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ゼロの黒魔道士-71


「あれれー?どーこにかくれちゃったのかなぁ~?」
「かぁくれんぼとは懐かしいですネェ~♪」
「もーいーかい?」
「まぁだっだよっ♪」
「もーいーかい?」
「まだですかぁ?」

ワルドの声が二人分、洞窟の中のように木霊する。
馬鹿にしたような声が、ぐわんぐわんと響く。

ワルドのぐっちゃぐちゃになった記憶は、次々に入れ替わる。
さっきまではアルビオンの教会、それからどこかの酒場。
額縁の中の絵が、紙芝居のように変わって、今はルイズおねえちゃんのお家の景色。
ピンクの月が照らす大きなお屋敷。

ボク達はその中庭の池の中……ボートの中に身をひそめていた。
障害物が多い記憶の景色で良かったと、ちょっとだけ感謝しながら。

「――ビビ、あのスピード、対抗できる?」
「……ちょっと……きびしそう、かな……」

一旦退いて、立て直したかった。
まっすぐ向かっていったんじゃ、風そのもの相手になんてできやしない。
……でも、どうすればいいかなんて、サッパリ思いつかないや……

「そうよね――デルフはどう?」
「――……」
「……さっきから、こんな感じ……」

おまけに、デルフはずっと黙りこくって反応しない。
自分の忘れたかった昔を思い出してしまったんだから、仕方ないと思う……
悲しいけれど、ボク達がどうにかできる問題じゃないんだ。

「あぁ……まぁ、しょうがないわよね……でも、やるしかないのよね……」
「うん……」
「できる、できないじゃなくて、やる、やる、やる――」

ルイズおねえちゃんが自分に言い聞かせているとおりだ。
やるしかない。
できる、できないじゃなくて、やるしかない。



「――やるって、何をぉ?」

冷たい水を背中に浴びたような、そんな感覚だったんだ。

「っ!?」
「ワルッ――」

歪んだ顔が、ボートの真上に張り付いていた。
口が裂けそうなくらい、不気味な笑顔を作りながら。

「やっぱりィ、ルイズはちっちゃいルイズだなぁ!まぁたお船の中に隠れていたよ♪」
「もーいーかい?」
「――もう、終わり……
           ウヒャーハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

終わらせる、わけにはいかない。

できる、できないじゃなくて、やるしかない。

だから、やるんだ。ボク達は!!


ゼロの黒魔道士
~第七十一幕~ 妖星乱舞―Dancing Mad―


「せいっ!!」

ボートから撥ねるように飛び上がる。
ある意味、チャンスだった。
風のように素早いワルドだけど今は確実に目の前にいる。
思いっきり踏みこんで、思いっきり振りかざした。

「『フライ』ッ!『錬金』ッ!『レビテーション』ッ!」

ほぼ同時に、ルイズおねえちゃんの『失敗呪文』を早口で唱えるのが聞こえる。
よし、ルイズおねえちゃんも冷静だ。
ワルドを倒すチャンスがあることを、見失っていない。

「うおっ!?」
「ありゃりゃ、せっかちな子達だねぇ~……」

案の定、『風の遍在』。
しかも、かすったと思ったら即座に消された。
ワルド本体が後ろで腕組みをして浮いている。
本人にダメージは一切与えられていない。
悔しい。
ワルドに攻撃が届かないことが、悔しい。

「ひどくなーい?酷いと思わないかい、ワルドさぁん?」
「そぉですねぇ、ワルドすぁん!こっちは1人なのにィ、2人がかり、だなーんてねぇ!」
「ヒーロー気取りって、いっつもこう!悪役は1人ぼっちでイジめられる……可哀想なぼくちん……」
「おいおい、泣くのはおよしよワルドすぁんっ!泣いてちゃダ・メ♪ダーメダメよぉ!」

再び出した自分の遍在に、気だるそうに話しかける。
ワルド記憶の中で、ワルドの声が重なって、ぐわんぐわんと響く。
気分が悪くなりそうだ。
でも、弱っているわけにはいかない。だって……

「お前が、何と言おうとも……」
「私達は、この先に行かねばならないの!」

フォルサテを倒さなきゃ、ハルケギニアが大変なことになってしまう。
それに、フォルサテを許すわけにはいかない。
だから、ボク達は、先に行かなきゃいけないんだ。
ワルドに構っている暇なんて、無い。
邪魔をするなら、倒してでも先に行くだけだ!

「――……あーあ、まぁだこーんなこと言っちゃってますよォ?」
「まったくもって鬱陶しいイイ子ぶりっ子達ですねぇ~?」

そんなボク達を、呆れたようにケラケラ笑って見る二人のワルド。
いちいち、その仕草に腹が立つ。

「こういう相手は――」
「!?」
「またっ!?」

額縁が、まただ。
ワルドの記憶を切り取った額縁、それがまたボク達を飲み込もうとする。
だけど、今度は……額縁が、2つ?

「ズバリっ!バーラバラにしてぇ、バッラバランに壊すのが一番でしょぉ♪」
「び、ビビっ――」
「しまっ……」

慌てて手を伸ばそうとしたけど、もう遅い。
額縁が目の前を通り過ぎると、ルイズおねえちゃんはもういない。
ワルドも1体だけになって、ここは全然別の記憶の景色。
真っ白な帆が張られた船の上……
タルブ上空の景色だ。

「さてぇ?トンガリ帽子のボクちゃんはぁ、この俺様が相手してやるですよー♪」
「っ……くっ!!」

ルイズおねえちゃんと、離れ離れ。
デルフは、ずっと黙ったまま。
……でも、やるしかない。
ボクは、マストの上のワルド目がけて、走り出していた。


ピコン
ATE ~オルトロス・ブギー~

「うひょひょひょー!八本足のテクニック、天国イかせたりまっせー!!」

ぬるりぬるりと、ご自慢の『八本足』が乱れ降る。
民家も屋根ごとぶっ潰し、タコ足風情が降り注ぐ。
トリスタニアは路地裏の陣、先手を取ったのは紫蛸野郎。

「ハァッ!!」

チェスと違い、後手が不利とならないのが実際の戦。
アニエスは冷静に1本1本の足をさばききる。
なるほど、のたうつような曲線の動きこそは物珍しいが、
所詮は変温生物、動きは鈍い。
縄跳びの縄となんら変わらない。
タイミングを見計らって、跳べばいいのだ。
そのお手本を見せてやるとばかりに、アニエスは地を蹴った。

「うひょ!?」
「甘いわっ!!」

丸太棒よりも太い足、その付け根を、捕えた。
閃かせるは鋼が一撃。
まずは一本、着実に攻撃力を奪う。
『心は熱くとも、頭は冷やして』。
アニエスは公言どおり、至って冷静な思考を保っていた。

このとき、までは。

「っ……!?」
「あぁん♪オルちゃん感じちゃいそ~!」

感触で言えば、水。
それもべたつくような、重たい水だ。
力をこめて振り下ろされた一撃、相手が例え岩だろうと打ち砕いたであろう。
それが、通じない。
反発せず、柔らかく受け止められた剣はそれ以上進むこともなく、
ぶるるんと蛸肌を振るわせただけで止まってしまう。

「くっ……うりぃゃぁっ!!」

一撃では止められた。ならば、二撃、三撃はどうだ。
白銀の雨嵐を、怒声のままに撃ち付ける。
岩どころか鋼の鎧すらも断ち切るような激しい斬の降水。
だが、撃ち付けたその度に、波打つようにぶんよりとした蛸の身が揺れるだけで、
一向に切れる気配どころかダメージを与えた様子が見えない。
物理的な攻撃が効かないというのか。
そんな馬鹿な話が、あってたまるか。
否定の意志が、剣撃を加速させる。
狙いなど最早無い。まずはとっかかりを見つけなければ。
些かの焦燥が、芽吹き始めていた。


「ここでオルちゃん、吟じます!
 果敢に挑みかかってくる女騎士のぉ~おーおぉ~♪」
「なめるなっ!!」

蛸介風情が、自分の剣撃に怯むこともなく涼しい顔をしてやがる。
あまつさえ詩吟などを始めていやがる。
どこまでも人という存在をなめきった態度を見て、
再び疲弊した筋肉に喝を入れる。
二度目の跳躍、今度の狙いは、卑猥に垂れ下がるその目。
崩された家屋の壁を蹴りあがり、宙へ。
改めて、でかい。
その目だけでアニエスの2、3倍はある。
狙いどころが増えて結構なことではないか。
アニエスの剣はそのど真ん中を捕えていた。

「その真剣なまなざしを見ていたら~あ~ぁ~あ~♪……」
「ぬっ!?」

ぎょろり、と眼球が動く。
寒気。謀られたという感覚。
瞬間、べっとりとした液体が体を覆う。
どこから放たれた?口か!
巨大なる相手の図体は、それ単体だけで包囲戦を成立させている。
自身の身体を死角を作る道具としたか、蛸の癖に味な真似を。
この粘液、ミシェルがかぶっていたものと同質?
いや、違う。より白濁していて、かなり塩っ気を含んでいる。
臭い。海産物特有の磯辺の腐った臭気がする。


「――めっちゃ興奮するぅぅううう♪ あるぅ思います!!」
「これが……どうしたと言うのだっ!!」

だが、効いてない。
これが攻撃というのなら、お笑い草だ。
粘液ごときに怯むと思うたか。
目くらましにすらならない。むしろ頭が冴えてきたような気すらする。
疲弊した筋肉は十分動く。
全身の感覚も申し分なく働く。
もう一度だ、先にその汚らしい牙を根こそぎ断ち切ってやろうと再度地を蹴ろうと……

「――って、言うじゃな~い?でも……その攻撃、無駄ですからー!残念っ!」
「ふぁっ!?」

蛸足が当たったわけではない。
実際、ほんのちょっと茶目っ気混じりに横に動かされただけ。
オルトロスの動きはいたってスローで、当てる気すら見えなかった。
その動かした足により、舞い起こった風が、わずかに頬をなぜただけ。
本当に、ただのそれだけだ。
それが、燎原の火の火種となるなどと、アニエスに予想できたはずがない。

身体を貫いたのは、雷のごとき衝動。
それは体の表からではなく、内なるところから発される。
気付けば、白濁としていた粘液が透明に変わっている。
粘液はあくまでも溶媒、胆はこの白い成分であったかと気付いてももう遅い。

その効果は、湿布薬や熱さましの塗り薬に近い。
皮膚から浸透し、血管をかけめぐって全身へ。
それがアニエスの身体に異常をもたらした。

ありとあらゆる刺激が電流となってなだれ込む。
血流が毛細血管を押し広げて、皮膚のすぐ下を暴れまわる。
肌が紅色に上気し、呼吸が荒くなる。
身悶えの微震すら体の芯を貫く状態。
アニエスの膝が、折れた。

「あれれぇ?真っ赤になっちゃってー?ゆでダコみたーい♪ ってタコちゃうわっ!?」

感応器官の異常は、肉体ではなく精神を直接蝕む。
風の一吹き、路上の小石、自身の鼓動ですら敏感に反応してしまう。

「きさ……まぁあ!!」

鎧はおろか、皮膚や骨肉すら素通りして訪れる電流の洪水に、
アニエスは、自分が丸裸にひん剥かれたにされたかのような感覚をおぼえる。
辱めだ。猥褻で淫靡な縛めだ。
気合いでその感覚を振りほどき、剣をひっつかむ。
精神は確かに蝕まれている。
だが、肉体は未だ動く。
ならば、立ち向かうまでだ。
単純な道理。
剣士としての矜持はまだ犯されてはいない。

「せやから、その攻撃無駄や言うてますやーん?何の意味も無いっ♪何の意味も無いっ♪」
「うぁっ!?」

手の甲を、弾かれる。
丁度親が、悪い事をした子供を叱りつけるかのような、ぺしっとした軽い動き。
ただそれしきの動きで、剣士の命である剣を取り落とす。
おまけに体を貫く電流だ。
手の甲から広がる衝撃が、大きな波となって全身を襲う。

過剰な感覚の洪水に反応した体から、汗、涙といった体液が噴き出てくる。
それすらも、さらなる刺激の呼び水となり、過反応が止まらない。
自分の感覚に溺れそうなほどだ。

「うひょひょ、えぇ格好やなぁ……ますます惚れてまうやろーっ!」
「う、うぁあああぁああ、や、やめ、ひぁぁああっ!?」

ぬるり、触手が一本が、全身を覆う。
そのぬるぬるとした感触が、その吸盤の凹凸が、
アニエスに触れる度に電流が走り、脳を貫く。
持ち上げられ、吊られる。
全身に広がる痺れとも震えともつかぬ感覚が、
アニエスの筋肉を弛緩させる。
力が入らない。為されるがまま。

逆さまの宙釣りになって、
アニエスは崩れ燃え広がる、トリスタニアの今を見た。
梁が剥き出しとなった家、
逃げる人々、
舞い襲う銀竜の群れ。

その中に、アニエスは違和感を覚える箇所を見つける。
自分が戦っていた場所と目と鼻の先、
路地を挟んで向こうの通りだ。

やたら鮮やかな色合いが、乱雑に並べられている。
見覚えのある制服。
ひらひらとした、悪趣味な、とある飲食店の制服。
『魅惑の妖精亭』、その制服に身を包んだ従業員が、地面に横たえられているではないか。
自分と同じように、滑りをおびて……

「……っ!?あれ……はっ!?」
「あ?気付いてもうた?気付いてもうた感じ?うん、オルちゃんのコレクション♪
 君もしっかりくわえさせてもらうでー♪
 うひょひょーひょひょひょ!!」

抵抗しなければ。
だが、自分の鋭敏すぎる感応器の挙動が、
筋肉への情報伝達を阻害している。

アニエスは、宙に吊られたまま、その辱めに耐え続けるしか無かった。


ピコン
ATE ~Unavoidable Battle~

リュティス郊外、レイスウォール共同墓地。
墓土のこんもりと湿った臭いと、
モスフングスの焼けつくような胞子が、その場を満たしていた。

エルフと吸血鬼、ハルケギニアが恐れるはずの二種の異形どもは、
ありえないことに窮地に立っていた。
墓土から起き上がったばかりの死体達は、
目覚めの供物とすべく、次から次へと二人を襲う。

「木よ、守りたまえっ!」

幼き容をした吸血鬼が唱えるは、樹木を繰る先住魔法。
にょきにょきと伸びる木の根が、襲い来る者達と彼女の間に壁を作る。

「風よ、古き盟約に従いて、我に従えっ!」

長身のエルフが唱えるは、風を巻く先住魔法。
死体が二、三体がたまらず転び、再び土に還る。
それならば良い。一体一体はあくまでも雑魚、所詮はただの死体だ。
問題は。

「うげぇえ……増えるー、不味そうなのがどんどんどんどん増えちゃうー……」

エルザは皮肉なものだとため息をつく。
自分が襲って食い殺したような死体もあるだろうに、
立場がいつの間にか逆転してしまっているだろう、と。

もこり、もこりと墓土が幾度も盛り上がる。
新鮮な腐った出来たて屍兵どもの出来上がり。
ここはレイスウォール共同墓地。
代わりとなる屍ならば文字通り腐るほどある。
まったく、冗談ではない。
雑魚ばかりなのは結構だが、キリが無い。

おまけに、だ。

「く……」

ビダーシャルが呻き声をあげる。
睨む先は自分と同じ姿をした何体もの土くれ人形。
その中のどれか一つが、これを全て操っている。
単純な話、術者を倒せば全て終わる。
だが、どれが術者か分からない。
厄介なものだ。術者も土くれの偽者というのが効いてくる。
第一、自分と戦うのは誰だって嫌なものだ。
ビダーシャルは並ぶ自分の顔に吐き気を催した。

「我が写し身よ、何故に蛮族を守ろうとする」
「何?」

自分の顔が一つが語りかける。
自分の声が、ここまで寒々しいものだったかと驚かされる。
冷え切った、氷のような、冥府からの声。
まったく、やりきれない。

「お前も知っているだろう。奴らは家畜も同然。
 神の加護を求め、泣き叫ぶだけの滑稽なる畜生共」
「何を……」

別の一体が言葉に、『何を言っているのだ』、と続けることができない。
思い出すのは、ロマリアの惨状。
光と影が分かりやすい様で線引かれた、腐った街。
富める者はぶくぶく肥え太り、貧者はさらに窮する、
忌まわしき蛮人達の許されざる光景。

「お前も気付いているのだろう。こやつら家畜に神などいない。
 求めるだけの愚かなる蛮人どもを、導いてやるのが道理であろうと」
「馬鹿なことを……」

家畜以下、それはビダーシャルもうっすら感じてしまった事実だ。
事実だけに、言い返せない。
それは間違っていると、堂々と言い返せない。

「『我は思ったことすらない』、とでも?欺瞞はやめたらどうだ、我が写し身よ。
 蛮人を食物とする吸血鬼と組んでいることこそ、何よりの論証ではないか」
「へ!?あたし!?」
「それは違うっ!!」

エルザと組んだのは偶々。利害と契約主が一致したためだけだ。
それと蛮人を卑しく思っているのとでは、話が別だ。

「矛盾した行い――それを許容したまま動くなど、我には解せぬ」
「戯言を!貴様の惑言には乗らんぞ!
 第一、禁呪を用いている貴様が言えた言葉では無い!」

エルフの禁忌を侵しながら、言えた台詞か。
ビダーシャルは珍しく怒気を露わにし、勢いとともにその腕を真横にふった。
風を巻いて自分が写し身が一体を葬る。
禁呪でできあがった土くれ人形が、土へと還る。
だがそれは、全体として意味の無い行為。

「優先順位の問題。それだけだ」
「優先順位、だと?」

術者を仕留めねば意味が無い。
そうでなければ、墓土からまた新たなビダーシャルの偽者が生みだされるだけ。
背後からの声に改めてそう気付く。

「精霊の命に従いて、愚かなる蛮人を滅するべし。それが我が最大の使命。
 精霊の御名において、我はいかなる禁忌をも犯そう――」

もこり、もこり。
墓土が持ち上がる音がするたびに、モスフングスの焦げ付く臭いが鼻腔に張り付く。
何体も何体も、屍と土くれ人形に取り囲まれ、前も後ろも逃げようが無い。

「そして、愚かなる家畜共に、正道を指し示してやろうぞ!」

歪んだ、選民思想。
精霊の力を多量に借り受けたことにより、その正気を奪われたとでもいうか。

「くっ……?」

ビダーシャルは目を背けた。
まるで自身の末路を見るのが耐えられなかった、とでもいうように。、
あるいは、自分の奥底に眠っていたそのおぞましき思考を直視できなかったのかもしれない。
蛮人を憐れみ、蛮人を家畜以下と思っていたと指摘され、ビダーシャルはたじろいでいた。
自分の中の内なる望みを指摘されたことで、動揺の色が隠せない。
まるでその欲望が、悪魔のそれであるような気がして、たじろいだ。
ビダーシャルの動きが、止まる。


「あーもうっ!ブッ飛んでる上に血が不味そうだし……最っ低の敵ぃっ!」

一人、エルザだけは真っ直ぐ戦況を判断していた。
欲望に忠実であり続けたゆえに、分かりやすく、単純に。
目の前にいるのは最低な敵、そして現状は最低な戦況。
血の補給もない上に、じわじわと追い詰めてくる敵。
おまけのおまけに、エルフのお兄ちゃんは精神的に追い詰められてるときたもんだ。
エルザは小さい体を震わせて、取り囲む不味そうな奴らを見渡した。
あぁ、最低だ!実にシンプルに、最低だ!
でも泣きつく相手すらもいない。
エルザは腹立たしげに地団太を踏んだ。



ピコン
ATE ~Passion~


トリステイン魔法学院にて、その男の命は燃え尽きようとしていた。

対峙するのは、長い胴体をもった化け物。
もし一方的にやられている様を、対峙すると言っても良いのならばだが。

そいつは、蛇ではなかった。
龍でもなかった。
姿こそは近い。
だがその性質は、龍の神たる慈悲も、蛇の捕食者の誇りも持っていなかった。

「おーいおいおい?こんなもんか?がっかりだぞ、えぇ?」
「か……は……」

例えるならば、凶悪なる稚児の性。
腹が膨れた仔虎が、弱った野ネズミを弄ぶような様。

「レベル差ってーのかね、えぇ?満足感と同時に虚無感ってのが湧いてくるぞ、っとぉ!」
「がっ……」

腹を満たすわけでも、恨みがあるわけでもない。
満たしたいものは、ただひたすらの優越感。

「ぉーぉー……もう血反吐すら出ないってか?つまんねぇー。もっと俺に生きる実感をくれよ!隊長殿ぉ!」

自身の牙を、その力を、試したいという欲求。
自分こそが、あらゆる霊長を差し置いて、新たなる高みに達したのだと言う絶頂感。
コルベールは、薄れてしまいそうな意識の中、炎の龍となったメンヌヴィルの望みを理解した。
理解したころには、いつの間にか、抗うことを、辞めていた。

『贖罪』。
犯してしまった、咎を悔いる気持ち。
覚悟を決めていたとはいえ、コルベールはやはり後ろめたさを抱いていた。
いっそ死んでしまえば。
どこか、そう願っていた節があったのかもしれない。
何より、この戦力差だ。
抗って、どうなる?立ち上がって、どうなる?
皮膚は焦げ、肺臓すら爛れている。
指先がチリチリする。口の中はカラカラだ。目の奥が熱い。
ありとあらゆる感覚が鈍くなり、自分では無い誰かがダメージを受けているようだ。
炎そのもののように熱気を発する大蛇の身体に締め付けられ、
コルベールは腕すらあげることすらできない。
気も、策も、全てを焼き尽くされ、
最早これまで、いや、これでいいさと、コルベールは意識を手放そうとしていた。

「『ファイア・ボール』!!」

鮮烈な炎が、コルベールの意識を呼び起こす。
メンヌヴィルの顎元を捕えた、火球。

「――ほぅ?」
「ぐぁ……」

とぐろを巻いたメンヌヴィルが、対応するためにしゅるりと振り回される。
乱暴に、縛めから解き放たれ、コルベールの身体が宙を舞う。
それを受け止めたのは、柔らかなる人の温もり。

「大丈夫ですか、ミスタ!!」
「ミ……ス……?」
「この温度はぁ、さっきのナイスバディなお嬢ちゃんじゃないか、えぇ?」

彼女の名は、
キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。
コルベールの生徒が、一人。
先ほどまで、命をかけて守ろうとした、大事な教え子の、一人。
逃げろと言ったのに、何故帰ってきた。
確実なる死に、何故立ち向かうというのか。

「先生を……これ以上……」
「おーおー、慕われちまってるな。隊長殿、えぇ?
 泣かせるじゃないか、えぇ?――クサくてそういうのは大嫌いだがな」

優しく、包むように師をその膝に抱え、彼女は愛おしげにその頭をなぜた。
散々馬鹿にされ続けた、禿げあがった頭を。

「ミス……な……ぜ……」

口にするは疑問符。
何故、戦える。
何故、心が折れてもなお、立ち向かえるというのだ。
何故、何故、何故。

「……女は、下がっていろと?戦うのは、男の役目だから……?
 本当に、トリステインの殿方は御立派ですわ。私が思っていたよりも、ずっと……」

霞んだコルベールの視界に、慈母のごとき頬笑みが映る。
ゆるやかに孤を描いた唇が上を向き、コルベールに安らぎを与えた。
だが、

「ですが……」

その瞳は、頬笑みとは違うもの。
恐れ、不安、怯え。
負の感情の揺らぎは確かにある。
それでもなお、その瞳には、それらを押し込めて、
はるかに輝けるものがあった。

「私は、ゲルマニアの女ですのっ!!
 勇ましい殿方に守られるだけの、ヤワな心は持ち合わせていませんことよっ!!」

焦げ付いたコルベールの脳裏に浮かんだのは、ある単語。
異文化に興味があったコルベールは、辞書も多く読んだ。
単語の意味や、語源にはるかなロマンを感じるのだ。
その彼が、最も好きな言葉がある。

元々の意味は『受難』や『困難』といった否定的な意味であった。
いつしか、幾度とない変遷を経て、その単語は元々の『受難』という意味の他に、
その苦難を乗り越えた者が持ち得るものを、
その困難に立ち向かう原動力となるものを意味するようになった。
すなわち、『Passion、情熱』と。

霞みゆく視界に映る女性。
彼女こそ、あらゆる苦難を越えてなお、胸の内にたぎる義の炎を絶やさぬ者。
真の『情熱』を持つ者だ。
コルベールが見るのは、太陽よりも暖かき灯。
母のごとき慈愛と、若き力に満ち溢れた、本物の温もりだ。
全てを焼き尽くされてもなお、自ら燃えあがろうとする、輝くばかりの力だ。
コルベールの灰となった意識に、小さな火種が燃え移った。

「――ダハハハハハハ!いい火力だぁ!火メイジはそうでなくっちゃなぁ、えぇ?」
「『フレイム・ボール 』!!」

正面から放たれた特大の炎球。
思うがままを吐き出した、まさに『情熱』そのもの。
あらゆる苦難をも退ける、小細工無用のエネルギー。

「だがよ、先生なんだろ、えぇ?隊長殿ぉ?こーゆーのは教えてらっしゃらないってか?」

だがなおも、メンヌヴィルは揺るがない。
異形となり果てたその顎門を、最大限に開け放ち、
フレイム・ボールが、まるで肉汁したたるミートボールであるかのように、
ガブリ、と一息に飲みこんだ。

「力量差の、『見極め』ってのをよ」
「あ……」

丸飲み。
自分の全てを賭けた炎が、飲み干される様。
コルベールは、自分の生徒の落胆を感じる。
情熱の炎が、キャンドルライトのように儚く消えたことを知る。

「良い熱だが……遠く及ばねぇな」

若き彼女の情熱を食らってもなお、飽くことのない胃袋を持った化け物が、
鎌首をぐぐっと持ち上げて、はるかなる頭上から師弟を見下ろした。

「今日のレッスン。『弱者は強者に食われる』!記憶したか、えぇ?」
「あ……あ……」

長く黒いシルエットが、本体よりも一足お先に2人を飲み込む。
万策、窮す。
蛇の前の蛙。
折れた膝と心は、容易には戻らない。

「そんじゃ、アバヨ!隊長殿ぉ!師弟共々消えなっ!」
「……くっ!」
「ミス……ツェルプ……」

残された最後の力を振り絞り、手を伸ばし互いを守ろうとする師弟。
そこに待つのは同じ終焉だというのに、何故に抗おうというのか。
コルベールは、その意味が、
『理由無き理由』の意味が、今になって分かった気がした。

それは、遅すぎた。あまりにも、遅すぎた。


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