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HELLOUISE IF~きっともう一度の、冴えたやり方~ (中編2)

平野にあって屍を山と生み出す、人と、そうでないモノの血戦。
それを遠く数リーグの距離から眺める者がいた。
タルブの平原と森の境目、そこにある大きな木の上に彼女が座っている。
アーカードだ。

「ふむ……意外と早かったの、みな」
「やっと見つけた。ったく、目印くらいつけておけよ」

ウォルターは悪態を吐きつつ、アーカードの目の前、彼女と同じ樹、別の枝に降り立つ。
直後、ウォルターと同じ樹の左の枝にセラスが、右隣の樹の大枝に大尉が現れた。
計で四人。ここにいるのは、血戦の主役達の使い魔である。

「お久しぶりですね、マスター」
「うむ。息災にしておったか、婦警。……そちらのワンちゃんも元気なようじゃの」
「………」

互いに挨拶を交わす。
が、大尉とアーカードは明らかに剣呑な様子を隠しもしない。
森を飛んでいた鳥が落ち、遠く戦場でグール達の動きが乱れた。
それを見て、ウォルターは嘆息しながら間に入る。

「おら、殺気立ってんじゃねぇよてめぇら。向こうでグール共が怯えてんじゃねぇか」
「おお、これはすまなんだ」
やれやれ、と首を振るアーカード。そして、僅かに目を伏せる大尉。
会えばいつも睨み合い続ける二人だが、ウォルターが釘を刺すとこうして一応は反省した素振りをみせる。
もっとも、一応、でしかないのだが。
これもまたいつものことである。既に見慣れた事象、いつもどおりの一幕だ。
もっともセラスはこれにいつまで経っても慣れないらしく、
彼女はウォルターの目の端で顔色を青くさせ、胃が痛いのかしきりに胸に手をやっていた。
彼女のそんな様子に毒気を抜かれ、ウォルターは心中で苦笑する。
――まあ、仕方ないか、と。
ウォルターはこれ見よがしに二度目の嘆息を吐く。

セラスには少しきつい状況だと解っていた。
大尉とアーカードだけではない。一見、朗らかに声を交わす四人組だが、誰一人目は笑っていないのだ。
ここまで殺気だった顔で向き合うのは本当に久しぶりのことである。
できれば話し合いで済ませたいのだが――

「や……」
「闘るのかの?」

その意志を言葉にするより先に、アーカードにそれを問われた。
端的な台詞にこめられた濃密な死の匂いに、ウォルターは我知らず背筋を震わせる。
自分の両脇の様子が、セラスが固まり、大尉が構えたのが見えた。
鋼糸を繰る両手が反応しそうになるのを必死で押さえつけながら、つまらなさそうな表情を作って言う。

「やらない。闘う気はないよ」
「ほう?」
「……」

アーカードが、大尉が、心底から意外だという表情をした。
その奥でセラスが安堵の表情を浮かべるのも見えて、ウォルターは再度苦笑する。
この面子が傷つけ合わずに済んでよかった、というところだろう。
本当に、人のいいことだ。
「なぜか、と問うてもいいかの?」
「……解っているんだろう、お前も」

アーカードが理由を問う。
だがその目の奥に、やはり、という色があるのをウォルターは見抜いていた。

「この中の誰か一人が動けば、他もみんな出なきゃならなくなるからな」
「それの何処が悪い?楽しい楽しい戦争の始まりではないか」
「これは主達の舞台だ。彼らと彼女の物語だ。僕らのじゃあない。
 劇の最中に、違う劇を始めるなんて正気の沙汰じゃないね」
「ふむ。だが――」

アーカードが反駁を重ねようとする。
けれど、何を言われるか解っていたウォルターは、それを遮って続けた。

「ああそうさ。僕らも確かにこの舞台の一員だよ。だけど、僕らの役割は観客なんだ。
 マナーの悪い観客が可笑しなことを仕出かさないよう、首輪をつけてやるのが僕らの役目だ。
 そこまで含めて演劇なんだから」
「……それでいいのか?」
「構わないさ。僕はギルデンスターンでいい、それで十全だ。ハムレットなんて二度とごめんだね。
 喜劇を見るのは好きだけど、演じるのは好きじゃないんだ」
「なるほどの。……お主がそう言うのならば、それでよい」


皮肉げに、何かを揶揄するように呟くウォルターの顔は、真剣そのもので。
紡いだ言葉はきっと、一度は考えすぎて踏み外したウォルターが、
それでも考え続けた果てに辿りついた答えだった。

そして、答えを見つけたウォルターは止まらない。

「……お前こそ、どうなんだ。何故だ、と聞かせてもらうぞ」

ウォルターは、一歩を。
一度は開いてしまった、かつてあの英国で自分が開けてしまった、彼との距離を埋めるための。

「……なぜ、彼女を止めなかった?自分の主を正真正銘の『吸血鬼』なんぞにしたのは何故だ」

大きな一歩を、踏み出した。



――それは、人間賛歌。


――それは、怪物哀歌。


――そして、遠い日の、歌。



桃色の少女が、歯を食いしばる。
ぎりぎり、ぎりぎりと。

「ルイズ、愛しいルイズ。辛いのかい?」

そして少女に問うは老いた男だ。
少女は否、と首を振る。

「いいえ、違うわ。悲しいの。切ないの。……寂しいの」

最後の一言だけは、小さく、呟くように。
少女は全て。全ては少女。
故に少女は全てを認識する。
かつて死に損ない、そしてたった今殺されていく己が領民達も。
領民達に奪われ、我々に取り込まれる命も。
それを悼み、と歯を食いしばる少女を見て、老人は薄く笑った。
とてもとても悲しい笑み。 「ルイズ、我が主。ならばもう止めてしまえばいい。今ならばまだ間に合う」
「ええ、きっとそうなのでしょうね、ワルド。ソレが一番賢い選択なのよ。
 ……でも、ごめんなさい」

そう言って俯く少女を、老人――ワルドは抱きしめる。
頭をなでると、少女が僅か、あ、と切なげな声を上げた。

「本当に。本当に本当に、君はどこまでも貴族なのだな」
「今はただのルイズよ。貴族の地位にはないわ」
「だとしても――今の君は誰よりも貴族然としている。私が、いや、僕が保証しよう」
「……ありがとう」

かつての一人称で言い直したのは如何なる理由か。
それは少女には、否、きっとワルド自身にすらはっきりとは分からなかった。
ただ少女に分かるのは、彼の声に幼き頃と同じ、自分を守ってくれる優しさが其処に込められていること。
少女がワルドを抱きしめ返す。少女は胸に顔をうずめ、二人はそのまま暫しの間を過ごす。
だがやがて、強く、未練ごと裂くかのようにワルドは少女を引き剥がし、踵を返した。
主たる少女に背を向けたままで、ワルドは言う。

「ルイズ。貴族のルイズ。君が貴族として死なんと思うならば、――笑え」
「…………」
「君は魔王として討たれることを望んだ。ならば最後まで傲岸に不遜に笑って見せろ。
 魔とは、王とはそういうものだ」
「………わかった」
「そして――忘れてくれるな。君には領民が、我々がいるということを。君はたった一人ではないということを。
 君が君としてこの道を選んだが故に、僕はここに居るということを」
「……ワルド………」

少女は微かに手を伸ばし、しかし何も掴まずに下げる。
ワルドは杖を掲げ、先を見据えた。そこは戦場。ツェルプストーという名の矢が驀地に突き進んでくる死地。
パキパキ、という音と共に、老人が消えていく。
皴が消え、髪の毛が色を取り戻し、壮年の男性が現れる。
「足止めが必要だね。僕は先にいくよ、ルイズ」

かつての心に続き、かつての――グリフォン隊の隊長として名を馳せた頃の――力と姿を取り戻したワルドは、
風と共に一瞬で消えて見せた。
残されたのはただ一人のお姫様。

「……バカ…」

いく、という言葉には多くの意味がある。
そのうちのどれをワルドが意識したかなんて、聞くまでも無かった。

「一人じゃない、って言ったくせに。先に逝ったりしたら、許さないんだからね」

少女は少し強がって、そして、泣いた。


タルブ村。
そこは戦争における要地で、だからタルブ領伯となった人間は命を落としやすかった。
だから、アルビオンの侵攻で前タルブ伯が死んだ後、係争に荒れたのは必然で。
結局、政争の果てに王家が直轄したが、要地とはいえ、王家が辺境の統治に常に気を配ったりしないのも必然で。
更に言えば、それだけ荒れたのだから、係争問題が有名になるのも必然だった。
故に、そこが盗賊に襲われたのも――ほとんど必然だった。

それはよくある悲劇だった。
ロビン・フッドの居ない現実に、当たり前に起きる悲劇だった。
ただ一ツ違ったのは、ロビン・フッドになりたかった少女が居たこと。
彼女は決定的に間に合わなかった。けれども全然遅かったわけでもなかった。
彼女が見たのは、死の村。
老人が殺され、女達が犯され、子ども達が奪われ、若い男達は手足の腱を切られてそれを眺めるしかない。
ただ一人、友人たる侍女だけは森へ逃げて純潔を守っていたものの、腹部を大きく切り裂かれて重傷を負い、
最早死を待つばかりの状態。

そんなところに、彼女は間に合ってしまった。
そう、きっとそれこそが、最大の悲劇だった。


そこまでを一息に語ると、アーカードは一度口を閉じた。
そして再び語りだす。今度は物語でなく、己の信条を。

「…わたしは。わたしはな、ウォルター」

重々しく、痛切な声色。
同時、アーカードは目線を遠くへ、数リーグ先の戦場へと向けた。

「人間とは、可能性だと思っている。人間は無限だ。無限の可能性を持った存在だ」

つられて他の全員も戦場を見遣る。
巨大な螺旋が戦場を駆け巡っているのが見えた。

「人間は弱い。だが強くなれる、何処までもな。特に――何かを背負った人間は」

それが誰を指しているかなど、聞くまでもなかった。
アーカードも含め、全員が思い浮かべたであろう、銃剣を持ったアーカードの好敵手と、小太りの戦争屋。
そして、元の世界で今も待ち続けている、アーカードの本来の主。

「何かを背負った人間は強い。それが命よりも重いものならば尚更だ。
 だが、何かを背負うというのは、可能性を狭めるということでもある。
 背負うものに圧し潰され、或いは依存して……
 人間は化け物へと成り下がる。私やアンデルセンのようにな」

大尉が遠くを見た。その先に在るのは今の主の姿か、それとも。

「だから私はローマが嫌いだ。宗教が嫌いだ。人の可能性を潰す、人を死に追いやる者達が嫌いだ。
 ――貴族が嫌いだ」

アーカードが拳を胸元に寄せる。
ぎり、と握られる拳には、何が詰まっていたのだろうか。
それは多分、アーカード自身にも分からなかった。

「ルイズはどうしようもなく貴族だった。たとえ世俗の地位に居なかったとしても、貴族だったのだ」
「……貴族としての責務に圧し潰されて、あの子は化け物になってしまった、ということですか?」
「否。もっともっと単純な話だ。
 目の前に救われぬ人間がいて、ルイズは仮初の救済を与える手段を持っていた。自身の終わりと引換のな。
 そして、『貴族として』という理由が、ルイズに最後の最後の後押しをした。それだけの話だ」

そう、それだけのことだ。
死にたくないという友人の、村人達の願いを、自らの領民にするという形でルイズは叶えた。
だがそれは魂を吸い、自身が『終わってしまう』ということ。
そうしてルイズは『ルイズだった少女』に、吸血鬼(ドラキュリーナ)になった。
そうしてアーカードは、また近しき者を『貴族』という概念に殺された。

後に残ったのは重苦しい沈黙――幾許かのそれを間に空ける。
が、突然、弾かれたように全員が顔を上げた。
視線は遠く、戦場へ。

「決着が……」
「つく、な」

それは誰の声だったか。言った者にすら分からない。
ただ一つ言えるのは、それが酷く憂いに満ちた声であったことだけだ。



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