「……何やってるんだか、あの二人は」
物陰から様子を窺っていたミス・ロングビルことマチルダ・オブ・サウスゴータは、ユーゼスとエレオノールのやり取りを見てそんな感想を漏らした。
半分素人のユーゼスにも見破られてしまったエレオノールの隠れ身とは違い、こちらは完全に気付かれていない。
「『初々しい』って言えば、聞こえはいいけど……」
確かあの二人は、自分よりも年上だったはずである。
だと言うのに、やり取りの内容は十代前半のそれだ。
今時はこの学院の生徒だって、もっと過激なことをやってるのに、あの年でああいう『友達以上恋人未満』みたいな微妙な関係を見ていると……じれったく感じるような、ヤキモキしてくるような、イライラしてくるような。
『もう押し倒しちまえ』だとか、『とっとと抱くなり何なりしろ』などとは言わないが、せめて正式に恋人同士になれよと言いたくなってくる。
「……ま、他人の色恋に口を出す趣味はないけどさ」
自分が口を出すことでこじれてもバツが悪いし、ここは当人同士で何とかしてもらうのがベストだろう。
「―――って、んなことはどうでもいいとして、だ」
銃士隊によって解放されたマチルダは、そのまま身を隠すと見せかけて食堂の近くに潜み、『前職』で身につけたスキルを活用して気配を殺しながら食堂内の推移を見ていた。
別に勝敗が気になったり、危なくなったら手助けしてやろうなどと考えていたわけではない。
いよいよもって危なくなったら、真っ先に魔法学院から逃げ出すためである。
この場合、必然的に学院の女子生徒たちを囮に使ってしまうのでマチルダとしても少々良心が痛まないでもなかったのだが、あいにくと縁もゆかりもないお嬢ちゃんたちにくれてやる命など、持ち合わせてはいない。
マチルダが自分の身を犠牲にしてでも助けたいと思う少女は、別にいるのだ。
こんな所で死んでたまるか、というのが正直な気持ちだった。
とは言え。
「死んでたまるか……はそうだけど、しかし、あのコルベールが死ぬとはね……」
妙な研究ばかりやっている変わり者ではあったが、しかし悪人ではなかった男。
学院の宝物庫について調べた時には、あの男に話を聞いたりもしたか。
それに授業自体は真面目にやっていたし、どうしてか学院長もかなり信頼していた。
「結局は『よく分からない男』で終わったけど……まあ、墓には花か酒の一つでも供えてやるか」
もっとも、死んだシチュエーションは少々謎なのだが。
自分はやや離れた位置から食堂の中を窺っていたので声を拾えず、詳しい事情はよく分からなかった。
……どうも色々と因縁のある相手があの場所に集まっていたらしく、何だか複雑な人間関係があったようである。
そして、最終的にはあの銃士隊隊長の平民がコルベールを刺し殺した。
「あの女の様子からして、相当恨みをかってたようだけど……」
コルベールの過去に何があったのか、マチルダは知らなかった。
余計な詮索はされるのもするのも好きではないし、深入りだってしない方がいいだろう。
人に歴史あり。
しかし歴史に関わりすぎてもあまり良いことはない。
何せ自分自身がその歴史の裏側……王の弟がエルフを愛人にしていたという事実に少なからず関わっていたのだから、実感もこもるというものである。
「ま、どうせ無関係だしねぇ」
そうしてマチルダは思考を切り替えると、今回の件を改めて振り返り始めた。
「……………」
何にせよ、まずは自分が手を下すことがなくてよかったと言える。
それなりの使い手だということがバレてしまうと、この魔法学院にいづらくなりかねないのだ。
……そもそもこういうトラブルに見舞われたこと自体が不幸だと言えなくもないのだが、ここは不幸中の幸いということにしておこう。
「色々と仕事は増えそうだけど……」
ボロボロになってしまった食堂の修繕、この事件の事後処理、関係各所への説明……などなど、片付けなくてはならない問題はいくつかある。
しかし、食いっぱぐれるかも知れないことに比べれば些細な問題だ。
ウェストウッド村への仕送りだって続けられるだろう。
この戦時下であの村の子供たちの安全そのものが気にかかりはするが、まあ、シュウもいるのだから大丈夫なはず。
そのはずだが……。
「一応、様子を見に戻るべきかね」
何と言うか、まあ、心配なものは心配なのだ。
そろそろお互いに子離れ親離れしなきゃいけないかなー、とは思うものの、そのタイミングも上手くつかめないし。
ああもう、世の父親母親は皆こんなことで悩んでいるのだろうか。
「ふぁ……」
とりとめもなく色々なことを考えていると、不意にマチルダの口からあくびが漏れる。
そう言えば、自分のように人質となった者たちは夜中に叩き起こされたのだったか。
「…………眠い」
気が付けば、太陽はもうすっかり顔を出していた。
時間的にはそろそろ朝食のはずなのだが、食堂であんなことが起きた以上は普通に出される可能性は薄いだろうし、自分で用意するのもかったるい。
「寝るか……」
数瞬の思考の後、食欲よりも睡眠欲を優先することにしたマチルダ。
ふと向こうを見ると、エレオノールが顔を真っ赤にしながらユーゼスを『レビテーション』で運んでいる。
この後に向かうのは医務室か、それとも彼の部屋か。
……まあ、何にせよ二人の中が急進展ということはないだろう、多分。
「やれやれ」
マチルダはそれを苦笑まじりに眺めたあと、魔法学院を照らす朝日に目を細めながら、あくび混じりに歩き出すのだった。
物陰から様子を窺っていたミス・ロングビルことマチルダ・オブ・サウスゴータは、ユーゼスとエレオノールのやり取りを見てそんな感想を漏らした。
半分素人のユーゼスにも見破られてしまったエレオノールの隠れ身とは違い、こちらは完全に気付かれていない。
「『初々しい』って言えば、聞こえはいいけど……」
確かあの二人は、自分よりも年上だったはずである。
だと言うのに、やり取りの内容は十代前半のそれだ。
今時はこの学院の生徒だって、もっと過激なことをやってるのに、あの年でああいう『友達以上恋人未満』みたいな微妙な関係を見ていると……じれったく感じるような、ヤキモキしてくるような、イライラしてくるような。
『もう押し倒しちまえ』だとか、『とっとと抱くなり何なりしろ』などとは言わないが、せめて正式に恋人同士になれよと言いたくなってくる。
「……ま、他人の色恋に口を出す趣味はないけどさ」
自分が口を出すことでこじれてもバツが悪いし、ここは当人同士で何とかしてもらうのがベストだろう。
「―――って、んなことはどうでもいいとして、だ」
銃士隊によって解放されたマチルダは、そのまま身を隠すと見せかけて食堂の近くに潜み、『前職』で身につけたスキルを活用して気配を殺しながら食堂内の推移を見ていた。
別に勝敗が気になったり、危なくなったら手助けしてやろうなどと考えていたわけではない。
いよいよもって危なくなったら、真っ先に魔法学院から逃げ出すためである。
この場合、必然的に学院の女子生徒たちを囮に使ってしまうのでマチルダとしても少々良心が痛まないでもなかったのだが、あいにくと縁もゆかりもないお嬢ちゃんたちにくれてやる命など、持ち合わせてはいない。
マチルダが自分の身を犠牲にしてでも助けたいと思う少女は、別にいるのだ。
こんな所で死んでたまるか、というのが正直な気持ちだった。
とは言え。
「死んでたまるか……はそうだけど、しかし、あのコルベールが死ぬとはね……」
妙な研究ばかりやっている変わり者ではあったが、しかし悪人ではなかった男。
学院の宝物庫について調べた時には、あの男に話を聞いたりもしたか。
それに授業自体は真面目にやっていたし、どうしてか学院長もかなり信頼していた。
「結局は『よく分からない男』で終わったけど……まあ、墓には花か酒の一つでも供えてやるか」
もっとも、死んだシチュエーションは少々謎なのだが。
自分はやや離れた位置から食堂の中を窺っていたので声を拾えず、詳しい事情はよく分からなかった。
……どうも色々と因縁のある相手があの場所に集まっていたらしく、何だか複雑な人間関係があったようである。
そして、最終的にはあの銃士隊隊長の平民がコルベールを刺し殺した。
「あの女の様子からして、相当恨みをかってたようだけど……」
コルベールの過去に何があったのか、マチルダは知らなかった。
余計な詮索はされるのもするのも好きではないし、深入りだってしない方がいいだろう。
人に歴史あり。
しかし歴史に関わりすぎてもあまり良いことはない。
何せ自分自身がその歴史の裏側……王の弟がエルフを愛人にしていたという事実に少なからず関わっていたのだから、実感もこもるというものである。
「ま、どうせ無関係だしねぇ」
そうしてマチルダは思考を切り替えると、今回の件を改めて振り返り始めた。
「……………」
何にせよ、まずは自分が手を下すことがなくてよかったと言える。
それなりの使い手だということがバレてしまうと、この魔法学院にいづらくなりかねないのだ。
……そもそもこういうトラブルに見舞われたこと自体が不幸だと言えなくもないのだが、ここは不幸中の幸いということにしておこう。
「色々と仕事は増えそうだけど……」
ボロボロになってしまった食堂の修繕、この事件の事後処理、関係各所への説明……などなど、片付けなくてはならない問題はいくつかある。
しかし、食いっぱぐれるかも知れないことに比べれば些細な問題だ。
ウェストウッド村への仕送りだって続けられるだろう。
この戦時下であの村の子供たちの安全そのものが気にかかりはするが、まあ、シュウもいるのだから大丈夫なはず。
そのはずだが……。
「一応、様子を見に戻るべきかね」
何と言うか、まあ、心配なものは心配なのだ。
そろそろお互いに子離れ親離れしなきゃいけないかなー、とは思うものの、そのタイミングも上手くつかめないし。
ああもう、世の父親母親は皆こんなことで悩んでいるのだろうか。
「ふぁ……」
とりとめもなく色々なことを考えていると、不意にマチルダの口からあくびが漏れる。
そう言えば、自分のように人質となった者たちは夜中に叩き起こされたのだったか。
「…………眠い」
気が付けば、太陽はもうすっかり顔を出していた。
時間的にはそろそろ朝食のはずなのだが、食堂であんなことが起きた以上は普通に出される可能性は薄いだろうし、自分で用意するのもかったるい。
「寝るか……」
数瞬の思考の後、食欲よりも睡眠欲を優先することにしたマチルダ。
ふと向こうを見ると、エレオノールが顔を真っ赤にしながらユーゼスを『レビテーション』で運んでいる。
この後に向かうのは医務室か、それとも彼の部屋か。
……まあ、何にせよ二人の中が急進展ということはないだろう、多分。
「やれやれ」
マチルダはそれを苦笑まじりに眺めたあと、魔法学院を照らす朝日に目を細めながら、あくび混じりに歩き出すのだった。
マチルダがウェストウッド村の安否について思いを馳せた、半日ほど後。
そのウェストウッド村では、シュウ・シラカワが神妙な顔で考えごとをしていた。
「……ふむ。やはりネックとなるのは発動させるためのエネルギーですか」
ハルケギニアとラ・ギアスを往復して持ち込んだ電子端末を操作し、シュウは『目下の研究対象』にして懸念事項に取り掛かる。
「ゲッター線は下手をすると取り込まれる危険性がありますし、アンチA.T.フィールドも一歩間違えればハルケギニアの住人がLCLになってしまう……。ムートロンもポテンシャルを十分に引き出せるのはライディーンのみ……」
とは言え、『研究対象』の仕組み自体は既に解析が完了していた。
『研究対象』が存在する場所についても、すでに絞り込みは出来ている。
最初は自分の愛機であるネオ・グランゾンを疑ってみたが、よくよく考えてみれば『このネオ・グランゾン』にはエアロゲイター……ゼ・バルマリィ帝国のものを元にした技術は使われていても、それ以外の異星人の技術は使われていない。
むしろゼ・バルマリィ帝国製のブラックホールエンジンを元にして、対消滅エンジンを自分で作って搭載したのである。
『この世界の』グランゾン、およびネオ・グランゾンについては、開発者である自分が一番よく分かっているのだ。
自分の機体には、妙な仕掛けは施されていない。
つまり求める『研究対象』は、ハルケギニアのどこかに存在していることになる。
あとはどこに存在するのかの調査になるが……まあ、それだけ分かってしまえばそれほどの手間ではなかった。
「……………」
しかし問題は、そのために必要なエネルギーだった。
出来ればタキオン粒子に似た性質を持ち。
エネルギー自体が成長するようなもので。
なおかつ、扱いやすいものが望ましいのだが……。
「……私の知識にあるものでは、どうにもならないようですね」
候補として上がったのは、性質に興味をそそられても扱いがきわめて危険だったり、あるいは特定のロボットや人間にしか扱えないようなものばかり。
いくら何でも、『研究対象』の解決と一緒にハルケギニアも崩壊させるのはよろしくない。
また、出来れば余計な因子をこれ以上ハルケギニアに持ち込みたくもない。
要するに、シュウが独力で何とかしなければならないというわけである。
「ここは一度、地上に出る必要がありますか……」
シュウが地上……いわゆる『地球世界』に出たのは、イージス計画の阻止のために月面に上がったのが最後だった。
色々な手段を使って入手した情報によると、あれ以降にも地球には様々な事件が起こり、新たな技術やエネルギーが開発・発見・活用されたりしたらしい。
その中に必ずしもシュウの目的と合致するものがあるとは限らないが……いずれにせよそれらの新技術・新エネルギーについて興味はあるし、知識を得て損はないだろう。
そうと決まれば、ハッキングの準備でも進めておくか。
今後の行動指針をそう決定し、準備に取り掛かり始めると……。
「シュウさん、いますかー?」
コンコン、という控えめなノックと共に、これもまた控えめな少女の声が響く。
シュウは端末を操作する手を止め、その少女の声に応じた。
「おや、もう夕食の時間ですか?」
「はい。……こっちの部屋に持ってきた方がよかったですか?」
わずかに開けられたドアから、金髪に長い耳の少女がヒョイと顔を出す。
少女……ティファニアに対してわずかに微笑みながら、シュウは作業の手を止めて立ち上がった。
「いえ、ちょうど研究も一段落したところですからね。気分転換も兼ねて、皆さんと食事を取るとしましょう」
「はいっ」
そうして二人は連れ立って食卓へと向かう。
ごく短い距離を移動する間、心なしかティファニアの表情は弾んでいるようであり、また彼女の様子を見てシュウも薄くではあるが笑みを浮かべていた。
しかしそれと同時に、シュウはティファニアの出自について考えを巡らせてもいた。
……この少女はこう見えて、なかなか数奇な人生を歩んでいる。
王族の父と、異教徒の母。
周囲からは迫害される宿命を持ち。
幼い頃は母親に守られ。
そして今は王族を追放され、世の中から隠れるようにして暮らしている。
「……………」
シュウとしては、何とも既視感を覚える生い立ちだった。
まるで何者かの意思が働いているような気さえ起きてくる。
だがラ・ギアスとハルケギニアの間には、自分以外の接点はないはずだ。
当然、二つの世界を又にかけた思惑なども……少なくとも今の所は存在していない。
ということは。
(偶然、ですか……)
辟易しつつ、改めて『研究対象』を片付ける考えを強くするシュウ。
この案件をこのまま放っておくのは、ハルケギニアやラ・ギアス、地上、バイストン・ウェルなどの様々な世界……そして何より自分に対しても決して良い影響を与えるとは限らない。
あの快男児のように、世のため人のため―――などというつもりは毛頭無いが、他でもない自分を巻き込んでしまった以上は……。
「どうしたんですか、シュウさん? なんだか難しい顔してますけど……」
「む……」
決意を新たにしていると、隣を歩いていたティファニアから声をかけられた。
どうやら顔に出てしまっていたらしい。
「……いえ、少し考えごとをしていただけです」
「?」
まあ、焦る必要もないと言えばない。
地底から古代の帝国が侵攻を開始したとか、植民地扱いされた移民が大規模な独立戦争を起こしたとか、異星人が何種類かまとめて侵略に来たとか、知的生命体を滅亡させるために天文学的な数の宇宙怪獣が飛来したとか、超重力衝撃波が迫っているとかでもないのだし。
強いて言うならアインストが気にかかるが、脅威と言うほど脅威でもあるまい。
巨大なサイズならともかく、2、3メートル程度の大きさならハルケギニアの人間でも対処出来るはず。
遠からず片付けることは決定していても、今すぐに行わなければならないほど切迫した状況というわけではないのだ。
(それに、なるべくなら多くの人間に目撃していただく必要がありますからね……)
そんなことを考えながらシュウはティファニアと共に食事用の小さな家に到着し、村の子供たちが集合している食卓に参加する。
「おや? ここにいましたか、チカ」
「あ、御主人様。お先にいただいてまーす」
シュウのファミリア(使い魔)であるチカは既にテーブルの上にちょこんと乗っており、小さな水入れにクチバシをつけて水分を補給していた。
なお余談ではあるが、ラ・ギアス製のファミリアは一ヶ月程度ならば飲まず食わずでも大丈夫な作りになっている。
「それではいただきますか」
「はい、どうぞ」
そうしてシュウは子供たちのワイワイとした声を聞きながら、ティファニアの用意した食事を口に運び始める。
最初の内はウェストウッド村の子供たちもシュウの得体の知れなさを何となく感じ取っていたのか、微妙に警戒していたりしたのだが、特に害はないということが分かると、こうして抵抗なく食卓を共にする程度のことは出来るようになっていた。
とは言っても好奇心の強いジャックやサマンサあたりはともかくとして、気の弱いエマには相変わらず距離を置かれているし、ティファニアに好意を抱いているジムなどには事あるごとに睨まれたりしているが。
(あの年頃は、色々と難しくもありますからね……)
シュウがあれくらいの年齢の時と言えば…………あまり思い出したくない事件の頃、ちょうどチカを作った前後あたりであろうか。
無垢と言うほど無垢でもないが、穢れと言うほど汚れてもいない頃。
ある意味、『最も自由だった』かも知れない期間。
……こうして年齢を経てからあらためてその年頃の子供たちを見ると、ある種の羨望を覚えてしまう。
そして思い出す。
王宮。従兄弟たち。クリストフだった時の自分。そして自分に『シュウ』という名をくれた、あの―――
(フ……。今更そんなことに思いを馳せたところで、どうにもなりはしませんか)
過ぎ去った過去を苦笑とともに振り払い、シュウは現在のこと、差し当たっては目の前の食事に集中する。
と、その時、ティファニアがあることを思い出した。
「あ、そうだわ。あの人たちにも食事を持っていかなくちゃ」
「あの人たち? ……ああ、彼らですか」
「はい。もうそろそろ傷も完治するはずですよ」
ティファニアは自分の長い耳を隠すため部屋の隅に置いてあった帽子を被ると、子供たちに手伝ってもらいながら数人分の食事を運んでいった。
「……………」
『あの人たち』というのは、作戦行動中に撃墜され、瀕死の重傷を負った状態でこのウェストウッド村の近くに墜落してきた竜騎士たちのことである。
一週間ほど前に子供たちによって発見された彼らは、村まで運ばれ、ティファニアの母の形見である『先住の魔法』の水の力とやらで治療を施されたのだ。
その甲斐あって、竜騎士隊は快方に向かっている。
あとは折を見て彼らの記憶をティファニアの魔法で奪い、一匹だけ生き残った竜(竜騎士隊は全員生存していたが、彼らが乗っていた竜は一匹を除いて全滅していた)に乗せて帰還させればこの一件は落着する。
なお、そのティファニアの行動についてシュウは特に口を出していない。
これはシュウがこの件に何の興味もないということもあったが、ティファニアの意思を尊重したいという思いもあった。
ティファニアは自分やマチルダに依存している節がある。
特に自分に対してはその傾向が強い。
これは両親がすでに故人であること、ハーフエルフという人間にもエルフにも忌み嫌われかねない存在であること、またウェストウッド村の子供たちの面倒を見なければならないという重責……などなど、色々なストレスの反動のようなものであるとシュウは分析していた。
要するに、甘えられる相手が欲しかったのだろう。
そんな彼女が自分で考え、自分で決めたことなのだから、そこは大事にしてやりたかった。
何と言うか、妹がいたらこのような感じなのかも知れない。
……ちなみに親しかった従姉妹であるセニアとモニカも自分より三歳ほど年下ではあるが、あの二人は『妹』と言うよりも『幼馴染』あたりの方がしっくり来るのである。
閑話休題。
何にせよ、あの竜騎士隊は明日にでもこの村を出ることになるだろう。
まさに『先住の魔法』に込められた精霊の力の恩恵と言うべき結果だ。
(そう言えば……)
シュウは『精霊の力』というキーワードから、水の精霊からアンドバリの指輪の奪還を依頼されていたことを思い出す。
……アルビオンの現皇帝であるクロムウェルがそれを持っているらしいが、戦争中という今の状況からすれば奪還は難しいと言えるだろう。
ここは様子を見つつ機会を待つべきだろうか。
(……いえ、むしろ今を逃せば奪還が困難になるかも知れませんね)
戦争中ということは警戒が厳しくなるということであるが、同時に混乱が起こりやすいということでもある。
自分もかつては戦争のドサクサにまぎれて誘拐行為を行ったり、優秀な人材を引っこ抜いたりしたものだ。
ならば今の内にクロムウェルの所に行き、手早くアンドバリの指輪を盗むなり強奪するなりしておきたい。
だが。
(モニカを連れ出した時はラングランの神殿に忍び込んでプラーナを察知するだけだったので簡単でしたが、今回は勝手の分からないハルケギニアのこと……。しかもプラーナの探知に頼ることも出来ませんし……)
プラーナやオーラ力という『特殊な力』の概念そのものが無い世界ではプラーナの特徴は判別しにくいし、何よりクロムウェルのプラーナなどシュウは知らないのである。
(誰かに案内を頼めればいいのですが)
しかしクロムウェルがいるであろうアルビオンの王宮、もしくは重要拠点に詳しい人間などシュウの知り合いにいただろうか。
(ティファニアに期待するのはさすがに酷ですしね……)
いくら王族の血を引いているとは言え幼少時は屋敷に閉じこもりきりで、今は小さな村で暮らしているような少女にそこまで求めるのは無理だ。
と、なると。
(……ふむ)
「行って来ましたー」
シュウが案内人となる人物に当たりをつけたところで、竜騎士隊に食事を持っていったティファニアたちが戻って来た。
子供たちは食卓につき、ティファニアは台所に立って、このあたりで採れる果物である桃りんごの皮をナイフでむき始める。おそらくデザートにするつもりなのだろう。
そしてティファニアが桃りんごの皮をむき終わり、実の方を切り始めたところでシュウが彼女に声をかける。
「ティファニア」
「はい、どうかしましたか?」
「マチルダのことについて、少々お聞きしたいのですが」
「……………」
ざくっ
ティファニアによって真っ二つに両断される桃りんご。
一方、場の空気から『何か』を感じ取ったチカはブルブルと小刻みに震え始めていた。
「……マチルダ姉さんがどうかしたんですか、シュウさん?」
「ええ。今度、彼女をお誘いして二人で出かけようかと思いまして」
「…………あら、そうなんですか?」
「ハルケギニア……と言うよりアルビオンについては彼女の方が詳しいですからね。太守の娘という立場上、城やどこかの砦などに足を運ぶ機会もあったのでしょう?」
「………………ええ。多分、そうだと思いますけど」
「それは重畳。……しかし本来ならば女性をエスコートするのは男性の役目なのですが、今回の道案内はマチルダにまかせきりになってしまいますね」
「……………………うふふ。しょうがないですね、シュウさんは」
ティファニアはニコニコと笑いながらシュウと受け答えをする。
ちなみにその受け答えの最中、彼女の手元にある桃りんごはざっくざっくと切断され続けていた。
「……………」
ティファニアは切った桃りんごを皿に盛り付けてテーブルの上に置くと、この場から飛び立とうとする青い小鳥に笑顔のままで声をかける。
「チぃ~カちゃぁ~~ん?」
「ひいっ!!?」
「あら、どうしたの? ……せっかくデザートに桃りんごを切ったんだから、食べてくれるととーっても嬉しいんだけど……。確か好きだったわよね、桃りんご?」
「え、えええ、えっと、確かに好物ですけど、あの、ティファニア様、そういうセリフは、せめてナイフを手に持たないで、その、言っていただけないで、しょうか……?」
「もう、チカちゃんったら。別にわたしがナイフを持ってるからって、どうということはないでしょう?」
「いや、何て言うか……そのナイフからしたたり落ちる果汁が、何かを暗示しているような……」
「『何か』って、なぁに?」
「うっ……。い、いえ、何でもございません……」
妙な雰囲気を撒き散らしつつ会話を行うティファニアとチカ。
シュウはそんな彼女たちの様子を横目で見ながら、今後のことについて考えを馳せる。
(それでは近日中にトリステイン魔法学院に行くとしますか。……マチルダのこともそうですが、ユーゼス・ゴッツォとも話はしておきたいですからね)
ついでのような扱いになってしまうが、ユーゼスと定期的に接触しておく必要はある。
……自分のいた世界のユーゼスとは様々な面が異なっているとは言え、アレは『ユーゼス・ゴッツォ』なのだ。
動向を把握しておくに越したことはないだろう。
(やることや気になることは色々とありますが……さて、これらの要素がどのような結果をもたらすのか……。そして、私がこの世界に召喚されたことにどのような意味があるのか……)
いずれは明らかになるにせよ、今の段階では誰にも分かるまい。
シュウにも、ユーゼスにも、そして『それ以外の存在』にもだ。
(……それらが一体どのような答えを出すのか、興味はありますが……)
しかし。
シュウ・シラカワの最終目的はその『結果』でも『意味』でも、ましてや『研究対象』の解明・解決でもない。
何よりも果たすべきは、
(ティファニアは特に意識して私を召喚したわけではないのですから構わないとしても……。アレを仕掛けた人間には、この私を巻き込んだ報いを受けていただかなくてはなりませんね……)
内心で復讐心を湧かせながら、シュウは静かに微笑を浮かべるのだった。
そのウェストウッド村では、シュウ・シラカワが神妙な顔で考えごとをしていた。
「……ふむ。やはりネックとなるのは発動させるためのエネルギーですか」
ハルケギニアとラ・ギアスを往復して持ち込んだ電子端末を操作し、シュウは『目下の研究対象』にして懸念事項に取り掛かる。
「ゲッター線は下手をすると取り込まれる危険性がありますし、アンチA.T.フィールドも一歩間違えればハルケギニアの住人がLCLになってしまう……。ムートロンもポテンシャルを十分に引き出せるのはライディーンのみ……」
とは言え、『研究対象』の仕組み自体は既に解析が完了していた。
『研究対象』が存在する場所についても、すでに絞り込みは出来ている。
最初は自分の愛機であるネオ・グランゾンを疑ってみたが、よくよく考えてみれば『このネオ・グランゾン』にはエアロゲイター……ゼ・バルマリィ帝国のものを元にした技術は使われていても、それ以外の異星人の技術は使われていない。
むしろゼ・バルマリィ帝国製のブラックホールエンジンを元にして、対消滅エンジンを自分で作って搭載したのである。
『この世界の』グランゾン、およびネオ・グランゾンについては、開発者である自分が一番よく分かっているのだ。
自分の機体には、妙な仕掛けは施されていない。
つまり求める『研究対象』は、ハルケギニアのどこかに存在していることになる。
あとはどこに存在するのかの調査になるが……まあ、それだけ分かってしまえばそれほどの手間ではなかった。
「……………」
しかし問題は、そのために必要なエネルギーだった。
出来ればタキオン粒子に似た性質を持ち。
エネルギー自体が成長するようなもので。
なおかつ、扱いやすいものが望ましいのだが……。
「……私の知識にあるものでは、どうにもならないようですね」
候補として上がったのは、性質に興味をそそられても扱いがきわめて危険だったり、あるいは特定のロボットや人間にしか扱えないようなものばかり。
いくら何でも、『研究対象』の解決と一緒にハルケギニアも崩壊させるのはよろしくない。
また、出来れば余計な因子をこれ以上ハルケギニアに持ち込みたくもない。
要するに、シュウが独力で何とかしなければならないというわけである。
「ここは一度、地上に出る必要がありますか……」
シュウが地上……いわゆる『地球世界』に出たのは、イージス計画の阻止のために月面に上がったのが最後だった。
色々な手段を使って入手した情報によると、あれ以降にも地球には様々な事件が起こり、新たな技術やエネルギーが開発・発見・活用されたりしたらしい。
その中に必ずしもシュウの目的と合致するものがあるとは限らないが……いずれにせよそれらの新技術・新エネルギーについて興味はあるし、知識を得て損はないだろう。
そうと決まれば、ハッキングの準備でも進めておくか。
今後の行動指針をそう決定し、準備に取り掛かり始めると……。
「シュウさん、いますかー?」
コンコン、という控えめなノックと共に、これもまた控えめな少女の声が響く。
シュウは端末を操作する手を止め、その少女の声に応じた。
「おや、もう夕食の時間ですか?」
「はい。……こっちの部屋に持ってきた方がよかったですか?」
わずかに開けられたドアから、金髪に長い耳の少女がヒョイと顔を出す。
少女……ティファニアに対してわずかに微笑みながら、シュウは作業の手を止めて立ち上がった。
「いえ、ちょうど研究も一段落したところですからね。気分転換も兼ねて、皆さんと食事を取るとしましょう」
「はいっ」
そうして二人は連れ立って食卓へと向かう。
ごく短い距離を移動する間、心なしかティファニアの表情は弾んでいるようであり、また彼女の様子を見てシュウも薄くではあるが笑みを浮かべていた。
しかしそれと同時に、シュウはティファニアの出自について考えを巡らせてもいた。
……この少女はこう見えて、なかなか数奇な人生を歩んでいる。
王族の父と、異教徒の母。
周囲からは迫害される宿命を持ち。
幼い頃は母親に守られ。
そして今は王族を追放され、世の中から隠れるようにして暮らしている。
「……………」
シュウとしては、何とも既視感を覚える生い立ちだった。
まるで何者かの意思が働いているような気さえ起きてくる。
だがラ・ギアスとハルケギニアの間には、自分以外の接点はないはずだ。
当然、二つの世界を又にかけた思惑なども……少なくとも今の所は存在していない。
ということは。
(偶然、ですか……)
辟易しつつ、改めて『研究対象』を片付ける考えを強くするシュウ。
この案件をこのまま放っておくのは、ハルケギニアやラ・ギアス、地上、バイストン・ウェルなどの様々な世界……そして何より自分に対しても決して良い影響を与えるとは限らない。
あの快男児のように、世のため人のため―――などというつもりは毛頭無いが、他でもない自分を巻き込んでしまった以上は……。
「どうしたんですか、シュウさん? なんだか難しい顔してますけど……」
「む……」
決意を新たにしていると、隣を歩いていたティファニアから声をかけられた。
どうやら顔に出てしまっていたらしい。
「……いえ、少し考えごとをしていただけです」
「?」
まあ、焦る必要もないと言えばない。
地底から古代の帝国が侵攻を開始したとか、植民地扱いされた移民が大規模な独立戦争を起こしたとか、異星人が何種類かまとめて侵略に来たとか、知的生命体を滅亡させるために天文学的な数の宇宙怪獣が飛来したとか、超重力衝撃波が迫っているとかでもないのだし。
強いて言うならアインストが気にかかるが、脅威と言うほど脅威でもあるまい。
巨大なサイズならともかく、2、3メートル程度の大きさならハルケギニアの人間でも対処出来るはず。
遠からず片付けることは決定していても、今すぐに行わなければならないほど切迫した状況というわけではないのだ。
(それに、なるべくなら多くの人間に目撃していただく必要がありますからね……)
そんなことを考えながらシュウはティファニアと共に食事用の小さな家に到着し、村の子供たちが集合している食卓に参加する。
「おや? ここにいましたか、チカ」
「あ、御主人様。お先にいただいてまーす」
シュウのファミリア(使い魔)であるチカは既にテーブルの上にちょこんと乗っており、小さな水入れにクチバシをつけて水分を補給していた。
なお余談ではあるが、ラ・ギアス製のファミリアは一ヶ月程度ならば飲まず食わずでも大丈夫な作りになっている。
「それではいただきますか」
「はい、どうぞ」
そうしてシュウは子供たちのワイワイとした声を聞きながら、ティファニアの用意した食事を口に運び始める。
最初の内はウェストウッド村の子供たちもシュウの得体の知れなさを何となく感じ取っていたのか、微妙に警戒していたりしたのだが、特に害はないということが分かると、こうして抵抗なく食卓を共にする程度のことは出来るようになっていた。
とは言っても好奇心の強いジャックやサマンサあたりはともかくとして、気の弱いエマには相変わらず距離を置かれているし、ティファニアに好意を抱いているジムなどには事あるごとに睨まれたりしているが。
(あの年頃は、色々と難しくもありますからね……)
シュウがあれくらいの年齢の時と言えば…………あまり思い出したくない事件の頃、ちょうどチカを作った前後あたりであろうか。
無垢と言うほど無垢でもないが、穢れと言うほど汚れてもいない頃。
ある意味、『最も自由だった』かも知れない期間。
……こうして年齢を経てからあらためてその年頃の子供たちを見ると、ある種の羨望を覚えてしまう。
そして思い出す。
王宮。従兄弟たち。クリストフだった時の自分。そして自分に『シュウ』という名をくれた、あの―――
(フ……。今更そんなことに思いを馳せたところで、どうにもなりはしませんか)
過ぎ去った過去を苦笑とともに振り払い、シュウは現在のこと、差し当たっては目の前の食事に集中する。
と、その時、ティファニアがあることを思い出した。
「あ、そうだわ。あの人たちにも食事を持っていかなくちゃ」
「あの人たち? ……ああ、彼らですか」
「はい。もうそろそろ傷も完治するはずですよ」
ティファニアは自分の長い耳を隠すため部屋の隅に置いてあった帽子を被ると、子供たちに手伝ってもらいながら数人分の食事を運んでいった。
「……………」
『あの人たち』というのは、作戦行動中に撃墜され、瀕死の重傷を負った状態でこのウェストウッド村の近くに墜落してきた竜騎士たちのことである。
一週間ほど前に子供たちによって発見された彼らは、村まで運ばれ、ティファニアの母の形見である『先住の魔法』の水の力とやらで治療を施されたのだ。
その甲斐あって、竜騎士隊は快方に向かっている。
あとは折を見て彼らの記憶をティファニアの魔法で奪い、一匹だけ生き残った竜(竜騎士隊は全員生存していたが、彼らが乗っていた竜は一匹を除いて全滅していた)に乗せて帰還させればこの一件は落着する。
なお、そのティファニアの行動についてシュウは特に口を出していない。
これはシュウがこの件に何の興味もないということもあったが、ティファニアの意思を尊重したいという思いもあった。
ティファニアは自分やマチルダに依存している節がある。
特に自分に対してはその傾向が強い。
これは両親がすでに故人であること、ハーフエルフという人間にもエルフにも忌み嫌われかねない存在であること、またウェストウッド村の子供たちの面倒を見なければならないという重責……などなど、色々なストレスの反動のようなものであるとシュウは分析していた。
要するに、甘えられる相手が欲しかったのだろう。
そんな彼女が自分で考え、自分で決めたことなのだから、そこは大事にしてやりたかった。
何と言うか、妹がいたらこのような感じなのかも知れない。
……ちなみに親しかった従姉妹であるセニアとモニカも自分より三歳ほど年下ではあるが、あの二人は『妹』と言うよりも『幼馴染』あたりの方がしっくり来るのである。
閑話休題。
何にせよ、あの竜騎士隊は明日にでもこの村を出ることになるだろう。
まさに『先住の魔法』に込められた精霊の力の恩恵と言うべき結果だ。
(そう言えば……)
シュウは『精霊の力』というキーワードから、水の精霊からアンドバリの指輪の奪還を依頼されていたことを思い出す。
……アルビオンの現皇帝であるクロムウェルがそれを持っているらしいが、戦争中という今の状況からすれば奪還は難しいと言えるだろう。
ここは様子を見つつ機会を待つべきだろうか。
(……いえ、むしろ今を逃せば奪還が困難になるかも知れませんね)
戦争中ということは警戒が厳しくなるということであるが、同時に混乱が起こりやすいということでもある。
自分もかつては戦争のドサクサにまぎれて誘拐行為を行ったり、優秀な人材を引っこ抜いたりしたものだ。
ならば今の内にクロムウェルの所に行き、手早くアンドバリの指輪を盗むなり強奪するなりしておきたい。
だが。
(モニカを連れ出した時はラングランの神殿に忍び込んでプラーナを察知するだけだったので簡単でしたが、今回は勝手の分からないハルケギニアのこと……。しかもプラーナの探知に頼ることも出来ませんし……)
プラーナやオーラ力という『特殊な力』の概念そのものが無い世界ではプラーナの特徴は判別しにくいし、何よりクロムウェルのプラーナなどシュウは知らないのである。
(誰かに案内を頼めればいいのですが)
しかしクロムウェルがいるであろうアルビオンの王宮、もしくは重要拠点に詳しい人間などシュウの知り合いにいただろうか。
(ティファニアに期待するのはさすがに酷ですしね……)
いくら王族の血を引いているとは言え幼少時は屋敷に閉じこもりきりで、今は小さな村で暮らしているような少女にそこまで求めるのは無理だ。
と、なると。
(……ふむ)
「行って来ましたー」
シュウが案内人となる人物に当たりをつけたところで、竜騎士隊に食事を持っていったティファニアたちが戻って来た。
子供たちは食卓につき、ティファニアは台所に立って、このあたりで採れる果物である桃りんごの皮をナイフでむき始める。おそらくデザートにするつもりなのだろう。
そしてティファニアが桃りんごの皮をむき終わり、実の方を切り始めたところでシュウが彼女に声をかける。
「ティファニア」
「はい、どうかしましたか?」
「マチルダのことについて、少々お聞きしたいのですが」
「……………」
ざくっ
ティファニアによって真っ二つに両断される桃りんご。
一方、場の空気から『何か』を感じ取ったチカはブルブルと小刻みに震え始めていた。
「……マチルダ姉さんがどうかしたんですか、シュウさん?」
「ええ。今度、彼女をお誘いして二人で出かけようかと思いまして」
「…………あら、そうなんですか?」
「ハルケギニア……と言うよりアルビオンについては彼女の方が詳しいですからね。太守の娘という立場上、城やどこかの砦などに足を運ぶ機会もあったのでしょう?」
「………………ええ。多分、そうだと思いますけど」
「それは重畳。……しかし本来ならば女性をエスコートするのは男性の役目なのですが、今回の道案内はマチルダにまかせきりになってしまいますね」
「……………………うふふ。しょうがないですね、シュウさんは」
ティファニアはニコニコと笑いながらシュウと受け答えをする。
ちなみにその受け答えの最中、彼女の手元にある桃りんごはざっくざっくと切断され続けていた。
「……………」
ティファニアは切った桃りんごを皿に盛り付けてテーブルの上に置くと、この場から飛び立とうとする青い小鳥に笑顔のままで声をかける。
「チぃ~カちゃぁ~~ん?」
「ひいっ!!?」
「あら、どうしたの? ……せっかくデザートに桃りんごを切ったんだから、食べてくれるととーっても嬉しいんだけど……。確か好きだったわよね、桃りんご?」
「え、えええ、えっと、確かに好物ですけど、あの、ティファニア様、そういうセリフは、せめてナイフを手に持たないで、その、言っていただけないで、しょうか……?」
「もう、チカちゃんったら。別にわたしがナイフを持ってるからって、どうということはないでしょう?」
「いや、何て言うか……そのナイフからしたたり落ちる果汁が、何かを暗示しているような……」
「『何か』って、なぁに?」
「うっ……。い、いえ、何でもございません……」
妙な雰囲気を撒き散らしつつ会話を行うティファニアとチカ。
シュウはそんな彼女たちの様子を横目で見ながら、今後のことについて考えを馳せる。
(それでは近日中にトリステイン魔法学院に行くとしますか。……マチルダのこともそうですが、ユーゼス・ゴッツォとも話はしておきたいですからね)
ついでのような扱いになってしまうが、ユーゼスと定期的に接触しておく必要はある。
……自分のいた世界のユーゼスとは様々な面が異なっているとは言え、アレは『ユーゼス・ゴッツォ』なのだ。
動向を把握しておくに越したことはないだろう。
(やることや気になることは色々とありますが……さて、これらの要素がどのような結果をもたらすのか……。そして、私がこの世界に召喚されたことにどのような意味があるのか……)
いずれは明らかになるにせよ、今の段階では誰にも分かるまい。
シュウにも、ユーゼスにも、そして『それ以外の存在』にもだ。
(……それらが一体どのような答えを出すのか、興味はありますが……)
しかし。
シュウ・シラカワの最終目的はその『結果』でも『意味』でも、ましてや『研究対象』の解明・解決でもない。
何よりも果たすべきは、
(ティファニアは特に意識して私を召喚したわけではないのですから構わないとしても……。アレを仕掛けた人間には、この私を巻き込んだ報いを受けていただかなくてはなりませんね……)
内心で復讐心を湧かせながら、シュウは静かに微笑を浮かべるのだった。