あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

memory-03 「苦難の乙女」



 朝、窓から差し込む光にエツィオが目覚める。
痛む頭を押え、あたりを見回す、そこはヴィラ・アウディトーレの自室でも、
クリスティーナの部屋でも、ましてやシニョーリアの監獄でもない、昨日自分を召喚したと言うルイズの部屋だった。
堅い床で眠っていたため体中が痛い、軽く頭を振り大きく伸びをした。
そして部屋の隅にある鏡の前に立つと、身だしなみのチェックを始める。
着衣の乱れを直し、髪形を簡単にだが整えた。

「(さて、お姫様は……)」

 身だしなみを整えたエツィオはベッドの中を覗き込む。
そこにはあどけない寝顔で眠るルイズの姿があった。
こうしてみると、かなり幼く見える、起きているときはクラウディア顔負けのじゃじゃ馬娘だが、寝ている分には可愛い女の子である。 

「眠り姫、か」

 エツィオは軽く口元に笑みを浮かべ、肩をすくめる。
このまま眺めているのも悪くは無いが、そう言うわけにもいかない、昨日朝になったら起こせと『命令』されている。
使い魔として契約してしまった以上、それなりの義理は果たすべきだ。
そう考えたエツィオは、昨夜自分に投げつけられ、床を転がっていた花瓶を拾い上げ、花を一本引きぬいた。

「やれやれかわいそうに、……アザミの花か」

 茎のトゲはきれいに落とされ手入れされているようだ、エツィオは小さく呟くと、ルイズの鼻先へと近づける。

「んっ……」

 鼻先をくすぐる花の芳香に気がついたのかルイズが目を覚ます。

「おはようございます、ご主人様」

 ルイズが起きたことを確認したエツィオはニコリと頬笑み、優雅に一礼した。

「は、はえ……お、おひゃようございます……ミスタ……えーと、どちら様でしたかしら」

 ルイズは寝ぼけた声でつられた様に一礼する。ふにゃふにゃの顔がなんとも痛々しい。

「あなたの忠実な使い魔、エツィオでございます」
「あぁ、使い魔……、そっか、召喚して……」
「そういうことだ、さぁ早く起きろ! 朝だぞ!」
「ひゃあ!」

 今までの優雅な態度はどこへやら、エツィオは快活な声でそう言うと、
未だ眠そうな顔であくびをしているルイズの毛布を無理やり引きはがした。

「い、今起きるわよ……まったく……」

 ぶつぶつと文句を言いながらルイズが起き上がる、そしてエツィオに命じた。

「服」
「はいはい、ささっお嬢様、お着替えをお手伝いいたしましょうか?」

 椅子にかかった制服を取り、軽口を交え恭しくルイズに差し出す。
受け取ろうとしたルイズだったが、思わず手が止まる、昨夜の事を思い出したらしい。
エツィオを見ると、ルイズのその反応を楽しんでいるのか口元がニヤついていた。

「こっ、この! ば、バカにするのもいい加減にしなさいよ!」
「おっと」

 その様子に羞恥と怒りにまかせエツィオに殴りかかるも、さらりとかわされてしまう。

「はっは、二度も殴られるほど、俺は甘くないぞ、さっ、おふざけは終わりだ、早く着換えろよ、それとも本当に手伝ってやろうか?」
「ぐぅぅ……! け、結構よ! だっ、誰があんたなんかに!」

 まるで妹をあやすかのように、持っていた制服をルイズに投げ渡す。
本当はエツィオに着替えを手伝わせるつもりだったが……、調子を狂わされっぱなしのルイズは制服をつかむと、自分の手でさっさと着替えを始めた。



 着替えを終え、朝食をとる為に部屋を出て食堂へ向かう。
するとルイズの部屋のすぐ近くのドアが開き、中からこの学院の生徒とおぼしき制服姿の女性が現れた。
燃えるように真っ赤な髪に彫りの深い顔、突き出た豊満なバストを胸元の開いたブラウスで強調する褐色の肌をした美女。
身長、肌の色、雰囲気、胸の大きさ、全てがルイズと対照的だった。
彼女はルイズを見ると、にやっと笑った。

「おはよう、ルイズ」

 ルイズは顔をしかめると、嫌そうに挨拶を返す。

「おはよう、キュルケ」
「あなたの使い魔って……彼?」

 エツィオを指さし、バカにした口調で言った。

「そうよ」
「あっはっは! ほんとに人間なのね! すごいじゃない!
『サモン・サーヴァント』で平民を召喚するなんて、あなたらしいわ、さすがはゼロのルイズ」

 ルイズの頬に、さっと朱がさした。

「うるさいわね」

 キュルケと呼ばれた少女は腹を抱えてひとしきり笑うと、エツィオの顔を見るべくフードの中を覗き込んだ。

「何か御用で? お嬢さん」
「……へぇ~、なかなかいい男じゃない」

 覗き込んできたキュルケにほほ笑みかけ、甘い声で囁くように話しかける。
キュルケはそう呟くと、エツィオの頭の上から足の先までを値踏みするように見回した。

「でも使い魔が人間じゃねぇ……あたしも昨日使い魔を召喚したのよ、誰かさんと違って、一発で成功よ」
「あっそ」
「どうせ使い魔にするなら、こういうのがいいわよねぇ~、フレイムー」

 キュルケの呼び声に応え、真っ赤で巨大な何かがキュルケの部屋からのっそりと現れる。

「……っ! これはこれは……」

 驚きのあまり小さく呟く。
それはエツィオが今までで見たことのないような巨大なトカゲだった。
それもただのトカゲではなく、むんとした熱気を放っている。

「おっほっほ! もしかして、あなた、この火トカゲを見るのは初めて?」
「すごいな、こんなのはフィレンツェじゃ見たことがない。危険はないのか?」
「平気よ、あたしが命令しない限り襲ったりしないわ」

 大きさは虎ほどもあるだろうか、尻尾は炎で燃え盛り、チロチロと口から炎がほとばしる。

「世界は広いな……、すべてが想像以上だ、ここに来てからは驚かされっぱなしだよ」

 エツィオが肩をすくめながら率直な感想を口にする。
昨日見たドラゴンにしろ、このトカゲにしろ、こんな動物が存在するとは心底驚きであった。

「これってサラマンダー?」

 黙ってみていたルイズが悔しそうに尋ねた。

「そうよー。火トカゲよー。見てこの尻尾。此処まで鮮やかで大きい炎の尻尾は、間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ?
好事家に見せたら、値段なんかつかないわ!」
「そりゃあ、良かったわね」

 苦々しい声でルイズは言った。

「素敵でしょう、あたしの属性ぴったり」
「あんた『火』属性だもんね」
「ええ、『微熱』のキュルケですもの。ささやかに燃える情熱は『微熱』。でも、男の子はそれでイチコロなのですわ。あなたと違ってね?」

 キュルケは得意げに胸を張った。ルイズも負けじと胸を張り返すが、悲しいかな、差は明白だ。
それでもルイズはキュルケを睨みつけた。かなりの負けず嫌いのようだ。

「あんたみたいにいちいち色気振りまくほど、暇じゃないだけよ」

 そんなルイズに対し、キュルケはにっこりと余裕の笑みを見せた。
それから思い出したかのようにエツィオを見つめる。

「お名前をお聞かせ願える? ミスタ」
「エツィオ、以後お見知りおきを、ミス……」
「キュルケ、そう呼んでくれて結構よ、ミスタ……あなたとはゆっくりとお話しをしてみたいわ」

 キュルケはそう言うとフードの中のエツィオの顎に色っぽく右手を添える。
エツィオはキュルケの右手を優しく手に取ると、彼女の指に軽く唇を落とす。

「それは光栄だ、しかし今はご容赦願いたい、彼女をエスコートしているのでね」

 そう言うと一歩下がりルイズに手を差し伸べる。
一分の隙のない、洗練された動作だった。

「ふふっ、本当に素敵な殿方ね、本当、ルイズにはもったいないわ」
「……」
「それじゃ、あたしはこれで、また会いましょうミスタ」

 そう言うと、炎のような赤髪をかきあげ、颯爽とキュルケは去っていった。そのあとを、ちょこちょことフレイムが可愛く追う。
キュルケが居なくなると、ルイズは拳を握り締めた。

「くやしー! なんなのあの女! 自分が火竜山脈のサラマンダー召喚したからって! ああもう!!」
「あのトカゲ、サラマンダーっていうのか、君もああいうのを召喚したかったのか?」
「あたりまえじゃない! メイジの実力をはかるには使い魔を見ろって言われてるぐらいよ! なんであのバカ女がサラマンダーでわたしがあんたなのよ!」
「おいおい、貴族はお互いを尊重するもの、昨日ミスタ・コルベール……だっけか? だって、そう言ってたじゃないか」
「うっさいわね! さっさと行くわよ!」


「……でもあんたにしては珍しかったわね」
「ん? 何がだ?」

 食堂に向かいながらルイズが思い出したかのように口を開く。

「口説かなかったじゃない、キュルケのこと、あんたのことだからきっと口説くと思ってたわ」
「あぁ、それか」

 どうやら先ほどのキュルケに対するエツィオの態度が気になっているらしい。
確かにエツィオにしてはかなり控えめのアプローチだった。
積極的に口説くわけでもなく、キュルケの言葉に社交辞令を交え返答するだけ。
指先にキスをしたものの社交界ではよくあることである。
その言葉にエツィオは別に大したことではないと肩をすくめた。

「エスコートしてる最中に他の女性を口説くなんて君に失礼だろう?」
「……そ、そう」

 当然のように言ったエツィオを見て、ルイズはこの使い魔に対する評価を少し改める。
ただの軽い男だと思っていたが、どうやらきちんと礼節をわきまえているらしい、先ほどの洗練された物腰といい元貴族、というのも頷ける。
もしかしたら上流階級の出身だったのかもしれない。ほんの少しだけ、エツィオに対し興味がわいてきた。

「ねぇ、あんたって貴族だったんでしょ? ……その、平民のくせに」
「あぁ、銀行を営んでいたよ、フィレンツェでも有数の銀行家だった」

 銀行、つまり王侯貴族たちの財務管理及び金融業務の一切を引き受ける立場である。
こればかりは他の貴族からの信用がないと成り立たない、だとすればかなり位の高い貴族、ということになる。
そんな彼がなぜ位を捨てることになったのか、ますます気になってきたルイズは、恐る恐る聞いてみることにした。

「その……なんで貴族の地位を?」
「……」

 返ってきた答えは沈黙だった、フードの中の笑顔はかき消え、エツィオの表情に深い闇が差し込む。

「あっ、その……今のはちょっと無神経だったわ、わ、悪かったわ」
「いや……、いつか話すよ、それは俺自身、いや、俺の血筋に関わることだ」
「……ごめんなさい」
「そんな顔をするな、君が謝ることじゃない」

 触れてはいけない部分に触れてしまった。そう感じたルイズは素直に謝罪する。
エツィオは小さく笑みを浮かべると、それきり黙りこんでしまった。
その様子から察するにおそらくは地位のはく奪、取りつぶしだろう、
貴族にとってこれ以上ない、それこそ死に等しい屈辱である。
にもかかわらずそれを聞いてしまった、己の不明を恥じた。

 重い沈黙が支配する中、二人は食堂に向かう、
食堂は昨日エツィオがよじ登った本塔の中にあった。
中には豪奢な装飾がなされたやたらと長いテーブルが三つ並んでいる。
百人は優に座れるだろう、二年生であるルイズたちのテーブルは、真ん中だった。

「すごいな」
「でしょう? トリステイン魔法学院で教えるのは魔法だけじゃないのよ」

 内装の豪華さに驚いたのか、今まで黙っていたエツィオが感嘆の呟きを漏らす。
それに気がついたルイズが、なんとかこの気まずい空気を打開すべくエツィオに話しかけた。

「メイジはほぼ全員が貴族なの、『貴族は魔法をもってしてその精神となす』のモットーのもと、貴族たるべき教育を存分に受けるのよ。
だから食堂も、貴族の食卓にふさわしいでなければならないのよ」
「なるほどな、俺はてっきり、修道院かそこらの食堂みたいなものだとばかり思っていたよ」
「そんなものと一緒にしないで頂戴、ホントならあんたなんかこの『アルヴィーズの食堂』には入れないんだけど、
特別にわたしが許可してあげてるのよ、感謝してよね」

 瞳をいたずらっぽく輝かせながらルイズが言った。
エツィオは小さく笑いながら自分の腹をさすった。

「それなら昨日の食事抜きの罰を帳消しにしていただけると、もっと感謝するんだけどな」
「……まぁ、さっきのお詫びってワケでもないけど、ちょっとくらいなら恵んであげるわ」
「それはどうも、寛大なお心に感謝を」

 こころなしか張りつめていた空気も和らぎ、そんな会話をしながらルイズは自分の席に向かった。
席にたどりつくと、ルイズが命じるよりも早く、エツィオが椅子を引いた。

「き、気がきくわね……」

 椅子に腰かけルイズが思わず呟く。
ここまでの文句のつけどころがないエスコートに思わず本音が出る。
部屋から食堂までのエスコート、その時は意識していなかったが、今思えば非の打ちどころがなかった。

「もったいなきお言葉、それで、俺はどこに座ればいいのかな?」

 エツィオは周囲を見渡した、他の生徒たちも集まってきているのだろう、席が徐々に埋まりつつある。
するとルイズがすっと床を指さした、そこには皿が一枚置いてある。
中には申し訳程度に小さな肉が浮いたスープが揺れている。
皿の端っこに堅そうなパンが二切れ、ぽつんと置いてあった。

「おい本気か? 娼館でももうちょっとマシなものは出るぞ?」 

 エツィオが少々驚いた様子で椅子に座るルイズを見る。
ルイズは頬杖をついて言った。

「あのね、本当は使い魔は外、あんたはわたしの特別なはからいで、床。それと、あんたの昨日の態度、許したわけじゃないんだけらね?」
「……まだ根に持ってたのか、しかしな……床か」
「文句あるの?」
「……いや、ただ、君を見る目が変わりそうだ」

 エツィオは小さくため息をつくと、床に置かれた皿を手に取った。

「どこに行くつもりよ」
「なんにせよ、床で食事する習慣は無いよ、確か外にベンチがあったな、そこで食べてるさ、終わったら呼んでくれ」

 いささか落胆した様子のエツィオが皿を片手に食堂から退出していく。

「何よあいつ……」

 それを見送りながらルイズが呟く、本当は自分の食事から少し分けてやるつもりだった。
そうすることでご主人様としての器の大きさを示そうとしたのだが……その前に退出されてしまった。
別にあの男にどう思われようと知ったことではない、が、いささかやりすぎてしまったか、と少し後悔した。



「(ひどい扱いだな……)」

 外に出たエツィオは、近くにあったベンチに腰をかけると、スープが入った皿を横に置く。
これでは犬や猫の扱いだ、本来使い魔は動物なのであろうが自分はれっきとした人間である。
こんなものでは腹の足しにもならない、ここまで扱いがひどいとは正直想像もしていなかった。

「やっぱり逃げ出すべきか……でも」

 ため息をつき、懐からワインボトルとグラス、リンゴを取り出す、去り際にテーブルから掠め取ったものだ。
足を組みリンゴを齧る、甘酸っぱい香りが口の中を満たした。

「可愛い女の子が多いんだよな、ここは」

 苦笑しながら呟き、思いを巡らす。食堂へ向かうまでに幾人かの女子生徒を見かけたがどの娘もなかなかレベルが高かった。
加えて住み込む部屋は女の子の部屋で女子寮という、エツィオにとってはまさに夢のような環境だ。
昨日見かけたシエスタ、というメイドの子は食堂の中だろうか? あの子は可愛かった。
フィレンツェではまずお目にかかれない黒真珠のように艶やかな黒髪に黒い瞳、正直ドキっときた。
今朝現れたキュルケという子もいい線いっている。情熱的な赤い髪に、健康そうな褐色の肌、豊満なバスト。
彼女はルイズと同じくメイジの貴族なのだろう、少々越えるべきハードルは高そうだが、その分燃えてくる。
そして何より、彼を召喚したルイズだ、性格は残念なことになっているが、その分顔は誰よりもかわいらしい。
よく動く鳶色の瞳に、桃色がかかったブロンドの髪、体型は……触れないことにしよう。
それこそ五年後には絶世の美女になっている……かもしれない、多分。

「まぁ、そこまで長居するつもりは無いけどな……」
「なにをするつもりは無いって?」

 聞こえてきた声にエツィオは顔を上げる。
目の前には食事を終えたのであろうルイズが腕を組みながら仁王立ちしていた。

「やぁルイズ、君の未来について考えてたのさ、食事はもういいのか?」
「終わったわ、これから授業だからついてきなさい。……あんた、そのワインとグラスどうしたの?」
「なに、魔法を使ったのさ」 
「わたしの席にだけワインとグラスがなかったのはなんで?」
「魔法を使ったからさ」
「そう、それじゃ一週間食事抜きね、もう例外はないわ」
「厳しいな、まぁ君の食卓から料理が一品消えるだけだと思うけどな」

 グラスに注がれたワインを飲みほすと、エツィオが立ち上がった。


 エツィオとルイズが教室に入ると、先にやってきていた生徒達が一斉に振り向いた。
そしてくすくすと笑い始める。先ほどのキュルケもいた。
周りを男子達が囲い、女王のように祭り上げられていた。

 周囲を見渡すと、皆、様々な使い魔を連れていた。
キュルケのサラマンダーは椅子の下で眠っている。
肩にフクロウを乗せた者もいれば、カラスや猫もいる。
なかでも目を引いたのは、エツィオの知らない数多くの奇妙な動物たちだった。
六本足の奇妙なトカゲもいれば、巨大な目の玉が浮いているものまでいた。

「(なんだこれは……見たことない動物ばかりだ)」

 数多くの奇妙な動物達に目を奪われていると、横のルイズに脇腹を小突かれた。

「あぁ、すまない、あまりに珍しかったのでね」

 我に返ったエツィオはすぐに席の一つを引く、ルイズは不機嫌そうにその椅子に腰をかけた。
エツィオも隣に座った、ルイズが睨む。

「ん? まだなにか?」
「ここはね、メイジの席、使い魔は座っちゃダメ」
「そう堅いこと言うなって、こんな狭いスペースに座ってるわけにもいかないだろ?」

 エツィオは軽く両手を広げるとルイズの講義をあっさりと無視する。
ルイズは眉をひそめたが、それ以上はなにも言わなかった。

 扉が開き、先生らしき中年の女性が入ってきた。
紫のローブに帽子をかぶっている。
ふくよかな頬が優しそうな雰囲気を漂わせている。

「授業というと、やっぱり、魔法についてか?」
「そうよ、当然じゃない」
「すると、魔法の実演とかが見れたりするのか、それは楽しみだ」

 隣の席のルイズにエツィオが小声でたずねる。
空を飛ぶところくらいしか魔法を見ていないエツィオにとっては、魔法について知ることができる貴重な機会だ。
魔法とはどういうものなのか、使うための制限はあるのか、知識を授業という形で得ることができるとはとてもありがたい話だ。

 教壇に立った女性は、教室内を見回し、満足そうに微笑んで言った。

「皆さん。春の使い魔召喚は大成功のようですわね。このシュヴルーズ、
こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」

 ルイズは俯いた。

「変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」

 シュヴルーズが、エツィオを見てとぼけた声で言うと、ルイズの隣に座っていたエツィオが立ち上がる。
普段ならそこで笑い飛ばすはずの生徒達も、突然立ち上がったエツィオに呆気にとられる。
教室中の視線を浴びていたエツィオは、優雅に一礼し腰を折った。

「初めましてシニョーラ、私、エツィオと申します、
こちらのミス・ヴァリエールの使い魔という身分ではありますが、
貴女に教えを乞いたく思い参上いたしました。以後お見知りおきを」

 流れるような動作に教室中が静まり返る、そんななかシュヴルーズが嬉しそうににっこりとほほ笑んだ。

「あらっ、お上手だこと。あなたの使い魔は随分と紳士的なのですね。ミス・ヴァリエール」
「いえ、紳士だなんてそんな――ぐっ!」

 半ば口説きモードに入っていたエツィオは隣に座っていたルイズにマントを引っ張られ強制的に着席させられた。
入れ替わるようにルイズが立ち上がり深々と頭を下げた。

「申し訳ありません! ミセス・シュヴルーズ! わたしの使い魔が無礼な真似を! あとできつく言って聞かせますので!」

 ルイズが謝罪の言葉を口にすると、教室中がどっと笑いに包まれた。

「ゼロのルイズ! 買収したんならちゃんと指示を出しておけよ!
どうせ召喚出来ないからってその辺の傭兵を引っ張ってきたんだろ?」

 小太りの少年が野次を飛ばす。
ルイズは怒りに顔を赤くしながら怒鳴った。

「違うわ! きちんと召喚したもの! こいつが来ちゃっただけよ!」
「嘘つくな! 『サモン・サーヴァント』ができなかったんだろう?」
「おい! この――ぶっ!」

 エツィオが再び立ち上がろうとした瞬間、怒りに振りあげたルイズの拳が顔面にクリーンヒットした。
意図せずに着席させられたエツィオは鼻を擦りながら恨めしそうにルイズを睨みつける。

「ミセス・シュヴルーズ! 侮辱されました! かぜっぴきのマリコルヌがわたしを侮辱したわ!」
「(今、侮辱を雪いでやろうとしてたのに……)」

 振り上げた拳で、ルイズは机をたたいた。

「かぜっぴきだと! 風上だ! 風邪なんか引いてないぞ!!」
「あんたのガラガラ声は、まるで風邪でも引いているみたいなのよ!」

 マリコルヌと呼ばれた男子学生が立ち上がり、ルイズを睨みつける。
見かねたシュヴルーズが手に持った小ぶりな杖を振った。
立ち上がった二人は糸が切れた操り人形のようにストンと席に落ちた。

「ミス・ヴァリエール。ミスタ・マリコルヌ。みっともない口論はやめなさい。
お友達をゼロだのかぜっぴきだの呼んではいけません、わかりましたか?」
「ミセス・シュヴルーズ、僕の風邪っぴきはただの中傷ですが、ゼロのルイズは事実です」

 くすくす笑いが漏れる、シュヴルーズは厳しい顔で教室中を見渡すと、再び杖を振った。
くすくす笑う生徒たちの口に、どこから現われたものか、ぴたっと赤土の粘土が押しつけられる。

「あなたたちはその格好で授業を受けなさい」

 教室のくすくす笑いが収まった。

「すごいな……」

 その一部始終を見ていたエツィオが感心したように呟いた。
始めてみる魔法だ、軽く杖を振るだけであんなことができてしまうとは。
魔法が使えない平民と魔法を使えるメイジの差がいかに大きいか、それだけで分かった。

「では、授業を始めますよ」


 『赤土』のシュヴルーズが語る魔法の内容はどれも興味深いものだった。
魔法の系統は大きく分けて『炎』『水』『土』『風』の4つであること、
『虚無』という系統があるがこれは今は伝説にしかない、失われた系統があるということ。
その系統を足せる数によりメイジのランクが変わること。
魔法に関する様々な知識を得るために、エツィオは必死にシュヴルーズの授業に聞き入っていた。

「『錬金』か」

 エツィオはシュヴルーズが実演した『錬金』の魔法を見て感心する。
何の変哲もない小石が真鍮へと変化したのだ。
多少の制限はあるようだが、様々な資源を人の手で生み出せるという点は大きい事である。

「なぁルイズ」
「なによ、授業中よ」
「君もあれができるのか?」
「……」
「ルイズ?」

 エツィオが何気なくした質問に、ルイズは黙り込んでしまった。
何か気に障る事でも言ってしまったか……、そう考えたエツィオは小さく肩をすくめると教壇へと視線を戻した。

「それでは、この『錬金』の実演を……ミス・ヴァリエール」

 授業を進めていたシュヴルーズが、今行っている『錬金』の魔法の実演にルイズを指名した。
次の瞬間教室にどよめきが走った。

「え?わたし?」
「そうです、ここにある石ころを望む金属に変えてごらんなさい」

 しかしルイズは立ち上がらない、困ったようにもじもじしているだけだ。

「ミス・ヴァリエール! どうしたのですか?」

 シュヴルーズが再び声をかけると、キュルケが困った声で言った。

「先生」
「なんです?」
「それはやめたほうが……」
「どうしてですか?」
「危険です」

 キュルケはきっぱりと言った、すると教室の全員が頷いた。

「ルイズを教えるのは初めてですよね?」
「ええ。あまり実技の成績が良くない事は存じていますが、非常に努力家である事も存じております。
さあ、ミス・ヴァリエール、気にせずにやってごらんなさい。失敗は成功の母ですよ」
「ルイズ、やめて」

 キュルケが蒼白な顔で言った、しかしルイズは立ち上がった。

「やります」

 覚悟を決めたように教壇へと向かう。
すると教室中の生徒達がそそくさと机の中に退避する。
一体何事かとエツィオは呆気にとられながらその様子を見つめた。

「さぁ、ミス・ヴァリエール。この石ころを、望む金属に変えるのです。変えたい金属のイメージを強く念じなさい」

 ルイズは頷き、少し間を置いて、石ころに向かって杖を振った。
その瞬間、机ごと石ころは爆発した。閃光と爆音、強烈な爆風が教室を貫く。
爆風をモロに受け。ルイズとシュヴルーズは黒板に叩きつけられた。
驚いた使い魔たちが暴れだし、教室は阿鼻叫喚の大騒ぎになった。

「これは……恐ろしいな」

 舞い上がったほこりを手のひらで払い落しながらエツィオが呟く。
教室はもう大惨事だ、ガラス戸は割れ、壊れた机と椅子が散乱し何人かの生徒が下敷きになっている。
瓦礫の下からキュルケが這い出し、ルイズを指さした。

「だから言ったのよ! あいつにやらせるなって!」
「もう! ヴァリエールは退学にしてくれよ!」
「俺のラッキーが! 蛇に食われた!」

 そんな罵声を浴びながら、煤で真っ黒になったルイズがむくりと立ち上がる。
見るも無残な格好だ。ブラウスが破れ、華奢な肩がのぞき、スカートが裂け下着が見えている。

 しかし、さすがである、大騒ぎの教室を意に介すわけでもなく。
頬についた煤を、取りだしたハンカチで拭きながら淡々とした声で言った。

「ちょっと失敗したみたいね」

 その言葉を聞いた他の生徒達から、猛然と反撃を食らう

「ちょっとどころじゃないだろうが! ゼロのルイズ!」
「いつだって成功確率ゼロじゃないかよ!」

 ここに来るまでに何度か聞いた彼女の『ゼロ』の二つ名、エツィオはその意味を理解した。

「成功確率『ゼロ』、か、やれやれ……この子はきっと大物になるだろうな……」

 エツィオはローブについた煤を払い落しながら、小さくため息をついた。



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