」
このときギーシュの頭に浮かんだのはモンモランシーの顔だった。
「あなたがどういう敵を想定しているのかによる」
「うっ」
マルモに問題点を突かれて唸るギーシュ。もっともな言葉である。
ちなみにマルモは『魔王』を討つための修行をしていたので、ハルケギニアでは想定もしない強い敵を想定していた。
「つ、土くれのフーケを、追い払えるくらいにはなりたいです!」
ギーシュは咄嗟に思い浮かんだ名前を言った。
「土くれのフーケ?」
マルモは首をかしげた。
「ご存知ありませんか?」
「マルモは東方からやって来たのよ、トリステインのことはまだあまり知らないの」
すかさずサポートをするルイズ。
「そうでしたか。では、ご説明いたします」
ギーシュは土くれのフーケについて語った。
神出鬼没の大怪盗であり、年齢性別は不明。その実力は三十メイルものゴーレムを作り出し、集まる魔法衛士を蹴散らすほど。おそらくは『土』のトライアングルメイジ。狙う獲物は主にマジックアイテム。
説明してから、ギーシュは後悔していた。魔法衛士でも倒せないフーケが目標となると、修行の厳しさが知れてくる。
貴族として男として二言はないギーシュであるが、さすがに撤回しようかと思った。
「わかった。まずはギーシュの実力を測る」
「僕の実力ですか?」
淡々と進めるマルモに肩を落とすギーシュ。それを無視してマルモは杖を振る。
「モシャス」
「うわっ?!」
ギーシュの目の前でマルモが煙に包まれると、驚いてギーシュは飛び退った。ルイズはその光景に既視感を覚える。
やがて煙が晴れると、ギーシュの目の前にギーシュが立っていた。
「こ、これは?!」
「これは変身呪文モシャス。姿も能力もそのまま変身できる」
ルイズにしたのと同じ説明をして、マルモはギーシュが使える魔法を調べる。
土系統の『クリエイト・ゴーレム』『錬金』に加えてドットスペルがいくつかとコモン・マジックも。
精神力は多いのか少ないのか、基準がわからないので判断できないが、ルイズよりは確実に少ない。
マルモはモシャスを解除し、元の姿に戻る。
「大体のことはわかった。修行の内容も決まった」
「はっ、はい! なんなりと!」
「私と戦う」
「……は」
マルモの言葉にギーシュは呆然とする。
僕が戦う? ミス・マルモと? なぜ? どうやって?
「マルモ! ギーシュが死んじゃうわよ! さすがに殺しちゃ駄目!」
「まだ全力は出さない。最初のうちはギーシュのレベルに合わせる」
最初のうちは、ってことはいつかは全力ってことですか? 僕死亡ですか?
「そういえば、マルモの全力ってどれくらいなの?」
ルイズが尋ねると、マルモは少し困ったように見えた。もっともそれはルイズだけだが。
「……最強の攻撃呪文一つで、ルイズが教室を爆発させたときの数倍」
ルイズとギーシュは冷や汗を垂らした。あの錬金の授業で負傷流血した人数はおよそ十人。それの数倍となると……。
ルイズは、マルモを己の母親と姿を重ねた。数々の武功を打ち立て、国士無双と謳われたトリステイン最強の騎士。マルモはそれに匹敵するかもしれない。
「とにかく今はギーシュの修行を続ける」
その言葉にギーシュは現実に戻った。
「……一体僕はどうすれば?」
「まずは戦闘に慣れてほしい」
「つまり……戦い続けるってことですか?」
マルモは何の躊躇もなく頷いた。
「私は最小限の攻撃呪文しか使わない。多少の怪我も私の呪文で治すから安心して」
「し、承知しました!」
「危ないからルイズは離れて」
「ん、わかったわ」
マルモとギーシュは十メイルほど距離をとり、ルイズは横から観戦する形になった。ちょうど、決闘したときと似ている。
「いつでもいい」
マルモがそう言うなりギーシュは杖を素早くマルモの足元に向けた。マルモが飛び退くと、今まで立っていた場所に地面から腕が生える。『土』のドットスペル『アース・ハンド』だ。
「拘束の呪文は搦め手で使った方がいい」
マルモは火の玉を土の手に飛ばしてぼろぼろにした。
続けてギーシュは青銅のワルキューレ三体を生成する。それぞれの手には長槍が握られていた。
「行け! ワルキューレ!」
三方向から槍を手にワルキューレが迫る。現在のマルモとワルキューレとの距離はおよそ五メイル。
攻撃するゴーレムは同時に術者の盾となり得る。ギーシュも距離を詰めようとしていた。
その矢先。
「ヒャド」
マルモから見て右のワルキューレに杖を向けた。ワルキューレの両膝が氷結し、その一体が転倒する。
弱い氷系呪文はゴーレムにあまり有効ではないが、足止め程度ならできる。
すかさずマルモは右に跳び出し『メラ』を唱えてギーシュに火の玉を飛ばす。ギーシュは慌ててもう一体ワルキューレを目の前に作り出して防いだが、その間は他のワルキューレの動きが止まった。
その隙にマルモは肉薄し――跳躍した。
「なっ」
その高さはワルキューレの間合いではない。数メイルの高さならマルモは脚力と魔力で造作もなく飛び上がることができる。
驚いて硬直したギーシュに呪文を唱えるまでもなく、マルモは勢いに任せて杖先をギーシュに叩きつけた。
勝敗は決した。
マルモは一旦休憩を取ることにし、コブのできたギーシュの頭に回復呪文の初歩であるホイミをかける。
ルイズも二人の傍に寄ってきた。
「まさか本当に最小限の攻撃呪文で勝っちゃうなんてね」
マルモの勝利を微塵も疑っていなかったルイズではあるが、たった三つの初級の攻撃呪文、しかも一つはアース・ハンドを処理するするためだけに使われたのを目の当たりにして驚きを隠せなかった。
「ああ……自信を失くすよ」
マルモに負けたのは二度目であるが、今回は呪文の火力によるものではなく、その運用で敗れた。特別な使い方もなく、止めは呪文すら使われずに。
完敗だった。
ギーシュは敗北の理由を考える。
経験の差、地力の差、戦いに対する態度、心胆、心根――。挙げようと思えばいくらでも挙げられる。
それらを踏まえた上で、自分はどうすべきか。どうしたいのか。
「ギーシュ」
ギーシュが悩んでいると、マルモが口を開いた。
「……なんですか?」
「あなたは筋がいい、光るものを持っている。けれど、今のレベルではそのことには気付けない。
だからあなた自身が磨くのは難しい」
「……はあ」
「だから、今は慣れるだけでいい。戦いの空気の中でわかることもある。経験を積んでいけば自ずと戦い方が身に付く」
「…………そうですか」
「……私の言うことは信用できない?」
「そ、そんなことはありません!」
ギーシュは身を乗り出して言った。マルモは表情を変えずにギーシュの目を覗き込む。
「……今日の修行はここまで。明日までに今日の内容をよく考えてほしい」
「……わかりました」
マルモとルイズは女子寮へ、ギーシュは男子寮へと帰っていく。夜も更け、既に入浴の始まっている時間だ。
部屋に戻ったルイズは、やや不機嫌気味だった。
確かにギーシュの修行の許可は出した。だが、だからといってあそこまで構う必要があるのかどうか。
また、マルモの師としての一面を引き出したのがギーシュというのも気に食わない。マルモの一番弟子はわたしなのに。
「……なんであんなこと言ったのよ」
「ルイズ?」
キッ、と鳶色の瞳がマルモを見据える。
「あんなに長々と、親身になって言う必要なかったんじゃないの?」
「……駄目だった?」
「へ?」
しょんぼりしたようにマルモが呟いたので、ルイズは拍子抜けしてしまった。
「私の師の言葉」
「私の……って、マルモの師匠ってこと?」
弱弱しくマルモは頷く。
実はギーシュにかけた言葉は、もう一人の弟子、つまりマルモの弟弟子(女だから妹弟子?)に対してかけた言葉をほぼそのまま使ってみただけである。実際にその後は世界を救ったりしているので、当たっていたりするのだが。
ルイズはにんまりと笑う。
あれは心からの言葉じゃなかったのね、とルイズは独り合点して頷いた。
それよりも今は捨てられた小動物のようなものをマルモに感じる。
普段(とはいっても召喚からまだ二夜目である)とのギャップも相まって、ルイズの色んな所がきゅんきゅんした。
「よしよし」
気付いたらルイズはマルモを抱きしめて頭をなでていた。
やってから、しまった、と思うルイズだが、マルモがされるがままになっているので行為を続ける。
これで髪をほどいていたらさらさらの感触が味わえるんだろうなあ、でも要求して拒絶されたら嫌だしそもそも今の時点で云々。
なんかマルモも拒絶してないしこれって最後までいけちゃう云々。
というかそろそろ理性が云々。
「ルイズ……?」
「あっ、いや、マルモ、なんでもないからね?!」
ルイズは慌ててマルモから離れる。感情の昂ぶりを察知したマルモはルイズのことを心配したのだが、ルイズは後ろめたさから曖昧に笑うだけだ。
「大丈夫?」
「だだだだだ大丈夫よ! こう見えてもわたし落ち着きのある方なんだから!!」
言った本人も無理があると思う言葉をマルモが信じるはずもないが、他人の感情には敏感なマルモはあえて言及せずにおいた。
ちなみにマルモはルイズが自分を襲おうとしたことにはこれっぽっちも気付いていない。そこだけはブリミルの慈悲である。
「そろそろお風呂」
「え? あ、うん、そうね! そろそろ行かないとまずいわよね!」
二人して強引に話題を逸らし、なんとか収集をつけた。
ルイズは殊更早く入浴の準備を整えると、マルモを連れて女子の浴場へと向う。
もちろん夕食前の妄想を実行する勇気はさしものルイズもなかった。
ルイズも二人の傍に寄ってきた。
「まさか本当に最小限の攻撃呪文で勝っちゃうなんてね」
マルモの勝利を微塵も疑っていなかったルイズではあるが、たった三つの初級の攻撃呪文、しかも一つはアース・ハンドを処理するするためだけに使われたのを目の当たりにして驚きを隠せなかった。
「ああ……自信を失くすよ」
マルモに負けたのは二度目であるが、今回は呪文の火力によるものではなく、その運用で敗れた。特別な使い方もなく、止めは呪文すら使われずに。
完敗だった。
ギーシュは敗北の理由を考える。
経験の差、地力の差、戦いに対する態度、心胆、心根――。挙げようと思えばいくらでも挙げられる。
それらを踏まえた上で、自分はどうすべきか。どうしたいのか。
「ギーシュ」
ギーシュが悩んでいると、マルモが口を開いた。
「……なんですか?」
「あなたは筋がいい、光るものを持っている。けれど、今のレベルではそのことには気付けない。
だからあなた自身が磨くのは難しい」
「……はあ」
「だから、今は慣れるだけでいい。戦いの空気の中でわかることもある。経験を積んでいけば自ずと戦い方が身に付く」
「…………そうですか」
「……私の言うことは信用できない?」
「そ、そんなことはありません!」
ギーシュは身を乗り出して言った。マルモは表情を変えずにギーシュの目を覗き込む。
「……今日の修行はここまで。明日までに今日の内容をよく考えてほしい」
「……わかりました」
マルモとルイズは女子寮へ、ギーシュは男子寮へと帰っていく。夜も更け、既に入浴の始まっている時間だ。
部屋に戻ったルイズは、やや不機嫌気味だった。
確かにギーシュの修行の許可は出した。だが、だからといってあそこまで構う必要があるのかどうか。
また、マルモの師としての一面を引き出したのがギーシュというのも気に食わない。マルモの一番弟子はわたしなのに。
「……なんであんなこと言ったのよ」
「ルイズ?」
キッ、と鳶色の瞳がマルモを見据える。
「あんなに長々と、親身になって言う必要なかったんじゃないの?」
「……駄目だった?」
「へ?」
しょんぼりしたようにマルモが呟いたので、ルイズは拍子抜けしてしまった。
「私の師の言葉」
「私の……って、マルモの師匠ってこと?」
弱弱しくマルモは頷く。
実はギーシュにかけた言葉は、もう一人の弟子、つまりマルモの弟弟子(女だから妹弟子?)に対してかけた言葉をほぼそのまま使ってみただけである。実際にその後は世界を救ったりしているので、当たっていたりするのだが。
ルイズはにんまりと笑う。
あれは心からの言葉じゃなかったのね、とルイズは独り合点して頷いた。
それよりも今は捨てられた小動物のようなものをマルモに感じる。
普段(とはいっても召喚からまだ二夜目である)とのギャップも相まって、ルイズの色んな所がきゅんきゅんした。
「よしよし」
気付いたらルイズはマルモを抱きしめて頭をなでていた。
やってから、しまった、と思うルイズだが、マルモがされるがままになっているので行為を続ける。
これで髪をほどいていたらさらさらの感触が味わえるんだろうなあ、でも要求して拒絶されたら嫌だしそもそも今の時点で云々。
なんかマルモも拒絶してないしこれって最後までいけちゃう云々。
というかそろそろ理性が云々。
「ルイズ……?」
「あっ、いや、マルモ、なんでもないからね?!」
ルイズは慌ててマルモから離れる。感情の昂ぶりを察知したマルモはルイズのことを心配したのだが、ルイズは後ろめたさから曖昧に笑うだけだ。
「大丈夫?」
「だだだだだ大丈夫よ! こう見えてもわたし落ち着きのある方なんだから!!」
言った本人も無理があると思う言葉をマルモが信じるはずもないが、他人の感情には敏感なマルモはあえて言及せずにおいた。
ちなみにマルモはルイズが自分を襲おうとしたことにはこれっぽっちも気付いていない。そこだけはブリミルの慈悲である。
「そろそろお風呂」
「え? あ、うん、そうね! そろそろ行かないとまずいわよね!」
二人して強引に話題を逸らし、なんとか収集をつけた。
ルイズは殊更早く入浴の準備を整えると、マルモを連れて女子の浴場へと向う。
もちろん夕食前の妄想を実行する勇気はさしものルイズもなかった。
「お風呂に入ったけど余計に疲れた気がするわ……」
風呂から出た後、ルイズは溜息を吐いた。
ルイズたちが入った頃には既に人もまばらであり、せいぜい十人程度しかいなかった。トリステイン魔法学院の浴場は男女別に全校生徒が入れる程巨大なので、ピークになると五十人以上が一つの浴場に入るのである。
マルモは貴族ではないが、ルイズが無理やり入れたのである。魔法使えるんだから勝手に貴族と思われているわよ、との弁だ。
ルイズはずっとマルモの横にいたのだが、全く隠そうとしないマルモにタオルを巻いたりした。
マルモの肌を流れる湯滴を眺めたりした。
マルモが髪をかき上げたときに見えたうなじに興奮したりした。
つまりはフラストレーションが溜まっているのである。タオルを巻く際に中途半端に触ってしまったのも心残りだ。
そんなルイズにマルモが構おうとすると逆効果になるので、マルモは手を出せないでいる。
「ちょっと夜風に当たりたいわね……」
身体が必要以上に火照ったルイズは中庭に歩いていった。当然マルモも付いていく。
二つの月が照らす中庭は充分視界が明けている。ルイズは中庭にいる先客に気付いた。
「キュルケに、タバサ?」
「あら、ルイズじゃない」
空に浮かぶ二つの月のような、赤い髪と青い髪が揺れていた。二人の傍らには使い魔の風竜と火トカゲが付き添っている。
「あんたたちも夜風に当たりに来たの?」
「そんなところね」
家同士仲の悪いルイズとキュルケだが、普段から悪口を言い合う程仲良しである。
二人が会話を進めていくのを尻目に、タバサはマルモの顔をじっと見ていた。マルモは気付いてはいるが、話すこともないので受け流している。風竜シルフィードと火トカゲのサラマンダーもきゅいきゅいきゅるきゅると会話している。“昼間頑張ったんだからお肉のボーナスがあってもいい”とか“主人の無事が一番”とか。この場で『言葉』がわかる人間はマルモだけである。
「それじゃマルモ、部屋に帰るわよ」
「タバサ、あたしたちも行きましょう」
ちょうど良い具合に身体も冷めたようで、もう中庭に用がなくなった。
マルモとタバサがそれぞれ頷き、寮に戻ろうとしたその時。
巨大な『人影』が月の光を遮った。
「な、なによあれ?!」
「ゴーレム?!」
本塔の脇に、高さ三十メイルはあろうかというゴーレムが立っていた。日常では見かけられない、圧倒的な巨躯。
その巨人が、拳を塔の壁にぶつけていた。
そしてそのゴーレムの肩に乗るは、トリステインに悪名高い大泥棒、土くれのフーケ。黒いローブを目深に被り、顔を隠している。
その隠された顔は、いらついていた。
「やっぱりこの程度の攻撃じゃ無理かねえ……」
フーケは土ゴーレムの打ち付ける拳をトゲ付き鉄球に変えているが、効果はない。さすがは魔法学院といったところか。
「かといって、ここまでやってなにも盗まないというわけにはいかないね……」
短慮だった、とフーケは後悔した。
一方のルイズたちは。
「ルイズ! 戻って!」
「駄目よ! ここで賊を捕まえないと貴族の名折れだわ!」
ゴーレムに単身突撃しようとしているルイズをマルモが止めようとしていた。キュルケとタバサは教師に連絡しに行っている。
ルイズはマルモの制止を振り切り、杖を振った。
ゴーレムに『ファイヤーボール』を当てるつもりだったが、代わりに本塔の宝物庫の当たりの壁が爆発してヒビが入る。
唇を噛むルイズであるが、フーケは好機とばかりにそこに拳を打ち込んだ。狙い通り、壁に穴が開いて宝物庫の中が見えた。
フーケはほくそ笑んでゴーレムの腕を伝い、宝物庫に侵入する。狙いはただ一つ、『銀の竪琴』。
それはすぐに見つかった。『銀の竪琴。持ち出し不可』と書かれた鉄プレートの下の、ガラスの箱の中に置かれている。
その箱ごと手に取り、フーケは壁に向かって杖を振る。すると、壁に文字が刻まれた。
『銀の竪琴、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』
風呂から出た後、ルイズは溜息を吐いた。
ルイズたちが入った頃には既に人もまばらであり、せいぜい十人程度しかいなかった。トリステイン魔法学院の浴場は男女別に全校生徒が入れる程巨大なので、ピークになると五十人以上が一つの浴場に入るのである。
マルモは貴族ではないが、ルイズが無理やり入れたのである。魔法使えるんだから勝手に貴族と思われているわよ、との弁だ。
ルイズはずっとマルモの横にいたのだが、全く隠そうとしないマルモにタオルを巻いたりした。
マルモの肌を流れる湯滴を眺めたりした。
マルモが髪をかき上げたときに見えたうなじに興奮したりした。
つまりはフラストレーションが溜まっているのである。タオルを巻く際に中途半端に触ってしまったのも心残りだ。
そんなルイズにマルモが構おうとすると逆効果になるので、マルモは手を出せないでいる。
「ちょっと夜風に当たりたいわね……」
身体が必要以上に火照ったルイズは中庭に歩いていった。当然マルモも付いていく。
二つの月が照らす中庭は充分視界が明けている。ルイズは中庭にいる先客に気付いた。
「キュルケに、タバサ?」
「あら、ルイズじゃない」
空に浮かぶ二つの月のような、赤い髪と青い髪が揺れていた。二人の傍らには使い魔の風竜と火トカゲが付き添っている。
「あんたたちも夜風に当たりに来たの?」
「そんなところね」
家同士仲の悪いルイズとキュルケだが、普段から悪口を言い合う程仲良しである。
二人が会話を進めていくのを尻目に、タバサはマルモの顔をじっと見ていた。マルモは気付いてはいるが、話すこともないので受け流している。風竜シルフィードと火トカゲのサラマンダーもきゅいきゅいきゅるきゅると会話している。“昼間頑張ったんだからお肉のボーナスがあってもいい”とか“主人の無事が一番”とか。この場で『言葉』がわかる人間はマルモだけである。
「それじゃマルモ、部屋に帰るわよ」
「タバサ、あたしたちも行きましょう」
ちょうど良い具合に身体も冷めたようで、もう中庭に用がなくなった。
マルモとタバサがそれぞれ頷き、寮に戻ろうとしたその時。
巨大な『人影』が月の光を遮った。
「な、なによあれ?!」
「ゴーレム?!」
本塔の脇に、高さ三十メイルはあろうかというゴーレムが立っていた。日常では見かけられない、圧倒的な巨躯。
その巨人が、拳を塔の壁にぶつけていた。
そしてそのゴーレムの肩に乗るは、トリステインに悪名高い大泥棒、土くれのフーケ。黒いローブを目深に被り、顔を隠している。
その隠された顔は、いらついていた。
「やっぱりこの程度の攻撃じゃ無理かねえ……」
フーケは土ゴーレムの打ち付ける拳をトゲ付き鉄球に変えているが、効果はない。さすがは魔法学院といったところか。
「かといって、ここまでやってなにも盗まないというわけにはいかないね……」
短慮だった、とフーケは後悔した。
一方のルイズたちは。
「ルイズ! 戻って!」
「駄目よ! ここで賊を捕まえないと貴族の名折れだわ!」
ゴーレムに単身突撃しようとしているルイズをマルモが止めようとしていた。キュルケとタバサは教師に連絡しに行っている。
ルイズはマルモの制止を振り切り、杖を振った。
ゴーレムに『ファイヤーボール』を当てるつもりだったが、代わりに本塔の宝物庫の当たりの壁が爆発してヒビが入る。
唇を噛むルイズであるが、フーケは好機とばかりにそこに拳を打ち込んだ。狙い通り、壁に穴が開いて宝物庫の中が見えた。
フーケはほくそ笑んでゴーレムの腕を伝い、宝物庫に侵入する。狙いはただ一つ、『銀の竪琴』。
それはすぐに見つかった。『銀の竪琴。持ち出し不可』と書かれた鉄プレートの下の、ガラスの箱の中に置かれている。
その箱ごと手に取り、フーケは壁に向かって杖を振る。すると、壁に文字が刻まれた。
『銀の竪琴、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』
時は少し戻って、フーケが宝物庫に入った直後。加速呪文ピオリムでルイズに追いついたマルモは、ルイズから杖を奪った。
「なにするのよマルモ!! 返しなさい!! ご主人様の命令よ!」
「駄目」
ルイズは杖を取り返そうと躍起になるが、体術でマルモに敵うはずもなく、逆にルイズが抑え込まれた。
「マルモ、わたし修行するって言ったじゃない!」
「これは修行じゃない」
あのゴーレムは明らかにルイズのレベルでは手に負えない。
「早くしないと賊が逃げちゃうわ! 杖を返して!」
「……捕まえればいいの?」
「そうよ! だから……マルモ?」
マルモの様子が変わり、ルイズは怪訝な顔をする。
「私が捕まえる」
「な、なに言ってるのよ! そんな危ないことさせられるわけないでしょ!!」
ルイズは自身のプライドとマルモの安全を天秤にかけると、後者に傾いた。
いくらマルモとはいえ、巨大なゴーレム相手に無事で済むはずがない。ルイズはそう思ったが、その一方でマルモならできる、という予感もある。
「……本当に、大丈夫なのね?」
いつもの調子で、コクリとマルモは頷いた。
「わかったわ、マルモ。行ってもいいけど、絶対に死なないでね。命令よ」
「わかった」
マルモはマントを翻らせてゴーレムの足元に駆け寄る。フーケが盗みに入っている間は待機中だ。
一瞬の間で、マルモは使うべき呪文を考えていた。これ程の巨体ともなれば、最上級の攻撃呪文を使うしかない。だが、下手をするとルイズや学院にもダメージを与えかねない。選ぶべき呪文、そしてその使い方は――――。
それは、ちょうどフーケが宝物庫から出ようとしたときだった。
マルモはゴーレムの足に手を触れ、呪文を唱える。
「……マヒャド」
途端にゴーレムは中心まで凍りつき、衝撃で粉々に砕け散る。かつて『賢者の書』で巨岩に対して使ったものと同じ方法。その巨岩は真っ二つになったが、フーケのゴーレムは土でできていたため、細氷のように破片が宙を舞う。
ルイズはその光景に見入っていた。正確には、マルモを。月光の反射できらめく氷の中に立つマルモの、なんと神々しいことか。
もはやルイズの目にはマルモしか映っていなかった。
そしてフーケの方はというと。
自分のゴーレムが破壊されたのに一瞬気をとられたが、すぐさま『フライ』を唱えて全速力で学院から離れていた。
「なんなんだいありゃあ……!」
フーケは自分のゴーレムには自信があった。フーケ自身はトライアングルメイジであるが、スクウェアクラスともやり合えると
思っていた。
それが、一瞬で粉々だ。誰がやったのかはわからないが、ゴーレムが通用しなかったのは事実。
「まあいいさ。盗めるものは盗んだことだし」
学院から充分離れると、フーケは森の中に入って着地した。葉が茂る森の中では、月明かりがあってもほとんど見えない。
「さて、どんなお宝なのかね」
ガラスの箱から『銀の竪琴』を取り出すと、妖しく銀色の絃が光った。
竪琴を見て、フーケはある少女のことを思い出す。妹のような娘のような、愛しい少女。あの娘も、ハープを弾いていた。
「ま、私はからっきしだけどね」
優しい笑みを浮かべてフーケは絃に手をかける。適当に弾いてみたが、思いの外ちゃんとしたメロディになっていた。
「なかなかいい音色だけど……」
まさか単なる竪琴ではあるまい。
つと、茂みが動いた。
「!」
フーケが素早く振り返ると、そこには犬のような頭をした人影が複数あった。
「……コボルドかい。脅かすんじゃないよ」
コボルドが四体、目の前に現れていた。平民の戦士でも倒せる亜人であるが、今のフーケは精神力を消耗している。なるべく無駄遣いは避けたかった。
コボルドたちが襲いかかると同時にフーケは人間と同じ大きさのゴーレムを二体作り出し、迎撃する。
爪も牙も届く前にフーケは全てを終わらせた。
「まったく、余計な手間をかけさせやがって」
コボルドの流した血に獣が寄ってくる可能性がある。コボルドの死体に土を被せて埋めた。
「それじゃ、改めて……」
『銀の竪琴』をかき鳴らす。美しい旋律が森に響いた。
するとまたもや茂みが動いた。
「ちっ」
杖を構えるフーケの前に、狼の群れが現れた。その数、およそ十頭。精神力が残り少ない今、さすがに数が多すぎる。
フーケは命辛々森を後にした。
「なにするのよマルモ!! 返しなさい!! ご主人様の命令よ!」
「駄目」
ルイズは杖を取り返そうと躍起になるが、体術でマルモに敵うはずもなく、逆にルイズが抑え込まれた。
「マルモ、わたし修行するって言ったじゃない!」
「これは修行じゃない」
あのゴーレムは明らかにルイズのレベルでは手に負えない。
「早くしないと賊が逃げちゃうわ! 杖を返して!」
「……捕まえればいいの?」
「そうよ! だから……マルモ?」
マルモの様子が変わり、ルイズは怪訝な顔をする。
「私が捕まえる」
「な、なに言ってるのよ! そんな危ないことさせられるわけないでしょ!!」
ルイズは自身のプライドとマルモの安全を天秤にかけると、後者に傾いた。
いくらマルモとはいえ、巨大なゴーレム相手に無事で済むはずがない。ルイズはそう思ったが、その一方でマルモならできる、という予感もある。
「……本当に、大丈夫なのね?」
いつもの調子で、コクリとマルモは頷いた。
「わかったわ、マルモ。行ってもいいけど、絶対に死なないでね。命令よ」
「わかった」
マルモはマントを翻らせてゴーレムの足元に駆け寄る。フーケが盗みに入っている間は待機中だ。
一瞬の間で、マルモは使うべき呪文を考えていた。これ程の巨体ともなれば、最上級の攻撃呪文を使うしかない。だが、下手をするとルイズや学院にもダメージを与えかねない。選ぶべき呪文、そしてその使い方は――――。
それは、ちょうどフーケが宝物庫から出ようとしたときだった。
マルモはゴーレムの足に手を触れ、呪文を唱える。
「……マヒャド」
途端にゴーレムは中心まで凍りつき、衝撃で粉々に砕け散る。かつて『賢者の書』で巨岩に対して使ったものと同じ方法。その巨岩は真っ二つになったが、フーケのゴーレムは土でできていたため、細氷のように破片が宙を舞う。
ルイズはその光景に見入っていた。正確には、マルモを。月光の反射できらめく氷の中に立つマルモの、なんと神々しいことか。
もはやルイズの目にはマルモしか映っていなかった。
そしてフーケの方はというと。
自分のゴーレムが破壊されたのに一瞬気をとられたが、すぐさま『フライ』を唱えて全速力で学院から離れていた。
「なんなんだいありゃあ……!」
フーケは自分のゴーレムには自信があった。フーケ自身はトライアングルメイジであるが、スクウェアクラスともやり合えると
思っていた。
それが、一瞬で粉々だ。誰がやったのかはわからないが、ゴーレムが通用しなかったのは事実。
「まあいいさ。盗めるものは盗んだことだし」
学院から充分離れると、フーケは森の中に入って着地した。葉が茂る森の中では、月明かりがあってもほとんど見えない。
「さて、どんなお宝なのかね」
ガラスの箱から『銀の竪琴』を取り出すと、妖しく銀色の絃が光った。
竪琴を見て、フーケはある少女のことを思い出す。妹のような娘のような、愛しい少女。あの娘も、ハープを弾いていた。
「ま、私はからっきしだけどね」
優しい笑みを浮かべてフーケは絃に手をかける。適当に弾いてみたが、思いの外ちゃんとしたメロディになっていた。
「なかなかいい音色だけど……」
まさか単なる竪琴ではあるまい。
つと、茂みが動いた。
「!」
フーケが素早く振り返ると、そこには犬のような頭をした人影が複数あった。
「……コボルドかい。脅かすんじゃないよ」
コボルドが四体、目の前に現れていた。平民の戦士でも倒せる亜人であるが、今のフーケは精神力を消耗している。なるべく無駄遣いは避けたかった。
コボルドたちが襲いかかると同時にフーケは人間と同じ大きさのゴーレムを二体作り出し、迎撃する。
爪も牙も届く前にフーケは全てを終わらせた。
「まったく、余計な手間をかけさせやがって」
コボルドの流した血に獣が寄ってくる可能性がある。コボルドの死体に土を被せて埋めた。
「それじゃ、改めて……」
『銀の竪琴』をかき鳴らす。美しい旋律が森に響いた。
するとまたもや茂みが動いた。
「ちっ」
杖を構えるフーケの前に、狼の群れが現れた。その数、およそ十頭。精神力が残り少ない今、さすがに数が多すぎる。
フーケは命辛々森を後にした。