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ゼロの黒魔道士-66


何百もの唸り声。
何百もの殺気。
ブラックジャック号の周囲が、銀色のペンキで塗り尽くされたようだった。

「う、うわわわ!?な、何体いるんだっ!?」
ギーシュが尻もちをついて声をあげる。
数えようも無いほどの銀色のドラゴンが、今にも襲いかかってきそうだった。

「醜悪、だねぇ……もう少し、センスの良い味方はいなかったのかい?」
フフン、と笑うような感じで、クジャが言う。
……こういの、『余裕しゃくしゃく』って言うんだよね?
なんか、その余裕が腹立たしかった。

「ふん、貴様の真似をしただけなのだがね」
もう取り繕う必要もないからか、
肉食獣のような笑顔を作って、教皇……いや、フォルサテが言った。
真似って……クジャの?

「ほぅ?」
クジャが、ゆっくりとフォルサテの方へ向き直る。

「『世界扉』という魔法があってね……5年ほど前だったかな?
 大樹の奥に引きこもった君の姿、見させていただいたよ」
大樹……?イーファの樹……?
クジャと、ボク達との戦いが……見られていた?

「なるほど……どおりで、三文以下の筋書きなわけだ」
わざとらしい溜息をふん、と鼻で鳴らすクジャ。
……言われてみれば……
魂の集まる場所。
銀竜。
召喚獣を封じ込める光を持った船……
あのときと、状況は似てる……かもしれない。

「実を言えば、君には協力して戴きたいと思っていたのだが」
「何だって?」
フォルサテの言葉に、クジャが目を見開く。
惑わすような、そんな猫なで声。

「異世界での君の役者ぶり、非常に私好みでね……
 どうせこちらの世界に、義理も何もあるまい?」
「ふむ?」
クジャの意外そうな声。
真面目に、検討してしまっている……?
やっぱり、敵なの?

「我が片腕となって、共に永遠なる命と支配を楽しむのも、一興だろう?」
「支配……なるほど。昔語りの『魔王』といったところかな?」
フォルサテの言葉に、クジャが食いついた。
……場合によっては、二人とも、倒さなければならない。
いや、クジャがもともと悪い奴だったってことは、知っていたじゃないか……
迷う理由なんて……無い。
無いはずなのに……
『――大丈夫さ。この手の届く範囲を、守りたい』
なんで、なんでクジャの言葉が頭から離れないの?
クジャに裏切って欲しく無い。
クジャを信じてるわけでもないのに、嘘をついていて欲しく無い。
なんで、なんでそんなことを想ってしまうんだろう……

「人の欲という業を、私が全て負うというわけさ。
 聖職者らしい、崇高な理念だろう?
 越えられぬとすれば、神ぐらいなものさ」
フォルサテが手を差し伸べる。
こっちに来いと、言わんばかりに。
行かないでって、思ってしまう。
クジャを相手にするのは、厄介だから。

……それだけ?
……ボクは、クジャと戦いたく無い……なんで?


「……美しくない」
クジャが、フォルサテの手を、言葉で払いのけた。
「何?」
フォルサテの動きが一瞬止まる。

「あぁ、醜すぎて反吐が出る!
 人としての命を持ちながら!節操も無く求め!欲し!
 その陳腐な願望のために命を永らえさせる?とんだ駄作だ!」
……改めて、クジャのことを考える。
クジャが戦ったのは……あまりにも短い、それこそ、ボクよりも短い命に失望したから。
だからいっそ、全部滅んでしまえ!自分と一緒に!って暴走した……
……そのこと自体が、許せるわけじゃない。
許しちゃいけない、悪いことなんだけど……

「……所詮は虫けらの命しか持たぬもの、か。
 人の欲というものを理解できないらしい――」
命を、物扱いして、ただただ自分のために求めるこいつは……

「欲で、皆の命を奪っていいっていうの!?」
もっと、許せそうになかった。

「あぁ、お前もいたのだったな……虫けらに作られた粗末な人形が」
人形。
ボクは、確かに人形だ。
短い命しか持っていなかった、ただの人形だ。
……人間みたいにはなれない、人形だ。
でも。

「人の……命を何だと思っているんだ!」
人の命を持て遊ぶ、こいつの方が……
よっぽど、人間なんかじゃない!


「何だと思っている――だと?むしろ感謝してほしいくらいなのだがな。
 我が血となり、肉となり永遠を生きる!
 取るに足らない虫けらの命に対する、救済だ!
 感謝されこそすれ、恨まれる覚えは無いな!」
自分を、神様か何かのように言う……
もう、これ以上聞く気も、話している気もしなかった。
左手のルーンが、輝きを増す。

「自分を何だと……そんなことさせるもんかっ!!」
デルフを構えて、一気に飛んだ。
距離はそう遠く無い。
間合いを詰めて、上段に構えたところから、一気に振り下ろす……

ふわり。
手ごたえを例えるなら、霧や雲を斬るかのような感じ。
デルフは、フォルサテの体をすり抜けて……

「うわっ!?」

ブラックジャック号の甲板に突き刺さった。
そんな、確かに斬りつけたはずなのに。

『羽虫が、神に盾突こうとでも?
 所詮蟻には――天の高さは知ることができん、か』
フォルサテの姿が、ゆらめきながら、嘲笑う。
声もそれに合わせてか、奇妙に歪んだような音になっていた。

「幻影の呪文、といったところか……流石に、僕達の前に姿を晒すほど馬鹿じゃないか」
クジャが憎々しげに言う。
幻影……ここに、フォルサテはいない?
じゃぁ、どこに?

『指輪も3つしか無く、巨人の封印は完全に解けたとは言えんからな』
幻に映るフォルサテの手には、3つの指輪がはまっていた。
そのうち2つは、見たことがある。風のルビーと水のルビーだ。
残りの1つ、黄色い宝石だけはよく分からない……
でも、フォルサテの言葉から考えると、巨人……バブイルの封印に関わるものなんだろうなっていうことが分かる。
……え……ってことは、不完全な復活で、あれだけの力を?

『しかし、“魂”の収集も順調そのもの。
 4つ目の指輪も、力ある者に任せてある……我が支配は、何もせずとも近いだろう』
フォルサテの姿が、揺らめきながら薄くなっていく。
水面に映った像のように、ゆらゆらとかき消えるように……

『さぁ!我が支配までの余興となるが良い!!』
遠のいていく声で、最後にフォルサテは高笑った。
全てを馬鹿にするような、嫌味ったらしい笑い方……

「待てっ!!」
……こう言ったところで、待つわけがないんだけど、言わずにはいれなかった。
でも、像は目の前にふわりと消えて……

「GURUAAAAAHH!!」
代わりに出てきたのは、
シルフィードと同じくらい大きい銀色の竜の影。

「くっ……!」
デルフを構えようとしても、
少し遅い。
甲板にデルフが刺さっている。
抜く前に、銀竜の顎が先にボクの体を捕えて……

「――『錬金』っ!!」
銀竜よりも、デルフよりも早くきらめいたのは、
フレアの色をした爆発だった。

「GUOOOOM!?」
体の半分ぐらいを消し飛ばされて、
もだえ苦しむ銀竜。

「ルイズおねえちゃん……?」
振りかえると、ルイズおねえちゃんが、
杖を片手に立ち尽くしていた。

「ほんっと……何だってのよ……
 教皇様がフォルサテ様で?フォルサテ様がブリミル様を殺していて?
 ……価値観崩壊も良いとこじゃない……!」
怒っているのか、泣いているのか、うまく言えないけど……
そんな感じでルイズおねえちゃんは叫んだんだ。
ぐっちゃぐちゃになりそうな、頭の中の思いを、全部。

「……」
ボクは、何て声をかけていいのか分からなかった。

「……――ビビ!」
「ぇっ!?」
爆発も突然なら、声をかけられるのも突然だった。


「何ボサッとしてるのよ!あいつら……ぶっ倒しに行くわよっ!!」
「ルイズおねえちゃん……」
ルイズおねえちゃんが、強いなって思うところは、
迷ったとしても、迷いを振り切った後がものすごく強いところだなって思う。
真っ直ぐなんだ。自分のやると決めたところに。

……ボクも、やることは決まっている。


「ビビ君、行ってくれるかい?」
「クジャ……」
クジャが、歩み寄る。

「バブイルの中に、あいつらがいる場所へ繋がる扉があるはずだ。
 『悪魔の門』……言葉そのままだね」
「……」
悪魔の、門……
あいつらがいる場所には、ぴったりかもしれない。

「いいか?『ウネとドーガ』の物語の魔王だって光の戦士達に倒された!
 魔王なんて、お伽話以外の世界から出してはいけない!」
クジャが、言い放った。
……あのクジャが。
……自分自身も、魔王のようにふるまっていたような、あのクジャが。

「クジャ……ボクは、やっぱりお前を信用できない……」
ガイアをかき乱したこいつを、許すことは、やっぱりできない。
……信用するなんて、とっても……


「……ビビ君?」


「でも!それ以上に!……ボクはあいつらを、許せない!」

クジャがしたことを許すつもりはないけど、
それと同じぐらい、いやそれ以上にひどいことをするつもりの、
フォルサテを許すわけにはいかない。
許せるわけがない!

フォルサテが去って、銀竜達の動きが激しくなってきていた。
ギラギラと光る牙が、剣のように鋭い翼が、甲板上のボク達に襲いかかる。


ゼロの黒魔道士
~第六十六幕~ No Reason


「――ハハハハハ!考えうる最良の答えだ!
 では……行きたまえ!」

クジャが、右手を大きく振るって、光る魔力の弾を放り投げた。
それが銀竜の体に当たるか当たらないかの内に、瞬いて弾ける。
竜達の猛攻に、わずかな隙間ができる。

「ルイズおねえちゃん!」
「えぇ!」
クジャが作った道を、走った。
襲い掛かる牙を、デルフで受け止め、薙ぎ払う。
そして、甲板のその先へ。
一思いに、飛んだ。
重力に抗う風が、ボク達を包む。

後戻りなんて、考えるつもりもない。

だって、

誰かの命を虫けらのように扱う奴を倒すのに……

理由なんて、いるものか!

「足場を頼むよ、船長さん!」
『ワイヤー射出!』

『虹』と銀竜で歪んだ空を貫くように、
ブラックジャック号からワイヤー付きの銛が放たれる。

空中に足場を得たボクは、ルイズおねえちゃんを抱きとめて、その勢いでワイヤーの上を滑っていく。
高い所は、やっぱり怖い。
でも、そんなことも考えるつもりはない。
……左手のルーンが、輝いていた。

……待っていろ、フォルサテ!


ピコン
ATE ~How Can We Fake This Anymore?~

キュルケは、何が起こったかを理解するのに苦労していた。
まず、自分を殺そうとしていた義眼の男は、壁にめり込んでいる。
何故そうなったかは分からない。
だが確かにめりこんでしまっているのだ。

一方、支えを失った自分は床に完全に倒れているわけではないらしい。
優しい手の温もりを、確かに感じた。
おそらく誰かに、抱きかかえられていると思われる。


「ケホッ……誰だ?」
義眼の男がせき込みながら壁から体を引きはがす。
ややあって、キュルケは気付く。自分の傍らにいる男に助けられたのだと。
そのナイトの顔を、恐々と振り返る。
そこにあったのは、見知った顔。

「……ミスタ?」
ジャン・コルベール。
つまらないだけの、ただの教師。
禿頭に何のセックス・アピールも感じない、しょぼくれた男。
自分を支える教師の顔は、見たことのない表情だった。

「私の教え子から、離れろ」
義眼の男をじっと睨みつける眼差しは、研ぎ澄まされた刀剣のごとく。
男を知り尽くしたキュルケですら見たことも無い、男を感じさせる顔であった。

「あぁ……っ痛ぇ……ぁん?」
首をさすりながら、義眼の男がコルベールに気付く。
暗がりでも、その表情がはっきり見える。
義眼と歯が、窓から射す光に反射しているのだ。
最初は、驚き。
一瞬後、徐々に大きな歓喜へと。
まるで濁りきった『虹』色の空のように、男の表情が歪んでいく。

「おお、お前は……お前は!お前は!お前は!」
沸騰し噴出する男の感情。
溜まりに溜まった熱量が、歓喜の渦となって空気を焼く。
熱い、そして、怖い。破壊の炎そのものだ。
キュルケは、コルベールの体を赤子のごとく求め、抱きついた。

「お前は!お前はコルベール!
 そうだ、これこそ探し求めた温度!お前はコルベールだ!
 俺だ!忘れたか?メンヌヴィルだよ!隊長どの!おお!久しぶりだ!」
ここで、キュルケは初めて微動を感じた。
コルベールの体が、メンヌヴィルという名前と、隊長という役職名に反応したのだ。
「貴様……」
ぎりっと歯の鳴る音を聞く。
次の瞬間キュルケが見たのは、怒りと憎悪。
ありったけのそれらを、コルベールの横顔に見る。


「何年ぶりだ?なあ!隊長どの!二十年だ!そうだ!
 あぁ、スポンサー様ありがとう、だ!まさかここでお前に会えるとはな!
 しかし、隊長どの!今は教師なのか!これ以上おかしいことはないぞ!貴様が教師とはな!
 いったい何を教えるのだ?人の燃やし方と壊し方か?は、ははは!はははははははははははははははははは!!」
男が笑い声を上げるたびに、空気がビリビリと揺れる。
キュルケはその度に身体を震わせながら、怪訝な表情を浮かべた。
コルベールとこの男、一体、どういったつながりがあるというのか。

「理解できてないって温度だな、えぇ?じゃぁ僭越ながら俺様が解説してやろうか、いいだろ、『先生』様?はははは!」
キュルケの当惑を熱量で読み取ったか、
メンヌヴィルが下卑た笑いのまま、キュルケの知らぬコルベールの紹介をはじめた。

「この男はな、かつて“炎蛇”と呼ばれた炎の使い手だ。
 特殊な任務を行う隊の隊長を務めていてな……女だろうが、子供だろうが、かまわずホイホイ燃やし尽くした男……
 そして俺様から両の目を……光を奪った男だ!」
コルベールが、軍人か何かだったと?
普段ならば、下手な冗談であると一笑するだけだろうが、
状況が状況だからか、キュルケはあっさりとそれを信じた。
キュルケは、確かに感じたのだ。
コルベールの横顔に、彼の過去を。
義眼を指でピンッと弾き、男は一層口元を釣り上げた。
愉快でたまらない、といった風に。
年月と共に積み重なった思いを全て吐きだせることを、天に感謝するかのように。

「……ミス・ツェルプストー」
「は、はぃ……」
コルベールの顔を再び見やるキュルケ。
先ほどとは違い、そこにはいつもどおりの、
普段のしょぼくれてはいるが、優しい教師の顔があった。

「ミス・モンモランシを連れて、下がっていてください」
声を発せず、ただキュルケはうなずいた。
何とか、身体を動かすだけの力は出る。
コルベールの支えを自ら辞し、モンモランシーの倒れた場所まで素早く動いた。

コルベールはそれを確認すると、
再び表情を軍人のそれへと戻した。

「ははは!まだ教師ごっこを続けるつもりか、えぇ?
 お前を燃やしたくて、俺は二十年待ったてのによ!
 ――待てよ?ってことはお前か……ダングルテールと縁があるし……
 ……ははははは!俺、分かっちまったぞ、えぇ?『先生』様ぁ?良ぃい生徒だろ、なぁ?」
「……何です?」
ダングルテール。
それは、コルベールの最後の任務の場。
新教徒狩りを名目とした大虐殺。
歴史の闇に葬り去られた語られぬ影。
そして――コルベールがメンヌヴィルの目を焼いた場所。

とはいえ、昔話をするために、学院を襲った訳はあるまい。
コルベールは警戒の構えをより一層強くした。

「『炎のルビー』は、隊長どのがお預かりってわけだ!どうだ、当たりか?花丸でももらえるか、えぇ?」
「!」
「はははぁっ!答えは言わなくていいぞ!温度で分かる!
 なるほど、『炎のルビー』を隠すために教師に成り下がったってわけかぁ!
 どおりで見つからないわけだぞ、えぇ?こんな温いところに隠れてコソコソ逃げてたんだからな!」

コルベールは把握した。
この男の狙いが、自身の預かる宝石であることを。
同時に、理解した。
今も見る悪夢が何故起こったのか、ダングルテールの事件の真相を。
慈悲も何も無い、あの陰惨な任務は何故命令されたのかを。
全ては火のルビー――ただの石ころが原因だったのか
コルベールは深く溜息をついた。
なんと、馬鹿らしいことだ!

息を、吸って、吐く。
熱気が肺腑を満たす。
懐かしく忌まわしい戦場の空気。

「……いいえ、貴方は間違っています」
逃げていたことを、否定する権利は無い。
全てを今、償おう。

「どこが違う?あんたは“炎蛇”のコルベール!強くてえげつない、俺の永遠の憧れだぞ?
 いざとなったら生徒共を盾にでもするつもりだったんだろ、えぇ?」
「違う!」
コルベールは理解した。
自らの罪の遠因を。
いや、知らずとも、なすべき行動は変わらなかっただろうか。
断罪の炎を、橙色の炎を、身体に纏わせた。

「言い訳しなくても良いさ!同じ釜の飯食った仲じゃないか、えぇ?隊長どの!」
「私は……教師だ!」
手加減無用とばかりに同じく炎を纏ったメンヌヴィル。
先に動いたのは、コルベール。
牽制の炎の弾を、メンヌヴィルに放つ。

「“フリ”だろ?分かってるって!さっきお嬢ちゃん逃がしたのも、教師のフリを続けたいからだろ、えぇ?」
「教師が生徒を守ることに!理由など必要無い!!」
小蠅でも散らすように弾き飛ばされる初撃の炎。
コルベールは、それに構わず間合いを詰めにかかる。

脳裏に浮かぶのは、とんがり帽子の少年。
『何故戦うのか』との問いに、『誰かを助けるのに理由はいらない』と答えた少年。
今、必要なものは理由抜きの、決意。
覚悟と共に、一気に駆る。

「――じゃぁ、守って見せろよ、えぇ?隊長どのよぉっ!!!」
対抗するメンヌヴィルは、上げるは地獄の火炎。紫色のインフェルノ。
禍々しく、立ち上る熱気と殺気。純粋なる破壊の象徴。

生徒が危機に瀕している。
忌避できぬ過去ではない、守ることのできる現在に。
戦いを恐れ、争いから逃げ、教師という仮面をかぶっていた。
嫌だった過去から目を背けることで、今日を生きようとしていた。

だがもう、偽り続けることはできない。
戦うのだ、過去と。守るのだ、現在を。

トリステイン魔法学院の廊下に、文字通りの火蓋が切って落とされた。


ピコン
ATE ~It Takes Away a Part of Me, But I Won't Let Go~

銀竜の牙は、少年の身体に触れることすら無く、宙に留まっていた。

「せ、先生っ!?」

開け放たれた銀竜の顎門は、女性の細腕とは思えぬような力でもって動くことすら敵わない。

「何を……やっとるんだ、貴様らはっ!!」

トリステイン女王直属銃士隊、隊長アニエス。
トリスタニア一の剣士とも言える彼女の解体作業は、あっという間であった。
ただ身体を引き抜き、竜の眼球を狙い、一撃。
穿たれる剣撃。竜の目からほとばしる血の飛沫。
それは脳髄をも抉り、返り血を女剣士の全身にふりかける。
断末魔の咆哮すらあげること敵わず、銀竜は絶命した。

一仕事を追え、呼吸を整えるように鋭く息を吐き、
アニエスは少年達を睨みつける。

「あ、あの、ボク達……」

タマネギ隊の一人、アルクゥが弁明をしようとする。
自分達が考えず行動したわけでは無かったことを。
自分達が考えなかったのは、後先や自分達の身の安全であり、それは最優先できるものでは……

「タマネギ隊!」
が、アニエスは何を聞こうともせず、怒鳴った。
「「「「は、ははいっ!!」」」」
条件反射のように、タマネギ隊4名の姿勢が『気をつけ』になる。

「立ち止まるな!街の人を、全て城へ!あそこならば多少持つ!
 街を良く知るお前らなら、近道も分かるだろう!」
街が混乱の中にある。
最大限の行動を、最低限の時間と人手でなさねばならない。
アニエスの指示は、的確と言えた。

「「「「はいっ!」」」」
「返事はいらん、急げ!」

駆けるタマネギ隊の後ろ姿を一瞥し、
見送る必要も無かろうと、銀竜の骸を再び見る。
後どれだけこいつらを斬ればいいのか分からない。
なまくら剣になるまでに終われば良いのだが。

「ミシェル!」
「はっ!」
呼んだ名前にすぐに応えるは銃士隊副長。
到着が遅かったことは火急の事態につき寛大に許してやろう。
普段は軽率そのものであるが、戦闘に関してはアニエスも認めている女性だ。

「銃士隊各員に伝達、各員散開し、街を守れ!以上、復唱不要!」

流石にミシェルは心得ており、敬礼の動作をごく小さくした後、すぐさま持ち場へと走り去った。

その場に残るはアニエスと、死骸の竜。
トリスタニアを包むは、炎と悲鳴。

幼き日の思い出が、蘇る。
ダングルテールの、惨劇が。
父を、母を、友を、街を。
何もかもを奪い去った、あの炎の記憶を。
復讐を誓った、あの日のことを。

「……ふんっ!!」
剣をぶんっと振るって血を飛ばす。

復讐を誓い、剣を振り続けてきた。
街を燃やした貴族達を屠るために、斬り捨てるためだけに研いできた。

だが、今は違う。

ただ、相手を切り裂くだけの剃刀ではない。

守護。
今の彼女が抱く最大の感情は、その一点にある。
彼女の心に、剣の峰のように一本筋の通った強固な願いが生まれていた。

「――誰も、あんな目に合わせんぞっ!誰もだっ!」

アニエスは駆けた。
己が心の剣に従って。
ただ斬るために、武器は存在するのではない。

「復讐などではないっ!そんな理由など――いるものかっ!!」

今必要なのは、1の貴族を斬る力ではなく、10の民を守る力。

鋭く容易に折れただろう剃刀が、意志を持った頑強な騎士剣となり、
今王都トリスタニアを、行く。




ピコン
ATE ~When We All Fall down, It Will be Too Late~

ガリアの首都、リュティス。
ハルケギニアにおいて最大の人口を誇る一大都市である。
石造りの建造物は横に広がることを諦め、樹木のように上への活路を見出した。
街の中心へ中心へと金も物も集まって、近頃は息苦しい。

かように過密になりつつある人の群れは、格好の的となった。
人が多い、すなわちそれだけ『魂』が多いということだ。
何より好都合なことに、ガリアという国は、フォルサテの潜んでいたロマリアに程近い。
延命と支配のために『魂』を求めていた彼奴にとって、望むべき猟場がまさにここにあった。

「くそっ!!何だこいつらはっ!!どうやっても倒せんというのか!!」
氷の刃が、再び放たれる。
薙ぎ倒すことがかなうのはわずかな先頭集団のみで、まだ後ろにその数百倍は存在する。
物も言わず進み続ける人の列は、物量という至極単純で強大な戦力となって大通りを蹂躙していた。
だが問題は数ばかりではない。
水魔法を放ったばかりのカステルモールは、己の目がまだ信じられなかった。
自身の腕には自信がある。
ガリアの東薔薇騎士団と言えば、ハルケギニアでも名の通った存在だ。
氷の魔法は、東薔薇騎士団のエースとも言える自身の得意中の得意だ。
なのに、それなのに。

「不死、とでも言うのか!?馬鹿げている!くそっ!」
先頭の男が、立ち上がる。
右手には鎌、そして左手では――落とした首が笑っていた。
倣うように次々と『死体』が戦列へと復帰する。
まさに、死者の行進。
王宮へと進む亡者の群れを、止めることができない。

「呪いだ……シャルル王弟の呪いだぁああ!?」
「馬鹿を言うなっ!シャルル様は、例え亡霊になったとて民を傷つけるような御人では無いっ!!」
恐慌状態に陥る隊員を叱りつける。
そうとも、シャルル王弟様は清廉潔白そのものであられた。
お亡くなりになられたが呪いなどとは無縁である、とカステルモールは信じていた。

可能性があるとすれば、シャルル様の兄。すなわち王、ジョゼフ。
シャルル様を卑劣な所業で亡き者とした彼の簒奪者ならば、
他者のことなど玩具も同然としか考えない蛮王ならば、
『実験』と称して、死者の大軍を作り上げることもし得るのではないか?

カステルモールの頭が疑念で満たされる内に、
大通りは死臭で埋め尽くされていく。
あの中に平民が紛れていたとして区別し助け出すことなど、まず不可能であろう。

「か、数が多すぎますぅう!物量で押しつぶ……ぐぁあっ!?」
おまけに、上空は竜だ。
それも、火竜や風竜といった一般的な軍用のものではない。
死臭と爛れた肉を撒き散らす、屍の竜。
そいつらが餌をついばむ雀や鳩のように、
ときどき舞い降りては、兵員の首をもぎ取っていく。

死が死を呼ぶ、この世の地獄。
惨状が大通りからリュティスを、果てはガリア全土を満たすのも時間の問題だろう。

「くそっ!かくなる上は――」
カステルモールは、覚悟を決めた。
死を見続けることを、死をこれ以上広げることを、許容できない。
大通りごと、全てを封じる。
シレ川の水と、通りの建造物を利用すれば不可能ではないだろう。

問題は自分達も、通りに未だ残っている一般市民も封じられてしまうだろうということ。
だが、事は切迫している。
大多数を守るために、少数の犠牲は諦めるより他は無い。
それが、王家の――それが簒奪王の下であっても――仕える者の選ばなければならない道だ。

東薔薇騎士団の面々の顔を見る。
全員疲弊し、もう終わらせたいと願っている。
ならば、終わらせよう。
カステルモールは最期の命令を部下に伝えようと……


「早まったことするんじゃないよ!馬鹿ステルモール!」

死を留める声は、聞き覚えのある声だった。

「んなっ!?」

大通りの向こう側、死者の葬列を見下ろし、街を見守る塔の上。
夢か幻か。影か光か。
五つの姿がそこにはあった。

「だ、誰だっ!?」

その問いに答えるより早く、五つの姿が、跳んだ。
堕ちていく先は、死者共の真っただ中。
馬鹿な。自ら死に赴くとは。
骸共の手にかかり、彼奴等の仲間にでもなりにいったというのか。
東薔薇騎士団の誰もが、その生存を絶望視した。

――次の瞬間。
葬列が、爆ぜる。
岩場に打ちつけられた波しぶきのごとく、弾け飛ぶ。
そのエネルギーの中心に、彼らはいた。

「誰だと、申されましても……ごく普通に通りががったヒーロー、ってところでしょうか?」
影の1つは、銀髪の青年。
手にはカードと投げナイフ。
給仕のような形格好。魅せる表情は、ニヒルな笑顔。
軽快なステップの中投げられた獲物は、おもしろいように死者の列を縫い、
関節の隙間を抉り、葬列の機動力を奪い去っていく。

「普通、通りがからんぞヒーローは……」
続く影は、堂々たる体躯。
頑健な肉体の上に、猛牛の頭。
ミノタウロス。
獰猛なる口蓋から涎を滴らせるも、目に浮かぶのは哲学者の輝き。
圧倒的な筋力に裏打ちされた斧の一撃が、機動力の削がれた死者共を、天の高みへと打ち上げる。

「通りがかってもいいんじゃない?エルザは悪くないと思うな、そういうの!かっこいいじゃん!」
合間より見えるは、小さき影。
フリルにより縁取られた服が良く似合う、花のように可憐な少女。
場違いな姿で、ピクニックの中というような楽しげな表情。
彼女が手を振りかざした所から、蔓と蔦が石畳の通りを食い破り、
伸び、絡み、絞め、死者達を磔の刑に処していく。

「そもそもヒーローという柄か?」
カステルモールの目を最も引いたのは、この影である。
金色の髪、白い肌、長身痩躯の神々が嫉妬する美貌の持ち主。
その耳は、ナイフのように尖り天を指す。
エルフ。ハルケギニアが最も恐れる、万物の敵。
軽く振られた指先に従い、風が舞う。
いかほどの斬撃が含まれていたというのか、
不死であろうとも、再起が不可能であるほどに死者共が千と万の細切れと化す。

「ヒーローだ?はっ!そんな安っちいお子様向け芝居の役なんて、願い下げだね!」
満を持し、異形の者共を従えた五つ目の影が、姿を見せる。
手にしたナイフを正眼に構え、堂々と、死者の列を切り裂いて闊歩する。
覇王の風格。乱世に生きる将の姿。輝く額は、知性の表れといったところか。

「何たって私は――」
青髪の彼の者に襲い掛かる死者の群れ。
それに目もくれず、ただ口元を釣り上げる。

「この国の女王なんだからね!ほーっほっほっほっほっ!!」
水が、洪水とも呼べそうな大量の水が、醜悪なる者どもを押し流し、彼女の道を守る。
汚らわしい死臭など、覇王には近寄るべくも無いと言わんばかりに。
五つの姿が、大通りに降り立った。
それはまさしく、古の勇者の――いや、彼ら自身の言葉を借りるならば――
ヒーローそのものの、姿であった。

「い、イザベラ様ぁああ!?」
駆けより、カステルモールは驚愕する。
イザベラ、まさしく簒奪王ジョゼフの娘、
すなわち女王の姿が、目をこすってもそこにあった。
まさか、あの我儘で怠け者で虎の威を借る狐の小娘が、
こんな戦闘の真っただ中にいることなど、誰が信じられよう?

「さぁ、下僕共!存分に働きなっ!」
しかし、そのまさかはまだ続く。
無能王の娘、簒奪者の血を引く者は、異形の者達を下僕と呼び、さらなる指示を出した。
ナイフを突き出し、天を指す様は、正しく戦の陣頭に立つ将と見まごうばかりだ。

「……やっぱムカツキ、このデコッパチ……血吸い尽くしてやろっかなぁ……」
「後にしておけ。まだ先は長いぞ」
「ちぇー……」
少女とエルフは、大通りをさらに下った広場方面へ。
不平不満をもらしつつも、彼らの歩みに迷いは無い。

「人使いが、んっとに荒い……ノーマルな平民なんですけどねぇ、わたし……」
「平民も貴族も関係無いということだろう。……牛すらも関係無いようだしな」
牛鬼と青年は、戦場を縦横無尽に駆りつつ、路地の奥へ。
あそこは確か、孤児院のあった方向では無いかとカステルモールは気がついた。

「い、イザベラ様、その……」
スパァンッ。
心地よい打撃音が、大通りにこだまする。
「っ!!」
イザベラの手の甲と、カステルモールの頬が赤く腫れていた。


「何勝手な真似してくれてんだい?えぇ!?
 あんたはねぇ、私の部下!部下は部下らしく、上司の指示仰いどきなっ!」
激昂する、女王。
その様は、ある意味いつもどおりであるが、
有無を言わさず他者を従える迫力が、そこには存在した。

「も、申し訳……」
「それとだねぇ!勝手に街ごと、自分ごとブッ壊して止めようとしたろ?
 んっとに馬鹿だね!あぁ!馬鹿ステルモールだよ、あんたは!」
謝罪の言葉を、さらなる怒声で押しとどめ、イザベルが続ける。
キンキンと高い声が、耳鳴りのように響く。

「そ、それは……」
「いいかい!この国はねぇ、私の国だよっ!この街も私の街さ!
 あんたら軍人も!ここらの人民も!ここらの建物も!全っ部、私のもんさ!」

イザベラの目に、カステルモールは何かを感じた。
児戯に興ずる我儘娘ではなく、勇王と呼ぶに足る何かを。

「それを好き勝手荒らされといて、挙句に自爆?なめた真似してくれるわねっ!」

ここまでを、一息に言いきった後、イザベラは惨状の現場へと視線を戻した。
細切りにしそこねた死者共が、再び行進を始めようと起き上がりつつある現場を。

「私の物に、散々手ぇ出してくれて……許せる理由が見つからないわっ!!」
その様をふんっと鼻息を吹かし睨みつけるは、女王イザベラ。
もう、愚図で間抜けな箱入り娘の姿はどこにも無かった。

カステルモールは、感服する。
シャルロット――今はタバサと名乗ってはいるが――を虐め抜いた馬鹿娘が、こうも変わるのかということに。
あるいは、彼女の資質は全て乱世に生きるために存在したものなのかもしれない。
少なくとも、今ならば、自身の全てを預けて良いとカステルモールは感じていた。

「馬鹿ステルモール!あんたは私の援護っ!
 ちょっとは私を失望させないような働き、見せてみな!」
「……はっ!!」
「それじゃ、行くよ!馬鹿共にお仕置きのお時間だわっ!!」

死者蠢く、地獄と化したリュティス。
だが、一筋の光が見えたことを、カステルモールは感じていた。


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