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ルイズと夜闇の魔法使い-09


魔法学院から馬でたっぷり三時間、王都トリスタニアに辿り着いた柊とルイズがまず向かったのは王城直近にある仕立屋だった。
 何でも着の身着のままでハルケギニアに召喚されたエリスのために服を用意していたらしい。
 ルイズにそう説明されて柊はそう言えば前の虚無の曜日になにやら人が来てエリスの採寸やらをしていたのを思い出した。
 ちなみに柊の分はない。
 もっとも彼が身に纏っているコート――『スターイーグル』はこう見えてファー・ジ・アースの魔法技術を使ったれっきとした魔道具であるので換えは利かないし、
身なりにこだわるという訳でもないので特に不満はなかった。
 とはいえせめて肌着くらいは欲しいので頼んでみたところ、あっさりと了承された。
 そして店員からうやうやしく運ばれてきた荷物を見て……柊は眉を潜めてしまった。
 文字通りで山のように衣装箱が積まれているのだ。
 アニメや漫画ではよく見る描写だが実物を見るのは初めてだった。
 その荷物の山を見て満足そうに頷くと、ルイズはそれを放置して店を出ようとした。
「どうすんだよ、これ」
 と尋ねてみると、彼女はさも当然のように柊に言った。
「あんたが持つのよ。ゲボクなんだから当たり前でしょ?」


 ※ ※ ※


「……便利なのね、月衣って」
 王都で一番大きいブルドンネ街を歩きながら、ルイズは嘆息交じりにそんな言葉を漏らした。
「まあな」
 彼女の隣を歩きながら答える柊は荷物を何一つ持っていない。
 仕立屋で出された荷物は片っ端から月衣の中に収納してあるのだ。
 ウィザードが纏う簡易結界である《月衣》の収納能力は物の重量こそ無視できないものの、その大きさは一切問わない。
 要するにそのウィザードが持ち得るのならそれこそスペースシャトル並みの大きさがあったとしても構わず収納できてしまうのだ。
 幸い箱の数は多かったが重さ自体はさほどでもなかった(何しろ服一着に箱一つだ)ので総て月衣に収納しても少々の余裕はあった。
「エリスも月衣が使えなくなった時、不便だって言ってたしな」
 言いながら柊は町並みをきょろきょろと見回した。
 似たようなファンタジー世界のラース=フェリアで少しばかり過ごしていた事があるので、別段トリスタニアの町並みが珍しい訳ではない。
 だが初めて来た場所を観察して見たくなるのは仕方のないことだろう。
「エリスが月衣を使えなくなった……って、あの子もウィザードなの?」
「元、な。色々あって今はもうウィザードの力をなくしてる」
 柊の言葉にルイズは僅かに顔を傾けた。
 そして彼女は探るように柊を見上げると、ほんの少しだけ声色を翳らせて言った。
「……あの子も、あんたみたいに凄い力を持ってたの?」
「別に俺は凄かねえけど……」
 言って柊はルイズから眼を逸らして、空を見上げた。
 表情を読めずに怪訝な顔をするルイズをよそに、柊は僅かな沈黙の後、答える。
「あいつは普通のウィザードだったよ。特別なんか何もねえ、俺達と同じ普通の奴だ」
 二人がうらぶれた通りにある武器屋に入ると、来客に気付いた店主の面倒くさそうな視線が出迎えた。
 しかし店主はルイズの姿を見て取ると途端に慌てて駆け寄り、恭しく頭を下げた。
「貴族のお嬢様。うちは真っ当な商売をしてまさぁ。お上に目をつけられるようなことなんざ、これっぽっちもありませんや」
「客よ。剣を見せてちょうだい」
「剣? お嬢様がお使いになられるので?」
「使うのはあいつ」
 ルイズは店内に飾られている剣を物色している柊を指差すと、彼に向かって声をかけた。
「剣を使うんなら目利きくらいできるんでしょ? どれがいいの?」
「あ? あー……」
 言われて柊は思わず渋い顔をしてしまった。
 何しろウィザードに覚醒してからこっち、継承した魔剣一本で戦い続けてきたのだ。
 剣を見る眼などないも同然だった。
「いや、実はよくわかんねえんだけど……」
「なにそれ……あんた剣士じゃないの?」
「自分、剣士じゃなくて魔剣使いっすから……」
 照れ臭そうに頭をかく柊にルイズは嘆息すると、店主に向き直って投げやりに口を開いた。
「……あいつが使えそうなのを見繕ってやって」
「へえ、お任せを!」
 言われて店主は顔を輝かせ、意気揚々と店の奥へ引っ込んで行った。
 ややあって店主は大振りの剣を手に戻ってくる。
 ルイズはそれを見て思わず感嘆の息を吐いた。
 白銀に輝く刃や様々に宝飾が施されたその大剣は見るからに店内にある武器とは一線を画しており、貴族たるルイズからすれば気に召すのも当然だろう。
「この店一番の業物、ゲルマニアのシュペー卿が鍛えし名剣でさ。お嬢様のお付きならこれぐらいは下げていただかねえと」
「まあそうね。ゲルマニアってのがちょっと気に入らないけど……でも、よくこんなものがあったわね」
「へえ、最近『土くれ』のフーケとかいう盗賊が城下を騒がしてるそうで。そいつが貴族様方のお宝を好んで頂くってんで、下僕に剣を持たせるのが流行ってるようでさ」
「ふぅん……」
 お愛想全開な調子の声を聞きながらルイズは大剣をまじまじと観察し、次いで柊に眼をやった。
「これでいいんじゃない?」
「剣ならなんでもいいんだけど……これ、高いんじゃねえか?」
「そりゃもう。何しろこれほどの剣はこのトリスタニアでも片手ほどもありやせんし」
 店主の言葉に柊は渋面を作ったが、一方でルイズは平然としていた。むしろ希少価値があることでより気に入ったようだ。
 ルイズは満足そうに頷くと、勝気に腕を組んで口を開いた。
「で、いくらなの?」
「へえ、エキューで三千……と言いたい所でやすが、お嬢様になら特別に二千で結構でさ。新金貨なら三千でやすな」
「!?」
 もったいぶった店主の言葉にルイズが固まった。
 明らかに尋常ではない彼女の様子に柊は恐る恐る尋ねてみる。
「……エキューで二千って、高いのか?」
 ここでようやく柊は自分がこの世界の貨幣価値について何も知らなかった事に気付いた。
 何しろ召喚されてからこっちずっと学院の中で過ごしていたため、金銭が必要になる場面が全くなかったのだ。
 先程の仕立屋でも金銭回りについてはルイズが勝手に取り仕切っていたのでそこに触れる機会はなかった。
 柊の問いにルイズは肩を小さく震わせながら、答える。
「……庭付きの屋敷が買えるわ」
「ぶぅっ!?」
 予想の斜め上を行き過ぎた答えに思わず柊が噴き出した。
 しかし言い出した当の店主はさも当然とばかりに一つ頷いてしたり顔で語る。
「名剣は新城に匹敵しやすぜ。屋敷ですむなら安いもんでさ」
 この値段は流石にルイズも予想外だったらしく、渋面を作って口の中で何事かを呟き考え込んでいる。
「お、おい……ルイズ?」
 明らかに法外な値段に思えるのに何故か考え込んでいるルイズを見て、柊は不安になっておずおずと声をかけた。
 それが契機になったのだろうか、彼女は小さく頷くと顔を上げ、店主に向かって言った。
「それでいいわ」
「へぇ、毎度ッ!!」「おいーっ!?」
 店主の喜び勇んだ声と柊の悲鳴が重なった。
 決断を下して満足気になっているルイズに柊は詰め寄り、泡を食って口を開く。
「お、お前っ! そんな大金あるのかよっ!?」
「そういえば手持ちはなかったわ。小切手でいいわよね?」
「勿論でさ! 少々お待ちを!」
「違ぇ! そういう意味じゃねえよ!」
 いそいそとカウンターに引っ込んでいく店主をわき目に柊は慌ててルイズの肩を掴んで振り向かせた。
「家買えるような金をなんで持ってんだよ! さっき値段聞いて固まってたじゃねえか!」
「たかが剣一本がそんな値段ってのに驚いただけよ。額自体は出せないほどじゃないし」
「おかしいおかしい……! お前なんか金銭感覚が……って、あ!?」
 ルイズの肩を揺らす柊が唐突に小さく呻き、顔色を変えた。
 そして月衣から衣装箱を一つ取り出して彼女の前に突きつける。
 何もない場所から唐突に現れた箱に店主が眼を剥いたが、そんな事を気にする余裕は今の柊にはなかった。
「こ、これ……これ! エリスの服! これはいくらなんだ!? あと俺が買ってもらった奴も!」
「うるさいわね……最低限のものでいいってエリスがしつこく言うから、全部合わせても千エキューは超えてないわよ。あんたのはどうでもいいから……三着で百くらい?」
「……」
 二千エキューで庭付き一戸建てが買えるのなら、大体一エキューで一万円は下らないだろう。
 エリスの服が総額約一千万円。肌着三着で約百万円也。
 柊は目の前が暗くなった。
 どうやらエリスは貨幣価値などについて知っていたようだが、根本的に『貴族』であるルイズの金銭感覚を読み誤っていたらしい。
 柊は自分達とルイズの間に『格差』という巨大な二文字が横たわっているような錯覚を感じた。
「お嬢様、小切手はこちらで」
「ええ」
「! ま、待て! 待てぇっ!?」
 いそいそと小切手を差し出す店主の動きで柊は我に返り、声を上げた。
 煩わしそうにねめつけてくるルイズと邪魔臭そうに睨みつける店主の前で、柊は身振りも加えて必死に叫んだ。
「そんな高っけえのいらねえって!!」
 無論剣を手に命懸けで闘ってきた柊としては剣の性能が良いに越したことはなく、性能に見合うならば多少値段が張っても気にすることはない。
 実際彼の纏っている『スターイーグル』やファー・ジ・アースで手にする予定であった新しい魔剣の改造費用もそれなりに高額だ。
 そしてそれらの費用は総て柊が自腹で賄っている。
 これは卒業した後で気付いた事なのだが、ふと思い立って自分の預金を調べてみたところ驚くべきことにこれまで一年間引き回されていた分の依頼の報酬がちゃんと支払われていたのである。
 普段好き勝手に柊をいじくり回すアンゼロットではあったが、こういう点に関してはきっちりとこなしてくるので彼としてはぐうの音も出せないのであった。
 ともかく。
 自分の使う得物である以上柊はなるべくなら自分の手に収まる範囲で済ませたいのである。
 場合によっては援助を受けることもやぶさかではないが、現状世界の存亡だのと言った問題とは無縁なこのハルケギニアにおいてそこまでしてもらう道理はなかった。
 しかし言われたルイズの方からすればそうでもなかったようで、彼女は苛立たしげに腕を組んでから柊を睨みつける。
「アンタはわたしの護衛でしょ! だったらそれに見合うだけのものを身に着けるのが当然なの! みすぼらしい剣なんか帯びさせてたらラ・ヴァリエールの沽券に関わるわ!」
「……ヴァリエール?」
 そこで声を上げたのは柊ではなく、脇に控えていた店主だった。
 小切手を持っていた手を僅かに震わせて、ルイズの顔を窺うようにしておそるおそる口を開く。
「ヴァリエールって……"あの"ヴァリエール?」
「……トリステインにヴァリエールは一つしかないはずだけど?」
 口を挟まれて苛立ちが増したのか、不機嫌さをあらわにしてルイズは店主に言う。
 すると彼は表情を固まらせたまま顔色だけが青くなった。
 ヴァリエール家といえばトリステインでは間違いなく五指の内に入るほどの名家中の名家なのだ。
 王室からの覚えもよく、トリスタニアで生活するのならまず間違いなく耳にする家名である。
 そんな名家の人間がこんな場末の武器屋に顔を出すなど笑い話にもならないのだが、片田舎ならばともかくトリスタニアで貴族を騙るにはヴァリエールの名は巨大すぎる。
(するってえと……本物?)
 店主は戦慄した。
 ヴァリエール家の人間に剣を高値でふっかけ、買わせかけたのだ。
 もしも後に事が露呈すれば、店の存続どころか命の存続すらも危ぶまれる。
 少なくともそうできるだけの力が、ヴァリエール家にはあった。
「大体剣なんて振って斬れりゃあそれでいいんだよ! 宝石とかなんとかそんなみてくれなんて必要ねえだろ!?」
「ゲルマニアの蛮人みたいな事言うんじゃないわよ! トリステインには格調というものがあるの! わたしがいいって言ってるんだからこれにしなさい!」
 なりふり構わず訴える柊を一蹴するようにしてルイズは吐き捨てると、店主の手から小切手をもぎ取ろうと手を伸ばした。
 今の店主から見れば死刑執行書にも等しい小切手を奪われそうになって、店主は慌てて小切手を背中に隠し呻く。
「お、お嬢様……お嬢様っ!」
「なによ。お金ならちゃんとあるわ、見くびらないで」
「お嬢様の言う事ももっともでさ! しかし……しかし、剣には使い手との相性ってもんがありやす! 実際剣を振るのはそちらの旦那ですから、旦那の望む剣にしておいた方がよろしいかと!」
「……あんたさっき名剣は新城に匹敵するって言ってなかった?」
「た、確かに言いやしたが……使い手との相性が合わねえといかな名剣、新城とてハリボテ同然でやす! ほらよく言うでしょう、『一流の使い手は武器を選ばない』と!」
「そ、その通りだ! 良い事言うな親父!」
「あたぼうよ、伊達に武器屋はやってねえぜ!?」
 思惑は別として利害が一致した柊と店主が結託して頷きあった。
 ルイズはその様子を険の入った表情でしばし見つめた後……はあと諦めたように溜息をついた。
「……わかったわよ。それなりの剣の腕だってのは知ってるし……」
 渋々と言った体で吐き出したルイズの言葉を聞いて、柊と店主は心の中で違う意図のガッツポーズを決めた。
「それじゃどれがいいのよ。好きなの選びなさい」
「お、おう。それじゃとりあえず……親父、一番安いのは?」
「えっ? あ……安いってのならそっちの樽に突っ込まれてるのが投げ売りものでさ」
 柊に言われて、最悪は回避したが実入りも消し飛んだことに気付いた店主が沈んだ調子で店の端にある樽を指差した。
 柊に同調した手前彼の言を無下にすることはできなかったが、それでも店主は抵抗を試みる。
「けど、そっちにあんのは中古だったり傷物だったりでガラクタ同然の奴ですぜ。せめて新品の方が……」
「いい。これ以上びた一文使いたくねえ」
「ちょっとあんた、わたしにガラクタを買わせるつもりなの!?」
「問題ねえ。親父も言ってたろ、一流の使い手は武器を選ばねえってな」
 普段ならそこまで自信過剰に言い切ることなどないが、今だけはとりあえず乗っておく。
 確認を怠った自分のせいとはいえルイズに高額の負債を背負ってしまった身としては、もはや剣の体裁さえ保っていれば何でもよかったのである。
 検分を始めて見ると、大方は店主の言ったとおりガラクタ同然の代物ばかりだった。
 どれもこれも錆が浮き上がっていたり曲がっていたりのこぎりのように刃が欠けていたり、およそ使えそうな得物はない。
 一縷の望みをかけて鞘に入った剣を抜いて見るが、それらもやはり中身の剣身は同じようなものばかりだった。
 それでも棚に飾ってある新品の剣は見るのが(正確にはその値段を見るのが)怖いので柊は樽の中古品の検分を続けていく。
 そして何本目かの鞘つきの剣を手に取ると、不意に店主が小さく声を上げた。
「あ、それは……」
 店主の反応が少し気になったが、柊は構わず剣を鞘から抜いた。
 すると唐突に低い男の怒号が店内に響き渡った。
『コラァ、いつまでほったらかしにしてやがんだ!』
「うおっ!?」
 柊は驚いて周囲を見回したが、店内には三人の他に誰もいない。
 柊と同じように驚いているルイズの横で、店主が頭を抱えて天井を仰いだ。
 柊は再び剣に視線を戻し、眉を潜めた。
「……もしかしてコイツか?」
『おうよ、他に誰がいるってんだ』
「インテリジェンス・アイテム……でいいんだっけ?」
 ファー・ジ・アースでも通っている名称でルイズに尋ねてみると、彼女は店主に視線を向けた。
「へえ、お察しの通りインテリジェンス・ソードでさ。あんまりにも口が悪いんで黙らしてたんでやすが……そんな所に紛れてやがったのか」
『ふざけんじゃねえよ! 俺様をこんなくず鉄共と一緒にしやがって!』
 うんざりといった口調で店主が漏らすと、剣は怒気も露に叫んだ。
 ルイズも不快そうに眉を顰めて剣を見やり、そして柊も少し呆れたようにため息をついた。
「お前も錆びてんじゃねえか……」
 見れば確かにこの剣も他の武器と同様に錆が浮いていた。
 薄手の両手剣で使い勝手としては以前使っていた魔剣に近しい。
 作り自体もしっかりしていたが……いかんせん錆があってはその性能は推して知るべしといったところだろう。
 要するに購入する剣としては考慮外の代物だ。
「今度から大人しくしとけよ。じゃあな」
『待て待て! 出逢いはもっと大切にしようぜ!?』
 鞘にしまおうとした柊に剣が慌てて口を挟んだ。
『俺を発掘してくれたよしみだ、悪いようにはしねえぜ?』
 この手のタイプは非常に面倒くさそうな事になりそうなので柊は思い切り眉を顰めてしまった。
 ルイズも剣を見ながら小さく「……うざっ」と呟いた。
 二人の反応をよそに剣は自分を手にしている柊を値踏みするように沈黙すると、
『……ふぅん。おめえ、幸薄そうな顔つきのワリに結構やるみてえだね』
「やかましい。……わかるのか?」
『まあな。俺様は特別だかんね』
「特別ねえ……」
 うさんくさげに柊は剣を見やったが、剣の方はそんな事を気にもせずに言葉を続けた。
『……まあいいか。おめえに使われてる方がこのまま埋もれてるよりはマシだろ。てめ、俺を買え』
「いや要らねえ」
『即答!?』
 愕然と声を上げた剣に柊は生暖かい視線を向けたまま口を開く。
「いくらなんでも錆びた剣はないわ。それに俺、喋る魔剣とか人化する魔剣とかあんま好きじゃねえんだよ。……データ的にそんな強くなる訳じゃねえし」
『メタな事言うんじゃねえよ!?』
 わめく剣にいい加減嫌気が差したのか、脇からルイズがヒイラギに向かって口を挟む。
「……ちょっとヒイラギ。もうそんなのほっといてさっさと選びなさいよ」
「あいよ」
 答えて柊は剣を鞘に戻そうとすると、完全に鞘に収まる直前、剣がくぐもった笑い声を上げた。
『フッ……みてくれだけで選ぶたあ、おめえも所詮二流の使い手だね。そこのお飾り好きな娘っ子と変わんねえや』
「……あん?」
 先程のやり取りはともかくとして、柊自身は自分を一流だとは思っていない。
 だが、他人にそう言われるとやはり気に障るものだ。
 それはルイズも同じだったようで、彼女は肩を怒らせて剣に一歩詰め寄った。
「なによ。じゃああんたはみてくれだけじゃないっての?」
『俺は特別だって言ったじゃねえか』
 再び引き抜かれた剣は偉そうにそんな事を言うと、胸を張るように僅かに身体を揺らせて言った。
『耳をかっぽじって良く聞きやがれ。この俺、デルフリンガー様はな――――六千年前から生きてる由緒正しき魔剣なんだぜ!?』
 前半と後半でわざわざためを作って芝居がかった風に剣……デルフリンガーが叫ぶと、店内が静まり返った。
「その妄言は初めて聞いたな。大きく出やがって」
 店主は肩を竦めて失笑した。
「六千年って始祖ブリミルの時代? あんた、外見だけじゃなくて中身まで錆びてたの?」
 ルイズは大いに眉を潜め、怒りを通り越して呆れを含んだ声でそう言った。
 そして柊は、
「ふーん。で?」
 驚くでもなく呆れるでもなく、デルフリンガーを見つめたままそんな事を言った。
『あれ、なんだその反応?』
「いや、だからどこが特別なんだよ」
『そりゃ俺が六千年前から……』
「……それくらいなら普通だろ?」
『「普通っ!?」』
 ルイズとデルフリンガーが声を揃えて叫ぶ。
 柊はおもむろに頷き、遠い眼をしながらしみじみと語った。
「俺が前持ってた魔剣だってミッドガルドで二万年ばかり過ごしてるし。知り合いの持ってるヒルコっつー剣は何千万年前だかに生まれたらしいし。
 聞いた話だと四十五億五千万年前から継承されてる剣ってのもあるな」
「よ、よんじゅう……なんですって?」
「四十五億五千万年。まあ俺の世界の話だけどな」
「……」『……』
 臆面もなく言い切る柊をまじまじと見やった後、ルイズは頭痛を堪えるようにこめかみに手を当てて唸った。
「あんた……そういう事いうから胡散臭いのよ!」
「本当の事だからしょうがねえだろ……」
 柊は嘆息交じりに答えた後、改めて『普通』のデルフリンガーを見やった。
 彼(?)は柊の台詞を聞いた後黙り込んだまま、カタカタと身体を震わせていた。
 二人が反応を待つことしばし。
 デルフリンガーは裏返った叫び声を吐き出した。
『うるっせえ!! 無駄に年月重ねてりゃ凄ぇって訳じゃねえんだよ!!』
「キレた!?」
「というか言いだしっぺのお前が言うな!?」
『いいの! 俺はいいの!! なんたって俺にはそこらの魔剣なんか眼じゃねえ凄い能力があるんだからよ!!』
「能力?」
 そこでようやく柊が食いついた。
 確かに錆付きの剣というだけなら論外だが、何がしかの能力があるというなら話は別である。
 しかしデルフリンガーの方はといえば、何故か再び黙り込んでしまった。
 そして彼は厳かな声で力強く言い放つ。
『……長い事使ってねえんで忘れちまったが、凄い能力があったような気がする!』
「意味ねえ!?」
『意味あるよ、超あるよ! 今は使えねえけど、思い出したら使えるようになんだろぉ!?
 ほらアレだ、敵の放った系統魔法を吸収したり! 吸収した魔法の分だけ使い手の身体を動かしたり!
 そういう事ができるようになるかもしんねえぜ!?』
「ほー。じゃあその内あらゆる空間と結界を斬り裂く能力とか、神の如き因果や運命を持つモノを斬り裂く能力とかが生えてきたりすんのか」
『場合によってはそうなるかもわからんね!』
「……別のにすっか」
「そうね」
『あ、待て。いや、待って下さい』
 ついに下手に出始めたデルフリンガーを見かねたのか、それまで三者のやりとりを微妙な視線で見守っていた店主が話を切り出した。
「……旦那。デル公も何やら執心のようですし、何かの縁と思って買ってくれやせんか。お安くしときますんで」
「えー? 嫌よこんな胡散臭い剣!」
「錆び付きだけど能力持ちの剣か……」
 ルイズはあからさまに嫌そうな顔をして声を上げる。
 だが柊は(不明ではあるが)能力的なメリットに一考の価値はあると判断したのか店主に向き直り、尋ねた。
「……ちなみに、いくらくらいで売ってくれんだ?」
「厄介払いも込みで新金貨百でどうでやしょう」
「それでも百もすんのかよ……」
「これぐれえの剣の相場が二百でやすし、デル公はこんなでもれっきとしたインテリジェンスソード……魔法が付加された一品でやすから。錆がなけりゃあこの百倍は下りやせんぜ」
「マジか……」
 いまいち相場が理解できない柊は小さく唸って考え込んでしまう。
 するとデルフリンガーが声を上げた。
『なんだ、文句あんのか? だったらタダでいい、俺を連れてけ!』
「!? て、てめえデル公、何言ってやがんだ!」
 泡を食って叫ぶ店主に、しかしデルフリンガーは逆に噛み付くような勢いで言葉を続けた。
『コイツは俺をこけにしやがった。断固許せん! 男にはな、どんなに安くても引けねえ戦いって奴があるんだよ……!』
「耐久消費財の分際で生意気な事言ってんじゃねえぞ!」
『うるせえ、俺はもう決めたんだよ! 四の五のほざくようなら娘っ子に言っちまうぞ!』
「あぁ!?」「?」
 店主は肩眉を吊り上げ、そして唐突に話を振られたルイズは訝しげに首を傾げた。
 そしてデルフリンガーは声を落とし、呟くようにしてぼそぼそと喋り始めた。
『鞘に収まったら喋れねえけど、会話は聞こえてんだからな。おめえがそこの娘っ子に何ちゃら卿とかいうののナマクラを――』
「うわあぁあああっ! 待て待て待て待てぇーー!!」
 店全体を揺らすような店主の叫び声が響き渡った。


 ※ ※ ※


『まーそんな訳でよろしくな、相棒』
 武器屋を後にして開口一番、デルフリンガーが心なし喜色を称えて言った。
 路地裏を歩く二人の表情は優れない。どちらかというとうんざりと言った表現が正しいだろう。
 溜息をつく柊はもちろんのこと、ルイズの方がより落胆が大きいようだった。
「なんでそんな胡散臭い剣なんか……」
 ルイズはこれ見よがしに何度目かになる溜息を吐き出す。
 柊もルイズと同じように気を吐きながら答えた。
「しょうがねえだろ。親父に泣きつかれちゃさあ」
 武器屋でのやり取りの後、何故か店主は態度を翻してデルフリンガーをもらってくれと頼まれた。
 柊はデルフリンガーと店主の会話の端からなんとなくその理由を把握したがルイズは聞き取れなかったようで、なおシュペー卿の剣を選ぼうとしたのだ。
 するとデルフリンガーがせっついて店主がしつこく頼み込む。
 仕方ないので柊がデルフリンガーを選ぶことで落ち着いた。
 ちなみに、流石にタダでもらうのは気が引けたので、半額の新金貨五十で買うことにした(そしてルイズはそれを渋った)。
「まあアンタがどうしてもっていうから折れてあげたけど……なんで鞘を貰わなかったのよ」
 ルイズは柊の手に握られているデルフリンガーをジト眼で睨みつけながら呟いた。
 デルフリンガーは鞘に収めていれば喋る事ができなくなるそうで買った時に一緒についてくるはずだったのだが、柊がそれを断ったのである。
 それをデルフリンガーが喜んだのは言うまでもなく、そのおかげか彼は上機嫌なのであった。
「だって俺、鞘は使わねえんだよ……」
『うんうん、中々いい心がけだぜ相棒! おかげで俺の好感度がぐぐっと上がったね、だいたい一万八千ぐらい!』
「小豆相場より上下が激しいじゃねえか。どこの対戦型ギャルゲーだよ」
 嘆息しながら柊は返し、そして軽くデルフリンガーを構えて正面から睨みすえた。
「……お前、これで実は能力がねえとか言ったらへし折って捨てるからな」
『安心しな、ちゃんと折り紙つきの能力を持ってるぜ。だが……今はまだ使う時じゃねえんだ』
「……」「……」
 柊とルイズは黙り込んでデルフリンガーを見つめた。
『その眼……疑惑をやめぬ瞳……』
 明らかに胡散臭げな視線を放つ二人にデルフリンガーが呻く。
『ならば! 体裁を取り繕う必要はないな……退屈のために変えていたこの姿でいる必要も……ない!!』
「はあ?」
「お前何言っ……うお!?」
 柊が訝しげに眉を潜めたとたん、手にしていたデルフリンガーが唐突に光を放った。
 慌てて周囲を見回して人がいないことを確認すると、柊は改めて驚愕の視線をデルフリンガーに向ける。
 デルフリンガーから放たれる光は刀身全体を包み込み、やがて――
『そうだ!! これが俺様の真の姿――インテリジェンスソード・デルフリンガー! 設定年齢六千歳、蟹座のB型!!』
「「し……新品だっ!!」」
 錆び一つない、白銀に輝く刀身が露になった。
「ってか、蟹座とか血液型とかあんのかよ! ハルケギニアにはよぉ!!」
『よくわかんねえが相棒に握られてたら勝手に思い浮かんだ。ふしぎふしぎ』
「こいつ……」
 理不尽さに眉をしかめながらも、柊はとりあえず姿を変えたデルフリンガーをまじまじと見やった。
 見れば確かに、武器屋にあった時には至る所にあった錆がどこにも見当たらない。
 作り自体は元よりしっかりできていたので、新品同然となった今ではシュペー卿とやらの剣と比べても全く遜色はないだろう。
 だが――
『はーははは! どうよ、相棒に言われて必死に思い出したんだぜ! 他にも何かあったような気がするけどおいおい思い出すだろ……見直したか!?』
 それを補って余りあるほどにやかましい。
 得意絶頂になっているデルフリンガーに眉を顰めながらルイズは柊を睨んだ。
「ねえ、本っ気でうるさいんだけど。今からでもいいから鞘貰ってきなさいよ」
「だから鞘は使わねえんだって……」
「だったらこのまま喋らせとく気? 学院から追い出されるわよ?」
「いや、こうすれば多分大丈夫」
 言いながら柊は軽く腕を上げると、手にしていたデルフリンガーを月衣へと収納した。
『お? おおお?? おおおぉぉっ!?』
 奇声を上げながらデルフリンガーの姿が掠れ、虚空の中に消えていく。
 その存在が完全に消失すると、歩いていた裏通りに静寂が戻った。
「まあ、こんな感じだから月衣から出すたびに鞘から抜くと二度手間になっちまうんだよ。鞘にも能力があるってんなら別だけど」
「……なるほどね」
 とりあえず頷いてはみたものの、ルイズとしては少しだけ納得がいっていなかった。
 確かに月衣の中に入れている間は静かになるだろうが、取り出す度にさっきみたいに喚かれるのではないのだろうか。
 それを聞こうとして彼女は口を開きかけ、ふとある事に気付いた。
 別に大した事ではないが、ちょっとだけ興味がわいたのだ。
「ちょっと聞いていい?」
「なんだ?」
「月衣の中って、どうなってんの?」
「俺にもわかんねえ。基本的に生物は入れられねえし、どうなってるかなんて――」
 答えながら柊はルイズの質問の意図に気付いてはっとした。
 そしておもむろに月衣からデルフリンガーを取り出す。
『……うおお、なんだ今の不思議空間は!?』
 出てくるなり悲鳴を上げたデルフリンガーに二人は興味津々と言った表情で詰め寄った。
「なあ、デルフ。月衣の中ってどうなってんだ?」
『お? おお、そりゃああれだ、なんていうかこう……凄くて……凄くて……凄かった!!』
「貧弱な語彙の感想だなぁおい……」
「所詮は剣って事ね……」
 落胆も露な二人をよそに、デルフリンガーは柊に向かって叫んだ。
『おい相棒、なんだよ今のは!? あんな所に入れられるなんて聞いてねえぞ!?』
「そりゃ言ってないもんなぁ」
『ひ、酷い……騙したのね! ワタシのカラダだけが目当てだったの!?』
「まあ実際問題、お前の剣身(カラダ)にしか用はないわな」
『あなたはケダモノよォー!!』
 芝居がかった微妙な裏声でデルフリンガーが叫んだ。
 いい加減相手をするのがイラついてきた柊が口を開きかけたが、それより先に酷く冷め切ったルイズの声が響く。
「……いいこと思いついた」
「ル、ルイズさん?」
『ど、どうした娘っ子』
 思わずかしこまってしまった二人を他所に、とうに怒りを通り越えたルイズはデルフリンガーを見据えながら言った。
「さっき武器屋で、コイツは錆がなければ百倍以上って言ってたわよね。コイツを売って新しいのを買いましょう」
「それだ!?」
『ノーモア転売!?』
 眼から鱗が落ちたように相槌を打つ柊と、泡を食って悲鳴を上げるデルフリンガー。
『ま、待て! 待ってくれよ!』
「待たない。さっきの武器屋で売るのは流石にアレだから……そうね、せっかく王都に来たんだしアカデミーに行きましょう。
 インテリジェンスソードなら研究素材にもなるしそれなりで引き取って貰えるだろうから」
『なんだよぅ、久しぶりに喋れるようになったからちょっと羽目を外しただけじゃねえかよう!』
「……わたしは黙れって言ってるのよ」
『すみません。以後自重します』
 デルフリンガーはまるで怯えるようにカタカタと剣身を揺らして恭しく答えた。
 黙り込んだデルフリンガーを見てルイズは鼻を鳴らし、肩を怒らせたまま歩き出した。
 十分に距離を取ったのを見計らって、デルフリンガーが柊に小さく囁いた。
『あの娘っ子こえー。マジこえー……』
「あんま怒らせんじゃねえよ……一応世話になってんだからよ……」
『俺は相棒に使われるけど、相棒は娘っ子に使われてんのな。ゲボク同士仲良くやろうぜ』
「ゲボクじゃねえ!?」
「ヒイラギ、何やっての! 行くわよ!」
 怒気を孕んだルイズの叫び声が響き、柊は慌ててデルフリンガーを月衣に納めると歩き出した。
 と、不意に足を止めて振り向く。
 お世辞にも衛生的とはいえない路地裏の通りには柊達以外には誰もいない。
 ――少なくとも見える範囲には、人はいなかった。
「……まあいいか」
 柊はそう呟くと、既に表通りの方へと消えたルイズを追って走り出した。



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