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汝等、虚無の使い魔なり!-07


 日は虚無の曜日、向こうで言えば日曜日。
 時は午後前、場所は学院の正門。
 馬二頭に鞍二つ、一頭はルイズでもう一頭は九朔、ちなみに紅朔は九朔の前に横向きで腰掛けている。
 馬に乗って学院正門に居ると言うことは、学院の外に出るか戻ってきた時くらいだろう。
 二択の内、馬が向いている方向から一つ、戻ってきたと言う選択肢は無くなる。

「ちゃんと乗れるじゃないの」
「いや、知識だけであるからな。 実際に走るのは未だ不安だ」

 先日言った武器屋へ使い魔のルーンの確認をしに行くこと、それが今3人が馬に乗る理由。

「……走って行った方が良いかもしれんな」
「馬でも3時間もかかるのに、走ったりしたらお昼過ぎちゃうでしょ」
「問題ない、3時間程度なら馬より早く走れる」
「いやよそんなの、せっかくの風情をちゃんと楽しまなきゃ」
「……確かに、馬に乗る機会などそうは無いだろうがな」
「アンタたちの移動手段ってなんなのよ……」

 九朔たちからすれば、下手に自動車など乗って目的地へ向かうより、ビルの上など駆けたり空を飛んだ方が圧倒的に早い。
 体力の問題も限りなく無いと言って良い、やろうと思えば時速数百キロで何十時間も走り続けられるほどの尋常ではない身体能力を持っている。
 空も同様、音速を超える速度で飛翔し続けることも可能だ。
 馬で3時間の道のりを僅か十分で駆け抜け、飛び辿りつける。
 だが、ルイズも一緒にそのような速度で移動すれば、酷い事になるだろうから出来はしないのだが。

「大体が徒歩か徒走りであるな、自動車も全くと言って良いほど乗らぬし」
「じどうしゃ? なんなのそれ」
「動力を馬ではなく別の手段で補った乗り物だ、流石に工学的な説明は出来ないが」
「よくわかんないけど……」
「私達の事を田舎者と思ってる時点で理解なんて出来ないわよねぇ」

 自尊心が大きすぎるのも厄介よねぇ、と紅朔。

「……さっさと行くわよ」

 この数日で無視することを覚えた主殿は紅朔と視線を合わせずに、馬の腹を蹴って走らせ街へと向かう。

「我等が居た世界では魔術がある事は公にされてはいない、故に魔法や魔術に頼らず別のものを伸ばしてきたのだ」
「それがじどうしゃってやつ?」
「それもあるが風竜より早く飛べる飛行機や、何百何千万リーブルもの重荷を載せて航海する貨物船など上げればキリがない」

 魔法や魔術が無くとも人間は力を手に入れていく。
 時が進めば宇宙へと飛び出し、太陽系の外まで足を運ぶことが出来るようになるだろう。
 それでも、そんな科学と言う名の力を手に入れても、宇宙の外の悪意には一瞬すら抵抗出来ないだろうが。

「話が大きすぎてよくわかんないんだけど」
「主殿からしてみれば常識外の話であるからな、理解しろと言う方が酷であろう」
「ピンクブロンドは普通に魔法を使えていたら、どうなっていたのかしらねぇ。 そこら辺の屑のように家柄を笠に来て威張り散らしてたかしら?」
「わかんないわよ」

 ありもしない状況に想像を働かせているより、いずれ魔法を使えるようになった時のため、知識を貯めておく主殿は他の貴族とは一味違う。
 無論そういう未来もあったかもしれん、そうであったなら他のメイジと同じようにハルケギニアの生物を召喚して使い魔にしていただろう。
 間違っても我等が召喚されることなど無かったはずだ、と言うか今だ紅朔の呼び方はピンクブロンドのままだがそれで良いのだろうか。

「さして気にすることもあるまい、見るべき事はありもしない過去より在るべき現在であるからな」
「未来の方が気になるわよ」
「それより今を気にしなさい、足元を疎かにするとこけるわよ?」
「言われなくても!」

 手綱を強く握り、もっと早く走れと馬をけしかける。
 まるで生き急ぐかのように馬を走らせるルイズであった。







「逃げる事など無いというのに」
「わかってるわよ! 少しやりすぎただけよ!」

 走らせすぎたルイズの馬はずいぶんと疲弊していた、馬は十分や二十分程度の休憩では再度走ることは出来ないだろう。
 死んだように横たわっている馬を見ながら、三人はそれぞれの反応を示していた。

「少し休めば問題ないわ! ほら、さっさと武器屋に行くわよ!」

 見て欲しくないものを見られているせいかルイズは九朔を押す。

「かわいそー」

 馬を指差して紅朔が笑う、いつも通り追撃を掛けている。

「くっ、この馬に飼葉と水をたっぷり上げてちょうだい!」

 と街の門のそばに在る馬専用の駅の駅員にそう指示して、また九朔を後ろから押し始める。

「そう押さずとも良いだろうが」
「じゃあさっさと歩きなさいよ!」

 いくら力を込めても揺らぎもしない九朔に、半ば意地になって背中を押し続けるルイズ。

「あるっ、きなっ、さいっ!」
「そうは言われてもな、武具屋がどこに在るのか知らぬのだが」

 それを聞いてピタリと止まるルイズ。
 いくら九朔たちがルイズの記憶を知ろうとも、召喚の儀式時点までの記憶しか無い。
 その後の事などもう一度血液を取り込まないと分からないし、勝手に記憶が更新されるわけでもない。

「……さっさと行くわよ!」

 押すのをやめたルイズは先立って歩き始める。

「もうちょっと考えられないのかしら」
「誰であろうと慌てれば思考能力が落ちる」
「まぁ自分の失態を見られたくはないけどねぇ」

 大股でドスドス歩いていくルイズの背を見ながら、二人の九朔は後を追い始めた。
 そうして街への門を潜る、広がる街並みを見ながらも九朔は呟いた。

「……偶然と言うこともあるかもしれぬが」
「それはなさそうね」
「……はぁ、主殿に話しておくべきか」
「ご自由にー」

 変わらず浮いたままの紅朔は動き出す。

「なるようになる、と言うのもな……」

 ルイズ、紅朔に続いて歩き出す九朔。
 こっちに来てから考えてばかりな事に、心労ばかり溜まっている気がした九朔であった。







「こっち、こっちよ……たぶん」

 白色を基調として作られた街並み、向こうのアーカムシティでは全く見られない景色。
 建築技術のレベルが違うし、建物の配置や道路などの効率もそれほど考えられてはいないだろう。
 現にメインストリートであるこの道、大通りでさえ道幅5メートルも無い。
 かなり狭い両側二車線の道路程度だ、歩道が出来るかどうかも疑わしい自動車が走れば簡単に埋まる道幅。
 それは地球の話で自動車など存在していないこの世界で、大通りを闊歩するのは人間ばかり。

「いやになっちゃうわ、なんでこんなに狭いのよ」

 浮かんだまま九朔の肩に腕を乗せ、九朔に引っ張ってもらっている紅朔は大きく溜息を吐く。
 人人人、人の波が大通りを埋め尽くす。
 しかも各々が行きたい方向へと進んでいるからよりごちゃごちゃと入り乱れていた。

「仕方あるまい」

 などと言いながらもルイズと九朔二人の周りに人は居ない。
 狭いからと言って誰かの体と触れるような位置に通行人は居ない。
 ルイズは貴族の証であるマントを羽織っているし、二人の九朔はその身に纏う衣服や紅朔が浮かんでいたりで平民とは思えない存在感を出しているからだ。
 明らかに貴族と平民に見えない二人に、度胸試しの如く近づく輩はいない。
 故に人の波が割れる、小魚の群れを突っ切る大魚、そういう表現が合う光景。

「確かに、せめて倍ほどの幅があれば良いのだが」
「一番大きな通りで狭いって、随分とそっちは広いのね」
「一番小さい自動車用の道路でももう少し広い、区切りを置いて隣に歩行者用のもあるからあと3か4メイルほどはあるな」

 気が狂っているとしか思えないとある科学者が巨大なドラム缶っぽいロボットを操ってよく暴れるので、すぐさま建物を建て直す為に効率的な配置がなされていたりもするアーカム。
 発展具合も世界屈指の覇道財閥が本拠地を置くことから、例を見ないほどの大都市となっている。
 そのアーカムシティがあるマサチューセッツ州、そことその他の州を統べているアメリカの国土は世界でも五指に入るほどの国土を誇る。
 広大な土地に対して住む人間が少ないなどと言われる事さえある、そんな大都市に住む二人の九朔からすればこの大通りからしても狭く見えるのは仕方が無いのかもしれない。

「まだ着かないの? と言うか迷ってない? どれだけお子様なのよ」

 フググと喉に出掛かった言葉を必死に飲み込む主殿。

「は、初めてなのよ、大体路地裏なんかに来ないんだから!」

 そう言いながらも大通りから外れ、路地に入る。
 時折足を止め、思い出すように唸る。

「ピエモン、秘薬屋の近くだったはず……」

 路地を進み、さらなる裏路地へと入る。

「……なにこれ、汚らしいったらありゃしないわね」
「うぅ、なんでこんなゴミが置いてあるのよ……」

 ルイズと紅朔は鼻をつまんで鼻を打つ刺激臭に顔を顰める。
 言うなれば臭い、生ごみが腐ったり、まるで排泄物がそのままあるかのように。

「堪らんな、裏は汚いと言うのはどこも変わらんか」
「アンタ達の世界もこんなふうなの?」
「ゴミが置いてある時もあるが、流石に悪臭がするほどではないのだがな」

 ゴミや汚物をできるだけ見ないようにして進み続ける。

「……ふむ、やはり偶然ではないか」
「……? なにが?」
「付けられている」
「付けられてる? 誰かが追いかけてきてるわけ?」

 振り返ろうとしたルイズを九朔は遮って止める。

「最初は偶然かと思ったのだがな、街に着いてからもずっとこちらを見ている」
「……街に着く前から追いかけてきてるわけ? どこら辺で気が付いたのよ」
「学院を出る前からだが」
「最初っからじゃないの!」
「仕方あるまい、今日は虚無の曜日だ。 他の生徒も街へと繰り出すかもしれんしな」
「それはそうだけど、ずーっと見られてるってのはおかしいでしょ!」
「で? どうするの? 殺すの?」
「なんでそんな物騒な言葉が出るのよ!」

 欠伸をしながら言う九朔の言葉。
 洗脳とか記憶を消すとか、そんな事をしてるより出会い頭に首を落とす方が早い。
 無論死体など残すはずも無く、綺麗さっぱり消滅させる事が出来るので行方不明扱いになるだろう。
 すでに退屈している紅朔は面倒臭くてそう言っただけであろうが。

「あの四辻で待ち構えてみるか?」
「……相手に依るでしょ」
「とりあえず付いてきているのが誰か、確かめてからに」
「ええ、そうしてちょうだい」

 歩きながら話し、10メイルも無い先にある四辻。

「武具屋もあるかどうか見ておかねばな」
「そうね、聞いた話じゃ銅で出来た剣の形をした看板だって……」

 人気が少ない路地裏を、靴音を鳴らしながら進む。
 十秒ほど掛かって四つ角、交差点に差し掛かる。
 右、左と確かめて。

「あれではないか?」
「そうね、たぶんあれよ」

 四つ辻を曲がった先に茶色の、錆びたように見える剣の形をしてぶら下がる看板を見つける。

「それでは主殿」
「追いかけてくるのを待つ訳?」
「隠れ追いかけてくる者の顔を確認しよう、知っている者なら理由を問えば良いし、知らぬ者なら尾行を撒いた方が良いだろう」

 完全に撒いてから武具屋へ向かった方が安全だろう。
 会話しながら角を曲がる、曲がり切ってから九朔は足を止め。

「主殿、体に触れるがよろしいか」

 九朔はルイズへと向き直った。

「え? ええ、変なことじゃなきゃいいけど……」
「失礼」

 一言詫びて、ルイズの背中から手を回し抱き上げる。

「キャッ!?」

 いわゆるお姫様抱っこ状態で、ルイズの体を九朔は苦も無く抱えている。

「落ちぬよう、首に手を回していただきたい」
「……ええ、って落ちる?」

 九朔に言われるがまま首に腕を回すと同時に、ルイズの視界が一気に上がった。

「え? ひゃあっ!?」

 ほぼ垂直に一っ飛び、九朔はルイズを抱えたまま10メートル以上飛び上がり、隣の建物の屋根に左手を掛けて登り上がる。
 そうして初めて見る景色、建物の高い階層から見る景色とは一味違う視界、フライを使えるメイジならもっと幼い頃に見れるはずの景色。
 建物など登ったりしないで見下ろせる景色とはこんなにも違うものなのかと、白い石作りの街並みが全く違う景観に内心感動している。

「あん、騎士殿に抱えられて羨ましいわ」

 そんな感動を無にするような声、ふよふよ浮いていた紅朔がクスクス笑いながらも二人を見ていた。

「ちょ!? 危ないじゃないの!!」

 押し退けるように紅朔がルイズへと肩を合わせ、九朔の腕に収まろうとしていた。

「あら、いいじゃないの。 私もそうして欲しいからこうしているだけよ?」
「今じゃなくていいでしょうが! 落ちたらどうするのよ!」
「騎士殿が助けてくれるわよ、ねぇ?」
「確かにそうだが、今落ちたら面倒な事になるから止めておけ」
「騎士殿はとってもお優しいんだから」

 押すのを止め、元きた道の方向へと飛んでいく。

「撒かないで覗けばいいじゃないの」

 頭を指先で突付きながら、屋根伝いに飛んでいく。
 九朔はルイズを抱えたまま九朔を追いかけ、屋根の上を跳ねる。

「知人であれば覗くのは止めておけよ」
「はいはい」

 20メートルほど屋根から道なりに引き返し、浮かんでいる紅朔が下を覗く。
 僅か数秒覗いて九朔は引き返してきた。

「赤い尻軽と青い無愛想」

 そうして開いた口から出たのは、侮辱として通用する言葉。
 見たまんまとルイズの記憶からの情報でその人物像を口にする。

「もうちょっとましな言い方はないのか」
「9割方ピンクブロンドの情報だけど?」
「………」

 黙るルイズ、思い当たる節と言うかそのままの感想が紅朔の口から出たのが癪と言うか。
 確かに自分の記憶を持っていると考えてしまう。

「……キュルケと、タバサ……だっけ。 何で追いかけてきたのかしら」
「興味本位でしょ? ピンクブロンド、じゃなくて私達のことが気になるとかね」
「アンタ達話してたんだったわよね」
「主殿を心配しているのだろうな」
「んなわけないでしょ」

 降りましょう、と一言伝えれば「うむ」と言う返事が帰ってきて、体が軽くなったような重くなったような変な感覚をまた味わう。
 10メートル以上からの落下、フワリと音も衝撃も無く降り立った。

「……真後ろじゃなくてもいいんじゃない?」
「先日目の前に降りたら大層驚かれたのでな」
「離れた所に降りるって選択肢は無かったわけ?」

 文句を言いながら腕から降ろしてもらうルイズ。

「邪魔。 それで、何の用?」

 いきなり背後に降りてこられ、反射的に杖を向けてきたタバサ。
 その杖先はルイズと九朔に向けられ、ルイズが腕から降りれば鼻先に。
 それを手で退け、腰に手を当てる。

「学院からずっと付けてきてたんでしょ? 全部わかってるんだから」

 自信満々に、赤い尻軽ことキュルケと、青い無愛想ことタバサへと胸を張る。

「付ける? なんでゼロのルイズをつけなきゃいけないのよ」

 髪を掻き上げながら、キュルケも胸を張る。
 平原と山だった、隔絶した差、覆せぬ戦力差。
 それは負ける事が決まっていた戦いだった。

「ああ、これは駄目ね。 お母様が居たら『もぐ』でしょうね、それも全力で」

 その戦いに割り込む、背後からの奇襲を行ったのが紅朔。
 キュルケの背面から逆さで、両手を使って胸を持ち上げていた。

「ちょ、いきなり何よ!?」

 むにゅんもにゅんと揺れる、いきなりの事で振り払おうとキュルケは腕を振るう。
 それは肘打ちになって紅朔に威を振るうが、紅朔は上体を逸らしながらも避けつつ舞い上がる。

「私はお母様似でも問題ないわ、騎士殿は……お父様似が良かったかしら?」
「それを言うでない……」

 大十字 九朔の容姿は母親たるアル・アジフに似ている。
 髪色から瞳の色、……そして背の高さも。
 無論九朔の方が高いが、父親の大十字 九郎よりは低い。
 両親の身長を足して二で割ったような背の高さ、男としては少し低いかなと言う程度。
 九朔本人としては父である九郎と肩を並べ、見劣りしない高さが欲しかった。

「いいじゃないの、お母様にも似て嬉しいでしょう?」
「それはな、言わずとも分かろうが。 だがな……」
「あらあら、お父様に弄られて気にしちゃってるのね。 ベッドの中で慰めてあげましょうか?」
「いらん」
「ああん」

 自由自在に飛び、抱きついてきた紅朔を押し退ける。
 まだ希望はある、と内心将来に期待している九朔だった。

「いいじゃないの、そこら辺の男どもより断然カッコイイんだから」

 話を聞いてそう言うキュルケ、しなを作って九朔を見る。

「あらあら、誰の許可を得て私の騎士殿に色目を使ってるのかしら?」

 九朔を誘惑していることに気がつき止めようと間に割り込もうとしたルイズ。
 だが、さらにそれより早く紅朔がキュルケの前に割り込んだ。

「恋をするのに誰かの許可がいるの?」

 正面に見据え、キュルケが言う。
 それを聞いて笑みを作っていた紅朔の表情が豹変する、それは背に氷の杭を打ち込まれるような、身の毛がよだつほどの恐ろしいモノ。
 まるで皮膚が裂け、今口が出来たかのように紅朔は嗤う。

「許可? 許可なんて要らないわ、私の大切な者に触れる前に……」

 ゆっくりと腕を上げ、指先をキュルケへと向け……。

「紅朔、いい加減自重を覚えるが良い」

 止めに九朔が腰に腕を回し、無理やり引っ張り寄せる。
 そうして引き抜かれた、紅朔が放つ殺意の縫い針を。
 紅朔の指先がキュルケの胸元へ触れる前に離れる、そうして離れてからキュルケは尻餅を付いた。
 肌が焼け爛れ切り裂かれ剥ぎ取られ、肉を抉り千切り刻み取る、キュルケの心臓を握り潰すそれは精神を折るに十分。
 九朔へと抱きつきながらも、紅朔はクスクスと嗤いながらそれを見ていた。







「どうしたのよあんた、ワインでも飲んできたわけ?」

 尻餅を着いて見上げるキュルケ、そんな姿をルイズは訝しんで見下ろす。
 ルイズはあの使い魔の後ろに居たために表情を見ていなかったんだろう、気が付いておらずいつも通りの少々眉を顰めた表情。
 強張る首をなんとか動かし、隣に立っているタバサを見上げた。
 その横顔は険しい、唇を噛み締め眉を顰めている。
 杖を握る手も白くなるほど力が込められ、強く睨みつけるように彼女を見ている。
 タバサもあの表情を見て、ルイズが召喚した使い魔に対して恐れを抱いたのだ。
 あり得ないと否定したい、人間にあんな表情が出来ると言うのが、今目前で見ても否定したくなるほど。

「……いやぁねぇ、ちょっと小石に躓いただけよ」

 嘘、あの使い魔に見えも触れもしない手で押された。
 簡単に押し負けた、抗うことを瞬時に放棄して諦めた。
 巡る考えを捨て一息深呼吸、震える足に活を入れて立ち上がる。

「そちらの使い魔さんの思う通りにはならないわよ、だって私はその人の大切なものには手を出しませんもの」

 自分のミスを恨みながらキュルケは言う。
 虚勢だ、立って居られないほどのモノを見てボロを出さないように全力を尽くしている。
 ルイズが召喚した使い魔の一人と対峙して、体が凍りついたように動かなくなった。
 体中に杭と言う杭を打ちつけられ、僅かばかりにも動かせない状態。
 逃げ出したくても逃げ出せない恐ろしいナニかに、簡単に征服された。

「だって死にたくないですもの」

 そう言った、気がつけばそう言っていた。
 それを少し離れたところで聞いた紅朔はまた嗤う。

「死ぬ? 死ぬですって?]

 あはははは、ととても愉快そうに笑って言った。

「安心なさいな、触れたりしたら死ぬのが救いだと思える程の目に遭うのだから」







「すまぬな、我等の一番大切なものは家族なのだ。 紅朔は特に過敏でな、こういう事に関してはやり過ぎてしまう」

 申し訳ない、そう言いながらミス・ツェルプストーへと頭を下げる。

「……いえ、一番大切なものだって、気がつかなかった私が悪かったわ」

 少々顔色が悪く、拳を作っている手も震えている。
 紅朔の殺気に当てられ、恐怖を抱いてしまったのだろう。
 トラウマにならなければ良いのだが。
 隣の、主殿よりも背が低い青髪の少女、ミス・タバサが鋭い視線を向けてきている。
 こちらの少女は警戒心剥き出しだ、それも虚勢に近いものだとわかるが。

「それで、貴方達はどこに行こうとしてたの?」

 それでもなお聞いてくるところ、杞憂かもしれんか。

「武具屋へ向かっていた所だ」
「武器でも買うの?」
「……どのような物があるか見てみたいだけだ」
「ふぅん、どこの国も武器なんて変わらないと思うけど」
「さっさと行くわよ!」

 話を無理やり中断させる、主殿が我の腕をとって引っ張るが。

「ぬぐぐ……!」
「貴女如きの力で動かせないって、いい加減理解しなさいよ」

 踵で踏ん張り、腕を取って体を傾けながら引っ張るが少しも動かない。

「主殿、会話が出来るのだから言葉で動かさねば」
「……行くわよ!」
「了解した」

 含み笑いの紅朔、なんだかんだと言って玩具的な意味で主殿を気に入っているようだ。
 そうして笑いながら九朔の傍に寄る紅朔、変わらず肩に手を置いて引っ張ってもらう。
 時間が無いわけではないが、無駄にするほど有り余っているわけでもなし。
 故にさっさと武具屋に向かう。

「……ちょっと、なんで付いてくるのよ」
「いいじゃないの、私達も気になるんだから」

 歩き出してキュルケとタバサの隣を通り過ぎ、後ろから聞こえてくるのは二つの足音。
 振り返ればやはり居るのは赤と青。

「関係ないでしょ」
「関係はないけど興味があるのよ、色々とね」
「……ふん、付いてきても良いけど邪魔だけはしないでよね!」
「はいはい」

 大して重要と考えていないのか。
 事が偽では無く、真であるならば間違いなく危険だ。
 今後の主殿の人生が様変わりするほどの出来事、容易く信用を置けるか分からない者に僅かでも示唆を与えるのは危険だ。

「主殿」

 そうやって歩きながらルイズの耳元へ口を寄せる。
 耳元で声を掛けられて、驚いたルイズの肩が僅かばかりに揺れる。

「な、なによ」
「あまり他人に見聞きさせることではないと思うのだが、彼女等は信用出来ると?」
「……ウソかホントか確かめてみてからでも……」
「そのような考えは勧められたものではない、主殿が『そうである』と言う価値観を欲しがる者もどこかに居よう」
「だから、確かめてからじゃないとそんなのわかんないじゃない」
「そういう話が出回る事自体、主殿に不利益を齎す可能性もある。 ここは二人を追い返すなりした方が良いと具申するが」

 いわゆるネームバリュー、今は魔法を使えない落ちこぼれなどと思われているが。
 もとより格式高い公爵家の一員で、伝説と謳われる虚無だと知られればいろんな方面から注目を集めることになる。
 間違いなく今までとの環境が一変するであろう、最底辺から最高位の扱いを受けると思われる。
 それが強力な力、例えば系統魔法を大きく超える破壊を齎すなら、間違いなく利用しようと言う輩が現れるだろう。
 その一番可能性があるのは『国』、あるいは『ブリミル教』、どちらか、あるいは両方が近寄ってくるはず。

 ルイズに取って国もブリミル教も、敬意を払い従うべきものだと見ている。
 従えと言われれば喜んでかしずくだろう、これは貴族であるならば当たり前で常識的な話。
 そうなれば国威の上昇や、権威のさらなる上昇へと利用される可能性もある。
 ルイズが虚無である以上、利用し尽くした後に捨てる、等と言うことはないだろうが……。
 系統魔法と違いあらゆる面で不明なことが多すぎる、虚無だからと言って切って捨てるのは甚だしい。

「謀り事の渦中に放り込まれるかもしれぬ、そういうものにはまだ触れるべきではないと思うのだが」
「なによそれ」
「主殿は自分の性格を理解しておられるか?」
「………」
「主殿が鍛え上げられた鋼の如く、強靭で折れること無い意志を持っているなら、我は何も言いはせぬ」

 だがそうではないだろう? と言いたげな視線を送る九朔。

「そんな子供じゃないわよ! 自分のことは自分で決められるわ!!」

 足を止め、九朔に向き直りながら怒鳴り声を上げるルイズ。

「ならば心に決めて欲しい、己が選んだ選択を最後まで貫き通すことを」
「……いいじゃない、決めてあげるわ! 誰が何と言おうと私のことは私が決める! これで良いんでしょ!!」
「はい、よくできました。 証人は4人も居るから、後でどうしよう……なんて言っちゃダメよ?」

 軽く拍手しながら、小馬鹿にした笑みを浮かべる紅朔。

「何か良くわからないけど、ルイズが言ってる事って普通じゃないの?」
「……同意」

 後ろの二人、キュルケとタバサはルイズが言った事など当たり前すぎてよく分かっていなかった。

「では主殿、先程の事を決めて欲しいのだが」
「変わらないわよ!」
「了解した」
「あら? 私達の話だったの?」
「もう終わってるわよ!」

 怒り心頭、大股で歩く主殿。
 この選択が間違ってなければ良いのだが、そう考えながらも目的の武具屋はすぐ目の前だった。
 武器屋へと勧める石段、それを上る主殿については上がらない。
 石段の前で止まって振り返る。

「……どうしたの?」

 付いてくることを許可したのと、見聞きしたのを喋ることは違う。
 つまりここで、二人には『約束』をしてもらわなければならない。

「一つ約束して欲しいことがある」
「約束? なにを?」
「これから武具屋の中で見聞きしたことは決して他言しないと誓って欲しい、でなければ主殿の言葉に逆らってでも追い返す事となる」

 真っ直ぐと見つめ、約束の内容を口にする。

「……貴方としては知られたく無いってこと?」
「その通りだ」

 隣で浮かんでいる紅朔は、珍しく笑みを消して二人を見ている。

「……どうする?」

 ミス・ツェルプストーは隣のミス・タバサを見ながら言う。

「よぉーく考えてね、約束を破ったりしたら一族郎党皆殺しだから」

 と言い。

「……ああ、そうなるとピンクブロンド以外の学院関係者も皆死んで貰わなきゃいけないわねぇ」

 誰に喋ったか分からないから、丸ごと吹き飛ばした方が早いかしら。
 と紅朔はほざいた。

「そんな訳があるか、からかうのは止せ」
「いやぁねぇ、単なる例えよ。 この子たちも喋ったりしたらそうなる位に考えていた方が口が固くなるわ、そう思わない?」

 にっこりと作る笑顔、清々しいほどに悪ふざけを塗りたくった笑顔で二人を見る。

「はぁ……、紅朔の言ったことは忘れてくれ。 そんな事にはならないしさせもしない、精々汝らの記憶を消すか弄るかするだけだ」

 向き直って約束を破った際にやるだろう事を教えておく。

「そういう事よ、怖いんならさっさと帰って自室のベッドにでも丸まって震えていなさい」

 言うだけ言って紅朔は石段の上にある武具屋へと飛んでいく。

「……そういう事が出来るの?」
「……可能だろうな、魔力を込めたクトゥグァを一弾倉分撃ち込めば学院を──」
「……そっちじゃなくて」
「ん? 記憶の方か、何の問題も無く改ざん出来る」
「………」
「弄られた事すらも覚えていないので、汝らは違和感なく何時も通りに過ごせるであろう」
「……ほんと、どうする?」

 難しい顔、眉を潜めて思案しているのだろう。
 勿論紅朔が言った事などしないし、記憶の改ざんも約束を破らなければしない。

「……約束する」

 興味が勝ったのか、喋らないことを約束したミス・タバサ。
 隣のミス・ツェルプストーも同じように頷く。

「我としてはここで引き返して貰った方が尾を引かなくて済むのだがな」
「興味を惹くような気になる事ばかり言って、それでいて追い出そうとするなんてあんまりじゃない?」
「……汝ら貴族には知って欲しくはないものでるからな、せめて主殿が──」
「なにやってんのよ! 早く来なさいよ!!」

 遮るように、実際遮って武具屋の前に居る主殿が上から声を掛けた。

「……とにかく他言無用で頼む」
「わかったわ、喋らないと約束しましょう」
「助かる」

 欲しい答えを得て、石段を登り始める。
 本当にこの二人が喋らなければ良いのだがな……。


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