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第29話 親子





 複数の馬車を連ねた、王の行幸すら思わせる行列が、街道を進んでいた。
 少数だがきわめてよく鍛えられた精兵が、中央部付近の馬車を守るように布陣している。
 これだけの練度の軍を維持できるのは、王家か、トリステインでもごくわずかの大貴族だけであった。普通の貴族ではまず人員か資金かのどちらかで破綻する。
 そんな行列の主は、ラ・ヴァリエール公爵家。トリステイン最大かつ最強の貴族である。
 その権勢は、トリステイン内のもう一つの国家とすら言えるほど。
 ただ、国境を接するゲルマニア・ツェルプストー家との関係や、当主が中央の政治にそれほど関心を持っていなかったため、中央政界でその名が出ることは殆どなかった。
 公爵家自身も、その血統が王家の庶子を源流としているのでなければ、間違いなくその身分は辺境伯であったはずである。
 辺境伯は他国と国境を交える地(=辺境)を治める伯爵(=地方長官・領主)から来た言葉であるが、その成り立ちゆえ名だけではなく軍事的な実力を伴った伯爵として扱われ、実質的な権威は侯爵や公爵に比肩する。
 辺境に位置する田舎ものという意味では決してないので誤解しないように。そもそも侯爵位そのものが辺境伯を元にしていると言われているくらいである。
 すなわち、ヴァリエール家はその血筋に於いても現王家に準ずる高位であり、かつその実力に於いても治世に実を要求される辺境地をきっちり治めている家なのである。
 現トリステイン貴族において、ヴァリエール家に対抗できる家格の家は存在していない。マザリーニ枢機卿などは、本人の言われようとは裏腹に、何度も公爵に中央への参画を要請していたくらいである。
 実際、もし公爵が中央の政治に参画していたならば、枢機卿は彼を宰相にして自分はさっさと引っ込んでいたことであろう。枢機卿も自分が本来いるべきでない位置にいることぐらいは自覚している。
 だが今まで、公爵は自領の経営に専念していて中央に関わる気は全くなかった。枢機卿もルイズに対して事情説明をするように言ったが、彼が政治に関与するのはルイズの事が世に明かされ、玉座に着いた後のことだと思っていた。
 だが、山は動いた。そして山が動いたとしたら、何が起きるのか。
 地震である。人が立つ大地、その安定が根こそぎひっくり返ることになる。
 だが、その振動がトリステイン中央に届くのには、いくばかの余地があった。
 その震源地は、まず娘の通う魔法学院へと向かっていたからである。



 もっとも、その地で起きた地震は、下手をするとトリステイン中央部で起きたものより大きな被害を巻き起こすことになったかも知れない。







 公爵家の紋章入りの馬車は、カタコトと小さい揺れを伴いながら、のんびりと学院への道を進んでいた。
 中央のきらびやかな馬車は2台。片方に公爵夫妻が、もう片方には末娘とその使い魔が乗っていた。
 馬車はそのほかに使用人や道中の荷物を載せたものなど、後数台連なっている。
 そして娘の乗った馬車の中には、何故か一羽のフクロウが娘の使い魔である女性の肩に止まっていた。

 「なのは、トゥルーカスがここにいるっていうことは、やっぱり母様……」
 「ええ、ご想像の通りです」
 「はあ……母様ったら」

 娘……ルイズは、出立の準備が整い、使い魔であるなのはと一緒に馬車に乗り込んだ時、そこにトゥルーカス……母親の使い魔であるフクロウがなのはの肩に止まっているのを見てぎょっとした。
 使い魔とその主との間は、ごくまれな例外を除いて感覚が繋がっている。普段ならトゥルーカスは城に残されて、健康に問題のある次女、カトレアの様子を見ているはずである。
 これは母親であるカリーヌがトゥルーカスの力を必要としないかぎりは定番のポジションであった。
 それがここにいる。すなわちそれは。
 「母様……そんなにあたしのことが気になるのかしら」
 不安4割、不審3割、不満3割くらいの微妙な表情でルイズが呟く。だが、意外な答えが使い魔の方から返ってきた。
 「いえ、トゥルーカスがここにいるのは、カリーヌ様がマルチタスクの練習をするためですよ」
 「あ」
 ルイズは思わず馬車の中で体勢を崩してしまった。
 「母様……まだ強くなるつもりなのかしら」
 「実に向上心と克己心にあふれたお方ですよね、カリーヌ様」
 自分にとっては愛するというより恐ろしさの方が先に立つ母親なのに、この使い魔はどういう訳だかその恐ろしい母親にえらく気に入られていた。
 そして本人もまた、あの厳格で恐ろしい母親をまるで親友のように思っているのである。
 舞台となった練兵場の地形が変わるほどの戦いを繰り広げながら、終わった後はまるで生涯の親友同士のようなさわやかな顔でお互いを称え合っていた。

 「あなたとの戦いは本当に今までの行き詰まりを解消してくださるわね」
 「こちらこそさすがとしかいいようがありません。出来ればカートリッジも存分に使える全力の環境で戦いたかったです」
 「それはちょっと残念ね。もっとも使われたらこちらの勝ち目がなくなりそうですけど」
 「いえ。確かにつなぎが速くなりますし誘導弾もずっとたくさん出せますけど、カリーヌ様なら多分対抗できるようになると思います。実際今の段階でもマルチタスク無しなのにその実力ですし」
 「そのマルチタスクっていうのは私でも覚えられるの?」
 「ええ。学院でも何人かの子は覚えてますし、ご主人様も既に二分割は完璧ですよ」
 「あら、ルイズも出来るのね。なら私も覚えてみたいわ」

 そういえばあのとき、と、ルイズはあまり思い出したくない二人の会話を思い出していた。
 聞いてはいたのだが、その時ルイズは変形した練兵場の惨状に心を奪われていて、その時の二人の会話には大して注意を払っていなかったのだ。
 それでもこうしてしっかり思い出せるのは、実はマルチタスクの成果だったりする。注意を払わずとも、常時周囲を認識・観察し、危機に備えるのはマルチタスクの基本の一つだ。
 それはさておき。

 「でもそうするとしばらくトゥルーカスと一緒なの?」
 それはそれでしかたがないが、先も言った通り、母親の使い魔は今のような状況の場合、病弱な姉の様子を見守るために使われることが多い。それをルイズは心配していた。
 幸い、その心配は杞憂であった。
 「いえ、シルフィードと同じで、やり方を覚えてもらえば私がこうしている必要はありません。学院に着く頃までには、トゥルーカスも覚えてくれると思います」
 「そういえばそうだったわね」
 韻竜であるシルフィードは念話で主のタバサと会話できるので、訓練のコツがわかればマルチタスクの習得になのはの手を借りる必要がない。トゥルーカスも同じであった。
 要は日常会話をこなすことの可能な使い魔なら、マルチタスクの練習の相手は可能だということである。
 「ま、今更母様が強くなったとしても、私には関係ないわ。お仕置きされるといっても、元々充分すぎるくらい恐かったんですもの。今更、ね……」
 そう言うルイズの顔は、実に見事に黄昏れていた。
 そんな主を見てくすりと笑うなのは。
 「お母様はちょっと不器用なだけですよ。決してご主人様を憎んでいるわけでも嫌っているわけでもありません」
 「そのくらい判るわよ」
 ルイズはそう言葉を返すと、再び遠い目をしていった。
 「ただ、あの厳格すぎるところだけがどうしても……いくら何でも融通が利かなすぎるわ」
 「そればかりは性格ですから仕方ないかもしれませんね。ほんの少し聞いただけですけど、今も昔も、トリステインの貴族の方々は、どうにもこうにも自分を律せない方がたくさんいたようですし」
 「我慢できずにいろいろやって、その繰り返し、っていうわけ? はあ、勘弁してっていいたいわ」
 ため息をつくルイズ。それを慰めるようになのはが言う。
 「もう少しご主人様が大人になれば判るようになると思いますよ」
 「年齢じゃなくて経験という意味よね、大人って」
 「いえ、この場合は両方ですね。子育てをした経験とかがないと判らないと思いますから」
 それを聞いてルイズは、なのはに義理とはいえ子供がいることを思いだした。
 「ああ、そういうことなのね」
 「そういうことです」
 ルイズはもう一度深々とため息をつく。
 「なのは」
 そう呼びかけた言葉が、何故か妙に重いのを感じて、なのはは少し心の中で背筋を伸ばした。
 「なんでしようか、ご主人様」
 「ここだけの話だけどね、私、母様に甘えた覚えがないの」
 なのはは内心(あらら)と叫んでいた。気の抜けたルイズは、ここにいるトゥルーカスを通じてこの会話がカリーヌに丸聞こえな事をすっかり忘れているようである。
 だが同時にこれもいい機会かと思って、そっとトゥルーカスの体をやや強めに押さえ、すぐ放した。カリーヌ様ならこれで意味が通じるはず、となのはは推察する。
 実際この後、トゥルーカスは見事に『ただそこにいる鳥』になりきった。
 そしてルイズは、内心にたまっていた愚痴をこぼす。
 「なのはと知り合ってから、ようやく判ったっていうか、理解したっていうのか……うまく言葉じゃいえないけど……なのは、あなたは私が遠慮無く寄りかかれる、初めての人だったの」

 危険な言葉にも聞こえるが、もちろんなのはは誤解したりしない。
 ルイズは公爵令嬢だ。身分制度がきっちりと機能しているこの世界において、ルイズと同格の人物はほぼ存在していない。気負い無くつきあうことが可能な人物は、家族でも厳しいくらいである。
 性格面を抜きにしても、実のところルイズと同格の人物は次女のカトレアしかいないといって過言ではない。長姉エレオノールは直系男子のいない長女であるため、形式的にも一段位が上になるからである。
 それに加えてカリーヌの性格が災いした。規律に厳格すぎるきらいのあるカリーヌは、むしろ身内にこそそれを厳しく適用した。自らが守れないことを他人に強要することが出来ないという、きわめて立派な思考法が裏目に出たともいえる。
 割を喰らったのがエレオノールであり、ルイズだ。元々の気質はともかく、カリーヌのこの性格が、思いっきりこの『規律を越えるはずの家族間の絆』をぶちこわす羽目になった。
 カリーヌには悪いが、この方針は本来子供の自我がきちんと確立してからたたき込むべきものである。それを彼女は自我形成前からやってしまったのだ。
 結果、ルイズは孤立した。もしこれで次姉カトレアの無償の愛がなかったら間違いなくルイズは破綻し、姉エレオノールを上回る凶悪な性格になっていたことはほぼ間違いない。
 エレオノールは姉であったためにカトレアにはすがれなかったが、メイジとしては優秀だったために何とか自我を破綻させずに済んでいる。対してルイズには自己を確立するための柱が何も無いのだ。
 そうなった子供は悲惨である。カトレアがいなかったら、ルイズは他者の攻撃か、何かへの依存を通じてしか自己を確立できなかったことであろう。いろいろな意味で、ルイズはわりと崖っぷちだったのだ。
 そんなルイズが、カトレアに次いで得たものがなのはだった。カトレアの場合、頼り切るには彼女の持つ『病弱』という問題点があった。
 寄りかかりすぎて負担を与えると倒れてしまう。その恐れがカトレアに溺れることに対してブレーキを掛けていた。これもまた皮肉だが、カトレアが健康だったら別の意味でルイズは破綻したかもしれない。
 そしてなのはもまた、ある意味ここしかないという状況で呼ばれていたともいえる。
 年長の大人であることは最低としても、大きな事件を解決し、ヴィヴィオを引き取った後だということが大切であった。
 JS事件を通して、なのはも大きく成長していた。育てること--教え子たるスバルやティアナへの長期教導を通じて自覚したこと、ヴィヴィオとの出会いと生活。この経験がわずか一年足らずの間に、なのはをずっと大人の女性にしていた。
 もし仮になのはが召喚されたのが六課設立前だったら、ルイズとの関係は今のような被保護者-保護者的なものではなく、むしろ親友的なものになっていた可能性が高い。
 反発することにも、意見するにも、おそらくは遠慮がなかったであろうから。
 ティアナ撃墜騒動や、娘のヴィヴィオとの日常無くして、今のルイズを包む優しさと余裕を持つことは、なのはも出来なかったに違いない。

 「なのはが使い魔として出てきて、最初はなんで平民が、としか思わなかったわ。でもあなたは何も言わずに私を受け止めてくれた。最初はとまどったけど、しばらくしてなんか私自身、ずっと落ち着いているのに気がついたの」
 ルイズの目がなのはを見つめる。
 「あなたと一緒に過ごして、私は私とまわりを見る余裕が出来た。魔法を使えなくて悩んでいた私に、希望と自信をくれた。時には無謀な行動をする私を守り、時には私の剣になってくれた」
 なのはも無言でルイズを--主人を見つめる。
 「おかげで私は気がつけたわ。自分が孤立していないって。自分にも出来ることがあるって。自分もまた、人の役に立てるって。自分が……ここにいていいんだって」
 そんなルイズの告白を受けてか、なのはもぽつりと言葉をこぼした。
 そっと体をなのはの側に寄せ、お互いの体温を感じるようにしながら、なのはは語る。
 「私も、ずっとずっと小さい頃、そんな風に思っていたんですよ」
 「なのはが?」
 ルイズの意外そうな言葉に、なのはは小さく頷く。
 「こちらとは全然違う社会なんで判りづらいかもしれませんけど、私も小さい頃、父の怪我とかいろいろあって、まわりに誰もいないも同然な、そんな風に思っていたんです」
 ルイズは少し意外そうになのはの方を見る。それに気がつかないように、なのはは言葉を続ける。
 「いい子にしていなければ、ここにいちゃいけない……今となっては笑い話ですけど、当時は本気でそう思ってました。自分を殺して、常に人の目を気にして、『いい子』に見られるようにする……今思うと、よくできたって思いますよ、我ながら」
 「うわ~、私には出来そうにないわ。多分無茶苦茶暴れてると思う」
 「ご主人様とは身分とか環境とかが違いますからね」
 そういってなのははルイズに向かって微笑む。
 「何しろ暴れようにも暴れる相手すらいませんでしたから。でも幸い、小学校に入ってすぐ……あ、私たちの世界では、6歳になると学院みたいなところでまとめて教育を受けるんです」
 「へえ、そうなの」
 ルイズは詳しく聞きたいとは思ったものの、さすがに今聞くのは場違いだと感じて流すことにした。
 「そこで喧嘩したりして、友達が出来て、9歳の時に魔法と関わって、フェイトちゃんやはやてちゃん……あ、向こうの親友ですけど、それと友達になって、いろいろあって、今の自分がいるんです」
 そのいろいろを是非とも聞きたい……いや、いずれ聞くと、ルイズは心に誓った。
 しかしそれは今ではない、と改めてその思いを押さえ込む。
 そうルイズが思っている間にも、なのはの言葉は続いていた。
 「ご主人様」
 その口調が、今までの語りとは少し違う気がして、ルイズはちょっと姿勢をあらためる。
 「ご主人様はいろんな事に気がついたのですよね」
 「ええ、まあ……ありがとう」
 「だったらお礼は私じゃなくて、今はまだ知らない人にしてあげてください」
 「へっ?」
 脈絡がないことをいわれた気がして、言葉に詰まるルイズ。だがなのはにはそれがわかっていたらしく、解説するように言葉を続けてくれた。
 「この先ご主人様は、いやが応にも人の上に立ちます。当然、そのつきあいは上からのものになります。時にはひどい扱いをしなければならないことも多いと思います」
 うんうんと頷くルイズ。
 「それでも、人のつきあい方っていうのは、案外変わらないものだったりするんです。要は自分と同じ。自分がいやなことは相手もいやだし、逆もまた然り。例外もありますが、それは見れば判ることです。
 そんな中で、自分がしないといけないことは、要はお返しなんです。
 自分が人からもらったものを、今度は別の人に返してあげる。難しいようですけど、実はそれだけなんですよね」
 それはなのはがまだまだ短い人生の中で会得したこと。
 そしてルイズは、その言葉を胸に刻んだ。
 冷静に考えれば、自分もまた、いろいろな人からいろいろなことを学んでいる。
 愛情。憎悪。侮蔑。差別。感謝。好意。嫌悪。その他諸々。
 受けたものを返し、次に繋ぐ。
 その繰り返しだと。
 そう思えば、難しそうな人間関係も、意外と単純なのだと。

 「本当にありがとう、なのは。あなたは私がもらい損ねていたものをくれるみたい」
 「だからこその使い魔なんでしょう、と思います。後、」
 そこでなのはは言葉を切り、ルイズをこづくようにした。
 「なに、なのは」
 「『もらい損ねた』はよくないですよ。カリーヌ様は判りにくいだけで与えていない人じゃありません。正確には『受け止め損ねた』だと思います」
 「……今なら判るけど、判れっていうほうが無理よ」
 「そうかもしれませんね。ものすごく難しいとは、私も思いますから」
 トゥルーカスを通じて娘の本音を聞いているカリーヌに内心謝りつつも、なのははそういって締めくくった。



 「ねぇ、あなた。私って、そんなにきつい母親だったのかしら」
 「……いや、君は優しいよ、充分に」
 「その間が答えを言っていらっしゃるみたいですけど」
 もう一つの馬車の中で夫婦喧嘩が発生しかかったのは、なのは達には内緒である。





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