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ラスボスだった使い魔-43


 襲い掛かってくる『アインスト』に対して、ニコラの判断は素早かった。
「第一小隊! てえーーーーーーーーっ!!」
 号令がかかるや否や、銃兵たちは一斉に怪物たちへと火縄銃を撃ち込んでいく。
 しかし……。
「き、効いてない!?」
「……いや、まるっきり効いてないんじゃなく、効き目が薄いんです!」
 骨のアインストにはヒビが入ったり、ツタのアインストの触手は千切れかけていたり……と各種類ごとにダメージに多少の差はあるようで、中には銃撃を受けて動きを止めた個体もいる。
 だが大部分は銃撃をものともせずに直進し、グラモン中隊へと襲い掛かった。
「うわぁぁああっ!?」
 先頭にいるためにアインストの脅威に真っ先にさらされることになるギーシュ。
 ハッと横を見てみれば、頼るべき副官はいち早く退避(と言っても数歩分に過ぎないが)していた。
(なんて薄情な!)
 ……と思ったが、仕方のない判断かも知れないとすぐに思い直す。
 役に立ってるんだか立ってないんだかよく分からない貴族の坊ちゃんを庇って、もし死にでもしたら、この150人からなる中隊をマトモに指揮する人間がいなくなってしまうのだ。

 ―――「最悪のケースは『上官が無能だった場合』だな」―――

 ユーゼスもそんなことを言っていた。
 何でも、部下が無能な場合は頭をひねればどうにかなることがあるが、上官が無能な場合は逆らうことも下手に出来ないので無駄死にする可能性が高くなるとか何とか。
 つまりこの戦場においてはギーシュよりもニコラの方が価値が高いということである。
(うぅ……)
 ギーシュも薄々とそれに感付いてはいたが、こうズバリと事実を突きつけられればさすがに落ち込んでくる。
 ……そうしている間にも『骨』のアインストは腕の先についている黄色い爪を巨大化させ、今まさにギーシュを引き裂き……。
「ぐ……く、くそぉおおっ!!」
(こうなったら、破れかぶれだぁー!!)
 ギーシュはヤケクソ気味にバラを振って、花びらを五枚ほど宙に舞わせた。
 その花びらは一瞬で青銅製の戦乙女へと変化し、まっすぐに異形の白骨へと向かっていく。
「―――ワルキューレぇぇええええっっ!!!」
 槍や剣、斧などの武器を持つものや、徒手空拳の青銅ゴーレムが束になって一体の『骨』のアインストとぶつかり合った。
 ゴガン、ガキ、めきょ、という音があたりに響く。
「う、うわ……」
 激突の結果を見て、ギーシュは思わずうめき声をあげた。
 ……おそらくあのアインストとやらと自分が扱う青銅とでは、硬度や強度が根本から違うのだろう。
 それなりに重装甲になるように作ったはずなのに、ギーシュのワルキューレは『骨』の爪によって紙細工のように軽々と破壊されていた。
 まさに『切り裂かれた』という言葉がふさわしい。
 ギーシュの知っているどんな幻獣の爪で攻撃されようとも、ここまでにはなるまい。
 あの爪にかかれば人間など、かすっただけでも手足の一本は持って行かれそうだ。
 直撃したら確実に命はないだろう。
「……っ」
 ギーシュはワルキューレを破壊した異形の怪物の一撃に強い戦慄を覚え、そして、
「ど、どうだ……!?」
 その攻撃に晒されずに済んだ『残り四体のワルキューレ』の攻撃の結果を見極めるべく、目を凝らした。
『グゥ、ァアアア……!』
 異形の怪物と言えど、その身体の構造自体は人間とそれほどかけ離れているわけではない。
 少なくともこの『骨』に関しては、上半身と下半身の区別は何となくつくし、腕と脚は二本ずつ、ちゃんと歩行もすれば頭部もある。
 ……変にトゲトゲしくて尻尾までついているが、そこは目をつぶるとして。
 ともあれ主な攻撃手段と思しき『腕の先の爪』も、結局は右腕と左腕の二つしかない。
 つまりどんなに頑張っても、一度に攻撃が出来るのは二体までが限度のはず。
「……………」
 まあギーシュも一瞬でそこまで考えてワルキューレ五体がかりで仕掛けたわけではないのだが、いずれにせよ結果だけ見ればベターな判断だったと言えるだろう。
 なお、その『残り四体のワルキューレ』の攻撃の結果はと言うと。
 まず剣を持ったワルキューレが『骨』の頭部に切り込んでいたが、これは多少頭部を欠けさせただけで終わっていた。
 次に斧を持ったワルキューレはちょうど肩口の『骨の継ぎ目』のあたりに刃を食い込ませつつも、しかしわずかにヒビを走らせるだけの結果に留まっている。
 続いて徒手空拳のワルキューレがギーシュ最大の攻撃力を誇る『ディスタント・クラッシャー』を放ち、胸の骨盤にマトモに当てていたが、ほんの少し骨盤が割れるだけで逆に仕掛けたワルキューレの手がひしゃげる始末。
 最後のワルキューレはその手に持った槍で、
「お……おお?」
 『骨』、『ツタ』、『鎧』、『魚』の四種類全てのアインストに共通している部位……腹部の赤い光球を刺し貫いていた。
『グ、ガ……ァァ、……ァ……』
 パラパラパラ、とその身体を灰化させていく『骨』のアインスト。
 そしてワルキューレが光球から槍を引き抜くと、『骨』は全身を完全に灰化させてザラザラと崩れていった。
「や、やったのか……?」
 ギーシュはおっかなびっくりと言った様子でワルキューレを操作し、その武器を使ってアインストの残骸である灰を突つかせる。
「……………」
 何も起こらない。
 どうやら本当に倒したようだ。
(……やった!)
 ギーシュの心に達成感や喜びが湧き上がってきた。
 正体はよく分からないが、とにかくこの謎の怪物を自分一人でやっつけたのである。
(やった、やった、やったぁ!!)
 今の結果からすると、ワルキューレが貫いたあの赤い光球は弱点だったらしい。
 そう言えば最初の射撃で動きを止めた一部のアインストも、腹部の光球に銃弾を受けていたような気がする。
 偶然とは言え、それを的確に突いて敵を仕留めるとは……。
(やった! やれた! やってやったぞぉぉ!!)
 そう、自分はやれば出来る子なのだ。普段はやらないだけで。
 自分が成したこの成果を目にして、後方にいる部下たちもさぞかし勇気づけられたことだろう。
「中隊長殿、中隊長殿ー!!」
「おお、何だいニコラ君?」
 副官が声を張り上げて、必死に自分を呼んでいる。
 はっはっは、そんな賞賛や喝采を受けるほどじゃないよ。
 さあ、君は安心して部隊の指揮をしてくれたまえ。
 ……そうしてギーシュは副官および自分が率いる中隊員たちに向かって手でも振ろうとして、
「早く! 早くこっちに逃げてきてくださいー!!」
「え?」
 あまりにもニコラが一生懸命に叫んでいるものだから『何かあるのかな』と周りを見渡し、
「―――って、うわぁぁああああ!!?」
 自分のすぐ後方にまで迫っていた大量のアインストの群れに、ようやく気付くのだった。
「う……っ、う、うぉっ、うぉぉおおぉおおおぉぉぉおおおおぉおっっ!!!!」
 全力疾走で一目散に逃げ出すギーシュ。
 せめてもの盾になってくれれば、と残っていた四体のワルキューレを自分とアインストとの間に配置するが、ハッキリ言って何の慰めにもならないことは他でもないギーシュ自身が一番よく分かっていた。
『グゥゥゥウウ……!』
 『骨』のアインストの何体かがうなりをあげ、それと同時に彼らの頭と肩についている黄色いツノのような突起物が光を放つ。
 そしてその突起物自体が意思を持っているかのようにブルリと震えたかと思うと、黄色い突起物は『骨』のアインストから分離してギーシュに襲い掛かった。
「げぇええっ!?」
 仰天するギーシュ。
 ここに来て飛び道具というか、遠距離攻撃を使ってくるなんて。
 しかも一発や二発ならまだいいが、肩やら頭やらに『いくつかある』ツノみたいなものから、更に『何体かが』その攻撃を使ってきた。
「うわわわわわわわわわぁっ!!?」
 十個前後の黄色い脅威がギーシュへと向かう。
 一応ワルキューレ四体を使ってその『ツノを飛ばす攻撃』を防げないものかと抵抗してはみたが、ある意味で予想通りにバリバリッとワルキューレは砕け散ってしまった。
 何ともまあ、ものの見事な全滅である。
 取りあえずギーシュに向かってくるスピードがいくらか鈍りはしたが、全滅は全滅だ。
「ぐぐぐっ……!」
 悔しさや悲しさを感じる暇もありはしない。
(そんな攻撃、さっきは使わなかったじゃないかぁぁ!!!)
 迫り来る危機に対して、心の中で精一杯の文句を叫ぶギーシュ。
 ……実はズルいどころか最初の段階でこの攻撃を使われていたら確実にギーシュは殺されていたのだが、そんな幸運に感謝する余裕もなかった。
 今のギーシュにあるのは、ただ『逃げる』という一念のみだ。
(で、でも……逃げるったって、もう……!)
 たとえギーシュが人生最高の脚力を発揮してこの場を駆け抜けようと、すぐ後ろまで迫った飛来物は容赦なくギーシュに追いつくだろう。
 人間の最高速度ではどんなに頑張っても、あの飛来物と競争して勝つことは出来まい。
 つまり、ギーシュは逃げられない。
(に、逃げられない……?)

 ―――「……他のメイジはともかく、お前ならば割とスムーズに逃げられるだろうな」―――
 ―――「はあ? 何でそうなるんだね」―――
 ―――「『何でそうなる』は私のセリフだ。お前は自分の手持ちの戦力を忘れているぞ」―――
 ―――「手持ちの戦力、って……」―――

「……っ!!」
 ユーゼス・ゴッツォによる『戦場に出る前の軽いレクチャー』での一つのやり取りが、瞬間的に思い起こされる。
 今の状況で、ギーシュはこの攻撃から逃げることが出来ない。
 そう、“ギーシュ一人だけでは”この攻撃から逃げることは出来ない。
 そして“手持ちの戦力”。
「ああっ、クソッ!!」
 もうこうなったらイチかバチかだ。
 どうせこれが失敗すれば死ぬのである。
 だったら、自分が誰よりも信頼している『彼』に任せよう。
「ぬぉぁぁあああっっ!!!」
 ギーシュは全力疾走しながら、一瞬だけ不規則なリズムで足踏みをする。
 ダダンッ、ダンッ。
 いきなり突飛な動きをさせたせいで脚の筋肉にかなり負担がかかったが、命には代えられない。
 そしてギーシュが更なる一歩を踏み出そうとすると同時に、その踏み締める予定の石畳にビキリと亀裂が走り、
「う……おっ!?」
 そのヒビの入った石畳に足を置いた途端、石畳とその下の地面は崩壊し、ギーシュの身体はアルビオンの大地へと消えていったのだった。


 唖然としたのは、その光景を最初から最後まで見ていた副官のニコラやグラモン中隊の面々である。
 ―――中隊長を置いて逃げてしまったのは、さすがに申し訳ないとは思った。
 だが、隊長1人が取りあえず生き延びることと隊員150人が浮き足立ってやられてしまう危険とを天秤にかけてしまえば、どうしても後者を選ばざるを得なかった。
 若い者が死ぬ場面など見たいわけはない。
 それでも、戦場においてこういう判断が出来る人間は必要なのである。
 そのようにして覚悟を決めていたニコラだったが、結果としてギーシュは一体のアインストを打ち破った。
 これは色々な意味で幸運だ。
 アインストを倒せたギーシュはもちろん幸運だし、アインストの弱点があの光球だと知ることの出来たニコラも幸運と言っていい。
 どんな人知を超えたバケモノだろうと、明確な弱点さえ判明してしまえば攻略法が見えてくるものなのだ。
 ……だと思ったら、今度はギーシュが一目散にこっちに逃げてきて、ついでにアインストも引き連れて来た。
 まあ、これは仕方ない。
 誰だって死にたくはないし、あんなバケモノと正面きって戦うのはあの少年には荷が重過ぎる。
 それにどの道、奴らへの対処はしなければならなかったのだから、それが早いか遅いかだけの違いだ。
 ニコラは逃げ惑う中隊長を援護すべく小隊に銃を構えさせていたが、迫るアインスト、走るギーシュ、待ち構える自分たちという位置関係である以上、下手に銃を撃ったらギーシュに当たってしまう可能性があったため、迂闊に援護も出来なかった。
 そして『骨』のアインストが飛び道具を使い……。
(これは死んだな、あの坊ちゃん)
 と、その時のニコラは本気で思った。
 ギーシュも頑張って走ってはいるが、頑張ろうが何をしようが無理なものは無理だ。
 ニコラは諦めと悔しさと冷静さと怒りを内心でごちゃ混ぜにしながら、中隊長が倒れた時を見計らって号令を下そうとして、次の瞬間。
 その中隊長の姿が消えた。
「……!!??」
 そう、『死んだ』とか『バラバラに引き裂かれた』とかではなく、『消えた』のだ。
 まるで地面に吸い込まれるように……と言うか地面の中に落ちていくように見えたが、一体どういうことなのだろう。
 ……と、悠長に中隊長の安否を考えている場合ではない、とニコラの中の非情な部分が警告を発する。
 今の自分の仕事は、あくまでこの正体不明の怪物への対処だ。
 不可解な現象の分析など、事態が落ち着いてから専門家のメイジにでも任せればいい。
 ニコラは敵の放った『ツノ』がギーシュのいた空間を通り過ぎ、地面に突き刺さったり見当違いの方向に飛んで行ったのを確認する。
 どうやらあの『ツノを飛ばす攻撃』は有効射程がそれほど長いわけではないようだ。
 そうしてひとまずの安全を認めたニコラは、銃兵たちに指示を飛ばした。
「第二小隊! 敵の腹にある赤い玉を狙え!! ……てえーーーーーーーーっ!!」
 30人の銃兵が、接近しつつあるアインストの弱点に銃弾を叩き込む。
『グッ、ゴッ、ォオ……オォォォ……!』
 さすがに30発全てが光球に命中はしなかったが、それでも前面に出ていた『骨』のアインスト数体が灰となって崩壊していく。
「……よし」
 この要領で行けば、あの怪物たちも何とかなるはず。
 能力や特徴などが判明しているのがまだ『骨』の一種類だけだというのが少し気にかかりはするが、これは手探りでやっていくしかないだろう。
 あるいは自分たちと同様にアインストに対処しているアルビオン軍の様子を観察する、というのも一つの手だ。
 とは言え、その方法を取るためには『安全に身を隠せる場所』が必要であり、アインストがそこかしこに跳梁跋扈している今のシティオブサウスゴータでそんな場所を見つけるのは困難と言える。
 さてどうしたものか……とニコラは頭をひねりつつ、取りあえず各小隊にいつでも銃が撃てるよう準備させた。
 その時。
 ボコッ!
 いきなり自分のすぐ隣の地面が、石畳ごと盛り上がる。
「うぉっ!?」
 その石畳と土を掻き分けて……。
「…………あー、死ぬかと思った」
「モグモグ」
 先程いきなり消えたはずの中隊長ギーシュ・ド・グラモンが、その使い魔のジャイアントモールと共に姿を現した。


 パッパッと髪や服についた土を払いながら、ギーシュは穴から這い出る。
 そして穴の中からひょっこりと顔を出しているモグラを抱きしめると、感激した様子でそのモグラに話しかけた。
「ああ、ヴェルダンデ! 今日ほど君が僕の使い魔でよかったと思う日はないよ!! あれほど的確に主人の意図を読んで、しかも迅速に救出してくれる使い魔が君の他にいるだろうか!? いや、いるわけがない!! 君は最高だぁ!!!」
「モグ!」
 ひしっと抱き合う主人と使い魔。
 モグラと熱い抱擁を交わす少年、という絵面はなかなかに『来る』ものがあるが、しかし引いている場合ではない。
「……中隊長殿。取りあえず状況説明をお願いしたいんですが」
 やや放心気味のニコラがギーシュにそう言うと、ギーシュはフフンと得意げな様子で自分が取った行動について説明する。
「なあに、窮地に陥った僕はとっさの判断でヴェルダンデに穴を掘ってもらい、地下に避難。そのまま地面を掘り進んで君の隣へと進んだ……と、まあこういうワケさ」
 キザったらしく髪をかき上げるギーシュと、そのすぐ横で同じような仕草をするヴェルダンデ。
「はあ」
 副官としては、何と言うか呆気に取られるしかなかった。
 生きていてくれたことは嬉しいのだが、ピンチになったかと思ったら助かってそれから更にまた死にそうになったり……と、この少年は見ていて心臓に悪すぎる。
 これがいわゆる『悪運が強い』というやつだろうか。
「……まあ、ともかく」
 生きてて良かったと心の底から喜ぶのは、この戦場を切り抜けてからの話である。
 今はそれよりもアインストだ。
「……………」
 ニコラはアゴに手を当ててヴェルダンデを見つめた後、ギーシュに質問した。
「中隊長殿、そのモグラはどのくらい土を掘れるんですかい?」
「え? どのくらい、って言うと……」
「掘り進む速度とか、掘り続けられる体力はどれくらいとか、そう言うのです」
「おお、聞きたいのかね!」
 するとギーシュは得意げに自分の使い魔の能力を語り始める。
「まず速度についてだが、これは自信がある! 何せ、人を乗せた馬が走るのとそう変わらない速度を出せたりするからな! まあ、さすがに全力で飛ばされたら遅れるけど!」
「モグモグ」
「ほう……」
「体力についても問題なしだ! やったことはないが、多分やろうと思えば50リーグくらいはぶっ通しで軽く掘り進められるはずさ!」
「モグ!」
「なるほど」
「更に地面を掘ることももちろんだが、ヴェルダンデの最大の能力はその鼻でね。貴重な鉱石や宝石なんかを僕のために見つけてきてくれるのさ! 何たってユーゼスにも『優秀だな』って言われるほどの―――」
「ああ、いや、取りあえずその辺で」
 この調子でいくと永遠に喋り続けそうだったので、ニコラはギーシュの話をやや強引に止める。
 取りあえず聞きたい情報は得ることが出来た。
 あとは……。
「中隊長殿、お願いがあるんですが」
「何だい」
「そのモグラで、地面を掘り返してもらえませんかね?」
「は?」
 間抜けな声を出してしまうギーシュ。
「ええと……『逃げるために地下に通路を掘る』とかじゃなくて、『地面を掘り返せ』と?」
「その通りでさ。まあ逃げるんだったらその時もお願いするとは思いますが、今は取りあえず……こう、格子って言いますか……ハシゴみたいにして、地面にタテとヨコのミゾを作ってください」
「……もしかして『壕を作れ』って言ってるのか?」
「理解が早いですな」
「……………」
 ニコラの要求にギーシュは困惑した。
 確かに身を隠す場所は必要だとは思うが、何も壕を作る必要まであるのか。
 ……まあ、素人に毛が生えた程度の軍事知識と経験しかない自分よりは、ニコラの方が数十倍は信用出来るのだけれども。
 それ以前の問題として、
「…………こんな街のど真ん中に、そんなデコボコした壕なんて作っちゃっていいのかなぁ」
 壕を作るということは、石畳を引っぺがすなり壊すなりして地面を掘り返すということである。
 いずれ自分たちの拠点として使うつもりの街に、そんなことしてしまっていいんだろうか。
「あとでお偉いさん怒られるのと、今の危険を少しでも回避するのと、どっちがいいかって話ですよ。……ところでやるんなら早くお願いします。こうして話をしてるのも、実は結構ギリギリなんで」
「えっ?」
 ニコラが指差した先を見ると、三つある鉄砲小隊が迫り来るアインストに向かってそれぞれ交代で銃撃を行い、その侵攻を辛うじて食い止めている光景が広がっていた。
 今の所こちらに向かってきているのは『骨』と『鎧』の二種類だけ。
 だが、もしアルビオン軍と交戦している『ツタ』や『魚』が加われば……。
(……!!)
 青銅製の自分のワルキューレですら、アッサリとバラバラにされてしまったアインストだ。
 それよりも脆弱な人間の身体など、砂の城を崩すようにして壊してしまうに違いない。
「わ、分かった。壕を掘ろう!」
「お願いします」
 そうしてギーシュはまずバラの造花を振り、ヴェルダンデの負担を減らすために街道の石畳に向かって『錬金』をかけ、石を砂に変える。
「イル・アース・デル!」
 『石』はそもそもの成り立ちが『砂』や『泥』や『粘土』が固まって出来たものなので、材質的にはかなり近い。単なる形状変化と表現してもあながち間違いではないだろう(『石』という物質について細かく定義するとまた異なってくるが)。
 よって『錬金』の難易度も相当低い。
 ……しかし150人が収容出来るほどの面積分の石畳に『錬金』をかけるのは、既にワルキューレ五体分の精神力を消費していたギーシュには骨だった。
「くっ……」
 ほとんど限界ギリギリまで精神力を使って、ギーシュの目に映る内、六割ほどの石畳は砂と化す。
 あとは、
「ヴェルダンデ、後は頼んだ!!」
「モグッ!」
 ズドドドド、と物凄い勢いで土を掻き分け、地面を掘り進んでいくヴェルダンデ。
 ヴェルダンデはまず街道の左右の端にそれぞれ土の通路を作り、次にその左右の土の通路を繋げる通路を橋を渡すようにしていくつも作り上げた。
 途中、何度か地中にある『赤紫色の結晶』に引っ掛かりはしたものの、作業を遂行することにはさして問題はなかったようである。
 そしてシティオブサウスゴータの街道はあっという間にハシゴ状の壕と化し、その壕の中にはグラモン中隊の面々が入り込んでいく。
 と、そこでギーシュがニコラに質問した。
「ところで軍曹、どうしてハシゴ状なんだ? 一気に大きいものを作ればいいと思うんだけど」
「さすがに地面を丸ごと全部ひっくり返すってワケにはいきませんからね。しかしウチの中隊は人数が150人もいることですし、そう簡単に全員を収容は出来ない。だったら何列も作りゃあいいんじゃないか……と考えまして。
 何列もありますから、時間差の一斉射とかも可能でしょうしね」
「なるほど……」
「それに両脇に通路もありますし、イザとなったらここから後方へ退避も出来ます」
「ふぅむ」
 あのバケモノどもを相手にどこまで通用するのかは分からないが、なかなか考えられている。
 まあ何にせよ今のところは壕の中に身を隠し、こちらに来るアインストを迎撃しながら、アルビオン軍とアインストとの戦いの様子を観察しなくてはならない。
 『アインスト』という名称を付けていたことからして、どうも連中との戦いのキャリアはアルビオン軍に分があるようだ。
 よって、その対処法も少しは確立されているはず。
 というわけでギーシュはニコラと一緒に壕の中からひょいっと顔を出してアルビオン軍とアインストとの戦いを観察し、得た情報をまとめていった。
 まず『鎧』は飛び道具の類は全く持ち合わせていないようで、攻撃手段は体当たりと、近付いて殴ることと、あとは……。
「……か、身体がバラバラになってオーク鬼に襲いかかっていったぞ」
「そうなったせいで弱点の『赤い光球』も露出してますけどね」
 何とも捨て身な攻撃手段だ。
 だがバラバラになった鎧が再結合し、その再結合に強引に巻き込まれる形で押し潰されたオーク鬼も悲惨だった。
 圧殺と言うか、轢殺と言うか。
 とにかく自分だったら絶対に嫌な殺され方だ。
「次は『ツタ』か」
 こいつはその見た目とアダ名どおりにツタを伸ばして敵に打ちつけ、甲冑のような殻のスキマから結構な威力の光線を放出していた。
 その威力の程はと言うと、
「うっ、光線を受けたオグル鬼がバラバラになってる……」
「ふぅむ。確かにあの光線は危険ですが、接近戦用に使ってるあのツタじゃ多少傷つく程度でどうにかならないことはないみたいですな。それに光線を撃つのにオグル鬼をわざわざ投げ飛ばしてましたし……近接戦闘だとあの光線は撃てないのかな、こいつは」
「……冷静だなぁ、軍曹」
「生き残るのに必死ってだけですよ」
 ニコラはそう言った直後に中隊へと指示を飛ばし、こちらに向かって来るアインストを一斉射撃で押し留めさせる。
 そんな副官の働きぶりに、ギーシュはただ感心するばかりだった。
「え、えーと、最後に残ったのは『魚』だな」
 とは言え中隊長としての面目もあるので、感心してばかりもいられない。
 今の自分にも出来るせめてものこととして、あのバケモノどもの情報収集くらいはこなさなくては。
 などと思っていたギーシュだったが……。
「何だ、アレ?」
 『魚』のアインストがふよふよ~と浮かんでいるのはいい。浮いてるだけならバグベアーだって似たようなもんだ。
 そいつが『ツタ』と同じく、甲冑みたいな殻から電撃を放つのも大目に見よう。今更そのくらいで驚きはしない。
 で、その電撃でトロル鬼が黒コゲになったことも……この際だ、よしとする。ユーゼスだってワルドの『ライトニング・クラウド』を受けて腕が焦げてたし。
 問題は。
「アレは……銃、なのか?」
 その『魚』のアインストに対してアルビオン軍が使っている兵器である。
 車輪がつけられた台座の上に置かれている、金属製の筒。
 最初は大砲かと思ったが、大砲にしては細すぎた。
 強いて近い形を挙げるとするなら『銃』になってしまう。
 その『銃らしきもの』から発射される何十発もの弾丸は、圧倒的な勢いで『魚』の殻を欠けさせ、光球をえぐっていく。
 ―――仮に自分たちの銃小隊が一斉に集中砲火を浴びせたらこうなるだろうな、というような光景だった。
 また当然の結果として、蜂の巣にされたアインストは活動を停止し、白い灰となっていく。
「す、凄いと言うか……凄まじいな、あの銃……」
「…………あの銃口が自分たちに向いてなくてよかったですな」
 驚愕しつつ『銃らしきもの』についての感想を口にするギーシュとニコラ。
 一見したところ、あの銃撃はトライアングルかスクウェアスペル相当の威力がある。
 しかし、そんな性能の銃など二人は見たことも聞いたこともない。
 ギーシュもユーゼスからジェットビートルに搭載されている機銃について聞いてはいたが、実際にその威力を目の当たりにしたわけではないので、やはりかなりの衝撃を受けていた。
 百聞は一見にしかず、というやつである。
「―――忘れてたけど、僕たちってアインストの他にアルビオン軍も相手にしなくちゃいけないんだよな」
「『ついさっきまで殺し合いしてた連中が、とっさの判断で手を組んで共通の敵に対処する』ってのも無理がありますしねぇ」
「仮に対処したとしても、終わったらまた殺し合うワケだから……」
「何だか今のトリステインとゲルマニアにも同じことが言えるような気がしますが」
「…………。取りあえず今は、そういう話は後にしよう」
「そうですな」
 隣同士でしょっちゅう戦争しているトリステインとゲルマニアが今は連合軍を編成しているという事実を考えてみると、なかなか深い話ではある。
 だが、今は戦闘中なのだ。
 ギーシュは頭をブンブンと振り、ニコラは意識的に一度だけまばたきをして余計な考えを頭から追い出し、二人同時に壕の中へ頭を引っ込めると、取りあえずの対策を講じ始めた。
「まあ、あの銃にせよ『魚』のバケモノにせよ、弱点が全く見つからないってワケじゃありません」
「そうなのか?」
「取りあえずではありますがね。……まず『魚』の方ですが、こっちはあの電撃を撃つ前と後に“溜め”と言うか、隙が出来ます。そこを突きましょう」
「“溜め”?」
「連続で撃てないって意味です。火竜なんかもブレスをずっと吐き続けることは出来ませんし、それと同じような理屈じゃないですかね?」
 そういうものか、ニコラの言葉に頷くギーシュ。
 そしてニコラは残った最後の敵の弱点を語った。
「あの銃もそれと同じです。確かにあれだけの威力を連射し続けられるってのは脅威ですが、それにしたってずっと撃ち続けられるわけじゃあない。いつかは弾切れになります」
「……『いつかは』、って言われてもなぁ」
 何ともあやふやな言い方だった。
 その『いつか』とやらは、一体いつごろ来てくれるのだろうか。
「なあに、火縄銃みたいにありふれたものってワケでもないようですから、数も揃ってないでしょう。もし揃ってたら、もっと前面に出てくるはずですし……隙を突くのは割と簡単だと思いますよ」
「うーむ……」
 何だかどれもこれも『敵の隙や弱点を突く』ものばっかりで『真正面から打ち破る』みたいな戦法がないのが気になるが……。
 この際だ、贅沢は言うまい。
 いや、そもそも贅沢を言える立場でもない。
「…………よぉし」
 この状況で今の自分に何が出来るのかは分からない。
 しかし何かをせずにはいられないので、ギーシュはその『何か』を見つけてくれるニコラへとそれを尋ねる。
 するとニコラは笑みを浮かべ、ヴェルダンデを控えさせておくように言ってきた。
 どうやらギーシュの使い魔を駆使して何かをするつもりのようだ。
「さて中隊長殿、これから忙しくなりますぜ」
 ふと東の方に目をやれば、すでに空は白み始めている。
 これから太陽が昇って見通しがよくなれば、戦いはますます苛烈さを増すだろう。
「だ、大丈夫だ! 何たって、僕とヴェルダンデのコンビは無敵だからな!!」
「モグ!」
 ギーシュはわざと大声を張り上げつつも、これからすぐに起こるであろう激戦の予感に身震いするのだった。


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