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ゼロの使い魔×相棒 ~トリステイン魔法学院特命係~-04b

右京の話と、別の世界から来た人間である証拠として提示した携帯電話の月が一つしかない写真を見た二人の反応は、対照的だった。
 コルベールは、目を輝かせて写真に見入り、続いて携帯電話をよく見せてほしいと頼んできた。そして、携帯電話にディテクト・マジックをかけたり、いろいろな方向から見たり、
いろいろなボタンを押して出てきた他の写真や動画、音楽などに「おお、これは素晴らしい!」などと、しきりに感動していた。
 一方のオスマン氏は、机に肘をついて手を合わせ、目を閉じていた。何か考えごとをしているようであった。やがて目を開くと、興奮冷めやらぬコルベールに声をかけた。
「コルベールくん。しばらく席を外してくれ」
 てっきり異世界の話を聞けると思って、わくわくした様子で待っていたコルベールは、しぶしぶ部屋を出て行った。
 コルベールが出て行ったあと、オスマン氏は重々しくため息をついて、言葉を漏らした。
「これで二人目、か…」
「二人目? 僕以外にも、異世界からきた方がいるのですか?」
 いささか興奮した右京をなだめると、オスマン氏はゆっくりと語りだした。
「今から三十年ほど前のことじゃ…森を散策していた私は、ワイバーンに襲われた。そのとき、ひとりの男が私を救ってくれた。彼は、見たことのない武器を二本持っていた。
その一本でワイバーンを吹き飛ばすと、その場に倒れてしまった。見ると、ひどい怪我を負っておった。私は彼を学院に運び込み、手厚く看護した」
「その方は、今どこに?」
「残念ながら、看護の甲斐なく、亡くなってしまった。私は、彼が使った一本を遺体とともに墓に埋めて、もう一本を『破壊の杖』と名づけ、宝物庫にしまいこんだ。命の恩人の形見としてな…」
 オスマン氏は、遠い目をして続けた。
「死ぬ間際、彼はベッドの上でうわ言のように繰り返しておったよ。『ここはどこだ。元の世界に帰りたい』と。そのときは、怪我で錯乱しているのかと思っておったが…
今にして思えば、彼は君と同様、本当に違う世界から来たのかもしれんな」
「その方がどのようなお姿をしていたか、憶えていらっしゃいますか?」
 右京の言葉を受け、オスマン氏は紙を取り出し、記憶を思い起こしながら絵を描いていった。完成した絵を右京に見せる。
 右京は、我が目を疑った。
そこに描かれていたのは、第二次世界大戦期のアメリカ陸軍と思われる服装をした男性だった。その手には、二本の筒らしきものを持っている。これが『破壊の杖』だろう。形状や時期的に考えると、おそらく対戦車砲の類だろうか。
 いずれにせよ、これで一つのことが明らかになった。
「この絵の人物は、国籍と時代こそ違いますが、僕と同じ世界からやってきた人間です。間違いありません」
 右京は断言した。
 彼は、オスマン氏にこれまでにない確かな手応えを感じていた。キュルケの紹介は間違っていなかった。
 あえてルイズと別れてオスマン氏に会ったのは無駄ではなかった。 
 オスマン氏はおそらく帰る方法を、少なくとも手がかりを持っているのではないか。
 右京は、期待に胸を膨らませて、核心に入った。
「この方は、いったいどのようにしてこの世界へ来たのでしょうか? 僕のように、誰かがこの世界へ召喚したのでしょうか?」
 右京の気持ちを察したのだろう、オスマン氏は再びため息をつき、申し訳なさそうに言った。
「わからん。ひどい怪我で、まともに話ができる状態ではなかったからのう。彼がどんな方法でこの世界へやってきたのかは、最後までわからなんだ」
「そうですか…」
 声の調子こそ穏やかだったものの、さすがの右京も、オスマン氏の返答には落胆を隠しきれないようだった。色よい反応に期待を寄せていただけに、手がかりがあっという間に消えてしまったことへの失望もひとしおであったろう。
 自分と同じ世界の人間が、何らかの方法でこのハルケギニアにやってきていたのだから、来た方法さえわかれば帰る方法も調べれば見つけられると思っていた。
だが、結局その米軍兵士は何も語ることなく世を去ってしまっていた。知る術は、いまや完全に失われてしまったのだ。
 オスマン氏が何も知らないも同然の状態では、最初の質問で自分を疑わしい目で見ていたコルベールに聞いても無駄であろう。
「力になれんですまんの。魔法学院の学院長といっても所詮はこの程度。己の不見識を恥じるばかりじゃ…」
 オスマン氏は力なく謝った。
「いいえ、とんでもございません。僕の話を信用していただけただけで十分です」
「ありがとう。君がどういう理屈でこの世界に来たのか、私のほうでも調べてみよう。だが、あまり期待はせんでくれよ」
「ありがとうございます」
「まぁ、見つからなかったとしても『住めば都』ということもある。なんなら、嫁さんも探してやろう」
 右京は、その言葉には答えなかった。オスマン氏は場を明るくするつもりで言ったのだろうが、今の右京には笑うに笑えない冗談だった。
 重い部屋の空気に、しくじりを悟ったオスマン氏が話題を変えようと目を動かすと、コルベールが持ってきたスケッチが目に入った。そして、さっきまで右京のルーンのことで話をしていたことを思い出した。
 オスマン氏は、話すかどうか逡巡したが、どうせいつかは本人には話さなければならないことであるし、今までの言動からみるに、この男ならば冷静に受け止めるだろうと考え、話すことを決意した。
「君の左手のルーン…」
「ええ。これについてもぜひお聞きしたかったのです。コルベール先生がこれを『珍しい』とおっしゃっていたのが気になったので、僕なりにこのルーンがどういう意味を持っているのかを考えてみました」
「そうか…それで、君なりに考えて、何かわかったのかね?」
 オスマン氏は、右京の言い方が気になって、尋ねた。
「はい。このルーンの字形は、ゲルマン共通ルーンのものとほぼ同じです。それを対応するラテン文字に変換すると、“Gandalf”――“ガンダルフ”と書かれていることまではわかりました」
 右京は、懐からノートとペンを取り出すと、上に左手のルーン文字を、その下に対応させるようにラテン文字を書き、それをオスマン氏に見せた。
「なんと…! 君は、ルーンを読めるのか?」
 オスマン氏は、魔法の知識など何もないはずの右京がルーンを読めるなどとは思いもしなかったので、驚愕した。
「ですが、僕が知っている“ガンダルフ”は、イギリスの作家J・R・R・トールキンの小説『ホビットの冒険』『指輪物語』に登場する魔法使いの基になった、北欧神話に登場する魔法を使う妖精の名前か、1970年代に人気を博したレザーブランドの名前くらいしかありません。
この世界での“ガンダルフ”には、どのような意味があるのでしょうか?」
 オスマン氏は小さく唸った。
 この男は、自分が考えていた以上に豊富な知識と、それらを的確に繋ぎ合わせる聡明さ、そして自身がおかれた異常な状況にも対処できる冷静さを持ち合わせているようだ。
 見立ては正しかった。これならば『ガンダールヴ』のことを話しても問題はないだろう。
 ややあって、オスマン氏は口を開いた。
「どうやら、君に隠し立てする意味はなさそうじゃな…。わかった、お教えしよう」
オスマン氏は静かに語り始めた。
「実は君が来る直前まで、わしはコルベールくんと君のルーンのことを話し合っておったのじゃ。君が考えているとおり、そのルーンは特別な使い魔のルーンじゃ」
「特別な使い魔…」
 右京は、オスマン氏の言葉を繰り返しながらも口は挟まず、暗に続きを促した。
 オスマン氏が、机から書物とコルベールのスケッチを出して続ける。
「これは、最も偉大なメイジである始祖ブリミルが使役した伝説の使い魔『ガンダールヴ』の印じゃ。始祖ブリミルは強力な魔法を持っていたが、その力ゆえに、呪文を唱える時間が長かった。詠唱時間中のメイジは無力じゃ。
そこで、詠唱中に自らの体を守るために用いたのが『ガンダールヴ』なのじゃ」
「なるほど。主の呪文詠唱の時間を守ることに特化した使い魔だったのですね」
 右京の言葉に、オスマン氏が頷く。
「そのとおりじゃ。『ガンダールヴ』の姿かたちの記述はないが、伝えられるところによれば、あらゆる武器を使いこなし、並のメイジでは歯が立たぬほどの力を持ち、千人の軍隊を一人で壊滅せしめたそうじゃ」
 オスマン氏はそこで言葉を切り、息をついた。右京の様子を見る。
 右京は、視線を下に落としていた。頭の中で手に入れた情報を整理しているようだ。
 やがて、「一つ、よろしいでしょうか」と、右京が指を立てて質問を求めた。
「始祖ブリミルとは、どういった存在なのでしょうか?」
 オスマン氏によると、始祖ブリミルは本名を「ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ」といい、ハルケギニアでは神と並んで崇拝される伝説の偉人だという。ハルケギニアとは別の世界からやってきたともいわれ、失われた系統・虚無の魔法を扱い、
『ガンダールヴ』をはじめとする四人の使い魔を従えていた。
 そして、死期が近づくと、その強大な力を三人の子どもと一人の弟子に、指輪と秘法という形で分け与えたとされる。現在ハルケギニアに存在する四つの国、トリステイン、アルビオン、ガリア、ロマリアそれぞれの王家は、始祖ブリミルの力を受け継いだ四人の子孫だという
(ちなみに、ゲルマニアは複数の都市国家が集まってできた国なので、始祖ブリミルとの関係はない。そのため、ゲルマニア皇帝は他国の王よりも格下に見られている)。
 右京は、始祖ブリミルは自分の世界でいうところの釈尊やイエス・キリスト、ムハンマドのような存在と理解した。
「このルーンに、そのような意味があったとは…。どうやら、僕の懸念は正しかったようですね」
「懸念?」
 右京の独白の意味をはかりかねて、オスマン氏が問うた。
「はい。僕が一刻も早くあなたにお会いしたかった理由は、たとえ帰る方法がわかったとしても帰れなくなってしまうという懸念を抱いたからです」
「どういうことかね?」
 右京は、指を三本立てた。
「きっかけは、僕とミス・ヴァリエールの周りで起きた三つの特別な出来事です」

 オスマン氏に促されて、今度は右京が語り聞かせる立場になった。
 右京が、左手の人差し指を立てた。眼鏡の奥の目が鋭く光った。
「一つ目は、先ほども言いましたが、昨日コルベール先生が僕のルーンを見て『珍しい』とおっしゃって、スケッチをしておられたことです。他の生徒さんの使い魔にはそのようなことはしておられなかったようなので、気になりました。
現に、僕に刻まれたルーンは、この世界では伝説とされる『ガンダールヴ』のものでした」
 そこまで言ってから、右京はオスマン氏に質問を投げかけた。
「オスマン先生。突然の質問で申し訳ないのですが、学院としては、ミス・ヴァリエールにどのような評価をしておられたのですか?」
「ミス・ヴァリエール? ふむ…座学は優秀じゃが、実技は、代々優秀なメイジを輩出した公爵家の出であることを差し引いても、可すらつけがたいというか……こう言ってはなんじゃが、無能というか…」
 オスマン氏は非常に言いにくそうにしながらも、ルイズに対する評価を正直に答えた。
「級友の方々も同じ評価を彼女に下し、“ゼロのルイズ”と呼んでいました。その理由は、基本的な魔法すら成功させられず、爆発を起こしてしまうから。そうですね?」
「うむ。そのとおりじゃ…」
「僕が見た限りでも、ミス・ヴァリエールは校舎へ帰るときに『フライ』を使わずに徒歩であったり、部屋の施錠も鍵を使っていたりと、爆発を恐れて積極的に魔法を使おうとはしませんでした。そして今朝は、『錬金』の魔法を使おうとして爆発を起こしました」
 本人がいないとはいえ、主に対して身も蓋もない言い方をする使い魔に、オスマン氏は面食らった。
 右京はここで、指を二本立てた。
「二つ目は、その『失敗』と見なされている爆発です」
「と、いうと?」
「メイジが魔法に失敗すると爆発するのであれば、ミス・ヴァリエールへの評価にも納得できますが、それなら学院内に爆発の跡があったり、被害を抑える措置がなされていてもよさそうなものです。
ですが、そのようなものは見当たりませんでした。普通はメイジが魔法に失敗した場合は、なんの現象も起こらないそうですねえ」
「……!」
「にもかかわらず、なぜかミス・ヴァリエールだけは魔法を使おうとすると爆発させてしまう。この二つの結果には無視できない大きな落差があります。彼女の爆発現象を単純に『失敗』といってしまうことに、僕は違和感を覚えました」
「むう…そう言われれば…」
 右京の説明を聞いたオスマン氏は、目から鱗が落ちる思いだった。自分たちは、ルイズがまともにコモン・マジックすら扱えないという欠点しか見えていなかったが、考えてみればそういう見方も確かに成り立つ。
 右京が指を三本立てた。話はいよいよ佳境に入るようだ。
「そして三つ目。その『失敗』ばかりのミス・ヴァリエールが使い魔召喚の儀式で、前例のない人間を召喚し、契約に成功したことです」
 オスマン氏は、右京が言わんとするところがわかってきたようだった。右京に確認するように口を挟んだ。
「つまり、君はこう言いたいのじゃな? 君の左手に刻まれた『ガンダールヴ』のルーン、ミス・ヴァリエールが起こす爆発、そして前代未聞の人間である君の召喚と契約…これらはすべて繋がっていると…」
「はい。我々…というよりミス・ヴァリエールの周りで、これだけ特別な出来事が起こっているのは、偶然とは思えません」
 右京が、オスマン氏の指摘に肯んじた。
「じゃが、仮にそうだとしても、メイジとしては決して有能とはいえぬ彼女と契約したただの平民にすぎない君が、なぜ『ガンダールヴ』になったのか。それがわからん。君はそこをどう考えておるのかね?」
 問われた右京は、「これはあくまで僕の推測ですが」と前置きして、話し始めた。
「ミス・ヴァリエールの起こす爆発は、彼女の極めて特殊な魔法の才能の片鱗なのではないでしょうか」
「特殊な才能?」
「先ほどお話いただいた『ガンダールヴ』の伝説の中で、あなたは『千人の軍隊を一人で壊滅せしめた』と、『ガンダールヴ』に『一人』という単位をお使いになっていました。姿かたちの記述はないとのことですが、
仮に『ガンダールヴ』が人間だったとしたら…」
「…! まさか…」
 オスマン氏の表情がこわばった。
 さすがは魔法学院の学院長というべきか、右京の思わせぶりな説明から結論を察したようだった。しかし、その結論はオスマン氏にとっては信じがたいものだった。
 そんなオスマン氏を意に介することなく、右京は話を続ける。
「『ガンダールヴ』が、失われた系統・虚無の魔法を扱った始祖ブリミルの使い魔であったこと、そして四系統の魔法を扱えないミス・ヴァリエールが、人間の僕を『ガンダールヴ』にしたこと。
それらを考え合わせたとき、僕の中にある可能性が浮かびました」
「き、君は…ミス・ヴァリエールが……」
 オスマン氏の体が震えていた。その両目は、今にも飛び出さんばかりに見開かれている。
 動揺のあまり喉は渇き、声はかすれ、言葉がうまく出てこなかった。
 右京は、オスマン氏の目を見すえて言った。
「ミス・ヴァリエールは、始祖ブリミルと同じ、虚無の系統を扱うメイジなのではないか――僕は、そう考えています」
 右京の結論は、オスマン氏も話を聞く中で行き着いてはいたが、口にするにはあまりにもおそれ多いものであった。だから、右京の口からそれを聞かされたとき、オスマン氏は改めて衝撃を受けることになった。
思わず天井を仰ぐ。深い嘆息が漏れる。
 いつも飄々としたオスマン氏しか知らないミス・ロングビルが見ていたなら、さぞかし驚いたであろう。
 オスマン氏はしばらく黙りこくっていたが、やがて顔を下ろすと、右京に「失礼」と声をかけ、『ディテクト・マジック』を使った。この魔法は、対象が持つ、あるいはかけられている魔力を探知することができる。
 結果は……右京はなんの魔力も持っていない、普通の人間であった。
「やはり、ただの平民か…」オスマン氏が声を漏らした。
オスマン氏がこのような行動に出たのは、右京の説明が、途中までコルベールがオスマン氏に力説していたこととほぼ同じだったからであった。だが、碩学として知られるコルベールも、ルイズが始祖ブリミルと同じ虚無の魔法を扱えるのではないか、
ということまでは言及していなかった。
 それに加えて、右京がルーンを読めるということがオスマン氏をして、右京はメイジなのではないかという疑念を抱かせたのだった。
「どうされました?」気遣わしげな顔をする右京に、オスマン氏は静かに語りかけた。
「懸念…と最初に言っておったな。それは、どういうことかね?」
「ミス・ヴァリエールが伝説の再来ではないか――その推測が浮かんだとき、もしそれが正しかった場合、我々がどうなるかを考えました」
「それで?」
「もし本当に始祖ブリミルの再来であったとしたら、それをいつまでも隠し通しておくことは不可能です。遠からず公になる日がくるでしょう。そうなれば、王室が放っておくはずはありません。
国内の政争や国家間の外交上の切り札として祭り上げられ、利用されることは容易に予測できます。
そこまで行くと、たとえ帰る方法が見つかったとしても、帰るどころではなくなってしまうでしょう。ですから、そうなる前に、帰る方法を確保しておきたかったのです」
「確かに…。虚無のメイジと『ガンダールヴ』などという格好のオモチャが、宮廷で暇を持て余しているボンクラ貴族どもの手に渡れば、またぞろ戦を引き起こそうとか、ろくでもないことを考えるじゃろうな。
そうなれば、君たちに自由はなくなる」
「大きな力を手に入れれば、それを使わずにはいられない。どの世界でも、人間のそのような弱さは、変わらないものなのかも知れませんねえ」
 右京が、わずかに憂いを帯びた声で、オスマン氏に同意した。
「君、このことはまだ誰にも…?」
「はい。お話ししたのは、学院長先生だけです」
「それならよかった。余計な混乱を招かぬためにも、決して口外はせんでくれ。君の主、ミス・ヴァリエールにもじゃ」
「わかっております。そう言われる可能性もあると思いましたので、ミス・ヴァリエールには先に食堂へ行っていただいて、一人で参りました」
 言うまでもなかったか。本当に頭のいい男だ。
 オスマン氏は、目の前の紳士の、ベテラン教師すら及ばない恐るべき洞察力と推理力に舌を巻くとともに、細かいところまで予測して行動する聡明さに感心した。
「スギシタウキョウくん」オスマン氏は立ち上がると、右京の手を握った。
「突然この世界に連れてこられ、帰る方法もわからない。さぞ困惑しておることじゃろう。さっきも言ったが、私も学院長として、君が帰還できる方法を調べるつもりじゃ。その代わりといってはなんじゃが…」
 右京は黙ってオスマン氏の話を聞いていた。その表情は、柔和な笑みをたたえていた。
「どうか君には使い魔として、ミス・ヴァリエールを助けてやってほしい。あの娘は公爵家の名を背負った責任感からくる重圧と、魔法をまともに扱えぬ屈辱と劣等感との板ばさみで苦しんでおる。だがこればかりは教師でもどうにもできぬ。
彼女には、君のように積極的に肯定してくれる、頼れる人間が必要なのじゃ。君は信頼に値する人間じゃ。勝手なことを言っておるのは承知の上じゃが、よろしく頼む…!」
 オスマン氏は、握った手を放さぬまま、右京に頭を下げた。
「わかりました。微力ながら、ミス・ヴァリエールの使い魔として、主を守るために全力を尽くすことをお約束します」
 右京は穏やかな、しかし力強い声で承諾した。
「ありがとう…。私はいつでも君の味方じゃ。『ガンダールヴ』よ」
 オスマン氏は、コルベールにも事情を話し、右京が帰れる方法を探す協力をさせることを約束してくれた。コルベールならば、嬉々として快諾してくれるに違いない。
「ありがとうございます。非常に助かります」と右京が感謝を述べたとき、扉がノックされる音が響いた。
「わたしです、オールド・オスマン。まもなく午後の授業が始まります。三年生への特別講義の時間ですが…」
 ミス・ロングビルだった。オスマン氏がはっとなった。
「おお、もうそんな時間か! 君と話しこんでいて、すっかり時間を忘れてしまっておった。すまんのう。昼食を食べそびれてしまったな」
「いえ、心配はご無用です。貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。では、失礼いたします」
 丁寧に礼を述べ、右京は学院長室を退室した。外でずっと待っていたらしいミス・ロングビルとコルベールにお詫びと礼を述べると、右京は学院長室を後にした。
 帰る方法は結局わからなかったが、学院長の協力を取り付けたという意味では、右京にとって十分な収穫があった。それを思えば、空腹感など安いものだ。
 そんなことを思いながら廊下を歩いている右京に、声をかけたものがあった。
「あら…? ウキョウさん?」
 右京に話しかけたのは、メイドの格好をした素朴な感じの少女だった。カチューシャでまとめた黒髪がかわいらしい。
「おや、シエスタさんでしたか」
 右京がシエスタ微笑んだ。どうやら二人は互いを見知っているようだ。
「どうかなさいました?」
「いえ、大したことではありません。話に花を咲かせて、昼食の時間に遅れてしまっただけです」
「まあ。それじゃ、お腹が空いてるんじゃありませんか?」
「お気になさらず。好奇心がうずくと他のことを忘れてしまうのが、僕の悪い癖で…」
 そう言い残して去ろうとする右京を、シエスタが引き止めた。
「私についてきてください」
 シエスタの申し出を無下に断るのも失礼だと考え、右京はおとなしくシエスタの後についていくことにした。


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