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深淵 零-01


01 白の黒剣
血が一滴、したたった。
無明の闇から、
今、何かが誕生し、
世界に波紋をもたらしていく。


(…何だ、これは……)
メジナに程近い遺跡の奥で、一人の男が当惑していた。


男は黒く長い髪に白い肌、白い法衣を着ている。
背はかなり高く、やや薄い唇が酷薄そうな印象を与えている。
白い肌は北原から中原にかけて広がるサイン人によく見られる特徴だが、
黒く長い髪は金髪碧眼の多いサイン人としては珍しい。
何よりも目立つのは、顔の上半分を覆う白い仮面である。
一体如何なる仕掛けがあるのか、瞳の色すらも判別できない。
胸には支配と創造を司るとされる黒剣座の魔道師の証である、黒き剣の紋章が輝いていた。

男の名はレディアス=イル=ウォータン。
かつてはグラム山の魔道師学院で修行を積んだ魔道師であったが、道を踏み外した。
その後様々な経緯を経て、今はメジナで傭兵として日々の生活を送っていた。

今回レディアスが受けたのはこの遺跡の調査である。
伝書史であるアンウェンという傭兵も同行している。
依頼人である貴族は金払いがよく、事前にかなりの額を前渡ししてくれた。
お陰で充分な準備を整えて調査に当たることができたが、拍子抜けするほど危険に出会わず、
最深部までの調査を終えることができた。

「楽ないい仕事だったな。帰ったら《黒き盾》ででも祝いをしないか?」
前を行くアンウェンが振り返って笑いかける。

南西地方から流入してきたエザク人の血を引く浅黒い肌と瞳を持つこの若者は、
レディアスと同様メジナの街を根城にする傭兵だ。
本人は、「自分は手紙と幸福を人々に届ける伝書史だ」と主張しているのだが、
傭兵仕事の割合の方が多いのが実情であった。

レディアスとはこれまでにも何度か仕事を共にこなしてきた仲で、
その異様な気配ゆえに人が寄り付かず、自分から近づこうともしない仮面の魔道師にとって
数少ない友人であった。

「そうだな……」
レディアスも微かに口元に笑みを浮かべる。

魔道師としての活動には何かと金がかかる。
まして魔道師の総本山であるグラム山の魔道師学院から睨まれている異端の魔道師では、
いくら金があっても足りることはない。
危険な任務で割に合わない報酬しか得られないこともざらな傭兵生活では、
今回のような仕事は実にありがたいのだ。

「悪くない話だが、辞めておこう。
 さしたる用もないのに《仮面の魔道師》に居座られては、品のいい客人が寄り付くまい。
 亭主の機嫌を無駄に損ねることもなかろうよ」

《黒き盾》は石造りの都メジナでも五指に入る豪華な宿だ。
貴族や商人の好む会合場所で、普段は自分達のような身分のものには縁がない。
せいぜい依頼人の指定で訪れる程度だ。

「私は《小鹿亭》でのささやかな祝いで構わん。それより《まじない小路》で必要な、――?」

(……せよ……)

突然、レディアスは誰かに呼ばれたような感覚を味わった。
(何だ……女の、いや、少女の声?)
自分の感覚にしたがって振り向くと、そこには……、
大きな銀の鏡面が出現していたのだ。


「おいレディアス、一体そりゃ何なんだ?」
背中からアンウェンが問いかけてくる。

アンウェンは鏡を目にした瞬間にレディアスの前に飛び出して剣の柄に手をかけたが、
何も危険が起こらないのを見て取ると、少し下がってレディアスに調査を一任した。
突然姿を現した宙に浮かぶ銀の鏡…とくれば明らかに魔法的なものだろう。
レディアスに任せておけば問題ないはずだ。

だが、魔法に関しては極めて博識なこの友人は、先ほどから鏡を前にして首を傾げるばかりだ。

「………わからんな」

強い魔力を持つ鏡であるのは確認したが、如何なる星座の魔力なのか、
どういった術なのかさえまるで掴めないのだ。
こんな鏡を一瞬に、魔力の流れも感知させずに出現させる呪文は聞いたことがない。

「鏡…となると、古鏡座の呪文か?先ほどの声…鏡を介して声を遠隔地に送る術か何かか…。
 ……しかし、私を相手にそんなことをする相手に心当たりはない…な」

魔道師学院の仕業ということも考えられなくはないが、
彼らが自分に伝言なり命令なりがあるなら通火座の幻視者に通達させればよいだろう。

通火座の魔道師たちは、魔法の力に親しむ者達が頻繁に行う、
未来を予知し魔法の力を感じ取る幻視、あるいは、
未来の断片を魔法の力の流れから読み取ろうとする夢歩きと呼ばれる行為の達人だ。
驚くほど詳細に未来を見通す彼らならば、幻視を通して伝言を伝えることは容易なはずだ。
自分の現在の所在を割り出すこともできよう。

こんなわけのわからない術を使って、切れ切れのメッセージを送る必要などないのだ。

「おいおい、あんたでもわからないのか?それじゃ、依頼人から文句がくるぜ」

こんな謎めいた鏡を放置しては、依頼人は遺跡内の調査や危険の排除が完了したとは認めまい。

しばらく見ていると、唐突にふっと鏡が消える。
だが一分もしないうちに再び同じ鏡が姿を現す。
ためしに場所を移して見ると、必ずレディアスのすぐ傍に鏡が現れた。
その度に、レディアスの耳には先ほどの切れ切れの声が聞こえるのだ。

(五つの……)

(運命に………従い……)


「おいレディアス。この鏡はあんたに気があるみたいだな」

冗談めかしてそういったが、アンウェンの顔は笑っていない。
何者かがレディアスを狙っているのではないかと心配しているのだ。
この友人が後ろ暗い過去を持っていることは知っている。
誰から命を狙われていてもおかしくない立場にあるのだ。

「心配は要らん。…この鏡の『向こう』を幻視(み)てみよう、しばらく待っていてくれ」

理由はわからないが、この鏡を作り出している術者は自分に関わろうとしているようだ。
その強さすらわからぬ未知の魔性の存在に対する幻視や夢歩きを行うことはかなりの危険を伴う。
ここは無視するという手もあるが、依頼の件もある。
あえて誘いに乗り、相手の正体を見極めてやろう。

レディアスはそう考えをまとめると、鏡とその声に意識を向けた。
魔力の流れを読み取り、その先にあるものを幻視しようと試みる。



……
(深い…なんだ、この黒い海は……)
(まさかこれは、深淵? 深淵の向こうに、何がある…)


……
「……もう一度だけ……お願いします……」

深い深淵の波間の向こうで、うっすらと必死に誰かを呼ぶ女の姿…。

彼女は嘲笑を受け、孤独で、必死に誰かを求めている…。

(誰かを……私を? 深淵の向こうから、私を呼ぶ女……)
(まさか………彼女のわけはない。あの声は違ったし、彼女が私を呼ぶはずはない。 しかし……)

思い出すのは、自らが生贄として捧げた女。

レディアスは、その女の必死の嘆願に誘われるように、半ば夢現に、無意識に、鏡に触れた。

そして……。


「………レディアス? おい、どこだ?」

眩い光の収まったあとには仮面の魔道師も銀の鏡もなく。
呆然としたアンウェンだけが遺された。



……
「……アンタ、誰?」


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