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風の使い魔-02b


 才人とシエスタが出ていってからしばらくして、風助も厨房を出た。大鍋を三分の一まで減らし、マルトーに、自分達の分がなくなる、とまで言わせた。
にも関わらず、マルトーは風助を気に入ったらしく、また来いと言って送り出してくれたのだから大物である。
 そこそこ膨れた腹を抱えて散歩していると、広場に環状の人だかりが出来ていた。ぐるりと一周してみたが、
人の切れ目はなく、何が起きているのか知りようもない。どうしたものかと考えていると、
「あら? タバサ、あなたの使い魔が来たわよ」
 人だかりの中に、よく目立つ長身の赤髪を、その横に小さな青い髪を見つけた。手招きに応じて近寄る風助。そこにはタバサと、
「え~っとおめぇは……」
「キュルケよ、キュルケ」
 キュルケがいた。尤も、タバサは本に目を落としたまま、ろくに輪の中も見ていない。
「よー、何やってんだ? これ」
「決闘よ」
「決闘?」
 タバサとキュルケの間に割り込むと、輪の中央には薔薇をくわえた金髪の少年が、向かいには才人が立っていた。
才人は既に一発もらっているのか、頬を腫らし、口の端から血を流している。
「あいつら、なんでこんなことしてんだ?」
「ギーシュの逆恨みよ。それに売り言葉に買い言葉。大した理由じゃないわ」
「ふーん、でもあいつ、そんなに強いのか?」
 気障な雰囲気の少年――あれがギーシュか。ギーシュは薔薇の枝を遊ばせて、余裕の表情。
どう見ても、身体能力では才人の方がまだ優れている。
「強いのはギーシュじゃないわ。あれ」
 キュルケが指し示すのは、ギーシュの盾になるように立つ青銅色の像。人の背丈ほどもある、鎧を着込んだ女戦士の像だ。
 像は、見た目に似合わぬ機敏な動きで才人に躍りかかった。才人の蹴りは空を切り、脇腹に拳が叩き込まれる。
「ギーシュのゴーレム、ワルキューレ。戦い慣れた戦士ならまだしも、ただの平民じゃ勝てっこないわね」
「ふーん……あれも魔法か。なんかすげぇぞ。でも、止めなくていいのか?」
 キュルケは肩を竦めた。タバサの様子や、他の生徒を見るに、この場にいる大方の人間がそう思っているのだろう。
「まさか、くだらないわ。あなたこそ止めないの?」
「ケンカなら止めねぇぞ」
 風助の意外な返事に、キュルケは内心驚いていた。まるでその気になれば割って入れるような口振り。そう言いながらも、
風助はキュルケに顔を向けもせず、才人とゴーレムの戦闘を観察している。その眼も、子供のそれとは思えなかった。
 なんとなく聞いただけなのだが、あながち的外れでもなかったのかもしれない。
「ケンカで済めばいいけどね」
 そう言うと、キュルケも決闘に視線を戻す。止めはしなかったが、その言葉は嘘ではなかった。


 戦いは一方的だった。見る見るうちに才人の身体に傷が刻まれ、ワルキューレには一発も入っていない。
尤も、入れたところで、相手が銅像の身体では才人の拳が砕けるだけだ。
 焦りと痛みによるものか、攻撃は大振りになり、形勢は益々不利になるばかり。顔面は更に腫れ上がり、
あれでは前も見えないに違いない。先ほどから右手を一切使わないのは、とっくに折れているからだ。
 やがて、がら空きの顎にカウンターの拳が叩き込まれ、才人は仰向けに倒れた。これで終わり、誰もがそう思っただろう。
「これで終わりかい?」
「なんの……まだまだ」
 だが、降ってきたギーシュの問いに、才人は答えた。よろよろと立ち上がろうとしたところに、ルイズが割って入る。
涙ながらに才人を制止しているようだが、内容までは聞き取れない。聞き取れたのは一言。
「使い魔でもいい。床で寝るのも、まずい飯も我慢する。生きる為だ、しょうがねえ。けど……下げたくねえ頭は下げられねえ!!」
 立ち上がった才人の強い叫びを余所に、タバサは本を閉じた。キュルケに付き合ったが、もういいだろう。
そろそろ悪趣味だし、何より結果は見えていた。
 背を向けようとしたその時、タバサのマントを揺らして、隣にいた風助が進み出た。一歩一歩、輪の中に向かって歩いていく。
 全員の注意は啖呵を切った才人に向けられており、風助を見ていたのはキュルケと、足を止めたタバサのみ。
 ワルキューレが才人に最後の一撃を加えんと跳び出す。合わせて風助が右足をぐっと踏み込み、二人の視界から消えた。


 折れた右腕を押さえて立ち上がったものの、視界は歪むは揺れるはで、使い物にならない。
おまけに勢い付けて立ち上がったせいで、立ち眩み、足元がふらつく。
 迫るギーシュのワルキューレを前に才人は為す術なく、放たれる拳を見ていることしかできなかった。
間違いなく直撃コース。もうどこに当たっても、倒れたら立てない。
 脳裏を過ぎるのは、これで楽になれるという諦観。しかし同時に、負けたくない、折れたくないという意地もわずかに燻っていた。
だというのに、身体は意志を裏切って、まるで動いてくれない。
 懐に入ったワルキューレが拳を振り被った。才人は思わず目をつむって、来る痛みに備える。だが、いつまで待っても衝撃は訪れない。
 奇妙な浮遊感、続いて観衆のどよめき。
 ゆっくりと目を開けると、何故かギーシュの背中が映った。その先には、目の前に迫っていたはずのワルキューレ。
 状況に認識が追い付かない。混乱した思考を必死に整理していると、ふと自分の腹に何かがしがみついているのに気付いた。
「お前……風助!?」
 風助は答えなかった。ただ、風助が掴んだ服を放すと、全身が鉛になったみたいに沈み込んだ。まさか、今まで風助に支えられていたのだろうか。
 風助が向き直ったギーシュ。よく見ると、背後にいるワルキューレの拳がめり込んでいるのは、人間の胴体ほどの丸太だった。
 どこか見覚えのあるシチュエーション。アニメやゲームで見たことがある。攻撃を受ける瞬間に、物と素早く入れ替わる忍術。
 いや、まさかと思った。そんなことはあり得ないと。しかし、あれはまさしく。
「変わり身の術……?」


 ギーシュと対峙した風助は怒るでも、恐れるでもなく、ごく自然体で語りかける。
「よー、もういいんじゃねぇか? ケンカならとっくに勝負は付いてっぞ」
 一方ギーシュは、才人同様混乱していた。いつの間にか才人が背後に回り、ワルキューレの攻撃は丸太に当たっている。
だが、ヴェストリの広場にそんなものは落ちていなかったし、何より入れ替わる素振りなどなかった。
そして、目の前には、これまた、いつの間にか現れたタバサの使い魔。
 風助の言葉で、ギーシュはやっと正気に帰った。大仰に髪を掻き上げ、風助の問いに答える。
「これはケンカじゃない。決闘だよ」
「ケンカとどう違うんだ?」
「決闘とは互いの誇りを賭けて行う神聖なものさ。決闘に勝利することで、己の誇りを証明する。単なるケンカと一緒にされては困るな」
 風助はまたも首を傾げた。どんな理由で決闘に至ったのか知らないが、シエスタから聞いた話と食い違う。
「よくわかんねぇけど、貴族ってのは国を守るもんなんだろ? 弱い奴を守る為にいるおめぇが、その誇りを証明するのに弱い奴を傷つけるのか?」
「なっ!? それは……彼が僕を侮辱したからだ。彼が素直に負けを認めれば僕だって……」
 それは挑発や説教ではなく、純粋に疑問を呈しているのだろう。それ故に答え辛く、ギーシュは頭を悩ませた。
 自分とて、才人がここまで粘るとは思っていなかった。少し痛い目を見せてやろうというだけだったのだ。
それでも、こちらから申し込んだ手前、引くに引けないギーシュは、なんとか自分を正当化する理屈を捻り出す。
「……これは彼も望んだ納得ずくの決闘だ! 彼が負けを認めていないのに、君が勝手に割り込むのは、彼を侮辱することにもなりかねないぞ」
「……それもそうか」
 風助はあっさりと頷き、腕を組んで唸り始める。
 ギーシュ本人も、観衆である生徒達も肩透かしを食らった気分だった。これでは、何の為に出てきたのか分からない。
「そこまで言うなら君も彼に加勢するといい。僕は一対二でも、一向に構わない。君達で決めたまえ」
 なんだ、やはりただの子供じゃないか。風助を論破した(と思っている)ギーシュは気を良くし、妥協案を提示した。
 ここいらで寛大さを見せておかないと、器量の小さい奴だと思われかねない。現に観衆の中には、やり過ぎだと非難の視線を送る者も見受けられる。
 こう言えば、自分の面子を潰さずに終わりにできる。まさか本当に戦うはずがない。怖気づいて才人を説得し、逃げていくだろう。
 そう考えていたギーシュにとって、風助の答えはまったくの想定外だった。
「おぉ、いいのか? そんじゃそうするぞ」
 唖然とするギーシュの顔を見たタバサは、これが風助の狙いだったのだろうと分析する。実際のところどうだか分からないが、
これなら自然に介入できる。しかし――。

 侮られた。虚仮にされた。こんな平民の子供にまで馬鹿にされたのか、僕は……!

 ギーシュの顔がみるみる険しくなる。屈辱で身体は小刻みに震え、目に見えるほどの怒気に、危険を感じ取った観衆の表情が変わった。
 ギーシュが杖を振ると、一枚の花びらが剣に変わる。ギーシュはそれを掴むと、風助と才人の前に投げた。
「どっちでもいい。続けるなら剣を取りたまえ。但し、続けるなら僕も容赦はしない。今ならまだ、ごめんなさいで許してやろう」
 ギーシュは低く抑揚のない声で言い放った。その眼光は鋭く、風助を睨んでいる。
 だが風助は、ギーシュにも、突き立った剣にも背を向けた。跪く才人に向き直り、
「そういうことだ。おめぇはちょっと休んでろ」
 頭を、ぽんぽんと叩く。
 風助に、何か得体の知れないものがあるのは薄々感じている。だからといって、ギーシュを怒らせたのは自分だ。
そのとばっちりで、彼を危険に晒せない。故に才人は手を振り払い、胸倉を掴んで怒鳴った。
「馬鹿野郎! お前が勝てるわけねぇだろうが! いいから退いてろ。俺はまだ……」
 その言葉は右肩に走る激痛で、最後まで言い切ることはできなかった。風助は、跪いて肩を抑える才人の正面に立ち、背を反らせる。

 風助が才人目掛けて頭を振り下ろすと、ゴン、と鈍い音が響いた。

「つぅ~~!!」
「お~いて」
 言葉もなく、才人は頭を押さえて蹲る。突然の頭突き、しかも相当な石頭。視界がぐらつき、脳が揺れた。
 対する風助は、いつもの無表情でひりつく額をさすっている。
「馬鹿はおめぇだぞ、才人」
 ギーシュに完全に背を向け、風助は才人を見下ろす。
「今のおめぇの意地は、おめぇを心配してる奴を泣かせてまで、張り通さなきゃなんねぇもんなのか?」
 風助と才人の視線が同じ方に向く。そこには、取り巻く生徒達から一歩前に出て、祈るように両手を組むルイズの姿。
才人を案じる少女の目には涙が溜まり、今にも流れ落ちようとしていた。
 才人は下げたくない頭は下げられないと言った。強い自分でありたい、理不尽な力に己を曲げたくない、その意志は風助にもよく分かる。
ルイズがいなければ、止めなかったかもしれない。
 ただ風助には、彼が命すら懸けて戦うには、この状況は安過ぎる気がしてならなかった。
 これは余計なことで、ただのお節介。それでも大切な決闘に口を挿んだのは、単純に彼が好きだったから。だからつい、余計な世話を焼いてしまったのだ。


 改めて、風助はギーシュと相対する。周囲の反応は大きく分けて二つ。止めようにも止められないか、最初から止める気がないか、である。
「止めておきたまえ。怪我では済まない」
「気にすんな。俺はおめぇよりつえぇぞ」
 子供を傷つけるのは流石に憚られた。大人げないが、むこうがやる気で、最後通告すら無視するなら仕方がない。
「それならもう何も言うまい。君の勇気は称賛に値する」
 風助は左掌を上に向けて突き出し、その上に親指を空に立てた拳を乗せた。それを構えだと判断し、ギーシュも薔薇の杖を突き出す。
「君も木石に非ねば名ぐらいあるだろう。戦う気なら名乗りたまえ」
 風助にとって、決闘での名乗りといえば一つしかなかった。
 何年経とうと、"元"が付こうと、決して揺るがない理念。強くなりたいと願い、すべてを懸けて得た力。それこそが自分の誇り。

「元忍空組、一番隊隊長、『子忍』の風助!」

 瞬間、前から吹きつける突風がギーシュの顔を打つ。閉じた目を開くと、まるで入れ替わったかのように、
眼前のカエル顔の少年が大きく見えた。膨張する気配がそう見せかけている。
 気を抜けば飲み込まれてしまいそうな威圧感。
それは、さながら歴戦の戦士のみが発することのできる裂帛の気合(といっても歴戦の戦士と立ち合った経験などないのだが)。
 しかし、退くわけにはいかない。成り行きとはいえ、ここで引いては面目が丸潰れだ。
他人から見れば下らないプライドであっても、自分にとっては、それが拠り所なのだ。
 震える足を踏み込み、怖気づく心を奮い立たせ、ギーシュはあらん限りの声で叫んだ。
「青銅のギーシュだ!!」
 ワルキューレに号令を掛け、風助が膝を曲げる。双方共に、一触即発の状況。
 誰もが静まり返る中、一人だけ動く者がいた。ギーシュはその姿を見て、風助は足音で、それぞれ動きを止めた。


 風助はそうまでして張り通さなきゃならないのかと聞いた。横暴な主人が、心から心配してくれているのも分かっている。
「だからって……"弱い奴"呼ばわりされて黙ってられるかよ」
 事実なだけに我慢ならなかった。その一言が、消えかけていた火を再び燃え上がらせた。
 才人は立ち上がって、左手で剣を握った。剣を握ると、左手のルーンが輝きを増す。
あれほど重かった身体は重力から解放されたように軽く、視界は冴え、全身の痛みも和らいだ。身体が告げていた、まだ戦えると。
「ほんと馬鹿だなぁ、おめぇ」
 剣を支えに、力を振り絞って歩く。そんな才人を横目で見た風助は微笑んだ。
その肩に手が乗せられる。傷ついてなお、力強い意志を感じさせる手だった。
「でも俺……そんな馬鹿は嫌いじゃねぇぞ」
「まだやれる気がするんだ。風助、もう少しだけ俺にやらせてくれ」
 きっと止めても無駄なのだろう。風助は印をそっと解こうとしたのだが、
「ほら、下がっててくれよ……おっと」
 才人が風助の腕を掴んで引き戻そうとした瞬間、才人がつまづいた。なんとか持ち直したものの、
才人の掴んだ風助の手は突き出され、空を切った。傍から見れば何もないはずの真空を。

「あ」
「あ?」
「えっ?」

 風助が間の抜けた声を出すと、まず才人、そしてようやく再開かと意気込んでいたギーシュも、疑問符を発した。
それもそのはず、風助以外には気付くはずもないのだから。
 風に身を波打たせる透明な龍。才人の掴んだ風助の手が、龍の触れてはならない部位に触れてしまったことなど。

「けつ……」 

 轟、と足元から旋風が生まれた。風助の呟きを掻き消して、瞬く間に風は渦を巻いて立ち昇る。
風助と才人、ギーシュの姿を覆い隠しながら。
「うわぁぁぁあああああ!!」
 その悲鳴はギーシュと才人、どちらのものだったのか。それすら分からないまま、
たちまち渦は三人を呑み込み、塔にも達する巨大な竜巻に成長した。


「な、なんじゃ、あれは!?」
 鏡に映った広場の様子に仰天するのは、白髪に白い髭を蓄えた老人、学院長オールド・オスマンである。
広場で決闘の知らせを聞いたので、マジックアイテム『遠見の鏡』で見ていたのだが、そこに突如として巨大な竜巻が発生した。
「竜巻……ですね」
「たわけ! そんなことは見れば分かるわ!」
 呆然と呟いたのは、学院長室を訪れていた教師、コルベール。ルイズの召喚した使い魔、才人のルーンについて調べた結果、
『ガンダールヴ』に行き着いた。始祖ブリミルと共に戦ったという伝説の使い魔である。
 この世紀の大発見を報告に来たのだが、そこで見たものは途轍もないものだった。
「見てください、あれ……きゃ!」
 窓を開け放ったのはオスマンの秘書、ミス・ロングビルである。窓を開けた途端、室内に強風が吹き込み、
ロングビルは緑色の長い髪、風を受けて翻るスカートを咄嗟に押さえた。
「おぉ!?」
 オスマンの視線は、ついついはためくスカートに釘付けになるが、学院長室からでも見える巨大な竜巻を前にしては、邪な考えも吹き飛んだ。
「学院長! 生徒の避難を急がせましょう!」
「うむ。それと全教師に呼び掛けて、何としても竜巻を食い止めるんじゃ。校舎に当たれば甚大な被害が出るぞ」
 眠りの鐘を使わせておけばよかったか、などと考えても既に後の祭り。しかし、あの竜巻は誰が生み出したというのか。
 ギーシュは土のメイジである。ガンダールヴの少年がそんな力を持っていたなら、何故一方的にやられていたのか、
ということになる。となれば、もう一人の幼い少年なのか。しかし、杖も持たなければ詠唱した様子もない。
  学院長室を慌てて出ていくコルベールを、オスマンは呼び止めた。コルベールに背を向けたまま、その目は窓の外を睨んでいる。
「ミスタ・コルベール……君の言う伝説の使い魔ガンダールヴとやらは、先住魔法を使えたりしたのかね?」
「いえ……そのような記述はありませんが……」
 オスマンは手振りでコルベールとロングビルを追い払い、一人呟いた。どうやらガンダールヴ以外にも、
何かとんでもないものが呼び寄せられたようだ。 
「何だというのかのう……あれは」


――空子旋
自然の力を手にする忍空十二流派が一つ、子忍。空子旋とは、巨大な竜巻を発生させ、周囲一帯を巻き込む、子忍最大規模の忍空技。
しかし、自身を中心に竜巻を発生させる為、必然的に使い手本人も逃れられない諸刃の剣。即ち、子忍最大の自爆技である。


「やべぇ……久々にやっちまったぞ」
 荒れ狂う風の渦の中、風助は流れに逆って走る。走ると言っても、風助が走っているのは地面ではない。
巻き上げられた結果、地上から数メイル離された、風の渦の内側である。足を止めれば落下より先に風に流され、切り刻まれるだろう。
「風助! どうなってんだ、これ!」
「しゃべんな! 舌噛むぞ!」
 右手に才人を抱え、左手でギーシュの襟首を掴んでいる。ギーシュはとうに目を回しているのか、何も言わない。
 風龍の尻を突いて発動させる空子旋。過去に何度か暴発させたが、自分一人ならなんとかなった。
他人を巻き込んだこともあったが、同じ忍空使いだったので、大事には至らなかった。今は違う。
「才人! そいつのこと持って、しっかり掴まってろ!!」
 訳が分からないが、今は言うとおりにするしかない。才人は意識のないギーシュを引き寄せて、風助に抱きつく。
「うぉぉおおおおお!!」
 原因はどうあれ、今この二人を守れるのは自分しかいない。この竜巻は何としてでも止めなければ。
 雄叫びを上げた風助は両手を広げ、風の障壁――暴れ回る風龍に手を突き入れた。


 竜巻の発生により、広場は静寂から一転、混乱と悲鳴に包まれた。取り巻いていた生徒達は散り散りになって逃げ惑う。
「ちょっとこれ……まずいわよ、タバサ!」
 キュルケに言われるまでもない。タバサは本をしまい、竜巻を見る。今はまだ動いていないが、建物に当たればひとたまりもない。
 タバサは竜巻に向かって杖を掲げた。マントが風を孕んで膨れ上がる。それほどまでに風の猛威は凄まじい。
小柄な身体など、簡単に浮き上がってしまいそうなほどに。
 だが、タバサは逃げなかった。今、この場で最も風に長けたメイジは、間違いなく自分。そして、あの中には使い魔がいる。
見捨ててはおけない。それに、状況から考えても、あれを起こしたのは風助の可能性が高いのだ。
  大丈夫、この程度の危険は何度も乗り越えてきた。こんな竜巻に負けはしない。英雄的行動ではなく、
自分ならできると、勝算があると思ったからこそ、タバサはその場に留まった。
 広場に植わっていた樹の一本が限界を超えてしなり、根元から折れた。折れた枝がタバサ目がけて飛来。
咄嗟にかわしたはいいのだが、詠唱が中断された。
 しかも、心なしか竜巻が近くなっている。竜巻が動いているのではない。身体が吸い寄せられている。
 杖を地面に突き立て、それを支えに詠唱を再開。杖が長くて助かったと、心から思った。完全に勢いを殺すことはできないが、それで十分だ。
 しかし、目の前の嵐は意志を持っているかの如く、タバサに詠唱を許さない。
 続けてもう一本、樹が巻き込まれた。飛んでくるのは、竜巻に引き裂かれ、切り刻まれた樹の一部。
しかも今度は枝などと生易しいものではない。タバサの身体ほどもある塊。
 よけ切れない、直感的にそう判断した。かわす為に跳べば、吸い込まれてしまう。避けなければ叩きつけられる。
どの道同じこと。刹那の間に、無数の選択肢が閃く。
 間に合うかどうか、立て直せるかどうかは問題ではない。防御の為に杖を向けようとした時、
風圧を物ともしない火球が、迫る樹の破片を爆散させた。
 爆発の衝撃と風で、支えにした杖が外れる。急激に身体が引き寄せられたが、もうタバサの胸に不安はなかった。
風に吸い寄せられる身体が、ぐっと逆方向に引っ張られる。

「あなたは詠唱に集中して!」
「あの中には、わたしの使い魔だっているんだから!」

 誰かがマントを引っ張っている。見るまでもなく、それはルイズとキュルケだった。
 今度こそ揺るぎない確信を抱いて、タバサはルーンを詠唱する。風を三つ足し合わせた、自身の出せる最大の風。
 高々と掲げた杖から、規模は小型ながらも絶えず渦を巻く竜巻が生じた。二つの竜巻が激突する。
それらは削り合い、相殺し、ほどなくして衰え消滅した。


 騒動は、時間にして二分少々といったところか。竜巻の外にいた人間には死傷者は出ていない。
しかし、あの竜巻に最初に巻き込まれた三人の生存は、誰から見ても絶望的だった。
 タバサとルイズとキュルケ、そして遠巻きに見ている生徒達。口を開くものはおらず、
ただ土煙が晴れるのを緊張の眼差しで見ていた。数秒後、土煙の中に影が浮かび上がる。
「生きてるぞ!!」
 誰かが声を上げた。そこにいたのは、風助に肩を支えられた才人。才人に腕を掴まれたギーシュ。
そして、舌を出して笑顔を見せる風助。
 三人とも服はボロボロだが、怪我は擦り傷程度。あの竜巻に呑まれたにしては、幸運を通り越して奇跡だった。
唯一才人は、それまでの戦いの分消耗しているようだったが。
「大丈夫か? 才人」
 ぐったりと息も絶え絶えの才人に、風助は語りかけた。首に回した彼の左腕、剣を握った手の甲のルーンが淡く光っている。
「風助……お前、無茶苦茶……だなぁ……」
 途切れ途切れに言い残すと、才人の手から剣がこぼれ落ち、同時に光が消えた。肩の重みが、ずんと増す。
どうやら、意識を失ったらしい。無理もない、むしろここまで持ったのが不思議だった。
 風助は気絶している二人を引きずりながら歩いてくる。タバサは駆け寄ろうとしたが、踏み止まった。身体が自然とブレーキを掛けていた。
 畏怖、というのが一番近いだろうか。あの狂暴な竜巻を何の前動作もなく生み出した風助に、ほんのわずか警戒心が芽生えたのだ。
あの純真無垢な顔の裏には、何が隠れているのだろうか、と。
 あんな巨大な竜巻、スクウェアクラスのメイジでもなければ出せない。召喚した際、彼には魔力がないことが確認されている。
となると、もしやあれは先住魔法なのだろうか。考えれば考えるほど、迷いは深まる。
「サイト!!」
 立ち止まるタバサの横をルイズは走り抜け、才人に駆け寄っていく。遅れてきた男性教師がそれに続いた。
「ちょっと! あんた大丈夫なの!?」
「大丈夫だ、寝てるだけだぞ」
 教師はまだしも、何故ルイズは何の警戒も抱かず、近寄れるのか。たぶん考えが回っていないだけなのだろう。
だが、それだけ使い魔が心配だったに違いない。
 風助が才人とギーシュを引き渡す光景を遠巻き眺めていると、不意に背中が叩かれた。
「行かないの?」
 振り向くと、そこに居たのはキュルケだった。そうだ、自分は彼のことを何も知らないに等しい。
そして、知らなければ不安も解消されるはずがない。
 タバサはキュルケに頷くと、一歩ずつ風助に歩み寄った。


「ふぅ……流石に疲れたぞ……」
 風助はその場で尻餅をついた。空子旋の中で自分も含めた三人を守り、
なおかつ風を制御するというのは想像以上に厳しく、当分動けそうになかった。
 大の字になって寝転がると、開けた空に太陽の光が眩しい。さっきまでの嵐が嘘のように空は澄み切って、
吹き抜ける優しい風に悠然と龍が泳いでいる。
「ふぁぁあ……」
 このまま寝てしまおうかと欠伸をした時、日が翳った。違う、太陽を遮ってタバサが顔を覗きこんでいる。
「わりぃ、失敗しちまった」
 上半身のみを起き上がらせた風助は、最初にそう言った。怪我人が三人だけとはいえ、
多大な迷惑を掛けたことくらいは分かる。自分の面倒を見ているタバサが、責めを負うかもしれないことも。
「おめぇが助けてくれたんだろ? ありがとな」
 竜巻の中で確かに感じた、力強いもう一つの竜巻。渦の隙間から垣間見えたのは彼女の姿。
だから風助は、素直に謝罪と礼を口にした。
 一方、タバサはまだ戸惑っていた。やはり、あの竜巻は風助の仕業だった。では、この罰の悪そうな顔をしている少年に、
主としてどう接するべきなのか。得体の知れない力を持っている、この使い魔に。
 タバサはしばし考えると、杖を軽く持ち上げ、

「あいてっ」

 風助の頭に落とした。ゴン、と鈍い音が鳴る。
 タバサは昨夜のルイズの言葉を思い出していた。

――悪いことをした使い魔には、お仕置きが必要だわ。

 今はこれでいい。深く考える必要はないだろう。少なくとも話を聞くまでは。だから、これは自分への迷惑料としておく。
「話して」
 タバサの意図を風助も理解したらしく、頭を撫でながら立ち上がった。
「おぉ、ちゃんと話すぞ。俺のことも、忍空のことも」
 忍空とは、忍空組とは何か。そこで自分は何をしていたのか、そのすべてを。その為にはまず、国を乱した戦争から話さなければならないだろう。


EDO歴三年――かつて戦争があった。大戦の最中、わずか数十名の部隊で戦局を左右した部隊、その名を『忍空組』。
戦乱を終わらせるべく立ち上がり、一切の近代兵器を持たず剣林弾雨を駆け抜けた彼らは、民衆の間で英雄とまで謳われ、語り草になった。
戦から三年、弱き人々を守る為の力は、弱き人々に向けられていた。
戦乱の爪痕深く、堕ちた忍空の残党が蔓延る世界で今、本当の忍空を知る者は少ない。



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