あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

たった一人の監視者-01


chapter0

 その“事件”について、当時の学院教授ジャン・コルベールの日記にはこのように書かれている。

  “その日、私が監督した春の使い魔召喚の儀式において、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、一冊の本と覆面を召喚した”
  “それはまったくの未知の言語で書かれた書物で、また覆面は成人男性用の布製と見られたが、具体的な製法等において、同じく未知の物質であった”
  “私は、特殊な事例ではあるものの、使い魔の召喚としてこれを認め、ルイズは覆面に契約の口づけをした”
  “ルイズ自身から、幾種類かの抗議が上がったが、私は彼女を説得し、最終的に彼女はこれを認めてくれた”
  “しかし翌日、彼女が寮から失踪したと聞いた時、私は最初深い後悔を感じたが、次の報告を聞いて、一種の不気味さを感じざるを得なかった”
  “なぜなら、彼女の部屋は嵐が通った後のように荒されており、であるのにも関わらず、あの本と覆面が彼女と共に姿を消していたというからである”
  “事件から一カ月が経つが、ヴァリエール家はルイズの帰郷を確認していない。確かな事は、彼女はこの学び舎を飛び出し、いずこかへと姿を隠し、その手にはあの本と覆面があるということだ”

 他、様々な人物がルイズ・フランソワーズの失踪について当時証言したが、初動捜査の遅れもあり、事件から三カ年が経った現在も尚、彼女の行方は遥として知れない。
  (『トリスタニア・プライマリィマガジン』十六号)


chapter1

 柱時計がもうすぐ、十二の時を告げようとしている。
 〈老人〉は書架台の上から視線を外し、テーブルに置いた薬草入りのワインに口をつけた。
 酒精が身体を侵していくに身を任せながら、ゆっくりと長い溜息を吐く。枯れ枝の化石とも言える程に萎びた身体を揺らし、彼はもう一度書架台へ目を向けようとしていた。
 だがそれは、彼の部屋を訪ねるノックに阻まれる。〈老人〉は難儀そうに動いて、扉の前に立った。
 訪ね主を問う〈老人〉の言葉が、跳ね開けられた扉によって声にならずに消える。
 〈老人〉に対し、〈その者〉は手に持った蒼黒い液体に満ちた酒瓶を掲げ、〈老人〉のくず折れた身体を立ちあがらせた。
 〈その者〉の腕を逃れたい〈老人〉は、手で近くのテーブルを探ると、空になった杯で相手を殴りつけ、腕から逃れる。
 よろめいて、そばの燭台が力なく倒れた。
 床と家具が垂れる蝋と共に炎のヴェールを纏いはじめるのを背に、〈その者〉は部屋隅にあった杖を取り、足腰萎えて這いつくばっている〈老人〉を殴り、突き、寝台まで引き摺っていく。
 毛布を剥がし、虫の息の〈老人〉の身体に巻きつけた〈その者〉は、最後にグラスを部屋から探し出し、持っていた酒を波々と注いでから、〈老人〉に近づた。
 虚ろに闇を見ていた〈老人〉は、近づく〈その者〉の双眸を覗き込み、消えるようにつぶやく。
「これが神のご意思か……始祖よ……」
 続く声がやがて喉に送られる酒にむせて途切れた。
 弱々しい抵抗を繰り返した〈老人〉だったが、やがて酒が喉を通り、〈その者〉はそれを確認してから、残りの酒を床に捨てながら去っていく。
 〈老人〉が形にならないうわ言を二、三口にしながら、足を啄みはじめた床の火の天井を明るくするのを眺めて、濁っていく脳裏に、在りし日の都の姿を思い浮かべていた。



 〈老人〉宅が炎を噴き上げて、市衛と市民がそれを鎮火させたのは日付がすっかり変わった朝のことだった。
 その後、火の出所と〈老人〉の焼死体が確認され、泥酔による明かりの不始末が原因と結論付けられた。

 多くの人間にとって、すべてがそれで片付けられた。


chapter2

 “ロールシャッハ記 六二五二年、一一月一六日”
 “チクトンネの端で腐肉を野良犬が漁っていた”
 “真昼間からブリトンネの酒屋で狐共が管を巻いている”
 “この街は死んでいる。十年前、町の主たる光がここを去ってから、ここにあるのは骸を漁る狐と鼠、集りつき卵をうみつける蠅だけだ”
 “殊勝なほど謙虚な廷臣たちは、変わってやってきた外国人に駆逐され、今は飯屋の端で愚痴をこぼしている。『どうしてこうなった?』”
 “私はそいつらに言う。『今そこに居るからだ』”

 誰も近寄らない焼け落ちた廃墟の中へ、ひとつの人影が今入っていく。
 その姿は小兵といってもいい。だが、被ったフードの端から毀れている桃色の髪が見る者の印象に残されるだろう。

 “この廃墟にはかつて、トリステイン王国の半分を掌握して政治を行っていた男がいた”
 “そいつはこの国が死んだ時、世俗の権利の殆どを投げ捨ててこの屋敷のひきこもる道を選んだ”
 “だが、尚もこの男はここの政治中枢に大きな影響力を与えていたはずだ。そんな男が酒に酔って失火、不運にも亡くなる……そんなことがあり得るだろうか?”

 崩れ落ちた天井から灰色の空が見える。差し込む光が人影の顔を見せてくれるが、そこには黒い不定形の模様の走る覆面が被せられていた。

 “昨夜、鳥の骨と呼ばれた男が死んだ”

 廃墟の中を、人影は焼け後を舐めるように進む。入り口から客間、私室を覗いてから、かつての書斎に足を向けた。
 一際激しく焼けた場所と見られ、四方の壁を埋めていた棚の中で書物が原型を留めたまま灰になっている。火事場泥棒も金になりそうなものは既に持ち去っていて、ここにはゴミとしか見えないものが残っている。
 『彼女』はその煤けた棚の中から、一冊の本を探し出した。それは書簡や覚書を手ずから綴じたもののようで、まだ装丁の檜板が新しかった。慎重に開いてみれば、端が焦げているだけで判読が可能だ。
 本を持って、足を再び私室に向けた。死体の見つかった寝台はその形に焦げ付いており、床に火の走った跡もある。
 鼻にアルコール以外の匂いがかすかに刺さった。

 “幻覚系の魔法薬の痕跡がある。鳥の骨がそのようなものを使っていたとは聞いていない”

 そのまま手の中で紙束をめくっていく。日付を目で追い、やがて一枚の紙片が最近さしこまれたものであるのを見つける。

  “ロマリアの資金がガリア系の商会に流れ込んでいる”
  “ガリア王宮の顧問官にジュリオ司祭が就くとの噂……教皇の御心か?”

 改行され、また新たな日付で書付が始まっているが、それはその前よりも、焦りや困惑が筆に乗っている事が、震えで見受けられた。

  “或るガリア商人に建物入札の仲介を依頼されたが、思惑が解らない。資金の出所はロマリアの様子”
  “宗教庁からの使者が手紙を持ってくるというので、後日面会に行く”

 その筆先は恐慌した詩人の指先のように蠢動して次の行を埋める。

  “教皇は何を考えている?……私は人生を信仰に捧げた。それは人の心を救うためだった。……猊下は一体、誰を救われるつもりなのか……”

 書付はその文で終わっていた。その項を彼女は丁寧に破りとり、次に書簡の中から一番日付の新しいロマリアの印章のものを選び抜くと、残りを床に捨て、その場を去った。


chapter3

 人の目にアンリエッタはその時も、慎ましく、それでいて微笑み絶やさない優れた聞き手として映っていた。
「『マスク・ゼロ』ですわ、きっと。そうでなければ、誰がかの人を捕らえられたでしょう」
 一人の貴婦人が話していたのは、市井に流れる伝説だ。夜な夜な街角に現われては悪漢や不道徳な貴族を始末するという、民衆が好みそうな、そんな話。
 だが、ここ数年のゲルマニア、否、アルビオンを除く、ハルケギニアの各国では実しやかな伝説として、その話が陰に陽に毀れているのを人々は知っている。
 特に耳聡い、閑を持て余した女性たちは尚のこと。

 マスク・ゼロ。町陰に立つ覆面の怪人。

 何度目かも忘れたその話を、怪談話に黄色の声を上げるように、取り巻きが話していた。
 アンリエッタは、静かだった。
 その日邸内で取引されていた彫刻・絵画のどれよりも作り物のように、アンリエッタがそこに座っていた。だが、周りの貴族……ゲルマニア貴族は、男も女も、決してそのことに気付きはしない。

 夕日が空に掛り、屋敷までの馬車に引っ込んでカーテンを閉め、はじめてアンリエッタは人らしい気を吐きだし、そして窓を見た。
 最早見慣れてしまった無味溢れるウィンドボナの路、壁、そして空が、今の自分にふさわしいようで、アンリエッタは夢を見る。



 王政の崩壊したアルビオンの襲来に備えて、トリステイン王国の出した答えは、王女をゲルマニアの妃として人質に出すことだった。
 以来、アンリエッタは故国を遠く離れたこの都で不自由なほど何不自由なく暮らしている。

 母が亡くなった時、一度だけ帰った我が国は、灰で塗られたように生気をなくしていた。
 そこはもう始祖から続くトリステイン王国ではなかった。
 ゲルマニアの強権者によって古色の心と力を消し始めた、一地方に過ぎなかった。

(何もかもが色の無いように見えるのは、私が色を見ようとしないから。
 でも、国を守るために国を殺してしまった私に、何を夢見て生きろというのかしら)
 二十七の女にしておくには、アンリエッタの見る世界は疲れている。
 何も手には入らなかった。恋人の愛も、自由も、責任すらも手から滑り落ちて、空の手を虚しく握り返して、十年が過ぎていた。

 いや、一つを除いては。


chapter4

 世話に飽きた皇帝が宛がってくれた屋敷に帰り、応対してくれたのは護衛他諸事の世話をしてくれているアニエスという女性である。
 彼女は本来トリステインの出身で、長年戦場を駆け回っていた女傭兵だったが、女の身で生き続けるには限界を感じ、故あってアンリエッタの元で働いていた。アンリエッタは出かけるにしても何をしても、護衛の甲斐のない主で、近頃は家令代わりに屋敷を任せられるほどであった。
「御帰りなさいませ」
 部下に馬車の始末をさせながら、アニエスの先導で屋敷の中に入ってゆく。
 その中で、周囲の者に聞かれぬよう、アニエスが耳打ちをしてきた。
「御友人が参られています」
 それを聞いてアンリエッタは足を止める。
「そう。では夕食はそちらで」
「畏まりました。御友人は先に召し上がっておりますが」
「いつものことね……」
 皮肉げな声色で女主人は廊下を曲がり、一人で友人の待つ部屋に入った。

 その部屋は明かりが入っていても薄暗く感じる。窓はすべてカーテンが落とされ、長卓の上で蝋燭が揺れていた。
 小さなテーブルの一面を一人の影が占めている。小柄で、頭まで覆うゆったりとしたローブを被っていてシルエットがつかめない。
 だが、アンリエッタは彼女が誰か知っていた。
「こんばんわルイズ。久しぶりね」
「35日振り、よ。展覧会はつまらなかったみたいね」
 嘗て……まだ自分も彼女も何も知らない子供の頃から見れば、今のやりとりは不思議なものに思えた。あの時から二人の間には漠然とだが主従という幕越しの友誼があって、それが自然なものだと思っていたからだ。
 しかし今の彼女は、その幕を取り払った風情で自分に話しかける。それが嬉しくもあり、悲しかった。
「芸術展覧会なんて言って、実態は絵の売り買いをするところよ。それくらい貴方も知っているでしょう?」
 彼女は答えなかった。訪ねてくる時は決まって彼女は食事を請うた。それもわずかのパンと肉、一欠けのチーズを望むだけだ。以前の……といっても、十年以上前だが、その頃の面影は、覗かせる桃色の髪くらいしかない。
「御婦人方が貴方の事を話していたわ。グリーンスウォード卿を屋敷から汚職の証拠ごと連れ去って広場の噴水に浮かべたのは、貴方でしょう」
「奴に聞きたいことがあったから、ついでにね」
「再開してから、ずっと変わらないわね」
「貴方は国を出た時から変わっていないわ」
 オルガンが喋っているような錯覚が、今のルイズと話していて感じることがある。それは人らしさを匂わせる抑揚に乏しくなっているからだろう。
「……御両親が心配しているわ」
「したければさせておくわ」
「ルイズ!」
 声が大きくなってしまったのは、もう私の母の顔が解らなくなりそうだからかもしれない。
「言っておくけれど」
 不気味な模様蠢く覆面を被りなおして、ルイズは続けた。
「私をルイズと呼ばないで。ここに最初に来た頃から、そう言っているはずよ」
「……そう。なら何と呼べばいいのかしら。『マスクゼロ』? それとも『ロールシャッハ』?」
 ルイズの覆面がまた新しい模様を作っている。
 ……再開した時、ルイズはその覆面を『ロールシャッハ』と呼んだ。それが彼女の使い魔なのだと。
 だがアンリエッタには皆目理解の及ぶものではなかった。人づてに彼女が使い魔召喚に失敗して失踪したことは知っていたから、心を病んでしまったのだろうと思っている。
「……私はルイズでなければそのいずれでも構わないわ。どちらも、今の私だから」
 顔の読めないルイズはそう言い切ると、ローブの懐から薄汚れた何枚かの紙を取り出して、アンリエッタに見せた。
「何かしら。手配書には見えないけれど」
「5日前トリステインで火事があったわ。そこで一人の老人が死んだ」
 言葉を切ると、懐から加えて小さな聖具を出して、テーブルに乗せた。
「鳥の骨は焼け死んだわ」
「そのうち私の方に連絡が回るでしょうね。今度も帰郷を請われるかもしれないわ」
 薄汚れた紙の字は、確かに見覚えあるマザリーニ……鳥の骨のものだ。
「私は失火が原因とは考えてない。あの男が泥酔と失火で死ぬなんてありえないから。……焼け跡には薬物の痕跡があったわ」
「貴方は誰かがマザリーニを殺したとでもいうの? 彼の今は一司祭だったはずよ」
「鳥の骨はここ数か月ロマリアとガリアについて探りを入れているわ。最後に教皇から手紙を受け取ってもいるのよ」
 テーブルの上で一枚を指して、ルイズは言った。
「鳥の骨は骨の髄までの政治家だった。あいつが心を砕くことは信仰の問題か、トリステインの問題かのどちらかしかないわ」
「今の私はゲルマニアの人間よ」
 と、そこで空気を割ってノックが聞こえ、アンリエッタの夕食が始まる。その間ルイズは黙って食事の終わるのを待っていた。
 食事が終わり、最後のワイン一滴を飲み干してから、アンリエッタは答えた。
「私に何をしろというの?」
「手を貸してほしい。まだ王族に靡く連中がトリスタニアにいくらか残っているでしょう」
「他家に嫁いだ身でそんなことができると思って? 貴方も貴族の出なら解らないはずがないでしょう」
 覆面の下でルイズが唸っていた。埃っぽい彼女のローブとマントが震えている。
「ここで虚しく腐れている貴方でも出来ることはあると教えたかった。それでは不服?」
「無理よ」
「姫殿下」
「貴方も、私を『姫殿下』なんて呼ぶのはやめて頂戴。今の私はゲルマニア皇妃なのだから」
 ゆらめく明かりの下でくたびれた紙きれの文字もまた揺れている。
「日を改めるとするわ。また何か解ったら連絡する」
「帰る時は地下のワイン棚から影の階段を降なさい。下水道を通って2ブロック先に出られるから」
「知ってるわよ」
 そのどこか意地を張ったような返事に、僅かな過去の面影を感じて、アンリエッタは渋く笑った。


 後日、帝政府から旧トリステイン宰相マザリーニの死亡がアンリエッタに通達された。


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 およそ6年振りの帰郷のはずなのに、心躍るものも安らぎも感じず、ゲルマニア皇妃アンリエッタの帰郷旅行は始まっていた。
 皇帝自らが言うところでは、たまには故郷の風に当たってくるがよい、と鷹揚に伝えたという。
 それは裏返せば人質として手元に置き続ける面倒と、返したところで何もすることが無いだろうと考えているからかもしれない。
 いずれにしても、アンリエッタは母の喪に服してから暫くぶりに故郷トリスタニアの土を踏むことになった。

 共同墓地の一角に教会と旧宮廷での有力者たちが並ぶ中、棺桶が行進をしてゆく。
 ベルベットに身を包むアンリエッタは、打ち付ける冷たい雨の中で前を行く棺を見ていた。
 棺を覆う宗教庁と旧トリステインの国旗が濡れそぼる。
 誰かが泣いていた。だがこの場の誰が、何ゆえに泣くことができよう?
 司教の一人が骸へ最後の聖句を告げ、代表者が花束を置いて行く。
 最後に折りたたまれた二枚の国旗と共に、棺に土が掛けられた。

 聖職者でありながら最後まで俗界に拘った老僧は、こうして荼毘に服された。



 “ロールシャッハ記 十一月三十二日”
 “雨の中男たちが棺を埋める。女たちはハンカチを濡らし、花を投げ込む”
 “だが、誰もこの老人を讃えず、また詰りもしない”
 “生前は辣腕の政治家であったこの男は、一方で精神の平安を求める一人の神学徒だった”
 “鳥の骨は社会を回す歯車の仕組みを、それを知り過ぎるほどに知るべき人種よりも知っていた”
 “知るべきだった者たちは、老人を失ってはじめて、自分が明かり一つない裏路地に立たされた事に気付くだろう”
 “だが私は思う。知るべきだった者たちがそれを知った時、はたしてこの老人のようには振る舞えない”
 “これが知る者の末路だからだ。誰にも尊ばれず、誰にも蔑まれない”
 “これがあるべき貴族の姿だったとしても、だれもこのようにはなろうとしないだろう”
 “貴族が最も貴族である事を嫌う”
 “面白いジョークだ。今日の劇場も席は埋まるだろう”



 人影は、濡れるに任せながらじっと、真新しい墓碑を睨みつけている。
 『ロールシャッハ』に侵されたルイズは懐の聖具を取り出し、墓碑に掛けて立ち去った。

 “この裏を突きとめなければならない”
 “アンリエッタは暫くトリスタニアに滞在するだろう。その間に調べられるものは調べなければならない”
 “だが最後の一手は彼女がするべきことだ。それがアンリエッタの義務のはずだ”
 “もし、それを拒むようなら、私ひとりでも解決させねばならないだろう”



 侵されたルイズの赴く先を知るものは、誰もいない。



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