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第拾話「野望の仮面」b



第拾話『野望の仮面』

ちょっと世紀末模様な魔法学院から遥か離れた港町。
港と言っても海があるわけではなく、一本の巨大な樹が聳え立つ峡谷に挟まれ場所に位置する『ラ・ロシェール』
日が落ち、町の灯りでぼんやりと映るラ・ロシェールの町は一種の混乱に巻き込まれていた。
アルビオン帰りで溢れるラ・ロシェール中の傭兵が、貴族御用達の宿屋『女神の杵』亭を取り囲んでいたからだ。
それだけならまだしも、巨大な岩石で出来たゴーレムまで居るのだから、他のラ・ロシェールの住人は家に閉じ篭り閂を掛けている。

その宿屋で、大勢の傭兵に囲まれ、弓矢を間断なく撃ち込まれているという不運な目に合っているのは、今朝、学院を出発したばかりのギーシュとキュルケにタバサ。
キュルケとタバサも居るのは、朝早くにルイズ達が出かけるのを見掛け興味本位で付いてきたという事だ。

この襲撃が、アルビオン貴族による妨害だと判断したルイズとワルドは、任務を果たすべく、裏口から出て桟橋へと向かって行きここには居ない。
つまり、ここに居る三人は傭兵を引き付ける囮という事になるのだが、しばらくしてから矢が一本も撃ち込まれなくなり静寂が訪れた。

「……どういうつもりかしら?」
魔法の射程外からの牽制と、地の利を得た戦い方こそが、傭兵達が自分達に勝利する唯一の戦法なのにそれを止めた。
何か罠があるのか、それとも誘い出してゴーレムで叩き潰そうというのかと、様々な考えが浮かぶ。

「こうしても始まらないわね。とりあえず、あなたのゴーレムを一体送ってみてくれる?」
「お安い御用だ」
ギーシュが、テーブルの影で薔薇の杖を振ると、花びらが錬金されて青銅のワルキューレが生み出される。
ギーシュの心情を反映したかのように、物陰に隠れながらワルキューレが入り口へと辿り着いた。

「……何も起こらないね」
「奇妙」
矢が飛んでくるわけでもなし、ゴーレムに潰されるわけでもない。
何も起こらないだけにかえって不気味さが増していく。
まさか、この宿屋ごと叩き潰そうとでもしているのかと、最悪に近い考えが浮かんだ時、入り口から誰かが一人で入ってくるのが見えた。

「一人?何のつもりかしら?」
目深にフードを被った女が、ワルキューレなど眼中に無いかのようにはね扉を開ける。
こんな状況下で、ただの女が宿を取りに来たなどとは考えられない。
むしろ、一人で入ってきた事を考えると敵の首領格であると考えるのが自然な事だった。

「一つ分かった事があるよ」
「それは?」
そんな中、これ以上なく真剣な顔で言うので、腐っても軍人の家系のだけはあると、二人とも少しギーシュに対する評価を改めた。
「彼女が、美人だって事さ。僕の目に狂いは無い!(キリッ)」
……が、すぐに評価を戻した。
それどころか、マイナス査定である。
命が掛かってるかもしれないのに、こと女性の事になるとGOLANの有様なのだから、生き延びられれば付き合いを考える必要があるかもしれないと思ったぐらいだ。
そんな一行を無視して、女がカウンターの下で震えている店主を見付け出すと、笑みを浮かべて話しかけた。

「店主。今すぐに最上の食事を用意して」
「わ、わしの店を滅茶苦茶にして、一体どうしてくれるんだ!
テーブルは折れ、壁には矢が無数の突き刺さり、とても町一番の宿屋とは思えない惨状である。
店主が文句を言うのも当然だったが、女は意に介した風もなく、懐から杖を取り出すと『練金』の呪文を唱えた。
すると、キュルケ達が盾代わりにしていたテーブルは、あっという間に土くれと化しぼろぼろと音を立てて崩れ、
もう一度練金を唱えると、その土くれが元のテーブルへと変化した。見事なまでの練金である。
元々、土のメイジによって一枚岩から作り出されただけに、修繕は難しい事ではないのか、ボロボロだった店内は三分と経たずに元通りになっていた。

「これでどうかしら。気に入らないのなら、一度この宿屋を更地にしてあげてもいいんだけど」
さらっと脅迫染みた言葉を吐きながら女がフードを外す。
細く、高い鼻筋に切れ長の目。それにかかる眼鏡が知的な印象を与える美人が笑みを浮かべていたが
その女をよく知っているキュルケ、タバサ、ギーシュの三人は、何か化物でも見たかのようにその場から後ずさると杖を構えた。

「ミス・ロングビル……いえ、フ、フー……!」
目の前に立つ女が土くれのフーケだとキュルケが名前を言おうとした瞬間、頬をナイフが掠め後ろの壁に当たり床に落ちた。
「何か言ったかい?小娘」
表情こそ笑顔であったが、その名で呼ぶなと言わんばかりの口調が妙にアンバランスで怖い。
とりあえず、座れと促されると、三人が三人とも顔を見合わせたが、従うしかなかった。
周りが岩で囲まれた室内である以上、地の利は圧倒的に向こうにあったからだ。

「さ……て、まぁそう身構えなくてもいいよ。傭兵は外で待たせてるだけだから。」
フーケがワインの栓を抜きながら、砕けた口調で戦う意思が無い事を伝えると、杯にワインを満たすと一息に飲み干す。
その様子に毒気を抜かれたのか、幾分か緊張を解くと一番の疑問をフーケにぶつけた。
「ミス・ロングビル……よね?コルベール先生が死んだのを確認したはずだけど……」
三人とも思わず、足元に目が行く。
足は付いてるから、幽霊とかの類である事は無いようだ。

そんな三人を意に介した風もなく、フーケが二杯目を継ぎ足しながら小さく言った。
「今のはマチルダ。秘書の名前は捨てたからそっちで」
フーケ改めマチルダが軽く言うと、本来の調子を取り戻したのか、キュルケが声を荒げた。
「ふざけないで!あたしが聞いてるのは、どうして生きてるのかって事よ!」
「さぁてね。私にもよく分からないんだよ。どうしても知りたいのなら……」
途中まで話すと、何かに気付いたのかマチルダが唐突に立ち上がった。

何が何だか分からないという風の三人を無視し、マチルダが店の外へと飛び出していった。
「ま、待ちなさい!」
慌ててキュルケが追いかけ、残る二人も後に続く。
店の外ではマチルダが街の門の方をじっと眺めている。

「もう……一体何なのよ。訳が分からないじゃない」
呆れ顔でキュルケがタバサに言う。
とはいえ、訳が分からないのはタバサも同じである。
死んだはずのフーケがここに居て、奇妙な行動を取っているのだから、それは仕方ない。
溜息を付いて辺りを見回してみると、何故かギーシュが青褪めた顔をして突っ立っていた。

「……もしかして、今になって怖くなったとか?」
屈強な傭兵に囲まれているのだから、その気持ちも分からないでもない。
だが、ギーシュは首を振り、それを否定すると、ゆっくりと呟いた。

「く、来る……」
「来るって何が?」
ドットとはいえ、土系統のギーシュには地面を通じて聞こえる、微かな振動を感じる事が出来ていた。
青褪めているのは、振動が近付くにつれ、それがあまり思い出したくない物と完全に一致していたからだった。

そうしていると、町の灯りの向こうから僅かに土煙が巻き起こるのが見える。
キュルケにも薄ぼんやりとしか見えなかったが、その形がはっきりと見えるようになった時には、ギーシュが顔を青くさせている理由が分かった気がした。

\タタタ~ン♪タタタタタタタタタタッタタ~♪/

巨大で派手な、ギーシュの服以上に悪趣味な玉座に座って、聖帝様がゆったりしていらっしゃるのだから、呆れなんぞ通り越して畏怖の念すら覚えてしまう。

というより、アレで学院からここまで練り歩いてきたという事実が驚愕に値する。
しかも、聖帝号(仮)に繋がれているのは、馬ではなくヒポグリフ。
派手好きで注目を集めるのが好きなキュルケでも、裸足で逃げ出してしまいそうだ。

「聖帝様。ご要望どおり、傭兵を雇い入れお待ちしておりました」
聖帝号(仮)の到着に合わせ、マチルダが傅きサウザーを出迎えた。
御者がいい感じに焦燥しきったヒポグリフ隊の隊員っぽいのは、見なかった事にしておこうと心に決めた。
触らぬ神に……いや、この場合悪魔か。とにかく、触れてはいけない事が世の中には沢山あるのである。

サウザーはご苦労、と短く労うと玉座から降り辺りを見回す。
歴戦といった感じの傭兵達を見て、とりあえず満足したのか何時もの笑みが浮かんだ。

「……どういう事か説明して頂けると嬉しいんだけど」
サウザーが斃したはずのフーケが、生きていて、名前を変え何故かサウザーに跪いている。
おまけに、自分達を襲ってきた傭兵の雇い主はサウザーその人。
もう、お手上げという感じでキュルケが答えを求めると、最も分かり易い形でサウザーはその質問に答えた。

「……え?」
身体の内側から、重い音が響いたと思うと、あまりの理不尽さに信じられないという面持ちでキュルケが目を見張る。
その身体にはサウザーの手刀が、深々と身体に突き刺さっていた。

「う、嘘、……な…んで……」
不思議と痛みはないものの、口から流れ出てきた物は紛れも無く血。
自分の鼓動と意識が弱くなってくるのに反比例して、今まで感じた事の無い感情が大きくなっている。
消えそうな光に手を伸ばしても、光に届くことは決して無い。
息が出来なくなり、目の前が段々暗くなってくるにつれ、それが死への恐怖だという事が分かってきた。

――やだ……こんな所で死にたくない……

脳裏に映るのは、小うるさく説教をし、遂には老侯爵と結婚させようとした両親の顔。
次いで、次々と今までとっかえひっかえしてきた恋人が映り、最期に映ったのは、親友のタバサだった。

ぼんやりとタバサの声が聞こえるのは、幻聴などではないのだろう。
少し目を開けると、薄っすらと青い頭が自分の身体にすがり付いているのが見えた。
何時でも、何が起ころうとも変わらない、雪風のベールで覆われているはずのタバサの顔が崩れている。
付き合いを始めてから初めて見せた顔に、心を満たしていた恐怖心が不思議と薄らぐ。

タバサの心の奥底で眠る熱い物が、今にも冷たくなりそうなキュルケの身体を優しく包んだ。
それが、どれ程有難かったのかは言葉では言い表せない。救われたと言ってもいい。
タバサは、周りで言われているような、無愛想で無感情な少女ではない。
ただ、何かがあって、感情をひたすら押し殺しているだけなのだ。
一年かけて、微熱の炎で少しづつその氷を溶かしてきたのだが、友人の死という局面に晒され、一気に感情が流れ出したのだろう。
それだけに、一つだけ心残りな事が出来た。
それは自分が居なくなった後に、再びタバサが完全に心を凍らせてしまうのではないかという事。
また、あの一年前のように、誰とも話そうともせず、黙々と本だけを読んで事になるのではないかと思うと、キュルケの微熱が消えかけの蝋燭の炎のように燃え上がる。
最期の力を振り絞って、キュルケは優しくタバサに呟いた。

「や、約束して…タバサ……む、昔のように……もう一度ぬくもりを……」
そう言い残すと、キュルケの身体から力が抜け落ちる。
ハッとした顔になって、タバサがキュルケの胸に耳を当てるが、生命の鼓動は聞こえてこなかった。
いくら身体を揺さぶっても、いくら声をかけてもキュルケが目を覚ますことは無い。

それと同時に、昔の事が嫌でも思い出される。
父が叔父に殺されたと知った時の夜。
自分の身代わりになって、毒入りの料理を口にし、心を狂わされてしまった時の夜。
そして、名前を捨ててから、初めて出来た友達。
心に吹きすさぶ雪風を溶かしてくれるような唯一無二の友達を、理不尽な暴力で失った。
心の奥底から流れ出てくる感情に耐え切れず、タバサが涙を流しながら小さく呟いた。

「こんなに苦しいのなら……悲しいのなら……!もう、何も要らない……!!」
キュルケの最期の願いも虚しく、タバサが導き出した結論は、あの時と同じように言葉と表情を消し去る事だった。


ちょっとしたデジャヴを感じないわけではないが、サウザーは二人の寸劇を眺めている。
この後、またどういう反応をしてくれるのかと思えば、これはこれでそれなりに面白い。
なんというか、意地の悪い笑みというやつの最上のを浮かべていると、一歩下がった所に、なんとも言えない顔でフーケが立っていた。

「聖帝様、よろしいのですか?あのままでは、何か良からぬ事を起こすかもしれませんが」
「ふっ、それはそれで面白かろう」
マチルダは、感情に任せタバサがサウザーを攻撃するのではないかと危惧したのだが、どうやら心配は無さそうだった。
そうなる事も、十分予想している上でやったのだから、万が一があったとしてもサウザーが遅れを取る事は無い。
それより気の毒なのは、あの二人。
自分の身に起こった事を、サウザーは紛れも無く再現してみせてくれたのだから、この先どうなるかも想像が付く。

まったく、やる事なす事つくづく規格外な事ばかりだとため息を漏らすと、いつの間にかフードを被った見慣れない少女がタバサの後ろに立っている事に気付く。
なんだかこの前、見たことあるような気がする姿だけに、念の為、本当に念の為に一応確認しておく事にした。

「あ、あれは、まさか……その……アンリエッタ王女では……?」
「ほう、それなりの変装はさせていたのだが、さすがだな」
否定される事を切に願っていたにも関わらず、賞賛混じりに即答された事に、思わず頭を抱えそうになった。
今頃、あのジジイは大慌てなんだろうなぁ、なんて思うと、『ねぇどんな気持ち?こんな大事になって、今どんな気持ち?』とか『ざまぁ見ろ、バーカ!死ね!』と煽りたく無いわけではない。
ただ、自然に王女誘拐という事をやらかしているのだから、頭を抱えたって特に信じていない神様でも許してくれるだろう。
縛られていないあたり、無理矢理連れてきたというわけではないだろうが、周りから、特に衛士から見れば立派な誘拐である。

「心配いりません、彼女は少し眠っているだけです。そうなのでしょう?」
少女が優しくなだめる様にタバサに囁くと、次いで同意を求めるようにサウザーにそう言った。
「ふん、余計な真似を」
サウザーは否定するわけでも、肯定するわけでもなく、アンリエッタが寸劇に割り込んできたのが気に入らないと言った感じで返す。
まぁ、手品のタネは元より隠し立てはするつもりは無かったし、そろそろ時間だったので、見物を打ち切ることにした。

そんなサウザーとは対照的に、生気が消え去ったような、何の感情も篭っていない虚ろな目をしたタバサがサウザーを見据える。
手には杖が握られ、口からは機械のように『アイス・ストーム』の呪文を小さく、誰にも分からないように唱えさせていた。

サウザーとの力量差は痛いぐらいに自覚している。
それでも、例えこの身が滅びようとも、一矢報いねば何かが壊れてしまう。
そんな思いに駆られ、呪文の詠唱を終えようとした時、詠唱の声に混じって、もう二度と聞けるはずの無いと思っていた声がタバサの耳に届いた。

「う……ん……」
その小さな呻きの様な音でも、タバサの耳にはハッキリと聞こえる。
そして、今さっきなんと言われたか。

『眠っているだけ』。
確かに、眠っているだけと言った。
急いでキュルケの胸に耳を当てると、さっきとは逆に小さかった鼓動が、段々と大きくなってくる音を聞いた。

「あ、あれ、あたし、なんでこんな所で……」
夢から覚めたような形でキュルケが呟くと、胸に衝撃を受け、そこを見てみると、タバサが顔を埋めていた。
すると、段々と置かれている状況を思い出す。
サウザーに突かれて、死に掛かっていたはずなのに、今またこうして生きている。
恐る恐る胸の辺りに手をやると、規則正しい鼓動を刻んでいる事に心底安堵した。
割と本気で、屍人鬼にでもなってしまったのではないかと心配だったのだ。

「……もう大丈夫だから。それよりどうなったのか話してくれる?」
半身を起こし、タバサの頭を撫でると、タバサは小さく答える。
「……心臓……止まってた」
胸に顔を埋めながら小さな手でキュルケの服を握り締める様は、タバサを年相応の少女に見させていた。

一度死んでから、しばらくしてから息を吹き返す。
同じ様な光景を目にしていたので、サウザーの方へ視線を向けると
特に悪びれる様子も無く、面白かったとでも言わんばかりに笑いながら説明した。

「人体には七百八もの経絡秘孔がある。それを突けば、死んだように見せかける事など造作もない事よ」
南斗聖拳でも、六聖拳ぐらいの使い手になれば、ある程度の秘孔の位置は把握しているし、秘孔を突く事も出来る。
聖極輪の合図によって、互いの秘孔を突いて仮死状態にする事が出来るのだから、人を輪切りにするより容易い事だ。

「……そういう事は、言葉で説明して欲しかったんだけど。おかげで、いらない恥をかいたじゃない」
「貴様らに話したところで、経絡秘孔の事など分かるはずなかろう」
ならば、実際に味わった方が早いし、それについて何か文句でもあるのか?との言い草であったが、文句など言えるはずもなかった。
なにしろ、下手に機嫌を損ねれば、指先一つダウンし、『ひでぶ!』や『あわびゅ!』である。
マチルダが従っているのも、その辺りが理由かと察し、せっかく戻ってきた命。精一杯大事にしようと、キュルケが心に決めたのは言うまでもない。

ようやく落ち着いてきたのかタバサも、俯きながら珍しく顔を赤らめさせている。
よくよく考えてみれば、同じ事をしていた以上、フーケの時と同じようにキュルケが死んでいない事ぐらい分かりそうな物だ。
思いのほか、自分の中でのキュルケの存在が大きかったという事を再認識させられると、小さく「反省」と呟いた。
いつも見せない様子に、何か感じ入る物があったのか今度はキュルケがタバサに抱き付く。
満面の笑みでの抱擁は、息苦しくなったタバサが杖でキュルケの頭を叩くまで続けられていたが、聖帝様はもう興味無いのか、町から見える巨大な樹を眺めている。

あそこから船が出る。
飛行船みたいなものかもしれないが、この際、常識は捨ててしまった方がいいだろう。
南斗列車砲とか、南斗人間砲弾が存在する世紀末に常識なんて無いのだけれども。

夜風がラ・ロシェールの町を通り抜けると、サウザーのマントが靡く。
いい風だ。

核戦争の後、世紀末の世に覇を唱えると決意した日も、こんな風が吹いていた。
あの時は、己の配下である南斗二十九派、ユダの二十三派、シンの十数派が離脱し、残った者も大半が聖帝軍に付き、後は散り散りになった。
今や、南斗六聖拳の内、残ったのは慈母星のみ。
慈母星にしても、血統が重視された南斗宗家の象徴のようなもので、とても残された南斗を纏め上げる力は持っていない。
五車星が付いていようが、雲を除いて六星に遠く及ばない。
五星が墜ち、南斗の智将と呼ばれた南斗流鴎拳のリュウロウも既に散っている。
恐らく、南斗は衰退の時代を迎える事になるだろう。
だが、衰退はしても南斗が滅びる事は決して無い。
陽拳故に、使い手が斃れようとも、技は残る。
それに、一子相伝の鳳凰拳はここにある。
南斗鳳凰拳がある限り南斗は滅びはしない。

珍しく、過去に想いを馳せていると、夜風に混じって別の風音が向かってくるのを捉えた。
切り裂くような風切り音と、何かが砕けるような僅かな音。

「跳べッ!」
そう言うと、突如、サウザーが、その場から後ろに飛ぶ。
すると、数瞬遅れて、何かが地面を引き裂きながら通り過ぎる。

「ぶべい!」
「あぷぱ!」
流れ弾と言うべきだろうか、サウザーがかわした物を食らって避け切れなかった何人かの傭兵が悲鳴を上げる。
胸を切り裂かれた者、脚を切り裂かれ地面に倒れ伏す者様々だが、サウザーは傭兵が受けた傷よりも、地面に残った傷を見て声をあげた。

「これは……南斗聖拳!?」
地面に残されたいくつもの傷跡は、ユダの使う伝衝裂波によく似ていた。
ユダは死んだはずだが、己の例があるだけに確実に死んだと言い切れる状況ではない。
とはいえ、仮にユダだとしても、鳳凰拳相手に戦いを挑むというような真似はしない。

ならば、何らかの事情でこちらに伝わった南斗聖拳の一派か。
攻撃が飛ばされるまで、気配すら感じ取れなったところを見ると、相当の手練なのだろう。
それでもサウザーが余裕を崩す事は無い。
南斗聖拳では、南斗鳳凰拳に対抗する事は決して出来ない。
だが、裂け目を辿った出元に立っていたのは、白い仮面で顔を隠し、黒塗りの杖を握った男だった。

思わぬ伏兵の登場にマチルダは軽く舌打ちをすると、サウザーに詫びた。
「……申し訳ございません。どうやら、泳がされていたようです」
サウザーに命じられた事は、レコンキスタの内情偵察と、使える兵力の確保。
既に知り得る情報は全て伝えたので、残りは兵力の確保になるのだが、これが難しかった。
なにせ、時間もそうあるわけでもなし、一エキューすらも渡されていなかったので、貴族の屋敷でも襲おうかと本気で考えていたぐらいだ。

そこにラ・ロシェールで傭兵を使い、ルイズ達を襲撃するというレコンキスタ側の作戦があったので利用させて貰った。
あの男は、ラ・ヴェリエールの娘を追っていたはずなのに、戻ってきたのは、やはり信用されていなかったのだろう。
緊張した面持ちのマチルダとは対照的にサウザーは、相手がメイジだと知って、むしろ興味が沸いたようだった。

「構わん。だが、俺に気配を悟らさせぬとはな。何者だ」
伝衝裂波と見誤る程の威力。
実体が見えなかった事から察するに『エア・カッター』と思われるが、先程のそれは以前、タバサが見せた物とは比べ物にならない。
同じ魔法でも、使い手により威力が違うという事は知っていたが、これ程までに変わる物だとは考えていなかった。
間違いない。
こいつは、この男は、間違いなくスクウェアだ。
それも、かなりの修羅場を潜り抜けている。

であれば、ここは自ら出向かねばなるまい。
今の所、使える部下の数は限られているし無駄に消耗させるわけにもいかない。
それにこの際、誰が生殺与奪の権を握っているのか見せ付けておく必要がある。
本来の雇い主の出現に戸惑う傭兵達を押しのけ、サウザーが前に出た。

マントを投げ捨て、男の前に立つとひり付く様な空気が辺りを包み沈黙が流れる。
最早、誰も間に割って入る事は出来ないだろうし、下手に邪魔立てすれば、確実に命が無くなる。
そんな雰囲気が辺り一帯を支配していた。

「どうした?来ぬのならこちらから行くぞ」
「・・・・・・・・・・・・」
その沈黙を肯定と見なし、サウザーが立っていた場所から、瞬きの、一瞬。
そのほんの一瞬の間で仮面の男の懐へと入った。
どんな間合いからでも一瞬にして懐へと入り込む踏み込みの速さ。
俗に言う、縮地法というやつだが、サウザーが用いる物は一般の物を遥かに凌駕している。
そして、その神速の踏み込みから放たれる一撃こそが、南斗鳳凰拳が最強と呼ばれている原動力の一つ。

        南斗鳳凰拳

『極 星 十 字 拳』


並の相手なら、最初の一撃で終わる。
拳先が男を捉える瞬間、男が絶妙のタイミイングで後ろに跳び下がったかと思うと、その服が十字に切り裂かれた。

「はぁ!」
服だけしか斬れなかった事に少し驚いたが、続け様に突きを二発程繰り出す。
手刀は仮面を僅かに掠めただけで終わり、逆に男が細身の杖を連続で突いてきた。
常人から見れば、目にも止まらぬというスピードだが、サウザーからすれば見切る事は可能だ。
「うりゃあ!」
突きを皮一枚で避け、かわし様に回し蹴りを放つ。
すると、仮面の男は蹴りが放たれる事を知っていたかのように身を転げさせると、サウザーに杖を向ける。
それが魔法の発動だと悟った時には、空気が撥ねサウザーを襲っていた。
空気の塊を敵にぶつけ吹き飛ばす『エア・ハンマー』の呪文。
さすがに吹き飛ばされはしないが、風圧に押され五メイル程後ろに下がらされてしまった。

「ほう、よくぞ極星十字拳をかわした。この拳をかわしたのはお前で二人目だ」
一人は言うまでも無くケンシロウ。
そのケンシロウでも、一撃目は多少の傷を負っている。
雑魚ばかりしか居ないと思っていたが、この男は極星十字拳を全て避けきった。

あながち、ギトーが風が最強だと言っていたのも間違ってはいないのかもしれない。
そう考えたのは、風のメイジが持つ、鋭敏な感覚で風の流れを読むという特有の力が理由だ。
これは、北斗神拳奥義『空極流舞』に近い物がある。
つまり、空気の流れを読み、その流れを先読みして極星十字拳をかわしきったというわけだ。
それでも先読みと言っても簡単な事ではない。
いくらサウザーの動きを先読み出来ていても、身体が付いていかなければ、結局は同じ事なのである。

極星十字拳をかわしながら魔法を詠唱し、反撃に転じる事が出来るだけの技量。
そして、こいつが放った魔法。
風の塊を相手にぶつけるという、風の初歩的な魔法の一つだが、風圧とて極めれば立派な殺人術になり得るのだ。
さっきまでサウザーが立っていた場所から伸びる地面の跡が、その威力の高さを物語っている。
並の人間なら、あのまま吹き飛ばされて壁に叩き付けられ死んでいたかもしれない。

ビレニィプリズンに幽閉されていた、羅漢仁王拳の使い手、デビルリバース。
羅漢仁王拳奥義『風殺金剛拳』は強大な風圧を起こし、敵を殺傷する。
この男は北斗や南斗よりも遥かに長い歴史を持つ、羅漢仁王拳の奥義に匹敵する程の風を軽く起こしてみせた。

北斗南斗が二千年、羅漢仁王拳が五千年なら、メイジは六千年の歴史を持つ。
そう思うと、魔法という物も中々に奥が深い。
空極流舞に伝衝裂波、果ては風殺金剛拳のような奥義とされる秘伝の技が、ほんの初級の魔法で再現されてしまっているのだから、形無しというやつだろう。


「ふふふふ、面白い。だが、この俺の攻撃、どこまで避け続けられるかな?」
もちろん、サウザーとて今のは様子見だ。
むしろ、あっさり倒されてしまっては、せっかくの興が削がれてしまう。
折角の機会なのだから、楽しませて貰わなければ意味が無い。

数歩進むと、一気に間合いへと踏み込む。
そのスピードはさっき見せた物より数段速い。
さっきのが目にも止まらぬ速さと言うのなら、今のは目にも写らぬ速さ。
生半可な人間では、消えたと思った次の瞬間には、致命傷を負っている。
しかし、突きを繰り出すより早く、男の身体が何の動作も無く空中へと飛び上がった。

「むっ!?」
槍の如き手刀は空を貫き、何の手応えも無い。
フライの魔法一つにしろ、その早さと高さは相当な物だ。

何か仕掛けてくるかと思い見上げてみると、空には、月を背景にあの男が浮かび、こちらを見下ろしていた。
普段とは違う、一つに重なった青白く輝く月明かりを背に、人が中に浮いているというのは何とも幻想的な光景である。
どうやら、サウザーと違い、仮面の男は最後までやり合うつもりは無いらしい。
単純に勝てないと判断して逃げにかかったのか、元から探りを入れるだけが目的だったのかは分からない。

今まで、半人前か雑魚ばかりしか相手していなかったので、メイジの強さの上限という物を計る機会が無かった。
ようやく、スクウェアらしき敵が現れたというのに、こうもあっさり退かれては興醒めもいいところだ。
いつの間にか、サウザーの顔からは笑みが消え、汚物を見るかのような表情に変わっている。

「この俺から逃げようなどとは、甘く見られた物だ」
どちらにしろ、このまま見逃す聖帝様ではない。
生かして捕らえれば新しい情報を吐くかもしれない。
当然素直に吐くとは思えないが、経絡秘孔の一つ『新一』を突けば大抵の抵抗は無意味である。
なにより聖帝サウザーに逆らった者は、降伏も逃走も許されないのだ。
そう言うと、サウザーが跳んだ。

空は風の領域。
誰が言ったか知らないが、それは紛れもない事実。
風の流れを読み、フライなどにより空を駆ける。

だが、空に領域を持つのは鳳凰とて同じ。
この場の誰よりも早く、高く舞い上がる事が出来る。

「その程度で、逃げ切れるとでも思っていたのか?」
あっという間に、男の頭上に躍り出ると、挑発的な言葉を投げかける。
表情こそ、仮面に隠されて分からないが、頭上を取られた事で動きに一瞬乱れが生じた。
なまじ己の力の高さに自負があったとみえるだけに、生身の人間に上を行かれた事に動揺したのだろう。
そして、その一瞬の乱れが隙を生む事になる。
拳法の達人同士の戦いでは、僅かな気迫の乱れですら命取りになるのだ。
達人中の達人であるサウザーが、その隙を見逃すはずはない。

「喰らえ!南斗鳳凰拳――」
中空で腕を解き放とうとする様は、鳳凰が翼を広げるかの如し。
月明かりも相俟って、その姿に、どこか優雅さすらも感じさせるのは、当人の自信と南斗最強という鳳凰拳の格の高さからか。
大気を引き裂き、鋼鉄すらも切り裂く必殺の拳が、仮面の男の身体を確実に捕らえた。

「極星十字拳!」
南斗鳳凰拳は通常構えを持たないが、極星十字拳にしても決まった型という物を持たない。
構え無き構えから放たれ、その場の状況により千変万化する無想の必殺拳。
受けた敵は全て等しく十字の傷跡をその身に残す。それが極星十字拳なのである。

「やった!」
遥か眼下で傭兵達が歓喜の声を上げているが、サウザーはどうも納得できていない顔をしている。
あの隙を突いたタイミングでの極星十字拳は、かわせるはずのものではない。
それにも関わらず、手応えが僅かに違う。
違和感は些細な物でも、何百、何千と敵を切り裂いてきた拳だ。
肉を切り裂き、骨を断つ、その僅かな感触が無い事ぐらい気付ける。
そのままの勢いで身体を一回転させ地面へと着地すると、サウザーの背後から、からん、という無機質な音が届いた。

「……ふん、逃げたか?」
地面に落ちてきた物は、あの仮面一つ。
そこには傷を受けた敵どころか、血痕すらも残っていなかった。

「ふっふふ……、はははは……!くははははは!」
「せ、聖帝様!?」
相手に逃げられたというのに、悪役三段笑いを始めたサウザーを見てマチルダの頭の中で、ご乱心、という言葉が頭に浮かんだ。
当然違う。
正面から聖帝の前に立ち塞がって逃げおおせた敵は、あの男が初めてだ。
しかも、まだ何かを隠している。
これが可笑しくなくてなんだというのだ。

まだまだこの世界は底を見せていない。
エルフ等に至っては、メイジ一人の数倍の戦力になるという。
それがどうしようもなく愉快だ。
だから、笑う。
まだ見ぬ強敵に帝王の血がたぎる。

これからの闘いは儀式だ。
一度、地に墜ちた将星が、天空に舞い戻るために必要な復活の儀式。
それには眼前に立ち塞がる敵を打ち倒し、全て平伏させる事が必要だ。
敵が強大であればある程、それらを全て打ち破った時に将星は、より強く、再び極星として輝く事が出来るのだから。



テーレッテー
遂に聖帝がニューカッスルへ乗り込んだ!
刻々と刻まれる滅亡への秒読みにルイズの叫びが木霊する!!
次回!北斗の拳!
「天を舞う鳳凰!誇りと共に滅びよアルビオン!!」

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本日の経絡秘孔(使用順)
『アミバがボクサーに使ったやつ(名称不明)』効果効能:身動きが取れなくなる。
『頭顳(ずせつ)』効果効能:気絶させ、その直前の記憶を消す。
『頭亜(とうあ)』効果効能:突いた相手を自分の指示通りに動かせるようになる。
『仮死状態になる秘孔(名称不明)』効果効能:仮死状態になる。



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