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ラスボスだった使い魔-44


「なるほどな」
 ユーゼスはコルベールから、現在魔法学院がどのような状況に置かれているかの説明を受けていた。
 それによって判明した事実は主に三つ。
 魔法学院が賊に占拠されていること。
 賊は女子生徒や教師たちのほぼ全員を食堂に集めていること。
 そして、その対処に銃士隊が当たっていること。
(……食堂から光が漏れている理由はそれか。そして私に襲い掛かってきた連中も、その賊とやらの構成員というわけだな)
 これで夜明け前という時間帯であるのに明かりが付いていた理由と、自分が戦っていた連中の正体が分かった。
 しかし、まだ疑問はある。
「それで……お前はなぜここにいる、ミスタ・コルベール」
「なぜ、とは?」
 この中年教師だ。
「お前とて魔法学院の教師だろう。その学院が危機に陥っているのならば、立ち上がって襲撃者と戦うのが筋ではないのか?」
「……それは……以前の授業でも言っていたが、私は臆病で……」
「お前が言うところの『臆病者』が、私を助けるためとは言え『それなりの実力者のメイジ』を『一瞬で焼死させる』ほどの炎を放つとは思えんがな」
「……………」
 苦しげな表情で顔を伏せるコルベール。
 おそらくは自分の行いを悔いているのだろう。
 ―――だが、ユーゼスは見ていた。
 自分と戦っていたメイジを殺した直後、炎の中から姿を現したこの男の顔を。
 何の感情も浮かべていない。
 酷薄だとか残虐だとか、そんな形容すら生ぬるい。
 あの局面で『ただ単に動きを止める』というだけならば足なり腕なりを焼けばいいだけなのに、コルベールはメイジの全身を炎で丸焼きにした。
 それだけでこの男の戦闘スタイルは大体分かる。
(『殺し慣れている』……いや、『殺しを仕事や作業として割り切っている』のか、この男は)
 自分の知識の中では、心を持たないタイプの人造人間が最も近かっただろうか。
 戦うだけのマシン、という印象を真っ先にコルベールから受けたのだが……。
「……弁明はしない。私が先程行ったことは君の言った通りだからな。……しかし、それでも私は…………戦うことが、怖いんだ」
 それでも今のコルベールからは、葛藤のようなものが感じられる。
 いわゆる良心の呵責というやつだろうか。
(キカイダーやワルダーなどとは違うように思えるが……ふむ)
 それぞれタイプが異なるが、善と悪との狭間で葛藤していた人造人間たち。もっとも、コルベールは犬を見て逃げ出すような真似はすまいが。
 何となくではあるが、彼らに近いものを感じる。
 ……いや、善と悪の狭間で苦しむと言うのであれば、それはかつての自分とて同じだったか。
 地球人の……人間の凶暴さや身勝手さ、愚かさ、弱さ。
 仮面を被っていた頃の自分は、それを自分自身で具現化していた。
 それに対する自分のコピーであるイングラム・プリスケンは、まるでユーゼスの良心の具現化したかのように創造主に逆らい、この自分を打ち倒した。

 ―――「俺たちの真の敵は、自分自身の中に潜んでいるのだ」―――

 全ての決着がついた後、自分に向けてイングラムが言った言葉である。
 イングラム・プリスケンがユーゼス・ゴッツォに……コピーがオリジナルである自分に言ったということを考えれば、何とも皮肉なセリフと言える。
(……まあ、いい)
 コルベールの内心の葛藤とやらがどんなモノなのか探りを入れる気など、最初からない。
 それにコルベールは一応、ユーゼスにとって命の恩人である。その恩人に対して、いつまでも精神的なプレッシャーをかけるわけにもいくまい。
 加えて、自分は彼に偉そうなことを言える立場でも何でもないのだ。
 葛藤から抜け出したか、葛藤の真っ只中にあるか。
 抱えた葛藤の種類や深さに異なる点があるにせよ、ユーゼスとコルベールのハッキリとした違いはそのくらいであろう。
「お前の戦いや殺人に対するスタンスはともかくとして……」
 妙なシンパシーを感じつつ、ユーゼスは今現在の問題へと会話をシフトさせる。
「これからどうするつもりだ? あの銃士隊の隊長―――ミス・ミランの性格からして、穏やかに交渉が運ばれるとは思えんが」
「……………」
 これからの自分たちの行動には、大きく分けて二つの選択肢がある。
 賊が占拠している食堂に行くのか、それとも行かないのか。
 『行ったとして賊にどう対処するのか』、『行かないとして危機回避のために学院そのものから脱出するのか』など、選択した後もまだまだ分岐は数多いのだが、少なくとも行くのか行かないのかは決めなくてはならない。
 その二者択一に対してまずユーゼスは、
「私は行く」
 そう選択した。
「エレオノールや御主人様の無事を確認したいし……。何より正確な状況が知りたいからな」
「……………」
 沈黙を続けるコルベール。
 どうやらまだ決めかねているらしい。
 ユーゼスの簡単な分析では、コルベールはかなりの手練れのはずだ。
 戦闘になった場合に備えて、ぜひとも戦力に組み込んでおきたかった。
「ともあれ、お前が行かないと言うのならば、それでも―――、む?」
「……? どうしたのかね?」
 無理強いして連れて行くのも、と考えた矢先、ユーゼスの目に映る光景がぼやけた。
 正確に言うと、左目の視界に『今自分が見ているものとは別の光景』が割り込んできていた。
「これは……」
 嫌な予感がしたので無事な右目で左手を見ると、『武器』に該当するものに触れてもいないのにルーンが光を放っている。
 そう言えば召喚された夜、クロスゲート・パラダイム・システムを使ってルーンを調べた時に『主人の視覚を使い魔に投影する』という機能があったことを思い出す。
 アレの発動条件は確か『主人が危機的状況に見舞われた場合』だったはず。
 ということは。
「事態が動いたらしい。……ここで話をしている場合ではなさそうだ」
「……っ」
 左目に映るのは食堂の中。
 何者かは分からないがメイジと思わしき連中と、キュルケとタバサとアニエスら銃士隊の隊員たちが戦っている。
 どうやら彼女たちで奇襲でもかけたらしい。
「ふむ……」
 トライアングルメイジ二人に、腕利きのシュヴァリエ、そしてそれに準ずる実力を持った兵士が数名。
 おまけに虚無の担い手まで参加するのであれば、並の敵は倒せるだろう。
 ユーゼスとしても、それでこの事件が解決するのならそれに越したことはない。
 だが、これから戦う敵が『並』以上だった場合のことも考えておく必要がある。
 よってユーゼスは急いで、しかし目立たないようにして食堂に移動を始め、
「待ってくれ」
 数歩目でコルベールに呼び止められた。
 ユーゼスは無感情な目を中年教師に向け、その発言の意図を問いかける。
「……まさか、『危険だから行くな』とでも言うつもりか?」
「いや……。私も行こう」
「ほう」
 コルベールの表情にはまぎれもない決意の色が浮かんでいる。
 あれだけ躊躇していたと言うのに、一体どのような心境の変化があったのだろう。
「理由を聞いておこうか」
 つい先程まで情緒が安定していないように見えたコルベールを、そう簡単に連れて行くわけにはいかない。
 ただ場の空気に流されたり、単なる気まぐれだけで渦中に飛び込まれては、ユーゼスの身がかえって危ないのである。
「決まっているだろう?」
 そしてコルベールは、渦中に飛び込むための動機を口にした。
「……今この瞬間、危険に晒されているのは私の教え子だからだ」
 それはユーゼスにとって納得のいく説明ではなかったが、その言葉を語ったコルベールの口調と視線からは確固たる意志が感じられた。
 まるで、かつて自分と敵対した者たちのように。
「……………」
 ユーゼスはコルベールの申し出を否定も肯定もせず、食堂に向かう。
「―――――」
 コルベールもまた、無言のままユーゼスに並走する形で食堂を目指す。
 二人揃って走る中で、ユーゼスは『今日は結局、徹夜になりそうだな』などと考えるのであった。


 結論から言うと。
 ルイズやアニエスら女性陣と、ユーゼスとコルベールが合流して事に当たるということはなかった。
 なぜなら彼らが到着するよりも早く、彼女たちが行動を起こしてしまったからである。
「……………」
 ルイズの視界を借りているユーゼスは、その行動の開始から経過、事の結果に至るまでを客観的かつ詳細に観察することが出来た。
 ―――まずタバサが風魔法で紙風船を膨らませ、更にそれを食堂の中へと飛ばす。
 次にキュルケが『発火』あたりでも使ったのだろう、杖を振ってその紙風船に火をつける。
 すると紙風船は派手な音と光とを撒き散らして爆発。
 どうやら中にリンか何かの爆発物を仕込んでいたらしい。
 同じタイミングでルイズも食堂の天井あたり目掛けて杖を振り、全体的な爆発の規模を大きくしていた。
 人質として集められたのであろう寝巻き姿の女子生徒たちはその爆発に驚いて悲鳴をあげ(と言ってもユーゼスに声は聞こえなかったが)、敵と思しきメイジたちは閃光を直視したせいで視覚をやられ、目を押さえる。
 そして混乱に乗じる形でキュルケ、タバサ、ルイズ、アニエスたちが敵集団に攻撃を加えていき、あとはこのまま押し切れるか……と思った矢先に。
 いきなり炎の弾丸が彼女たちに襲い掛かった。
 炎弾は寸分たがわぬ正確さで、まず銃士たちが持っているマスケット銃に命中。
 銃の中の火薬に引火して爆発が起こり、マスケット銃は銃士の指を道連れに四散する。
 アニエスだけはとっさに銃から手を離して手指の損傷を防いだようだが、やはりいくらかのダメージは免れないようだ。
 続いて炎弾はキュルケたちへと飛来して彼女たちを次々と薙ぎ倒していく。
(ほう)
 不謹慎ではあるが、ユーゼスはその炎弾の使い方に感心していた。
 炎弾は『ただ単に炎を敵に当てる』という類のものではなく、着弾寸前に爆発して、その爆風の衝撃を敵にぶつけるという攻撃方法だったのである。
 これならばただ熱エネルギーをぶつけるだけではなく、物理的な衝撃をもって相手にダメージを与えられる。
 必殺とまではいかずとも、上手くいけば熱と衝撃の二重攻撃で相手を殺すことが出来るし、気絶でもしてくれれば後は始末するだけ、そこまで行かない場合だろうとダメージで動きは鈍るし、あるいは目くらましとしても使用が出来る。
 しかも『単なる炎の弾丸』と『爆発』との使い分けすら可能なのだ。
 何と使い勝手のよい攻撃方法であろうか。
(勉強になるな……)
 ただしこれを実行するには、『命中する直前に相手の至近距離で炎弾を爆発させる』という操作を行う必要がある。
 視界が良好な状態ならまだしも、煙が立ち込めるこの状況でそれを行うとは……。
 まさに驚異的な命中精度と言えるだろう。
 なお、ここまで詳細に『炎弾』の分析が出来たのは、他でもない視覚情報を提供している彼の主人もまたその攻撃を受け、一部始終を目にしていたからである。
 閑話休題。
 倒れ伏している視界に、タバサがふらつきつつも立ち上がろうとしている光景が飛び込んできた。
 それでも炎弾のダメージが強く残っていたのか、青髪の少女は起き上がりかけたところで大きくよろめき、食堂の床に転がる。
 直後。
 煙の中から、右目を眼帯で覆った白髪の男がヌッと現れた。
 タバサよりは動ける状態らしいキュルケは床に落ちていた自分の杖を拾おうとして、その杖を男に強く踏まれてしまう。
 男とキュルケが何か会話をする。
 続いて男はおもむろに自分の左眼に指を突っ込んでその眼球を引きずり出した。
 観察するに、どうも義眼らしい。
(……あの命中精度はこのためか?)
 最初から目が見えていないのならば、煙幕や目くらましは意味をなさない。
 それに視覚が無いのであれば、それ以外の感覚が鋭敏になっているはずだ。
 もっとも、それだけではあの正確無比な射撃と爆破ポイントの見切りは成し得るものではないが。
 ユーゼスがそのようにしてアレコレと考えている間にも、左眼に映される事態は目まぐるしく進行していく。
 盲目のメイジが杖を振り、起き上がりかけたキュルケに向かって炎を放とうとする。
 しかし、その炎がキュルケを焼くことはなかった。
 いきなりアニエスがメイジの後ろから飛びかかり、剣を振るってその攻撃を妨害したのだ。
 ……いや、正確には『盲目のメイジを不意打ちで仕留めようとしたが、攻撃を中断させる程度の結果しかもたらさなかった』と表現するべきだろうか。
 現に盲目のメイジはアッサリとアニエスの不意打ちを回避し、余裕たっぷりな様子でキュルケに放つはずだった炎をアニエスに放っていたのだから。
 アニエスは辛うじて炎を回避し、続けざまに踏み込んで盲目のメイジを討とうと刃を向ける。
 メイジはそれに応戦し、剣と鉄の杖とが数回交差した。
(このまま勝てるか?)
 見たところ、剣の腕はアニエスの方が勝っているようだ。
 ユーゼスとコルベールは、すでに食堂の入口間際にまで移動している。
 後先考えずにいきなり乱入しては無闇に場が混乱するだけ……ということで機を窺っていたのだが、この分ならアニエスの優位が確定した段階で突入するべきだろう。
 などと考えていると。
 メイジが大きく後ろに跳躍して飛び退き、それと同時に杖から炎が放射され、アニエスの持つ剣をグニャリと融解させてしまった。
 アニエスはイビツに曲がってしまった剣を厳しい表情で投げつけるが、当然のごとくメイジの杖に弾き飛ばされて終わる。
 丸腰になったアニエスは一旦退避しようとするが……。
 例の『爆発する炎弾』を受け、吹き飛ばされてしまうのだった。


「ぐぁああっ!!」
 メンヌヴィルの攻撃によって宙を舞い、壁に叩きつけられるアニエス。
 辛うじて気絶こそしなかったものの、爆発と打ち身で二重の衝撃を食らってしまったためにダメージは大きいようだった。
「……っ」
 そんな光景に、ルイズは歯噛みする。
 アニエスの不甲斐なさに、ではない。
 自分の危機に居合わせない使い魔に、でもない。
 何よりも、自分の無力さに悔しさを感じているのだ。
 倒れ伏したままでコッソリと周囲の状況を確認してみれば、アニエス以外の他の面々もかなり苦戦していた。
 黄燐を使った簡易爆弾の目くらましから回復したメンヌヴィルの部下たちは、まさに怒り心頭と言った具合に苛烈な攻撃を行い、それに対する銃士隊は半数近くが指を失ってマトモには戦えない。
 キュルケも杖を拾って戦ってはいるが、ダウンしてしまったタバサを抱えながらでは分が悪いようだ。
(どうすれば……)
 先の攻撃のダメージは、ある程度だが回復している。
 立ち上がって銃士隊やキュルケに加勢することも出来るはずだ。
 だが、自分が加勢してどうなる?
 自分が使える虚無の魔法は『エクスプロージョン』と『ディスペル』。
 どちらも強力ではあるが、使うためにはあの長ったらしい詠唱を延々と唱え続けなければならない、という欠点がある。援護の期待があまり出来ない今の状況では使えない。
 ならばいつもの『失敗魔法』の爆発を使えば……とも思ったが、戦闘に関しては素人同然の自分の魔法が、それなりの戦闘経験を積んでいるであろうメイジたちに簡単に当たるとも思えない。
 それに何より、位置が不味い。
 ついさっきアニエスが食堂の壁まで吹き飛ばされたが、自分が今倒れている地点はアニエスから2メイルも離れていないのだ。
「フン……」
 のっしのっしと歩く筋肉質の男。
 彼はアニエスにトドメを刺すべく、杖を撫でながら彼女へと……つまりこちらに向かってくる。
 ……自分はどうするべきだろう。
 立ち上がって杖を構え、真正面からあの男の相手をする?
 無理だ。
 不可能。
 出来っこない。
 そりゃあ自分が立ち塞がっている間、アニエスから注意を逸らすことくらいは出来るだろうが、その数秒後には美少女の焼死体が一つ出来上がっているはず。
 無駄死ににも程がある。
(考えなさい、ルイズ……。考えるのよ……)
 こんな時ユーゼスならどうするか。
 どうすればこの男を倒せるか。
 そうしてルイズがごく短い時間で考えた末に出た結論は、
(………………不意打ちしかないわ)
 何とも泥臭いと言うか、スマートではない方法であった。
 だが仕方ない。
 不意打ちだろうが騙し討ちだろうが、結果として倒せればいいのだ、倒せれば。
 こういう部分で使い魔からの影響が微妙に出ているのだが、ルイズはそれに気付かないまま不意打ちのための準備を始める。
 吹き飛ばされても放しはしなかった杖を、軽く握り締め。
 いつでも立ち上がれるように、身体に力を入れて。
 攻撃のタイミングを逃さないように、神経を尖らせて。
「……………」
(あと、少し……)
 そしてメンヌヴィルがすぐ近くにまで接近し、自分の横を通り過ぎるタイミングで……。
 ドガッ!!
「あぐぁっ!!?」
 うつぶせに倒れたままの体勢で、背中をメンヌヴィルに強く踏みつけられた。
 ルイズは強い衝撃を背中に受けたために思わず杖を手放してしまう。
「う、うぅ……っ」
「気付いていないとでも思ったか?」
 うめくルイズを足蹴にしながら、つならなさそうに言うメンヌヴィル。
「お前の身体の温度は、お前がやろうとしていたことを全て俺に教えてくれたぞ」
 つい先程、このメンヌヴィルがキュルケに語った言葉を思い出す。

 ―――「俺は炎を使う内に、随分と温度に敏感になってね。距離、位置、どんな高い温度でも、低い温度でも数値を正確に当てられる。温度で人の見分けさえつくのさ」―――

 それを忘れていたわけではない。
 忘れていたわけではないが、まさかここまで鋭敏だとは思っていなかった。
「まあ今の不意打ちも、もしかすれば俺以外の奴になら成功したかも知れんが……」
「くっ!」
 放してしまった杖を再び掴むべく、ルイズは懸命に手を伸ばす。
 距離はたかだが数サントほど。
 いくら背中を強く押さえつけられているとは言え、肩をひねるなりすれば届かないわけではない。
 杖さえ持てば、爆発さえ出せれば、コイツにダメージさえ与えられれば、逆転のきっかけさえ作ることが出来れば、きっと何とかなる……はずだ。
 そのはずなのに。
「だから気付いていると言っただろう」
「きゃああっ!!?」
 ルイズの手が杖に届く寸前で、その華奢な身体はメンヌヴィルに蹴飛ばされる。
 ゴロゴロと床を転がり、椅子に激突するルイズ。
 杖は数メイル向こうにまで遠ざかってしまった。
 もう、打つ手が―――ない。
「さぁて」
 メンヌヴィルはニヤニヤと笑みを浮かべながら杖の先端に火を灯す。
「貴族のガキを殺しちゃいかんと言い含められてはいるが……何しろここまで抵抗されてしまっては『やむを得ず』反撃してしまっても構わないよなぁ?」
「……ぅ、ぅうっ……!」
 ルイズは思わず硬く目を閉じる。
 火は膨れ上がって炎となり、今まさにルイズを飲み込まんと更に勢いを上げた。
 直接見なくとも伝わってくる熱波。
 迫り来るそれを肌で感じ、決めきれない覚悟のままにルイズは使い魔の名前を叫ぼうとして、
「ユー……」
「待ちなさいっ!!!」
 その声は、いつも彼女が聞いていた女性の叫び声によって掻き消されてしまった。
「ん?」
 声のした方に注意を向けるメンヌヴィル。
 その杖の炎は、いまだルイズを向いている。
「あ……」
 ルイズもまたそちらの方を見てみれば、そこには後ろ手に縛られながらも毅然とした態度で立っているエレオノールの姿があった。
 ……隣に座っているミス・ロングビルが『うわぁ』とでも言いたそうな顔をしているが、それはこの際置いておこう。
「何だ、お前は?」
「―――私はラ・ヴァリエール家の長女よ。父はこのトリステインを動かす貴族の一人」
「ほお」
 メンヌヴィルに相対し、あまつさえ睨みつけまでしながら、エレオノールは言葉を続ける。
(……!)
 このタイミングで出て来たことの意味は、ルイズにも分かる。
 エレオノールは自分の身分を武器にして、この場を何とか動かそうとしている。
 そうさせたのは、自分の失態が……自分を危機から救おうと、庇おうとしたのが原因だ。
「っ」
 同じヴァリエールの人間である以上、姉だけにそんな役目を任せてしまうわけにはいかない。
 ルイズは、自分も同じくそうだと名乗り出るべく声を出す。
 だが。
「ねえさ、」
「っ、そんな『どこの馬の骨とも知れない小娘』よりは、私の方が遥かに相手をする価値があるんじゃないかしら!?」
 それをいち早く察したエレオノールが、強い口調でそれをさせなかった。
「!!」
 ルイズは、今の姉の言葉に込められた『自分に対するメッセージ』を理解する。

 ―――このまま大人しくしていなさい。
 ―――決して自分がヴァリエールの人間だと明かしてはいけません。
 ―――今は私に任せて。

「…………っ!!」
 助けてくれて嬉しい。余計なことをしないで。生き延びられてホッとした。そんな自分が情けない。それはわたしの役目です。ありがとう、姉さま。
 色んな感情がごちゃ混ぜになって、一斉にルイズを襲った。
 もうマトモに声を出すことすら出来やしない。
「フン、心意気は買うが……」
 そんなルイズをどう判断したのか、メンヌヴィルは杖の先の炎を霧散させてエレオノールの方へと歩いていく。
「ひっ!」
「きゃあ!!」
 それを受けて懸命にメンヌヴィルから遠ざかろうとする周囲の女子生徒たち。
 なお、その中にはちゃっかりミス・ロングビルも含まれていた。
「かと言ってお前一人をどうこうすれば良いという訳でもなくてな。例え三流以下であろうと、国中の貴族の子女の命が懸かっているとなればアンリエッタも考えざるを得まい」
 エレオノールのすぐ近く、手を伸ばせば触れられる距離までメンヌヴィルは移動した。
「……ついでに『判断材料の提供』として一人か二人ほど見せしめに殺せば、かの女王陛下もより深くこの問題をお考えになられるだろう?」
「ぅ……」
 杖の先端が、今度はエレオノールに向けられる。
 エレオノールはそれでもメンヌヴィルから視線を外すまいと気丈に振る舞うが、逆にメンヌヴィルから発せられる独特の空気に呑まれているようだった。
「お前、怖いな? 怖がってるな?」
「そ、そんなわけが!」
「お前の温度はそう言っていないぞ」
 笑いながらエレオノールに顔を近づけるメンヌヴィル。
 無機質な瞳が接近し、エレオノールは思わず顔を背けた。
「フン、こういう時は目が見えないと不便だな。さぞかし気の強そうな顔をしているんだろうが……」
 そしてメンヌヴィルは杖を持っていない左手を伸ばす。
「いや、まったく。お前の顔を見れないのが残念でならない」
 その手がエレオノールの顔に触れるか触れないか、という所で……。
 バンッッ!!!
「!」「えっ!?」
 いきなり食堂のドアが強引に開かれ、目にも留まらぬスピードで『何か』が食堂の中に飛び込んできた。
 その『何か』はエレオノールとメンヌヴィルとの間に強引に割って入った直後、手に持った剣を振るってメンヌヴィルを攻撃する。
「ぬっ!」
 身体をひねってそれを回避するメンヌヴィル。
 ―――結果だけを見れば、その攻撃は彼の身体に毛ほどの傷もつけてはいない。
 だがその攻撃の鋭さ、あと一瞬かわすのが遅ければ命が無かったほどの切っ先の速度、そして何の躊躇もなく首を狙ってきた点。
 メンヌヴィルの顔色を変えさせるには十分すぎる一撃だった。
「剣を使う、ということは平民か。……今の今まで隠れていたくせに突然現れるとは、どういう風の吹き回しだ?」
「……それは私自身が聞きたいよ」
「何?」
 間合いを取りつつも突然の乱入者に問いかけるメンヌヴィルだったが、その問いに対する回答は不可解なものだった。
 ともあれ、この場においてこの問答はさほど重要ではない。
 重要なのは……。
「まあいい。相手が貴族ではなく平民ならば、思う存分焼いても構わんということだからなぁ!!」
 メンヌヴィルは鉄の杖を乱入者である銀髪の男に向ける。
 それに応じて男もまた、剣だけではなく腰からロープのようなものを取り出して左手で持ち、本格的な戦闘態勢に入った。
「まったく……。厄介事というものは重なる時にはとことんまで重なるな」
 そんなことを呟きつつ、銀髪の男……ユーゼス・ゴッツォはメンヌヴィルと睨み合うのだった。


 ざわざわざわ、と食堂に動揺が走る。
 いきなりのユーゼスの登場に、敵味方を問わず全員が驚いていた。
 ……実を言うと、ユーゼスはこのタイミングで食堂に突入するつもりはなかった。
 事実、タバサが倒れ、キュルケが敗れ、アニエスが吹き飛ばされ、主人であるルイズが痛めつけられようが『まだ機ではない』と飛び込もうとはしなかった。
 ルイズが攻撃を受けている間には左手のルーンがさかんに輝いて警告を送り、無力化した精神干渉の部分がしきりに自分を食堂の中へと導こうとしたが、それも無意味。
 むしろ隣にいたコルベールが突入しようとするのを抑えるのに苦労したほどである。
 そう言えばあのメンヌヴィルとかいう男をコルベールが見た途端、彼の顔色が変わってまた硬直、と言うか葛藤状態に突入してしまったが、あの男にトラウマを喚起される要因でもあったのだろうか。
 しかしこのコルベール、役に立つのか立たないのかよく分からない人間である。
 とは言え、ルイズがメンヌヴィルに殺されそうになった局面では『さすがに不味い』と思って飛び込……もうとしたら、今度はいきなりエレオノールが名乗り出た。
 ユーゼスはこの展開に焦った。
(……あの馬鹿め)
 今まさにルイズが殺されそうになっている段階でわざと注意を引くような行為をしては、自分が殺されたって文句が言えない。
 仮に妹をかばうにしても、もう少しやりようがあるはずだ。
 なぜあの女はこう、魔法の理論や学術的な理路整然さなどには目を見張るものがあるのに、とっさの衝動のブレーキが効きにくいのだろうか。
 昔の自分でもあるまいに。
 と、こんな感じにエレオノールの行動を苛立ち半分、心配半分で見守っていると。
 メンヌヴィルがおもむろにエレオノールに顔を近づけて。
 その手が彼女の顔に触れそうになり。
「…………!」
 その瞬間、『理由はよく分からないのだが』物凄く不愉快になってしまって、気付いたらコルベールの声も耳に入らずに食堂に飛び込んでいた。
(―――なぜ私は飛び出したのだろう)
 と言うわけで、この場におけるユーゼスの登場に一番驚いているのは、実は他でもないユーゼス自身なのであった。
「っ、もう、遅いわよユーゼス! 今までどこに行ってたのよ!?」
 そんな銀髪白衣の男の困惑などはつゆ知らず、金髪眼鏡の女性は非難するような口調でメンヌヴィルと睨み合っている彼に問いかけた。
 その顔が少しばかり赤らんでいるのは、メンヌヴィルの魔法の熱気に当てられたためだろうか。
「叱責は後で受けよう」
 そんな叫びに近い詰問をはぐらかしつつ、ユーゼスはエレオノールを庇うようにしてメンヌヴィルと対峙する。
 今は戦闘中だ。
 目の前の相手とならばともかく、他の人間と話し込んでいる余裕などはない。
 ……しかし、確認せずにはいられないことが一つあった。
「ところでエレオノール」
「な、何よ?」
「あの男に『近付かれる』以上の事はされなかっただろうな?」
「え?」
 きょとん、とした顔になるエレオノール。
 しかしその数秒後、
「…………~~~~っ!!」
 ユーゼスの質問をどのように解釈したのか、見る見るうちにエレオノールの顔が真っ赤になっていく。
 そしてエレオノールは少々しどろもどろになりながらも、何とか返答を行った。
「べ……べ、別に、大丈夫よっ。ロープで手を縛られてはいるけど、逆に言えばそのくらいしかされてないし」
「ならばいい」
 会話を切り上げ、改めてメンヌヴィルに意識を集中させるユーゼス。
 この戦闘に対するモチベーションは、ハルケギニアに召喚されて以降トップクラスと言っていいほどに高い。
 相変わらずどこにどんな原因があるのかはよく分からないが、目の前の盲目のメイジに対して、怒りのようなモノがふつふつと湧いてきている。
 よって感情をエネルギー源とするガンダールヴのルーンもまた、過去最高に機能している。
 あとはこれが、この敵に対してどの程度通用するのかだが……。
(……こればかりは実際に戦ってみるしかないか)
 オリハルコニウムの剣を右手に、快傑ズバットが使っていた鞭を左手に持ってメンヌヴィルとの間合いをはかる。
「話は終わったか、色男?」
 メンヌヴィルがニヤついた顔でこちらに話しかけてきた。
 対するユーゼスはあくまで無表情に、しかし僅かながらの感情をにじませながらそれに応える。
「お前が何をもって私をそのように形容するのかは知らんが……。……何にせよ、この騒動の報いは受けてもらうぞ」
「クハハハッ、お前にそれが出来るのであればな!!」
 そう言い終わった直後にメンヌヴィルの杖から炎が噴き出し、ユーゼスもまたほぼ同時に鞭を振るう。
 ……かくして、新たな戦いが幕を開けた。


 ルイズはボンヤリとしながら、ユーゼスが戦っている光景を眺めていた。
「……………」
 そして考える。
 考えたくはないことだったが、頭の中の冷静な部分が勝手に考えてしまう。
 ユーゼスが食堂に入ってきて、あのメンヌヴィルに切りかかっていったタイミング。
 メンヌヴィルの手が、エレオノールに触れそうになった途端にユーゼスが現れたこと。
「……………」
 あのユーゼスが何の策も考えもなしに、こんな事件が起きている食堂に飛び込んでくるわけがない。
 事件の成りゆきを、敵の様子や情報を観察していたはずだ。
 そう、見ていたはずなのだ。
 自分があの盲目のメイジに踏みつけられ、蹴り飛ばされた光景も。
 そして当然、エレオノールがあのメイジに近付かれて、何らかの危害が加えられそうになった場面も。
「……………」
 自分に対しては、どんなに攻撃されようと飛び込んではくれなかった。
 姉に対しては、敵の手が触れそうになった時点でなりふり構わず飛び込んできた。
 ―――つまりはそういうことなのだ、と。
「ぁ……」
 答えが出た瞬間、そんなつもりはなかったのに涙が出た。
 そして涙の後を追うようにして、感情が襲ってくる。
「ぅぁ……ぅ、ぅう、っ……」
 終わった。
 何が終わったのかよく分からないが……この瞬間、ハッキリと何かが終わった。
「えぐ……っ、っく、ひっく……」
 泣き顔をさらしたくなくて、うつむくルイズ。
 別に裏切られたというわけではない。
 フッたとかフラれたとか、そういう問題でもない。
 『好きだ』なんて言ったこともなければ(惚れ薬の一件は別として)言われたこともないし、そもそもそんな雰囲気になったことすらないのだから。
 要するに、ユーゼスとルイズは最初から『ただの主従関係』でしかなかった。
「ぐすっ、ぇ……っう、ふぇ……」
 いくら使い魔だからと言っても、ユーゼスだって人間だ。
 誰か女の人を好きになる……とまではいかないまでも、惹かれることだってあるだろう。
 そして、その『誰か』は自分以外の人間で。
 もっと分かりやすく言うと、エレオノールだった。
 それだけの話。
 誰が悪いとか、憎いとか、恨むとか、お門違いもはなはだしい。
「……っひ、ぇうっ、ひくっ、……っ」
 前々からそんな予感はあった。
 初めて会った時から、ずっとレポートのやり取りは続いているようだし。
 ビートルを回収してきた宝探しには、ユーゼスとエレオノールとギーシュという必要最低限のメンバーしか参加していなかったし。
 いくら緊急手段とは言え、あのプライドの高い姉が口移しでプラーナとかいう魔力に似た力をユーゼスに分け与えてもいた。
 実家に帰った時は頻繁に二人で会っていたはずだし。
 それは姉が教師として魔法学院に出向してきてからも変わっていない。
 そう言えば、この間は夜中に隣のユーゼスの研究室から、エレオノールの声が漏れ聞こえてきたこともあった。
 とにかく、心当たりを思い出せばキリがない。
「ぁ……ぅくっ、ひ、えぐっ、うぅ」
 そして何より。
 エレオノールと一緒にいる時は、ユーゼスの身の回りの……雰囲気というか空気のようなものが、ほんの少しだけ柔らかくなるのだ。
 召喚して以降ずっと一緒にいたルイズだから分かる、微細な変化。
 ……いや、ずっと一緒にいたからこそ、本当は薄々感づいていたような気がする。
 ユーゼスの目には、自分は『その対象』として映っていないのだと。
 スタートラインにすら立てていなかったのだと。
「…………っ」
 改めて考えてみると、自分が抱いていた感情は恋だったのかどうか、それすらもよく分からない。
 幼いあこがれと、恋愛感情を取り違えていただけだったのかも知れない。
 最初は強い敵愾心と言うか、対抗心から始まって、それから気が付いたら異性として見るようになってしまって。
 だが……例えこれが失恋ではなかったとしても、今以上に苦しい気持ちになどルイズは16年の人生の中で味わったことはなかった。
 ワルドが裏切ったときなど比較にもならない。
 『傷心』とはこういうことを言うのか、と妙な得心さえしてしまう。
「―――――」
 それでもどうにか持ち直し、ゆっくりと顔を上げた。
 今は戦闘中、命のやり取りをしている最中なのだ。
 いつまでも泣いている場合ではない。
 ないのだが……。
「ルイズ……! 大丈夫!?」
「あ……ぁぅ……」
 目の前にエレオノールが現れてしまうと、どうにもまた泣きたくなってくる。
 いや、分かっている。
 姉に他意はない。
 ただ純粋に自分を心配してくれているのだ。
 だから腕のロープが解かれて杖を取り戻した途端、真っ先に自分に向かって駆けて来てくれた。
 それは分かっているが、しかし。
「こんなに泣いて……。まったく、無茶をしてはいけないと日頃からあれだけ言っていたでしょう」
「う……ひっ、く……ぅ、ぅぅううう……っ」
 相変わらずのお小言だったが、その端々に自分への気遣いが感じられて……なんだか余計にみじめになって、泣きたくなる。
 今だったら赤の他人からの慰めでさえも自分の涙の後押しをしそうなのに、声をかけるのが他でもないエレオノールなのだから、涙腺の崩壊具合もひとしおだ。
「もしかして、あの男にやられたところが痛いの? ああ、誰か水魔法が得意な生徒を呼ばないと……」
「ひっぐ、だ、だいじょ……っぶ、で」
「あれだけ乱暴に扱われて大丈夫なわけがないでしょう!」
 ピシャリと言い放つエレオノール。
 直後、彼女は呪文を唱えてルイズの身体を浮遊させ、大急ぎで食堂から離脱していく。
「ね、ねぇさま、どこに」
「……とにかく今はこの場を離れないといけないわ。みんなの戦いの邪魔になりかねないし」
 食堂の入口を通り過ぎる瞬間、エレオノールはもう一度だけ中の……ユーゼスの様子を見た。
「―――――」
 そして、そんなエレオノールをルイズは見た。
 食堂の中は見ていない。
 今あらためてユーゼスを見てしまうと、今よりももっと大泣きしてしまいそうだったからだ。
「……ユーゼス……」
「―――――」
 エレオノールの呟きと表情を目の当たりにして、何と言うか、感心してしまった。
(姉さま、こんな顔するんだ)
 一言で表現すると、『女の顔』。
 貴族として、ラ・ヴァリエール家の人間として、姉として、娘として、学者として。
 ルイズは姉の色々な顔を知っている。
 でも、こんな顔は知らない。
 ……ユーゼスと一緒にいる時はこれに近い雰囲気でいることがあったが、ここまでハッキリと『女』を意識させる顔は初めてだった。
「―――――」
 そして、そんな事実にどうしてか打ちのめされる。
 なんか、もう、色んなものが立て続けに自分に殴りかかってきているような錯覚さえ覚えてきた。
「……今はあの人を信じましょう。さあ、行くわよ」
「―――――」
 エレオノールに連れられて、ルイズは食堂から離れていく。
 ふと上を見れば空は暗く、二つの月は淡い光を地上に注ぎ続けていた。
 白み始める気配すらまだ見えない。
 夜明けには、まだ時間が必要なようだった。


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