あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロのロリカード-54

 長い黒髪と肩に掛かったマフラーが風に靡く。
陽光輝く真昼頃。なだらかな丘陵地帯の、少し小高いところにアーカードは立っていた。
そこからは、これから戦場となる・・・・・・決戦の地を一望することが出来た。
ロマリア艦隊とガリア両用艦隊がぶつかったと知らせがきてから既に一週間。
ガリア軍はトリステイン国内を、順調に進軍し続けていた。

 それまで国土が侵されていくのを待ったのには理由がある。
遮蔽物のなく広い空間が、決戦地として必要であったのだ。
予め敵軍進行ルートの民を避難・誘導し、今この時を以て最初の衝突と共に最後の戦が終結する。

 上空を見上げれば、艦隊が空を塗り潰さんと見紛うばかりに遊弋していた。
敵の艦隊は、大小合わせれば60隻くらいはあろうか・・・・・・竜騎兵も大量に飛び回っている。
それに相対するはトリステイン艦隊。浮かぶ数は1000隻を優に越えていて、数えるのも面倒だった。
――――――実際の数は、敵艦隊の数に遥かに満たない。殆どが『幻影』で作り出した虚像の艦隊である。
だがそのおかげで、敵軍も思うように手出しが出来ずに膠着状態が作り出されていた。

 地平を見れば、軍団が遠くに見えた。
そしてその前方に、縮尺のおかしいシルエットがさらに10体。
ヨルムンガントと、その肩に乗るウォルター。

 空中で停止している空中艦隊と違い、地上軍は確実に進軍を続けている。
このまま敵地上軍が進めば、トリステイン空中艦隊も動かざるを得ない。じきに膠着は崩れる。

 一方でトリステインの地上軍は見当たらない。
自分の後ろにいる少女二人と竜を含め、僅か三人と一匹のみ。
アーカード、ルイズ、タバサ、シルフィード。それだけが地上戦力。

  (やはり戦争は良い・・・・・・。闘争とはまた違った極上の美酒よ・・・・・・)
アーカードはひとりごちる。
戦場に於いて、人間は特別な感情を抱く。素直な感情が入り混じり、それが発露する。
無上の歓喜、至高の痛み、至純の恐怖、無限の憤怒、真実の終焉、深遠なる悲哀。
フィルターの掛からない感情は、人を等しく狂わせ・・・・・・生を実感させる。

「さて・・・・・・ぼちぼち征くとするか」
射程を考えながら、相対距離を目測しつつアーカードは言った。
するとアーカードの影が枝のように広がって形作り、真横にあった巨大な物体を掴む。
ロマリアの武器庫で眠っていたガンダールヴの『槍』。
台座部分をはずして、取り回しの効くようにしたその『槍』。

  アハトアハト
 『88mm砲』。
対空や対戦車、陣地攻撃にもその威力を発揮した近代兵器。
ルイズとタバサはシルフィードに乗って、その場を少し離れる。
ドッシリと構えたアーカード。――――――まずは一発、小手調べ。
もしヨルムンガントを貫けなければ、『ディスペル』を掛ける必要性がある。

 吸血鬼の膂力は、88mmの重量をまるで感じさせない。
そして吸血鬼の眼は、容易く正確にヨルムンガントを定める。


 ・・・・・・ふとアーカードの頭に、なんとなく既知感がよぎった。
勿論過去に似たようなことをやったことはないし、実際の光景を見たこともない。
ただ――――――自分ではない誰かが、同じようなことをやっていたような・・・・・・そんな気がした。

 轟音と共に発射された徹甲弾は、狙い違わずヨルムンガントに吸い込まれ、造作もなく破壊した。
ウォルターの驚愕の顔を見て、アーカードはほくそ笑む。
発射からワンテンポ遅れて排出された薬莢が地面に音を立てて転がり、アーカードは徹甲弾を込め直す。
その運動エネルギーを以てすれば、反射も装甲も目標破壊に際してなんら障害と足り得ない。

 見た目はただの少女が、自分の背丈よりも遥かに大きい88mm砲を振り回し、砲弾を発射する。
固定化と硬化が掛かってることをいいことに、何の気兼ねもせずに粗雑気味に扱う。
そしてスムーズに行われ続ける、普通の銃でも扱ってるが如きリロードが、その異様さをより一層際立たせていた。


「聞いてねぇええええッッ!!!」
ウォルターは力の限りに叫んだ。
ヨルムンガントを全速で走らせる。あっという間に半分にまで減らされた。
それでも砲弾は有象無象の区別なく。止まっていようが走っていようが関係なく粉砕していく。

「普通あんなモン振り回すか!?ってかなんであんなモンがあるんだ!?」
なんとか視界に捉えたその姿。88mm砲で"武装"しているアーカード。
そしてとんでもない速度で飛んでくる砲弾を、必死に振り回す糸で逸らし、切断し、止める。
それでも間隙を縫うかのように、的確に命中させてくる。
カウンター?外装に焼き入れ?なにそれおいしいの?

「クッソがぁああああッ!!上等だぁあああああッッッ!!!」
10体もあったヨルムンガントは、終には自分が乗る一体だけが残り、ひたすら集中して糸を張り巡らせる。
ウォルターは片目につけていた、各ヨルムンガントの視界を移すためのモノクルを投げ捨てる。

(あぁそうさ、弾切れまで粘ればいいんだ・・・・・・)
とりあえずはそれで、この場は乗り切れる。
一体でも残れば十分だ。そして1と0じゃ雲泥以上の大違い。

 喉が嗄れんばかりにウォルターは叫び続け、そして砲撃は途中で止んだ。
(ッッ・・・・・・!?まだわからねぇ、集中だ集中)
隙を見せるのを待っているのかも知れない。だから決して油断しない。

 ウォルターは高めたコンセントレーションを維持したまま、ヨルムンガントを慎重に走らせた。
  †

「むぅ・・・・・・しぶといのぉ」
9体までは粉砕したものの、最後の1体を集中して守るウォルターに砲弾は届かない。
このままでは、後々の直接火砲支援までに砲弾が尽きてしまう上に破壊も無理だろう。

 アーカードは一旦88mmをその場に置く、そしてルイズ達を呼んだ。
すぐにシルフィードが近付いてきて、ルイズとタバサが降り立つ。
「どうするの・・・・・・?」
ルイズは一応アーカードに問うた。

 ウォルターとヨルムンガントを同時に相手にするのは、相当きつい戦闘になる。
であれば、二人ないし三人同時に戦うしかないだろうことは、薄々わかっていた。
アーカードだけでは、ウォルターとヨルムンガントの波状攻撃を掻い潜り、ウォルターだけを狙うのは至難。
そして虚無が無ければ、ヨルムンガントに決定打は与えられない。
こういう不測の事態の為に自分達は、ここにいるのだと・・・・・・。

 そうルイズは考えていたものの、アーカードの口から出たものは別のことであった。
「再契約だ」
「・・・・・・は?」
「なにィ!?相棒本気か?」

 ルイズは呆けた声を出し、デルフリンガーが叫んだ。
ラグドリアン湖でタバサ&キュルケのコンビと闘ったあの時。
連携によって一度殺され再生した為か、アーカードの左手からルーンは消えていた。
そして再契約が及ぼす悪影響がわからないとデルフリンガーが進言し、再契約はしないという結論に至った。
それをここにきて覆すということを、アーカードは言っている。

  「ここで魔力を無駄に費やすわけにもいかぬだろう」
端的でわかりやすい帰結。
確かにこれから始まるだろう艦隊戦やジョゼフ戦に於いて、魔力消費は極力抑えたいところだった。
一般メイジであるタバサは言うに及ばず、魔力の溜まり具合が不明瞭なルイズもそこは同じ。
既に『幻影』を使用しているし、燃費の悪い『爆発』のみならず乱発はしたくなかった。

「仕方ないんかね」
デルフリンガーの観念したような口調。
万が一胸にルーンが出たら嫌だ、というワガママも言ってられない。
それにアーカードなら、どんなルーンを備えたとしてもアーカードだろう。
例外のない二度目の契約による諸々の危険性も、不死身の吸血鬼ならナチュラルに跳ね除けそうだった。

「・・・・・・わかったわ」
現状最も合理的な策だろう。
88mmを置いたことを見て取ったウォルターも、より加速して迫ってきている。
悩んでいる暇はない、即断する。
アーカードが、本当は男だというのも既に知っている。
見た目が自分より幼い少女でも、男は男。
改めてキスをするのは恥ずかしいが、そんなことを言ってる場合でもない。

 ルイズは一度だけ深呼吸をして、集中する。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール!五つの力を司るペンタゴン、この者に祝福を与え我の使い魔と為せ!」
手早く詠唱して、キスをしようとする。
そこで気付いた、ニヤニヤと笑っているアーカードの顔を。
「アンタ・・・・・・これを狙ってたわけ?」
恥ずかしがる私を見て楽しんでいる。もはや確定的。

「さぁ?なんのことやら・・・・・・。早くしないとウォルターが来てしまうぞ」
「くっ・・・・・・別に、恥ずかしくないもん」
そう言ってルイズは、目を瞑ってキスをした。
同時にアーカードの左手袋の中、左手の甲に刺激が走る。


 ――――――その時、ルイズの中で走馬灯のように記憶が思い返された。
思えば最初の契約から、目まぐるしい日常だった。
あの頃の自分はもういない。劇的と言えるほどまでに変わった。
落ちこぼれから脱却し、立派な虚無の担い手になった。
自分で言うのも難だが、現存するメイジの中でも上から数えた方が早いだろうと思う。
心なしか、目つきも前より鋭くきつくなったような気がした。

 それもこれもアーカードが召喚されてからだ。
アーカードは自分を召喚したのも、私の実力の内だと言ってくれたりもした。
が、それでもやはり今の誇れる自分が在るのはアーカードのおかげなのだ。
感謝してもし足りない。

 一秒にも満たないだろう、不思議な記憶遡行を終えてルイズに時間感覚が戻る。
ルイズは肩を抑えて拘束しようとしてきたアーカードの両手を、ガッシリと掴んで阻止した。
素早く唇を離すと、「読めてるわ」とルイズは笑った。

「フッ・・・・・・我が主も成長したものだ、あのコロはまだ可愛げがあったものを」
「そうね、立派になったわ。お・か・げ・さ・ま・でね」
ルイズは皮肉る、そしてアーカードと微笑みあった。

「・・・・・・来た」
タバサの言葉にアーカードはウォルターへと振り向くと、左手でデルフリンガーを抜いた。
手袋の下で『ガンダールヴ』のルーンが輝き、不思議な力が湧いてくるのがわかる。


「弾切れかい?それなら重畳。でも一応"ソレ"は破壊しておこう」
ヨルムンガントが手に持った大剣を振り上げる。
死の河開放の為には、今ここでアーカード達と戦っても意味はない。
だが今ここでこの88mm砲は破壊しておかないと、補給でもされたら面倒である。

「・・・・・・抵抗しないのか?」
ただ佇んで、こちらを見つめているだけのアーカード達を見て怪訝に思う。
既に弾切れだから壊れても良いと。
僕の目的が零号開放だから、今自分達が襲われる道理はないと。
――――――それで無抵抗なのか?

「いやなに、抵抗するのはお前の方だよウォルター」

(・・・・・・やはり狙って来るか)
ウォルターは当然の如く、糸でアーカードを攻撃する。
アーカードの出鼻を挫く。動き出そうとした刹那のタイミングに割り込む。
ウォルターの右手から伸びた糸が、アーカードの右手によって掴まれた。
だがアーカードの左手は、例の喋る剣で塞がっている。
次いで襲い掛かる左手の糸は防げない。
後はそのまま絡め取りズタズタにして終わり――――――。


 ――――――の、瞬間だった。
ウォルターは浮遊感を味わい、気付けば反転して空を眺めていた。
遠心力に加速のついた状態で、認識する間もなく地面に叩き付けられる。
「ッがァ・・・・・・!!」
衝撃で肺から全ての息が漏れる。体が思うように動かない。
痛みでクリアになっていく思考が、寸前の出来事を思い出しながら状況を分析し始める。
アーカードは糸を掴んだ瞬間に、自分を糸ごと振り回して投げたのだ。
刹那のタイミングで、襲い掛かった左手の糸が到達するよりも速く。

 こんなにもパワーがあったか?・・・・・・前に糸で捕えた時は十分抑え込めた筈だったのに。
無理に引き落とそうとすれば、糸を掴んだアーカードの手が逆に切断された筈なのに。
であるのに、引き落とすどころか振り回された。どこにそんな力が?
ルイズを攫った時は手加減していたのか?わからない。思考が思うように回らない。

 額のミョズニトニルンのルーンが光る。
頭は回復しきっていない、アーカードの位置もわからない。
それでも反射的にヨルムンガントを操作する。
ヨルムンガントはそのまま真正面――――アーカードがいるだろう方向――――に大剣を振り下ろした。


 衝撃と轟音と土埃が舞う筈であったが、そのどれも起こらなかった。
ウォルターが薄っすらと開けた目で見たのは、空いた右手のみで大剣を白刃取りしているアーカードの姿。
アーカードはそのまま右手で押さえた大剣を、横に捨てるように放る。
動きの止まったヨルムンガントの握る大剣は地面に虚しく刃を落とし、僅かな衝撃だけを残した。

 ――――――同時にアーカードは跳躍していた。
左手に剣を持ったまま、躯を捻転させる。その背が見えるほどまでに引き絞られる右腕。
ギチギチと音を立てて筋肉が軋み、さながら弩の如く引き絞られる必殺の貫手刀。

 ウォルターはヨルムンガントを操作しようとしたが、同時に思考が回って疑問が湧いた。
あの剣に虚無が掛けてあって、学院を襲った時のように、また関節部を狙うのでは・・・・・・ないのか?

 しかしアーカードの構えは明らかに剣術のそれではない。
アーカードお得意な、ただの貫手のそれ。
吸血鬼の・・・・・・ただ力任せで、ただ乱暴な、しかして最大の攻撃。
だがそれでは・・・・・・、反射の掛かっているヨルムンガントには通じない。

 アンデルセンと共闘しているならいざ知らず。
単独でやっても阻まれることは、学院襲撃の時で認知している筈だろう。
しかも外装の焼き入れで、前よりも遥かに頑丈だ。
まさかアーカード自身に虚無が掛かっているとでも言うのか?

 ウォルターの中で疑問が渦巻く最中。
――――――呆気なく、造作もなく、ヨルムンガントは無惨に崩れ去った。
砲弾を喰らった時よりも大きな穴をその胴体に穿ち、機能を完全に停止する。
もう色々とわけがわからな過ぎた。・・・・・・考えるのを放棄したくなるほどに。  

 ヨルムンガントが全部破壊された以上、もはや零号開放は叶うまい。
アーカードが零号開放せずに、単騎で地上軍を撃退しようとしてきた場合――――――。
――――――そのアーカードを抑え込む為のカード。
アーカードが出張って来ず、トリステイン軍が地上軍を相手にしようとしてきた場合――――――。
――――――そのトリステイン軍を蹂躙する為のカード。
ヨルムンガントはそういった事態の為の抑止力だった。

 だが既にヨルムンガントのカードは全て失われた。
後はアーカードが、単騎で地上軍に突っ込んで引っ掻き回せば進軍は止まる。
撃退など容易。時間は掛かるだろうが、殲滅すら余裕で可能だろう。
よって街も人もなく、ただ広いだけのこの戦場に於いて・・・・・・。
零号開放するような状況には、もう決して為り得ることはないのだ。

 零号開放の為の条件。
アーカード一人では如何ともし難い、急迫した状況。
その為に必要なのが時間。ひいては物量だ。
少佐が最後の大隊でロンドンを襲った時のように。
『HELLSING』の責務を果たす――――ロンドンで起こった戦火を一刻も早く鎮める――――為に。
その為にアーカード一人で敵を殲滅していたのでは遅く、到底間に合わない。
悠長に暴れてている間に、最後の大隊が、十字軍が、ロンドンのみならずイギリスを蹂躙し尽してしまうだろう。
だから全てを瞬時に飲み込む必要があった。時間を掛けず戦禍を最小限に終わらせる必要があった。

 その切り札が零号開放であり死の河。
敵も、味方も、守るべき市民すらも、あらゆる物を無に帰してしまう・・・・・・本末転倒とも思える最後の手段。
少佐が半世紀もかけて作り出した、零号開放させる為の状況。
1000人の吸血鬼化武装親衛隊、3000人の第九次空中機動十字軍。
そしてイスカリオテ、そしてヴェアヴォルフ、そしてアンデルセン、そしてこの僕の半生。
それら全てを犠牲にしてようやく引き出し作り出した、唯一アーカードを物理的に打倒できる刹那。

 そう・・・・・・アルビオンでの状況は、言ってみれば本当に偶然が重なった結果だったのだ。
突然の寝返りによって連合軍は数を減らし、撤退を余儀なくされた。
それでも容赦なく追撃は開始され、連合軍の撤退完了までその足を止める必要があった。
アンドバリの指輪によって正気を失い操られた軍は、アーカード一人で暴れたところで止まるものではない。
普通の軍団であれば、指揮系統は崩れ呆気なく進軍は止まるだろう。だがそれは傀儡と化した軍には無意味。
実際には混合軍であった為、単騎での大暴れでも間に合ったかも知れなかったが、不確定要素が多過ぎた。
よってルイズは零号開放の命令を下した。より確実に自軍を逃がす為に。


(あぁ、畜生。そうだ・・・・・・あの時に、間に合ってればなぁ・・・・・・)
あのアルビオンこそが、最大にして最後の好機だったのだ。それなのに・・・・・・。

 ウォルターは空を仰ぐ。やはり上手くいかない。
(そりゃそうか・・・・・・。あの少佐ですら、半世紀も時間を掛けてじっくりと練ったんだ・・・・・・)

 目尻に涙が溜まって零れ落ちそうになる。
結局、自分は何もかも中途半端。
少佐のように零号開放させることも出来ず。
アンデルセンのようにアーカードを追い詰めることも出来やしない。

(まぁ・・・・・・もういいか・・・・・・。どうせ今の若さと強さじゃ勝てる見込みも少なかったし・・・・・・)
ウォルターは自嘲気味に心の中で笑った。そう、裏切り者の末路などこんなものなのだ。
折角こっちの世界に召喚されて、チャンスを得たと言うのに・・・・・・本当に言葉も無い。


 ふと、日に照らされたウォルターの顔が陰る。
瞳の焦点を合わせると、アーカードがこちらの顔を覗き込んでいた。
体は回復してきた。しかし最早戦う気概は湧いてこない。喋る気すらも起こらない。
きっと呆れてるのだろうな・・・・・・と、その少女姿の端正な顔立ちを眺め続ける。
  「・・・・・・殺すならさっさと殺せよ」
悪態をつくように言う。このまま自分を生かし、見逃してくれるとは思わない。
無様に命乞いをするほど落ちぶれてもいない。
ただ・・・・・・どうせ殺されるなら、吸って欲しいと思った。
吸い殺されて・・・・・・アーカード中で生きるのも・・・・・・悪くない、と。
だがそれを言ったところで裏切り者の望みを叶えるなど、アーカードがするわけがない。

「フッ、泣いておるのか?粗忽者」
アーカードは薄く笑みを浮かべ、そのまま顔を近付ける。
一瞬キスでもされるのかと邪推したくなるほどに、魅力的で艶がかった口唇。
実際に頬と頬が触れ合うほどまで重なり、アーカードの吐息が耳に吹きかかる。
そしてアーカードはウォルターにしか聞こえない声で、耳打ちをした。
すると死んだような目をしていた、ウォルターの目が一気に見開かれる。

「・・・・・・本当か?」
「今までこの私が嘘を言ったことがあったか?」

 嘘はつかなくても、タチの悪い冗談を言う可能性はあった。
だがアーカードの真っ直ぐに微笑む紅瞳は、全く以て本気であるということを・・・・・・如実に示していた。


「見たか?あのヨルムンガントが・・・・・・まるで紙切れよ」
ガリア空中艦隊トリステイン方面軍、一隻のフリゲート艦の上でジョゼフは笑っていた。
エルフの存在露見を防ぐ為に、搭乗人員は最小限に抑えられている。
さらには水魔法によって全員が傀儡と化していた。

 よって意思疎通が可能なのは、隣にいるエルフのみ。
しかしビダーシャルは何も答えない。
ただ静かに・・・・・・目の前で起こった光景を、身じろぎせず眺望していた。
   10体ものヨルムンガント。それを難なく操ったミョズニトニルン。
恐るべきと言えるだろう。あれを相手にするには、エルフであっても手に余る。
それだけの圧倒的戦力だったウォルター。だがそれがどうだ・・・・・・?
瞬く間に壊滅に追い込んだアーカード。もはや己の力の及ぶ範囲を超えている。

「これから・・・・・・どうするつもりだ?」
ビダーシャルはジョゼフに問う。
「どうする、とは?」
ウォルターは敗れた。よって最早、死の河とやらは発動すまい。
同時に最大の戦力も失った。

「このまま無益な戦を続けるのか、ということだ」
「フッ・・・・・・俺は一度として、益ある戦なぞ望んだことはないぞ?」
ジョゼフはビダーシャルの言葉を嘲笑う。
勝ち負けなどは二の次だ。混沌とした世界が見られればそれでいい。


「今すぐに引けば、死なずに済むやも知れぬ」
「俺にはな、執着がないのだよ。己の命すらもな・・・・・・」
心を奮わせる為に地獄を起こす。その為ならばあらゆる物を犠牲にしてやる。
実感のない生なのだ。自分の命すらベットすることもなんら厭わない。
それに・・・・・・今更後戻りするくらいなら、シャルルを殺そうとした時に踏み止まるべきだった。

「あの化物がやってくるのだぞ」
この世の恐怖や畏怖の類を全て詰め込み、具現させたような存在。
そのアーカードが、勢いのままに攻め込んでくれば・・・・・・間違いなく凌ぎ切れないだろう。
アーハンブラ城で、三人同時に相手してなお追い込まれたのだ。
ただの"死"で済めばまだマシである。
今まで生きてきたことを後悔するようなことに、ならないとも限らない。

「構わぬさ、いや・・・・・・むしろ望むべきところか」
アーハンブラ城での相対は、素晴らしいものであった。
あの化物を相手にすれば、僅かながらも心が打ち震えてくれる。
恐怖。絶対の畏怖として、その間は生きている実感を得られる。


「自殺志願者を守ることはできんぞ」
「俺が死んだら帰ればよかろう」
「我が何の為に協力していると思っているのだ」

 ビダーシャルは胸中で溜息を吐く。
諭す労力すらが無駄であった。この男はもう止まらない。

(・・・・・・引き時、なのかも知れんな)
ビダーシャルは目を瞑る。
ここが分水嶺。引き際を間違えれば、己が身を危険に晒す。

 完全に見誤っていた。
この狂王と交渉したのが、そもそもの間違いであったのだ。
ジョゼフは一つ間違えば、エルフと一戦を交えていたかも知れない危険性を孕んでいた。
接触を図り交渉をしたことで、結果的にジョゼフの気を引いてしまうこともありえた。
もしも対エルフとの構図になっていたら、この狂王のことだ。凄惨な殲滅戦になっていたことだろう。

(それが回避されただけでも・・・・・・良しとするか・・・・・・)
結果論ではあるが、成果は上等だった。
此度の蛮人同士の戦は、エルフ側にとって非常にありがたいこと。
今この場で戦が終結したとて、各国の疲弊は目に見えている。
故に当分の間は、攻めて来ることが事実上不可能になったと言える。

(・・・・・・そうだな、せめて最後まで見届けさせてもらおう・・・・・・蛮人の愚かな狂王よ)



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